【完結】坂井悠二の恋人ヒライ=サン【転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
吉田一美の非日常に踏み込めず、
平井ゆかりは敵と通じ、
坂井悠二は人間になりました。


万条の仕手ヴィルヘルミナ

 人間に戻った坂井悠二に、オレは捕獲されていた。まあ、人気のない公園だから大丈夫だろう……このまま押し倒されたりしないよな? それは、ちょっとドキドキするぞ。恥ずかしくて殴っちゃうかも知れない。キスしてしまったからな……いいや、キスと言っても掠る程度だ。

 

「このような場所に居るとは、わざわざ呼び出す手間が省けたのであります」

 

 その声を聞いて、オレは坂井悠二を突き飛ばした。目標は坂井悠二だろう。オレまで巻き込まれるのは困る。しかし、フレイムヘイズから飛び出た白い帯は、オレの目の前で弾けた。ついでにオレの側にいた坂井悠二も無事だ。突き飛ばしたから地面に倒れている……まるでオレが坂井悠二を守ったように見えるな。

 

「貴方が「炎髪灼眼の討ち手」の言っていた女でありますか」

「気を付けてヴェルヘルミナ、あいつ見えない何かで物を消すわ」

 

 仮面女に炎髪灼眼も一緒か。ところで炎髪灼眼は、なぜ「吸血鬼」を持っている? それは愛染の兄から奪った大剣型の宝具だ。庭に置いてあった物を「どうせ坂井悠二は存在の力を扱えない」と思って使っているのか。だが、それをオレに向けるのは間違いだ。なぜならば、それはオレが坂井悠二にプレゼントした物なのだから。

 

「坂井悠二、吸血鬼を炎髪灼眼に譲ったのか?」

「え? してないよ」

 

「ほぅ、つまり炎髪灼眼は持ち主の許可を得ず、勝手に人の物を盗んで、それを我が物のように使っていると。おまけに、その剣で、その持ち主に刃を向けている」

「「仮装舞踏会」に捕まっていたお前を助けたのは、誰だと思っているの?」

 

「とんだ英才教育を施したものだな、万条の仕手」

 

『問答無用』

「炎髪灼眼の討ち手、惑わされてはいけないのであります」

 

 仮面女から無数の白い帯が舞う。オレは坂井悠二を引き寄せた。坂井悠二は存在の力を扱えるようになったと聞いている。やっと「使える」ようになったのに壊されるなんて、もったいない。坂井悠二にはオレを守って貰わなければならない。これからだって彩飄フィレスやら懷刃サブラクやら……あれ?

 千変のいる「仮装舞踏会」から事前に通知されるから、その時に避難すればいいか? いいや、紅世の徒を信用する事なんてできない。坂井悠二を殺して「零時迷子」が無くなれば、御崎市が戦場になる事はないか? いいや、紅世の徒がいる限り、絶対に安全じゃない……だから守ろう。

 自動迎撃機能が動き出す。無数の白い帯と対抗するように、オレの影から黒い腕が伸びた。それに触れた白い帯は裂けて、裏返る。裏返っても大して見た目は変わらなかったけれど、失速して地面に落ちた。黒い腕が地面に触れれば裂けて、土が入れ替わる。木に触れれば、幹の内側が外側になって、外側が内側になった。

 今回は大人しい。その理由にオレは気付いていた。坂井悠二が近くにいると威力が下がる。なぜかは分からない。坂井悠二に、オレの力を抑える働きでもあるのか? まあ、「蹂躙の爪牙マルコシアスのフレイムヘイズ」が襲ってきた時のような、辺り一面吹き飛ばす威力が出ても困る。この威力で、ちょうどいい。

 しかし、威力が下がったから仕留め切れない。オレと坂井悠二を覆うように黒い腕は立ち昇る。その腕は、すでに100を越えるほど増えていた。それらが仮面女と炎髪灼眼だけを狙っていれば話は早い。ところが黒い腕はオレ達の周囲にある物を、無差別に襲っていた。使えねぇ……。

 

「ダメだよ、平井さん。これじゃ街が壊れる」

 

 涙を拭いた坂井悠二がオレを止める。いや、オレが操作してる訳じゃないんだけど……と思っていると。黒い腕が薄くなって行く。実体を失って消滅した……おい、オレの言う事は聞かないのに、なんで坂井悠二の言う事は聞くんだ? しかし、裏返しになった大地や木や電灯は元に戻らない。

 

「坂井悠二。今日から、お前の家に泊まるぞ」

「それは、あの2人が襲ってくるから?」

 

「オレが居れば守れる」

「うん……ごめん」

 

 坂井悠二は落ち込んでいる。なにも出来なかった事で、自身の無力を感じているのだろう。炎髪灼眼に襲われた事にショックを受けているのかも知れない。とは言っても、ちょっと坂井悠二が強くなった程度で勝てる2人ではない。でも、まあ、坂井悠二が強くなるのはオレにとっても良い事だろう。

 

「強くなれ、坂井悠二。オレを守れるくらいに」

「……うん、強くなるよ。平井さんが戦わなくてもいいくらいに」

 

 マジで!? ラッキー!

 

【表】

 

 僕の家に平井さんが泊まる予定だったけれど逆になった。平井さんの家に、僕がお邪魔している。僕の家には母さんしかいないから、平井さんと2人きりになる時間を心配されたようだ。平井さんと一緒に住めなくなると僕の命に関わるから、平井さんの家族に認められるように頑張った。

 登下校する時も一緒で、お手洗いへ行く時も一緒だ。いつでも一緒な僕と平井さんは、ラブラブなカップルに見えるのだろう。実際は、平井さんは何時ものように無表情だ。僕のために、そんな事にも耐えてくれている。そんな平井さんのためにも僕は、早く強くなりたかった。

 

「そろそろ清秋祭か。また紅世の王が来るぞ」

「今度も厄介な相手なの?」

 

「彩飄(さいひょう)フィレス。お前の中にある「零時迷子」を作った紅世の王だ。元々、零時迷子は「彩飄」が恋人と共に作ったものでな。その恋人は現在、零時迷子の中に封印されている」

「僕の中に?」

 

「最初に来るのは偽物だ。後から来る本体は、恋人を取り戻すためならば手段は選ばない」

「そうなんだ……ねえ、平井さん。その人に零時迷子は返せないのかな?」

 

「ああ……いいんじゃないか。そうしよう」

 

 その口調に違和感を覚えて、僕は平井さんの顔を見る。いつものように無表情だ。でも、ずっと見ていると何となく感情が読み取れる……ああ、これは何か企んでる気がする。いったい平井さんは、なにを企んでいるんだろう。僕は知りたかったけれど、平井さんは教えてくれなかった。

 そして「清秋祭」が始まる。仮装パレードに出た僕と平井さんは、表彰式に出なかった。祭りの会場から離れた人の少ない場所へ、川原へ向かう。そこで僕と平井さんは手を繋ぎ、彩飄フィレスの来訪を待っていた。そして、とつぜん強風が吹いたと思ったら止んで、緑色の髪をした女の人が空から降ってきた。

 

「あっ」

「ん?」

 

 そして、そのまま地面に落ちる。少し跳ね上がって、また地面に落ちた。そのまま女の人は動かない。まるで投身自殺をしたかのような有り様だ。いったい何があったんだろう……そう思って僕は平井さんを見た。目を逸らされた。とりあえず平井さんが女の人に近寄って声をかける。

 

「おい、零時迷子を取りに来たんだろう。「万条の仕手」と「炎髪灼眼の討ち手」に狙われてるから、取り出すなら早くしてくれ」

「ヨーハン……」

 

 平井さんが彩飄フィレスを無理矢理に起き上がらせる。そしてヨロヨロと歩くフィレスさんを僕の前まで持ってきた。まるで平井さんの操り人形だ。こんな調子で大丈夫なのかと思ったけれど、フィレスさんはフラフラと僕の体へ手を伸ばす。そして、その手がズブリと僕の中に沈み……

 

「アアアアアアアアアアッ!!」

 

 僕の中から飛び出した銀色の腕が、フィレスさんを貫いた。それは僕から生まれるように、少しずつ外へ姿を現す。銀色の西洋鎧、その上半身が僕から飛び出ていた。銀色の炎が噴き上がっている。まさか……このゴツい奴が、零時迷子の中に封印されていたフィレスさんの恋人!?

 

「平井さん! これは!」

 

 平井さんを見て、僕は息を止めた。平井さんは冷たい目で僕を見ている。少しも慌てる事なく、フィレスさんにも僕にも気付かれないように、静かに後退している。平井さんは、こうなるって分かっていたんだ。フィレスさんに零時迷子を返す気なんてなかったに違いない。これはフィレスさんの恋人なんかじゃない。もっと得体の知れない「なにか」だ。

 

「フィレス、これは!」

「お前達いったい何をしているの!」

 

 僕等を見張っていたのであろう、フレイムヘイズの2人が飛び込んでくる。紅蓮の少女が僕を切り捨てようとしたけれど、銀色の炎を吹き上げる西洋鎧に防がれた。銀色の炎……そうか。こいつは紅世の徒だ。でも、なんで紅世の徒が僕の中に? こんな西洋鎧の徒を見た事はなかった。

 そこへ、さらに新手が来た。空から降ってきた無数のブロックが、僕を取り囲む。小さな少女と共に、明らかに人間ではない翼の生えた男が現れた。その小さなブロックの群れは、嵐のようにグルグルと回り、フレイムヘイズを近寄らせない。その間に小さな少女が、大きな杖で僕の胸を突いた。

 

「お静まりください」

 

 僕の中に西洋鎧が押し戻される。そして少女は、僕の胸をトンっと突いた。そうして助けてくれたのかと思ったら、少女は僕を分解しようとする。やっぱり敵だったらしい。少女の狙いは零時迷子なのだろう。フィレスさんの様子を見る限り、通常の方法で取り出せないのは明らかだ。

 

「そう、この距離がいい。遠過ぎず、近過ぎない。標的に坂井悠二が含まれていれば万全だ。無差別攻撃ならば、坂井悠二以外を倒してしまえばいい」

 

 その瞬間、全てが打っ飛ばされた。小さな少女も翼の生えた男も、僕を隔離していた無数のブロックも、そのブロックを打ち破ろうとしていたフレイムヘイズの2人も、瀕死の状態だった彩飄フィレスの分身も、なにもかもが理不尽に打っ飛ばされた。あらゆる人や物が地面に倒れ伏した中、平井さんだけが立っている。

 

「これで零時迷子に刻印が刻まれた。分かりやすく言うと発信機だ。お前を殺して無作為転移を起こせば、零時迷子は「仮装舞踏会」の物になる。だからと言って取り出そうとすれば門である「戒禁」と門番である「暴君」が邪魔をする。フレイムヘイズは「仮面舞踏会」から零時迷子を守るために、お前を守るしかない」

 

 そう言って平井さんは僕を抱き上げる。自分で歩こうと思ったけれど、平井さんは走り出した。とても僕には出せない超人的なスピードだ。フレイムヘイズや紅世の徒を置き去りにして、その場から逃げ出す。やっぱり僕は、平井さんに捕まっている事しかできなかった。

 

【裏】

 

 オレは坂井悠二を通して、フレイムヘイズに情報を流していた。しかし今は、フレイムヘイズが坂井悠二の破壊を企てた事で、絶交状態に陥っている。次に来るのは「懷刃サブラク」だ。優秀な自在師である「蹂躙の爪牙マルコシアスのフレイムヘイズ」が居ないので、「懷刃サブラク」の攻略は難しい。だって御崎市を空に浮かべられないからな。

 

「まず「懷刃サブラク」の前に中ボスが出る。分身できる徒と、砲撃手の徒だ。奴等は封絶内に標的を誘き寄せ、大火力の砲撃で封絶ごと吹き飛ばす。砲撃手は気配を絶つ宝具を持っているから目視で探すしかない。お前は紅世の王ですら比べ物にならないほどの存在の力を持っているから、その力を込めて殴れば分身できる方は吹き飛ばせるだろう」

「あの子に持って行かれた「吸血鬼」があれば良かったんだけど……」

 

「あんなデカい剣、街中に持って行ける訳ないだろう。それと問題の「懷刃サブラク」だ。こいつの攻撃を食らうと傷が治らなくなる。だが、それは「万条の仕手」が解決方法を持っているだろう。あと、こいつは体を地面に浸透させている。本体に見えるのは人形のような物だ。だが、体から人形を切り離せば倒せる。倒すのは人形の方だから間違えるなよ。具体的に言うと、地面を切り離せば倒せる」

「地面を切り離すって、そんな事できるの?」

 

「無理だ、諦めろ。まあ、地面ごと滅却できるような技があれば別だがな……たとえば「炎髪灼眼の討ち手」は、紅世の徒一匹を生け贄に捧げれば、神威召喚という秘法を行使できる。あれを使えば、街ごと焼却できるだろう」

 

 そして分身できる紅世の徒が現れる。オレと坂井悠二は引き離され、オレは市外へ移動させられた。そして漫画喫茶で紅世の徒と共に暇を潰す……まあオレは、わざわざ危険な場所に戻ろうなんて思わないからな。てっきり小さな少女もとい「頂の座ヘカテー」を打っ飛ばした事に怒った「千変シュドナイ」が、秘蔵の宝具を持ち出して殴り込んでくる……なんて思っていたけれど、そんな事はなかった。その後、オレは解放された。交通費は支給されないらしい。

 御崎市へ戻ると、坂井悠二は無事だった。その姿を見て安心する。その隣には「万条の仕手」がいた。しかし「炎髪灼眼の討ち手」の姿はない。あの赤い少女の姿はなかった。死んだのか? なんて思いながら2人に近付くと「万条の仕手」が、オレに白い帯を差し向ける。

 

「前から疑問に思っていたのであります。貴方は「仮装舞踏会」と繋がっているのでありましょう」

「違う……とは言い切れないな。なぜ、そう思う?」

 

「貴方は我々にミステスを通して、重要な情報を提供したのであります。おかげでフィレスの協力と「炎髪灼眼の討ち手」の切り札を用い……懷刃サブラクを討滅できたのであります」

 

 やっぱり死んだな。

 

「しかし、そんな貴方が、なぜ五体満足に生きているのでありましょう。そのような情報を漏らした貴方を、「仮装舞踏会」が放って置く訳がないのであります」

「それはオレが「仮装舞踏会」を退けるほどの力を持っているからだ。「頂の座ヘカテー」と「嵐蹄フェコルー」を倒した事は知っているだろう。お前達ごと倒したからな」

 

「貴方は何時も安全な位置に居るのであります。それが私達に情報を渡したように、「仮装舞踏会」へ情報を流したからだとすれば……」

「ゴチャゴチャと面倒臭い奴だな。つまり、お前は収まりが付かないんだろ? 大切に育てた炎髪灼眼が死んで、八つ当たりしたいんだろ? 我慢するなら我慢する、我慢できないのなら掛かって来い」

 

「私は……」

 

 すると「万条の仕手」は仮面を被る。表情を隠す仮面で、その心を隠した。まるで自分を見ているようで嫌になる。きっと無表情なオレに「万条の仕手」も同じ事を思っているのだろう。泣けば良かった。叫べば良かった。それでも世界を壊す訳にはいかないから我慢していた。心を押し殺していた……だが、本当に我慢する必要はあったのか? 世界を壊しても良かったんじゃないか?

 

「来いよ、臆病者。仮面<ペルソナ>なんて捨ててかかってこい」

 

 「万条の仕手」がオレに襲いかかる。白い帯がオレに触れて弾かれる。それだけで十分だった。次の瞬間、白い帯と共に「万条の仕手」はパシャンと弾けた。血や肉を溶かしたような液体が地面に落ちる。やがて桜色の炎が噴き上がり、この世から液体は消えた。「万条の仕手」と契約していた「夢幻の冠帯」は顕現しなかったか……。

 

「どうして……平井さん! 殺す事なんてなかったじゃないか! ちゃんと話し合えば……!」

 

 坂井悠二がショックを受けている。そうか……フレイムヘイズが死んでもオレは何とも思わないのだがな。綺麗とも汚いとも思わない。ただの肉を溶かした液体だった。オレにとっては何の価値もない、遠回しの自殺だ。きっと坂井悠二は「万条の仕手」や「炎髪灼眼の討ち手」と一緒に敵と戦って共感していたのだろう。大変だな。彩飄フィレスも坂井悠二もとい「零時迷子」を庇って死んだのかも知れない。大切な零時迷子に変な自在式が打ち込まれるのを、フィレスが見過ごす事はないだろう。

 そういえば、ここに居るのはオレと坂井悠二だけだ。「弔詞の詠み手」は塩になって死んだ。「炎髪灼眼の討ち手」は捨て身の技を使って死んだ。「万条の仕手」はスープになって死んだ。いつの間にやら、こちら側のフレイムヘイズは一人も残っていない。坂井悠二の側にいるのは、ただの人間であるオレだけだ。

 

 

 あーあ、みーんな死んじゃった




▼『昼行燈』さんの感想を受けて、彩飄フィレスの死に様を追記しました。
 彩飄フィレスも坂井悠二もとい「零時迷子」を庇って死んだのかも知れない。大切な零時迷子に変な自在式が打ち込まれるのを、フィレスが見過ごす事はないだろう。


間違い探しコーナー 提供:あんころ餅さん
オレの言う事は効かないのに→オレの言う事は聞かないのに
なんで坂井悠二の言う事は効くんだ?→なんで坂井悠二の言う事は聞くんだ? 
平井さんが止まる予定だった→平井さんが泊まる予定だった

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