ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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三章 傷だらけの理想
ごめんなさいともう一つの目的


 

 

 

 

 

 

 トウコは協会を後にした。

 入った頃にあった憎悪は霞と消え、今トウコにあるのは、ある種の満足だけだった。

(私があのときしたことは無駄じゃなかった。少しでも意味があったのなら……)

 それだけ知れれば、今は十分。

 真の敵を倒せば、それでいい。

 ロット達にくれぐれも気をつけろとだけ言って、立ち去る。

 トウコはここに長居していい人間ではない。

 ここは過去の清算をするために、必死に足掻いている彼らの戦場だ。

 目的が似ているだけの部外者が、これ以上無粋に荒らしていいところではないのだ。

『機嫌いいじゃねえか。取り敢えず少しは悔いは晴れたか?』

『お姉ちゃん、もういいの? あの人たち、元はといえば……』

 ボールの中でアークとココロがテレパシーで問いかけてくる。

「……まあね……」

 トウコは短く、頷いた。

「いいのよココロ。大切なことを、あの人たちはもう持っている。なら、これ以上は野暮というものよ」

『……そうかなぁ……』

「私を信じて。あの人たちはもう、痛い目を見ているわ。間違えないでしょ」

 一度振り返り、見つめ返す協会。

 これからも人に怒鳴られたりするのだろうが、きっと乗り越えられるだろう。

 激しい痛みは、そうそうに忘れることなど出来やしないから。

『ハッキリ言い切れる当たりが、痛みにチキンなトウコらしいな』

 アークが折角の余韻をぶち壊すことをのたまう。

 不機嫌に逆戻りのトウコが一言。

「あんたは黙りなさい、この駄狐」

『だれがダコだテメェ!?』

『アークうるさい』

『んだと!?』

「……」

 ボールの中で揉め始めたがほっておく。

 と、その時だった。

「――トオオオオーーーーコオオオーーーーッ!!」

 遠くから、聞き覚えのある声が響いている。

 早朝に響くその声に、ぶわりと汗が吹き出すトウコ。

 身が固まり、眼が猛烈に泳ぎ始めた。

『……バカトウコ、げきおこなんたらまるさんの相棒さんが来たぜ。どうすんだ?』

『うわっ、もう追いかけてきたんだ。早いねあの研究者』

 アークとココロも気付いて、声の方を見ているらしい。

 着替えて、トレードマークの翠のベレー帽を揺らして、メガネをかけた女の子が走ってくる。

 ……表情が遠目で見てもわかる。完全に怒っている。何ていうか、般若っぽい。

「……」

 顔を引き攣らせて、トウコは真剣に回れ右して逃げようかと思った。

 やばい。あの様子は、完全に折檻コース間違いなし。歯向かえば心が折れる。

「ああーっ! 見つけた、トウコォーッ!!」

 腕を振り上げて、トウコを発見するやずんずん近づいてくる般若、ベル様のご登場だった。

「ひぃっ!?」

 トウコ、反射的に逃げ出した。

 怖すぎる。ベルマジで怖い。

 本能が本能の名において命ずる。逃げろ今すぐ回れ右、と。

「あっ、待ちなさいトウコ、トウコォーッ!!」

 追いかけるベル、一先ず安堵したようだがまた般若フェイスを引っ提げて追いかけてくる。

『……トウコ。あの置き手紙がまずったんじゃねえ?』

『そうだよね。半分死地に向かう兵隊さんみたいな内容だったし』

 呆れ半分の相棒たちの声が脳裏に届くが、それどころではない。

 取り敢えず、全力でトウコは逃げ出した。

 うまく逃げ切れた。

 

 

 

 しかし逃げ切れなかった。当然であるが。

 追いかけっこにポケモン投入、ムーランドの足に勝てるわけもなくあっさり後ろからどつかれて倒れ、とっ捕まえるトウコ。

 ベルが怖い顔で、ホテルの部屋に朝ごはんを買って連行していった……。

「トウコ、よりによってなんであんな置き手紙していったの? 理由を説明しなさいっ」

 ベッドに座って縮こまるトウコに容赦ない尋問をするベル。

 ビクビクするトウコが布団をかぶって逃げようとすると、首根っこを押さえる。

「……あの……。えと……。その……」

 視線をせめて逸らして、言い訳を探すトウコ。無駄だった。

「すぐにっ!」

 脅しをかけるように言うと、竦み上がったトウコは素直に応じた。

「……まあ、無事に終えられる自信なかったから、一応の意味を込めて置いていっただけで……」

「ややこしいよおっ!」

 べしっと頭を叩かれ「なにごともなかったからいいけど」と追加してから、真剣な表情で怒る。

「こういうのは、心臓に悪いよ。あたし、本気でトウコが一人で何処かに行っちゃったかと思ったじゃない」

 ベルは必死に探し回ってくれていたと言い、トウコの行動を批難した。

 それには、潔く非を認めるしかない。

「………ええ。そうね、今回のは、先走りすぎたと思う。ごめんなさい、ベル」

 トウコも悪いことをしたと思って反省している。

 あんな遺書みたいな内容は余計な心配をかけるだけだった。

「一人で行くことに意味があると思っていたから、ベルのこと考えてなかった。ごめんなさい」

 深く謝罪する。ベルは、しばらく怒っていたがやがて許してくれた。

「……うん。無事に何もせず、帰ってきてくれたからいいけど……。結局、何をするつもりだったの?」

「それは……」

 目的を話す時が来たようだ。

 覚悟を決め、深呼吸をする。

 トウコは、それから目的と、ロットから聞いた出来事を全てベルにも打ち明けた。

 聞いているうちに、ベルの表情も曇ってくる。

 多少なりとも事情を知っているから、また悲劇が起こる予感が彼女にも分かったのだろう。

「ベル。私、その湯治を含めて、少しやることができた」

「……もう一度、プラズマ団を倒すこと?」

「!」

 トウコを目を見開いた。

 明確に、目的を告げたわけじゃないがこう面向かって言われると、驚く。

 ベルは、悲しい目で言った。

「流石にわかるよ。トウコが、プラズマ団を憎んでるってことくらい。二年前、完全に潰しておけば良かったって思ってることくらい。あたしだって、少しはあの事件に関係のある人間なんだから」

 ベルの言うとおり、二年前、彼女も、ポケモンを奪われた被害者。

 トウコがいなければ、今頃彼女のポケモンはさよならをしていた可能性が高い。

「トウコが、後悔を晴らす方法は、その目的を終わらせることだけなんだよね?」

 トウコは、ベルにバレバレだったことを実感して、頷く。

「……そう。なら、わかってるわねベル。……私は、プラズマ団総帥であるゲーチスを……この手で、殺すわ」

「!」

 殺す、と言った。

 明確に殺意があると、告げた。

 倒すという誤魔化しの言葉があるのに。

 トウコは、あえてそれを使わずに言った。

「殺人をする、って意味よ。抽象的な意味でも、比喩でもない。私が、あの男を、私の手で殺すと言っている。そうね、いうなれば殺人予告ってやつかしら。私のただ一つの理想は、あの男の死んだあとの世界で、みんながシアワセになること。それだけが、今私が旅をする理由。そして、あらゆる不幸を作り出したあの男との因縁に決着をつける。私が、英雄でもなく、トレーナーとしてでもなく、一人の人間として、するべきことよ」

 全部を言い終えると、ベルは青ざめて、震える声で、責める。

「……トウコ、自分が何言ってるか、わかってるの?」

「わかってるわ。人殺しでしょ。だけど、それが何? 私が私の意思で、奴を殺すと言っているの。誰でもない、私の気持ちがそうしたいから。殺すしかもう、手段はないのよ。それ以外があれば、もう実現しているはずだし。大人が当てにならないなら、私がこの手で直接下すしかないじゃない?」

「トウコッ……!!」

 思わず、ベルが立ち上がる。

 でも、トウコも譲らない。

「トウコ、それは何が何でも暴論すぎるよ! 何で!? 何で、人を殺さなきゃいけないの!? どうしてトウコがそんな事を言い出すほど、トウコが責任を負わなきゃいけないの!? おかしいよ!」

 怒鳴るように、泣き叫ぶように、ベルは問い詰めてくる。

 トウコは穏やかに、口を開く。

 ワガママを言っているのは、トウコなのに。

 彼らと出会って、明確になってしまった、どす黒く染まっている理想を、彼女に届ける。

 言い聞かせるように、言った。

「おかしくないわ。暴論でもないわ。責任を負っているわけでもない。私自らが、私に課しているただの決まり。いい、ベル。聞いて頂戴。あんたも、チェレンも、あの人たちも、その他大勢の人たちが、奴らのせいで、苦しんで、嘆いて、涙を流して、痛いのを我慢してきたでしょ。私は、そんな世界が許せない。プラズマ団なんて連中を野放しにする、この世界そのものが許せないの。一度は逃げ出した身よ、だからこそ。この世界には、色んな悪意がそこらじゅうに存在するわ。でも、そこで生きているなら、堪えなきゃいけないこともあると思う。だからっていって、ならあの悪意をほっておいていいと思う? 私はそうは思わない。誰しもが、悪意のひとつでも少ない世界で暮らして欲しい。私はせめて、イッシュだけでも作り替えたいと思う。プラズマ団だけでもいい。数多くの悪党のうちの一つをぶっ潰して、みんなが楽に生きられればそれだけで、私はいいの。私はただ復讐したいだけかもしれない。そうだとしても、それで救われる人もいると思うの。あいつらの脅威がなくなれば、ポケモンを道具にする人も減る。私は、人の悪意ばかり見てきたけれど。人にはきっと、そんな優しい善意もあるのよ。ベルがそうであるように。チェレンが、母さんがそうであるように。私の大切な人のために、そうしたいの。だから、お願い。止めないでベル。私は、ゲーチスを殺す。殺して、プラズマ団を、破壊する。二度と再建しないように、根本を滅する」

 彼女なりの理想が、しっかりとカタチになっていた。

 それは多くの負の感情を取り込んで、最終的には必要悪という答えになってしまった。

「ダメッ! 人を殺す復讐なんて、絶対ダメッ!」

 とうとう、ベルは泣きながら掴みかかってきた。

 胸ぐらをつかまれても、トウコは平常のトーンで言う。

「綺麗事だけで、現実は変えられないわ。泥を被る覚悟がなければ、奴らは倒せない」

「できるよ! 周りの人がトウコを手伝ってくれる! チェレンだって、あたしだって!」

 そのとおりだ。助けを求めれば、彼らはきっと手を貸してくれる。

 だが。

「それじゃ、意味がないのよ。汚いのは、英雄って仮にも呼ばれている、私が全て被らないと。二人とも、現在(いま)を犠牲にしてまですることじゃないわ。簡単に失っていいものじゃないでしょう? これは、時代に取り残された忘れ物なんだから。忘れ物は、忘れ物係が片付けないといけないじゃない」

「それがトウコだっていうの!? 折角、いまに帰ってこれたのに、また過去に立ち戻るの!?」

「……そうなるわね。でも、それまでは今のイッシュを見ていくつもりだけど」

「明日それをやめるかもしれないんでしょ!? それじゃ、意味がないよ! ずっと、この先未来を見ていかないと、何の意味もないんだよ!?」

 ベルは必死だった。また、トウコが遠くに行くようなことを言っている。

 理解できないことを言っている。

 やっぱり、トウコは何も言っても根っこを変える気はないのだ。

 どんな言葉を並べても、どんなに行動で示しても。

 彼女は、一人で全部の罪を、人殺しの咎を背負う気でいる。

「やめてよおっ! トウコ、どうしてそこまでこだわるの!? 一緒にいるって言ったじゃない! これから、イッシュを見て回るって言ったじゃない!」

 自分のことは棚上げにしていることはわかってる。でも、それでも言いたかった。

 どうしてこの幼馴染は、話を聞いてくれないのだろう。悲しいことばかりを言うのだろう。

「そのための通過儀礼よ。偽物だろうが、空っぽだろうが、英雄って一度呼ばれた以上、責務は果たすべきなの。ベルには理解できないと思うけど……何時か、分かってくれる日が来るわ」

「そんなの、わかんないよお! トウコ、そこまで気負って最後にはどうするつもりなの!? 自分のことなんだと思ってるのよお!」

 手が動く。全く動じないトウコに苛立ち、平手打ちしてしまった。

 乾いた音がして、紅くなるトウコの頬。痛いはずなのに、トウコは微笑んでいる。

「……今の私には、何の価値もないわ。まだ、ね。価値が生まれるのは、全てが片付いて、二人と笑い会える価値があると思えた時、かしら。今は、笑い合う資格なんてない。私はそう思ってる」

「そんなの、自分勝手だよ! あたしの声も言葉も、聞いてくれないの!?」

「聞いていたら、間に合いそうにないしね。その探してる奴を見つけられたら最後、全部壊れてしまうわ」

「トウコ、そんなことやめてよ!」

「ダメよ。やめないわ」

 いつか、こういう言い合いになることは予感していた。

 トウコは、破滅に向かう覚悟がある。

 そこに、一人で行くつもりなのだ。共に行くのは、地獄の底までついて行くポケモンだけ。

 人を連れていくつもりなんて、ない。

 言葉の争いは、平行線だった。取り乱すベルと、平常心のトウコ。

 やがて、正気を取り戻したベルは、言った。

「……じゃあ、あたしも、トウコの敵になっちゃうね。あたし、そんなの絶対に認めないから」

 ベルが重い覚悟でそう告げると、軽く茶化すように、トウコは肩を竦める。

「そうなるわね。それも覚悟のうちよ。どうする? ここで白黒付ける? 万が一私に勝ったとしても、私は聞く耳もたないわ」

 この勝負、分が悪い。トウコは絶対に折れない。聞かない。

 手段を一つに決めている。なら、ベルも出来ることは一つ。

「……そんな馬鹿なことさせないように、あたしが考えを改めさせるよ」

 ベルがいうと、力ずくと思っていたトウコは驚いた。

「出来るの? 私、これだけは譲らないからね」

「あたしだって、譲らない」

 ベルとトウコ。大切なはずの人と、心の中で、決別してしまった。

 二人はこの件に関しては、「その時」まで触れないと約束した。

 これは、関係を崩すかもしれない程デリケートなことだ。

 安易に触れていいことじゃない。

 トウコとベルは、真逆だから。

 相容れないとしても。絶対に、あきらめない。

 ベルは心に誓ったのだった。


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