【完結】坂井悠二の恋人ヒライ=サン【転生】   作:器物転生

3 / 7
【あらすじ】
平井ゆかりが坂井悠二に、
秘密で知識を提供した結果、
即座に身バレしました。


狩人フリアグネ (下)

 化け物に関する情報を、平井さんは知り過ぎていた。おまけに紅蓮の少女の暗殺疑惑まで浮上している。敵と繋がっている可能性が高いと、紅蓮の少女は考えていた。戦場となっていた公園から学校へ戻り、平井さんを呼び出す。学校へ戻ってきた僕と紅蓮の少女の姿を見ると、「げっ」と平井さんは呟いた。

 そして僕達は校舎裏にいる。僕の時と同じように、紅蓮の少女は平井さんに刃を向けた。すると平井さんから、妙な圧力を感じるようになる。気のせいとは言えないほど物理的な圧力を持っていて、僕は立っていられないほど気分が悪くなった。紅蓮の少女も顔を歪めていたけれど、ちゃんと立っている。これは平井さんが……?

 

「これを書いたのは、お前?」

「ああ、オレだ」

 

「答えなさい。お前はフリアグネの協力者なの?」

「自分の街を消滅させようとしている奴の、味方な訳がないだろう」

 

「じゃあ、なぜ「拳銃型の宝具でフレイムヘイズを攻撃させれば自動的に勝てる」なんて書いてあるのかしら?」

「奴の切り札は、トリガーハッピーという名の拳銃型宝具だ。これは契約している王を強制的に覚醒させる。通常のフレイムヘイズは王の覚醒によって器が崩壊するだろう。しかし、今代の「炎髪灼眼の討ち手」ならば、「天壌の劫火アラストール」を収めるに足る器であると判断した」

 

「どう思う、アラストール?」

『ふむ、貴様は外界宿(アウトロー)の構成員か?』

 

「違うな。オレは、ただの人間だ」

 

 なんて平井さんは言うけれど、平井さんから感じる圧力が「ただの人間」である事を否定している。その気配のようなものは少しずつ強くなって、僕を苦しめていた。頭の中身を掻き回されるような痛みが、無数に聞こえる悲鳴の幻聴が、虫が肌を這いずるような感覚が僕の意識を侵して行く。

 

『貴様のような人間がいるものか』

「アラストール、これは斬ってもいいの?」

 

 イライラしている紅蓮の少女は、平井さんを斬りたいらしい。おそらく、この苦しみから早く解放されたいのだろう。それに異議を唱えたい僕だったけれど、もはや呼吸するだけでも苦しかった。心臓が重く感じる。体の内側から押し潰されそうだ。そんな中、平気な顔で立っている平井さんが元凶である事は、誰が見ても明らかな事だった。

 

「――止めておけ、死人が出る」

 

 紅蓮の少女の殺気に応じるように、謎の圧力が高まる。僕はパクパクと口を開閉した。空気を吸えない。呼吸ができない。そうしてパニックに陥った僕は、陸に上げられた魚のようだった。ジタバタと無様に地面を這って、もがき苦しむ。もはや僕には、自分の心臓の鼓動しか聞こえなくなった。

 

【表】

 

 私の暗殺を指示した人間を呼び出す。そいつに贄殿遮那(にえとののしゃな)を突き付けると、さっそく本性を露わにした。おぞましい気配が辺りに広がって、近くにいたミステスが倒れ伏す。私は立っていられない程ではないけれど、これに長くさらされていれば戦闘に支障が出る。

 

「違うな。オレは、ただの人間だ」

 

 戯れ言だ。これほど、おぞましい気配を放つものが人間であるはずがない。こいつよりも紅世の王と相対している方が、まだ楽だ。何らかの宝具を使って、正体を隠している紅世の王なのかも知れない。そうであれば、この余裕の態度も納得できる。とにかく、早く、斬ってしまおう。そうすれば分かる。

 

『貴様のような人間がいるものか』

「アラストール、これは斬ってもいいの?」

 

「――止めておけ、死人が出る」

 

 私が殺意を向けた瞬間、おぞましい気配が強まった。近くにいたミステスは地面を這いずっている。もはや、これ以上は耐え切れない。目の前にいる人間は、紅世の徒に相当すると判断して私は封絶を張った。でも、その封絶は人間に触れた瞬間、甲高い音と共に砕け散る。

 

「封絶を弾いた!?」

 

 私は相手の攻撃に備える。でも、人間は動かなかった。その場から一歩も動かず、おぞましい気配を周囲に振り撒いている。私は贄殿遮那(にえとののしゃな)で人間を斬り捨てようと試みた。でも、人間に当たる直前で、贄殿遮那(にえとののしゃな)の刀身が消える。虹色の光に纏わり付かれ、刀身が崩れて行く。

 

「そんな!」

『刀を手放すのだ!』

 

 贄殿遮那(にえとののしゃな)は力の干渉を受け付けない。そのはずなのに刀身が、虹色の光に食われて行った。やがて柄まで飲み込まれ、この世から贄殿遮那は消滅する。贄殿遮那は私がフレイムヘイズになった日に、私と共に歩む事を決めた宝具だった。それを奪われて、私は激昂する。

 

「おまえェー!」

『不用意に近寄るべきではない!』

 

「落ち着け。オレに危害を加えない限り、そちらを害する気はない」

 

 ふてぶてしく、遥かな高みから見下すように人間は言う。アラストールの止める声も聞かず、カチンと来た私は怒りに身を任せていた。体の中で煮えたぎる熱い思いを、手の内に収束させる。それは炎の剣となった。アラストールと契約してから、初めて扱えた炎に喜ぶ間もなく、その炎の剣を人間に叩き付ける。

 すると虹色の光が広がった。爆発して、辺り一面に広がる。私が後方へ跳ぶと、虹色の光が追ってきた。あの性質の悪い虹色を見ていると、同じ色の炎を持っていた「シロ」を思い出して不快な気持ちになる。虹色の光は校舎に触れると、贄殿遮那と同じように消し去った。封絶の展開は妨害されているから、このままでは大騒ぎになってしまう。

 

「ムカつく、ムカつく、ムカつく!」

『虎の尾を踏んでしまったようだな』

 

 でも、しばらく逃げ回っていると虹色の光は治まった。だから戻ってみると、人間がミステスの側にいる。地面に膝をついて、気絶しているミステスを抱きかかえていた。その様子は無防備で、今この瞬間を狙えば人間を倒せるように見える。でも、アラストールに止められた。

 

『あの人間は、今は捨て置いた方が良いだろう。人間との戦いで消耗すれば、紅世の王であるフリアグネとの戦いに支障が出る』

「そう……アラストールが、そう言うのなら」

 

 人間に気付かれない内に、私は立ち去る。虹色の光に抉られた校舎の一部が、大きな音を立てて崩れ落ちた。その衝撃で地震のように大地が揺れる。慌てて校舎から飛び出す人間達が見えた。その様を見て私は思う。あの人間は他の人間達とは違う。私が今まで出会った事がない、不可解な生き物だった。

 

【裏】

 

 バレるの速過ぎィ! 坂井悠二にはガッカリだよ! おかしい。オレの記憶通りの坂井悠二ならば、達者な口でチビジャリを丸め込めるはずだ。坂井悠二の主人公補正は、どこにいった? そしてチビジャリはオレの危ぶんでいた通りに、でかい刀をオレに突き付ける。

 おい、やめろ、どうなっても知らんぞー! 刃物を向けられるなんて、生まれてから初めての経験だ。包丁で指を切った事はあったけれど、その時は包丁が消滅した。自動迎撃機能の一部が反撃を始め、チビジャリの向ける敵意を押し返すように威圧する。すると近くにいた坂井悠二が巻き沿えになってダウンした。あー、ごめん。

 

『貴様のような人間がいるものか』

「アラストール、これは斬ってもいいの?」

 

「――止めておけ、死人が出る」

 

 物騒な発言を、オレは慌てて遮る。無表情だから分からないと思うけど、これでも焦ってるんだ。チビジャリの殺気に反応した迎撃機能が、反撃として殺気を返す。すると。坂井悠二が口から泡を吹きながらビクンビクンと跳ね始めた。なんだか死にそうだけど大丈夫か?

 

「封絶!」

 

 チビジャリが封絶を張る。結界のようなものだ。「リリカルなのは」的に言うと封時結界な。火線が地面を走り、そして、オレに触れると「パリィン」という音ともに砕け散った。それに一番驚いたのはオレだろう。まさか封絶を弾くとは思わなかった。自動迎撃機能さんは、もっと休んでもいいのよ。

 それで止めれば良いのに、チビジャリは刀を振り回しながらオレに迫ってくる。すると、その刀はオレを包む虹色の光に飲み込まれて消滅した。あの刀ってRPGで例えるなら「売買できない貴重品に相当するシナリオ的にも重要な武器」だったと思うけど……オレは「止めておけ」って事前に警告したからな!

 

「おまえェー!」

『不用意に近寄るべきではない!』

 

「落ち着け。オレに危害を加えない限り、そちらを害する気はない」

 

 紅世の王の忠告も聞かず、チビジャリは飛びかかってくる。主人公終了のお知らせーと思ったけれど、なんとチビジャリは炎の剣を作り出した。たしかチビジャリは「天壌の劫火アラストールのフレイムヘイズ」であるにも関わらず、炎を扱えなかったはずだ。贄殿遮那を失った事が、そんなにショックだったのか。

 その炎の剣をチビジャリは、オレに叩き付ける。しかし、虹色の光を突破するには至らなかった。反撃として虹色の光が溢れる。辺り一面に広がって、校舎を抉り削った。近くの教室に人が居なかったのは不幸中の幸いだろう……それは兎も角、あのチビジャリ、坂井悠二を見捨てやがったー!

 坂井悠二は地面に倒れたままだ。運の良い事に、虹色の光に飲み込まれてはいない。光と光の間に、上手い具合に転がっていた……いや、虹色の光が避けているのか? その光景を不思議に思ったけれど、とにかく一秒でも早く止まるように脳内で命じる。これで制御できるとは思っていないけれど。

 しかし、オレの予想に反して虹色の光は引く。ずるずるとオレの中に戻っていた。それで分かったけれど、これは触手だ。光の集まりに見えたけど、ちゃんと形はあったらしい。オレは気絶している坂井悠二に近寄り、その身を抱き起こす。重い頭が「くてん」となったので、手で支えてやった。無駄に可愛くて困る。

 やれやれ面倒な事になった。封絶が張れていなかったため校舎は直せない。壊れた校舎に気付いた人々が、こちらに駆け寄ってくる。チビジャリは逃げやがった。でも、ここは逃げるよりも、被害者を装った方が良いだろう。脆くなった校舎が崩れ落ちて、オレと坂井悠二は間一髪助かった訳だ。えっ、その崩れ落ちたはずの瓦礫は何処にあるのかって? 知らんがな。

 

【表】

 

 「僕は授業を無断欠席し、校舎裏で平井さんとイチャイチャしていた」という事になっているらしい。校舎の一部が消失して大騒ぎになっている横で、僕と平井さんは教師の説教を受けていた。でも、すぐに教師が不調を訴え、説教は中断される。それが何度も続いたおかげで、僕と平井さんは早目に解放された。

 

「燃える単眼が宙に浮き、世界は終焉を迎える! 見よ! 空が、空が縮む! おお、潰される! 融けてしまう! いやだ、熱い熱い! 冷たくて熱い!」

「近藤先生が病気ー!」

 

「平井さん、なにかした?」

「さーな」

 

 その翌日、また紅蓮の少女が僕を待ち伏せしていた。平井さんの言った「都喰らい」の可能性が高いので、トーチを潰して回るらしい。「平井さんは信用に値しないけれど、都喰らいに関しては一理ある」と紅世の王は言っていた。「それなら平井さん自身も信用してくれないかな」と思ったけれど、昨日の有り様を見る限り無理だろう。

 そうしてトーチを潰し歩いていると、化け物のボスが現れる。狩人フリアグネだ。そいつは僕を誘拐して、紅蓮の少女を誘き寄せる。平井さんが言っていた通り、「火除けの効果がある指輪」をフリアグネは装着しているらしくて、紅蓮の少女が扱う炎の剣は効かない。つまり、転生の自在式が仕込まれているのは、あの指輪で確定した。なんとしてもフリアグネを倒して、あの指輪を手に入れなければならない。僕が消滅する前に。

 

「後ろ! 蹴りだ!」

 

 フリアグネは手下を爆破する「ハンドベル」で、紅蓮の少女を攻撃していた。その爆破の鼓動を、紅蓮の少女は感じ取れないらしい。そこで僕は鼓動の位置を、紅蓮の少女に教える。状況が大きく変わったのは、フリアグネの側にいた人形が自爆してからだろう。ボロボロになりながらも紅蓮の少女はフリアグネに跳び付き、「ハンドベル」を持っていた左腕を捻り取った。そうしてコロコロと転がってきた指輪を僕はキャッチする。一方、「ハンドベル」は紅蓮の少女によって踏み潰されていた。

 

「壊れてしまえ!! 全て! 全て!! 全てェェェー!!」

 

 僕から存在の力を奪い、フリアグネが拳銃を紅蓮の少女に向ける。撃たれた紅蓮の少女は、ビルの屋上から落ちて行った。しかし、ビルの向こうから紅蓮の巨人が顔を出す。その吐息にフリアグネは飲まれ、灰塵と化した。こうして戦いは終わる。でも、フリアグネに存在の力を奪われたせいで、すでに僕の体は透けていた。

 

「早く、転生の自在式を……どうすれば起動できる……!?」

『無駄だ。フリアグネが都喰らいを図っていたように、転生の自在式を起動するためには、途方もない存在の力が必要になる』

 

 紅蓮の巨人アラストールの死刑宣告は、僕を絶望に叩き落とした。もはや時間がない。これから存在の力を集めるには時間が足りない。そもそも、どうやって存在の力を集めるというのか。討滅された狩人フリアグネのように、都喰らいを起こすしかない。そんな事は出来なかった。

 平井さんは、どうするつもりだったのだろう? 最後と思って考えたのは、家族の事でも、紅蓮の少女の事でもなく、平井さんの事だった。平井さんから告白を受けたのは、たったの2日前だ。この3日間の間に、いろんな事があった。最後に一目で良いから、平井さんに会いたかった。

 

「……あれ?」

 

 でも、0時を越えると共に、透けていた僕の体は元に戻った。トーチであるのは変わらないけれど、今すぐ消滅する心配はない。紅蓮の少女によると、僕の中にある宝具は「零時迷子」という物らしい。一日の間に失った存在の力を回復する宝具だ。おかげで僕は、日常に戻る事ができた。

 

『これで会うのは最後かも知れないし、言っておくぞ。化け物共の目的は、トーチに仕込んだ爆弾を爆発させて、御崎市を崩壊させる事だ。その起点となるハンドベル型の宝具を破壊すれば発動は止められる。あとは作戦が失敗した化け物に、拳銃型の宝具でフレイムヘイズを攻撃させれば自動的に勝てる。火除けの効果がある指輪型の宝具は、人間に戻るための転生の自在式が仕込まれているから確保しておけ』

 

 結局、平井さんの言う通りになった。そのことに紅蓮の少女は不満そうだ。少なくともウソは言ってなかったとして、平井さんの処分は保留にするらしい。たぶん紅蓮の少女が、平井さんに関わりたくないだけなんじゃないかな。また平井さんに刃を向けて、生きて帰れるとは思えない。そこで僕は、ふと気付いた。

 

 

「転生の自在式が仕込まれているから確保しておけ」とは書いてあったけど

「転生の自在式で人間に戻れる」とは書かれてなかったなぁ……。




▼『ぜんとりっくす』さんのメッセージを受けて、「光の光の間」→「光と光の間」な件に気付いたので修正しました。
 「光の光の間に、上手い具合に転がっていた」→「光と光の間に上手い具合に転がっていた」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。