機動戦艦ナデシコ ~The Prince of darkness~ II ― 傀儡の見る『夢』― 作:you.
「本当にここまででいいのですか、ルリさん?」
車から降り、曇りのない夜空を見上げている少女に、プロスペクターが囁く。
「はい、ありがとうございました」
ルリは一度会釈をすると、そのままスッと夜の闇へと溶けていった。
自分も車から降り、その後姿を目で追う。
「ちゃんと家に帰ってくださいよー!……うーむ。危ういですねぇ」
車に乗り込み、キーを回すと、心地のよいエンジン音が聞こえてきた。そのままアクセルを踏み込み、顎に指を添え考える。
(無理もありませんな)
しばらく無心で車を走らせる。景色の色が緑色から灰色へと変わってゆく。街の灯りが線となり通り過ぎ、消える。ふと、先ほどのルリの言葉が浮かぶ。
『少し……歩きたいんです……』
愛する者を失った悲しみ。それは失った者にしか判らないだろう。もし、それを少しでも癒せるものがあるとすれば。
(そうですな、ルリさんは「自分で話す」と仰ってましたが……。それに彼女らにも辛いことを伝えなければなりませんが……『家族』ならばきっと)
コミュニケへと視線を移す。
「すみませんが、お節介を焼かせていただきます。頼みましたよ2人共」
ピ!
そして、かつての艦長へとコールを。
機動戦艦ナデシコ
~The Prince of darkness Ⅱ~
― 傀儡の見る夢 ―
【プロローグ 中編】
近所の公園。もう人気もなくなったその場所を、ルリは一人歩いていた。
とぼとぼ……
ユキナならきっとそんな擬音を口走っただろう。
聞こえるのは虫の音。見えるのは僅かな家の灯り。そんな灯りを見ていると急に寂しくなり、涙が滲んでくる。
(……)
唇をぎゅっと噛む。滲んできたものを手の甲で拭い、ずんずん歩いた。涙の跡があれば、2人に心配をかけてしまう。その小さな公園を抜けるまで、ルリはずんずん歩き続けた。
そして、どのくらい歩いただろう。懐かしいアパートが見えてくる。テンカワ家の窓には、何故か暖簾が掛けてあった。ルリは今にも壊れそうなその古いアパートの階段を上る。ぎしぎしと、足場が音を立てる。
(なんて伝えよう……カイトさんは、もう帰ってこないんだってこと)
部屋に近づくにつれ、だんだんと足取りが重くなるのを感じた。
(やっぱり、今日はミナトさんのところに……)
そんな考えを頭を振って打ち消す。
(しっかり、伝えなくちゃ……)
がちゃり
最後の一段を上ると同時に、少し離れた戸が開く。
びっくりして、立ち止まるルリ。
開いた戸から巨大な門松が…いや、巨大な門松を抱えた女性が出てくる。
「これは……ここっと。うんうん!ばっちり!」
狭い玄関前にその門松を置き、満足げにうなずく女性。
(ユリカ……さん)
ユリカを確認した瞬間、力が抜ける。持っていた荷物は重力のまま地面に落下した。その音に、ユリカも首をかしげるようにこちらを向く。
パー……フー……
「……」
「……」
遠くで豆腐屋のラッパの音が聞こえる。
無言で見つめ合う二人。
「ルリ……ちゃん?」
「あ……」
「やっぱりルリちゃんだー!!」
勢い良くルリに抱きつくユリカ。
「ルリちゃんおかえりー! うわー! ホントにルリちゃんだー! おかえりー! ルリちゃん!」
しつこいほどに「ルリちゃん!」と「おかえりー!」を繰り返し、やたらと頬振りをしてくるユリカ。ルリは、胸と目頭が再び熱くなるのを感じた。そしてもう一度同じ言葉を繰り返し発したユリカは、いつも隣にいたはずの「彼」のことを尋ねる。
「それで、カイト君は?」と。
「カイトさんは……」
「ん? 聞こえないよ、ルリちゃん?」
「カイト……さんは……」
言おうと決めていた。言えるハズだった。
「カイト……さん……は……」
あの時は言えた。今また言えないはずはない。
「カイト……さん……」
だめだ、泣いてはいけない。ナデシコでは耐えられた。だから、今度も。
「え? え? ど、どうしたの、ルリちゃん?」
なのにどうして、出て欲しいのは言葉なのに。どうして涙ばかりが出そうになるのか。
がちゃ!!
「ユリカ! カイトが!!」
再び戸が開きアキトが飛び出してきた。すぐに二人の姿を見つける。
「どうしたの?」と目で問うユリカ。
その瞳に少しうつむき、そして真っ直ぐユリカを見つめる。それだけで、ユリカはすべてを理解した。
カイトはもう、帰ってこないのだと。
「ルリちゃん…! 辛いね…! 悲しいね…!!」
ぎゅっと、強く。
強くルリを抱きしめるユリカ。
ユリカの目からも、ボロボロと涙が零れ落ちる。
「ごめんね…! 私、なんにもできなくて…! ごめんね…!」
暖かい雫がルリの頬を濡らした。その感触に涙腺が緩むが、ルリは必至に堪える。
「ルリちゃん」
アキトが近寄り、その腕で二人を包み込み、優しい声で、言った。
「悲しいときは、思いっきり泣いていいんだよ」
「!!」
その言葉に、抑えていた想いが、ふくれて、はじけた。
「カイト…さぁん!」
ナデシコB艦長としてのルリ。いつも冷静なルリ。大人顔負けの戦闘指揮で、皆の信頼を集めるルリ。
でも今ここにいるのは、大好きな人を失った、ただの13歳の少女だった。
「いかないで……! あの人のところになんかいかないで……!」
一度溢れだした想いは、もう止まらなかった。
「わたしのそばにいてください……! ずっとずっとそばにいてください……!」
あのとき言いたかったこと、今まで言いたかったこと。
「また頭をなでてください……! わたしだけに笑いかけてください……! わたしにだけに優しくしてください……!わたしだけを見てください……! すきって……言ってください……! ひっく……いかないで……! いかないで!!!」
幼子が駄々をこねるように、ルリは泣き続けた。
「ひっ……く……どうして……? どうして!? カイトさん……! カイトさん……!! カイトさぁん……!!! ぅ……うわあぁぁぁ……!!!」
ユリカの胸が、涙で濡れた。
◆
窓の縁に腰掛ける
月の、大きな夜。
静かで暗く、でも、明るい夜
窓の縁に腰掛けて、アキトはぼんやり月を見ていた。ふと部屋に目を向けると、泣きつかれて眠ってしまった二人がいる。その頬にはまだ涙の跡が残っていた。そのまま目線を押入れに移す。
もしかしたら、アイツは帰ってきてるんじゃないか?
そんなことが頭に浮かび、押入れの前に立つ。襖に手をかけ、そのまま横に滑らせた。
『アキト!』
「!!」
押入れの中に彼の姿が一瞬見え、消える。そこにあるのは、まだ片付けていない布団だけ。
(そりゃそうだよな…)
自分のとった行動がひどく可笑しく思え、苦笑する。
窓の縁に腰掛ける。
月の、大きな夜。
静かで暗く、でも、明るい夜
アキトは、自分たちをおいていなくなった『アイツ』の名前を、もう一度つぶやいた。
「カイト…」
窓の縁には、一粒の雫。
◆
星の数ほど人がいて
「にしてもいまさら火星なんてなぁ」
「いいんじゃないですかぁ? お二人の思い出の場所なんですから」
空港のロビー。
新婚旅行の場所に不満を漏らすリョーコにメグミが答える。
「なになに~?リョーコったら~。自分だったらほかの場所にするって言いたいのかなぁ??」
「な!?そ、そんなんじゃねぇ!」
「おーおー…どもってるどもってる」
「う、うるせぇ!!」
いつも通り墓穴を掘るリョーコにつっこむヒカルとイズミ。
当の本人たちはもう遠くで手を振っている。
「いってきまーす!」と、とびきりの笑顔で。
星の数ほど出会いがある
少し離れた屋上から、二人のシャトルを見送っていたクルーの面々。その場所には、どこから沸いたのか、人、人、人。人の嵐。新婚旅行の見送りに100人近くも来るのはどうなのか。
「いってらっしゃーい!って、ねえルリルリ?ホントについていかなくてよかったの?」
「はい。お2人の邪魔になりますし」
手を振り終えたミナトが、隣にいたルリに話しかけた。
ユリカとアキトの新婚旅行。先日ルリは二人に誘われていたのだ。「一緒に行かないか?」と。そんな二人の心遣いがすごく嬉しかった。
でも。
(これ以上迷惑かけられませんからね)
あの後、自分たちも結婚式の準備で忙しいのにもかかわらず、ずっと一緒にいて、ずっと励ましてくれた。ルリが今こうしていられるのも、きっとテンカワ夫妻のおかげなのだ。
(本当にありがとうございます。これからも、どうぞよろしく。新婚旅行楽しんできてくださいね)
心の中でお辞儀をし、まだあそこに見える二人の乗るシャトルに微笑みかけた。
そして
(天気予報どおり。今日はいい天気…気持ちいい)
皆同じ気持ちなのか、見送りが終わってもそこから動かず、清々しい太陽の光と心地よい風を感じていた。
「…さーて、帰るかな!」
誰かがつぶやき、ぞろぞろと空港の中に戻り始める。
「私達もいこっか、ルリルリ」
ミナトの言葉に笑顔を返すルリ。
ビュウウゥゥゥゥゥ…!!!
強い風が吹き、かぶっていた帽子が飛ばされた。
(あ……)
宙に舞う帽子。目で追いかけ空を仰ぐ。
見えたのは、「彼」にもらった帽子。真っ白な光りに照らされたその帽子が、ふいに色を変えた。それは、夕焼けのように綺麗な紅。
別れ
ゴオオオオオオオオオ!!!!!!!!
爆音は後から来た。
「きゃああああぁぁぁ!!!」
「うわああああ!!!」
「な、なんだぁ!!!??」
とっさに耳を塞ぐ。
音が止み、皆が見上げたその先には、先ほど飛び立ったシャトルはなかった。
代わりに見えたのは、黒い煙と、シャトルであった『モノ』。
「な……」
「そんな!」
「い……いやあーーー!!」
悲鳴、泣き声、声、声、声。
ある人は走り、ある人は泣き崩れ、ある人は立ち尽くす。
「……なんなのよ……これ……」
今だ状況をつかめないユキナが、ミナトの服を引っ張る。その指は震えている。
「ミ、ミナトおねえちゃん……ねえ、どうなったの!? あれって……シャトルだよねぇ!? ユリカさんとアキトさんは……? ねえ、どうなったの!? ねえ!?」
「……っ!! うるさい!」
「!!!」
「あ……」
信じられないくらいの大声を上げた自分自身に驚くミナト。
「……う……うえぇ……」
「ご、ごめんなさい、ユキナちゃん」
ユキナを抱きしめるミナト。その背中を撫でながら周りを見渡した。
……いない。
「ルリルリ……! ユキナ、一緒にルリルリを探すの! 分かった!?」
ユキナと同じ視線の高さまで屈み、その目を見つめる。彼女がしっかりとうなずくのを待ってから、すぐにルリを捜し始めた。
「……ルリルリ!!」
その子はすぐに見つかった。
フェンスのすぐ前、空を見上げる後ろ姿が見えた。
(よかった……! いてくれた!)
何故か判らないがルリが消えてしまうような予感がしていたのだ。
ホッと胸を撫で下ろすと、小走りでルリに近づく。
「ルリル……」
もう一歩でその体に触れるというところで、ルリの影が左にぶれた。
「ルリルリ!!!」
すんでのところでルリを抱きとめるミナト。その小さな体がすっぽりミナトの胸に収まる。
「ルリルリ!! ちょっとルリルリ!? 大丈夫!? 誰か! 担架を、早く!」
「ルリ!?」
ユキナも駆け付け、心配そうにルリの顔を覗きこむ。
- ルリルリ!! -
(大きな声が聞こえる……)
- ルリルリ -
(この声はだれ?)
- ルリ -
(あたたかい)
- ルリちゃん -
(ああ……そうか。わたし……帰ってきたんだ)
- おーい! ルリちゃん! カイト! -
屋台でラーメンを作るアキトさん
- ルリちゃんルリちゃん! みてみてー! -
近くにいるのに大声で、走って抱きついてくるユリカさん
そして
- ルリちゃん -
帰ってきてくれたんですね
カイトさん
幸せな夢に抱かれ、ルリは意識を手放した。
その手に白い帽子を握り締めて。
To Be Continued
※あとがき※
こんにちは、youです。
次でプロローグは最後です。
どうぞお付き合いください。
白い帽子はドリームキャストのゲーム『NADESICO THE MISSION』のエンディングで
ルリが被っていたアレ(という設定)です。
過去にカイトがルリに贈ったもの(という設定)です。