ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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プラズマフリゲート

 

 

 

 

 逃げるな、逃げるな、逃げるなッ!!

 彼女は焦っていた。いや、もうそれは意識して行なっている行動ではない。

 プラズマ団に関わったあの時、アークに後を任せた時から彼女は感情だけで動いていた。

 正確に言うと、脳が正しい記憶をしていない。もっと言うなら、完全にキテいた。

 突発的な怒りと憎悪だけで、自我を覆い尽くされた彼女は一連の行動を上手く覚えていない。

 思い出せても漠然としたことのみ。

 トウコは一度完全にキレると記憶が飛ぶタイプの人間なのだ。

 ヒウンの時は、ヒウンのジムリーダーが完全にブチギレる前に止めてくれたからまだ良かった。

 然し今回は、止める人が近くにいない。いるのは大暴走中の白い巨人だけ。

「どこだッ、どこに隠れたのよォ!? 出てきなさい、ぶっ殺してやるッ!!」

 レジギガスに乗って男を追い回していたトウコだったが、波止場寸前の所で見失った。

 逃げ切れないと思った団員に隠れられてしまったのだ。

 ギガスも周囲の障害物を退けて、そいつを探している。

 まるで子供が虫でも探すかのように、スケールが違うからか、障害物という名前の生活必需品の数々が破壊されていく。

 トウコも肩から降りて、痛む左肩を押さえながら一帯を探し回る。

 出会ったら最後、絶対に殺すつもりで。

 ……団員は、上手く逃げるために命からがら海に飛び込んだのだ。

 流石に、あの巨体では水の中にまでは入ってこないと咄嗟に思いついたこそ泥の知恵。

 団員は揺らめく海面から顔だけ出して、音を立てずに泳いで逃げていった……。

「ああ、もうッ! なんでいつもこうなのよッ!!」

 苛立つトウコ。

 地団駄を踏むたび、衝撃が肩に走って痛む。

 それだって、あいつらのせいなのだ。

 折角見つけかけた手掛かりを、失ってしまった。

 追いかけたのに、間に合わなかった。見つけ出せなかった。

 その悔しさが、憎しみに加わって更に醜く沸騰していく。

「ギガスッ! もう戻っていいわッ!」

 大暴れしたギガスが『……』と片膝を付いてボールに戻る意思を見せる。

 右手に持ったボールに戻し、周囲を一人怒鳴りながら捜索する。

「どうして、どうして上手くいかないのよ……ッ!」

 左肩を庇いながら、トウコは波止場の方まで足を進めていく。

 まだだ。まだ、諦めない。奴らはどこかに隠れている。

 見つけ出して、ぶち殺してやる。全員、皆殺しにしてやる。

 知ったことか。どうだっていい。殺せればなんだって。

 キレた時特有の一つのことしか考えられない思考に支配されて、トウコは歩いていく。

 その剣幕に、ココロ達は何も言えなかった。

 ココロには見えている。トウコの中が、真っ黒な感情に満たされている事。

 この真っ黒は、言葉を吸い込んで彼女に届けない壁になり、海になり、全てを阻む。

 これを払うには、ココロには難しい。

 テレパシーで呼びかけをしたって、トウコから流れてくるのは荒れ狂う感情だけだから。

 もう、あの人を頼るしかない。あの人なら、きっと今のトウコにだって届けることができる。

 ……人は、信じない。人の心が見える彼女には、それが信条だった。

 けれど。あの人なら。心の底から、トウコの事を想ってくれている人なら。

『……』

 信じるしかない、のかもしれない。ベルという、トウコの事を理解しようとしてくれている人を。

 

 

 

「――どうして止めなかったのっ!?」

 騒ぎに気付いたファミレスで。

 訝しげに感じたのだろう。チェレンが少し、様子を見てくると席を外した。

 その間に、ベルにアークは何をしているのと追求されて、事情をあっさりバラシた。

 案の定、血相を変えて食ってかかるベル。

 トウコに化けたアークは口調を戻し、言う。

「俺たちが止める理由があるのかよ。俺達はトウコのポケモンだぜ」

 それだけで、苦虫を噛むような表情で黙るベル。

 そう。トウコのポケモンはトウコの行為を認めている。

 だから止めない。それで納得できる理由になる。

「……だけど……トウコは……」

 ベルが俯いて、そう呟く。

 アークは溜息をついて、空席を見つめて言った。

「そうだな。だから、こうして訪れたチャンスを俺はダメにしたくねえんだ」

「……えっ?」

 口の周りを紙ナプキンで拭いたアークは立ち上がった。

 そのトウコそっくりの目線で、ベルを見落とす。

 トウコとは別種の、ポケモン独特の冷たさがあって、ベルは産毛があわ立つ。

「俺が頼まれたのは代理だけだ。もうその役目も終えた。だから、こっから先は俺自身の意思だ。ついてこいよ。俺がトウコんところまで案内してやる」

 意外な発言に、ベルはぽかんとした。

 アークは説明する。

 今のトウコには、ベルという存在が必要だ。

 それは、トウコがトウコたるまま、目的を達成するために。

 ベルという精神的な支えは、ポケモンでも補うことのできない大切な存在。

 それを失えば、トウコは失速して、失ったものの恐ろしさに怯えて、目的を果たせなくなるかもしれない。

「……だから俺はお前を連れていく。お前の為じゃない。トウコの為に。トウコがお前を求めるなら、俺はお前をあいつのところまで連れていく」

「……」

 どうやら今回は利害の一致、ということで助力してくれるらしい。

 ありがたい申し出に、ベルは深く考えず乗った。

「分かった。トウコの所、連れていって。トウコを見つけたい」

 ベルも立ち、アークと共に店を出る。

 ……会計は、全部チェレンに押し付けた。場合が場合なので、後払いでお願いする。

 食い逃げにならないように、チェレンに置き手紙と店員にお会計は連れでお願いしますと告げて。

「オッケー。契約成立だ。一人でキレて突っ走ってるバカトウコ、取り敢えず探しに行くぜ」

「うんっ!」

 人通りの激しい道を、逆らうように二人は店から駆け出した。

 

 

 

 

 トウコは、ふらりふらりという安定しない足取りで、波止場に入ろうとしていた。

 その時、背後からかけられる声。

「――そこから先に、あなたの目指しているところがありますよ」

「ッ!?」

 血走った目で振り返り、声を主を睨む。

 それは、白衣を纏った科学者のような風貌の若い男だった。

 頭に変な蒼い髪の毛がある、というかそれが最大の特徴のようだ。

 男は何やらファイルを持っており、トウコを見ては何かを熱心に書き込んでいる。

 視線はトウコに向けたまま、彼は言った。

「先程から、あなたのことを観察させていただきました。プラズマ団を追いかけているようですね。どうやら、あなたとポケモンは強い関係で結ばれている様子。これは非常に興味深い」

「私の……邪魔、しないで」

 病んだままの目付きで睨まれても、男は余裕すら感じさせ、「落ち着きなさいお嬢さん」と言った。

「私は、貴方の探しているプラズマ団の事を知っている。それについて知りたいなら、もう少し頭を冷やしたほうがいい。今の貴方は鎖の外れた猛獣のようだ。それでは、貴方を信じているポケモンを裏切ってしまうことになりかねますよ?」

 男はそう言った。

 その一言が、憎悪で激っていたトウコの激情に水をぶっかけたように冷やした。

「ッ……」

 急速に冷静になるトウコ。今、自分が何をしていたか思い出す。

 そして、頭を抱えた。

 裏切っていた? 

 私を信じているみんなを、私自身が?

 そんなのは、嫌だ。絶対に、嫌なのに。

 そんなことはもうしないって、決めていたハズなのに。

 また、また私は、みんなを裏切っていた?

 たった今、ギガスと一緒に、暴れまくっていた。

 それは、あの子達の声を、聞いていなかったから?

 そんな……。そんなことって……。

『お姉ちゃん。そのことは大丈夫だよ』

 ココロの声が、脳裏に響く。

『お姉ちゃん、完全に頭に血が登っていて確かにわたしたちの声は聞いてくれなかった。だけど、お姉ちゃんはこうして今、わたしの声を聞いてくれている。それだけで十分。止まってくれて、話を聞いてくれるでしょ? わたしたち、誰もおねえちゃんのことを責めないよ。それ以上にね、わたしたちは今、許せないことがあるから。お姉ちゃんは悪くない。主に悪いのはこのバカギガスだから』

 ……何か、妙に迫力のある声で、みんながギガスを糾弾している様子が流れてきた。

『……レジギガスは、ただ単に彼女の役に立とうと……』

 ギガスはみなさんに取り囲まれて責めまくられて、小さくなっていた。

 その善意しかない言い分はまだいいのだが。

『テメェは勝手に出ていって、好き勝手に大暴れしただけじゃねえかこの馬鹿!』

 ディーが怒り狂っている。

『……挙句にあいつを取り逃がしているからな。これはもう救いようがない』

 ホルスの嘆息が聞こえる。

『おじさん……シアもだめだとおもう……。トウコのやくにたってない……』

 シアはぶすっと不機嫌そうに言う。

『バカギガス。アークがいないからって調子に乗ってさっ! 副リーダーであるわたしの事も無視ってよくも勝手に行動してくれて! アーク帰ってきたら裁判するから、そのつもりでいてね』

 副リーダーであるココロが中心に、ギガスの初公判が後に開廷するようだ。

『……おう……もう……』

 ギガスがおわた、的な両膝と両手を付いて項垂れているイメージが流れてくる。

 何か……和んだ。トウコの目に、理性の色彩が戻った。

 勿論、トウコ自身も悪いけれど、それを助長させたこの馬鹿は物理的被害を大量に作った。

 彼女は半分覚えていないので知らないが、ギガスが暴れたあとはあたかも戦場のように煙と破壊で目を覆いつくしたいような地獄の光景である。

 ヤーコンがその惨状を見て「なんじゃごらあああああ!?」と重低音の声で叫んでいるのも極めてどうでもよい。

「おや……。やはり、本来の貴方に戻りましたか」

 我に帰り、話の通じる状態になったトウコを見て、柔らかく微笑んだ。

「改めて、初めましてお嬢さん。私はアクロマ。貴方のPWTにおける戦いに興味がわいて、こうして話をしようと思ってついてきたのですが……。どうやらタイミングが悪かったようですね」

「……」

 物腰は丁寧だ。

 初対面のトウコにも、こうして柔らかい雰囲気で話しかけてくる。

 だが……。

『お姉ちゃん……こいつも……。こいつもプラズマ団だよ……』

 ココロが、ボールの中でそう、トウコに告げる。

 相手の精神の中を探っていたココロが、ここまで警戒するような声を出すのは初めてだ。

 プラズマ団。目の前の男も、また。

 それだけで、消えかけていた憎悪が火が付きかける。

 闇が、理性を食い潰そうと範囲を広げる。

『ダメだよ! こいつ、頭おかしいっ! お姉ちゃん、近寄っちゃダメェ!!』

 ココロが、縋り付くように声を張り上げていた。叫ばれる、悲痛な声。

(!?)

 ココロの叫びが、トウコの激情を抑えて、冷静にさせた。

(頭が、おかしい……っ? どうしたの、ココロ?)

 恐る恐る、ココロに問うと。

 凍りついたココロが伝えてくる。

 こんなに、誰かを怖がっているのは、何時以来だろう。

 ココロは泣きべそをかいていた。

『こいつ……狂ってる。狂ってるのお姉ちゃん……。ポケモンの真のパワーを全部引き出す為なら……何だってするって……。頭の中、ポケモンをつかった実験過程しか入ってない……。生体実験とか……酷いことばっかり……』

 ココロは、言葉で伝えるよりも実際見て、と彼女の見たイメージが、トウコにも伝わってくる。

(……ッ!!!!)

 絶句した。こいつは、本当に狂っている。

 半分プラズマ団に関しては倫理観が壊れているトウコですら、そう思った。

 筆舌に尽くしがたい悪行を、過去のこいつは行なっていた。

 そう、それはまさにポケモンを使った非道な実験の数々。

 人間でいうなら人体実験として訴えられるようなコトを。

 結果として、ポケモンが死んでも、こいつは気にもしていない。

 目を背けたくなる光景で、笑顔で笑い声を上げ、充実した時間を過ごしていた。

 自分の欲求を満たすためだけに、プラズマ団に入った経歴があるのが見える。

 本人はもっといろいろなことが知れると思っているから、プラズマ団にいるだけだ。

 他意はない。その純粋さが、むしろトウコには恐怖感を与えた。

 こいつ一体何なんだろう、と考えても理解できない。

 そもそも、目の前のこのアクロマと名乗る男は人間か?

 背筋が凍る。こんな奴が、イッシュにいたと思うだけで。

「どうかしましたか?」

 アクロマが問う。

 あの爽やかな笑顔の下は、ドロドロに腐った汚泥が詰まっていた。

 触るだけで、触ったところが腐るような強烈な泥だ。

「……」

 トウコから、血の気が失せた。

 彼女にもわかった。こいつは、異常者だ。ゲーチスとは別ベクトルの、異常な人間。

 ポケモンに対して普通の人間がもっているべき、大切な感情が全くない。

 ……二年後にイッシュに帰ってきて初めて、トウコは二年前のあの時と同じ感情を抱いた。

 絶対に理解できない人種。ゲーチスと初めて出会った時の、あの時の衝撃を。

 どう声をかければいい。相手は、人の皮を被ったバケモノだ。

 自分が、あのバケモノの目にはどう映っている。

 それを考えるだけで、どうしようもなく怖い。

「……。あんたも、プラズマ団ね……」

 そう、確認するように問う。

 おやっ、という顔で彼は驚いた。

「まさか初見で見抜かれるとは思ってませんでしたよ。お察しの通り。私も、プラズマ団の一人ですよ、お嬢さん」

 相手の眼力を認めつつ、挑発するように笑うその顔が、怒りや憎しみよりも先に、トウコを一歩後ろに下がらせた。

 プラズマ団に対して、まだ一抹の恐怖が残っていたことがトウコには分かった。

 奴は、桁違いだ。

『お姉ちゃん、ダメだよこいつと何かするのだけは! いつ、こいつの好奇心の対象が人間に変わるか、わからないんだから!』

 ココロが必死に制止する。

 そんなこと、言われるまでもない。

 こんな精神の歪んだバケモノ相手に、何をどうするつもりだと思うのか。

 他の連中みたいに殺すと言って殴りかかるか?

 無理だ。それ以前に、こいつに殴りかかるだけの感情がない。

 異次元の存在にすら、奴は見えてしまう。未知すぎて、理解が追いつかない。

 戦う前から勝てない相手を、久しぶりに見た。

 それも、ただ笑っているだけの相手に。

「……。冷静になったわ。で。あんた、私に何の用?」

 辛うじて、それだけを言葉にできた。

 相手の出方が分からない。この男とは、一緒にいたくない。

(みんな……逃げる準備だけしておいて……。隙を見て、脱出するわよ)

『う、うん……』

 ココロだけじゃない。

 ディーも、シアも、ホルスも、あのギガスですら、逃走の提案に意義は言わなかった。

 満場一致の撤退は、それだけみんなに恐怖感を受け付けた。

「ああ、私はあなたに興味がありまして。そう、プラズマ団だとバレているならハッキリ言いますが。この先に、プラズマフリゲートという船が停泊しているんですよ」

 しれっと、この男はとんでもない一言を言った。

 その名前を聞いだだけで、トウコは悪寒を覚えた。

駆逐艦(フリゲート)ですって……ッ!?」

 フリゲート。名のとおり、駆逐艦を意味する言葉だ。

 本来なら、悪党が持つはずもないシロモノ。

 その前にプラズマ、とついているあたり、プラズマ団の所有する戦艦なのだろう。

 二年前まで、そんなものは無かったはずなのに。トウコは戦慄した。

 ……敵は、それほど前に本気なのだと。

 トウコの消えていた二年間で大きく力をつけて、今度こそ何かを仕出かすつもだと。

「ええ。フリゲート。言うまでもなく、駆逐艦です。そこに今、多くのプラズマ団が常駐しています。プラズマ団に喧嘩を売るのでしたら、そこを叩くのが一番だと思いますが?」

「……」

 トウコは黙る。

 アクロマは、楽しそうに行きたければどうぞ、という風に丁寧に場所まで説明してくれた。

 なぜ、そんなことを教える、という愚問をするつもりはない。

 こいつは、トウコに興味があるといった。

 それは、この狂人の興味の対象に、トウコが選ばれたということだ。

 自分の好奇心だけを満たすために生きているような男だから、予想はつく。

 見たいのだ。トウコと共に戦う、みんなの姿を。

 そして知りたいのだ。自分の中の疑問の答えを。

 トウコは、表面上だけはなんとか取り繕って、言った。

「あら、そう……。ご丁寧にありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ」

 戦々恐々と、この場で敵対されるのかという感情があったが、杞憂に終わる。

「ええ。戦うなら、数が多いので個人対多数になるかと思いますけれど……。頑張ってくださいね」

 それでは、とアクロマは白衣を翻して去っていった。

 それだけが目的のように。颯爽と、後腐れもなく。

「……あんな奴が、プラズマ団にいるなんて……」

 トウコは呟く。あの異常者も、敵の一人。

 あんな奴すら、内包するプラズマ団の内部は、一体どうなっているのか。

 少なくても、今は進むしかない。その駆逐艦(フリゲート)という船に……。


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