機動戦艦ナデシコ ~The Prince of darkness~ II ― 傀儡の見る『夢』―   作:you.

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第四話【アイツの『名前』】

 暗い……くらい

 ここはどこ?

 ふわふわして

 暖かくて

 

「……ちゃん。……リちゃん!」

 

 なんだろう? 何か聞こえる……

 

「ルリちゃん! おーい、ルリちゃん」

 

 え?

 

「どうしたの、ルリちゃん」

 

 カイト、さん?

 

「そんな幽霊でも見るような目して、僕のこと忘れちゃった?」

 

 そんなはずがない

 忘れるはずがない

 忘れられるはずがない

 

 あなたがいない世界

 永遠にも思える三年間

 あなたを想い続けてきたのだから

 

 あなたの声

 あなたの髪

 あなたの瞳

 

 信じられないくらい

 全てあの時のまま……

 

 涙があふれる。頭が真っ白になる。胸が締め付けられる

 苦しい……! 苦しい……! 苦しい……! 嬉しい!

 

「ルリちゃん」

 

 今すぐあなたに抱きつきたい

 頭をなでて欲しい

「今までよくがんばった」と、褒めて欲しい

 

 山ほど伝えたいことがある

 ユキナさんと仲良くなったこと

 ミナトさんに料理を教わったこと

 一人暮らしをはじめたこと

 お気に入りのマグカップのこと

 頼もしい仲間ができたこと

 

 だけど、身体が動かない。動いてくれない

 自分の身体が自分のものじゃないみたいな感覚

 緊張で、喉はカラカラに渇いて

 手足はなぜか、小さく震えて

 言わなくちゃ……言わなくちゃ……!!

 

「あいた、かったです」

 

 言えた……!

 

「あいたかったです、カイトさん」

 

 あなたが目の前にいる。それだけで、想い続けた時が報われた気がした

 あなたが生きていてくれる。それだけで、恋焦がれた時が報われた気がした

 

「僕もだよ。また逢えて、すごく嬉しいよ」

「わたしも……! わたしもです」

 

 涙がどんどんあふれて止まらない

 カイトさんの姿が涙で見えなくなるのがイヤで、両手の項で目じりをぬぐう

 

「わたしも、あえてうれしいです……」

「ルリちゃん」

 

 体中にカイトさんのぬくもりを感じる

 抱きしめられている

 

「ルリちゃんは泣き虫だね。そんな子にはお仕置きだよ」

 

 カイトさんの体が離れて

 かわりに顔が近づいて

 私は目を閉じて

 そこに全神経を集中させた

 

「……」

 

 でも、いつまで待ってもその感触は来ない

 かわりに気配がしたのは耳元

 

 どうして……?

 

「ルリ」

「あ……」

 

 耳に優しく息がかかる

 そして……

 愛しい人の、声が聞こえた

 

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

 

    機動戦艦ナデシコ

 ~The Prince of darkness Ⅱ~

   ― 傀儡の見る夢 ―

 

       第四話

   【 アイツの『名前』】

 

 

 

 

「っ!」

 

 自分の声で目が覚める。

 ゆっくりと体を起こし、軽く頭を振る。周りを見渡すと、そこは一面白色で統一された部屋であった。いつもと違うベッドと枕元のボタン。そして腕に通っている管が、ここは病院だとルリに理解させた。

 カーテンが下りた薄暗い部屋の中、壁の時計を見る。時刻はAM9:00。

 

 コン、コン。

 

 ドアが叩かれる。叩いた主は、返事はないものと思い込んでいたのか、ルリが答える前に部屋に入って来た。

 そして、上半身だけ起こしたルリと目が合う。

 

「……」

「……」

「……どうも」

「あ、うん。こちらこそ……じゃなくて! やっと起きたんだ」

 

 ノックの主、白鳥ユキナは持っていたカバンを下ろした。

 

「よかった~!ま、とりあえず……ちょっと暗いから明かり入れるね~」

 

 お日様こんにちは~!、とカーテンを開け放つユキナ。

 部屋に差し込む陽光。その柔らかな光に照らされたルリは、少し目を細めた。

 それに気付いたユキナは、カーテンを半分だけ閉める。

 

「どうも」

「ん」

 

 満足そうに頷くユキナ。しかしその表情はすぐに驚きに変わり、パチパチと目を瞬いてその顔をルリに近づけた。

 

「? ルリ、泣いてたの?」

 

 そのユキナの一言で、ルリは初めて自分の頬が濡れていることに気付く。

 

「いえ」

「ふぅん……」

 

 ユキナはベッドの隣にあった椅子に腰掛け、話し始めた。

 

「なんかアンタ、気絶してここに運び込まれたんだって」

「気絶、ですか」

「うん。詳しくは機密だなんだで教えてもらえなかったけど、極度の緊張で疲れが一気に出たんじゃないかって」

 

 ルリは空ろな記憶を辿る。確かにアマテラス宙域の攻防の後、宇宙軍の増援が到着した辺りから記憶が曖昧だ。

 

「別に怪我とかなかったからとりあえず様子見よう、ってことになったんだって。それから丸一日ぐっすり眠ってたのよ」

 

 ルリが運び込まれたって聞いたときはビックリしたよ、と微笑んで話すユキナ。

 

「みんなお見舞いに行くってうるさかったんだけど、病院に大勢で行くのは非常識だ、ってミナトさんがね。で、あたし代表」

 

 自分を指差し、にっ、と白い歯を見せるユキナ。その笑顔に、ルリの少し気分が落ち着いてくる。

 

「でも、どうやらあたしが一番乗りじゃなかったみたいね」

 

 と、テーブルの上の花瓶に生けられた……というか、生けられないほど大量の花と、ピラミッド型に重ねられた巨大な果物の山に目を向ける。呆れた表情をしているが、口元は笑っていた。

 

「よかった、軍にもいいお友達がいるみたいで」

「はい」

 

 まるで自分のことのように嬉しそうに呟くユキナ。その様子を見てルリは、この人と友達でよかったとあらためて思う。

 

「にしても気絶ってアンタ。なにしたの? 頭でも打った? どれどれ~?」

 

 ベッドに乗り、両手でルリの頭を無遠慮に撫で回すユキナ。ルリは少し迷惑そうな視線を向けるが、抵抗はしない。

 

「別にどこも打ってないです。あ、勝手に髪をお団子にしないでください」

「だぁって~、ルリが髪の毛おろしてるとこ久々に見たんだもん」

「別にめずらしいもんじゃないです。……みつあみもダメです」

「ちぇ! てか、アンタ相変わらず髪つやっつやねぇ。これで特別なことしてないって、世の女子高生を敵に回してるわね……」

 

 しぶしぶベッドから降りるユキナ。くしゃくしゃになった髪を整えるルリ。

 椅子に座りなおしたユキナはもう一度たずねた。

 

「で?なんだったの? 宇宙でなんかあったんでしょ? 新たな敵? ゲキガンガー的展開?」

「カイトさんに、会いました」

「ふ~ん……は?」

 

 予想外のルリの一言に、思わず声が上ずるユキナ。

 

「……ちょ、ちょっと、もう一回言って? 最近耳が悪くなったのかな~、よく聞こえない」

「カイトさんに……会いました」

「…………」

 

 空耳でないことを認識したユキナは、急にマジメな顔になる。そして鼻と鼻がふれあうほどルリに顔を近づけた。

 

「アンタ、ルリ……それはまずいよ。死者が見えちゃってるよ。連れて行かれちゃうよ」

「……」

「ルリ。死んだ人は帰ってこないの。ルリがアイツのこと本当に大事に想ってるのはわかってる、でもそっちに行ってはいけないの。その川を渡ってしまうとね」「そんな三途の川的なものじゃないです。気絶する前です」

「そ、そう」

 

 ハッキリとしたつっこみに少しドモるユキナ。椅子に座り直し、ルリと視線を合わせる。

 嘘を言っている目ではない。ゴクリ、と喉を鳴らすユキナ。

 

「ホ、ホントに……?」

「はい」

 

 ドサッ!とベッドの上、ルリの足の上に突っ伏すユキナ。

 はぁ~、と大きく息を吐く。体中の酸素を一旦外に出し、体を起こして大きく空気を吸って。

 

「アイツ、生きてたんだぁ」

「……はい」

 

 静かになる室内。風がカーテンを揺らす。

 しばらくその静かな時を二人で過ごした。

 やがて、頭を整理し終えたユキナが口を開く。

 

「それで? ってゆーかどこで会ったのよぉ? ナデシコは戦闘中だったの?」

「……」

「あ、わかった! ナデシコのピンチに颯爽と現れて『君を助けるために来た!』とか」「殺してやると言われました」

「え?」

 

 いつもの表情でユキナを見つめるルリ。しかしその瞳には、いつもの輝きはなかった。壊れたラジオのように、もう一度繰り返す。

 

「殺してやると、言われました」

「な……なんで……?」

 

 うろたえるユキナに、ルリはポツポツと話し始める。

 

「アマテラスに……アキトさんが……ボソンジャンプで、急に現われて……カイトさんが……敵に……」

 

 それは断片的過ぎて内容の分かる話ではなかった。ルリ自身、何を喋っているかきっと理解していないだろう。

 ユキナはベッドに座り直すと、ルリをやさしく抱きしめた。身を任せるルリ。

 

「アキトさんも、ユリカさんもいて」

「うん」

「カイトさんが……」

「うん」

「私、引き止めたかったのに……」

「うん」

「また……いなくなっちゃう……!」

「大丈夫。だいじょうぶだよ、ルリ」

 

 ルリの頭を自分の胸に抱き、包み込むユキナ。

 ユキナの身体にしがみつくルリ。小さく、震えていた。

 強く、もっと強くその背を抱く。

 その悲しみを、少しでも癒せるように。

 

 二人は、親友だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネルガル重工本社、会長室。

 アキトは部屋の主を待っていた。ラピスはユーチャリスの調整で、一時別行動だ。

 

(静かだな)

 

 高層にあるからだろうか。雑音は一切なく、微かに流れるBGMが心地いい。

 しかし同時に、その静かな空間はアキトに過去の記憶を蘇らせる。

 火星の後継者はアキトから全てを奪っていった。

 

 幸せな未来。

 穏やかなる日常。

 友達。

 

 愛する人。

 

(でも、俺は今ここにいる)

 

 火星の後継者のモルモットとして使われていた自分。

 ネルガルのシークレットサービスに助け出されていなかったら、今も実験材料に使われていただろう。もしくは、彼女と共に……

 

(……ミカズチ)

 

 自分を救ってくれた男の、もう1つの名前を思う。

 

 

 火星の後継者の研究施設で決行された、アキトとユリカの救出作戦。

 ネルガルにとっての想定外は2つ。

 

 1つは、直前に敵に情報が漏れ、ミスマル・ユリカが急遽別の場所に移送されていたこと。

 もう1つは、カザマ・カイトが同じ施設に存在していたことだ。

 

 カイトは動ける状態にあり、意識もハッキリとしていた。ユリカの移送情報をシークレットサービスにもたらしたのは、実験に参加していた彼であった。本来であれば、後継者の施設にいた見知らぬ男のうわ言だと黙殺されるはずだった。幸運だったのは、「ゴート・ホーリー」が救出作戦に参加していたことだ。ゴートは一瞬戸惑いながらもカイトの情報を信じ、作戦目標をアキトの救出のみに変更したのだ。彼がいなければユリカ捜索で行動が遅れ、アキト奪還すら成らなかったであろう。アキトの命を救ったのは、元ナデシコクルーの絆の一つだった。

 

 救出作戦に協力を申し出るカイト。

 ゴートはカイトの状況について話を聞いていた。

 プラントで眠っていたカイトは、後継者側の何者かに連れ去られたこと。

 アキトとユリカを人質にとられ、実験に協力させられていたこと。

 二人の現状は聞かされておらず、ひたすらに無事を祈って日々を過ごしていたこと。

 

 作戦の終盤、脱出まで後一歩のところで、後継者側に追い詰められるシークレットサービス。銃口が向けられる。その凶弾からゴート達を護ったのは、またもカイトであった。

 彼は『代替出来ない実験材料』である己の身体を盾に使ったのだ。

 

 そして、ネルガルシークレットサービスの救出作戦は苦渋を味わう結果となった。

 

 作戦目標:ミスマル・ユリカ、テンカワ・アキト 両名の救出

 作戦結果:救出   1名

      救出失敗 2名

 

 意識を取り戻したアキトが聞いたのはここまでだ。その話を伝えている時のゴートの表情を、アキトはよく覚えている。悔しさではなく、怒りではなく、悲しみでもない。己の無力を呪う、そんな表情だった。

 アキトは拳を握り締める。その拳を自分に打ち付けたい衝動に駆られた。

 

(いや、やめよう)

 

 そんなことは過去に何度もやった。その行為が何も生まない事はとっくに判っている。

 深呼吸をし、ソファに座り直す。部屋の主はまだ訪れない。

 ふと、今別行動をとっている少女のことを思う。

 

(整備班と上手くやれているだろうか……)

 

 アキト以外との会話が不得手な彼女を少し心配する。目を閉じると、少女……ラピスとの出会いがアキトの頭に浮かんだ。

 

 

 アキトは療養中に、それまでの全てを聞いた。

 ヒサゴプラン、反地球連合、ボソンジャンプの生体実験、A級ジャンパーの誘拐、イネス・フレサンジュの偽装死。

 

 ……迂闊に手を出せないということ。

 

 度重なる実験で五感の殆どを失っていたアキトの心の寄る辺は復讐のみであった。ただ復讐の為に生き、戦い、その身と精神をすり減らして行った。その生活が後もう少し続いていたら、恐らくアキトは壊れていただろう。だが、先の見えない暗闇にいたアキトに、その日一筋の光が差し込む。

 ある研究施設への襲撃。

 その施設は後継者側が厳重に隠していた場所であり、重要な何かを管理しているものと推測された。そこにはユリカの姿はなかったが、ネルガルの施設から攫われた試験体が1人保護された。

 

『ラピス・ラズリ』

 

 アキトが救出したその少女は、恩人たるアキトによく懐いた。アキトも、どこか懐かしい雰囲気を持つその少女をよく見舞った。ラピスの体力が回復してきたある日、ネルガルがアキトのサポートをラピスに依頼し、ラピスはそれをすんなりと受け入れた。当のアキトはそれに反対したが、彼女の意思は想像していたよりもずっと固く、最終的に「無理をしない範囲で」とアキトが折れることとなった。

 

 その後紆余曲折があり、ラピスはアキトにとってなくてはならない存在となった。五感の問題はあるが、彼女のサポートで常人とほぼ変わらぬ生活が出来ている。

 

 そんなラピスに、アキトはよく質問をした。彼女の過去に関する質問だ。

 彼女はネルガルの研究所で生まれた。その研究所が、火星の後継者の隠密部隊である北辰達に襲撃を受け攫われた。目的は遺伝子操作を受けた試験体と地球側の研究の奪取。襲撃後の研究所は、それは悲惨な光景だったらしい。その一部始終を見ていたショックからだろうか、度重なる実験の副作用だろうか……彼女の記憶は非常に曖昧であり、それを留めておくことがうまく出来ない。記憶が飛んでしまうのだ。それは十分前の記憶であったり、一年前であったりまちまちだが、救出以前の記憶はほとんど全滅していた。だから、彼女に過去の事を聞くと決まってこう答えるのだ。

 

 ”覚えていない”と。

 

 過去を聞く度、少し辛そうな顔をするラピス。しかしその『思い出す』という行為が、記憶欠如からの回復に繋がるらしい。だからアキトは質問をやめない。彼女に少しでも恩返しをしたいのだ。しかし、1つ不思議なことがあった。彼女がいたネルガルの研究所では、試験体を番号で呼称していたという。それは後継者の施設でも同じであった。その1番の理由は、試験体に情を移さず管理する為だ。

 

 彼女に名前はなかった。

 

 だが救出されたとき 『ラピス・ラズリ』 という名前は、彼女自らが名乗ったというのだ。研究所の誰かが名付けたのだろうか?それとも単にその言葉をどこかで聞いて、記憶をしていただけだろうか?そればかりは、アキトがどんなに推測しても答えの出ない問題であった。確実に言える事は、彼女が覚えていたということは、よほど強く印象に残っていたことだったのだろう。

 今では滅多にそんなことはないが、当初彼女の記憶は頻繁に飛んでしまっていた。先程まで会話をしていた彼女が突然傍を離れ、『あなたはだれ』と怯えるのだ。人の名前を忘れるなど日常茶飯事であり、自分がどこにいるかが分からなくなることもあった。

 

 しかし、自分の名前だけは、ただの一度も忘れたことはなかった。

 

 ある日アキトは、自分の名前が好きか?とラピスに尋ねたことがあった。

「すき」

 と答えが返ってきた。

 何故で好きなのか?と尋ねた。

「覚えていない」

 と答えが返ってきた。

 

 答えはいつもと同じだったが、その時のラピスはどこか嬉しそうに見えた。

 

 プシュ!!

 

 静寂がドアが開く音で搔き消され、アキトの意識は思い出の世界から現実へと戻ってくる。

 待ち人、アカツキ・ナガレと、ツキオミ・ゲンイチロウが顔を出した。

 

「やぁやぁ、お待たせしちゃったねぇ」

「御託はいい……さっさと用件を言え」

「おお怖い。ツキオミ君」

「はっ。北辰が地球に来ている」

「……!!」

「狙いはA級ジャンパー……貴様だ、テンカワ・アキト」

「上等だ」

「そこで貴様をエサに使い、奴らをおびき寄せる。待ち伏せ場所は霊園だ」

「なぜ」

「街中では一般人に危害が及ぶ」

「墓なら無駄に人はいない。見渡しもいい。隠れる場所も十分にある……か」

「そういうことだ。日もフレサンジュ博士の三回忌に合わせた。不自然なところもない」

「ああ」

「貴様の服装は不自然だがな。まぁ、喪服に見えないこともない」

「……」

「ま、そんなとこだね。ツキオミ君、もう下がっていいよ」

「……御意」

 

 一礼すると、そのまま部屋を出てゆくツキオミ。

 アカツキはアキトの正面にドカッと腰を下ろすと、腕を組み話し始めた。

 

「さて、そっちも聞きたいことがあるって顔だね。名無し君のことかな」

「あの機体に乗っているのはアイツだ」

「そうか。君がそう言うならそうなんだろうね」

「ああ。だが……」

「だが、別人のようだった……と」

「……ああ。何か情報は?」

「未だあの日以来は情報なし。探ってはいるんだけどねぇ……どーにもこーにも。ま、普通に洗脳じゃないの」

「ミカズチ」

「ん?なんだい」

「ミカズチ。アイツのもう一つの名前らしい。それでも探りを入れてみてくれ」

「了解。人使い荒いねぇ、君も。仮にも僕は会長だよ? っと、どこに行くんだい?」

 

 席を立ち、廊下に出ようとするアキトにアカツキは訊ねる。

 

「サレナの様子を見てくる」

「そうかい。……テンカワ君」

「?」

「気張るのは勝手だけど、もっとリラックスしてみたらどうだい?どんな刃も、研ぎ過ぎれば容易く折れるものだよ。たまには笑うくらいの余裕を見せた方がいいと僕は思うね」

「……ああ」

 

 アカツキを一瞥すると、何も言わず部屋を出るアキト。

 

「やれやれ、僕も甘いねぇ」

 

 アカツキはつぶやくと、ソファに横になり天井を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ルリ、落ち着いた?」

「……はい。すみません、ご迷惑おかけしました」

「全然迷惑なんかじゃないよ。もう、大丈夫みたいね」

 

 やさしく声をかけるユキナ。その腕の中のルリの震えはもう止まっていた。

 

「正直、ワケ分からないことだらけだよ。アキトさんとユリカさんが生きてて、アイツも生きてて」

「……」

「アイツは敵で、みんなの事忘れてるみたいで、ナデシコを襲ってきて」

「……」

「でも」

 

 ユキナの言葉に顔を上げるルリ。その瞳をまっすぐ見つめるユキナ。

 

「アンタが生きてて、カイトが生きてたんなら、まずはそれでいいじゃない!」

「あ……」

「気になることがあるんだったら、今度会った時にでも聞けばいいのよ!『その態度はなんだー!』って」

「ふふ」

「それに……アンタの気持ちは、変わってないんでしょ?」

「はい」

 

 ルリはハッキリと答える。

 その目にはもう悲しみはなく、強い決意だけがあった。

 ユキナはその表情を見て、ルリの頭をゆっくりと何度か撫でる。そして両手でクシャクシャっとその髪をかき乱した。

 

「うん。その気持ちがあれば大丈夫! 昔から言うでしょ? ドキドキ恋する乙女は無敵って!」

 

 身体を離し、ベッドから降りるユキナ。置いてあったカバンを持ち上げると、中からファッション雑誌を取り出し、髪を整えるルリに渡す。

 

「これお見舞い! ヒマしていたら読みなさい! じゃ、そろそろ帰るね。もうすぐ部活だし」

「はい」

「大丈夫! チャンスはいくらでもあるんだから! 生きてさえいれば……ね」

「ユキナさん……」

 

 少しうつむいた後、すぐに顔を上げる。そしてVサイン。

 

「がんばれ! ホシノルリ!!」

 

 そう言い残して、ユキナは病室を出て行った。

 

「わっ! 廊下を走らないでくださーい!!」

「ご、ゴメンなさ~い!」

 

 廊下から何か聞こえた。

 

(ありがとうございます。ユキナさん)

 

 ふとテーブルの隅のコミュニケが目に付いた。なんとなく手に取る。

 

(あ、着信履歴……)

 

 そこには仲間の名前があった。たくさん、たくさん、みんなの名前があった。中でも『マキビ・ハリ』と表示された名前は、着信の実に五割を占めていた。そして、大量のマキビ・ハリの後に入っている名前は必ず『タカスギ・サブロウタ』だった。

 ルリはその名前の主に連絡を入れた。どうしても、伝えたいことがあって。

 

 ピ!

 

「こんにちは」

《ぶほぉ!!??》

《おわぁ!! 吐きやがったコイツ!!》

《ごほ! ごほぉ!! ……はぁ、はぁ……か、かんちょう!?》

《おいおい……ハデに飛び散ったな》

 

 どうやら二人は食事中だったらしい。遅めの朝食だ。

 

《よかった~!! 目が覚めたんですね!!》

《艦長、元気そうでなによりです。あとハーリー、鼻から麺出てるぞ》

《そーゆーことはもっと早く言ってください!!!》

《いや、狙ってるのかと思ってな》

《そんなワケないでしょぉ~!!》

 

 いつも通りの二人漫才を見ていると、ルリの口元に自然に笑みがこぼれた。

 

《お前、艦長に笑われてるぞ》

《えええええー!! そんなぁぁぁぁぁ!!!》

 

 そして伝えた。満面の笑みで。

 

「ありがとうございます。ハーリー君、サブロウタさん」

 

 今を生きている。今でも想っている。

 3年間抑えてきた想いがある。3年前は言えなかったわがままがある。

 絶対に直接会って、必ず「あの言葉」を言ってやる。

 だから……

 

 ポカンとする2人の前で、ルリは誓った。

 

「私、負けません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「進捗は以上です」

「分かった。行くぞ、ラピス」

 

 先の戦闘で大破したサレナ。その修理状況を確認すると、俺はじっとその様子を見ていたラピスに声をかけた。

 二人並んで暗い通路を歩く。どこまでも続く長い道。足音以外何も聞こえない。その時、不意にラピスが口を開いた。

 

「今……この前の事考えてた?」

 

 横から上目使いに俺を見上げるラピス。

 いきなりで何のことだか分からなかったが、アマテラス襲撃のことだと理解する。

 

「ああ」

「昨日、思い出したの」

「なにを」

「わたし……会ったことある」

「?だれと」

「あの……金色の機体に乗っていたヒト」

「……!!」

 

 歩みを止め、ラピスを見る。

 ラピスが過去を語るのは、ここに来て初めてだろう。静かに繰り返す。

 

「あのヒトに会ったことある。わたし、あのヒトの顔……覚えてる」

 

 こちらに向き直すラピス。とても綺麗な瞳をしていた。嘘を言っている目ではない。

 

(一体どこで……?)

 

 しかし直ぐに思い当たる。

 セキュリティが強固であった、あの火星の後継者の実験施設。そこ以外には有り得ないと。

 

「ラピス、アイツは……」

 

 詳しく聞き出そうとしたが、途中で言葉に詰まる。

 施設での事はラピスにとってトラウマだ。確かに過去の質問をラピスにしてきたが、常に施設のことは避けながら慎重に行ってきた。

 施設で実験体同士が顔を合わせる出来事。それは恐らくラピスにとって辛い記憶の1つなのではないか?

 

「あのヒトは……」

「ラピス」

 

 話を切ろうとラピスの肩に手を置いた時だった。

 それは最後まで、『アイツ』が『アイツ』で在り続けた証だった。

 

 

「わたしに名前をくれたヒト」

 

「……!」

 

 

 その時、頭の中で何かがはじけた気がした。

 

「名前がないのは呼びにくいって、『わたし』をはじめて呼んでくれたヒト」

 

 そうか……そうだったのか。

 

「いつもわたしに話しかけてくれたヒト」

 

 瑠璃石の名を持つ、『あの子』と似た雰囲気を持つ少女。

 

「あのヒトがいなかったら、きっとわたしダメになっていた」

 

 懐かしいと感じたその名は、偶然なんかではなかったのだ。

 

「痛いこともいっぱいされたけど、負けるなって言われたから、がんばった」

 

 きっとアイツはラピスを救い、ラピスに救われていたのだろう。

 今の俺の様に。

 

「ラピス・ラズリ。いい響き……わたし、とても気に入った」

「ああ」

 

 ラピスを救ってくれてありがとう。

 次は俺がお前を救う番だ。

 ユリカの為に、あの子の為に。

 

「? アキト、泣いてる」

「まさか、そんなことないさ」

「ううん。泣いてる」

「……あ」

 

 もう流れないと思った涙が流れていた。

 口に入ったその液体が少し……ほんの少しだけ、『しょっぱい』と思ったのは気のせいだろうか。

 

「!……これで、泣いてないだろ?」

 

 バイザーを外し、涙をぐいっと腕で拭う。片膝を地面に突いて、ラピスと視線を合わせた。

 マジマジと見つめてくるラピス。

 

「うん。わたし、あのヒトの名前、教えてもらった」

「ああ」

「……」

「ラピス?」

 

 目の前のラピスの表情が、一目で分かる程悲しそうに変わる。

 

「……覚えてない。どうして、わたし……」

「……」

「忘れないって、約束したのに。何度も教えてもらったのに」

 

 どうして、と繰り返し呟くラピス。

 涙も流さず泣いているラピスの両肩を、やさしく包み込む。

 

「忘れてしまっても、また記憶すればいい。何度でも思い出せばいいんだ」

「……うん」

「よし。いい子だ」

 

 何度か頭を撫でると、ラピスの顔から悲しみが消えた。

 それを確認すると、もう一度ラピスの瞳を見詰める。

 

「教えてアキト、あのヒトの名前」

「ああ。よく聞くんだぞ」

 

 今の俺は、きっと上手く笑えているだろう。

 

 

 

 

「アイツの名前は……」

 

 

 

 

 To Be Continued.




※あとがき※
こんにちは、youです。

ご都合主義だと笑わば笑え!
設定違いはご愛嬌。長い上に説明くさい。
コロコロ場面が変わる為、誰視点なのか分かり難い。
それでもよろしければ、今後もお付き合いください。

※誤字・脱字報告、感想お待ち致しております※

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