ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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自己満足の贖罪

 

 

 

 

 不思議な夢を見た。

 誰かが、奪われたポケモンが帰ってくることを願っている。

 誰かが、奪ったポケモンの世話を後悔の表情でしている。 

 誰かが、怒り狂って糾弾して、掴みかかっている。

 誰かが、戒めの意味を自らに付けるために傷ついている。

 誰かが、真実の意味を分からなくなって闇に染まっていく。

 誰かが、染まりゆくのを必死に止めている。

 誰かが、理想を見失って悪に心を惹かれていく。

 誰かが、裏切ってでもそれを阻止しようとしている。

 一人は見覚えがあった。トウコの、傍から見た自分自身だ。

(私は、そばにいる人から見れば、理想を見失っているのね)

 夢だと自覚できた。だってそれは、今していることそのものだから。

 自分自身を客観的に見れば、失望されるのがむしろ当然の行いだろう。

 望まれて英雄になる者。望んで英雄になる者。

 意図せず巻き込まれて祭り上げられる者。

 トウコは、そんなつもりなくとも何時の間にか出来上がった英雄の偶像を押し込めるための器にされた。

 誰に分かる。人形となってしまった一人の少女の感情を、苦痛を、本音を。

 その通りに動くしかなかった過去。そして過去(それ)を否定する現在(いま)

 これは、一種の仕返しだ。周りの言うことなんてもう知らない。

 (トウコ)という存在を周りが殺していた二年前の、仕返し。

 今は周りという連中の存在をトウコの中で殺している。

 誰が何を言おうが、知ったことか。勝手にしたければすればいい。

(……そう、私のしていることは所詮自己満足。だけど、自己満足の何が悪いの? 私がそうしたいからそうするのよ。私は自分勝手よ。あの時、あんたたちが私にそういう理想を押し付けた自分勝手と同じでね)

 開き直りでもなんでも良かった。

 正当化出来るなんて思ってない。

 失望されるのは怖い。でも、それはあくまで彼らが勝手に期待して、勝手に失望されることだ。

 そんな理不尽な失望をされれば、どうすればいいのか分からないから。

 でも、自分から。自分から失望されることをしているなら。自分の意思だから、怖くない。

 自分の意思で裏切りに近いことをしているから、もうどうでもいい。

 全部、周りの意見なんて捨てた。聞く耳もたず、突き進むつもりだった。

 あの時までは。

(――ベルが言っていた、信頼すること、か……。忘れていたわ。今まで周りは全部、敵だと思っていたから)

 そう。ベルが、彼女を導いた。

 信じること。助け合おうこと。それは、決して一方的なものではないと。

 確かに多くの人はトウコを苦しめる。だけれど、それは全てじゃない。

 トウコをトウコとして見てくれる人は、確かにいる。ベル、チェレン、母。

 そういう、温かい存在を、トウコは忘れていた。

(私は、もう一人じゃない。英雄じゃなくて、「私」として見てくれる人がいる。なら、それでいい。それに、二年前に行なったこと、全部が無駄じゃなかったって、思えるかもしれないから……)

 もしかして、とは思ってたのだ。

 ヒウンでみかけた、プラズマ団。

 過去の制服とは違った、黒を基調としたいかにも悪党のような格好になっていた。

 二年前は、白を基調にした、ゆったりした民族衣装みたいな格好だったのに。

(多分、奴らの中でも二年の間に、何かあった。黒い連中は、ぶっ殺すのは間違いないけど、他の連中の動きも、調べておかないと……)

 プラズマ団と聞くと後先考えず猪のように突っ込んでいくだけだったトウコ。

 しかし、ベルと共にいるウチに本来持っている、歳相応の冷静さと知性を発揮できるようになった。

 逃亡生活をしているうちに身に付けた、周囲への過剰なほどの敏感な神経。

 相手の出方を伺って、不利になれば直ぐ様逃げられるように、と重ねてきた彼女なりの成長。

 人はそれを卑屈とか、小心者などと言うのだが……トウコには大切な武器の一つだ。

 自分なりに情報を分析し、周囲の騒めく波に聞き耳を立て、冷たく行動すればいい。

 あくまで、ベルと一緒にいれば、だが。

 トウコ一人になるとやはり、プラズマ団テメェら全員ぶっ殺す、的な展開になりかねない。

 沸点が低い彼女には、それを止める防波堤が必要だった。

 なのに。

 その日の朝方、ホテルのフロントで訝しげに見る従業員からポケモンを受け取って、一人出ていくトウコの姿があった。

 洗濯を終えて乾燥機から引っ張り出してきた私服に着替えて、誰かに引かれるように、ふらふらと……。

 

 

 

 

 ――ホドモエには、小高い丘がある。

 そこには、協会のような建物が建設されていた。

 二年前、こんなものはあったかと思っていたが、トウコはそこに導かれるように、現れる。

 丁度、建物の前を早朝の掃除でもしていたんだろう、若い男性がほうきとちりとりををもって忙しく働いていた。

 傍らには、数匹のポケモンの姿があり、ジャレついて遊んでいる。

 男性も適当に合わせつつ、笑っていた。とても、幸せそうに見える。

「……」

 その様子をトウコは遠くから、見つめていた。

「バカトウコ、顔がバケモノみてえになってるぜ」

「……」

 傍にいる、過去トウコの姿で立っているアークがからかうように言うが、トウコはノーリアクション。

 帽子のかぶる頭の後ろで手を組んで、つまらなそうに舌打ちするアーク。

「こんな朝っぱらから引っ張り出してよお。俺たちゃ眠ぃんだぜ? って聞いてるのかトウコ?」 

「……成程。もしかして、アレは……」

 聞いておらず、目もくれないトウコは、一人目線をそのまま、一人小声で何か言っている。

 自分の中で今初めて歯車の噛み合って、パズルが解けたかのような。

「トウコ? おい、ココロ。トウコなんだって?」

 目を細めて見つめるトウコに声をかけても無駄と判断し、アークはボールの中のココロに声をかける。

 精神と精神を繋ぐ能力のあるココロは、勝手にトウコの中を覗き込み、アークにテレパシーで伝える。

『……お姉ちゃんの中で、何かが分かったみたい。寝てる間に、不思議な夢を見たんだって』

「不思議な夢?」

『そう。多分、ムシャーナの影響じゃない? あの研究者が持っているみたいだし。それに、お姉ちゃんと過去に何かあったみたいだから……多分、わたし達と似たような経験が』

「……ああ、俺たちの知らねえことか。まぁ、互いに詮索しねえのもルールだしな」

 ボールの中から伝えられた事実。

 ココロが推測したのは、ベルが持っている相棒の一匹、ムシャーナの存在だ。

 ムシャーナは何でも、夢を食べるとかで、夢に干渉する能力が備わっている。

 ムシャーナは最初、魘されていたトウコの見ていた夢を食おうとして、内容があまりにもアレだったんで一瞬躊躇って、お腹を壊そうなので主のベルの夢を食べようとしていたら、どういう原理か二人の夢が重なってしまい、シンクロしてしまったんだそうだ。

 それでもって、食べ損ねて空腹状態のようである。

 混ざり合ってしまった夢はカオスなお味でもしたんだろう。

「スリーパーかよおい、夢を重ねるって……」

『夢ってのは、記憶の整理と人間は解釈している。わたし達(ポケモン)のみる夢とは違う。お姉ちゃんの夢は、二年前の――言ってしまえば悪夢だったのね。しかも猛毒みたいな。だから、ムシャーナは食べるのを躊躇したんじゃないかな?』

「トウコ、夢の中まで苦しんでるのか……」

『うん。プラズマ団関係で、その時に研究者が見てきた二年後の情報が、お姉ちゃんの方に流れて、伝わった。お姉ちゃんは知らない間に、情報を上書きされていたの。それを確かめるために、今ここにいる。あの研究者、お姉ちゃんに黙ってることが凄く多いよ。お姉ちゃんを裏切ってる』

 ココロは何時の間にかベルの精神(なかみ)を調べていた。

 未だに警戒を解かず、悪者扱いしているのココロとディーぐらいなものだ。

 だが、その態度には理由がある。

「……それは、仕方ねえことだろう? 俺には、あの女が悪ぃ奴には見えねえよ」

『アーク。人間を信じ過ぎたらダメ。お姉ちゃんのお母さん程、強い人はいないけど、簡単に信じれば後で辛いのはお姉ちゃんとわたし達なんだよ』

「……それは、わかってるけどよ……」

 何だかんだ、母のことはココロも信頼している。

 あの人間不信のディーですら、姿を現して撫でることを許したほどだ。

 やはり、血の繋がった親娘は違う。どこか、トウコに似ていた。

「まあ、一つ二つ隠し事をするのが人間の関係だ。ココロ、お前が思うほど人間ってのは潔癖でいられねえんだ」

『そんなの詭弁よ。わたしは出来るもの。お姉ちゃんに全てを打ち明けているし。アークだってそうじゃない』

「……お前はとことん、人が嫌いだな」

『人なんて、信じるに値しないよ。お姉ちゃんとか以外は』

 ココロは人が嫌いだ。過去に、色々なことをされたから。

 そのことを否定する気はない。

 アークだって、トウコ以外は疑惑の目を常に向けている。

 人の言葉を話せる数少ないポケモンとして、アークは思うのだ。

 いつかは、みんなが幸せになる未来が来てほしいと。

 今は、ただの願望に過ぎないけれど……。

「……アーク、行くわよ」

 ここで初めて、ずっと蚊帳の外だったトウコは一言声をかけた。

 そして、返事を待たずに歩き出す。

 見える背中は、なんとも言い難い雰囲気だった。

「あ、おい! 待てよトウコっ!」

 慌ててその後を追いかけるアークだった。

 

 

 

「――朝っぱらから悪いけど、ちょっといいかしらそこの人」

「はいっ?」

 掃除をしている男性に、トウコを真っ直ぐ声をかけた。

 アークはボールの中に入り、固唾を呑んで見守っている。

 ココロは警戒しながら、何時でも飛びかかれる準備をしている。

「……なにかご用で?」

 怪訝そうに、トウコを見つめる男性。

 トウコは、黙って男性の言動を見つめていた。

 トウコはこの顔を知っている。朧気だが、気に入らないと当時は思っていた。

 男性は、トウコの顔を見て、そして格好を見て、やがて驚いたように、目を見開いた。

「お前は……! まさか、あの時の、子供ッ!?」

 それは、二年前、トウコに叩きのめされている大人の一人。

「やっと思い出したようね、プラズマ団。こんなところで何をしているか知ったことじゃないけど、ごく個人的な理由で二年前の御礼参りに来てやったわ。今すぐ血祭りにされる覚悟はある? 遺言は聞いてあげないから、とっとと死になさい」

 トウコは、表情を変えずに自分の中でシュミレーションしておいた言葉を告げる。

 男性は狼狽えた。

「ま、待て。お前の言うことは間違ってないが、今の私たちは……」

 慌てたようにほうきとちりとりを捨てて、説得に入ろうとする男性。

「うるさい。ごちゃごちゃ抜かさずに、一発殴られろ」

 トウコは腕を引き、素早く駆け寄ってストレートパンチを放つ。

「ぐぁっ!?」

 体格差を無視した拳が、男性の顎をヒットする。

 仰向けに仰け反って倒れる男性。呻き声を上げて、周囲のポケモンたちが何事かとトウコを睨む。

「プラズマ団、何がどうしてこんな慈善事業をしているか知らないけれど。これは二年前、あんた達をぶっ潰しそこねた馬鹿な子供からの反撃よ。今ここにいる理由を話せ。そして中に連れていきなさい。事情を説明しなさい。わかるようにね。万が一、断ったらあんたを今すぐここで殺すわ」

 がつっ! と悶える男性の鳩尾をカカトで踏みつけて見下ろす。

 肺の空気が抜けているのを確認して、蹴飛ばして逃げないようにする。

「分かってるの? 二年前、あんた達がやったことは、こうして殴られて蹴られて踏まれてもなおお釣りが来るぐらいの悪行をしていたってこと。少しでも良心の呵責があるなら、今苦しんでいる連中の為に死んで詫びなさい。死が詫びにならないと思って生きているなら、被害者に殺されてなさい。あるいは奪ったポケモンを全部解放して、イッシュ中に土下座をして謝りなさい。そして最後に償いとして死ぬことね」

 罪を糾弾するように、一人を蹴飛ばし、踏みつけ罵倒する。

 男性の近くにいたポケモンたちがトウコに襲いかかろうとするが、

「――お前ら、まさか昔されたことを棚上げしてこいつらに味方するんじゃねえだろうな?」

 いつの間にか現れていた人間の姿のアークに低く脅されて止まる。

 ポケモンにはひと目でわかった。

 あれは人じゃなくて、ポケモンが化けているだけだと。

 なにせ、人にはない長い犬歯を向けて威嚇する動作が、獣そのものだ。

「かつての恩人をほっぽり出して、新しいご主人様に尻尾振るのがそんなに幸せか? ったく、奴らも奴らだが、こっちもそうだ。お前らは恩知らずの裏切り者の挙句に最低のクズだ。同罪だろ。お前らもああされたいならかかってこい」

 アークが言葉で相手をプレッシャーをかけて、トウコは暴力で痛みつける。

 男性は暴力を振るわれても、決して反撃しなかった。それが自分への罰であるかのように。

 一通り、トウコは罵倒と暴力を終えると、最後に顔を蹴る。

「立て。とっとと中を案内しなさい。ヒウンで奴らにしたみたいに、あんたも病院送りにされたいの?」

「……ッ。やはり、ヒウンでの騒ぎはお前だったのか……」

 起き上がった男性は、顔中が酷い生傷だらけだ。

 青タンに不格好に晴れ上がった頬が痛々しい。

 それだけの事をしたトウコは、悪びれてもいない。

「今のはね、私のあんた達に対する復讐よ。殺されないだけマシでしょ」

 腕を組んで、顎で建物の入口を示す。

「……そうだな。あの頃の私達は、本当にクズだった……。今こうされても、仕方ないほどにな……」

「自覚があるなら早いわね。いっそ私に殺される?」

 男性は苦痛に顔を歪めながら、ついてこいと言った。

 彼のあとを、ポケモンたちが道具を銜えて続く。

「いいや。この命を、贖罪の為に使うと決めた。たとえお前だろうが、命をやるわけにはいかない」

「どの口がそんな世迷言を抜かすのよ。自己満足の贖罪程度で許されると思ってるの?」

 後ろでトウコが毒を吐く。アークはまたボールに一人でに戻っていた。

「自己満足であってもいい。何もしないまま、過去を振り返って懊悩しているくらいなら、私は私にできることをしたい」

「それが、あんたたちに幸せを奪われた連中からすれば、傷に塩を塗られるのと同じなのよ」

 がちゃりと、鍵を開いた男性は振り返る。

「だとしてもだ。私は、どんなに世間から罵倒されてもいい。糾弾されてもいい。だが、行動は起こさねば永遠に償いは出来ない。罪は、償わなけれならないのだから。死すら、今の私達には生温い」

 ドアを開く前に、彼は言った。

「ゼクロムに選ばれた黒き英雄よ。成長したお前に問いたい。この先に、何を求めてお前はここに来た?」

 厳かに、男性に問われてトウコは間入れずに返答した。

「私は私のやり方で、過去のやり残したことを終わらせる。理想なんて捨てたわ。今の私は、自分の考えで必要悪になると決めた。ゲーチスをこの手で殺すために。そのための手掛かりを、知りに来ただけよ」

「……理想を失い、復讐にかられた哀れな英雄、か……」

 自嘲的に笑う男性に、トウコも指摘する。

「理想なんてね、もっていたって実現できなければ意味なんてないのよ。絵空事で終わるだけ。その分、必要悪なら、それが誰かの代理でもなんでも、とりあえずは現実にできるでしょ。それが多くの人の理想になってももう私には関係ない。あんたも、そうやって勝手に失望してなさいよ。勝手な理屈で周りを振り回したくせに、偉そうに嗤うな、この偽善者」

「……」

 顔を顰めるトウコに、男性はどこか安心したような表情で、手招きした。

 今のプラズマ団が何をしているか。トウコはここで知ることになる。


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