ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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影を進む白

 

 

 

 

 彼は、一人孤高の旅をしていた。

 一人の少女に礼を言うために、彼女の歩いてきた道を辿り、彼女の元に往こうと。

 然し、彼は同時に悟っていた。

 今彼女に逢えば、間違いなく戦いに発展し、軈ては過去と現在の殺し合いにまでなってしまうと。

 彼女が取り乱すのが容易に想像できる。彼女は、言ってしまえばまだ弱い。

 過去を僅かばかり受け入れた程度では、過去を、犯した罪を、完全に自分の歴史としている彼とは次元が違いすぎる。

 認める者と認めぬ者の差は歴然。

 彼女はまだ、全てを自分のものにはできていない。

『なあ、ハルモニア。お前は、俺達のことを責めないのか?』

「なぜ、彼女のトモダチである君たちを僕が責める必要があるんだい?」

 彼女のかつてのトモダチは、今の仮の主である彼を、ハルモニアと呼ぶ。

 本名、ナチュラル・ハルモニア・グロピウス。縮めて、Nと周囲には呼ばれている。

 だけど、彼女のトモダチは決して彼をNとは呼ばなかった。

 翠の髪の毛を風に躍らせ、天空を泳ぐ白き龍の背中で、ボールの中のリーダー格のポケモンが彼に問い、彼は逆に問うと彼は黙った。

『あたし達、思うのよねハルモニア。トウコを裏切ってるあたし達が、今たとえ逢えたとしても、許してもらえない気がするの。多分、今のトウコの手持ちに排除されるかしら。まあ、言っちゃえば憎まれている身だし……下手すれば、殺されるんじゃないかって』

 違うポケモンが言う。

「……そうだね。その可能性はゼロではないだろう」

 青年は冷たく答える。冷徹にも見えるその言葉は、事実として彼らの罪悪感を痛み付ける。

『オラたち、姉ちゃんに今更合わせる顔がねえ気がするべ……。オラ、特になぁ……』

『わたくしもあなたのことを言えませんわ。マスターを糾弾する眼で見てしまったあの頃の夢を、未だに見ますもの……』

『バカ、みんな言えないわよ。あたしなんて、あいつに噛み付いたのよ? それで怪我させているのに、謝ることすらしないで、逆ギレして……ホント、サイテー』

『チールも悪いよ。チール、トウコのこと誤解してた……』

『みんな。俺たちが悪いと思っていても、その気持ちを伝えても、あいつは簡単には赦してくれねえよ。間違えちゃいけねえ時に、間違えちゃいけねえことを、俺たちは間違えた。その行動が生む結果や責任を全てあいつに擦り付けて、後悔で潰されそうなあいつを責めて、去ったんだ。傷つけるだけ傷つけて、そのあと知らん顔だぜ? こんなことして、命取られる程度で赦されるなら誰だって苦労しねえ』

「……」

 彼らは互いが悪いと言っている。

 だが、そんな問題で済め程、もう事態は甘くない。

 彼女のプラズマ団に対する憎悪を自覚させるキッカケになったのは、彼らの裏切りだ。

 そして、彼女の心に大きな傷跡を残したのも、その事だと思われる。

 Nの耳にも、ヒウン事件のことは入っている。

 黒髪を真っ直ぐにおろした若い女性が、狂ったようにプラズマ団たちをポケモンで襲わせて半殺しにして、病院送りにしたという。

 その目的は、白昼堂々人のポケモンを奪うという彼らの行動に問題があり、事実彼女はそれを阻止する上で仕方なく襲わせた、と周囲には知らされている。

 だが、事情を何となくだが知っているNは分かっていた。

 彼女は、率先して彼らを襲わせていたのだろうと。

 その時の彼女は、恐らく理性のリミッターが外れて、過去の痛みがフラッシュバックした。

 彼女はポケモンを奪われたわけではないようだが、知り合いが奪われかけていたとか、何度も目撃しているうちに徐々にプラズマ団に対してだけは、倫理観が壊れてしまったのだろうと。

 誰だってそうなる。

 プラズマ団はイッシュではテロリスト扱いで、恨み憎んでいる人は多い。

 そしてその王の器としてある男に利用されていたNも、当然恨まれている。

 裏事情を知らない一般市民からすれば、Nとてプラズマ団の一員で、然もトップとくれば恨まれないほうがおかしい。

 今の彼女は、過去に囚われた復讐者。

 憎悪の対象は、どんなことをしても排除するとしたら。

 彼女の中では良心の呵責なんて優しさは、崩壊しているとしたら。

 プラズマ団だけじゃないだろう。

 過去に裏切り、去っていったポケモンが今更現れて復縁しようとしたり、謝罪の言葉を届けに来たとすれば。

「……」

 怒り狂ったトウコに、同じような事をされるだけだ。

 彼女と、どうやらゼクロムは今は協力関係ではないようでもある。

 レシラム曰く、『彼の気配は、イッシュにいればどこにいても感じます。しかし、此処最近は全く感じませんから、もしかしたらダークストーンになってしまっているのかもしれません』と言っていた。

 Nには、ゼクロムの真意はわからない。顔を合わせて話さない限りでもしないと。

 だとしても、石を持っているのはトウコ自身。

 逢えば、殺し合いになる。

 言葉を失った英雄がどういう結末を辿るか、想像するより簡単だ。

「……まだ、トウコとは会う時じゃないか……」

 それがNの出した結論だった。

『そうでしょう。N、哀しいだけの真実を見たとしても。私達にはそれを見届ける義務があります』

「……分かっているよ、レシラム」

 白き龍は、前を見たまま彼に言った。

 自分の意思で一度選んだ道だ。

 逃げることも、退くことも、出来ない。

 トウコは、自分で道を選ぶことすら出来なかった二年前。

 そのこと全てを疎ましく思い、破壊したい気持ちも漠然とだが理解できなくもない。

 今は、まだ。

 彼女の進むところには歩み寄ることは、出来ない。

 時間がくれば。時間がくれば、Nも、彼らも言えるだろう。

 あの時言えなかった一言。

 Nはありがとう、という言葉を。

 彼らはごめんなさい、という言葉を……。


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