バトルが始まった。
相手がココロにプレッシャーを感じて、直ぐ様本気になる。
「伝説が相手なら、こっちも本気でいかないとね! ルカリオやるよ! メガシンカ!!」
「……あのポケモンは並みじゃない。やるぞバシャーモ。メガシンカだ」
女の子がネックレスに触れて、男の子が腕輪に触れる。
腕輪とネックレス、ポケモンたちがしていた石から猛烈な光が漏れ出し、一帯を包み込む。
「うっ……」
ベルがその眩さに腕で目を隠す。
トウコはそれを予想していて、背中を向けて光を塞ぐ。
『……お姉ちゃん、わかってるね?』
ココロの声が聞こえる。光で背中に熱さを感じながら、トウコは不敵に笑っていた。
(私とココロの心を一つに、ココロの痛みは私の痛み。私の苦しみはココロの苦しみ。そうだったわね。大丈夫よ、忘れてない)
そう言うと、脅すようにココロが言う。
『痛いの、お姉ちゃんにも直に通るよ。おねえちゃんの身体だって無事じゃ済まない。怪我を負う覚悟、出来てる?』
(出来てなきゃ、ココロを出したりしないわ。上等よ、ココロも私が自分を見失なわないように見張ってて)
『うん。分かった』
それを聞いて、トウコは微笑む。
ココロもきっと笑っていてくれるだろう。
(痛いのも、一緒よ)
『辛いのも、一緒だよ』
(倒れる時も、一緒)
『負ける時も、一緒』
(ココロ)
『お姉ちゃん』
(勝つわよ)
『勝とうね』
二人を繋ぐ絆の証。メガストーンと同じ、不思議なアイテム。
こころのしずくが、優しく、淡く、輝き出す――。
光が収まった時、そこにいたのはメガシンカを終えていた二匹だった。
より攻撃的になったメガバシャーモ。
配色に変化があり、紅に加えて黒っぽい毛も入っている。
手首からも炎を吹き出していた。
「うわぁ……」
ベルも、目を輝かせてもう一匹も見る。
メガシンカしたルカリオだ。
波動のチカラに目覚めたのか、手足が紅く変色し角が生え、身体も一回り大きくなっている。
目付きも鋭くなって、威圧感が増している。
生暖かい風をルカリオから感じる。これが波動のパワーなのだろう。
「凄い……これが、これがメガシンカなんだねえっ!! 見てみて、トウコ――」
ベルが両手を合わせて感動している一方。
相手も、変化しているそれに、絶句していた。
トウコとココロ――ラティアスにも変化があった。
「……ココロ。準備ができたみたいね。こっちもいいわ。……そう。分かったわ。私? 負荷は承知の上。一緒に戦うってのは、そういうことでもあるでしょ? いいのよ。痛いのは、ココロだけじゃない。私だって、一緒に。ね?」
背を向けていたトウコがゆっくりと、振り返る。
外見は長い黒髪、黒いジャケットに黒いジーンズなのは変わってない。
ただ、トウコの口からまた誰かと話すような内容が出た。
そして何よりも、トウコの瞳が、虹色に変わっていた。
まるで虹色のコンタクトをしたかのように。
そんな不自然なコンタクトがあるわけないのに。
虹彩の色が、光を吸収して淡く、弱く、光る。
首にしているネックレスも、先程の光ほどではないが確かに薄く輝いている。
その姿を見たベルの興奮も、一度停止した。
トウコは自分の手を見下ろし、ココロを見つめた。
遠巻きの周囲だけが、トウコの変化に気付かない。
「ベル。固まってないで、とっとと始めるわよ。もう、時間が経過してるんだから」
こちらをみたトウコは、七色に変化する不思議な瞳を揺らして、告げた。
「……えっ?」
トウコがトウコの声を出したことに我に帰り、ダイケンキを見る。
ダイケンキも口を半開きにして放心状態であったが、淡い光を纏うココロが鋭く睨むと首を振って向き直る。
トウコは文字通り虹色の目で、メガシンカしたポケモンを見る。
バトルは……もう始まっている。そう告げた。
相手がこちらの変化についていけないでほうけているなら、丁度よい。先手は頂きだ。
右手を鋭く伸ばし、ココロに命じるトウコ。
「さあて――ココロ、いくわよ! はかいこうせ……じゃなくて、10万ボルト!」
一発目から超火力の禁止技をぶっぱなそうとして慌てて言い直す。
「ひゅああああんっ!!」
命令通り、ココロが動く。
ふわりと浮いていた身体が急加速して突撃、激しく身体が帯電し、撃ち放たれた電撃が何と二匹同時に襲いかかる。
普通なら、一匹しか狙えないはずの電撃が、意思を持つように別々に枝分かれして、空気の中を疾走する。
「なんだ、アレは!? チッ、バシャーモ、後ろに下がって避けろ!」
「聞いてないよあんなの……っ! ルカリオ、兎に角逃げて!」
トレーナーですら驚く型破りな攻撃に、慌てて回避を命じて、忠実に動く二匹。
しかしその後を追尾する電撃。
地面を叩きながら、あるいは観客席の真上まで届くように広範囲に音を立てて激走する。
見れば、ラティアス自身が動いて先回りしたり、追いかけるように高速で空中を動いている。
逃げ惑う二匹。二匹を圧倒するラティアス。
実況が突如始まったバトルに大興奮して何かを叫びながら実況開始。
二匹が何とか反撃しようにも雷撃の束が次々彼らに飛来し、一瞬でも停止すると纏めて襲いかかる。
だが流石はメガシンカ。
俊敏性ではラティアスの雷撃にも勝るとも劣らない。
その機動は、常人の目には霞んで見えるほど早い。
俗に言う、残像しか見えていないのだ。
それに慣れている相手トレーナーは上手く指示を飛ばしているが、如何せんラティアスというポケモンも知らない彼らだ。
反撃の糸口を探し出すので精一杯だ。
「ええと……。だ、ダイケンキ、バシャーモにハイドロポンプ――」
ベルもその剣幕に圧倒されつつ、分断されたバシャーモに水撃をぶち当てようとするけれど、
「ベル!!」
トウコが鋭く牽制した。
「えっ!?」
止められるとは思っておらず、吃驚してとまるベル。
トウコは虹色の瞳で残像と共に消える二匹を追いかけたまま、叫ぶ。
「ベル、あの加速力の相手に当てられるの? 当てられる自信がないのに適当に技をぶっぱなすのは牽制じゃないわ、単なる無駄打ちよ! ダイケンキのことををしっかり見なさい! ココロ、れいとうビーム!」
「ひゅああ!!」
トウコの目には、あの残像が出る速度が見えているのだろうか?
あの虹色の目が激しく動いている先には、しっかりと相手を捉えているのか?
困惑気味にダイケンキを見ると、ベルと大して変わっていない。
キョロキョロ相手を探して棒立ちするダイケンキは、二匹の動きを全く捉えていなかった。
そう、速すぎてついていけてないのだ。そのことに、ベルは気づいていなかった。
自分のことと、トウコの変化に手一杯で、状況を判断できてなかった。
ココロの口から放つ空色の電撃、それは触れれば凍りつく氷のビーム。
二匹同時にはさすがに捉えることができず、ラティアスは頭部と、左の翼に加えて背中にまで反撃を受けてしまう。
メガルカリオの回避間際に放ったはどうだん、メガバシャーモのストーンエッジだ。
ラティアスは怯みそうになったが、トウコの指示を貰うことなく自己判断でじこさいせいを行い、傷を即座に回復させた。
「うッ……!?」
顔を顰めて、左肩を押さえるトウコ。苦悶の声を上げた。
額に突然小さな裂傷が走り、ひと雫の鮮血が流れる。
気付かれないようにすぐに頭を振り、払い除け、深呼吸する。
――大丈夫、まだこんな
――お姉ちゃん、無理しないで!
ココロに伝わる想いが、彼女を奮い立たせた。
回避した所を次々に、フィールドを凍結させる。
「グオオアアッ!?」
ダイケンキが慌てて下がって、立っていた場所にまでビームが到達して凍り付けせた。
一歩遅ければ海獣モドキの巨大氷像が出来上がるところだった。
「トウコ、ダイケンキを巻き込まないで!」
ベルが血迷ったか、とトウコに怒鳴ると、
「バカ、よく見なさい!!」
トウコが逆ギレして叫んだ。
ラティアスの動きが変わる。大きく空中を旋回、トウコの元に戻る。
それまで早すぎる二匹を追い回すようにれいとうビームを放っていた結果、フィールドが完全に氷に覆い尽くされ、足場を失った二匹は氷の上に着地してしまう。
ダイケンキの前方で、上から降ってきた二匹は盛大にすっころんだ。目を丸くするダイケンキ。
そこには、メガルカリオが手にオーラを纏っていながら氷に足を取られて立ち上がることもできず滑り、メガバシャーモがかえんほうしゃで氷を溶かそうとしていた。
「今よベル、やって!」
トウコが言った。
作ったチャンスを無駄にしないで、と。
「ッ……! ダイケンキ、シェルブレード!」
反射的に、口が動く。
目の前に相手がいる。ならば、と命令。
ダイケンキは前足に装備された貝殻型専用ブレード「アシガタナ」を、後ろ足で立ち上がってフリーになった前足ならぬ両手で抜き出すと、気合を入れて切りかかる。
回避しようにも足場に足止めされて満足に動けない二匹。
みずタイプで氷のフィールドにもある程度耐性のあるダイケンキとは相性が悪い。
かえんほうしゃで迫ってくるダイケンキを止めようとするバシャーモ。
はどうだんで迎撃するルカリオ。
「ココロ、ひかりのかべ!」
サポートに回ったココロが素早く、ダイケンキよりも前に透明の薄い壁を作り出し、放たれたかえんほうしゃとはどうだんを阻止。
爆発して壁は壊されたが、それがむしろ幸運となった。
爆炎によって生じた煙が、視界を奪ったのだ。
「ダイケンキ、そのまま進んで!」
トウコがベルに、目配せで正しい方向を教えてくれた。
トウコには、あの煙は関係なく、相手が見えるらしい。
トウコを信じて、ベルは言って、ベルを信じて、ダイケンキは進む。
バシャーモは何とか足場を確保し、ルカリオを助け起こして体勢を立て直す。
その頃にはもう遅かった。
煙の中を二刀を手にして疾駆する海獣が、煙を突破して、得物を大きく振りかざした状態で現れた。
まさかあの中を、と二匹が鬼気迫るダイケンキの気迫に気圧されて竦んでしまったのが、一撃を受ける最大の理由。
降りおろされた剣劇が、二匹を大きく吹っ飛ばす。
受身も取れずに仰け反るルカリオ、氷の上をバウントして吹き飛ばされた。
バシャーモは咄嗟に
大した衝撃も感じず、ダイケンキの力任せの一刀は確かにバシャーモにも届いた。
体勢を崩さずも、大きく後退したバシャーモは、下がり間際にかえんほうしゃで反撃してきた。
あの男の子の指示もあって、バシャーモ使いを一流を自称するだけあり、手練だ。
動きに無駄が一切ない。対して、ルカリオは無駄しかない。今もジタバタ氷の上でもがいている。
「ひかりのかべ!」
もう一度、ココロの生み出した壁に阻まれかえんほうしゃは相殺される。
「逃がしちゃダメ! エアスラッシュ!」
ダイケンキが手にした得物を振るう。
そこから生まれた無色な風の刃が、バシャーモに向かって飛来する。
風を切って高速で進むそれは、不可視の刃。決してただの人間の見えるものじゃない。
バシャーモは知らぬうちに迫っていた凶刃に追撃されていた。直撃だ。
それでもなお、折れぬ闘志を持って手首から炎を燃やして果敢にも走ってくる。
「ルカリオ、早く立ってよ!」
もう一人の方は、フィールドを砕こうとグロウパンチで氷を殴って、見た目に反して分厚いそれを一回で砕けず、パンチを連続させて足場を確保していた。
あれは放っておいてもまだ大丈夫。
バシャーモは飛翔した。氷を足の炎で溶かして、無効化している。
「ブレイズキック!」
狙いは、サポートに回ってばかりのココロだ。
特撮のヒーロよろしく、空中からの急降下の蹴りがラティアスを襲う。
「迎え撃つわ、ココロ。サイコキネシス」
虹色の瞳を、天井のライトの逆光を浴びて見えにくいバシャーモにむけて細め、静かに言う。
「ひゅあ!」
紫の光がココロの瞳に宿る。
「グオアッ!?」
顔を向けた先にいたその子が悲鳴を上げる。
何故かそのサイコキネシスの相手は、ダイケンキだった。
強力な念力によって、抵抗できずに引っ張りこまれるダイケンキ。
「なにぃっ!?」
それには相手も驚いた。
あの女性、一体どこまで型破りなことをすれば気が済むのか。
そして戦術が全く予想できず困惑する。
「えっ、ちょ、トウコお!?」
ベルも驚いた。何をしたいのか、さっぱり理解できない。
ココロは迫り来るバシャーモの蹴りを防ぐために、ダイケンキを楯の代わりにしようとしているように見えた。
「ごめん、手を貸して!」
トウコがこっちを見て言った。
手を貸して、それはつまりさっきと同じ……?
刹那に考え、閃いた。トウコがどうしたいのかを。
さっきは言うとおりにして、上手くいった。なら今度だって。
ベルはトウコを信じて、ダイケンキに言った。
「ダイケンキ、落ち着いて! ハイドロポンプ!」
「ぐあっ!?」
どっちに!? と暴れるダイケンキが聞いてきた気がする。
ラティアスが唸って早く、と急かしている。
「決まってるでしょ! バシャーモ!」
ダイケンキとの目と鼻の先に迫る紅蓮の足。
ええいもうままよこんちくしょう、と目を閉じてありったけの水を口から放出したダイケンキ。
「ぶあぁっ!」
足が鎮火されて、間欠泉のように吹き上がった鉄砲水が墜ちてきたバシャーモを下から襲う。
流石にかえんほうしゃで迎撃もできずに、水の流れに飲み込まれて場外――観客席の方ギリギリまで押し出された。
最後にダメ出しのように、ラティアスがずぶ濡れのバシャーモに10まんボルトを浴びせる。
それでもなお、不屈の闘志で立ち上がるので、トドメにダイケンキのメガホーンで突き出して壁まで完全に吹っ飛ばす。
フィールドの壁にのめり込むバシャーモ。
「な、なんてやり方だ……」
男の子は呆然として、最大火力技を受けてメガシンカが解けたバシャーモが、目をバツマークにして壁から剥がれてぶっ倒れているのを見る。
ボールに戻す頃には、凄まじい相手コンビに脱帽していた。
「あれっ……? バシャーモ、もしかしてやられちゃった!?」
自分の足場を確保している最中に二匹による過剰攻撃を受けて撃沈したバシャーモに代わって、ルカリオに迫る海獣と伝説。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と言う音が聞こえてきそうな殺気を纏う(と本人は思った)アシガタナを手に鬼の顔をしたダイケンキと、メガシンカよろしく全身が発光している伝説のポケモンが、次なる獲物を求めるようにゆらゆらと揺れてこっちに来る。
「ひっ……!?」
女の子、完全に竦み上がった。
闘争心を根刮ぎ奪われて、降参しますと三回ほど叫んでルカリオ共々ビビって隅っこに逃げた。
二人して、二匹の剣幕に抱き合って震え上がっている。
はちゃめちゃすぎる内容に頭を痛めている審判の動作を見た実況が、バトル終了の宣言を大声で告げる。
途端、観客が盛り上がって音が爆発した。
メガシンカした相手に、絶妙なコンビネーションで勝利を収めた二人を讃える声が、そこらじゅうから沸き上がる。
二人は、最初棒立ちしていた。周りが、騒がしいのをどこか遠くで聞いているような錯覚。
時間差で、実感はやってきた。
「……やった! やったよトウコ! あたし達、優勝だよお!!」
ようやく自分が勝った、と認識したベルが喜ぶダイケンキを戻してトウコに言った。
「…………。そう、勝ったのね…………。ココロ、お疲れ様………」
『それはいいの。お姉ちゃん、時間だよ。気を付けてね。早めに、対処しておいて』
「……覚悟の上」
トウコは、酷く冷静だった。
いや、それどころじゃないような余裕のない表情で、ココロを戻した。
ネックレスを、震える指先で外して、バックに押し込む。
視界が、グラグラしているのを、我慢して。
「トウコ……?」
トウコの様子がおかしいことに、ベルはすぐに気が付いた。
「……やっぱり、無理、しすぎたか……。知ってたけど、痛い……わね。バトルって……」
はあはあ、と息が荒いトウコが、左肩を押さえて片膝を付いた。
脂汗を滲ませながら、唾を飲み込んで、元に戻った瞳で、ベルを見上げる。
「良かったわね、ベル。勝てたなら、万々歳じゃない……。痛ッ……」
そのまま、ふらふらと、身体が崩れていく。
「トウコ? ねぇ、トウコ? トウッ……!?」
遂には、フィールドの上で、トウコは倒れてしまった。
駆け寄ったベルはそれを目にして、絶句した。
トウコの押さえていた左肩からは、赤黒い液体がどくどくと漏れ出していた。
黒いジャケットでも分かるほど、酷い出血を起こしている。
背中からも、何か鉄臭いニオイがする。
うつ伏せに倒れたトウコの頭からも、紅い液体が流れ出していた。
見る見る、トウコの倒れているところに紅い池が出来上がっていく。
これが、ココロと戦ったことによる代償という事を、まだベルは知らなかった。
実況が、倒れたトウコを気遣うようなことを言い、観客も事態の急変にようやく目を向けた。
「トウコ!? トウコ!! トウコォーッ!!」
問いかけても、トウコは反応しない。
突然倒れたPWTの優勝者の事態に、そのあとのPWTは大騒ぎになったのだった……。