「電気石の洞穴……。ここはやはり、居心地が良い……」
彼女達がお昼を食べている頃。彼女達は気付いていなかった。
そして同時に、彼もまたその距離が異様に近づいていることに気付かない。
電気石の洞穴内部。簡素な橋をかけられたその先で、彼らは酔っ払っている。
この空間の懐かしさ、居心地の良さに。
上質のオーケストラでも聞いているかのようにうっとりしている。
一人でブツブツと、いや正確に言うなればポケモンたちと会話しながら、久方の訪問にテンションが変になっていた。
そこは、洞穴というには少々複雑な内部構造をしており、地下に行くだけこの場所で発生している磁場の影響を受ける。
この場所は俗に言う、機械がおかしくなる場所で、立ち入る前に全ての機械のスイッチを切らないと、磁場にやられてみんな壊れてしまう。
挙句には方位磁石まで正しい方角を示せなくなり、迷子にもなりやすかった。
その点、彼は全くの平気だ。そもそも構造を知っている。
かつてここで、一度はトモダチと別れを経験し、今また決意を新たにするためにここにきた。
「電気が表す数式。ポケモンのつながり、ヒトとヒトとのつながり。ヒトとポケモン。ここはやはり……僕の真実の場所……」
両手を広げ、電気の爆ぜる音がそこらじゅうでする、青白く発光する内部を見つめている。
『おい……ハルモニア。場所に酔いしれている場合か? 聞いてるのか、ハルモニア?』
『ダメですわ……。この方、わたくし達の声を全く聞いておりません』
『何でこんなテンション上がってるのよ? ちょっとガーディア、こいつの感情の波長どうなってんの?』
『ん~……。妙に嬉しそうな波長だべな。珍しく楽しんでるべ、ハルモニア』
『チールは早く次に行きたいよ……』
手持ちのトモダチのトモダチ達は、言うだけ無駄だと悟って諦めた。
彼は、偶然足元に落ちていた、大きめの石を拾い上げた。
その不思議な薄紫の螺旋模様を描く石を、何を考えるでもなく見つめて呟く。
「僕は……行動を起こさなければいけない。ポケモンたちを救うために。僕は進まなければいけない。
この場所にきたのは、彼なりのケジメの証。
今、世間での自分の立場も、社会を学んできた彼にも分かる。
プラズマ団関係者という悪者だ。
そんな悪者が、同じ悪に対して行動を起こすなど、内部争いを知らない一般人からすれば偽善そのものだ。
いや、争いを知っていたとしても、感情が先走る彼らには糾弾される行動でしかない。
『イッシュ全体を敵に回してでも、真実がそこにあるなら。それでも、やるのですね? N』
「……うん」
白き龍は優しく聞くが、気遣いではない。覚悟があるかと問うたのだ。
青年――Nは、頷いた。そこには、欠片ほどの迷いもない。
かつての彼の義理の父が起こした大罪。
その間違いを、あの人はまた犯そうとしている。
あの人は野望の塊だ。自分がそうしたいから、そうする。
何処までも人間味の溢れる人間だ。
人は利己的な生物。そういう意味では、あの人は間違いなく人らしさが誰よりも強い。
人であることを学び始めてまだ数年のNには、到底追いつけない領域。
だけれど、赦されることではない悪行。
Nは、あの人の間違いを止める。
それだけは止めたいから。「あの言葉」を言われてもなお、父だと思っているから。
『ハルモニア。俺達はお前と共に行く』
彼女のトモダチが、まだ彼に手を貸してくれている。
Nは知った。ヒトは、一人では限界があると。
共に手を取り、進むことで出来ることが増えると。
「……ありがとう、みんな」
彼は、そう言って決意を新たに歩き出す。
手にもっていた石を、空いていた壁の窪みに設置した。
進む先は、まだ決まってないけれど、絶対に止めると誓って。
……彼も、彼女のトモダチも、白き龍も、誰も。
誰も疑問に思わなかった。
偶然という名の必然で彼の拾っていた石には、遺伝子の模様のようなものが刻まれていることに。
それはもしかしたら、立場さえ違えば、彼がこの石に出会い、選ばれていた。
長い旅の間に、もう一つの「伝説」に出逢っていた彼だからこそ、落ちていたその石の存在に気付いたというのに。
偶然は、一歩ずれて彼女につながる道を選んだのだった。
人の気配を感じて、彼の消えた数分後に、特徴的なツーテールの少女が、「おかしいな?」と首を傾げながら現れたが、それは別の話。
彼女もまた、壁の窪みに彼が置いた石を、ただの背景としてしか目に入れていなかった。
この石に気付く必然に導かれた彼女の邂逅は、まだ先の話だった……。