機動戦艦ナデシコ ~The Prince of darkness~ II ― 傀儡の見る『夢』― 作:you.
(ユリカ……)
第八番ターミナルコロニー『シラヒメ』宙域。アキトはそこにいた。
ネルガル諜報部がもたらした情報により、ユリカの所在が判明。敵に先手をうたせぬ為、迅速に作戦を開始した。ネルガルの情報操作により防衛戦力を分断。ユーチャリスの通信遮断による混乱に乗じて、ブラックサレナがボソンジャンプで侵入。テンカワ・ユリカの奪還を狙う。
作戦通り、戦力は薄い。思わず口の端を吊り上げるアキト。
瞬間、加速するブラックサレナ。その漆黒の鎧が宇宙の闇に溶け込み、立ち塞がるステルンクーゲルをディストーションフィールドで蹴散らした。
《アキト》
ラピスからの通信。抑揚のない声と共に、目標ポイントがウインドウに表示される。
更に加速するブラックサレナ、目標付近へと突っ込む。
《フィールド出力最大》
響く轟音。フィールド任せで強引にコロニーの障壁を突破する。機体に走る衝撃、崩れ去る壁。
しかし既にユリカはそこにおらず、代わりに在ったのは七匹の鬼。
「……!」
迷いなくハンドカノンを発射するが、鬼達の跳躍はそれよりも早かった。七匹のボソンジャンプと同時に、シラヒメに仕掛けられていた爆弾が爆発する。
崩れ去る、コロニーシラヒメの中で佇むブラックサレナ。爆発により発生した炎が、その黒い機体を赤く照らしている。
ギリ、と奥歯を噛みしめるアキト。バイザーに隠れてその表情は読み取れない。顔を照らすは炎の色か、憎しみの色か。
《アキト、跳べる》
「……ああ」
◆
シラヒメ宙域に再度ボソンアウトするブラックサレナ。
「ラピス、アカツキに伝言を。『作戦失敗』と」
《……了解》
静寂に包まれるブラックサレナのコックピット。アキトはただ呆然と前方を見つめる。
その視線の先、爆発を続けるシラヒメ。
(……ッ)
ドンッ!!!
コンソールに拳を叩き付ける。その鈍い痛みが、また取り戻せなかったという現実をアキトに突きつけた。全身が、発光する。
ラピスからの通信が入る。
《地球連合宇宙軍第三艦隊の戦艦、アマリリス確認……墜とす?》
「いや、手は出さない」
帰投する、とラピスに伝えようと口を開いた、その時だった。
《前方、ボース粒子増大》
「……なに?」
身構えるアキト。目の前に形成されるジャンプフィールド。
徐々に「それ」が姿を現す。
(何だ……?)
その色、黄金。
完全に姿を現したその人型の機体は、なにをするでもなく、ただその場にいた。シラヒメの爆発に照らされたそれは、より一層光り輝いて見える。まるで宇宙に浮かぶ、星の一つのように。
―――静寂。
何故なのか?
アキトの脳裏をふと懐かしい顔がよぎった。自身でもその疑問に答えを出せず、一言呟く。
「お前なのか……?」
アキトの問いには答えず、黄金は再び跳んだ。
「! ……」
《アキト、アマリリスが近い》
「ああ。今の機体の映像は?」
《ジャミングが酷い。ある程度なら解析できると思う》
「十分だ。帰投する」
漆黒もまた、その姿を闇に消した。
機動戦艦ナデシコ
~The Prince of darkness Ⅱ~
― 傀儡の見る夢 ―
第一話
【幽霊ロボット『二機』】
「「「幽霊ロボット……ですか?」」」
三人の声が重なる。
「そう。ひゅ~どろどろ~……の幽霊」
コウイチロウが手で幽霊の真似をしながら三人を見渡す。
苦笑するサブロウタとハーリー。
「ははは……はぁ。あの、最近テレビでやってるやつですよね?」
ハーリーが気を利かせ、その場を取り繕う。
コウイチロウは腕を下げると、再び椅子に座った。
「そう。先日のシラヒメの襲撃事件、知ってるね?」
「はい」
ルリが頷く。
手を顎の前に組み、話し始めるコウイチロウ。
「そのとき丁度アオイ君も近くにいてね、シラヒメの負傷者の救助をしていた時、見たんだって…… 幽 霊 ロ ボ ッ ト」
ただでさえ野太い声をさらに太くして言う。……怖い話風に。
「それも二体も」
「二体……ですか」
ルリは初めて聞く情報に首を傾げる。
「うむ。黒いロボットと金のロボットだったそうだ。黒い方は全高約八メートル程。単体でのボソンジャンプが可能で、なんかギザギザとしていたらしい」
「もう一方は?」
「単体でのボソンジャンプが可能」
「……それだけですか?」
「うむ。アオイ君の話によるとレーダーにもセンサーにも映らなかったらしい」
「そんなことありえるんですか?」
「ち ょ う 強力なジャマーでも使っていれば、ありえなくはない」
やたらと「ちょう」を強調してルリに答える。
「……で?結局俺たちは、何をすればいいんでしょうか?」
ボケっと話を聞いていたサブロウタが、気怠そうに声を出す。連合宇宙軍総司令の前で、その態度はどうなのか。
「君たちにはこれまで襲われたコロニーを統括する、ヒサゴプランの中枢へ向かってもらいたい。シラヒメの事件の際に、ボソンの異常増大が確認されていたからね、その調査に向かって欲しい。周りのコロニーに影響が出たら大変だ」
「……で、ホントのところは?」
「見えないところで色々やっちゃってるみたいだから、ぜ~んぶ情報盗んできて」
「了解しました!ガス漏れ検査ってことにしときましょう!」
先程とは打って変わって、気合の入った声で敬礼するサブロウタ。その笑顔は標的を見つけた、いたずらっ子のそれだ。すぐ横で、呆れた目をして見上げているハーリーの肩を叩く。
「……がんばれよハーリー」
「えええぇ!? ボクがやるんですかぁ~!?」
「そんなんあたりまえだろ」
「となると、目的の場所は……」
二人のやり取りが終わるのを確認してから、ルリが訪ねる。
コウイチロウはもったいつけて一呼吸おき、そして三人に告げた。
「アマテラスだ」
◆
「なんか変な任務ですねー、艦長」
三人で廊下を歩いていると、ハーリーがそんなことを言い出した。
「なにが?」
「だって、いるかもわからない幽霊ロボットの調査ですよ? 別にボクらじゃなくても……」
「いいじゃねーかハーリー、面白そうじゃねーかよ。ゴーストバスターズなんてよ」
「サブロウタさんは適当過ぎます!! だいたい……!」
いつも通りサブロウタにつっかかるハーリーと、いつも通りそれをスルーするサブロウタ。
そんな二人のやり取りを、ルリは微笑ましく見つめていた。
(今日も二人は元気ですよ。明日また、宇宙に上がります。カイトさん)
宇宙に上がることをカイトに報告する。
あれから――ルリがカイトを失った日から――約二年が経った。
彼と過ごした日々よりずっと長い時が過ぎ、人も環境も全てが移り変わった。しかし、変わらないものもある。人の絆、そして想いだ。この二年間、ルリが彼を想わない日は一日たりともなかった。十六歳に成長した今でも、はっきりと言えるのだ。
彼のことを愛している、と。
彼を想うだけで胸が高鳴る。嬉しくて、切なくて、悲しくて、でも心地いい。
「あれ? 艦長なに笑ってるんですか?」
「……私、笑ってた?」
たとえ、二度と逢えないとしても。
「笑ってましたよ! ボクがサブロウタさんにいじめられるのがそんなに面白いんですか!? 艦長ひどい!」
「まぁまぁ、落ち着けよハーリー」
「サブロウタさんのせいでしょ!?」
「宇宙に上る前にご飯食べに行きましょう」
「艦長の言うとおりですよ! ご飯を……って、ええ!? いきなり!? 艦長話聞いていました!? ボク、サブロウタさんにいじめられているんですよ!?」
「俺、中華の気分なんすけど、艦長はどうです?」
「サブロウタさんまで!? ……二人共、もう知りません!!」
ずんずん早足で先に進んでいくハーリー。
笑いを堪え、それを追いかけるサブロウタ。
(……あの二人が、今の私の家族です。カイトさん)
ルリはもう一度微笑むと、少しだけ歩くペースを上げた。
◆
アキトが部屋に入ると、足を組みソファに腰掛けたスーツの男が出迎えた。男はテーブルの上に用意されていた熱いコーヒーを一口飲むと、余裕のある笑みを浮かべる。
「……座ったらどうだい? 君はよくてもその子がかわいそうだろ?」
入室してからずっと入り口に立ちつくしているアキトに声をかける。
『その子』とは、アキトの隣から動かない少女、ラピスラズリのことであろう。
「ああ」
アキトが座り、ラピスも座る。沈み込むその柔らかさが、ソファの高級さを伺わせた。その弾力に少し楽しそうなラピスを一瞥し、アキトは問う。
「話とはなんだ、アカツキ」
「ああ。遺跡ユニット……ユリカ君だけどね、見つかったよ」
部屋の主、アカツキ・ナガレはさらりとそんなことを言う。
一瞬の戸惑いの後、アキトのナノマシーンパターンがうっすらと輝く。
「どこだ」
「ヒサゴプランの中心、アマテラス……と、待ちたまえよテンカワ君」
場所を聞くがいなや、部屋を出て行こうとする二人を引き止めるアカツキ。
「……なんだ」
「まだサレナとユーチャリスの調整は終わっていないよ」
「わかっている……少し、動きたいだけだ」
「やれやれ、そういうところは昔のままなんだけどねぇ」
ふぅ、とため息をもらすアカツキ。
その様子をじっと見ていたアキトが訪ねる。
「ん? どうしたんだい?」
「一つ、気になることがある」
◆
一人部屋に残るアカツキ。コミュニケをONにする。
「エリナ君」
《はい、会長》
間髪いれず通信に答える辺り、流石は仕事の鬼、エリナである。
「作業の進み具合は?」
《大体は終わりました。しかし、ジャンプユニットに異常が見つかり思った以上に難航しています》
「了解。彼女の情報は?」
《依然、あれ以上の情報は入ってきていません》
「あーそう。じゃ、引き続き収集を頼むよ、有能な会長秘書さん」
《はいはい……おだてても何も出ないわよ。用はそれだけかしら?》
「いや、あともう一つ。こっちが本題」
《?》
アカツキの表情が険しくなる。
「『彼』の情報はどうだい?」
《……いえ、あの時から一切情報がありません》
エリナもまた表情を硬くし、報告を繰り返す。
「テンカワ君がシラヒメで彼らしき姿を確認したそうだ。ラピス君が情報を回してくれる」
《……》
「ホントかどうかはわからないけど、一応ね。……彼の情報ランクをSSSに」
《……了解しました》
コミュニケが切れると、前かがみになっていた体をソファに預けるアカツキ。深く深呼吸をする。
「さーて、アマテラス……どうなることやら」
テーブルの上のコーヒーは、既に冷めていた。
◆
(暗い……ここはどこ?)
戦っていた
闇の中、戦っていた
それは疾く、何者もその姿を捉えることが出来ない
色は、黄金
宇宙を切り裂く、一筋の雷
その閃光に触れたものは、戦艦だろうが人型だろうが砕け散った
阿鼻叫喚
人と鉄との亡骸の中心で、「彼」はつぶやいた
「わかったよ……イツキ……」
「!?」
バッ!
跳ねるように体を起こし、辺りを見渡す。
薄暗いが、いつもと何も変わらない部屋が視界に広がった。カーテンがふわりと舞い、優しい風と共に光が差し込む。
(ゆめ……?)
枕元に置いてあるお気に入りの猫の時計を見る。遠く、スズメの鳴き声が聞こえた。
(まだ五時)
「んん~!」
両手を上に伸ばし、小さく伸びをする。朝、この瞬間は嫌いじゃない。ふと胸に手を当てると、パジャマが少し濡れている。汗をかいていることに気付くと、ベッドから降りてバスルームへ向かった。
パジャマを脱いで中に入ると、早速シャワーを浴び始める。
(きもちいい)
ひんやりとした水で汗をおとしながら、さっき見た夢を思い出してみた。
(なんか……イヤな夢だったな……)
シャワーを浴び終えバスタオルで体を包むと、鏡の前に座りドライヤーで髪を乾かす。
(髪が長いから大変)
髪の短い人はちょっとは楽なのかな。そんなことを考える。
部屋に戻り、私服に着替えた。テキパキと必要なものだけをまとめると、時計を見る。
(まだ早いかな。あ、でもたまには外で朝食もいいかも)
髪を二つに結い、バッグを肩に提げて準備完了。靴を履き、もう一度部屋を見る。視線の先には白い帽子と、四人が映った写真。その写真の中の青年に、軽く微笑む。
(行ってきます、カイトさん)
ドアが開くと、陽光と気持ちのいい風がルリの頬を撫でる。目を細め、両手を太陽にかざすルリ。そのまま大きく深呼吸をする。
(そういえば、さっきのイヤな夢。どんな夢だっけ)
部屋のロックを確認し、歩き出した頃には既にルリの興味は朝食に移っていた。
◆
「『アレ』の次の出撃、決まったんですってね?」
「うーん、決まったのはいいんだけどねぇ……」
白衣の男が二人話している。広い空間だからか、声がよく響く。
「なにか問題でも?」
「彼は気分屋だからねぇ、ちゃんと動いてくれるか……前回なんか何もしないで終わっちゃったし」
「大丈夫ですよ、今回は周りに有り余るくらいの『エサ』があるんですから」
「ま、やってみればわかるか」
「ええ」
そう言うと二人、ヤマサキ・ヨシオとその助手であるカトウ・シンジは、目の前に鎮座する黄金色の機体を見上げた。
「……にしても色、派手すぎません?」
◆
ピッ!
狭いコックピットにウインドウが開く。
《貴様の次の任務が決まった。コロニーアマテラスでの宇宙軍、並びに統合軍の殲滅である》
ノイズ混じりの声が響いてくる
《我々の声明の後、単機で次元跳躍、戦闘行動を続けるものを排除しつつ……》
「はい」
《……遺跡を跳ばすまでの時間稼ぎをするのだ! わかったな!?》
「はい」
《……チッ、薄気味悪いガキだ》
「はい」
ウインドウが閉じる。
黄金色の機体の中、全身を無数のコードで繋がれたその男は、
操り人形のようになった自分の体を一瞥すると、
「…………………………」
ゆっくりと口の端を吊り上げた。
To Be Continued
※あとがき※
こんにちは、youです。
読み辛い文章は全力で直していきたいという心構えは常に小脇に携帯しております。
次回 第二話【Nightmare 『Black』】
※誤字・脱字報告、感想お待ち致しております※