ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

46 / 65
最終章 理想と現実、二人の英雄
白の残照、黒の解放


 

 

 

 彼は、気付いていた。

 父が、今度こそ大きな間違いを犯そうということを。

 白き龍が教えてくれた。第三の龍が、捕らえられ、苦しんでいることを。

 見過ごせない。見逃すことはできない。そう、彼は立ち上がる。

 かつては傀儡として使われた身を、己の意思で敵対する覚悟を決めた。

 彼は、この大地が好きだ。この大空が好きだ。ここに住まう人々、全てが大切だと思っている。

 彼に、ヒトとしての行き方を教えてくれた場所。

 ポケモンと人間がいることで奏でられる調和(ハーモニー)があると教えてくれた場所。

 そして、彼女が傷痕を負ってでも、守り抜こうとした大切な世界。

 それを好き勝手にしようとする人間を、許せない。

 嘗ては父と慕った相手だ。何も知らず、何も知らされず生きていた身だ。

 恩を仇で返す、そうなっても構わない。

 父が間違うなら、それを正すのが息子の役目。

 彼が行うとしようとしているのは力による絶対的支配。

 多くの不幸を、嘆きを生む大きな渦が、父の手により生み出されそうになっている。

「レシラム……みんな、行こう。僕達が、彼女のかわりに、父さんたちを止めるんだ……ッ!」

 彼の見つけた真実。共存できる二つの種族。

 道具としてではない。隣人として、二つの命は同じ時を過ごせる。

 自らをテロリストの王の飾りとして利用されていた、ある種の被害者でもある彼は、決意する。

 自分がたとえ同じ悪だとしても。

 悪だからこそ、悪を企みを阻止せねばならない。

 その覚悟と決意は、揺るがない。

『行きましょう、N。私の選んだ英雄よ。この地を野望の植民地にさせないために』

 白き龍と共に、最後の戦いを挑みに、彼らは飛び去っていく。

 理想の英雄とは、もう一度逢えば……恐らく二年前の再来になるだろう、と彼は間違った予感をしていた。

 白い真実は、黒い理想とは交わらない。永遠に、平行線。

 そう決めつけているから。

 まだ、彼らは知らないのだ。

 黒い英雄もまた、過去を自分の歴史とし、歪だろうが壊れていようが全てを抱えて前に進むと決めたことを。

(トウコ……今のキミは決して僕を許さないだろう。僕も、キミに恨まれている身。だから、せめてキミがこれ以上苦しまないように、僕のこの手で、イッシュを守る。プラズマ団と決着をつける。キミは遠くで見守っていてくれ。イッシュに暮らすポケモンやヒトを、僕は護る!!)

「ンバーニンガガァッ!」

 白い龍が咆哮を上げ、飛翔する。

 そんな哀しい決意を知らない黒の英雄。

 誰も知らない真っ白な影は、親に刃向かうことを覚え、翼を広げてその場所を目指す。

 正しいかどうかなんて、彼にはわからない。でも、この目で見てしまったのだ。

 世界には、ポケモンの楽園があった。人々の安住の地があった。

 彼らは幸せそうだった。笑顔が絶えず、平和そのものの待ちが世界にはある。

 ポケモンと人は、互いに支え合って生きていけるのだ。その真実は、変わらない。

 イッシュは、支配なんて求めていない。欲しいのは、平和だ。

(トウコ……。キミには、もう逢えないかもしれない。だけど、これだけは、たとえ死んでも忘れない。……ありがとう、トウコ。僕にヒトとしての生き方を、教えてくれて)

 悲痛な想いだ。

 トウコの知らない所で、もう一人の英雄が、死地に最期の敵を見つけて飛び込んでいく。

 結局、最後まで言えそうになかった感謝の言葉。「ありがとう」の文字。

 僕は、誰にも恩を返せなかったと思う。父にしろ、彼女にしろ。

 出来るのはこんなことだけだけど、迷わない。

 覚悟を決めろと龍に言われて、この心は決まっている。

(父さん……。貴方は、僕が……ッ!)

 彼の進む先にあるのは、救いのないエンディング。

 このまま行けば、彼は敗北することになる。

 そして、イッシュはあの男の手に堕ちる。

 父は既に、白き龍を手玉に取る方法を考え、実行に移しているのだ。

 無知とは時に、罪になる。

 知っていれば、変えられたかもしれない未来を変えることができず、絶望の闇へと沈めてしまう。

 だが。「真実」だけでは太刀打ちできない「野望」にも、「理想」が味方し立ち向かえば。

 新しい可能性が見出され、全てが救われる幸せな結末(ハッピーエンド)になるのではないか。

 元は理想も真実も一つのポケモンであったという。

 そして、一人の英雄に理想も真実も存在することはできる。

 二つに分かし者が、一つになる時が近いのかもしれない。

 そんな予感を、彼女は気付いていた……。

 

 

 

 

 

 伝説のポケモン、ヒードラン。

 ベルの手で捕獲されたそいつだが、細かいことは何も考えていなかった。

 野性の赴くままに生きていたらしい。

 一度宿に戻り、ボール越しに通訳しているココロは呆れていた。

『お姉ちゃん……。この人、ギガスと同レベルに何も考えてない。あるのは本能だけ』

「……」

『音がしたから近寄ってきて、人がいたから見ていたものを一緒に見て、ボールが何だか分からないから抵抗もしなかったんだって。ご飯さえ貰えれば何でもするから気にしないで、安定的なご飯をくださいって』

「……」

 色んな意味で伝説やめていた。

『マイクテス、まいくてす。あー、つーやくありがとー、そこの御婦人。それではご主人、言葉がつーじるみたいなんで、改めて自己紹介。オイラ、ヒードランって呼ばれてる。りばーすまうんてん生まれ、りばーすまうんてん育ち、趣味は寝ること食べること』

 ココロを通じて、生まれて初めて聞いたポケモンの生の声の相手がこのボケナスであった。

 の~んびり自己紹介を始めた彼、一応性別♂のヒードラン。

 ギガスに似た、スローペースな奴だった。

『お前馬鹿だろ!? プライドは何処に行った!? 飯食えればなんでもいいんかい!?』

 アークが思わず口をはさむほどに素のボケが多い。

『そっちの殿方は、どちらさま? プライドは意味がない、腹が膨れぬ眠気は取れぬ』

『お前今までよく生きてこれたな! 俺はこっちの奴のポケモンだよ! 見りゃ分かるだろうが!!』

『あぁー』

『反応と欠伸を一緒にしてんじゃねえ! 失礼だろ!』

『まなーは知らんので、ごぶれーはお許しください。田舎者ですんでー』

『ムカつくっっ! この間延びした声が無性にスゲームカつくッ!!』

 アークはイライラしたように地団駄を踏んでいるようだ。

 ベルもどこか、疲れたように力なく笑うと、生態を知りたいからと、ヒードランに質問を投げかけることにした。

 彼の返答は「何となく」、「気まぐれに」、「分からない」のどれかという非常に適当なものばかりだったが。

 メモを取っていくベルが、どんどんテンションが下がっていく。

 やる気が無くなってくる反応である。

 現実とは時に非情である、と誰かから聞いたのを思い出したトウコ、は敷いてあった布団に潜り込む。

 結局こいつのおかげで丸一日かけて探索する羽目になって、足が棒になった。

 帰ってきて夕飯を食べて、風呂に入って、こっそりとポケモン用の風呂にココロを押し込んで、そして今に至る。

「はぁ……あれだけ怖がっていた、伝説のポケモンが……この子だなんて……」

 荷物を纏めて、着替えたベルも布団に入っていく。

 精神的にも疲れた様子だ。

「偏見持たないでね、ベル。ウチのココロはこんなんじゃないわよ。白い奴はこんなんだけど」

 トウコは苦笑いして、電気の紐を落として、暗くした。

『レジギガスはここまでマイペースではないが』

 何か聞こえた。ケッキングみたいなスタイルで座っているあいつから反論された。

(ギガス、うるさいわよ。もう寝なさい。明日も出かけるから)

『御意』

 彼らも眠りにつく。

 今日は疲れた。

 ヒードラン騒動とでも名付けようか、とんでもない目にあったのだから。

 色々アホらしくなってきた。

 トウコは、ベルが眠りにつく前に、目を閉じて深い睡眠へと墜ちていく……。

 

 

 

 

 ――これは、夢だ。

 真っ黒な闇の中。目を開けても、見えるのは黒一色。

 右も左も左右も上下もない不思議な空間の中を、私は漂っている。

『トウコよ、こうしてしっかりと話すのは、久しぶりだな』

 この声を脳内にはっきりと聞くのは……何時ぶりだろうか。

「久しぶりね。ゼクロム」

 私は、そう言った。

 今まで散々拒否してきた、私の人生を滅茶苦茶にした龍の声に。

 黒い理想を司る龍、ゼクロム。二年前、私を英雄にした、ドラゴン。

 機会を伺って、好機と見た今、私に何か伝えることがあるのだろう。

『先日の件は済まなかった。不安定なときに、場所を選ばずトウコに話しかけてしまった。我のミスだ。謝罪する』

 あのゼクロムが、私に謝った。声を聞いている限り、真剣なように。

「いいわよ。私こそ、声を聞かないでごめなさい。大切なことを言おうとしたんでしょう? 大体、目星はついたけれど」

 私はそう言って、彼に言った。

「キュレムが、あいつらに捕まったんでしょう? あんたは駆逐艦(フリゲート)の時には気づいてたのに、聞いてなかった私が悪い」

『トウコ、お前は……』

 ゼクロムの声に、驚きが混ざる。

 私の変化に、ついていけてないで戸惑っているのかもしれない。

 それはそうだ。余裕がでてきて、間違いに気付いて、そこから受け入れるまでの時間は殆どかかってないのだから。我ながら、変り身の速さに呆れてしまう。

「私はもう、何も否定しないわ。自分のやってしまったことも、受け入れる。開き直りと言われればそれで終わり。ぶっちゃけ、開き直りでも何でもいいの。悔いたり嘆いたり暴れたりする暇があるなら、理想の為に前だけ見る。そして、足掻くわ。綺麗事、絵空事で終わらせないために。これも自己満足かもしれない。見た目だけ見繕った、かつてのプラズマ団が現在やってる贖罪と、あんまり変わってないかもしれないわ」

 自嘲的に言う私に、彼はまるで今までの私をすべて赦すかのように、言った。

『……トウコよ。それが、ヒトだ。ヒトとは多面性の生き物。裏があれば表がある。光があれば闇がある。理想があれば、真実があるように』

 ポケモンである彼に人間性を説かれると、ちょっと複雑な気分。

「まあいいわ。それで? 例の一件なら、私も一応気付いてる。キュレムのことでしょ? 私はもう連中に関わりたくないけど、あんたはどうするの?」

『……随分とこの二年で、察しが良くなったようだな。お前も成長したな、トウコ』

 久々に誰かに真っ直ぐ褒められた気がした。

 成長したな……か。

「やめてよ。成長してりゃあ、あんなことしないわ」

 思わず自分をあざ笑う。

 ああ、ダメだ。こういうところ、本当に直ってない。

『よいのだ、無理をしなくても。我とて、二年の旅をついていったわけではない』

「あんたは城に石を置き忘れただけで、好き好んで連れていったわけじゃないわ」

 私が軽口を言うと、物凄い笑い声が頭に響く。

 ツボったらしい。伝説のポケモンにも笑いのセンスがあるのかと思うと、意外だ。

『冗談まで上手くなったか。それで良いのだ。余裕がなければ、常に広い視野で物事を見ることなどできぬ』

「はいはい。あんまり褒めると皮肉に聞こえるからやめて頂戴な。話がずれてるわよ」

 私が指摘すると、彼は軌道修正を無理やりした。

『……知っているとは思うが、キュレムは我とレシラムがとある一匹のポケモンから分離したときに生じた、抜け殻なのだ』

 ゼクロムはそうして、トンデモない事実を打ち明けた。

 ただ、思っていたよりも私は冷静に受け止めていた。

「ごめん、それは初耳。そうだったの?」

『言ってなかったか?』

 ゼクロムも意外そうに私に問う。知るわけないだろうに。

「誰も、んな昔の事知ってるわけないでしょうが。実体験したのはあんたとレシラムだけよ」

『まあ、それはこの際どうでもよい』

「なら言わなくていいわよ」

 私のツッコミに一々笑い声を上げつつ、シリアスをぶち壊しにしてくれているゼクロムに、先を促す。

『奴には、我とレシラムを吸収し、力にする能力がある。一度に我らを同時に吸うことはできぬとも、吸われてしまえばいっかんの終わりなのだ。元は、あやつが器で我らが中身の力、という構図で想像すれば良い』

 伝説の話だろう。二匹のポケモンは、一匹のポケモンから分離したもの。

 その時、残された器がキュレムだと考えてもおかしくはない。

「成程。それで? 取り込まれたら最後、自力で出て来れないから何とかしろと?」

『そういうことだ。本当に察しが良くなったな』

 適当なことを言ったらビンゴだった。だが、それはつまり。

中身(あんた)じゃどうしようもないから、私達がどうにかするしかないってこと?」

 その質問には、私なりの問いが隠されていた。

 彼を試すのは忍びないが、その答えが返ってきた場合、私は彼を裏切る。

 私の理想の為に。

『ああ。それを、我はトウコ。お前に託したい。我がもし万が一、キュレムに取り込まれたときは、キュレムごと――』

「バカ。アホなこと言ってるとあんたぶん殴るわよ」

 案の定だった。私は彼の言葉を遮った。

『なぬっ……!?』

 彼は驚いている。当然だ。

 私が何を言おうとしているか当てたのだから。

「何が、取り込まれたらキュレムごとあんたを殺せよ。そうね、そうしないと確かに、イッシュは滅びよりも地獄になるかもしれないわ。でも、そんなことは私がさせない。ゼクロム。あんたは私が護る。あんたの命も、キュレムの命もね」

『トウコ……そんなことが出来るのか? 本当に……』

 ゼクロムが、私の言ったことに愕然としている。

 彼の言うそれが最悪の結末なら、確かに私にはどうすることもできないかもしれない。

 だが。

 私は、決めたのだ。

「いまの私を甘く見ないで。もう、逃げないって決めたのよ。そんなやり方でしかあんたも、キュレムも、イッシュも護れないって言われようが、諦めるつもりなんてないわ。そうさせないために、今の私がいる。言ったでしょ。綺麗事で終わらせないために、私は足掻く。それがどんなにカッコ悪くても、英雄と呼べないような不格好なものでも、私は抗い続ける。失っていいような軽いものじゃない。逃げていいような場所じゃない。それぐらいしないで、一体何が守れるっていうの? あんたの理想は、あんたとキュレムを犠牲に払わないといけないの?」

『トウコ……』

 ゼクロムに、今度は私が理想を問う。

 二年前からすれば、信じられない光景が今ここにある。

「大丈夫よ。ゼクロム、人間はあんたが思ってるほど、強くないの。弱点が、どこかにあるのよ。確実にね。科学は所詮科学。理屈と数式で動いているに過ぎない。ポケモンの不思議パワーで何とかなるほど、文明社会は甘くない。そこを突けば、どうってことないわ。取り込まれる前にあんたが前みたいに暴れればいい。そうすれば、少しはマシな結果になる。だから、自分の命を投げ出そうとしないで。キュレムを、理想の犠牲にするのもやめて」

 私がそう説得すると、彼は半ばほうけたように、呟く。

『……お前は、随分と逞しくなったな……』

 こいつには、あまり言われなくない気もする言葉だった。

「違うわ。妥協をしなくなっただけ。ついでに言うと、強欲になったとも言うわ」

 私の言葉に、彼は鼻で笑って言う。

『フッ……よく言う。だが……そうだな。我が、間違っていたのかもしれん。それでは……お前の理想に反するか』

 私の理想。そう、ゼクロムとキュレムが死ぬのは、私が嫌だ。

 これが、私の我侭。

 自分を含めて、みんなを幸せにしたいという、私個人の勝手な想いだ。

「本当は、みんなが幸せになればいいと思う。でも人間は多面で生きている。私とはそりが合わない人もいる。だからせめて、多くの人たちが、ポケモンと一緒に幸せになれれいい。そのために、ゲーチスを止める。今度は、私の意思で。誰かの意思じゃなくて、私自身の心で。だからそのために、ゼクロム。今度こそ、真なる意味で、私に力を貸して!!」

 私は叫ぶ。

 これが、今の私の本心だ。

 隠しもしない、誤魔化しもしない、ありのままの気持ち。

 数秒もしなかった。

 私は、確かに聞いた。

 

 ――バリヴァリバァァァーーーー!!

 

 彼の了承の咆哮(こえ)を。

 

『よかろう。我が力を貸すのに相応しい、分不相応な理想! 身勝手な小娘の戯言(たわごと)の実現の為、このゼクロムが、貴様に力を貸してやろうではないか!!』

 

 二年前と同じ言葉。私を見下す、腹が立つ言い分。

 相変わらず、いけ好かない部分がある。

 でもいい。それで。

 彼とみんながいれば、私の理想はきっと叶う。

 どんなに遠い道のりでも、その未来があるから頑張れる。

 私は迷わない。彼が共に歩むのならこの道を、最後まで走りきる。

 変な夢だった。私の意識は、誰かの慌てたような声で、急速に覚醒していった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。