――その姿は、まるで秘められし絆と愛が具現化したかのような神々しささえあった。
元に戻れないと人間の声と言葉で泣き言を言うココロに、ほうけていたトウコは呟いた。
「嘘……。ココロが……メガ……シンカしたの……?」
「わ、わたしだってわかんないよ~」
問われても、浮きながらジタバタもがいているココロは泣きそうな顔でそう言った。
身体の異常は見た目だけで、他は痛みやかゆみはないと言うので、害がある変化ではないと思う。
思うが……心配になる。
見れば、持っていたはずのこころのしずくまで消え去り、先ほど砕けたような音がしたのを聞いて、ココロとトウコは深く落ち込んだ。
二人の大切なものが消えてしまい、しかもベルが持ち込んだ岩まで消えている。
一体、何があったのか。誰にも、現状が理解できない。
見ていたアークは目が痛いとボールに戻り、ディーは耳鳴りがするとボールに戻り、気絶している二匹もボールに戻して困惑する。
ココロも姿が変わったまま、ボールに彼女は入れるのかどうかも怪しい
彼女達は、わからないとしても、と互いの考察を述べた。
トウコが、ココロ――即ち、ラティアスのメガシンカ説を。
しかし、とベルが反論する。
「メガシンカだとしても……ラティアスがメガシンカするなんて話は……聞いたことないよ?」
研究者の端くれであるベルがズレたメガネを直しながら、怖々ココロを見た。
「……なに?」
その視線に気付いたココロが人語で責める。
ジトっとした目で睨みながら。
「ふえっ!? い、いえ、何でも……」
萎縮し、ビビるベル。
「ココロ、よしなさい」
トウコが諌めて、次に進める。
「そりゃあ……私だって、知らないわよ。でも、あのメガストーンらしき岩が消えていること、そして……こころのしずくも砕け散っているところを見ると、二つの岩と宝石が一体化して、ココロのメガシンカを引き起こした……。そう考えるのが妥当じゃない?」
「う~ん……そうかなあ? あたしの調べた限りには、メガシンカは二つの石が必要なんだよ? 一つがトレーナーが持つ、キーストーン。これがないとそもそも、メガシンカなんてできないんだから。そして、もう一つがメガストーン。これは、ポケモンがメガシンカしたときには消えているって話だから、おかしくはないけど」
ベルの言うとおり、それがメガシンカをしるトレーナーの中では一般的だ。
ただ、トウコは例外を知っていた。
記憶を辿り、ホウエンのとある滝にて、老婆に聞いた伝承を思い出す。
――彼のモノ、平和の祈り届きし時、新たなる姿になりて、ホウエンの地に平和を齎さん――
術者の祈り、それがキーストーンだとすれば、新たなる姿になりて、とはメガシンカのことかもしれない。
空高く、それこそ天空にいるような伝説の龍が、メガストーンなんてモノを持っている訳がない。
持たせる相手がまずいない。
全ては憶測の中だ。
まだ推測の域すら出ていない仮説。
でも、それはもしかしたらの可能性があった。
「ベル、私……例外を一個だけ知ってる。ホウエンに伝わる、伝説の龍……。あいつは、石がいらないかもしれないわ」
「えっ?」
トウコは、訝しげに見るベルに、その伝承を聞かせた。
ココロは情けない顔で、取り敢えず早く戻りたいとべそをかいている。
ベルが、伝承を聞いて、合点がいったのか、トウコに聞いた。
「それ、トウコがそらのはしらって所で見た、緑色のポケモンのことじゃない?」
「へっ?」
トウコが今度は変な顔をする番だった。
ベルが苦い顔で、トウコのしでかしたことを言って、思い出したように、手を打つトウコ。
「ああ、あの顎が三角形のウミヘビみたいな奴? あいつだったんだ。私を喰おうとして襲ってきた」
しれっとトンデモない事をこの英雄様は言っていやがった。
それは、数年前に姿を消したと言われている伝説の龍そのもの。
ベルは思わず突っ込んだ。
「トウコ、絶対それメガシンカしてるレックウザだよ!!」
職業柄、そういう各地の伝説なども読み漁っていたベルは知っていた。
天空に住み、数億年の月日を生きる、空の守り手、レックウザの事を。
「烈空座? どこの星座の名前よそれ」
……世にも珍しい邂逅をしておきながら、この馬鹿は伝説の龍の名前を変に聞き間違えた。
ベルはコケた。
「レックウザッ! 知らないの!? ホウエン地方に伝わる三大ポケモンの一体だよ!! グラードン、カイオーガ、レックウザ!」
「?」
知らない、と首を振るトウコ。
あほお! とベルに殴られた。ベルがココロに睨まれた。
自分で実際行ったのに認識はこのざまである。お話にならない。
ちなみに。
当時、空の柱にホルスと共に忍び込んできた侵入者を、主自らが迎撃するために天空からわざわざ顔を出してきた、という事情を二人は知らない。
「へえ。あいつ、じゃあ長い間ずっとメガシンカ状態なんだ。凄いわね、流石伝説」
トウコが変な意味で頷き、またベルに殴られる。
「感心してる場合じゃないから!! 危ないでしょお!? 食われてもおかしくないんだよ!?」
事実、ポケモンが人を食う、なんて下克上的なこともたまにある。
ニュースでピックアップされることもあるくらいだ。
田舎の方で、野生ポケモンが人を襲うなんてことがざらであるように。
「あ、そうなの? ホルスがあまりの剣幕にビビって逃げたから、よく覚えてないわ」
トウコは全然自覚してなかった。
聖域を土足で踏みにじった禁忌の罪を、何も感じていないようである。
「もう、人様の聖域に勝手に入らないこと!! いいね!?」
「……はい」
過去のことを説教されることに釈然としないようだが、ベルに怒られトウコは懲りたのだった。
ココロの姿は暫定的にメガシンカ(仮)で良し、とベルとトウコは自棄糞で決めた。
詳しい原因がわかる訳もない。
ラティアスも伝説のポケモンで、確認されていない、もしかしたら世界初のメガシンカかもしれない現象を、研究者助手と頭の悪いチャンピオンだけでどうにか出来ると思うほうがおかしい。
「お姉ちゃん、早くなんとかしてよ~!」
いい加減泣き出しそうなココロ。
巨大化した体躯を揺らして文句を言う。
「はいはい。取り敢えず殴って元にもどるか試してみようかしら」
トウコはココロを壊れたテレビと同じ扱いにした。
ベルも案外行けるんじゃない? と乗り気。
八方塞がり故に試せる手段は何でもする、という結論に至った。
「やめてっ!? 痛いのやめてっ!?」
「ちょっとの辛抱よ。それで戻通りになるなら御の字だしね」
そう言って、面倒そうにトウコは立ち上がると、怯えるココロに寄ってくる。
「お姉ちゃん酷いよ! そんな酷い扱いするなんて!」
「大丈夫、痛くしないから。なるべく」
「なるべくってことは少しは痛いんでしょ!? 優しく扱ってよ!!」
嫌がる妹の髪の毛を無理やりセットするような会話だった。
ベルは帽子を押さえて、隅っこに避難した。巻き添えが怖いらしい。
「いや、諦めろよココロ。俺なんてしょっちゅうシアに毛を噛み付かれるんだぜ?」
過去トウコのアークまで出てきて、本格的にどうしようもない空間に。
民宿の一室は、カオスとなった。
「どうでもいいよ! っていうかアーク、人事だからって簡単に言うけど! お姉ちゃんの腕っ節の強さわかってるの!?」
「……人語を会得したからって、よく喋るなぁお前……」
ギャーギャー、頭の中で繰り広げていた喧嘩が、現実でも起こるようになった。
「うるさいよ!! わたしだって喋れるのは嬉しいけどね、その前にお姉ちゃんが」
「ココロ、うるさい」
左肩を庇いながら、トウコが飛び跳ねた。
トウコの攻撃! トウコのじゃれつく!
「きゃーーーーーーーー!!」
ココロには効果抜群だ!!
急所にあたった!!
「ぎゃーーーーーーーー!?」
アークには効果抜群だ!!
急所にあたった!!
どーーーーーーーんっ。
という面白い音が聞こえ、野次馬のアークも巻き込まれた。
ベルは帽子を深くかぶり目をギュッと閉じて、その惨事が早く終わるのを祈るのだった。
「……あら、やっぱり元に戻ったわね」
「凄いねトウコ……。周りを散らかさずにやるなんてえ」
「まあ、慣れてるしね」
トウコのじゃれつく攻撃のおかげなのか、煙と星とハートが飛び交う攻撃で、ココロの姿は元通りになった。
足元には、何故か見たことのあるネックレスが二つ転がっていた。
こころのしずくがついていたものに、メガストーンとキーストーンがくくりつけられており、どういう理屈か雫が変化して二つの石になっていたのだ。
流石にこれにはベルも首を傾げて、取り敢えずもとに戻れたので良し、と無理やり完結。
バッグの中にそれを大切にしまい込んだ。
『痛いよう、羽とかお腹が笑いすぎて痛いよぅ……』
『お、俺だって身体中が痛いぜ畜生……』
ボールの中でトウコ版じゃれつくを受けた二匹が苦しんでいた。
どうやら追加効果で麻痺と毒がついているようだ。何タイプなのかは知らないが。
ココロは擽り攻撃で笑い死ぬ寸前まで追い詰められ、ぷるぷる痙攣しながらボールの中で倒れ、アークはなし崩し的に入ってきて邪魔だったので、取っ組み合いの犠牲者になったのだった。頭にコブが出来て湯気が立っている。
「そういえば、何でアークいたのかしら?」
「さあ?」
ベルに聞いてもわかる訳もないし、
『お前が巻き込んだんだよ!!』
という彼の訴えは黙殺された。
「まあいいわ。一件落着。さて、夜食でも買いに行きましょうか」
「そだねえ」
スルーした二人は、軽く着替えた後、お留守番を任せて夜食の買出しに出かけていく。
『お、覚えてろよトウコォ……』
とばっちりのアークの呪詛が虚空に消えた。
多分トウコには届かないのだろう。永遠に。
追記。
『レジギガスは、誰かに呼ばれた気がしたのだが……。何があったのだ?』
『お前はまたそれか!?』
ギガスは起きても寝ぼけていて一連の騒動に気付かなかったらしい。
ココロから説明を受けて、腕を組んで頷いて納得してまたよっこらせ、と横になるとイビキをかいて寝だした。
呆れるメンツにも動揺しない、マイペースにも程があるギガスだった。