ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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彼と彼女とプラズマ団

 

 

 

 PWTにいる間、トウコはずっと上の空だった。

「トウコ、お疲れさまあ」

「……ええ。本当に疲れたわ……」

 勝負を終えて、なかにはいる権利を勝ち取って戻ってきたベルに、疲れきっているトウコは言う。

「私に勝てるわけないのは見りゃわかるでしょうに……まったく」

「トウコ、だからってバトル中に「殺せ」発言ってのいうのは流石に野蛮すぎるよお。ルールは守るの、いい?」

「……分かったわよ……反省してる」

 二人はベンチに座り、人の流れを見つめている。

 時刻はもう午後だ。用事の終えたベルはフリーで、トウコは言うまでもない。

 このまま、夜までここにいる予定だという。

 ホテルの予約も何時の間にかベルが済ませておいてくれたようだ。

 ちなみにお金は研究所持ちである。ベルだって一応研究員の端くれなので。

 トウコのは、掛け合って出してもらったらしい。トウコは感謝でベルには頭が上がらない。

 ベルはいつも被っているベレー帽の位置を直し、トウコはジャケットのポケットから硬貨を取り出して、自販機で飲み物を購入。これで5本目だ。

 自棄飲みに近い行為にも、ベルは何も言わず笑顔で付き合う。

 トウコの、最初の暴力のようなあの惨状をみた連中が、逃げるようにトウコから逃げ出してしまい、しかも噂が拡散してしまってトウコに勝負を挑むと危険、ということが周りに広まってしまった。

 勝負を挑む前に避けられる事態になっていた。

 が、何処にでも強者に挑みたがる無謀な人はいるわけで。

 数人、むしろ挑みたいとかかってきたバカを見るも無残な結果を出して追い返し、なかにはいる権利は楽勝だった。

 その代わり、悪名は更に轟き、ポケモン虐殺者みたいな扱いになっていることをベルは知っていた。

 強すぎるモノはどこでも疎まれる。そういうのは、何となく感じたことはある。

 だが露骨にここまで酷いとは思ってなかったけれど。

 トウコは慣れているのか、気にしていない。それは、とても哀しいことなのだろう。

 こんな嫌な視線をずっと、トウコは一人で受けてきたとでも。

 トウコの闇が、少しずつベルにも理解できてきた。

 ――トウコは、ずっと独りだったのだ。

 それは、言ってしまえば英雄の孤独とでも言おうか。

 何処に行っても、本音を話せる人間の相手がいなくて、自分の中で生まれた迷いや苦しみを打ち明けることが出来るのは今の彼女のポケモンたちだけで。

 ポケモンと人のつながりは全く違う。

 人間に、信じるということができなくなったのかもしれない。

 故にトウコは周囲に壁を作って必死に護ろうとしていたのだ。

 弱くて、それでも繋がりを求めてしまう自分を隠す為に。

「……トウコ」

 思わず、ベルはトウコを見る。

 はぁ……と重い溜息をついているトウコは気だるそうにこっちを振り返る。

「……なに? 何か、哀れみの視線を感じるわね」

 鋭い。人のこういった感情にはやはり過敏に反応するのは、過去のことがあるからだ。

「トウコは……今でもやっぱり、一人のほうがいいの?」

 周囲から失望されるのが怖いなら、人との繋がりを絶つしかない。

 それ以外に、逃げる術などないから。

 思い切って、今どう思っているのかを聞いてみた。

「……独り、ね」

 唐突なベルの質問にも、トウコしばし考え、答えた。

「……。本当の私のことを知ってくれている人がいれば……別に、一人じゃなくてもいい」

 ベルの事を見て、彼女は優しく微笑した。

 ベルと共に行動し始め、少しずつだがトウコは笑うようになった。

 彼女からすれば、ベルがいなければきっと今でも、同じことの繰り返し。

 沸き上がる憎悪、憤怒に任せて復讐にかられ、やがて全てを失うまで走り続けていたかもしれない。

 だって、我慢できないから。

 理由はそれだけでいい。他者から理解なんてされなくていい。

 そんな自己正当で動き出し、トウコはベルが一緒に連れていかなければ、きっと壊れていた。

 良くも悪くもトウコの中の最後の安全装置(セーフティ)の役目を、ベルはこなしている。

「そっかあ……」

 ベルは安心した。トウコはまだ、大丈夫そうだから。

 彼女だって分かっている。

 トウコの理性の均衡は、呆気なく壊れてしまうことを。

 下手すれば一回の出来事で全てなかったことにしてしまう程、過激なことをしてしまう。

 ヒウンの時がいい例だ。あんなことをもう一度繰り返せば、間違いなくトウコのタガが壊れる。

 自分を正しいと信じてしまうと、もうベルやチェレンが何を言っても彼女は止まらず、邪魔をするなら二人とも戦い、倒してしまうかもしれない。

 それは、彼女が最も嫌うあの男と根本がそっくりな事をトウコだけだ。分かってないのは。

 再開してまだそんなに月日は経過していなくても、幼馴染二人には分かる。

 トウコという少女の、腐った感情を発散するカタチは、爆発ということだ。

 元々短絡思考でカッカするような激情家だ。

 成長しても根っこが良い意味で成長していなければ、悪い意味で成長していれば、犯罪者の考え方になる。

 落ち着くまでの間、トウコの行動には、常に制限がいる。

 監視する人がいる。悪いけれど、ベルにはそういう意図もあった。

 首輪を外してしまえばトウコは限定した相手を噛み殺すまで暴れる猛獣だ。

 復讐という牙で、ポケモンという弱者を救うためなら同じ人間ですら、躊躇いなく殺す。

 その為に協力している彼女のポケモンだって、どこか人間に対して否定的なところでもあるんだろう。

 普通なら、止めているところをむしろ助長させているような印象がある気がする。

 顔を上げたトウコは、また遠い目でどこかを見つめている。

 ライモンシティに行きたいんだろう。彼らを、見つけ出して、殲滅したいに違いない。

 あの億劫そうな目の中に、濃い泥のような液状化した何かがたまっているのは見ればわかる。

(また、揺らいでる……。トウコが、動き出す前に……早く……)

 ベルは現場に急行している幼馴染に祈るしかない。

 裏方と共謀して、トウコの足枷、手錠に首輪と三重に重ねたとしても、トウコはスイッチが入ればそれを振り切るのは火を見るまでもない。

 これも、トウコへの一種の裏切りの行為なのだとしても。

 それでも、裏切ってでも。トウコを傷つけることをしたとしても。

 護りたい笑顔がある。護りたい人がいる。

 だから汚いことも、出来る。

(お願い……急いで……! トウコの自制が、効かなくなる前に……!)

 ベルは、祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

 その頃、ライモンシティ。

 ホドモエに繋がるゲート通りを遮るように、多数のプラズマ団の制服を着た大人たちが、周囲を威嚇しながら通りを塞いでいた。

 迷惑そうな顔をしたり、怯えて逃げ出す住人がいる中。

 一人の少年と、巻き込まれた一人の少女が果敢に彼らに歯向かっている。

「お前ら……こんな所で何してやがる?」

 ハリーセンみたいな、ツンツン頭の少年が低い声で、彼らに問う。

 そこだけ、空気が一段階、重い。

 嵐の前の静けさを感じ、変わった髪型の少女はやめようと袖を引っ張り少年に言うが、少年は聞いていない。

 睨みつけ、拳を握り締めているだけだ。

「……別に何もしていないだろう。逆に聞くぞ、俺たちがお前に何かしたのか?」

 大人たちは少し相談し、挑発するように少年に言う。

 ハッキリと聞こえる音で舌打ちし、彼は言い返す。

「俺は何もされてねえよ。だがな、あんたらみたいなポケモン泥棒を俺は絶対に許さねえ」

 堪えている理不尽な大人に対する怒りが、込み上げてくるのを我慢してるような声。

「ハッ! なにもされてねえのに、大人に噛み付くのか?」

 団員の一人が見下し全開で言った。

「最近のトレーナーはマジで物騒だな、ヒウンの大騒ぎの次はこれか?」

「アレか、ポケモンの力をテメェの力と勘違いしちまった系?」

「調子に乗ってんじゃねえぞクソガキ。痛い目を見てぇのか!」

 次々下品な笑い声を上げて挑発する団員たち。

 子供だからと馬鹿にしきって、笑っている腐った大人共。

 どういう風に大人になれば、こんな奴らになるのか少年は疑問にすら思う。

「……」

 その安っぽい言葉を、黙って睨みつけて聞いている少年。

「ひゅ、ヒュウ……。やめようよ、わたしたちの出る幕じゃないってば。警察に任せよう?」

 賢い少女は、ヒュウと呼ぶ彼を連れて謝ってこの場を切り抜けたい。

 だが……。

「……最初に一つ、言っておく」

 それを聞いて、少女は自分一人だけでも逃げようと真剣に思った。

 幼馴染である彼がこのセリフを言うと、大体荒事に発展するのを経験で知っている。

「――俺は、今から(いか)るぜッ!」

 ボールを片手に、それを突きつけるように、彼は宣言した。

 出た、彼――ヒュウの口癖。「今から怒るぜ」。

 いつも、それをいう前に大抵キレているというツッコミをするとそれをキッカケにセリフを言われて喧嘩になる。

「……帰りたい……」

 また巻き込まれる、と項垂れるのは幼馴染のメイ。

 何でこう、彼はプラズマ団と聞くとすっ飛んでいって首を突っ込みたがるのか。

 勘弁願いたいけれど、相手もやるのかゴルァ!? と怒鳴ってボールを取り出してくるし。

 もう、バトる空気満々なのですが。メイは決めた。速やかに自分だけ逃げる。

 厄介事に引きずり込まれるのは毎回だが、相手が悪いときはメイは何時も一人逃げる。

 母からも言われている。危ないことには首を突っ込むな。

 こいつは例外として、メイとしては、ようやく安定してきた冒険生活。

 荒波を起こしたくないので、じゃ、じゃあわたしはこれで……と頭を下げて逃げようとするが。

「メイ、お前も手伝ってくれッ!」

「いやだよ!」

 ヒュウは振り返らず叫ぶ。

 同時に言うと思ったので、速攻で断る。

「いいから手伝ってくれッ!」

「いーやー! 何でわたしまで巻き込むのよ毎回毎回!? 一人でやってよわたしプラズマ団に関わりたくないの!!」

「この場を俺一人でくぐり抜けろってのか!?」

「わたし関係ないもん! ヒュウが勝手に始めたことでしょ!? 何で都合が悪くなるとわたしまで共犯させようとするの!? いい加減にしてよね!!」

 ぎゃあぎゃあ場違いに喧嘩を始める二人に、やる気を殺がれた団員たち。

 一人がひそひそ話して、代表してメイに問う。 

「……おい、そっちのチビ。お前、俺らとやる気か? やる気ねえのか? どっちだ?」

 呼ばれた途端、特徴的なツーテールは震え上がり、なぜか敬礼して答えた。

「な、ないですっ! こっちの人は、わたしには無関係ですっ! やるならこっちとやってください!」

 慌てて、踵を返して逃げようとすると、ヒュウに長い髪の毛を掴まれた。

「痛あッ!?」

 逃げ損ねる。ぐいぐい女の子の髪の毛を引っ張るヒュウ。

「おい、俺んとこ見捨てる気か!?」

「ちょ、勝手にわたしの髪の毛触んないでよ、痛いってば! はーなーせー!」

「待てって! 手をかせって言ってんだろッ!? 聞けよッ!」

「だから、いやだって言ってんでしょ!! 聞いてないのそっちじゃん!!」

 ……何かもう、よくわからない空気になってきた。

 女の子が半泣きでツンツン頭の足を蹴飛ばして魔の手から逃れて、言い合いを始める。

 要するにあのガキンチョ共は、何がしたいんだろうか。

 団員たちはもう一度軽くひそひそ話。

「……」

 面倒なので、纏めて排除に決定。

「おいチビ。お前、一応ぶっ飛ばすけどいいな」

 大人に言われて、ええ、なんで!? と大袈裟に驚く少女。

 やっぱり巻き込まれた。プチッ、とキレるメイ。

「ヒュウのバカぁッ! なんでわたしまで一々巻き込むわけ!? 勝手にやればよかったのに!」

「いた、痛ぇッ! やめろばか、今はそんな時じゃ」

「ヒュウがわたしまで巻き添えにしたんじゃないの!」

 げしげしと逃げるツンツン頭にローキックを放ち、相手が違う相手が、という前に。

 何か見ていて段々イライラしてくる団員たち。

 なにあのバカップルみたいな喧嘩。

 仲睦まじいのは結構だけれど、いちゃつくならほかでやってくれませんかね。

 っつーか、何だろう。

 ガキンチョのバカップル相手にするの時間の無駄だし、とっととハッ倒して行くか。

 そんな表情で互いの顔を見る。満場一致でげんなりしていた。

「……おい、いいからかかってくるならはよ来いや」

 ボールを本人に投げつけたい思いに駆られる一人が、目元に陰りを宿していう。

 この団員、彼女いない歴年齢と同じ、の負け組である。

 女といちゃつくとか見てるだけでイライラする。

 この時ライモンシティに集まっていた団員は、女に無関係の人生を歩んできた、悲しい独身男性ばかりだったのが不幸だった。

 二人してバカップルと認定、モテる男の馬鹿野郎的な、妬みたっぷりの八つ当たりを大いに含んだポケモンバトル開始である。

「時間を無駄にしたくねえんだよこっちゃあ」

「っつうか、これみよがしとか見せつけてくれてんじゃねえよこのクソガキ共」

「色々な意味で腹立ってしょうがねえからお前らまとめてぶっ飛ばす」

「たった二人で俺らに楯突いた勇気を認めて、ポケモンは奪わねえけどプラズマ団の流儀で現実を教えてやるよ」

「この妙に微笑ましいバカップルめ、ぶっ潰してやる」

「今の俺たちは、ガキンチョだからって容赦しねえぞ」

「ハリーセンみたいな頭してるくせに、カッコいいこと言いやがって」

「お前ら、あのチビは泣かすなよ。自分が惨めになって余計に虚しくなるから」

「あいあいさー」

 完全に僻みだった。

 ボールを、投げつけるのは誰にしようかとか迷っている団員もいる。

 私怨で戦うなどもってのほか。

 プラズマ団の崇高なる矜持はどうした、と問う上層部はここにはいない。

「……何か、違う意味で怒ってないあの人たち?」

 メイはギラギラする大人の嫉妬に、完全に怖がっていた。

 何か悪いことしたかとおもうが悪いのはヒュウであると思う。

「知るかッ! やるぞメイ、こんな連中すぐに終わらせてやるッ!」

 ボールを投げつけ、メイとヒュウのバカップル認定された二人とモテないプラズマ団の戦いは始まる。

 

 

 

「……さて、あれはどうするべきかな」

 某幼馴染は、近くに立っているビルの屋上から隠れて様子を双眼鏡で伺い、頭をかいていた。

 丁度、見下ろしたあたりだろうか。

 視線の向こうでは、通りのど真ん中で、何時ぞやのチャレンジャー二人が協力して、プラズマ団のポケモンたちと戦っている。

 二人だけとはいえ、優勢のようだ。

 見事なコンビネーションで、相手を翻弄して次々倒している。

「まあ、僕がでなくても彼らが追っ払ってくれるなら、それでもいいか……」

 彼がここに来た理由は、あいつらを追っ払うため。

 逆に言えば、誰かが相手していればそれでいい。

 ここはあの子達に任せるか、と立ち去ろうとした時だった。

 

 ――プラズマ団は、私が潰してやる――

 

「ッ!?」

 聞いたことのある女性の黒い声が、風に乗って流れてきた。

 彼がいるのは人気のない屋上。

 そして、その声を流すべき彼女は隣町で監視役と一緒にいるはずだ。

 周りを見るが、誰もいない。

「……空耳、か?」

 一人しかいないはずの、この場所に彼女がいる訳がない。

 彼は念の為周囲を一周し、問題ないことを確認した後、その場を去っていった。


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