前上げた続きの小話です、どうぞ
時間はあれから一時間ほど経ち、漸く場が静まった吉井家のリビング。
「…全く分からん」
「…ヘルプ…ゴッド…」
「……………。(壊れそうなほどペンを握りしめて静止している)」
そこでは先ほど違う意味で凄惨な状況が繰り広げられていた。状況的には先程より数万倍は良くはあるが、ただ何というか、一切活気が無い。特に姫路を除くFクラス(馬鹿)メンバーはシャーペンを握りしめたまま動いていない。逆にAクラス側は凄まじいスピードでシャーペンが動きに動き、正にこれが学年ビリとトップの差を表す決定的な光景ではないかと考えてしまうまである。
「…………ねえ、そろそろ夕飯にしない?」
ノートに一文字も書いていなかった吉井がそう言う。つかお前はただ勉強したくないだけだろ。
「確かにな、時間もいい頃だし良いんじゃねえの」
坂本もそう相槌を打つ。…だがこれは偶然ではない可能性が高い。吉井と一瞬目線が合っていたことから恐らくアイコンタクトでもしたのだろう。実際先ほどからチラチラ見ていたし、もしかすると吉井が第一発言をする前から互いに示しあっていたのかもしれない。軍人でもハンドサインが限界なのにアイコンタクトで会話出来るとかお前ら本当にどこの人だよ。
「でもまだ10分ほどしか勉強してませんよ…?」
「確かにのう…これで勉強をしたとは口が裂けても言えないのじゃ」
そう、実はまだ片付けが終わってから10分と少しほどしか経っていない。まあ原因は言わずもがな、ムッツリーニの吹き出した鼻血がフローリングやテーブルなどそこら中にかかって思ったより時間が掛かり過ぎてしまったのだ。幸いカーテンなどの布類には付かなかったものの、もし下がカーペットととかで血の跡が染み付いたままだとしたら相当スプラッタな光景となっていただろう。
「…でも、雄二の言う通りそろそろご飯を作らないと夜が遅くなってしまうのも事実」
霧島はシャーペンを机に置いて坂本を見ながら言う。坂本はそれに危機感を感じたのが後ろに二歩下がる。野生の本能みたいなものだろうが、坂本、その判断で合ってるぞ。何しろ今坂本が周りを見渡した際に姫路が視界に入っただろう瞬間、直ぐに手をチョキにして目潰しの体制に入ったからな。
…普通に話してりゃただの美少女なんだろうに、何故こうなったんだか…。
そしてその流れに乗ったのか、姫路もシャーペンを静かにと置いた。
「そうですね…やっぱり私もキッチンで手伝った方が……」
「いや大丈夫!人員に関しては多すぎてもキッチンに入りきらないしだから姫路さんはそこで大人しくしてて欲しいんだ!」
「…はい、分かりました……」
少し強く言いすぎているような気もするが、木下曰く鍋を溶かして作る料理を出しているらしいのでそれも仕方がないのかもしれない。そもそも鍋を溶かすほどの危険物をどうやって手に入れてるんだよ、未だに実感が湧かないんだが……かと言って体験したくもないのだが。
「……じゃあ誰が料理する?」
そう議題を提示したのはムッツリーニ。多分この発言には暗に「姫路をキッチンに行かすな」と言う意味も含んでいるのだろう、現に発言したムッツリーニに加え吉井や坂本、木下も多少険しい顔で思案している。…こいつらには姫路に関しては誰かがキッチンに入るのを監視する係りでも付ければ良いという発想はないのかよ。
そんな、なぜか一気にシリアスになった空間(男子陣限定)に必殺の一声が飛び込む。
「じゃあやっぱり料理ができそうな女子陣でやろうよ!」
『⁉︎⁉︎』
工藤からの衝撃の一言。俺には分からないが、きっと他の4人には高電圧のような緊張感が今走っているだろう。
「じゃあ私もキッチンで手伝いますね、流石に8人前の食事を女子4人で作るのは大変そうですし…」
「……料理は、得意だから腕が鳴る…」
「ウチも何作ろうかな…やっぱムニエルかな?」
(…お前らこっち来い!)
暫しの戦慄の後、女子陣がそんな平和な会話をしている中で俺たち男子陣は坂本による小声での強制集合を呼び掛けられて密かに輪になっていた。
(おいどうするんだよ雄二!このままじゃ僕たち全員胃袋が破裂しちゃうよ!)
(……姫路の料理を次食したら、命の保証は…無い……!)
(…そうじゃな、アレを再び口にするのは少し…いやかなり気後れするのじゃ…!)
小声で吉井、ムッツリーニ、木下と恐ろしい物を見た表情をしながら話していく。その言葉を聞きつつ坂本は断定的にこう言った。
(…方法は、まだある)
(でも女子陣全員ノリノリだよ⁉︎)
(確かにこのままキッチンに向かう勢いくらいはありそうだな)
(…比企谷!貴様何故そんなに呑気で居られる……!)
(え、いや説明はされたがイマイチ要領を得ないし…)
そう答えるとムッツリーニはそうか…と言い、同情の視線をこちらへと向けてくる。待て、俺に何が起きるんだよおい。どんだけ姫路の料理は危険なんだよ。それともどこかのヒットマンみたいにポイズンクッキング的なものを作っちゃったりするレベルだったりするのかよ。
(それで、姫路が料理を作らぬ方法とは何じゃ雄二?)
(ああ、簡単な話俺たちが飯を作る状況に持っていけば良い)
(いやそりゃそうだけどさ、もう手遅れなんじゃ…!)
現状では既に女子陣が料理を作る展開へと天秤が傾いている。ここから議題を再度平行へと持ち直すのはかなりの難題であるだろう。
しかし坂本はそんな難題を余裕の口ぶりでこうぶった切った。
(ーーーそこでだ、ゲームという形を取ってみないか?)
坂本の意見を全会一致で解散した俺たちは不自然のないよう互いに距離を取り、男子陣代表の坂本が立ち上がってこんな事になった元凶である工藤を含めた女子陣へと悠々と話しかけた。
「なあ、皆。ここは男子陣と女子陣に分かれて料理バトルをやらないか?」
「料理バトル…ですか?」
「突然どうしたのよ坂本?」
怪訝な視線に晒されるが坂本は動じない。
坂本の作戦はこうだ。
まず男子陣と女子陣での料理バトルと銘打ち、男女で交互に食べさせる規約を作った上で俺達が先行を取る。そしてそこで重い肉や油物ばかりを作り女子陣の腹の中を満タンにして料理をさせる気を無くさせる。そうすることで結果的には姫路の料理は強制的に作成キャンセルされ、その上で俺たちも余った自分たちの料理を食べれば良い。
つまりは流石に腹十分目まで食べた女子達が料理を作ることはないだろうという推論に基づいた作戦である。
「いいんじゃない?折角こうして集まったんだし面白そうじゃん!」
作戦通り吉井は坂本の案に便乗する。因みにこうして同意者を増やしていけばこの案は通るだろうという打算もあったりする。
「…うーん、確かにそれはそれで面白そうだね!」
そこに工藤も女子陣ながら同意をする。これも面白いことなら基本乗っかるという工藤の性格を鑑みた坂本の予想内である。ほんと、何でこのゴリラはこんなクラスにいるんだか…。
坂本は周りを気にせず工藤の言葉に頷き、強引に話を持っていく
「じゃあ話は早いな。ルールは簡単だ。まず俺たちが料理を作り、それを女子陣が食べその後女子陣が料理を作って俺らが料理を食べる、つまり互いに料理を食べさせ合うだけだ。先行は俺たちで行く」
「うーん、…まあそれならウチも構わないかな?」
「…雄二の料理、楽しみ…」
「じゃあ決まりだ。おら、お前ら行くぞ!」
どうやら何とか一つ目の関門は突破できたらしい。
だが、そうなると次の問題は作る品目だ。出来るだけ万人受けできて美味く、重いものが好ましいだろう。
「……何を作る?…」
それはムッツリーニも同様に思ったらしく、キッチンへと歩みながら坂本へと問う。
「明久、冷蔵庫の中に何がある?」
「一応今日のために粗方補充したばっかだし、肉類も豊富にあるからそれにしようかなと思ってはいるんだけど…」
「…肉厚のステーキなら作戦に最適…」
「ごめん、流石にステーキ肉は買ってない…」
「なら定番のハンバーグなんかはどうだ?色々工夫しやすいだろうしな」
「うーん…だけど正直ハンバーグだとそこまで重くないんだよね。在庫もあまり無いから四人分作ると一人分の量も減るだろうし、少し不安が残るかな…」
Fクラスらしからぬ身のある話を展開する面々。それがもっと堅実的な話だったら良いのだが、生憎とこの話題の終点はいかに女子を満腹にするかという非常に残念なものであるから悲しくなる。
あれだこれだと料理を挙げ合う三人に対し、今まで参加してなかった木下も口を開いた。
「なら唐揚げはどうじゃろうか?敢えて油を多く使って揚げればそれなりに重みもますじゃろうし、鶏肉そのものもスーパーの業務用などで安く手に入るじゃろ?」
「それだ秀吉!確かにそれなら一つ一つの重さを上げることは勿論、量そのものを加えることも比較的容易にできる!」
「確かに!何かをトッピングする訳じゃないからコストもそこまで掛からないね!」
「…コスパ的に、グッジョブ…!」
木下の案に他三人も思い思いに同意する。唐揚げ、確かにスーパーで材料の鶏肉を安く買え、油で重さを増やすことも可能だ。
…しかしそれだけだと確実に飽きる可能性がある。唐揚げ自体の味は単調な塩味、大きさを考量しても6個ほど食べれば徐々に食欲は湧きにくくなるだろう。
「ちょっといいか?」
「何だ比企谷?」
「確かに唐揚げは良いが、恐らくサイズを幾ら工夫してもそれだけだと確実に飽きが来る。だから、味の種類も少し工夫してみないか?」
「…だが、何の味を付ける?」
「んなの簡単だろ?完成品にレモンを添えてみたり、下ごしらえの段階でバジルを振り掛けてみたり、色々あるだろ色々。量を多く作るなら種類だって多く確かめられるだろうしな」
「確かにのう…簡単なものなら幾つかできるじゃろうし」
「……手間が掛からない物にするならなんでもいい」
「調味料ならここにあるよ」
「…まあそっちの方が喰いつきも良いか。ならそうしてみるか」
坂本は頭を掻きながら吉井が指をさした調味料の置き場所と思われる場所から使えそうな調味料を吟味して調理台へと置いていく。
「…明久、お前の家は食材は常備されてないのに調味料だけは大量にあるんだな」
坂本は調味料を出しながら、棚に入っている数を見てそう言う。確かに調理台には10種類以上出ているのにも関わらず、未だ棚には少なくとも残り30種類は安置されているのを見ることができる。しかも開けたはいいけど一度しか使ってなさそうなのも多いし、何とも勿体ない限りだ。
「明久、鶏肉はどのくらいある?」
吉井はその坂本の言葉を聞き、冷蔵庫を開きながら答える。
「そうだね…全員食べるとすると一人分にそこまでの量はないかな…」
「そうか、じゃあ早速だが役割を分担しようと思う」
予想どおり、といった感じで坂本はそれを聞いた後に各面子に具体的な指示を始める。
「俺と明久はここにある鶏肉で先に下ごしらえ、秀吉とムッツリーニと比企谷は付け合わせを考えて適当に作ってくれ」
「じゃあ俺が買い出し行ってもいいか?」
「ああ、別にいいぞ。じゃあ買うものをメモして渡すから戻り次第秀吉とムッツリーニの所に加わってくれ」
「了解」
すかさずパシリに自選するとノータイムでメリットとデメリットの計算をして判断できる辺りやはり坂本は頭が良く回ると思う。まあ実際俺の調理力は一応主夫並みにはあるとは言え、先ほどから豊富な料理知識で論議してるこいつらよりは劣ると思うし適切な判断だと思う。つまりだから、決して楽だからと言う安直な理由だけで買い出しを志望したわけではない。違うったら違う。
…違うんだからね⁉︎
そうして俺たちは対姫路料理阻止計画を実行し始めた。
手始めに吉井が手慣れた手つきで調理器具を出し始め、坂本も下ごしらえをするために鶏肉を調理していく。何となくは察してはいたが、やっぱお前ら家事スキル高すぎだろ。何で普通の男子高校生が両方の手をそれぞれ使って卵二個割りを平然としてるんだよ。それとも何だ?お前らも主夫志望なのかよ?…もうちょっと俺も料理やった方が良いのかもしれない。
ムッツリーニに木下は冷蔵庫を覗き込み、使えそうな野菜などを取り出して切ったりもぎ取ったりしている。
そしてその様子を俺は後ろから見ている訳である。うわっ八幡この場で要らない子。何なら皿洗いしていたいまである。洗う皿がまだ無いけど。
「ほらよ、この通り買ってきてくれ」
数分後、坂本はチラシの裏紙を使って殴り書いた買い出しリストを俺へと渡してくる。つか業務用の冷凍唐揚げ10袋ってこいつ少し本気過ぎない?どんだけ姫路の料理怖いんだよ、坂本でさえそこまでやるって判ったせいで俺まで怖くなってきたんだけど…。
多少の恐怖心を抱きながら厨房を離れた俺、は女子陣にも一言言い吉井の家を出てスーパーへと向かう。
スーパーでは特記するようなこともなく少し大荷物ではあるが必要な素材は全て買え、敢えて言うことがあるならばあれだけ調味料が豊富のくせに何で醤油が切れてるんだよという文句だけだった。高そうなオリーブオイルを3種類くらい買い揃える前に醤油買えよまじで。絶対色々と間違っているだろあいつの家の調味料、そういや棚の中に小柄な瓶に紛れて食器用洗剤もあった記憶があるし。
あの時は言わなかったし無視もしたが、今思えば本当になんであったんだ?あいつ自身の料理の手際は最初の方しか見てないとはいえかなり経験を積んだ動きをしていたことから、まさか食器用洗剤を調味料代わりに使うはずもないし……素直に入れ間違ったのだと信じたい。
「帰ったぞ」
吉井家の玄関のドアを開けると、なぜか玄関には赤い髪を逆立てたようないつもの坂本が仁王立ちしていた」
「よく帰って来た比企谷!じゃあ早速だが早く鶏肉を出してくれ!女子陣にこの空いた時間のことを問い詰められて、先に作るとか言われそうなんだ!
…特に姫路が」
「分かった、分かったから気を確かにしろ」
姫路が料理を作り、それを自分たちが食している光景でも見ているのだろうか、坂本は絶望感の漂う真っ青な顔色をしながらそう要求する。
どこか厨房からは普通に使ったらありえないような、調理器具を使う大きな物音も聞こえてくる。…これ多分あれだ、素材がないこの状況を女子に悟らせないように料理をしている感を出してるんだな。…むしろ俺的には逆に怪しく思えるんだが。
俺は坂本にビニール袋から鶏肉を出して渡すと、坂本は鶏肉を素早く受け取り厨房 へと駆け込んだ。
『鶏肉入ったぞ明久!』
『OK雄二!下ごしらえは任せた!』
『お前も手伝えやがれ!』
『それは今僕が最後に家にあった鶏肉を上げてる最中って事を考えた上での発言かな⁉︎』
『その通りだが…?』
『よし雄二、ちょっと料理の味見もし過ぎたしそろそろ運動しようか』
…にしても、楽しそうだなこいつら。特に吉井なんかはもしかして姫路の料理の件忘れてるんじゃないの?まあいいか、それよりも手を洗うことの方が先決だろう。
洗面所を借りて手を洗い、再び厨房へと赴くとそこには色鮮やかにカットされ、飾られた野菜で盛られた皿があった。
「…遅い」
「もう終わってしまったのじゃ」
そしてその前に佇むのは普段通りのムッツリーニと、何故かエプロンを着用している木下。…始まった時はエプロンなんて着てなかった筈だ、それにそもそもエプロンって調理中に着るもんだったっけ?普通は始まる前じゃないの?ねえ?
「ってそのエプロンのロゴ、made in tsutiyaって…」
「これはさっきムッツリーニが編んでくれたものじゃ」
「こんな程度…たわいもない」
ポケットから取り出した針を弄りながらムッツリーニは言う…なんか職人みたいだな。ただ一言あるとするならそのローマ字のスペルだと完全に「つてぃや」になってしまうってことくらいか?ちゃんとtとi間にhを入れとけよhを。中学どころか小学生レベルだし、何よりhはお前の専売文句みたいなもんだろうが。
「…まあともかく、後は雄二と明久に頼むのみ」
「そうじゃな、あの2人なら女子陣も満足できるような美味しいものを作ってくれるじゃろうからのう」
キッチンを忙しなく動く吉井と坂本の後ろでのんびりと待つ俺とムッツリーニと木下。
特にすることも無く、やる事言えばたまに来る姫路などの女子陣のクレームを捌き続け40分。
「できたぁ!」
「よし!さっさとこれを盛るぞお前ら!」
遂に全ての大皿に揚げ終えられた唐揚げが姿を現わす。その量、確実に100個はあるだろう。当然大皿1枚2枚では乗り切らず、吉井は食器棚から更に追加で何枚か大皿をキッチンに置く。それを一瞥しながら俺たちは唐揚げを並べまくる。並べて並べて並べる。…これやっぱ多すぎだろ。
「みんなそろそろ出来たかな〜?って多くない⁉︎」
ちょうど様子を見に来たのだろう工藤もその予想以上の量に目を点にしている。まあそりゃそうだ、こんなのテレビの大家族の番組以外じゃそうそう目にかかる機会もないだろう。
「あ、工藤さん。ごめんちょっと作り過ぎちゃって…、あと運ぶの手伝ってくれる?」
「う、うん。それは良いんだけど、…何で比企谷君と坂本君以外はそんな決死迫る表示してるのかな…?」
そう言われて俺は他の3人をちらりと見る。まあどうせあれだろ、これで量が足りなかったら後は実力行使で誰かに姫路の料理を食わせよう、みたいなこと考えてるに決まってる。ちなみに俺はそこには絶対に参加しない、由比ヶ浜レベルを軽くオーバーしそうな料理人の料理とか食ったら今度こそ死ねる。
だからもしそうなったら隙を見てトイレに籠る。隙がなくてもトイレに籠る。そして嵐が去るのを待つまである。…てかこれ勉強会だよな?恐怖の食戟対決じゃなくてただの定期試験対策の勉強会だよな?今更だけど何でこんなことになってんの?
…世界はいつだってこんなはずじゃいことばっかりだよ!!
「お待たせ皆!」
工藤にも手伝ってもらいながら皿をを持ちリビングへ行くと、多少不満げな顔をする女子陣がそこには居た。
「遅いわよ吉井!もう私たちが料理する時間ないじゃない!」
「そうですよ吉井くん!これじゃあ私たちは何もできないじゃないですか!」
島田と姫路は吉井にそう文句を言う。ヘイトが全て吉井に行くから俺自身は楽だが敢えて一言言おう、リア充砕け散れ。
「…雄二、遅い」
そういや霧島が居ないな…と少し辺りを見渡しているうちにどうやら霧島は坂本の元へと転移していた。何、あいつもしかしてルーラの使い手だったりするの?登録した町まではテストの点数使ってワープできる的な。…無いな。
「ああ、悪いな。だがまあ、確かに"長時間使いすぎた"かもしれないがそれなりに量も味もあるし、今回は許してくれ」
そう一切の淀みも無く言い放つ坂本に俺はハッと気付く。
ーーーこいつ元から時間切れ狙ってやがったのか…!
確かに俺も坂本の案としては少し妙だとは思った。幾ら女子を満腹にさせるといっても満腹の状態で料理をする可能性も少なからずある上、何より女子がおかずを残す可能性もあった。要するにこれは作戦と言ってもあまり確定的要素はなくむしろ運次第といったところだったのだ。
だけど時間切れならどうだ、これならば確実に女子が料理できる要素を奪うことができる。しかも気付かれずにだ。もし気付かれても調理中とだけ言えばそれ以上女子は関与することはできない。…相変わらず坂本らしい、巧妙な作戦だ。
「…ご飯も盛ってきた」
ムッツリーニは両手で持っていた配膳をテーブルに起き、その上に乗っていたご飯の入った茶碗をそれぞれの場所に置く。
「麦茶も取ってきたのじゃ」
「サンキュー秀吉、ムッツリーニ」
木下も配膳を置き、その上にある麦茶の入ったコップを配っていく。
そしてついでに吉井がそれに合わせるようにして紙皿を各々に配っていく。
「…?何で紙皿なのよ吉井?」
「…うん、実は今月水道代ピンチで……」
「今月"も"の間違いだろ明久?」
「返す言葉もございません…」
水道代ピンチなら調味料あんな買うなよ。
…という言葉はなんとか引っ込めた。実際あれのおかげでここまで時間伸ばせたようなもんだからな。今回は見逃しておく。
「…悪ぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「……行ってらっしゃい」
唐突に顔色を悪くしてトイレへと向かう坂本。…まさか緊張で腹下したとかか?あの厚顔無恥の坂本が?どんだけ姫路の料理ダメなんだよ、まだ一回も見たことないけど最早ドン引きするレベルなまであるぞ。
15分後坂本が帰ってきたのに合わせて漸く夕食を食べ始める。幸い多めに、というか超多めに作ったために量には全く困っていない。味も色々あるのが起因して、それぞれが言葉少なめで黙々と食べ進めていく。…何かこのグループの沈黙って珍しいな。クラス内だといつでも騒がしすぎて最早動物園って言われてもそれほど差異はないのにな。
そうして一時間ほど経つと大皿には唐揚げが一つも残っていなかった。
「…美味し過ぎるわね…けど…うちのプライドが………」
「……雄二の研いだお米のご飯、美味しい」
「いや何故それをその時その場に居なかったお前が知ってるんだ⁉︎」
予想以上に美味しかったからかそんな会話が繰り出される。
実際俺からしても、もうこいつら今からでも専業主夫になれるんじゃないかってくらい下地があると思う。だが心意気が無い、まずは千葉県民として地元の名産物に千葉県各地の地名を覚えてこい、話はそれからだ!
「皆さん少し待っててもらえますか?」
「うん良いけど…」
吉井や坂本に多少の敵対心を持っていると、自分の皿に入っていた最後の唐揚げを食べ終えた姫路が立ち上がり何処かへと歩いていく。いやあれは…まさかキッチンか?
「ねえ雄二、僕とても嫌な予感がするんだ」
「奇遇だな明久、俺も今そんな感情を抱いてる」
数分後、姫路が持ってきたのは謎の何かだった。
「お待たせしました皆さん、食後のゼリーです」
「「「「「…えっ?」」」」」
思わず俺たち5人の声が綺麗にハモってしまう。そして目を固く閉じる。…五人揃ってゴレンジャー!その名も五人組!仕事は悪い人を倒すことだよ!
…いやいや、待て待て待て。
少し思考が変な方向へと曲折してしまったがもしかしたらもしかするともう一度見たらただのゼリーかもしれない。
そう思い目を開くと、やっぱりそこには謎の何かがあった。
それはご丁寧に一人分ずつに器に入れられ、色は毒々しい紫色、ゼリーと本人は言ってるが何故かドロドロ溶けてるし変な煙のようなものも出てるし絶対にそれはないと断言出来る容貌だ。…確かにこれは由比ヶ浜の黒炭クッキーとは比べ物にならないほどの有害物だ…!
「ね…ねえ、姫路さん?」
「はい、何ですか吉井君?」
「いつ、これを作ったの?」
そこで吉井は俺たちが一番気になる事を姫路へと問う。姫路はそれに事もなさげに答えた。
「坂本君がトイレに行った時ですよ?材料自体は吉井君たちが料理している間に少し買って来ちゃいました」
…全く気がつかなかった。絶望感しかしないまであるぞおい。
恐る恐るゼリー擬きを再度確認する。確かに冷えてる…のだろう。一時間も食事していたんだ、冷やすのにはゼリーの種類にもよるが十分なはずだ。いや、これに種類も何もないと思いはするが。
「とにかくどうぞ、皆さん召し上がれ!」
姫路以外の女子陣も険しい顔でゼリーを見つめる。まあ確かに見た目からしてアレだ、毒だ。食べにくくなるのも仕方ない。だがだからと言って姫路の純粋無垢な視線から逃れることもできない。まさに八方ふさがりだ。
…いやもしかしたらいつだかに材木座が言っていた通り見た目とは相反してとても美味しいのかもしれない。何しろ成績優秀者の姫路だ、料理に変なものを入れるはずがない!
考えてみればそうだ、普通食べれないものは入れない、そんなの人類の常識であるし姫路だってそれを分かった上で調理しているに違いない…!
「おい比企谷早まるな!(小声)」
「比企谷君!(小声)」
「…おっ、これは!何かゼリーなのにジャリジャリしててネバネバした感覚と共に舌の焼けるような感覚と痺れるような感覚が両立してて…ゴバァ!」
「比企谷君!!!…こうなったら僕も……ごめん姫路さん島田さん!僕まだお腹減ってるからそれ食べるね!!!………グフゥェ」
「あ、吉井!」
「吉井君⁉︎」
「悪い、祥子貰うぞ!…ガハァ…!」
「…雄二、しっかりして」
「ムッツリーニ、私等も…!……ゴホォッ」
「…我が生涯に、一片の悔い、無し!…………ゴフッ」
「秀吉君にムッツリーニ君まで⁉︎」
かくして俺は、その日のそれ以降の記憶はない。
こんな感じで、結局はいつもと変わらず勉強会は勉強会となり得ずに幕を閉じたのであった。ああ、もう姫路の料理二度と食いたくねえ…。
誤字脱字あったらすみません、直します
にしても普通科高校の劣等生の癖になにやってるんだろう、俺は。
あともしかするとこの続きを別の小話で繋げてやるかもしれません。