機動戦艦ナデシコ ~The Prince of darkness~ II ― 傀儡の見る『夢』―   作:you.

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【プロローグ 後編】

 人が通り過ぎる

 

 頭を下げる

 

 人が通り過ぎる

 

 頭を下げる

 

 人が通り過ぎる

 

 頭を下げる

 

 

 

 

 お坊さんが 長い 永い お経を読んでいる

 

 今日

 

 先日のシャトル事故で亡くなった

 

 テンカワ夫妻のお葬式が

 

 予定通り行われた

 

 わたしは

 

 ユリカさんのお父さん

 

 ミスマル・コウイチロウさんにお願いして

 

 親族側につかせてもらった

 

 線香の薫る場内

 

 白黒の幕

 

 花で飾られた場内

 

 黙祷を終えた人がまた一人

 

 目の前を通り過ぎる

 

 いったい なにを祈ってきたの?

 

 あの

 

 中身のない

 

 四角い木の箱の前で……

 

 

 また一人

 

 

 人が通り過ぎる

 

 

 

 

【プロローグ 後編】

 

 

 

 

「がらららら、ただいまー!」

 

 ミナトの借家の引き戸を開け、ユキナはつぶやいた。相変わらず擬音を口に出す癖は治っていないようだ。まだ夕方だが、部屋は薄暗い。

 

「暗いわね……ぱち……っと」

「おかえりなさい」

「!?」

 

 照明のスイッチを入れるユキナ。居間の真ん中にルリがいたことに驚く。

 

「……びっくりした~! あんた、電気くらいつけなさいよね!」

「……すみません」

「はぁ、暗いわねぇ……」

「すみません、暗いところも嫌いじゃないので」

(部屋じゃなくてあんたのことを言ったのよ……)

 

 畳の上にきちんと正座して、ぼ~っとテレビを見始めたルリの横を通り過ぎるユキナ。冷蔵庫からポットを取り出し、冷たい麦茶をコップに注ぐ。少なくなったそれを見て、また作らなきゃ、などど考える。

 

「あんたも飲む?」

「いいえ。のど、乾いてませんから」

「あっそ」

 

 ユキナはグイと麦茶を飲み干すと、ルリに視線を戻す。

 あの事故の後、ルリはミナトに引き取られた。

 テンカワ夫妻に引き取られた後も、常にルリを気遣っていた彼女にまかせるのが一番だ、と皆から判断されたからだ。ミナトに断る理由はなかった。もちろん、一緒に住んでいるユキナにも。

 

(まぁ……『暗くなるな! 元気出せ!』っていってもムリだよねぇ……あたしもあの時そうだったし。あたしじゃ、力になれないのかなぁ)

 

 ふとユキナの頭に、強く優しかった兄の笑顔が浮かぶ。その表情に、少し勇気が湧いた。

 覚悟を決めて、無表情でお笑い番組を視聴しているルリの隣に腰を下ろす。

 

(でも、何も言わないよりはマシだよね!)

 

 さっそくなにか元気の出る話題を振ってみることにする。

 

「ねぇルリ?」

 

 同じ家で暮らす家族になった日から、『ルリちゃん』から『ルリ』へと呼び方を変えた。 

 

「なんですか? ユキナさん」

「うん、あのさぁ~」

「はい」

「……いや、あのね」

「はい」

「…………」

「……?」

 

 いざ話すとなると、共通の話題が少ないことに気付くユキナ。

 

「……ぴんちね」

「?」

 

 思わぬ伏兵の登場により、ユキナの『ルリを元気付けよう大作戦』は早くも終局を迎えていた。

 

(あー! どうしよう!! いつもならミナトおねえちゃんがいるから話題には困らないのに~!! 早く帰ってきてよおねえちゃん!)

 

 ミナトは夕飯の買出しでスーパーに寄っており、少し遅れて帰ってくることになっていた。彼女曰く『美味しいものをおなかいっぱい食べれば、元気が出る』だそうだ。

 

(だけど今は美味しいものより話題が欲しい・・・)

 

 しばらく考えた後、たまたまそこに置いてあった新聞に話題を求めるユキナであった。

 

「ほ、ほらぁ! これ見てよ! 『あの人気格闘ゲーム! -ファイティングカンジス-新作導入!』だって! 今度対戦しにいこ!」

「……はぁ」

 

 やけくそで、書いてある見出しを片っ端から読み上げてゆくユキナ。

 

「なになに……『○×証券、株価暴落』! ぺら……『火星圏で謎の電波受信』! ふむふむ……『地球内でのテロ、相次ぐ』! う~ん、悪人って減らないものよねぇ……次は……」

 

 そしていつの間にか当初の目的を忘れ、自分が新聞に見入ってしまう。

 

「ふむふむ……」

「…………」

 

 取り残されたルリ。テレビに視線を戻す。相変わらず、興味をそそるような番組はやってなかった。

 

(今日はもう……寝ようかな……)

 

 スッと立ち上がり、居間をあとにしようとした、その時だった。

 

「ぺら……『木星プラント、謎の爆発』ぅ? も~、なんでもかんでも謎、謎って~! わかってから報道しなさいよ! まったく」

 

 ぞわ……

 

 ルリの背中に悪寒が走った。

 先ほどのユキナの言葉を思い返す。

 

 ― 木星プラント ―

 

 ― 爆発 ―

 

「!!」

 

 パッと振り向くと急いでユキナの隣に座り、その新聞を強引に奪い取るルリ。

 

「え?え?なになに!?」

 

 突如横から現れた手にそれを奪われ、おたおたするユキナ。

 奪ったルリは、もてる神経の全てをその記事に集中させる。

 

 ドクン

 

 ― 先日発見された、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体、通称「木連」の大規模兵器工場であるとされる木星プラントから、最近まで起動していたと見られる反応が検出された ―

 

 ドクン……ドクン

 

 ― その原因調査のため、急遽調査団が結成、2組に分けて派遣された。しかし…… ―

 

 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン

 

 ― ……しかし、調査団1班のシャトルが着陸した瞬間、爆発。シャトルとプラントは跡形もなく消え去ってしまった ―

 

 ドクン……

 

 ― 跡形もなく ―

 

 ドクン!!

 

 ― 消え去って ―

 

「……っ!」

 

 ルリの手から新聞がこぼれ落ちる。

 

「え? ルリ……?」

 

 ゆら…と、音もなく立ち上がったルリを見上げるユキナ。薄暗い部屋のせいか、ルリの表情が読み取れない。

 

「だ、大丈夫?」

 

 声をかけるユキナの横を無言で歩き出すルリ。玄関で靴を履き、何も言わずに家を出る。

 

「え? 外に行くの……? でももう夜……」

 

 淀みのない、いつも通り過ぎるその動きにユキナの行動が遅れた。一人になった部屋で、今更ながらルリの異質さに気付く。慌てて立ち上がり、ダッシュで部屋を出るユキナ。

 

「ちょ、ちょっと待ってルリ!」

 

 開けっ放しだった玄関の敷居をまたいだところで何か柔らかいものにぶつかる。

 

「わぷ!!」

「わっ! ……と、ユキナちゃん?あんた靴も履かずに……」

「ミナトおねえちゃん!!」

 

 両手に買い物袋をさげたミナトに抱きつくユキナ。

 

「おねえちゃん!! ルリみなかった!?」

「え? ルリルリ? 見てないけど……どうかしたの?」

「飛び出していっちゃったの!!」

「え!? なんで!?」

「わかんない!! ……あ」

「なに!?」

「……新聞」

「え?」

 

 そうだ!と手を打って、居間に落ちている新聞を指差す。

 

「あの新聞読んでから、ルリ、急にボーっとしちゃって……!」

「! あの新聞ね」

 

 居間に落ちていたそれを手に取り記事に目を通す。欲しい記事はすぐに見つかった。

 

 ― ……跡形もなく消え去ってしまった。この事故により調査団1班全員が死亡した。

 事故の原因は「施設の自己防衛機能の起動」であると予測されている。 ―

 

 その下は、くしゃくしゃで読めなくなっていた。

 

「……カイト君……ルリルリ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 どうやってここに来たのだろう。

 タクシーを拾ったのか、電車に揺られてきたのか。とにかく、わたしが気付いたときには、もうこの川原にいた。銭湯の帰り道、よくあの人と話をした、この川原に。

 まだ鮮明に覚えている。あの時もこんな静かな夜だった。満月がきれいで、川に映った星達がキラキラとゆれていて、川の音に二人で耳を澄ませていた。

 

 

 

 

 -もしそれが……-

 -とても辛い、悲しい記憶だとしたらどうですか?-

 -それでも、思い出したいですか?-

 

 あの人は少し俯いて、でもすぐに顔を上げて。まっすぐに、わたしを見つめて。

 

 -それでも、思い出したいよ-

 

 微笑んで、そう言った。

 胸の鼓動が高鳴り、頬が一気に熱くなった。

 

 

 

 

(わたし……どうすれば……)

 

 思い出から現実に戻ったわたしは、体育座りをしていたひざの間に顔をうずめた。

 あの事故の日から、目を閉じるといつも家族の顔が脳裏に浮かぶようになった。

 アキトさん、ユリカさん、そしてカイトさん。わたしの記憶の中の三人は、いつも悲しそうな顔をしている。きっと一人になったわたしを見て、可哀想だと思っているのだろう。その表情を見る度、わたしの気持ちも沈んでいった。

 

「ひとりに……なっちゃいました」

 

 口に出すと、更に寂しさが襲ってきた。

 ……もう、いっそこのまま、冷たい川の深くへと。

 わたしは自暴自棄になって立ち上がった。

 ……でも。

 

 

 

 

「ひとりじゃないよ」

 

 

 

 

 その時わたしを包んだのは。

 

「ひとりじゃないよ、あたし達がいるよ……ルリ」

 

 川の冷たさではなく。

 

「そうよ、ルリルリ」

 

 人の、温かさだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユキナさん、ミナトさん……」

「はぁ~。それ、付けててくれてよかったよ……」

 

 ユキナがルリの腕のコミュニケを指し、そのまま体に抱きついた。

 

「え……?」

「プロスさんに協力してもらったのよ?」

 

 少し後ろにいたミナトが、ユキナとルリ、二人の肩を抱く。

 

「あの……?」

「もう!心配させないの!ルリルリ!」

 

 ミナトがルリを叱る。でもその声は優しかった。

 

「ユキナなんて心配し過ぎて泣いちゃってるんだから」

「泣いてなんか……ないわよぉ……!」

 

 ミナトに反論するユキナ。

 いつの間にか、ルリを抱く腕が、体が震えていた。よく見ると目が赤い。涙の跡も見える。

 

「……すみません」

「謝るんじゃないわよぉ……!」

 

 ユキナが鼻声で続ける。

 

「もっと頼ってよぉ……! あたし達、『家族』でしょ!?」

「……!!」

 

 ユキナの言葉に、ルリの視界がぼやける。

 微笑むミナト。

 

「やっと泣いてくれた」

「ミナトさん……?」

 

 ミナトの言葉で、自分が泣いていることに気付くルリ。

 急いで目元を拭おうとする手をそっと握るミナト。

 涙は流れ続ける。

 

「あの……?」

「ルリルリ、お葬式の時も泣いてなかったでしょ。涙ってのはね、感情の塊なの。とっても重いものなのよ。溜めて溜めて……持てなくなったら必ず溢れるものなの。ずっと溜めたままだと、その重さで気持ちが深く深く沈んじゃう。さっきのルリルリみたいにね。だから……」

 

 ミナトの手のひらが、ルリの頭をそっと撫でる。

 

「おもいっきり、泣いていいんだよ?」

 

 その言葉を聞いたのはいつだったか。

 

「―――っ! ……ぅ……!!」

 

 ルリは泣いた。おもいっきり泣いた。それを見ていたユキナも泣いた。ミナトもきっと泣いていただろう。

 

 みんなで泣いて、そして笑った。

 

 

 

 

 今、ホシノ・ルリの記憶の中の三人は笑っている。

 その表情を思い出すだけで、ルリは少しだけ幸せな気持ちになれるのだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「すみませんなぁ、博士。『彼ら』がさらわれてしまいましてねぇ……あなたの身も危険なので『死んで』もらわなければいけないのですよ」

 

 男の声が響く。

 

「すまないことは、もう少しすまなそうに言って欲しいものね」

 

 女の声が響く。

 

「これが性分でして、はい」

「ええ。わかってるわ」

「それはそれは……ん? なにを読まれてるんです?」

「新聞よ」

「紙媒体とはまた……」

「あら?たまにはいいものよ。いっつもディスプレイばっかり見ていても飽きちゃうでしょ」

「そういうものでしょうかねぇ」

「さて……っと」

 

 座っていたソファに新聞を投げ出し、立ち上がる。

 

「それじゃ、『死にに』行きましょ」

「はい。ではエスコートいたします」

 

 暗闇へと溶ける二人。

 女は死への道を歩きながら、先ほど読んだ新聞の記事を思い出していた。

 

 

 

 

 ― ……事故の原因は「施設の自己防衛機能の起動」であると予測されている。 ―

 ― だが確証は無く、爆発の原因は未だ不明。 ―

 ― さらに、現場付近で観測されたボソン反応や ―

 ― 検出された微量のレトロスペクト反応の原因も…… ―

 

 

 

 

    機動戦艦ナデシコ

 ~The Prince of darkness Ⅱ~

   ― 傀儡の見る夢 ―

 

 

 

 

 ― 未だ不明である ―

 

 

 

 

 To Be Continued




※あとがき※
こんにちは、youです。
非常に加筆修正が多い回です。
次回から時間軸が劇場版に変わります。
よろしければまたお付き合いください。
ではでは。

※誤字・脱字報告、感想お待ち致しております※

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