ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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英雄の助言

 

 

 

 ――予想通り、ヒウン下水道にはまだ多くのプラズマ団の団員が残っていた。

 あっちにうろうろ、こっちにウロウロ。

 やる気なさそうに誰もこんな場所くるわけねえよなぁ、とかまた雑談している。

 にやり、とベルもといトウコが邪悪に笑った。

 ぶるりと危険予知のようにヒュウの背筋に恐ろしいモノが走る。

「ちょっと待ってて」

 そう言い、トウコがヒュウとメイの視界からきえるたび薄暗い闇の向こう側で、「がっ!?」だの「ぐぁっ!」だの「ぎゃあ!?」だの「ぷらーずまー!?」だのと男の悲鳴が聞こえてくる。

 ちなみに最後のは団員がよく負けたりすると言う口癖のようなものである。

 ついでに暴力の振るったと思われる音、どう考えても死ぬんじゃないかというような耳障りな音すらさせて、トウコは彼らを片付けていった。

「ざっとこんなものね。自業自得だけど」

 パンパン、と手を払ってもういいわよと怖々出てくる二人の目の前には、いい年した大人が山積みになって、回収されたボールが列をなし、団員は順々にトウコに下水に蹴落されていた。

「……ベル、あんたバケモノかよ……」

 ヒュウは唖然として、先程の暴力は暴力のうちに入らなかったんじゃないかと思った。

 様子見で腹にかかと落としを受けたが、アレはまだ優しい方だ。これをみれば分かる。

 それほど、対人間に対してトウコは慣れた手付きで片付けていく。

 リアルファイトをあまり見たことのない田舎者からすれば、異様な光景かもしれなかった。

「……ベルさん、それはやりすぎじゃ……」

 メイが控えめに進言するも、自業自得の一言で切り払われる。

「こいつら、こうされてもいいようなことしかしてないじゃない。手加減するほうがどうかと思うけど」

「いや……それにしたって、一方的すぎるだろ。あんた、あいつらを殺すつもりなのか?」

 道中、プラズマ団許すまじ的なことをぶつぶつ言っていたヒュウだが、実際許すまじならこれぐらい当然というトウコの言動に流石に苦言を呈する。

「否定しないわね」

 しかし懲りていないこの女、最後の一人も下水に落として流した。

 周囲に人気がないのを不信に思って進み、最奥に到着した。

 だが、そこは蛻の殻だった。何かしていた形跡すらない。

 ただの下水道の通路と、奥にあったのは下水処理場だった。

 特に異常もなく、落胆したトウコとヒュウ、ついてくるメイ達は来た道を引き返す。

 何かの怪しい機械の試作品でも稼働していると推察していたトウコだったが、実際は何もなく肩透かしを食らった気分だ。

 無言で歩くのもなんなので適当に話題をふると、ヒュウは先程の事を口にした。

「あんた、それでも人間かよ……。まるで人殺しに付き合ってたみたいで気分悪いぜ……」

「人殺し、ねぇ……。ポケモン殺ししてる連中なら死んだってどうってことないでしょ」

 しれっとそれも辞さないというニュアンスに、さすがのメイも怯えていた。

 ましてやあれだけのことを平然として、それを真顔で言うのだから、疑う余地など今更ない。

「おい。メイをビビらせるようなこと言うなよな。こいつただでさえチキンなのに」

 ヒュウが、メイを庇うようなことを言い、うるさいから黙らせようと思ったトウコ。

 しかし、

「ち、違うよ!!」

 意外なところから反撃が来た。メイだ。

 チキンと言われて怒ったように頬を膨らませてヒュウに突っかかっていく。

 聞くところによると、二人はどうやら幼馴染だとかなんとかで、仲がよいのはそのせいかと思う。

「ほぉー、よく言うぜ。最初にクルミル見て青くなってぶっ倒れ気絶したのはどこのどいつだ?」

「うぅ……。違うよ、あれは怖かっただけ! わたし虫タイプ怖いだけだよ!」

 ……ヒュウによる、メイへの妙なイジリが始まっていた。

 メイは虫ポケモンの外見がダメらしく、フシデなんて見た日には声を大にして悲鳴を上げて逃げ出すらしい。

「……はぁ……」

 なんて緊張感のない子達……まあいい。

 トウコは五月蝿いから黙れ、とヒュウに軽くジャブをする真似をすると、完全に青くなったヒュウにやめろヤメレやめてください、と謝罪の間違った三段活用された。

 話を変えるために、メイがトウコに何気なく言ったことが、再びトウコを追い詰める地雷になるとは露知らず。

「あの、ベルさん……。ベルさんは、いくつジムバッジ持ってるの?」

「……」

 びくり、と背筋のかわりにロングヘアが毛先から波打つトウコ。

 まさかそんなことを初対面で聞いてくる奴がいるとは思っていなかった。

 普通、ある程度仲が良くなったら見せ合うものだ。

 理由としては、自分の実力を周囲にばらすことになる。

 そうすると、自分よりも強い相手、弱い相手に対する差別感も生まれる。

 弱い奴には傲慢になり、強い奴には媚び諂う、そんな二分化された態度をトウコは知っていた。

 仮にもってないというと、こいつ新米かと見下される。それは癪だ。

 だからといって素直に見せると身元がバレる。

 トウコの名は、イッシュ中に広まっている。黒き英雄として。

 しかし、顔まで知っている相手はジムリーダーや四天王、チャンピオン、あとは近しい人のみだ。

 話を又聞きしている相手になら平気かもしれないが、怖い気もする。

 そもそもが、何処の地方に、新旧合わせて10以上バッジを持ってそのへんをウロウロしているトレーナーがいる。

 しかもそのひとつは知り合いのうちに忍び込んでパクってきたものとは言えない。

 そんな奴は大体、チャンピオンになっているか他の仕事を見つけて働いているようなものだ。

 ……トウコはそれだけの実力はあるけれど、結局することなくてフラフラしているが。

 無邪気なのか、あるいは距離感を知らないだけなのか。

 どっちにせよ、この場は上手く乗り越えないといけない。

 トウコは手持ちのバッグをあさるフリをして、どこか棒読みで言った。

「あら、折角みせようと思ったのに、見当たらないわね私のバッジケース。家に置いてきてしまったかな~」

 ごめんね、置いてきてしまったようで見当たらないわと説明して誤魔化すつもりだった。

 見るからに怪しい態度だったが……。

「?」

 かなり下手な演技だったが、ヒュウは不信そうに目を細めるだけで、メイはちょっとしょんぼりしていた。

 ごまかせた、と想いたい。多分ダメだろうが、事情は察してくれただろう。

 そう自分に言い聞かせて、戻ろうとした途端、

「あんた、もしかしてどっかの諜報機関の人間か?」

「ぶっ!?」

 ヒュウの素っ頓狂な発言に思わず吹き出した。

 何を言い出すんだと思ったら、

「俺、見たことあるぜ。そういう連中って、自分の身分を明かすものは決して見せないし、名前も偽って過ごそうとするんだよな。あんた、最初から態度が不自然だから、そうだろ? どこかのエージェントなんだな?」

 ふふんっ、と胸を張って言い放つヒュウに、振り返りげんなりした顔でトウコは彼を見る。

 メイはヒュウ凄い、と何か感動した目で見ている。

 ……バレバレな態度なのは認めよう。名前を偽ったのも事実だ。

 だが、トウコは決して警察などの秘密国家組織の人間ではない。

 ただの一般人だ。断じてそこは違う。

 まあ、否定する理由もないのでそんな感じよと曖昧に肯定。

 ヒュウはトウコの不自然な態度をそう解釈したようで、あんたの事情も詳しくは聞かないが、あんたも俺に力を貸してくれ的なことを言い出した。

「俺さ、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。この手で、プラズマ団にケリをつけないといけないことが。あんたも、因縁があるんだろ? なら、協力してくれないか? 互いに目的のために」

 真剣な表情で、ヒュウはトウコを見ている。何時の間にか名前では呼ばなくなっていた。

 メイも、何か事情を知らないようで、ハテナマークが頭に浮かんでいる。

 要するに、本名不明なトウコに対して何かを手伝えと言ってきた。

 もう誰かの為には動かないと決めたトウコ、お断りよと一蹴した。

「そんなこと、自分で果たしなさい。バレているならしょうがないけど、私には私のやり方、私の目的があるの。ヒュウ、あんただってもう子供じゃないなら、その程度のコトは他人の力を借りずに自分でやるべきじゃないの? どうしてもやらなきゃいけないってのは、自分で果たす覚悟がある時初めてどうしても、って言い方ができるのよ」

「……」

「それが、先人からのアドバイスよ。安易に人の力は借りないの。借りる時は、本当に自分が追い詰められて、手段を失って、あとがない……絶体絶命のときだけ。そして借りる相手も間違えないことね。一度失敗したら、ズルズル引きずる羽目になる」

「……まるで経験があるみたいな言い方をするな、あんた」

 アドバイスくらいは、と思って言った助言。

 ヒュウという少年は中々洞察力があるようだ。

 バレバレだったあの態度ならまだしも、普通のトウコの声と雰囲気、表情だけで彼女が後悔をしていることを見抜いた。

 この子は見た目よりも馬鹿じゃない。なら、大丈夫だろうか。

「私みたいに、過去から逃げるために全てを投げ捨てて飛び出すのは嫌でしょう? メイも肝に銘じといて。一度起こした大きな間違いは、取り戻すのは決して容易じゃないことをね」

 突然話を振られたメイは、「はいっ?」と首を傾げていた。

 子供には難しい話だったか。この子は見た目通りの幼い感じが強い。

 トウコはここで初めて、クスクス笑い始めた。この子たち、ベルが目をつけるだけあって面白い。

 ヒュウは強い正義感と覚悟がある。メイは幼さが抜けていないが、真っ直ぐで綺麗な心がある。

 それに、良い子だ。

 話して、見て、感じた限りではまだ真っ直ぐ進んでいるようだし、様子を見るのも悪くないかもしれない。

 この子――まだ白にも黒にも染まっていない、無垢な色のメイには、何かを感じる。

 それは、陳腐だが言うなれば運命の糸のような不思議な感覚。

 ヒュウにも、強い意思がある気がする。トウコが持ち合わせていなかった、精神を。

 偽とはいえ、トウコとて一度は英雄の器に選ばれた身。

 もしかしたら、新たな理想を抱くものとして、持ち歩いているあの石が、彼と彼女を見てみたいと言っているのかもしれない。

「そうね……。どうせ、ここは空振りだったのだし……少し、暇潰しにはいいかもしれないわ……」

「えっ?」

 メイがトウコの独り言に反応して、見つめてきた。

 濁りのない瞳。綺麗な目。ああ、この子はもしかしたらゼクロムが選ぶかもしれない。

 トウコとは違って、最後まで貫いてくれる。そんな気すらした。

「ねえ、二人とも。この後暇かしら?」

 ふと、二人にそんなことを言っていた。

 目の前にいるのはかつての英雄と揶揄される負け犬。

 まだ、名を告げるわけにはいかない。

 逃げ出した臆病者。しかし、この子達のような新しい子達なら。

 理想を抱いても潰れることもなく、支え合って、現実と戦えると思える。

「時間? まあ、あるけど……メイ、お前は?」

「わたしも大丈夫。まだジムにはいかないし」

 時間はあるらしい。トウコは二人をランチに誘った。

 丁度、朝っぱらから大暴れしていたので空腹を感じている。

 それに時間もお昼時。丁度よいだろう。

 夕方まで暇なので、もう少しこの子達の触れ合っていたい。

 トウコは苦笑して、こう言った。

「ヒウンシティジムリーダー……アーティの攻略法、詳しく教えてあげる」

 一度は戦っている身であるから言えたセリフだが、二人の食いつきがよかったのは言う間も出なかった。


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