ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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思った以上に長くなりそうなので、三つに分けたいと思います。


大決戦 中編

 

 

 奪われるだけだった彼らは聞いた。

 突如天空より墜ちた一筋の轟き。

 蒼き雷鳴は、自らの存在を誇示するかのように大きく吼え、大地を抉って参上した。

 

 ――ヴァァァッ!!

 

 消えかけた闘志の強烈な起爆剤となった雄叫びは、空を震えさせ、砂塵を蹴散らし、彼らの心に光を齎した。

「あの光は……。彼女も来てくれたのか……黒き龍と共に……」

 ソウリュウの市長、ジャガにも届く最強の味方の登場。

 反撃の狼煙は、龍と共に現れる。

 市民たちも、警察たちも、伝説がまさか両方現れるとは夢にも思っていなかった。

 真実の龍が駆逐艦を街から離れさせ、そして次いだ理想の龍が、奴らと闘うためにここに降り立ったことに。

 だからこそ彼らは燃え上がった。

 真実も、理想も。

 決して、プラズマ団の蛮行を許すつもりなどないことを知った。

 神話は、現実となる。

 同時に、プラズマ団には最悪の悪夢が再来した。

 二年前に壊滅に追いやった女が、より強力な味方を携えて、姿を見せたのだ。

 黒いトレーナーに黒いジーンズ、左腕で長い黒髪を流しながら悠然とその女は口を開く。

 

「――私の名はトウコ。ゼクロムに選ばれし黒の英雄。プラズマ団を止めるために、私は今、ここにきた。プラズマ団。最初で最後の警告をしてあげる。二年前の様に壊滅したくなければ、今すぐここから撤退なさい。さもなくば……私があんた達を、もう一度破滅させる。そして。私は正義のために戦うのではないわ。ただ、私の理想を阻む者――それがプラズマ団だから、排除するだけよ。言葉が通じるチャンスは一度だけと想いなさい。時間を上げるわ。私と――ゼクロムと戦うという選択を選ぶのなら容赦しない。命を賭けて、私は闘う。全てを壊し尽くすまで」

 

 ――ヴァオオオオオォォォォッ!!

 

 背後に佇む巨大なる黒龍が逆らいの意思を削ぎとるように咆哮。

 彼らにとっては、誰よりも恐ろしい少女が到来したことになる。

 一度は団員を半殺しにし、二度目は駆逐艦を撃沈させようとし、三度目はとうとう決戦を挑んできた。

 その背には、彼女の象徴――ゼクロムが翼を広げ、雷撃を身に纏いながら佇んでいる。

「出来ることなら言葉で通じて欲しい。見てわかるでしょう? 私は二年前よりも、ずっと強い。あんたたちじゃ、勝ち目なんてないわ」

 彼女はそうして、目配せする。

 未だに地面から燃えたような黒煙があがり、彼女の後ろにはポケモンが三体いる。

 どれも強大な力を持つポケモンであろう。

 一体はホドモエの時、駆逐艦を破壊しようとした白い巨人。

 巨大な(かいな)を振り回し、ファイティングポーズを取って挑発している。

 一体は、見たこともない紫色のポケモンだった。

 前足と羽が一体化し、巨大な翼になっているジェット機宛らの風貌。

 特徴的な金色の双眸が、ぎらりとこっちを睨みつけ、臨戦態勢に入っているのが分かる。

 そして、ゼクロム。

 全身に蒼の雷を宿し、凶暴な唸り声を漏らして威嚇している。

 どれも、手元にある銃火器ではとても太刀打ち出来そうにない。

 そもそも伝説のポケモンにこんなチャチなモノで勝てれば、人類はポケモンを滅ぼしているはずだ。

 彼女が降り立ったのは、街に入る入口付近――特に、ソウリュウ内部よりも戦いが加熱している激戦区だった。

 周囲の人々はポケモンを奪われ、戦う気力がない中。

 凛然とした態度でこの地にきた彼女は、この戦況をひっくり返せるだけの戦力があった。

 周囲にいた人々は、口々に「英雄だ」、「二年前の彼女だ」、「助けに来てくれた」などと喋り、救われたという空気は広がっていく。

 彼女は振り返り、優しく微笑んだだけで何も言わず、また向き直る。

 彼女に震える手で、団員たちは銃を向ける。

 負けるわけにはいかない。

 彼らなりに、威厳を持ってこの作戦へ望んでいる。

 これは失敗できない大切な作戦であり、イッシュだけではない。

 全世界へ、あの人がイッシュを征服するという意思を見せつける、宣戦布告でもあるのだ。

 だから、退けない。

 凶悪な、人を殺すために創られた銃口がむいても、彼女は怯むことなく毅然としていた。

 少し哀しそうな目でをしながら、誰に問うわけでもなく、言った。

「私に銃口を向けるのは、あくまで闘う……。そういうつもりと受け取っていいの?」

 誰も答えない。沈黙が返答であった。即ち、肯定と。

「そう……。やっぱり、私の言う事聞くわけにもいかない、か。じゃあ……警告は無視されたということで、制圧させてもらうわ。嫌なら、逃げてもいいわよ。まあ、私はのちのちプラズマ団を追いかけるつもりだから、オススメするのは警察に自首。身の安全が確保されるから」

 強い、落胆の声だった。

 勧告は無視された。それは仕方ないと言うように。

 立場が逆転しても、彼らには譲れない悪には悪のプライドがある。

 それも理解しているように。

 彼女は、糾弾をしなかった。説得もしなかった。

 ただ一言、告げた。

「道を開けて」

 そう、言う。

 彼女は、無表情のまま、歩きだした。

 そんな彼女に彼らは、前触れなく発砲した。

 覇道を止めようと躍起になる雑兵のように、勝ち目無くとも挑みに行く。

 終末の美。そんな儚ささえ、絶対的にして圧倒的な彼女の前では見えてしまう。

 所詮彼女は子供で、ただの人間。

 鉛玉の敵じゃない。射殺するなら今のうちだと判断したのだろう。

 四方八方から飛んでくる弾丸。

「ココロ」

 後ろにいる彼らの名を呼ぶ。

 彼女は、止まらない。

 止まったのは、弾丸の方だった。

 空中で、ピタリと静止し、そのまま動かない。

 進むべき彼女が通り過ぎ、ポケモン達が通り過ぎると、ポトポトと地面に落ちる。

 本格的に団員たちが戸惑い出す。背後のポケモンが、彼女を守っている。

 手元にある人を殺す武器が、無効化されている。

 彼らが道具とする奪ったポケモンたちは、ゼクロムと白い巨大なポケモンに萎縮し、命令しても戦おうとしない。

 ポケモンたちは本能で分かっているのだ。

 あいつらには、何をしても勝てやしないという自然の理が。

「無駄だよ。わたしが居る限り、お姉ちゃんに銃は効かない。勿論、わたしたちにも」

 何よりも驚いたのが、彼女の背後のポケモンが、喋った。

「馬鹿な人たち。そこまでして、何を求めるの? 自分の居場所? 支配? ポケモンを道具にする前に、自分たちが誰かの悪意の道具にされていることもわかってないでこんなことして、どうしたいの? 欲しいものは何? 仲間? 存在理由? そんなものを求めるために、一度きりの人生を棒に振るの?」

 英雄はただ、街の入口に向かって歩く。

 問いを投げるのはそのしゃべる紫のポケモン。

 黒き龍が殺気をふんだんに含む視線でねめつけ、白い巨人は大地に穴を開けながら進む。

 誰かが言う。止めろ、奴を街の中に入れるな! と。

 誰かが叫ぶ。生命にかえてもあいつの進行を止めるのだ、と。

 生命にかえても。その言葉を聞いたとき、彼女は俯いた。

「人は……完全には分かり合えない……」

 悲壮な呟きだった。

『それがヒトとという生き物だ。だからこそ、多くの者達と分かり合うために手を繋ぐのだろう。ヒトとは、愚かなだけの生物ではない。過ちから学び、信じ、そして共に分かち合うことも、出来るのだ』

「……そうね……」

 彼女を止めるべく、次々銃声が鳴り響く。

 でも一発たりとも、彼女には当たらない。

 殺意は、彼女に届くことはない。

 絶対的力を持つ。その意味は、分かっているつもりだった。

 だが、こう見ると、思ってしまう。

 私は、こんなにも力を手にしてしまった。

 力を望む人々を差し置いて、私だけが、強くなってしまった。

 人がゴミのように霞んで見えてしまうほど、次元が違う力を。

 願わくば、溺れてしまわないように。

 この力は自分のものではなく、彼ら、彼女らによって齎されている恩恵であることを忘れないように。

「大丈夫。お姉ちゃんは忘れないよ。わたしたちが保証する」

『然り。レジギガスのこの持て余した能力を、全て受け入れた(あるじ)ならば、忘れることはないだろう』

『我らの力は、世界の均衡を容易く破壊する。トウコよ、決して間違うな。チカラに怯えるな。間違えば、怯えれば、あやつのように全てに渇望し、道を誤る存在となる』

「……わかってる」

 選ばれただけの人間は、本来通り無力だと知っている。

 故に、驕らない。過大評価しない。

 銃声が連続する。

 彼女を狙う凶弾。

 でも、その全てがココロによって阻まれる。

 ゼクロムやギガスに向かっても撃たれるが、元々が拳銃弾如きが効く相手ではない。

 蚊に刺されたほどダメージもなく、呆気なく弾かれる。

 分厚い鋼鉄に銃弾を撃ち込むのと同じだ。徒労に終わるだけ。

 やがて見えてきたのは、見上げるほどの巨大な氷山。

 街道の幅いっぱいに根付き、中と外を隔てていた。

 よじ登ることも出来そうにない、触れただけで指先が壊死しそうな強い冷気を放っていた。

『……間違い無いな。これはキュレムの氷。生半可な攻撃では、びくともしない頑丈さを誇る。トウコよ、どうするのだ?』

 氷山を見たゼクロムが問う。成程、伝説のポケモンが生み出した氷。

 確かに普通のポケモンでは、壊すことなどできないだろう。

 だが、彼女は事も無し気に言った。

「ギガス。氷山(これ)だけど……ギガスなら、砕けるわよね?」

『問題ない。御意』

 彼女は立ち止まり、ココロの背に乗った。

 ゼクロムが念の為、間に入る。

 トウコが衝撃で吹き飛ばないようにするためだ。

 背後では、進撃を止めようと前に出ようとする前に、彼女の姿に勇気づけられ、奮い立った外にいた他の人間やポケモン達に邪魔をされ、思うように出来ない。

 トウコは、そんな外野の騒ぎを全て無視している。

 自分のやりたいことを、するために。

 地響きを立てて、白い巨人が前に出る。

 今のギガスは、今までとは違う。

 ずっと、ずっと蓄えてきた力を解放している。

 ホドモエの時の半減した力ではない。

 大陸を縄で引っ張り移動させたと伝承で伝えられている、あの本来のパワーを取り戻していた。

 ホドモエの時以来、時間をかけて取り戻した、スロースタートのギガスが持っている、桁違いのパワーなら。

 それをもってすれば。たとえ伝説のポケモンが作り出した厚い氷壁でも。

『破砕する。レジギガスのパワーを、とくとご覧にしよう』

 どこか誇らしげにさえあるギガス。

 街道に大穴を開けながら、腰を低くし拳を構える。

 淡く輝く右の拳。まるで正拳突きのような構えから、

「ギガス。グロウパンチ」

『主よ、任せてもらおう』

 トウコは耳を塞ぐ。轟音で聴覚を持って行かれるとのちのちに響く。

 ギガスのパワーは群を抜く。

 ぐっと握ったその一撃を、命令された通りに場所に、真正面から、持てるパワー全てを使い、盛大に叩き込んだ!

 

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 中にいた、入口付近で闘う警察達は地面に倒れながら顔を上げて、それを見た。

 街道を塞いでいた氷山が、何者かによって外側から叩かれて、粉々に吹き飛んだのだ。

 圧巻だった。

 炸薬で吹き飛ばしたかのように、運悪く街道に突っ立っていた団員を多く巻き込み、氷が凄い速さで道に散乱する。

 散弾のような氷の欠片は、次々彼らを襲い、激痛を生んで意識を奪う。

 空間が震えた。

 建物が激しく左右に、大気が上下に、その場にいる人々は立っていられず転ぶ。

 あまりの音量に衝撃となって、すべての人の鼓膜を揺らして、平衡感覚を一時的に奪った。

 ずしん、ずしんと揺れる地面。

 壊れた衝撃で舞い上がる煙。

 砕かれた、というよりは爆ぜた氷山の向こう側から、巨大な影達が、現れる。

 

「みなさん、大丈夫ですか!? 道を閉ざしていた氷山はたった今砕きました!! 道は開けましたので、逃げ遅れた方はここから早く逃げてください!!」

 

 そう叫ぶ少女の声が、人々に木霊する。

 晴れた煙の向こう側から現れる、白い六つ目の巨人。

 黒い雷撃の巨龍。

 戦闘機のような姿の、小さな龍。

 その背中に乗る、黒髪の少女が、飛び降りて大声を張り上げた。

「警察、消防、全ての大人の方々! 私も場違いながら、この場に加勢致します! 至急、応援を呼んでください! まだ、ソウリュウの街は完全に陥落したわけではありません! 大人が、役職についている貴方方が、罪もない民間人の最後の希望なんです! 決して、諦めないでください!! 立ち止まらないでくださいっ!! 皆さんが諦めてしまったら、沢山の人々が、犠牲になってしまうんですっ!!」

 必死に叫ぶ少女。反応するように、伝説に伝わる黒龍が吼える。

 白い巨人が立ち上がり、飛びかかってくる団員たちをなぎ倒す。

 紫の龍が、光線を出してポケモンたちを吹き飛ばす。

「私も、微力でもいいから、戦いますから!! 心を絶望に奪われないでください!! この街は、多くの人たちの安住の地なんです!! 正義とか、悪とか、そんなのはどうでもいい!! ただ、守ってください! 救ってください!! 多くの人たちと、ポケモンが暮らすこの街を!! 奪わせないでください! 壊させないでくださいっ!!」

 彼女は涙混じりの声で、懸命に訴える。

 この場にいる、護るために戦う多くの大人達に。

 無様にも倒れ、悪に屈した大人達を、傷ついてでもまだ戦おうとする意思を。

 もう一度立ち上がらせるために、健気にも彼女は大きな道を切り開く。

 黒い龍が、彼女を守るように雷撃を発する。

 白い巨人が拳を振るう。

 紫の龍が、光線を吐き出す。

 邪魔をしたポケモンを蹴散らし、団員を打ち倒し、人々を解放するために、生命の危険を犯してまで、こんな戦場に姿を現した。

 彼女を見た大人たちは、一介の子供が必死になっているのに、自分は何をしているんだと思い返す。

 彼女は危険な場所で諦めた人に訴えるために、敵だらけのこの街を護りたいという思いの為だけに、こうして来ているというに。

 自分達は、痛みで苦しんでいる場合なのか。

 本当に辛いのは、誰なのかを思い出した。

 それは、伝承に出てくる、己の理想の為に闘う、英雄そのものだった。

 

 ――う……うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 

 孤立無援、四面楚歌の窮地に心がへし折れていた大人達は、彼女を姿を見て再び火がついた。

 自分が一体何の為に警官になったのかを思い出した男性がいた。

 か弱き市民を理不尽から護りたいという使命を思い出した老人がいた。

 傷つく民間人を救うために、生命を賭けるという熱意を取り戻した女性がいた。

 どんな困難も乗り越えて、夢を叶えたい夢があることを確認した若者がいた。

 彼らの失われつつあった勇気の灯火を、彼女は言葉で復活させた。

 英雄としてのカリスマだけではない。

 彼女の言葉には、絶望を希望に変えるだけの、確かな可能性が含まれていたから。

「トウコ……きてくれたのか!」

 トウコを見て、シャガがそう叫ぶ。

 彼女の背後には、ソウリュウに伝わる黒い龍が、不敵な表情をしながらこちらに向かって歩いてくる。

「シャガ!! 遅くなってごめんなさい!! 詫びは後でいくらでもするから、今はプラズマ団を街から追い出すのを手伝って!!」

 駆け寄ったトウコを見て、目を丸くするシャガ。

 以前ジムリーダーとして対峙した時にはギラギラ妄執に囚われていたのに、今はどこか逞しく、そして優しくなった彼女がいた。

 ゼクロムが何度目かの咆哮を上げる。

 それはプラズマ団への威嚇であり、伝説を語り継ぐ語り手への挨拶であり、遅くなったことへの謝罪であった。

「ゼクロムが……。そうか、お前は……強くなったのだな」

 初老の男性にも、タメ口の彼女は、力なく笑って問う。

「……お世辞はいいわ。それよりも、まだ頑張ってくれる?」

「無論だ」

 最高にして最強の増援が到着してくれた。

 シャガの傍で抵抗していた彼らは、トウコの背後にいるポケモンたちを見て、安堵したように笑った。

 彼女は、二年前プラズマ団を壊滅に追いやった少女。

 その証拠が、ゼクロムであると知っている。

「安心しないでください。まだ奴らは撤退しないつもりです。最後まで戦わなきゃ、勝たなきゃ、意味なんてないんです。笑い合うのは、全部終わったあとに……そうでしょう?」

 そんな彼らを嗜めるように厳しく指摘するトウコ。

 緊迫した空気は張り詰めたままだと、油断をさせない優しくはないけれど、頼もしい言葉。

 本当にまだ彼女は子供なのか、と大人達はトウコを見る。

「ふむ。お前の言うとおり。では往くぞ! 私達ソウリュウの底力、奴らに見せてやれ!」

 

 おおおおおーーーーーーっ!!

 

 シャガの一声とトウコの参戦に、闘志が戻った彼らの反撃が、ここから始まる。


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