今回からポケモンが本格的に戦います。
一部注意として、作者はアニポケを参考にしています。
アニポケを見たことがある人はわかると思いますが、これも例外ではなく技が四つ固定ではありません。
いくつもいくつも登場し、覚えていない技は使いませんが数が多いです。
更にゲームと違って、わざの解釈が全く違います。
よりリアリティのある解釈をしているため、効果が違う技があります。
読む場合は、その二点にご注意ください。
「――では、改めて。バトル開始!」
ポケモン技、メロメロを覚えさせてないのに勝手に周りをメロメロにしまくったシアは、「にゃあ!」と掛け声一つ、元気にバトルに望む。
審判が駆けつけ、ルールを聞いて開始を宣言した。
テッシュを鼻に詰め込んだエリートは、ふがふが言いつつ先手を奪った。
「では小手調べとさせてもらおう――ライボルト、でんこうせっか!」
ライボルトが吼え、疾駆する。
これは中々に早い。トウコはへえ、と感心した。
光の残滓を残し、シアに向かってジグザグに動きながら突撃してくる。
そう広くはないフィールドだ。一秒あれば到達する。
「バリアー」
「にゃ!」
トウコは落ち着いていた。
シアに命じ、動かぬシアは周囲に無色透明な、目を凝らしてみると分厚い長方形の壁を作り出す。
「なにっ!?」
相手は迎撃にわざを繰り出し、攻撃をしてくると思っていたのだろう。
驚いたように目を開き、しかし今更怖気つくかと開き直ってバリアーに突貫させた。
嫌な音をさせて、ライボルトの頭が壁にぶち当たる。
拮抗するかとに思われたが、呆気なくバリアーに弾かれて仰け反るライボルト。
シアのバリアーの方が力が強く、相手を弾いたのだ。
「ほぉ、大した防御力だが……これはどうだ! ワイルドボルトでもう一度突貫しろ!」
ライボルトは体勢を立て直し、再び突っ込んでくる。
先程との違いは、今度は全身に強い電撃を帯びていること。あれは電気タイプの物理技。
なるほど、火力で突破するつもりらしい。
トウコはその単純な突撃思考に呆れつつ、逃げなかった行動には感服した。
そんな火力だけでバトルは勝てるほど、甘くはない。
「まもる」
「にゃ!」
今度はシアを囲むように、薄い半透明のドームがシアを包む。
シアはライボルトの動きを目で追いつつ、じっと佇む。
頭から突っ込んできたライボルト、二の舞を演じるようにまもるにぶつかる。
「馬鹿ね。まもるは最強クラスの防御技よ。そんな火力で押し切れるわけないわよ」
頭を振って、シアにそのまま放置してていいわ、と視線だけで言う。
ちらっと振り返ったシアは、こくりと頷くと棒立ちのままライボルトの頭を眺めている。
その目は、明らかに肩透かしを食らったように、残念がっていた。
シアは気が早い。まだ、何をもっているかわかってないのに。
ライボルトは負けず嫌いなのか、無理やりまもるをぶち抜こうと躍起になっている。
しかし、薄いようで実はあらゆる技を遮断する鉄壁の壁であるまもるは、大半の技を無効化する。
中のポケモンは大抵、無傷で。
「チッ……下がれ、ライボルト!!」
無駄だとようやく悟った彼に命令され、一度距離を離すライボルト。
ニヤリと笑うトレーナーと、下がっていながらそれがどうしたという顔のライボルト。
口から漏れ出す小さな火の粉、それを見た瞬間、まもるを解除したシアが身を強ばらせた。
「!」
トウコが僅かに目を見開いた。あの技、まさか――
「かえんほうしゃ!」
口を上げ、空に向かって口を開け。
漏れ出す火の粉が大気を燃料に真っ直ぐ、シアに向かって吐き出された。
かえんほうしゃ。炎タイプの主力技で、名のとおり火炎を吐き出す技だ。
氷タイプのシアには効果抜群で、当たってしまえば大ダメージは必須。
なんて技を覚えさせているんだろう。
さすがはエリート、多くの相手に必勝の技は持たせているということか。
「決まったな!」
思わずガッツポーズをする彼に、トウコは呆れた目で見ている。
「シア、かえんほうしゃにみずのはどう」
シアも負けていない。身を守るため、顔の前にみずの球体を生み出し、射出。
燃え盛る炎目掛け、水の玉は勢いよく飛ぶ。
「はっ!?」
「がっ!?」
相手、ライボルトとも驚嘆。
氷タイプが水技を駆使してきた。複合タイプでもないのに。
もしかして、初めて見たのだろうか。
炎と水がぶつかり合い、両者の威力を殺し爆散。
シアは、ふぅ……と溜息をついて安堵している。危なかったと思ったのだろう。
トウコはそんなシアに一言。
「シア、相手は電気タイプよ? 過去に受けた、リザードンの猛火発動時のフルパワーだいもんじに比べれば、怖くはないでしょ?」
「にゃぁ……」
あれはもう例外だよ、二度と受けたくないと言っているようだ。
首を左右に振って、いやだいやだとシアは一度、息を吐き出す。
「な、何て子だ……まさか、炎への対処技を持っていたのか……?」
エリートは本当に驚いているようだ。
何がそこまでびっくりなのか、逆にトウコには疑問が浮かぶ。
「あんた、こんなのも見たことないの? グレイシアってのはね、水技少ないけど覚えるのよ。数が少ないし、威力はないし、自衛技に留まってるけど」
爆散して少し離れた場所で、ライボルトはシアを睨んで低く唸っている。
侮っていたのは、自分の方か。お前は敵に相応しい。そんな高圧的で好戦的な目。
シアは、そんなライボルトに子供っぽくべーっ、と舌を出してバカにし返している。
「ぐるるるる……」
牙を見せて威嚇するライボルト。怒ってる怒ってる。
トウコはシアにやめなさいと窘めて相手を見ると。
「自衛、だと……?」
トレーナーも何か変だった。肩が震えている。
これまでのやり合い、でんこうせっか、ワイルドボルト、かえんほうしゃ。
三つ揃って、シアにはダメージなど与えてすらいない。そもそも、届いていない。
ギャラリーが、シアを見る目が変わる。あの子は、強い。
トレーナーであるトウコへの視線も、懐疑的なものになった。
まだ何か隠しているのだろうという疑いの眼差しだ。
シアは毛づくろいをしながら、欠伸をしている。
ライボルトのことなど、もう興味もないのか、見向きすらしていない。
「……。この俺に向かって、攻撃の意思すらない、だと?」
「は?」
拳を握り締めて、怒りの炎を瞳に宿した彼は、トウコに言う。
「貴様、俺を舐めているのか? このカロナ地方のエリートたる、この俺を」
「なに?」
「何が自衛技だ。ふざけやがって。なぜ貴様は先程から攻撃してこない? こちらに反撃のチャンスがあっても打ち込んでこず見逃し、挙句に自衛だと? 貴様、それは俺を見下しているというのか!?」
「……」
「小手調べだというなら、攻撃して見極めるのが真のトレーナーの素質だろう。貴様の行なっている様子見とは、防戦ばかりで相手を見物するようなやり方なのか。ならば、そんなやり方はバトルにあらず。いっそこのまま降参するがいい、臆病者に用はない」
「……」
プライドを傷つけられのか、かなり強い怒気を感じる。
ついでに何か言い出した。
トウコはこの程度で? と信じられなかったが様子を見るからに多分そうだ。
どれだけ人としての器が小さいんだろう。
トウコは勝手にキレている相手に、頭をかいて言う。
「……私は元々、こういうやり方だけど。っていうか、気に入らないだけで相手のことを否定して、自分のことばかり優先しているようで、よくエリートできるわね」
「なにっ……!?」
相手が更に文句を言おうとしているので、言ってやる。
「だってそうじゃない。バトルする者同士、相手の育成方法にいちゃもんをつけるのは負けた時の言い訳がしたいだけでしょう? 『相性が悪かったんだ』、『あいつが卑怯なことをしたから』。そういう言い分が欲しいだけの言いがかりなら、やめてくれないかしら。生暖かいだけの痛いのが、本格的に痛い目で見られるわよ」
「貴様、何を知ったふうな口を! 臆病者が!」
「なら、あんたが痴れ者ね。もう一度周りを見なさい。あんたにその意図が無くとも、周りはそう受け取ればそうなるのよ」
怒る彼は、指摘され周囲に目をやり、言われたとおりの現象が起きていると知ると、逆ギレして周囲にまで文句を言い始めた。
俺は正しい、俺は強い、俺は間違ってない。
内容、態度。全てが子供の癇癪だ。
トウコは過去、リーグ戦に行くまで数多くの戦いを経験している。そして、多くが勝ち越しだ。
故に、敗者の負け惜しみとやっかみには慣れている。
ああいう風に、人に意味も無くプライドがどうのこうの言って食ったかかる奴は大抵、負けた後に言い訳を相手に擦り付ける。
そうしないと自分が正当化できないのだ。
まさに『人のふり見て我がふり直せ』。
今までのトウコもあんな風だったと思うと、恥の上乗せをしていた気分だ。
「確かに今までは、舐めてはいないわ。ただ、もうあんたの器の底が見えた……。見下す相手にも値しない。そのへんの駆け出しトレーナーの方がまだマシ」
喚いている彼に、トウコは静かに言う。
「雑魚が粋がって偉そうに私にご高説垂れてんじゃないわよ。そんな価値のないプライドは野良ポケモンにでも食わせておきなさい」
振り返った彼は、血走った目で彼女に吼える。
「き、貴様ァッ!」
ここまでトウコは酷くはない。
プライドなんてそもそも縁のない人間だし、どちらかというと見下されると思っていて、被害妄想のように勝手にビクビクしている人間だ。
成程。『臆病者』、か。
それは正しい。トウコは臆病者だ。
あらゆることから逃げて、過去すら清算して切り離そうとしていた。
今もその気持ちは変わってない。無くしてしまいたい。
だけど、今は違う。ベルとチェレンが、仲間が一緒だから。
ベルがいてくれる。チェレンがいてくれる。独りぼっちじゃない。
今はもう、臆病を言い訳に逃げたりしない。したくない。
あの喚き散らす彼は、何処かで見たことある感じがする。
記憶を探り、すぐに該当者を思い出す。
――取り乱したあの男にそっくりなのだ。
どう足掻いても自分が間違ってるのに、自分のしていることに疑いを持たない、あの男に。
目の前のエリートが、ふとした瞬間に、過去の幻影に重なる言動のせいで、また感情が沸騰しているのを自覚した。
あの無駄に喧しい口を、黙らせたい。あいつの時は、恐怖で動けなかった。
今は、憎悪で壊れてしまいそうな気がする。
「罵りを、蔑みを見返したいなら、私を倒してみなさいよ。あんたを見てると、
何時の間にか、トウコもまたイラついたように舌打ち。
相手の言葉が耳に入らない。
耳障りな
あの時、と同じだ。ヒウンの時の、プラズマ団を半殺しに仕掛けた時の、あの時と。
自分の中で何かが崩壊していく。倫理、常識、良心、そういう大切なものが消えていく……。
正常な、思考が……出来なくなってくる……。
思わず、手で何かで痛み出す頭を押さえて、言った。
「……そこまで攻撃して欲しいなら、してあげるわ。結果的にライボルトが死んだって、私は知らないからねッ!!」
両者、とうとう怒鳴り散らし、命令した。
周囲の制止、審判の言葉を完全に無視した、二人だけの戦闘空間で。
「ライボルト、メガシンカしろォッ!」
「シア、全力で相手を殺してェッ!」
戦いは再開される。
頭に血が登った二人のトレーナーは、もう誰の声も届かない。
遺伝子のような模様が刻まれた石を持ち出し、彼が叫ぶとライボルトがメガシンカする。
「オオオオオオオオオッ!!」
彼は裂帛の声を上げ、
「ガァァァァァァァッ!!」
応えるように姿を進化へと変えていくライボルト。
激しい光で、周囲を包み、姿を昇華させたライボルトがフィールドに立つ。
やはり、威嚇的なフォルムにかわり、攻撃性が一段と増した。
いつものシアなら怯えて腰を抜かしていただろう。
今は、相手がいくら大声を出そうが、関係ない。
トウコの目が、彼女の中にある腐臭のする闇を全面に押し出して、瞳孔が開く。
黒い穴のようになった目が、激情を表す方法がないことを示すように。
何も言わない。怒気も収まった。だが、その代わり異様な殺気だけが彼女から発せられる。
人なのか。その場に立っているはずなのに、雰囲気が尋常ではない。
幽霊が実体を得て人を殺し回ろうとしているような、異物がそこにはいた。
彼女のことを見ているギャラリーが、異様さに数歩下がった。
シアも違う。
今は
初めて、シアは相手を倒すつもりで、やる気を出す。手加減なんてしない。
格下だろうが、トウコが言うなら倒すだけ。
全身の蒼い毛を自らの冷気を通り越した凍気で凍らせ逆立てて、シアの周りの空気の温度が劇的に下がる。
結果、シアの周りを包むように氷の結晶で満たされた空間が出来上がる。
「ライボルト、10まんボルトッ!」
相手が先手を取る。
バチバチと、凄まじく膨張した鬣に電撃を集めて増大させようとするその隙に、
「こおりのつぶて」
トウコはぼそっと言うだけ。シアは忠実に実行する。
シアが一瞬の間に創り出した幾多の氷の塊が、メガライボルトに飛来する。
「なっ!?」
一個一個が拳大の氷だ。
空から降ってきたら住宅の屋根だって貫通するような威力のそれを、重ね重ねに打ち出し、相手を打ちのめす。
全身を氷塊で叩きのめされてもなお、闘志を失わずに立ちつづけ、電気を撃って反撃しようとするライボルト。
だが、頭が過去を思い出させる憎悪で支配されているトウコに慈悲はない。
「でんこうせっか」
シアはもう、「にゃー」なんて力のない声では鳴かなかった。
完全に、彼女のポケモンとして覚醒している。
「フゥー……」
低く、小さく、呼吸して、突撃。
先ほどのライボルトよりも数段早いでんこうせっか。
残像が見えるほどの移動で、シアの姿が掻き消える。
「!?」
乾いた炸裂音が響く。
ライボルトが、早すぎる影に連続で攻撃されている音だった。
影は光と氷の粒子を残し、シアは高速で駆け回り、相手を容赦なく痛み付けている。
体制を崩す度持ちこたえるライボルトの背後から突撃し、前に仰け反れば先回りして更に追撃。
ライボルトをまるでサンドバックにしているように、弱るまでただ続ける。
反撃の体力をあっという間に奪い去る。
「な、にっ……!?」
我に帰ったのはエリートの彼だった。
その異常性は、誰の目にも明らか。
手も足も出させず、一方的に蹂躙するバトルなど、バトルと言えるのだろうか。
審判ですら言葉を失い、ルールに則った合法の暴力を見守るしかなかった。
メガシンカという一段階上の形状を出したとしても。
今のシアとトウコは、それを凌駕している。
メガシンカを使ってもなお、いかんともしがたい経験の差があるということだ。
トウコは新旧合わせて10近くのバッジ、そしてリーグを制覇した経歴がある。
そんなトウコの折り紙つきの実力は、ひっくり返せる相手はそうそういない。
覇者とは知らずに逆鱗に触れて、勝負を挑んだ愚か者の末路は最初から決定済みだった。
「アイアンテール」
トウコの指示のもと、ふらふらだったライボルトを轢き飛ばし、空中にかち上げる。
それを超える勢いで、飛翔するシア。
鬣をかち割るように、空中で一回転して、銀色に硬化した尻尾を背中に叩きつける。
「れいとうビーム」
悲鳴すら上げさせない。地面に向かって急降下したライボルトに、上から蒼白い稲妻が走る。
冷たい目のシアが発した、れいとうビームだ。
倒れ踏むライボルトを上から襲撃した氷技は、忽ち地面に身体を縫いつける。
身動きを封じられて、動けないライボルト。藻掻く以前に、その余裕を与えてすらいない。
「ま、まってくれ、もうこちらは――」
ようやく、実力の違いを思い知ったエリートが、降参をしようとするが、一歩遅かった。
「はかいこうせん」
トウコは止まる気がもうない。
しゅた、と半分凍り付けにされたライボルトの前に降り立った愛らしい断罪者は、顔を上げるライボルトの目の前で、口の前に溜めた超威力の光の塊を、抵抗できない相手に躊躇いなく、至近距離で、ぶっぱなした――。
「……」
トウコはその場から立ち去っていた。
結果は文句なしのトウコの大勝。
シアに徹底的に潰されたライボルトは半殺しで、終わり次第ポケセンに救急搬送されていった。
ギャラリーはトウコのやり方を批判し、しかしトウコは別に何とも思わずその場でシアをボールに戻して去った。
あれだけ大人数に過剰攻撃だ、とかまともにバトルをする気あるのか、と言われても。
心には、漣程度の不安やショックも訪れない。
だから言ったのだ。どうなろうがしったことではないと。
こうなることは結果的に見えているのに。
「……熱くなりすぎたわね……」
人ごみを離れ、自販機で買った水を飲みながら独りぼやく。
どうも、未だに過去を思い出させたり連想させる相手を見ると、知らぬ間に逆上して暴走するらしい。
自制が効かないが故に、これもまた問題だなと自覚する。
「やれやれ……。私、こんなんで大丈夫かしらね……」
過去の事は、自分なりに頼って解決すると決めた。
それで今のところはいいはずなのだが、感情的にどうもついていってない。
大人にならないといけないのに。そこは、割り切る努力をしよう。
早くベルが戻ってこないか、と晴れた空を見上げながら考える。
ヒウンのような大騒ぎにならなくてよかった。本当に、そう思った。