ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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問題を乗り越えて

 

 

 

 あれは、プラズマ団に対する黒き英雄の宣戦布告という形で終わりを迎える。

 消耗が激しいトウコは、そのままベルの腕の中で眠ってしまった。

 元々、先日の怪我で弱っていた所を、瞬間的にカッとなって飛び出して、剰えその身体に負荷をかけ続けていたのだ。

 本当なら、体力が尽きてしまって、死んでいてもおかしくない。

 そう、過去トウコに化けたアークは翌日。

 あの場にいた皆……チェレンとベル、そして一応ながらヤーコンにも告げた。

 ヤーコンは化けたアークに大して驚かず、「要はメタモンみたいなもんだろ」と一言で片付けた。

 アークは怒って「誰がメタモンだ、しまいにゃしばくぞおっさん!」と食ってかかったがヤーコンが一睨みして黙らせた。

 あのあと、ダークトリニティという怪しい影武者のような三人組に、みんなは駆逐艦からたたき出された。

 二年前から存在する、人を拉致するのを専門とする裏方だが、その技術は超人を通り越して人間をやめている。

 目的の為なら、奴らは容赦などない。

 なにせ連中、炸薬を仕込んであったのか、爆発する苦無を投げつけてきたのだ。

 武装もしてない、単なる子供相手に。

 どれだけ切羽詰まった状況だったのか、改まって二人は思い起こして、背筋が凍る思いをした。

 あの場で、彼らの判断がなければ多分死んでいただろう。

 トウコのポケモンたちが自己判断で皆を背中に乗せたり担いだり、掴んだりして慌てて脱出した。

 彼らに一同は命を救われたのだ。

 波止場に戻っても、今度は戦艦に積んである機銃やら爆弾やらを次々ぶっぱなし、波止場の石畳を蜂の巣にしてまで、こちらを完全に追い払うようなことをしてきた。

 殺す意思があった。過剰な防衛攻撃を行なった駆逐艦は、そのまま出航させて逃げていった。

 銃声に気付いたヤーコンたち大人が、すぐに避難するように彼らを連れていく。

 ヒュウが抵抗して追撃しようと躍起になっていたのを、我慢の限界でキレたヤーコンが怒鳴り散らして黙らせた。

 翌日。ヤーコンが務めているジムの一室、重厚なソファーに座らされた二人と、来たときは虚ろな目で起きていたが今はソファーの上で眠っているトウコたちは事情をヤーコンに説明していた。

 黙って寝息を立てるトウコの世話をしていたアークが、最後に口を開いてトウコの事を簡単に説明した。

 この消耗を見てしまえば、彼らは語らないわけにはいかない。

 トウコは怒るだろうが、仕方ないと思ったから。

 ヤーコンはトレードマークの帽子のつばを押さえて、深い溜息をついた。

「……つまり、だ。トウコの奴は、身体に負荷がかかることを承知の上でその何とかのしずくってのを使ったってのか?」

 ヤーコンの問いに、アークは頷いた。

「そういうこと。『こころのしずく』のことは俺ですら詳しく知らねえ。トウコもココロも、誰にも言いたくないんだってさ。だけど、さっき問い詰めたらもう一人の当事者いわく、あの石は擬似的にトレーナーとポケモンを心身共に一体化させる効果があるんだと。一方が怪我をすれば、もう一方を似たような傷を負う。んでもって、ポケモンはそうでもねえけど、トレーナー……つまり、トウコへの負担が半端じゃねえんだ。普通、一度使えば一週間は間を開けないとマジで危ないって話だったんだが……昨日のは、無理を押して使ったせいで、今トウコは消耗がピークに達してる。だから回復のために寝てるんだよ」

「……トウコ……」

 ベルが心配そうに見つめる先、寝言を言っているのか当のトウコは「大明神ベル様……万歳……」などと言っていた。

 アークは呆れた表情でトウコを見つめて、肩を竦める。

「ポケモンと人間の頑丈さの違いは、知ってのとおりだ。俺達ポケモンはわざを使えば、ある程度の怪我ならすぐ治る。だが人間はそうはいかない。同じ怪我を負う場合、トウコの治癒の方が圧倒的に遅いのは当然だろ? 幸いだったのは、ココロが負う怪我よりも少しは軽傷で済むことぐらいか。ただ、その分体力を消費するから差分はねえに等しいけどな。使う体力が無くなれば、呆気なく死ぬだけだって話だしな……」

 だからトウコの左肩と背中の傷はココロ程大怪我じゃない、と言うと「だけれど」とベルは言った。

「トウコの額の怪我は、すぐ治ったけど……それはどうして?」

「それか? そりゃココロが全然傷を負ってなかった、怪我にも入らない小さい切り傷だから。ココロと擬似的に繋がっているから、トウコの方も身体能力が上がってるんだよ。だから、そのくらいならすぐ治る。お前も見ただろ。トウコが大の男を片腕で殴り飛ばすの」

「……」

 トウコは、作戦を叫ぶとき迫ってきた団員を右腕だけで殴り飛ばして、柱に激突させていた。

 あれはトウコの腕力だけじゃない。トウコの細腕にそんな力がある道理がないのだ。

 ココロと繋がることで彼女の身体にも何かしらの変化があったのだ。

「でもまあ、やる前にココロも止めたんだけどな。トウコの奴がどうしてもって言うから、あいつも手を貸したんだ。後悔もしてねえし、トウコ自身もそれを責めねえなら、部外者にどうこう言う権利はねえ。これは当事者同士の問題だ。同意の上なら、文句は言えねえ」

 アークはあくまでトウコの味方。

 ベルとチェレンが苦虫を噛むような顔でアークを見るが、彼はただ、冷たく言い返す。

「トウコとココロが納得してるのに、いちゃもんをつけるなんざお前ら何様のつもりだ? トウコは人形じゃねえんだぞ。自分の意思で決めて、自分の意思で行動して、その結果を自分で受け止めた。お前らにその行動を非難する謂れがあるとすれば、そりゃ迷惑をかけたことだけだ。あいつの消耗に関しては何も口出しはさせねえよ」

 それはアークがトウコの絶対的味方故に言える詭弁だ。

 トウコのやっていたことを、ベルは受け入れたくない。

 そんな捨て身の方法が、正しいと思って行動する破滅に向かうトウコのことを、認めたくない。

 チェレンも似たようなものなのだろう。同じような表情だった。

 だが、代弁者たるアークには何を言っても無駄なのは見ればわかる。

「……で? ゾロアーク。お前さん、トウコにどう伝えるつもりだ?」

 話し終えた時を見計らって、ヤーコンが苦い顔で切り出した。

「は? 何を?」

「……お前さんの連れが大暴れして出た、PWTの弁償金だよ」

「げっ……!」

 そう、その話題は某白いあの人が勝手に出て大暴れした結果破壊された敷地の修繕費である。

 ヤーコンは旧知の仲であるトウコに請求するのは気が引ける、と前置きをおいて金額を述べた。

「合計しめて、730万だ」

 提示された金額に、ベルとチェレンが頭を抱えて、アークは口を開けて放心していた。

 過去トウコの顔で。

 ……子供の支払える額を軽く超えていた。普通に考えて当然だが。

 公共施設の破壊という犯罪そのものの行為に関して、ヤーコンが上手く立ち回って御咎め無しにしてくれていることも含めて、トウコは自覚なしに大きな借りを作っていた。

「で、どうやって払ってくれるんだ。あれだけ派手にぶち壊してくれて。まったく、自腹で金を捻出する俺様の身にもなれ」

 やれやれ、と態とらしい仕草で肩を竦めるヤーコン。

 その後に続いた言葉は、「冗談だ」とだった。

 一応、ヤーコンの会社でその分は出しておくので、今回は活躍に免じて許してくれるらしい。

「俺様にも非がないってことは決してないからな。自分ところの敷地(かいじょう)にあの連中を野放しにしておいたのは俺様のミスだし、結果としてプラズマ団の戦艦なんてものを波止場に置かれておいて気づかなかったのも俺様のミスだ。それを追い払って、客に被害が出る前に抑えてくれたトウコたちには逆に、感謝しなけりゃならん。慰謝料とか損害賠償とかに発展して裁判にでもなったら、もっと大金をもっていかれてた可能性の方が高いしな」

 ……ビジネスの出来る大人の解析だった。

 トウコの大暴れによって巻き込まれた連中は、白い巨人のポケモンが実はヤーコンの雇った殺し屋だかなんとかと勝手に噂にして、ヤーコンを訴えるに訴えることができないのだとか。

 訴えたら白いポケモンが襲ってくるとでも思っているのだろう。

 プラズマ団に奪われたポケモンは、ちなみにチェレン達が回収して返していた。

 警備体制に問題があったということでヤーコンもそこは仕方ない、と慰謝料は支払うつもりだと言った。

「……それは……。その。ウチのトウコが、とんでもないことをしました……」

「……僕達からも、彼女に代わって謝罪させてください。ヤーコンさん、本当に申し訳ないことをしてしまいました……」

 放心状態のアークに代理して、二人が頭を下げた。

 ぐうすか寝ているこの馬鹿、幼馴染にまで迷惑をかけている。

「いいってことよ。今回のことは、俺様がサポートしてやるからトウコにもう暴れるときは周りにも気をつけろ、と言っておいてくれ」

 フランクな笑みで、ヤーコンは男前なことを言ってくれる。

 正直、目茶目茶かっこいいとベルは思った。

 これが余裕のある大人の対応なのだと勉強にもなった。

「……何から何まで、ヤーコンさんありがとうございます……」

「重ね重ね、すいませんでした……」

 立ち上がったヤーコンは、仕事があると言って席を外した。

 ぺこぺこ頭を下げる二人に、アークは寝言を言っているトウコを見落として冷や汗を流した。

(トウコ……お前、警察に追われねえようにしてくれよマジで……)

 

 

 

 ジムを後にするころには、寝ていたトウコも目を覚まし、先程の話と一連の顛末を聞いた。

 しかし、彼女は余裕のある態度で言った。

「全部、事が終わったら、ヤーコンのところでその分の働きをすることにしたの。元チャンピオンだもの。稼ぐのに必要な実力もあるし。そのぐらいのお礼はしないといけないわね」

 冷静に、今回の件の借りを、未来に返すと告げた。

 苦笑して、ボールの中でみんなに罵倒されてクラウチング・スタイルのギガスのイメージを見ている。

 帰ってきた当時とは比べ物にならないくらい、とても前向きな言葉だった。

 そんなことはどうでもいい、と今までのトウコなら善意の上で胡座をかいて悪意の言葉を吐き出していた彼女が。

「トウコ……あの白いポケモン、レジギガスだっけ? あんなハイパワーなんて聞いてないよお……」

「図鑑を見て知ったよ。あのポケモンは、シンオウの神話に出てくる伝説のポケモンなんだね。アララギ博士いわく、存在自体が怪しいと言われていたポケモンだから、今度見せてくれって」

 研究者の関係者であるベルはまだ少しふらつくトウコを支えながら苦情を言って、チェレンは先程の話題にはもう触れずに、違う話を持ちかけた。

 こころのしずくの一件は、トウコに説明を求めても「嫌よ」の一言で断られてしまったからだ。

 それ以上踏み込んでも、彼女はNOの一言なので無駄だった。

 トウコは見せろということにも嫌だの一言で突っぱねた。

 三人は、取り敢えず二人の泊まっているホテルに帰ることにした。

 何よりも、奴らの目的も分かったのは大きい。

 ロットのところで聞いたことは、ベルを通してヤーコンやチェレン、各ジムリーダーに伝えられたという。

 それは大きな進歩だった。

「……さて、あいつらの目的も分かったし……。次見つけたら、また阻止しないと……」

 トウコは、ホテルに帰る道中、ぼそりとそうつぶやいた。

「まだ関わるつもりなんだね、トウコ……」

「君は……こんな身体になってるのに、まだ彼らと何かする気なのか?」

 ベルとチェレンが露骨に呆れた顔でトウコを見る。

 本当に、この一件に関してはトウコは前向きだ。

 昨日と違うのは、ヴィオに見せた、あの狂気じみたトウコは影を潜め、普通にその話題を口にしていること。

 あの宣戦布告やロットと逢ったことで、何かトウコの中で変化を齎している。

 それが、良い意味ならいいのだが。

 まだ、トウコは中途半端な状態だ。宙ぶらりんである。

 ふとしたキッカケで闇に堕ちる可能性もあるし、みんなに支えられてもっとプラスに向かう可能性もある。

 今は、少しは前向きな方向に向かっていると信じたい二人。

 トウコが、最終的にどうなるのか。それは、彼女自身と、周囲にかかっている。

 心の底に眠る憎悪に任せて復讐を遂げて壊れてしまうか。

 あるいは、友情や信頼を思い出して、彼らと共に本当の意味の結末を望むか。

 彼女の中の理想は、今また姿を変えていく……。


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