ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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VS カロス地方のトレーナー

 

 

 

 

 ホドモエまでは、基本的にポケモンの足を使えば早く着く。

「――だからって、この方法はないんじゃないのトウコおーーーーーー!?」

 風を斬る音と共に、ベルの悲鳴と疑問が蒼穹に木霊する。

「……」

 トウコは華麗にスルーする。

「いやあああああああ! あた、あたし死ぬううううううう!?」

「……」

「うわああああああケンホロウがああああーーー!?」

「……」

「にゃあああああオニドリルがあああああーーーー!?」

「……」

「ふえええええええピカチュウがああああああーーー!?」

「それは幻覚じゃない?」

「ピカチュウが風船で浮いてるううううううう!?」

「……んなアホな……」

 現在、ホドモエに向かうためにホルスに乗って空を移動中。

 ホルスの顔からして「こいつ下でマジうるせえんだけど……トウコ降ろしていいか?」的なことを思っているに違いない。

 後頭部を引っぱたいて止めさせる。

 なにせ今のホルスの背中に優雅に乗っているのはトウコで、ベルはホルスの足にしっかり捕獲されて連れ去られているのだから。

 恰も、獲物を攫う猛禽類のように。

 下の方で命綱なしの空中散歩を愉しむ……とおもいきや、ベルにはジェットコースターよりも怖いらしい。ずっと悲鳴が止まらない。

 トウコはわりと慣れているから、足を掴んで空中散歩は昔からよくやっていた。

 時々事故って海に落ちたり川に落ちたり森に墜落したりするが、ケガはそこまで酷くない。

 今もう怪我しているけど。治療中なので今する勇気はないけど。

 後日談が、ベルが見たと証言していた空飛ぶ風船ピカチュウだが。

 マジでいたらしい。というか、風で流されて漂っていたとかなんとか。

 その他、海の方では泳げないくせに波乗りしたいとサーフボードを持ち出したお馬鹿ピカチュウが溺れて死にかけたとか言うニュースも聞いた。

 実にアホらしい。

「――いいいいいいやああああああああっ!?」

 何時までこの声聞いてないといけないんだろう。喧しい。

 自分でやったくせに、責任のないトウコであった。

 

 

 

 程なくして目的地に到着した。

 ベルが泣きべそをかいて、もうやめてと怒られて、トウコはホドモエのポケセン前で一度別れる。

 ベル、意外にああいう絶叫系はダメなんだと覚えて、用事を果たしに行くベルを見つめてざまあと北叟笑んでいたホルスを殴ってボールに戻す。

 街をふらふらするつもりもない。PWTに早速向かって歩いていく。

 多少、やはり足にある傷が痛むが、気にするほどでもない。

 トウコは、一人になった途端、人を寄せ付けない物憂つげな表情を浮かべていた……。

 

 もと冷凍コンテナの場所は知っている。

 街の下った方向にあり、のろい足でもすぐについた。

 専用のゲートの案内に従い、会場に入ると……。

「……へえ……」

 トウコは目に入る未知の領域に、思わず声に出して感嘆した。

 会場は広々した敷地になっており、圧倒的な数のトレーナーがそこかしこの野外会場で腕を競い合っていた。

 遠くで爆発音がしたり、ポケモンが宙を舞っていたり、近場の海まで吹っ飛ばされていたり、ギャラリーが冷やかしてポケモンに丸焦げにされていたりと、この手の施設にはよくある光景である。

 真ん中には大きなドーム上の建物があり、あの中に入れるのは野外フィールドで一定の戦績を残したものだけだとか。

 トウコは特に興味もなく、施設内を歩き回る。

 ベルが来るまで、一切戦うつもりはない。

 どうせこのへんでは敵無しだ。相手など……。

「――ライボルト、メガシンカ!」

 ふと、通りかかった会場で気になる声が聞こえた。

 続いて、眩しい光とポケモンの声。

 多分メガシンカしたと思われるライボルトだろう。

(メガシンカ……? ってことは、カロス地方からの子かしら?)

 メガシンカ。

 全世界でもカロス地方にしか見られないという、ポケモンの新しい概念。

 トウコが調べた限りでは、戦闘中に見られる、ポケモンの一時的な活性化による擬似進化のようなもの。

 戦闘が終われば元に戻るし、詳しい仕組みはわかってないが専用のアイテムをトレーナーと一緒に持つことで初めて可能になるんだそうだ。

 あとは信頼関係が大きく関係しているとかいないとか。

(へぇ……アレが、メガシンカ……)

 トウコもギャラリーに混じってその様子を見る。

 フィールドに立って唸っているポケモン。見た感じ、見慣れたライボルトの姿ではない。

 ライボルトは頭に立派なトサカがあるが、ひとまわり大型化して、稲妻に似た体毛を生やして、それを着ぐるみよろしくかぶってるように見える、言ってしまえばより威嚇的なフォルムになっていた。

 メガシンカの真価は、それだけじゃない。

 姿だけではなく、性能も大きく変わるらしいし、下手すればタイプすら変化するらしい。

(見た感じ、タイプが電気なのは変わってないし、対処は難しくないわね)

 初めて目にするメガシンカ、然しトウコは大して驚いておらず、資料通りの強さだろうと判断。

 ライボルトととは何度か戦ったことがあるから、その範疇は越えないと判断。

 案の定、相手のポケモンを電気の特殊技で先手で出して、一撃で倒して終わった。

 戦い終えて、姿を戻すライボルト。上機嫌の様子だ。

 ああみると、外見の変化は相手に与えるプレッシャーが大きいと思う。

 一瞬で決めてしまったから判断しずらいが、主に上がるのは加速力だろうか? 

 早かったのはみたが、追いつけない速度ではない。

(……でもあの火力もバカにならないわね……。不利なタイプをゴリ押ししてるみたいだし……。生半可なポケモンじゃ、まともに受ければ一溜りもない……)

 疎らな拍手が起こる中。

 こっそりとトウコは相手の分析をしている。

 ライボルトのトレーナーが周囲に向けて声を張り上げた。

「俺に挑戦するトレーナーがいねえのか! この、メガライボルトを打ち倒おうって意気込みのいいやつは、もうこの場にはいねえのかよ!?」

 自分の勝利に酔いしれ、天狗になった調子だ。俺は強い、と言外に言っている上から目線。

 これは、挑む気も失せるだろう。あるいは、燃え上がって挑む馬鹿もいるか。

「……」

 ちょっと周りの動きを観察してみる。

 周囲は立ち去ったり拍手をやめて、次の試合を見学に行こうとしていた。

「……なんだよ、弱い連中ばかりで話にならないぜ」

 トレーナーは外見を見るからに、トウコよりも年下だが、エリートのようだ。

 ナルシストの入った動作で、自分を褒め称えている。自分で。

 正直気持ち悪い。

「エリートな俺に挑むという勇者はいないのだな。フッ、強すぎる俺様、罪な男だぜ……」

 髪の毛を整え、意気揚々にライボルトをボールに戻そうとする、その時だった。

「……自分が本当に強いと思ってるなら、余計な挑発はしないことね、坊や。必死になってるメッキが剥がれるわよ」

 トウコは一歩、苦笑して前に出た。

 人混みを抜け、フィールド内に入り込む。手にはボールを一つ持って。

 対峙するように、反対側に入っていく。

「なにぃっ!? いきなり失礼なことを言う貴様はなんだっ!?」

 気分良く独り言を言ってるつもりだったのに、そこに水を差されて不機嫌になったトレーナー。

 トウコは、肩を竦めて言った。

「イッシュでよくある、ブラックジョークみたいなもんよ。違う地方に来て、興奮して自分の強さを無駄にアピールするのは結構だけれど……。やりすぎてみっともないから過剰に飾り立てるのはやめなさいな。正直キショいわよ、今のあんた」

 いけない、面白そうだからついからかいがてら勝負を自分で挑んでしまった。

 メガシンカしたポケモンとの戦い、というのを一度でいいから経験してみたい。

 イッシュで最強の地位を手に入れているから、安易に地元では戦いをしたくなかったが。

 こうも未知の存在を振り回す奴がいると何だろう。

 今まで封印していたバトルへの情熱みたいのが湧き上がってくる。

 胸が熱くなってきた、気がする。あのライボルトに挑みたくなってきた。

 ベルに言われて背中を押され、少しは、自分の中にあった迷いや躊躇いが吹っ切れたからだろうか。

 不思議なことにバトルに対して躊躇いなんて微塵も感じない。

 少なくても、今は。楽しいと、思える時間だからだろうか。

 ボールの中の相棒たちが、ボールを揺らす。

 奴と戦いたいと言っているように

 無論、トウコ自身も。戦いたい。

「し、失礼極まりないな貴様!?」

「だって事実じゃない。周りを見なさいよ、主にギャラリーとか」

「あ゛ぁっ!?」

 視線を周りに向けると、トレーナーたちの明らかな失笑と、小物を見るような目線が彼に突き刺さる。

「……」

 顔が青くなって固まった。自分がなにげに痛いことをしていたのが理解できたようだ。

 トウコは続ける。

「ね? 悪いことは言わないわ。そういう言動は、周囲の顰蹙を買って、敵を増やすだけ。んでもって、主人を馬鹿にされてるのが分かってるそこの賢いライボルトのためにも、調子に乗るのは程々に」

「ぐるるるる……」

 彼のライボルトが主人を馬鹿にされて頭にきたようで、睨んでいる。

「お、おのれ貴様! この俺に恥をかかせたな!? おのれ、許さん! 今此処で勝負しろ!」

 居た堪れない気分になったのか、ヤケ糞のようにトウコを指さし叫ぶ。

「……もともと、私もその気だったからいいけど」

 ぽんぽん、と相棒の入ったボールを弄びながら、ライボルトを嗾けようとしている彼に、不敵な笑みを浮かべて、ハッキリ言う。

「こんなことを自分でいうとアレだけど、最初に言っておくわ。私は、この地方でトップクラスに、強いわよ?」

 

 

 

 

 そうして始まる、ナルシストとのポケモンバトル。

 数ヶ月ぶりの勝負。これが、トウコの本当の意味での第一歩。

 トウコはボールをフィールドに投げ込んだ。

「一緒に、お願い。シア、行ってきて!」

 ボールから飛び出し、フィールドに立ったのは。

「ふあっ?」

 能天気に毛づくろいをしていた、グレイシアのシアだった。

 相手が目を細める。それは歴戦のトレーナーとしての行為だろう。

 シアはというと。

 ふあああ~……と大口を開けて欠伸をして、スタスタ戻ってトウコの足にスリスリよってきた。

 完全に甘えている。

 周りを気にしてない。なんとも緊張感のかけらもない行動である。

 この子にバトルする気あるのだろうか……?

「えっ……? もしかして、シアってばまだ寝てたの?」

 呆然と、戻ってきたボールをキャッチしてベルトに戻し、シアを抱き上げる。

「……シア、バトルよ、シア?」

 腕の中で、眠そうに目を細めているシア。完璧やる気なかった。

「にゃ~」

「いや、にゃ~って。チョロネコじゃないんだからあんた……」

「にゃ~?」

「いや、あの。私、バトルしたいの。分かる? 眠たいのはわかってるけど、私バトルしたいの。聞いてる? シア?」

「ふああああ~……」

「シア、あんたねぇ……」

 もう、誰が見ても寝ぼけ声である。

 首根っこを掴んで、フィールドにシアを投げる。

 寝ぼけてて言うことを聞いてない。

 なので敵を目の前に確認させる。

「ふぁっ?」

 ちゃんと着地したシアは、目の前で呆然と闘争心を殺がれているライボルトを見つけた。

 とことこ近づき、誰? と首を傾げ、円な瞳で見た。

 ライボルト、少々困惑。どうしようこの子、と主人を見上げる。

 相手も、それには唖然としているほかない。

「……シアというのか、そのグレイシアは」

 こっちも何か素っ頓狂なことを聞いてきた。

「まあ……」

 周囲はあの子可愛いー、とシアを変な目で見る不埒な女トレーナーたちの目がハートになっているではないか。

「……」

 頼む相手間違えた、と今更後悔。

 シアは基本誰であろうが甘えん坊で、気に入った相手にはふらふらついていく危なかっしい性格なのだ。

「シア、おいで」

「にゃ~」

 あと鳴き声が妙に猫っぽい。

 もう一度抱きかかえて、だから勝負するの、と言い聞かせるとようやくスイッチが入って、「にゃっ!」と元気に返事をした。

 下ろすと、フィールドインしてにゃー! と鳴いた。

 それがやっぱり微笑ましいのか周囲からかーいいー! と黄色い悲鳴が上がる。

 それでも、かなり頼りないのだが……。

「ぐぅっ! な、何という無邪気な愛くるしさだ……。メスのニャオニクスと同ランクだ……」

 何のことだか知らないが、向こうのポケモンにも似たような種類がいるらしい。

 よくみると相手は鼻血を流している。それを手で押さえて優雅にはなをかむ。

「ふ、ふむっ。大変愛くるしいモノを見せてもらった礼だ。先程の無礼は水に流し、正々堂々戦おうではないか!」

 ティッシュを鼻に突っ込んで、興奮している彼はそれでも胸を張っていった。

「……いいけど……」

 今度は恥ずかしいのはトウコである。

 アレだけの見栄を張っておきながら、実際のシアがこれでは……。

 周囲はそんなことよりも、シアに注目していて、可愛いからイーブイ育てようかな、とか相談しているトレーナーもいる。あと写真撮ってる人もいる。

「にゃあー!」

 振り返って気合入れてくからね、とでも言いたいだろうが。

 ただ萌える人がいるだけだから出来ればやめて欲しい。

「いや、気合はいいから前を見るのシア」

「にゃ?」

「にゃ? じゃなくて、前を見て、前!」

 もうだめだこの子。能天気すぎる。

「る、ルールは互いに一匹のみのシングルバトル。戦闘不能、降参を含めての勝敗をするとする。いいかな?」

 相手のルール確認もそこそこに、一応バトルを開始する。

「にゃーーーーー!」

 頭を抱えるトウコ。

 もうやめて、シアお願いだから、気合入ったのはわかったから。

 そうやって周囲を無差別に萌えで悩殺するのをやめて。

 ……この後、相手は後悔することになる。

 シアというのは、可愛いだけじゃない。

 実は恐ろしい子だったということを……。

 

 


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