ポケットモンスターW2 英雄の忘れ物   作:らむだぜろ

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慣れていませんが、お手柔らかによろしくお願いします。


一章 帰ってきた少女
英雄の忘れ物


 

 私は、どこで道を間違えていたんだろう。

 帰ってきた大都会のコンクリートジャングルを見上げて、彼女は思った。

 二年前に、この街を訪れたときは何もかもがキラキラと輝いていて、眩しかったはずなのに。

 今はこの煌びやかな光も、人々の喧騒も、ただ単に虚しいだけだった。

 どうして、こんな風に思うようになっちゃったのだろう。私は、理想をどこで諦めてしまったんだろう。

 考えても考えても出てくる答えはただひとつ。

 

 ――大人になったってことさ――

 

 誰かがそんなことを教えてくれた。私は、青臭い理想なんてもう思い描かない。

 真っ直ぐ、目の前にある現実を受け止めて生きていくと決めた。

 もう、真実も理想も関係ない。知ったことか。大切なことなんて、その人が決めればいい。

 所詮なるようにしかならない世界だ。そのことを、これまでの二年の旅で嫌というほど知った。

 そこにあるものはそこにあるもの。現実は現実で、なるようにしかならない。

 フッ、と自嘲的に笑ってしまう。

 そんなんだから、みんなに愛想を尽かされて去られてしまったんだろう。

 気高き理想のない彼女なんて、まるで価値のないようにと、嘗ての仲間はみな、彼女のもとを去っていった。

 強制なんてできない。ボールを盾に、言うことを聞けなんていう暴挙は嫌だった。

 だからボールを自ら壊して、これでみんなは自由だよ、どうしたいかはみんなで決めてと嘗ての彼女は言った。

 その結果が、多くの彼女の相棒たちは去っていった。

 失望したり、見切りを付けて、もうついていけないと。

 今でもその傷は彼女の心に大きな痛みと恐怖を残していた。

(そういえば、最初の相棒だったのよね、ジャローダ(リーフ)……。あの子は、最初に私を見限って去っていったし……。所詮、仮初とは理想を失った私なんて、あの子からすれば価値のないトレーナーなんだろうな……)

 そう、価値なんてない。今の私は、意味の無いトレーナーということなのだろう。

 意味がないなら、もう、誰かの為に戦わなくてもいい。

 元イッシュ地方チャンピオンという経歴も、今は最年少チャンピオンに塗り替えられているし、新しくなったというジムリーダーをぶっ倒してもう一度ポケモンリーグに挑むのもいい。

 四天王はどうやらあの日から変わってないようだし、手土産でも持って……。

(ああ、ダメだ。リーグに行く前に、あの城にいかないといけない……)

 後日の新聞で、山の中に沈んでしまったというあの城。

 奴らの繁栄を象徴するかのような巨大なあの建築物は、今や山の中に消えてしまったというから驚きだった。

 おかげで大規模な改修工事がリーグの足元にある山では行われていたらしいが、もう終わっているらしいから、入っても大丈夫だろう。

 でも、と彼女は自分がもっているバッジケースを取り出して中身を見た。

 褪せてしまったかのように輝きを失ったかつての冒険の日々を思い出す。

 それを目の当たりにするかのように、手に入れていた8つのバッチは錆びたい放題赤錆にその身を蝕まれていた。

 そういえば、持ってるだけで手入れなんてまるでしてなかったな、とふと思い出す。

 それを見ていると、あの日三人で旅にでたあの記憶が、自分の中ではトラウマのような扱いになっていることを思い出す。

(ははっ……。私、やっぱり空っぽだぁ……。ベルみたいに弱さを認めることもできない、チェレンみたいに強さを探求することもできない……。中途半端なんだ、私……)

 このバッジを見ているだけであの日の旅立ちをしなければ良かった、あのまま図鑑の手伝いなんて申し出なければ、もう少し穏やかな時間を過ごせたのではないかという馬鹿らしい考えまで浮かび出す。

(母さん言ってたっけ。冒険を通じれば成長することができるって。母さん、私成長できてないよ。私、ずっと迷って、後悔して、立ち止まってばっかだよ……)

 母は強い人だった。こんな彼女に冒険のイロハを教えてくれた。

 そんな母の期待すら裏切ったと思うと、もう死にたくなる。

 何で、傷ついた思い出しかないこの地に戻ってきてしまったんだろうと。

 二年前はただただ必死だった。

 怒涛のように押し寄せる不安を、仲間と共に乗り越えるので精一杯で、それ以外のことを見ている余裕なんてなかった。

 そして気付けばチャンピオンなんて大層なモノをいただいていた。

 でも、その頂きに立って、リーグを去るときに彼女の脳裏に過ぎる思い。

 

(私……本当は何がしたかったんだろう?)

 

 周りに言われるがままに進み、周りに言われるがままにバトルし、周りに言われるがままにリーグに挑み、勝ちを収めた。

 でもそこに、彼女の意思はひとつも、一度もなかった。

 ただ、やれと言われて、君ならできると期待されて、その通りにやったらみんな喜んだから。

 だから、そうしたにすぎなかったことに。そのことに気が付いた。

 

(……ああ、分かった。私は人形なんだ。チェレンのような真摯さもない、ベルのように現実を受け止める強さもない、言われたとおりに動いて、期待通りの結果を出すだけの……)

 

 そう思うようになって、何故あの時黒き龍が自分に手を貸したのか、さっぱり理解できなかった。

 自分の中に明確な理想なんてなかった。

 自分は多くの人間にただしろ、と言われたことを実行し、成功させただけだった。

 あの時対峙した彼は、その目で真実を見つけ出していたのに、空っぽな自分が勝ってしまった。

 彼が弱かったから。あの時の彼は焦燥感にとりつかれて、まるで取り乱すようにバトルを行なっ た。

 対して自分は何も考えず、周囲が待ち焦がれる結果のみを追求した未来のため淡々と戦った。

 どちらが人間らしいと言えば、感情を発露させていた彼の方が余程人間味があった。

 白い龍は、どこか悲しそうな瞳で黒い龍を見ていたことはまだ覚えている。

 黒い龍はきっと勘違いをしていたんだ。大層な理想をこの少女が抱いていると。

 だが、現実は違った。その戦いが終わったあと、改めて黒き龍は訪ねてきた。

 ――お前の思い描く理想とはなんだ、と。

 少女は、脳内にテレパシーのように入り込んでくる声に、答えることができなかった。

 呆然と、目の前にいる龍を見上げているだけだった。

 だって、彼女にはなかったから。

 誰かに語れるような御大層な理想なんてモノは、彼女の中で形になってなかった。

 彼女はただ、多くの他者の望む未来を実現できるように使われただけの、傀儡にすぎないことを自覚してしまったから。

 確かにそれは穿った見方だ。誰もそんなことは思ってない。

 だけれど、結果として多くの人間がそうあって欲しいと思ったことを、代わりに実行した彼女は事実人形だった。

 だから、黒い龍は失望した。白き龍の選択が正しかったことを、己で示してしまった。

 龍は告げた。此度の邂逅は一度きり。もう、お前には力を貸さないとハッキリ言った。

 それでもいい、とこの時初めて少女は口を開いた。

 私は、都合のいい誰かの為にしか動けない人間で、結果としてあの男と同じだった。

 貴方を同じように使ってしまったのは、事実だもの。 

 悪意がなかろうがあろうが、関係ない。

 貴方は、貴方の存在を必要としている人に、その力を貸してあげて欲しい。

 そう言って、その時に龍とは別れた。あれ以来、あの龍とはあっていない。

 いや、それには語弊があるか。今も黒い龍は彼女とともにいる。

 だが、その姿は黒い龍ではなく、単なる黒い石になってとして、だが。

 無機物となった龍とはあれ以来話してもいないし、意思疎通もしていない。

 そういう意味じゃ、この石も二年もの間、持ち歩いていたことも彼女の後悔の一つだった。

 結局、ここまできたからリーグも制覇してみたらどうだ、という周囲の応援に押し出されるように 制覇したリーグ戦。

 チャンピオンになっても、嬉しくもなんともなかった。

 ただ、ああ終わったな、という感情だけ。ようやく、解放されたんだなという安堵だけ。

 こんな女が、イッシュを救った英雄? 馬鹿を言わないで欲しかった。

 本当の英雄は、彼だ。虚偽の私に負けてしまっても、決して折れなかったあの人なのだ。

 今も何処かで理想と真実の為に奔走している、あの人こそ真なる英雄なのに。

 私が表立った英雄として祭り上げられるのは耐えられない。だから、イッシュから逃げ出した。

 ホウエン、シンオウとその噂が来ない場所まで、必死になって逃げた。

 恥ずかしかった。なんて、厚顔無恥なんだろう。何も知らない子供が、英雄?

 違う、私は英雄じゃない。偽物の人形だ。

 大勢の誰かの為にしか動けなかった、ただの空っぽな子供。

 偽善者、とも言うのかもしれない。私に、強さなんてものはない。

 彼女は人気の無くなった港に一人立ち、ビルの立ち並ぶ街を見上げて、これからのことを考える。

(……まずは、新しいジムリーダーを倒そう。どうせすぐに終わる。四天王より弱いなら、今の私でも簡単に勝てるわね。そして、足りない分のバッジを手に入れて、リーグに向かって、入場許可を貰って、そのあと沈んだっていう城に入ろう。あの場所で黒い石をあの場所に届けて、彼には眠ってもらおう。それで、私の忘れ物は、終わりだ……それだけでもう、イッシュには用事はないし……宛もないし、何処に行こうかな……)

 おういトウコー、と誰かが呼ぶ声がした。

(ああ、そうだった。母さんにも謝りにいかないと。そんでもって、図鑑も届けておかないといけないか……。アララギ博士には悪いことしたままね……。ホント、私は後悔ばかり……)

 もう一度、トウコ、と誰かの呼ぶ声。

(ベルには今更合わせる顔がないし、チェレンも……あ、そうだ。あいつ、そういえばどっかのジムリーダーになったんだっけな。あちゃぁ……じゃあリーグ行く前に、あいつとは顔合わせしないといけないのか……。うぅん、いっそ家に忍び込んでバッジだけ掻払おうかな……。そうするかな、どうせ合鍵の場所とか変わってないだろうし)

 トウコ、と誰かに呼ばれる声に気付かない彼女は、ショルダーバック一つで全ての荷物を引っさげて、人の波の中を目指して歩き出す。

 その後ろ姿は、二年前は一つに纏めた茶髪のポニーテールに帽子、薄手の半袖にジャケット、ホットパンツという姿から、黒いジーンズに黒いジャケットに、手入れをしていなかったせいで伸び放題伸びたロングヘアをストレートにさげるという成長した姿。

 一番違うのは、当時纏っていたであろう溢れんばかりの明るさがなりを潜め、滲み出ているダウナーな雰囲気だった。

 髪を揺らしながら消えていくその姿を、声をかけた二人は、驚いたように見送っていた。

 

「トウコ……彼女、帰ってきていたのか……」

「でも、どうして無視して行っちゃったのかなあ……」


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