ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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英雄の決別

 

 

 

 ――結局、あのあと警察に連れて行かれたトウコは、処分を厳重注意に留められた。

 理由として、アーティが口添えしてくれたこと、トウコ自身が負傷していること。

 更に、ポケモンを奪われた人々が、あの子に厳罰をするのはおかしい、彼女は正しいことをしたのだと主張し、警察署前に殺到したのだ。

 ポケモンを奪われた子供達の為に身を張って取り返し、結果大怪我をしたということで、その子供たちの両親まで押し掛けて、彼女のことを渋い顔で処分しようとしてたヒウン警察署のトップは、その剣幕に唖然とした。

 偶然、彼女が庇った子供の親の中に市議会議員がたまたま存在していて、トウコはヒウンの為にプラズマ団と戦い、そして勝利した。

 悪いのは悪事を白昼堂々と働いたプラズマ団であり、彼女のそれは過剰防衛とはいえ、街の治安を守るために善処した。

 そもそもが、先手をしたのはあちらである。

 ものは言いようだ。

 口のうまい議会議員で、口先だけで警察を丸め込み、そしてその警察署のトップは何やらその議会議員と繋がりがあるようで、都合の悪い事実を揉み消すようにでも言われたんだろう。

 彼女のやったド派手な行為に対する処罰は無いも等しいモノになった。

 注意といっても、「君はよくやってくれたが、もう少し自分の身を考えろ」程度のコトで、全く糾弾されなかった。

 ……彼女の行なったあの殺人未遂などが周囲によって正当化され、「正義」とされたのだ。

 相手は、あの過激武装集団(テロリスト)、プラズマ団。

 自業自得とはいえ、彼らも人だ。

 無法者だろうが、法を無視した方法で仕返しをしていい理由にはならない。

 トウコも事実、あの刹那にはプラズマ団と同じことをしていた。

 力ずくで相手を叩き伏せ、ポケモンを奪い、そして半殺しにした。

 トウコのやったことは、決して正義とは言い難い。

 だが、人間とは不思議なことに、多くの人に支持される事は正当化され、相手の今までやって来たことが悪ければ悪いほど、報復行動が過激になっても責められない節があるのは誰でも知っている。

 そう、大人の事情というやつだ。

 相手がどんな大悪党であろうが、報復としてあんなことをいい訳がない。

 そんなことは知っていながら、然し世界を動かすのは時として、感情にもなりえる。

 多くの人の代弁として、彼女はまた、知らぬまま人の理想を体現していることになった。

 彼女の思惑がたとえ個人的復讐だろうが、結果として多くの人が救われた。

 これでまた、トウコという少女は「理想の英雄」に返り咲くことになってしまう。

 ――自覚したときには遅かった。でも、それでももういいと決めた。

 トウコは悟る。これは「必要悪」という行動理念だと。

 絶対悪を叩き潰すには、「理想」だけでは現実は何も変わらない。

 逆に、「真実」だけを見出しても、現実を変化させるには至らない。

 大切なのは、実現可能な事を想像し、それを実行するだけの覚悟。

 トウコにはもう、それがある。

 絶対悪の体現者がプラズマ団という集団ならば。

 トウコはその絶対悪を排除する、英雄という名前の必要悪。

 多くの人が英雄を必要とし、自分が奴らを潰すと決めた瞬間から。

 彼女は、また英雄となるのだ。それがどんな意味だとしても。

 トウコは、小さいながら二年ぶりに、人からまた英雄と言われるようになったのだった。

 理想なんて抱かない。真実なんて見る必要もない。

 現実を変えるのは、大きなものを消し去るための小さな必要悪だ。

 今のトウコは、黒き理想の英雄でもない。白き真実の英雄でもない。

 灰色の必要悪の代行者。

 語り継がれるようなフィクションではなく、尤もリアリティのある、それこそが真なる英雄の姿。

 新たな英雄は、相手には手段を選ばない汚れきった少女が器を務めるのだった。

 

 

 

 

「トウコ。君のしたことは間違っている」

 だけれど、彼女の正義(やったこと)を、真っ向から否定する少年がいた。

 彼女の幼馴染で、今は新米のジムリーダーを務める、たった一人の少年が。

「……うるさいわね。絵空事ばかり探している、あんたに言われたってウザいだけよ。綺麗事ばかりで、吐き気がする」

「君だって分かっているハズだ。他にうまくやれたかもしれないって。後悔しているんだろう?」

 自宅に戻ってきた、満身創痍の少女は久々に顔をあわせた途端、君のしたことは間違っていると指摘され、鼻で笑ってその指摘を蹴飛ばしていた。

 二年前はメガネをしていてアホ毛の生えている男の子だったのに、今はメガネを外して白いYシャツに紅いネクタイに、青いスラックスという学生に似た格好の幼馴染、チェレン。

 雰囲気もどこかめんどくさがりな印象から、優しげがあって、まるっきり正反対の好青年に成長した姿を見たときは、心臓が止まるかと思ったトウコ。

 ベル曰く、トウコは二年前と違い、雰囲気はダウナーでダークで、思考は常にネガティブでリアリストになっている。

 対してチェレンは真っ当な社会性を身に付け、しっかりとトウコとは真逆の意味で現実を見つめることができるようになったとトウコは思う。

 チェレンは小さな頃から思慮深く知的で理論派、理屈や筋を通していた。

 トウコはというと、短絡的で感情的、猪突猛進という対極的な性格だった。

 まさか成長してまで真逆を行くとは、思ってもみなかったが。

 ちなみにベルは二人の影響を受けたのか、両方の部分がある。

 現在、綺麗になったトウコの部屋で、ベッドに寝っ転がっているトウコは壁の方を見て、顔を合わせようともしない。

 彼女は結局ボロボロで、二の腕や肘、脇腹、太腿や脛にポケモンの噛み付きによって出来た裂傷を保護するためにガーゼと包帯を巻いている。

 頬もチョロネコの引っかき傷がまだ蚯蚓脹れで残っているのでガーゼで覆っている、見るからに怪我人である。

 ベルはオロオロと二人の険悪なムードに戸惑って、声をかけるべきか迷っていた。

 チェレンはというと、椅子に腰掛けてネクタイを直しながら、まだトウコを責めていた。

「君は昔からそうだ。相手にムカつけばすぐに手をだして、相手を怪我させるまで暴れて。今回だってそうだ。今回は相手だって死にかけたんだぞ。二年経ってもその癖は直ってないのか……」

「うっさいわね。あんたのそういう理屈ばっかりのお説教も、相変わらずで何よりよ。一々私のした行動に口出ししないと、気が済まないわけ?」

「ああ、そうだな。あの件は多くの人が庇ってくれたし、表向きには解決したと発表されたからもう追求しないとしても、僕の見ていない場所で勝手にジム指定のバッジをパクっていった件は、今此処でじっくり追求させてもらう」

「あんたと逢うとこういうことになるからパクッたんでしょうが……。口煩いだけで、相手の意見なんて聞きゃしない。そんなんでよくもまあ、一丁前に人に教えられる立場になったもんね」

「トウコに言われる筋合いはないよ。聞き分けの悪い生徒は、生憎と僕の所には一人もいないものでね」

「そりゃあ皮肉な話。チェレンに習って出来ることなんて……まあ実際問題、結構多くあるだろうけど、私には関係ないわ」

「トウコ、僕を認めてるのか認めてないのかハッキリさせてくれないか? 本音が漏れてるぞ」

「細かいところまでほんっとにうるさいわね。認めてるわよ、よかったじゃない、ジムリーダー就任おめでとう。これからも頑張んなさいよ、チェレンなら問題ないだろうけど。あと此の度は色々迷惑かけて悪かったわ、あんたにもベルにもごめんなさい!」

「トウコ、結局謝ってるよ……?」

「――ハッ!?」

「……。やっぱり意地を張っていただけか。相も変わらず君は成長してないな……」

 何時の間にか反省していたのを引き出されて、謝罪させられた、応援もしてしまった、我に帰れば後の祭り。

 飛び起きて自分が今何を言ったのか思い出し、ガックリ項垂れた。

「やっぱ、私チェレン怖いわ。口喧嘩で勝てた試しがない……」

 チェレンは肩を竦めて、雰囲気を柔らかくしてから苦笑いして言った。

「本人がいるのに堂々と怖い発言とか、トウコの口の悪さだけは何時も通りでよかったよ。まあ、大事に至ってなかったならいいけどね。兎に角、パクッたバッジを返してくれないか。それは非公認の代物だろう?」

「はいはい……」

 ベッドから降りて、ほっと胸を撫で下ろすベルにごめんね、と軽く謝ってバッグを漁り、バッジケースを開ける。

 一番最初の所に無理やり上乗せしていた代物を剥ぎ取り、放る。

「ん、確かに返してもらったからね。一応、トウコの挑戦は何時でもうけるけど、僕も本気を出させてもらうよ」

「やめなさいよ、あんたが本気出したら泣くのは新しいチャレンジャーよ?」

 チェレンが担当しているのは一つ目のバッジ。当然、実力は低いと思われがち。

 しかし、チェレンはあくまで「ジム用」のポケモンを育てて、挑戦者と戦っているらしい。

 真のチェレンの実力は、ぶっちゃけ現八人のジムリーダーの中でも一番強い。

 なにせ、二年前に一通り、トウコとベルと共に制覇している経験があるから。

 曰く、規定で他のジムには挑めないが交流試合では無敗らしい。

 ついでに、新しいジムと同時にトレーナーズスクールという塾っぽい施設の先生も兼ねているらしい。

 あの二年まで口癖が面倒だな、だった彼が今や数人の生徒を抱える先生とは。

 時間の流れは偉大であるとつくづくトウコは感じた。

「そういえば、トウコ。ヒウンでプラズマ団をあんな目に合わせたときに使っていたポケモン、僕の知っているメンツじゃないんだけど何かあったのか?」

 ふと思い出したかのように、バッジを受け取ったチェレンが何気なく問うた。

 その瞬間、室内の空気が凍った。

「チェレン、それダメ――」

 事情を察しっているベルが制止する頃には遅かった。

「……………………」

 一気に纏う空気が腐った、澱んでいるものに変化したトウコ。

 その変わりっぷりに、チェレンが目を丸くした。

 トウコにとって、それが禁句であるということをまだ知らなかった彼は、無自覚にトウコの傷を抉った。

 慌ててベルがチェレンの耳を引っ張って、部屋の外まで連れていき事情を話す。

 要するに、この二年間の間にどうやら彼女のポケモンとトウコの中で何らかのトラブルが発生し、今の手持ちは二年前のポケモンが一匹も存在しないと。

 それを聞いているうちに、見る見る顔が真剣な表情になっていく。

 トウコは再びベッドに横たわると、壁の方に向いて黙った。

 彼女の態度が、言外に拒絶となっているのを感じ取ったチェレンは、すまないと戻ってきてそうそう、口にした。

「何も知らずに、悪いことを聞いてしまった。不躾な事を言って、ごめんトウコ」

「…………」

 トウコは頭を下げているチェレンを見もせず、沈黙を守る。

 もう話しかけないで、とその背中から発せられるメッセージを受け取ったチェレンは、お大事にと言って立ち去ろうとする。

 頭を抱えるベルが、口には気を付けてよと嗜める中、

「――私の方こそ、なんも成長してなくてごめん……」

 そう、チェレンに呟いたのを彼は聞き逃さなかった。

 自分がこの二年間で、大きく前進したと同時に、彼女の中にはとてつもなく大きな闇が出来上がっていることを、チェレンはこの時理解した。

 聡明であるが故に、彼女の傷を感情として理解できず、建前だけを述べていた。

 あの説教は間違いなく、トウコを追い詰める意味で失態であったと思い返し、頭をかいた。

「チェレン、今はトウコのこと、そっとしておいてあげてくれる?」

 ダメ出しのように、ベルの一言がチェレンの久しぶりの後悔に拍車をかける。

「……そうだね。僕も、まだ勉強が足りないようだ……」

 彼も、幼馴染の心情を理解できなかった不甲斐なさに、自分を呆れてしまう。

 トウコ、ベル、チェレン。

 二年前、同時にあの一番道路を踏み出した瞬間は同じだったのに。

 あの時のワクワクやドキドキ、世界が輝いていた日々は、少なくてもベルやチェレンの中ではまだ色褪せていない。

 でも。

 トウコの中で、あの日々が忘れたい記憶であることを、二人は目の当たりにしたような気がした。


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