フェンリルに勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない 作:ノシ棒
おおむね期待通りの成果と言えよう。
榊は薄暗い研究室の中、無表情に細い目を尖らせた。
吐息は冷たく、凍えるようだ。心が……魂が芯から凍り付いているからだ。
悪鬼の所業である。
己を省みて、榊は自身をそう評する。そして、何を今更、と思うのだ。
『P‐73偏食因子』――――――『マーナガルム計画』。
かの偏食因子をこの世に生み出したのは、この自分ではないか。
胎児の段階での偏食因子組み込み。その成功例は、ソーマ・シックザール、ただ一例のみ。
この言い回しはつまり――――――その後も実験が行われた、ということを示している。
ヨハネス・シックザールの強行により、その妻と胎児が実験体として捧げられた。それが全ての実験の始まりだった。
ゴッドイーターの、始まりの。
あの時、ヨハネスに強く反対しなかったのはなぜだろうか。姿をくらませるだけで、あの若き夫婦を止めようとはしなかったのは、なぜだろうか。
開発者としての立場から制止させることは十分にできたはずなのに。現場に現れもせずに放置したのは、なぜか。
免罪符のように、ヨハネスに安産のお守り……後にゴッドイーター達に投与されるP‐53偏食因子の前身を渡したのは、なぜか。
答えはわかっていた。
好奇心、である。
あの時、心のどこかに、自分が作り出したこの因子を人間に投与したらどうなるか……と、ほんの少しでも思わなかっただろうか。
そして、失敗するとも、予想できていなかっただろうか。
二つの偏食因子を同時にテストできると――――――。
「業……だね」
人の原罪、業は他の命を奪い喰うことであるという。
全ては喰うこと……飢えを満たすことに通じる。
すなわち、科学者は己の知識欲という飢えを満たすために、その全ての行動理念が傾けられるのだ。
意識的に、無意識的に。
己の行いは、しかし自覚できぬものが根底にあるのだろう。それに気付くのが遅すぎた。
P‐53偏食因子を完成させる折り、参考としたデータは、フェンリル本社から送られてきたもの。
ケース・アイーシャに続く、P‐73偏食因子の投与にて肉塊となって死亡した、数多の母子のデータだった。
それらデータを分析していくにつれ罪の意識に苛まれ、いつしか顔には笑みしか浮かばないようになった。
これは人類に必要な行いであると、そう自分自身に言い聞かせながら。
「榊博士! これはどういうことですか!」
自問を繰り返す榊の下に、勢いよく研究室のドアを開け飛び込んでくる少女が。
橘・リッカ。
極東支部神機整備斑に所属する整備士の、中枢を担う少女だ。
未だ年若いというのに、その腕は誰もが一目置くものである。
榊もまた、研究者ではなく技術者として、脱帽せざるを得ない技術が彼女の腕に秘められている。
「ああリッカ君。えっと、このまえの資材のことだったかな? いやあ、ごめんごめん! 実は発注を忘れてしまって……」
「それじゃありません!」
頬を高潮させ、書類を机へと叩き付けるリッカ。
珍しいことだ、と榊は驚きを覚えた。
神機の整備には細心の注意と集中力が必要だ。神機整備班の面々は、そうした作業を繰り返す内、非常に落ち着いた人格を有する者達ばかりとなったのだ。リッカもその一人である。
だが同時に、彼のことだろうな、と予想もつく。
心が鉄と油で出来ているような少女を激昂させる事案のほとんどが、彼についてのことだからだ。
「これ……リョウのバイタル、どういうことですか! こんなの絶対安静じゃない! こんな状態でネモス・ディアナに向かわせたの!?」
「ああ、なんだそのことか」
案の定、である。
「なんだじゃありませんよ! うちの整備班がネモス・ディアナの防壁調査に行った報告、受けてないんですか? あそこの住人は今、集団ヒステリーを起こしてるんですよ!?」
「リッカ君。君も落ち着いて。今、説明するから」
「……納得できる説明を、お願いします」
「そうだね……さて、どこから話そうか」
「初めからです」
「構わないが、君にそれを聞く覚悟はあるのかね?」
これもまた、業である。
拳をぎゅっと握って、何かに耐えるような、そんな顔をこの少女にさせてしまうとは。
遅かれ早かれ周囲には漏れることであるとは思っていた。
整備班にはゴッドイーターのバイタル情報は隠せない。
「リョウタロウ君は欧州からこちら、極東開発の任という建前で呼び戻された。そこまではいいかい?
ならば、呼び戻すからには納得できる理由が必要だった。本部の直轄領……欧州で重要なポジションに就いていたゴッドイーターを動かすに足る理由がね」
「ネモス・ディアナに送った理由……赤い雨ですね?」
「鋭いね。ネモス・ディアナは、ここ極東支部からそう遠く離れてはいない場所にある。極東一帯は、かつて関東地方と呼ばれていた。
南と東が海に面し、北と西が山岳地帯で囲まれている……南からの湿った風が山際に当って、雨雲が溜まり、降雨量がとても多い地域として知られていたんだ。
元々ネモス・ディアナはその雨が降りやすい地形を利用して、緑化を勧めていた居住地だったんだよ。多雨多湿の地に根付く木々は、保水量が多くてとても強いんだ。
深く広く根を張った木々は、複雑に絡み合って地盤をしっかりと掴み、固める。ネモス・ディアナは雨と木によって守られた土地なんだ」
「その雨が今は、赤い雨に変わった……」
「そう。極東地域一帯で頻発している異常気象……赤乱雲から降る、赤い雨。その雨に濡れた箇所には、黒い蜘蛛のような痣が浮かび、激痛を発し……やがて死に至る、不治の病だ。
致死率100%の雨。当然、極東の多雨地域には、より多く降り注ぐことになる。一つの理由がこれさ。極東から発し、やがて全世界に広がるであろうと予測できる赤い雨の調査。
“終末捕食”の行われた極東が発生源なんだ。本部も無視はできないだろう。何らかの関連性を連想しないかい? 私はそうだよ。そう報告もした。
これが終末捕食に繋がる現象なのだとしたら、極東の最高戦力を投入してもおかしくはないだろう? 同時に発生した感応種への対応もある。その対応マニュアルの作成も必要だからね」
「赤い雨と、感応種への同時対応は、リョウくらいしか出来ませんからね」
「悪いことに、どうも対アラガミ防壁の偏食因子の配列が、シユウ感応種が好むものであるみたいでね。よくあることだよ。オラクル細胞の嗜好を分析し、アラガミには捕喰され辛い物質で構築されているはずの壁が、新種にとっては大好物! なんてことはね」
「たまたまシユウ感応種にとっては、ネモス・ディアナの壁が好物だったということですか……」
「早急にシユウ感応種のオラクル細胞を分析し、構成物質を更新、コンバートしなければならない。それはゴッドイーターにしか出来ないが、現状、ソーマ君しか感応種には対処できていない。神機が機能停止してしまうんだから、どうにもならないんだ。
だが、新型使いの中でも最上位の感応能力を持つリョウタロウ君ならば、どうだろうか。ソーマ君は特殊ケースでしかないが、リョウタロウ君の戦闘法を解析し、一般化させていけば、確実に対応マニュアルが作れるんだ。
リョウタロウ君をネモス・ディアナに派遣するのは、必要不可欠であることだったんだ」
なるほど、とリッカは頷く。
苦しい言い訳だが、榊がそうであると断言すれば、通らなくはない。
ゴッドイーターの産みの親とも言うべき、榊であるならば。
リッカは恐らくは、そう思っているのだろう。
目的は話せども、その手段は語られていないことに気付かぬまま。
これは決して明かせぬと、榊は胸の奥にしまいこむことにした。
まさかこの少女に、赤い雨のデータを採るために、リョウタロウに雨を浴びせようなどとは、口が裂けても言えないことだった。
そしてネモス・ディアナに派遣した理由についても、半分ほどしか語ってはいない。
感応種に狙われやすい防壁となってしまっているのだから、そこに滞在していれば、向こうからやってくる寸法だ。
戦闘データの採集にはもってこいだが、それだけが理由というわけではない。
「納得は……できます。でも、せめて生活環境の改善は必要だと思います」
「集団ヒステリー……当然だね。新種のアラガミと赤い雨によって、アラガミ防壁に囲まれた居住区は楽園などではなくなった。アラガミから身を守るための外壁は、絶望の“るつぼ”と化した。女神の森【ネモス・ディアナ】は今や、ディストピアとなったんだ」
「死の恐怖による過負荷、ストレスが、閉鎖空間における負の連鎖を引き起こす。典型的な集団ヒステリーの症状だと思います。とにかく外から来たものを攻撃しなければ、精神の安定をはかれない。それが解っていながら、傷付いて帰ってきた彼を、なぜ……」
「さらなるストレスをかけ、追い詰めるため……と言ったら、君は納得するかい?」
「――――――ッ!!」
「冗談だよ! 冗談だから、そのスパナを下ろしてくれないか。ゆっくり、そう、ゆっくりと」
口が過ぎたと反省する。
笑えないジョークを言うなとヨハネスから言われ続けていたのを思い出した。
相手が純粋であればあるほど、受け入れられないものなのだろう。ブラックジョークという奴は。
「でもね、君は怒るかもしれないけれど、半分ほど本気なんだ」
「理由を! お願いします……!」
「君は新型使い達の精神……メンタル面について、どう思う?」
「普通のゴッドイーターと、私たちとそう変わらないと思いますけれど」
「そうだね。その働きは、我々と同じ、変わらないだろう。では伸び率はどうだ。精神の成熟度合い、成長率は」
「成長率……?」
「アリサ君を例にあげよう。彼女はアナグラにやってきた当初は、言ってはなんだが、その精神性は幼稚なものだった。他者を見下し、決め付け、遠ざけて……それは洗脳によって思考にロックがかかっていたからだ。
だがそれが解かれてからはどうだろう。極めて短期間に、彼女は驚く程の内面的成長を遂げた。たくさんの事件が起きてそれどころではなくなってしまったが、冷静に考えればありえないと思わないかい?」
「でも、それじゃソーマ君だって変わりましたよ?」
「ソーマ君は、あれは変わったというよりも、自分を出せるようになったんだろうね。そんなに劇的に、かつ急激に変わったわけじゃない。成長という観点から見れば、普通の範囲内だ。
だがアリサ君は違う。たった数週間で、まるで別人のようになってしまった。リョウタロウ君とすごした数週間で、何年も年を重ねたような、精神性の成熟をみせた。人は、あんなに劇的に変わるものだろうか?」
「どういうことなんですか?」
「精神の変容……進化と言ってもいい。新型使いは、心が“柔らかい”存在なんだ」
「リョウも、アリサちゃんと同じように、心が変容してるってこと……?」
「リョウタロウ君はゴッドイーターとして経験を重ねる毎に、異様な心的タフネスを得た。ゴッドイーターに定期的に行われるストレスチェックテストでね、彼は毎回、異常値を示しているんだ」
「ベテランになって度胸がついたとか、そういうことじゃないんですか?」
「それでも死と常に向き合っているのがゴッドイーターだ。恐怖を感じるのは当たり前さ。それはテストにちゃんと反映されるものだよ。リョウタロウ君だって、戦うことへの恐怖は感じているんだ……だが」
「榊博士? でも、どうしたんです?」
「果たして、我々の知る彼は、“本当の彼”なのだろうか」
薄く笑っている榊。
リッカの背筋が震える。
いつも通りの胡散臭い笑みに固定された表情が、不吉を運ぶ死神の笑みのように見えた。
「寡黙で、柔らかな笑みを絶やさず、どんな悲劇にみまわれても決して折れず、悲しみを背負って戦う戦士……それが我々の知る加賀美リョウタロウだ。極東の最高戦力、ゴッドイーターの鏡のような“人物像”。出来すぎだとは思わないかい?」
「博士は、リョウが本心を見せてないって、そう思ってるんですか?」
「アリサ君や、最近次々と配備されるようになった他の新型使いの皆には、感応現象が発生した際には報告をするように命じている。もちろんリョウタロウ君にもだ。各々が提出した感応現象のデータを比較すると、面白いことが解る。
他の新型使いの間ではかなりプライベートに入り込んだ意識のやりとりが行われているのに比べ、リョウタロウ君に対しては、極めて浅い層でのやりとりしか行われることがない。
今、どんな感情を抱いているのか。彼への感応現象で垣間見えるのは、それくらいらしい」
「でも、それはたぶん、リョウの適合率が高いからじゃ……」
「新型使い達の感応現象が、言語を介さないイメージによる新たな相互理解を得た次世代の新人類……ニュータイプのコミュニケーションであるとするならば、あまりにも一方的すぎるとは思わないかい?
彼の感応性能が上位にあるのなら、一方的に情報を吸い上げていることになる。情報の出入をコントロール出来ているのだとしたら、意図的に本心を明かさないように情報の出力を絞っているのでは、と」
「リョウは、リョウです……」
「その胸の内を表に出さないが故に、強く優しい人間であるととられることを忘れてはいけない。たとえ神の視点であったとしても、彼の心の内を読み解くような存在がいたとしても、表に出ているものは、眼に見えるものは、彼の本心であると言えるのだろうか。
誰の心をも開き絆を結ぶ彼が、その実、誰とも通じ合うことはない。誰にも解らないさ……誰にもね。君の知る加賀美リョウタロウは、果たして……」
「リョウは、リョウです! 私の知ってるリョウは、リョウだから!」
「……すまなかった、いじわるを言うつもりはなかったんだ。泣かないでおくれ」
鼻をすすり上げる音に、榊は慌てて眼鏡を押し上げた。
どこか超然としていたリッカには、思わぬ激情があった。
それも彼の優しさが引き出したものだ。
そう、信じたい。
だが、あらゆる可能性を予測しておかねばならないのが、支部長という立場の人間であり、そして研究者というものだ。
楔は打ち込まれた。
「心理テストの結果ではね、特に問題はなかったんだよ。精神機能は正常と出た……戦闘中をのぞいてね。戦闘中、彼はどこか乖離しているような……世界を見下ろしているような視点を得たらしい。
だから“良く解る”のだと。ゴッドイーターによくある、戦闘時ストレスの防衛反応かとも思われたが、そうじゃない。そうなれば日常生活の方にも影響が出て然り。心が耐えられるわけがないんだ。
だがテストではその他すべての数値は正常。異常値だよ。正常だからこそね。彼は人の領域を超えつつあるのかもしれない……」
「それは、確かにリョウの戦績は現実離れしているけど、でもそれでリョウの心までおかしいだなんて、そんなこと……!」
「いや、すまない。そういうつもりじゃなかったんだ。重要なのは、テストの結果が示していることは、何か彼が大きなストレスを感じるたびに、それを乗り越えるように新たな力を身に付けてきた、ということだ。
連撃捕喰、空中変型、バレットエディット、装備からフィードバックされる特殊効果、……様々な力を」
「だからネモス・ディアナで迫害を受けさせることで、新しい力に目覚めさせようと? 何を考えてるんですか! そんなこと!」
「必要だからだよ。彼には力が……戦うための力が必要なんだ。フェンリル本社の陰謀と戦うための、力がね」
「フェンリル本社の……陰謀……!?」
リッカが緊張で喉を鳴らした音が聞こえる。
「さあ、リッカ君。ここから先を聞く覚悟はあるかい?」
一呼吸もおかずに、リッカは答えた。
イエスであると。
「彼が……リョウタロウ君が欧州で何をして、何を見てきたか。どうしてツバキ君やリンドウ君を置いて、一人で帰ってきたのか、君には想像できるかい?」
「それは、榊博士の命令じゃないんですか? サテライト居住区の建築ノウハウを取り入れるために、前例であるネモス・ディアナを保護するため。そして赤い雨のデータを採取するため……」
「そう。だがなぜリンドウ君やツバキ君は欧州に滞在したままなのか。引き上げさせるなら全員一緒のはずでしょう?」
「それは……ええと、なぜなんですか?」
「それには、欧州で彼が経験したことを語らなければならない」
その答えに榊は満足そうに頷いた。
リッカの想像が及ばないことに、彼女の純粋さを見た気分だった。
それでいい。彼女は、彼女達はそれでいいのだ。
榊は両手を机の上に組むと、静かにリッカを見据えた。
細く鋭い両目から除く眼光が、卓上に飾られた日本刀のように、リッカを貫く。
「欧州で彼がしていたことは、再殺部隊の編成及び、先頭に立ってその任務を遂行することだった」
「再殺、部隊……」
「アラガミとの戦闘中に腕輪が破損し、アラガミ化してしまったゴッドイーターへの“処置”……それは、本来であればそのゴッドイーターが所属していた部隊の、部隊長が行うものだ。
だが全てがその例に収まるわけがない。あるいは情が深すぎて、あるいは状況が許さずに、あるいは部隊長含め全員がアラガミ化したら、そんな何かの要因があって、処置を行うことが困難となった時……再殺部隊が動く」
「リョウが、再殺部隊の隊長をしていたっていうんですか? 彼が、そんな……」
「始めは本当にただの遠征だった。報告書を見ても、お客様対応で歓迎されていたらしい。だがある日、その場に出くわしてしまった。決定的なその場にね……。要請を受け救援に行った部隊が、全員半アラガミ化してしまっていたらしい。
ツバキ君は司令塔としてその場におらず、そしてリンドウ君は対応が遅れてしまった。無理もない。自分自身が“そう”だったからだ。偶然、リョウタロウ君に助けられただけだと、そう思っているはずだ。
助けてくれ、死にたくない。そう命乞いされたら、いくらリンドウ君が優れた指揮官であったとしても動けないだろう。一瞬判断が鈍ったんだろうね。自分がそうだったのだから、リョウタロウ君なら彼らを救えるかも……そうも思ったかもしれない」
「リョウは、どうなったんですか? 彼はいったい、どんな決断を……」
「ツバキ君からの秘匿通信に、全てが書かれていたよ。彼に対して何もしてやることが出来なかったと、悔恨と自責の念に塗れたね……。
欧州は、はっきりと言ってアラガミ事情は極東よりもぬるい場所だよ。だから年少のゴッドイーターの訓練が多くの場所で行われている。そこから各支部に新任が派遣されていく仕組みだね。
遠征では最初は、そんな彼らの教導を行っていたそうだ。リョウタロウ君はそれはもう慕われていたそうだよ。まるで本当の兄弟のように」
「リョウらしいや……」
先の問答から引き摺っているらしい。
リョウタロウをリョウタロウであるとする言葉が漏れた。
「非公式とされたがね。欧州では強力なアラガミの出現頻度は低く、また同じ姿のアラガミであっても極東のそれよりもずっと非力だ。そんなアラガミを相手する内に、新任のゴッドイーター達は慢心を抱くようになる。
これはどれだけ口で注意されても、訓練を受けても、どうにかなるものじゃない。人の心の隙さ。年少組もその例に漏れることはなかったらしい。そして、悲劇は起きた。
引き際を誤り、全員が腕輪を破損させられた。腕輪の構成素材を好んで狙う偏食傾向を持ったアラガミがいたらしい……手遅れだったそうだ。そして、リョウタロウ君は神機を手にした。
ブラスト銃身の特性を生かした旧型神機でも使える新機能、オラクルリザーブの概念は、そんな中で彼が編み出したらしい。追い詰められ、新たな力に目覚めたんだ」
「欧州からオラクルリザーブの新技術が送られてきたけれど、リョウが作り出したなんて……でも、じゃあリョウは!」
「奇跡は2度は起きなかった。そういうことだろう」
欧州でリョウタロウは地獄を見た。
それを榊は知っている。
説明を省いたが、本当はもっとずっと後ろ暗い事態に陥っていたらしい。
フェンリル本社による隠蔽、“ゴッドイーターチルドレン”への人体実験、リョウタロウ自身の判断ミス……挙げればキリが無い。
彼自身の口からも聞いた。
リョウタロウは再殺の最中、アラガミ化したゴッドイーターのうち、一人を逃がしてしまったという。
単純なミスであったかもしれないし、その一人が、リョウタロウが最も心を交わした教え子であったからかもしれない。
リョウタロウ自身にもわからないことだそうだ。
それについて榊は責めることはなかった。人の心は、行いは、単純なものではないのだから。
その後は、まさに悲劇の連鎖だった。
逃げた教え子が自我を失い、近隣の居住区を襲い始め、そしてリョウタロウが大事にしていた少女を食い殺した。
アラガミの腹の中から手紙が出て来た。リョウタロウはそう語った。そのアラガミが元は何であったかを言わずに。
大切な人が、大切な人を殺してしまった。
それも、自分のミスで。
やり切れなかっただろう。珍しく、榊の前で愚痴を零すくらいには。
そして、理解してもいたはずだ。
それがフェンリル本社によって仕組まれたものである可能性が高いということを。
かつて本社がソーマの“二人目”を作り出そうとしたように、リンドウの“サブ”を作り出そうとしたのだ。それをリョウタロウは察知していた。リンドウもまた。だからリンドウは動けなかった。代わりに、リョウタロウが動くしかなかった。
その地域に滞在していたゴッドイーターが年少組みばかりであったことも災いした。
リョウタロウは経験あるゴッドイーターとして、リンドウを押し退け、自分が臨時的に再殺部隊の任に就いたのだ。
初めからおかしな人事でもあった。
リンドウはソーマに次ぐ特殊な存在となった。それを欧州へ寄越せというのだ。警戒して当然である。
リョウタロウの再殺部隊就任も、現場判断による臨時的人事であるとされた、それもいやらしい謀だ。
つまりこの流れは、初めから仕組まれていたということだ。
「リョウタロウ君はその部隊員を全員殺処分し、そしてフェンリル本社に完全にマークされた」
「じゃあ、リョウだけこっちに戻ってきたのは……」
「私が強引にねじ込んだのさ。欧州ではリンドウ君が変わり身に……本来は彼が本命だったのだろうけれど。そしてツバキ君は事務方で現地で情報操作をし、その活動を支援し続けている。
リョウタロウ君の足跡を消そうともしているらしいが、かばい切ることはできなかったようだ。欧州で彼の立てた功績が大きすぎた。正規のゴッドイーター同士の戦闘経験まで、彼は積んでしまったんだ。『アーサソール』、覚えているかい?」
「ガーランド・シックザール……前支部長の連れて来た部隊でしたよね」
ガーランド・シックザール。
ヨハネスの弟であり、ソーマの叔父である。
今でこそ前支部長といえばヨハネスを指すことがほとんどだが、本来はガーランドがそう呼ばれるべきである。
“いなかったこと”にされた、“前支部長”だ。
ガーランドが起こした事件については、ここでは語るのをよそう。
重要なのは、彼がその折りに引き連れてきた本部付きの部隊――――――『アーサソール』である。
その全てが新型使いで構成されており、強力な感応波を用いてアラガミを支配下に置く特殊能力を持った部隊だった。
「確か、感応波によってアラガミを支配して兵器化しようとした……アラガミに対する感応、能力? 感応種に似てる……?」
「気付いたようだね、リッカ君」
アーサソールらは『新世界統一計画』……その中枢に、最も強く優れたゴッドイーターであるリョウタロウを据えようとした事件を引き起こしたが、フェンリル本社からはガーランドによるテロリズムであるとして、無理矢理に事態を収束されたのは記憶に新しい。
似ている、とは思わないだろうか。
最近になって頻出する、感応種の持つ能力に。
リッカは気付いたようだ。顔面蒼白にして、喘ぐようにして口を開け閉めしている。
そう、本部直属の部隊であったアーサソールと、感応種は、非常に似た能力を有しているのだ。
「リョウタロウ君率いる再殺部隊も激化する戦いの中、一人減り、二人減り……皮肉なのが、最も多かった死因がアラガミ化であったことだ。その全てにリョウタロウ君は処置を施した。映像記録があるよ。観て見るかい? 後ろから引きずり倒して、首を掻き切る……」
「やめてください……! もうやめて!」
「そして、生き残った再殺部隊とアーサソールが衝突した。何があってそうなったかは、情報が錯綜していて定かではないが……そこは重要ではない。どうせでっち上げの理由しか出てこないだろう。
“ゴッドイーターによる待遇改善を求めたクーデター”のニュース……最近多くなったね。リョウタロウ君の巻き込まれた事件もまた、クーデターとして処理された。
ゴッドイーターによるクーデターなんて馬鹿げているね。彼らは首輪をはめられてるんだ。因子が尽きれば“人として死ぬしかない”。
当然、クーデターは鎮圧するものさ……その中でゴッドイーターの死者が出ても、おかしくはない。
情報操作だよ。ヨハネスが事故死したとされたのと同じようにね。
その中で起きた真実は、伏せられてしまった。いったい、何が起きたか。
アラガミ化していない正規のゴッドイーター同士が、十全な機能を有する神機を振るい合い、殺し合い……生き残ったのはリョウタロウ君だった」
「リョウが、人を……!」
「アーサソールの目的は果たされた」
アーサソールは、かつて極東支部にて活動していた頃があった。
まだその部隊員が三人しかいなかった頃。リンドウが現役で隊長をしていた時代、まだアーサソールが正常に対接触禁忌種専門部隊として稼働していた頃の話しだ。
リョウタロウは、その部隊員と面識があった。接触禁忌種の討伐支援も行っていたというのだから、当時からリョウタロウの戦闘力は際立っていたことが伺える。
『ギース』、そして『マルグリット』……彼らもまた、フェンリル本社の陰謀の犠牲者だ。
リョウタロウが巻き込まれつつある――――――。
「アーサソールは本来、オラクル細胞を用いた技術による、人間の精神面への干渉技術を確立するためのモルモット部隊だった。同じく人間の精神に干渉する、強い捕喰場を持った接触禁忌種を専門に討伐することでデータを収集していたんだ。
その目的は、ゴッドイーターを中枢に他の存在を支配する“王”を産み出すこと……人間の進化にあると言い換えてもいい」
「人の、進化……」
「彼にもたせたキグルミのジャミング機能が上手く作用したようだね。本社には未だ漏れていないことだが、リョウタロウ君はその時に捕喰したはずだ……神機を」
「神機による、神機の捕食!? そんな、まさか!」
「“スサノオ”という第一種接触禁忌種……神機使い殺し【ゴッドイーターキラー】というアラガミがいる。神機を好んで捕喰する偏食傾向を持つアラガミだ。なら神機だって、神機を捕喰できるはずだ」
「でも、偏食場が干渉しあって“共食い”は出来ないはずじゃ……!」
「それは神機を理解していなければ出ない言葉だね。流石だよ、リッカ君。無意識に神機はアラガミと近しい生態を持つと確信しているんだ……だが別の側面を忘れてはならない。アラガミは進化するということを」
「リョウの神機も、進化したというんですか? 新型のオラクル細胞は、所有者の脳に入り込んで、一部の神経細胞と結合して共存しているから……リョウ自身もそうなった、ってことですか?」
「さて……心が脳の作用だというのなら、神機が“混じった”脳は果たして人のそれと同じである言えるだろうか。その心は……」
新型機のオラクル細胞は、それを持つ者の脳神経に入り込み、神経細胞と結合し共存していることが判明している。
つまり、新型使いにも偏食場があり、お互いの偏食場が干渉し脳波が繋がってしまうことが感応現象の正体であるという。
本社の極秘データベースにある情報であるが、リッカは独力でその答えにたどり着いたのであろう。
人間の脳内で共存する存在。もはやそれを神機と称していいものかどうか、榊には解らなかった。
通常の新型使いであるならば、問題のないレベルなのかもしれない。
だが、リョウタロウ並みの適合率であった者にとっては、その限りではないのではないか。
人と神機の相互関係は、人が基点である。例えば、リョウタロウのような特別な脳によって『喚起』されたのならば、他の神機もまた進化を促され、相互進化の渦の中に入り込むかもしれない。
リンドウの神機をリョウタロウが用いた際、そこに人と同じ意思が宿っていたというのは、あながちリョウタロウの妄想ではないのかもしれない。
喚起されたのだ、と仮定するならば。
これは狙われるに足る理由だ。
多くの、そして様々な研究仮定が一瞬で脳裏に浮かぶ。
これが進化。
これが可能性なのだ。
なんと甘美なことか。
その輝きは、薄暗い場所に生きる者を強烈に惹き付ける。
「計器には、従来の神機であるとしか出てこないからね。だが私は、彼の持つ神機が新たなステージへと昇華したとしか思えないんだ。そして、彼もまた。
この前本部へ出張した時に、リョウタロウ君のことを絶賛されたよ。裁判にかけられ処罰を受けることになったはずの北の賢者……アドルフィーネ・ビューラーからね。彼こそが“アルティメット・ゴッドイーター”だと」
沈黙が降りる。
踏み込んではならない、禁忌の領域へ入り込んでしまったと、本能が警鐘を鳴らしている。
爪先から底冷えのする冷気が、じわじわと総身を蝕んでいくのを感じる。
「狙われるのはリョウタロウ君だと、解っていたというのにね。だから“お守り”として、キグルミまで持たせたというのに……私はまるで進歩していない。また繰り返してしまった」
だが――――――榊は天を仰いだ。
「本人の希望と、極東に無くてはならない最高戦力であるとして留め置いてはいるが、それもいつまでもつか……。甘かったよ。欧州はフェンリル本社のお膝元だ。あそこでは常に陰謀が渦巻いている」
「そんな、じゃあリョウは、いつかフェンリル本社に連れ戻されて、生贄にされるってことですか!?」
「いいや、それはない。それだけは、絶対に、私がさせない」
断言する。
細い目が、眼球が露になるほど見開かれている。
榊の暗い、宇宙のような瞳を正面から見つめて、リッカは知らず息を呑んだ。
「ゴッドイーター同士の戦いでは、彼も無傷でとはいかなかった。立って歩いていることが奇跡なほどの傷を負った。アラガミとの戦いではないから記録には残らないが、とても大きな傷だよ、それは。体も、心も……彼は大きく傷付いた。
そんな彼を、フェンリル本社の意向を無視してまで連れ帰ったのはなぜだと思う? リンドウ君とツバキ君の強い勧めがあったからだと? 違う。
彼を守り、そしていずれ来るであろう、フェンリル本社との戦いに対抗する力を身に付けさせるためだ。
それは孤独な戦いとなるだろう。全と一、大いなる存在とただの一人が戦うことになるだろう。仲間の力は必要だ。支えは必要だ。だが、最後は彼が一人で挑まなければならない。そんな戦いになるはずだ。
あのまま欧州に置いておくことはできなかった。今のままでは――――――」
「リョウは、負けてしまう……!」
「私は彼を守り、そして鍛えなくてはならない。たとえそのために、彼自身が血を流すことになったとしても」
ヨハネスは悲観主義者【ペシミスト】であった。
ガーランドは利己主義者【エゴイスト】であった。
ならば私は、なんだろうか。
決まっている、理想主義者【イデアリスト】だ。ロマンチストと言い換えてもいい。
スターゲイザーなどと呼ばれてはいるが、何ということはない。
星を見て想いを馳せる、美しいものに身勝手な願いを寄せるしか能の無い人間なのだ、私は。
結局のところ、リョウタロウの現在の処遇は、榊による予測と理想の押し付けであった。
「榊博士……なぜそれを、私に聞かせてくれたんですか?」
「いずれ……私も、表舞台から退場させられるかもしれない。そうなった時、彼を支える人間が必要だ。技術を持った者が。君がそうであって欲しいと、そう願っているよ」
リッカはしばらくの間目を閉じて、静かに胸に手を当てていた。
瞳が開かれる。
その眼には、憂いと、悲しみと、そして同情の輝きが湛えられていた。
「その……榊博士のしていることは、納得は出来ても、同意はできません。私はやっぱり、リョウには負担をかけたくありません。でもそのまま欧州にいたら、酷い目にあっていたんだとしたら……これから先も、リョウの行く先が戦いの日々なのだとしたら……。
私は、博士を信じたいと思います。榊博士はリョウを守ってくれたから。私は、神機整備士として、力の限り彼のサポートをするだけです」
「そうかね……ありがとう、リッカ君」
「いいえ……博士の想いは、きっとリョウも解っていると思います」
「そうだと、いいね」
彼女のような若人がいる限り、きっと人類の未来は明るいだろう。
その確信がある。
先頭に立つのは、きっと彼だ。
ロマンチストの面目躍如である。榊にはそのビジョンが見えていた。
「彼が極東にいる隙に、私も全力で事にあたろう。情報操作、隠蔽、なんでもするつもりだよ。本部の目を眩ませるために、架空の人事を行ってもいい。新しい戸籍も用意した。リッカ君には……」
「わかってます。引き続き、“第三世代”の調査分析を行います」
「頼んだよ。もし彼に適合する神機が見つかれば……さて、変異した脳によって、ニュートラルなはずの神機は進化の可能性を喚起されるか否か……そこではっきりとする」
暗い表情で退出するリッカを見送り、榊は再び物思いに耽る。
リッカも整備班の中枢を担うようになった。それなりの権限を持っている。こうして情報を明け渡せば、後は自分の裁量の許される中で、自発的に動いてくれることだろう。
さしあたっては、彼女の亡き父親が研究設計していたという支援機の開発を再開するのではないだろうか。先日の資材の申請は、一見した限りでは支援機のためのものであると思われる。
彼女もまた、リョウタロウを守り、支えることによって、彼が地獄へと突き進む背を押すことになるのだ。
地獄への道は善意で満ちているとは、誰が言った言葉だろうか。
リョウタロウが絶望に彩られた道を歩むと知っていながら。リッカは己の腕を振るう以外にはない。
「業……だね」
コンピュータのファンの音が室内に木霊する。
榊は静かに眼を閉じた。
□ ■ □
『こんな感じで、こっちは変わりなしだよ。そっちはどう? 一人で大変じゃない?』
――――――ありがとう、リッカ。特に困ったことはないかなあ。
『本当に? ネモスディアナって結構広いって聞くけど、どう?』
――――――そうだな、手が足りないってのは事実かな。まだ感応種は出て来てないけど、こうも広い土地じゃ、俺一人だとカバー出来なくなるかもしれないから。
『わかるよぉぉ!』
――――――うおおい?
『うんうん、わかるよぉぉ! 一人で広い土地をカバーするのは大変だよねえ。実は、広域支援のための試作機が組みあがったんだけど』
――――――え、いや、いいよ。
『遠慮しなくていいって! もうすぐ支援部隊が編成されるから、一緒に送るからね! それまでの辛抱だよ!」
――――――いや、だから。
『わかるよぉぉ……うんうん、一人だと大変だよね……わかるよぉぉ』
それじゃあ頑張れリョウ、と元気の良いエコーを残して通信終わり。
全然わかってないよぉぉ。
あの子全然わかってないよぉぉ。
支援機とか送られてきても迷惑なだけなんですけど……。だってデータ採って送らなきゃいけないじゃん。使わないっていう選択肢ないじゃん。
技術職の想定と現場での実際の使用で食い違いが起きるのは宿命みたいなもんだけど。
なんかリッカの試作機とか新技術試すのって俺ばっかりのような気が。
気のせいでしょうかね、サツキさん。
「通信終わったなら機材返してくれません? 電気代だってタダじゃないんですけど?」
「もう、サツキったら! ごめんねリョウ君。この前からサツキ、拗ねちゃってて」
「はーん、ユノも彼の味方ですか。ふーん」
「も、もう! サツキ!」
――――――あ、ごめん。ラジオつけっぱなしにしちゃってた。電気代が……。
「別に冗談ですから、真に受けないでくださいよそんなの。それにしても、公共放送もいつも同じことしか言わないですよね」
「またゴッドイーターのクーデターだって……」
「それ、デマですよ。ゴッドイーターが待遇改善を求めてクーデターを起こしています。このニュース、最近とくに頻繁に流れてるんですけど、知ってます? フェンリルお得意の情報操作ですよ」
――――――ああ、隠蔽か。ゴッドイーターが何らかの大規模な事件に関わって死んだ時、それを誤魔化すためにそういうニュースがよく流れるらしいね。俺の時もあったから、わかるよ。
「俺の時……? あ、ちょっと!」
――――――さーてと、メールの確認、っと。
PDAオープン。
マイ・ベストフレンドソーマきゅんからのメールだ!
メールアドレスが俺とコウタとアリサくらいしか登録されていないソーマからのメールだ!
登録件数は俺の勝ちだな、ソーマよ。
基地の女性職員からの黄色い声援は間違いなくソーマが上ですけどね……。
ええと、なになに。
『送信者:ソーマ
お前にメール送るのも久しぶりだな。
こっちに帰ってきてたんなら一言くらいあってもいいんじゃねえか?』
『送信者:ソーマ
また同じ部隊に配属されたな。これからもよろしく頼む。
そっちでの任務が終わってからでいいから、アリサにでもメッセージを送ってやってくれ。
自分から送れないとかなんとか、うるさいんだ。そろそろ俺も引く』
『送信者:ソーマ
すまん。できるだけ早くたのむ。アリサがやばい』
『送信者:ソーマ
アリサがたyとうw3l@32^「・おーーー』
『送信者:ソーマ
』
『送信者:ソーマ
あいつ! ふっざけんな! ヘリをジャックしようとしやがった!』
『送信者:ソーマ
お前、苦労してたんだな。臨時だが部隊長がこんな激務とはな……お前の後を継いだコウタもやつれていってるらしい。疲れが溜まる。体が重い』
『送信者:ソーマ
アリ たす け 』
『送信者:ソーマ
アリサと同じ任務地に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』
そっ閉じ。
いやあ俺も部隊長やってた時、ほんとしんどかったからね!
人間関係で。
部隊長だから周りとうまいことやらなきゃいけないっていうのに、社交性ゼロの奴らばっかりだったから。
その筆頭がソーマ、お前だったな。
ククク、お前も苦労するがいい……! 俺と同じ苦労を味わうがいい!
頑張れよ、ソーマ!
「リョウタロウさん? 何にやにやしてるんです?」
――――――いやあ、友達からのメールが来てて。
「えっ……あなたに友達とかいるんですか? 同じゴッドイーターの? そんなんで?」
「だ、だめだよサツキ! そんな事言ったら」
「いやでも、誰も付いていけないでしょこの人。ネモスディアナの端から端までダッシュとかしちゃうんですよ? そりゃ極東支部ほどじゃないですけど、どんだけ広いと思ってるんですか、ここ。私がトラック貸さなきゃどうしてたんだか」
「私は大丈夫だもん! ねっ、リョウ君」
その気遣いが痛いです。
なんかもういたたまれない。
俺、そんなに変なのかなあ。
「ほ、ほら、向こうで皆で遊ぼう? 子供たちも待ってるから、ね?」
この切ない思い、歌に込めて。
ようし皆、一緒に歌おうか!
「またあのわけわかんない踊りと歌を聞かされるハメになるんですね……」
――――――僕たちGE~あなた達にーついていく~。
今日も、運ぶ、闘う、守る、そして~食べられる~。
連れていかれて、闘わされて、食べられて~。
でも、私たち「愛してくれ」とは言わないよ~――――――。
「ちょっと! この前のことは謝りますから、その歌やめてくれません? 嫌味ですか!?」
――――――寝ずに考えたGE(ゴッドイーター)ソングが大不評だった件……泣きたい。
「ユノの顔がボーリング球みたいになってるんですけど!」
――――――わあ疲労度MAXみたいな顔。あるある、俺も資材調達のクルージングとか、レア掘り周回マラソンとか延々やらされた時にそんな顔になったなった。大丈夫大丈夫。ここからが本番だ。
「だから! あなたって人は! あぁぁもぉぉ!」
ガシガシと頭を掻くサツキさん。
おっぱいが揺れる揺れる、ヤッター!
ゴッドイーターやってて良かったァァ!
何かもう、こっちに呼び戻された時は陰謀かと思ったけど。
榊さんがまた何かたくらんでるのかと思ったけど。
これだけで俺は明日も明後日も戦えます!
いや、ホント榊さん、黒くない?
だって極東の支部長ってこう、毎回なんていうか、アレでしょ?
マッドサイエンティスト兼陰謀家でしょ?
ダブルシックザールに続いて榊さんも変な噂あるしさあ。得たいの知れないもの一杯作ってるとかって。
ソーマの産まれがどうとかの実験も、榊さんが作った因子とかが元で行われたんだし。
シオの扱いとかでも、支部内で堂々と陰謀めぐらせてたし……。
俺のキグルミもこれ危ない奴なんじゃないの?
赤い雨への防護機能があるって本当なの?
特務で雨中戦闘しろって言われてるから、雨じゃんじゃん降ってても気にせず神機様振り回してたけど、地味にこれ雨が染みてきてるし……。
本当に大丈夫なんですかね榊さん。
足のとことか雨がたまってたぽたぽになるんだけど榊さん。
肌触り悪すぎてやだもう。
ぐちょぐちょになって超不快。
いや、榊さん悪い人じゃないんだけどね。
でもこう、ね?
何か色々考えちゃうでしょ?
今までが今までだったから、ね? 警戒するのは仕方ないよね?
こちとら元小市民だったから! ね!?
ああーもう、やだなー、無駄な疑いとか持っちゃったりする自分が。
もう欧州行きたい。
あっちは陰謀とかと無縁だったからなー。
欧州はさぁ、アラガミの出現頻度とかもそんな高くないから、何かあったらその時だけ頑張って仕事したらよかったからなあ。
ナントカ計画とか、エイジス島とか何もなかったから、カルビーの板? とか何もなかったし。
頭からっぽにして戦ってたらそれでよかったし。
本社の思惑とか色々あったんだろうけど、極東ほどじゃないでしょ絶対。極東がおかしいんだって、絶対!
そりゃ酷い目にだってあったけど、そんなのどこだって同じでしょ。
どこもかしこも地獄なら、余計なこと考えないですむとこがいいよ。うん。
ああ、何も考えたくない。
何にも考えずに戦えたらなあ……。
なんていうかもう、ブラジャーのワイヤーになりたい。
サツキさんのおっぱいを支えるブラジャーのワイヤーになりたい。
俺、将来の夢はブラジャーになることなんだ。へへ……。
そしたら何も考えずにおっぱいのことだけ考えてたらいいしさ。
「あーもう、この人いったいなんなのよ、もう! 扱い難いったら!」
揺れるおっぱい。
まさか……ノーブラ、だと!?
「なんなんですか、こっちばっかり見て。ムカツクんならムカツクって言えばいいでしょ」
――――――自覚はあったんだ?
「はん。見てて苛立つんですよ、あなたたちゴッドイーターは。つらいんならつらいって言えばいいでしょうに」
――――――サツキさんは……。
「なんです? 最後まで言ってくださいよ、それとも何か言いづらいことでもあるんです?」
――――――いや、その……いい女ってのは、こういう人のことを言うんだなって。
「……はあ?」
――――――自分にあたればいいなんてさ、中々言えないよ、そんなこと。サツキさんの言ってることはさ、胸に溜めたもの全部受け止めてやるから、ドンと来いってことでしょ?
「あーらら、口説いてるんですか? 勘違いもはなはだしいったら。そういう男ってモテませんよ」
――――――ご、ごめんなさい。うん、モテないよね……うん……モテない……うん……知ってた。
「ユノの前で言う台詞じゃないでしょ、まったく……」
なんかいいなあ、こういうの。
うん、難しいことは考えたくないなあ。
命のやり取りしながら考え事しなきゃいけないなんて、ぞっとするよ。
こんな馬鹿な話ししながら、ちょこっと良い思いなんかしてさ。それで十分なんだよ。
もうホント苦手。
何か裏があるんじゃないのって勘繰るとかもう、ホント苦手。
なんぼしんどい目にあっても、ガチンコやってたほうがまだ気が楽だよ。
相手が人間だとかでもさ。それはそれでいいよ。
そんなの外壁育ちの俺からしてみれば、日常茶飯事チャメシインシデントなわけで。
食い物の奪い合いとかそりゃもうえげつなかったからなぁ。
刺した刺された。死んだ死なせた。殺した殺された……。
なんだかなあ。思い出すと嫌になる。
「リョウ君!」
おわあ、びっくりした!
わあ、ユノすごい顔してる。
あれ……なんかすごい泣きそうなんだけど、俺何かしちゃったっぽい?
あれか? ゴッドイーターの歌ver2がお気に召さなかったのか?
でもせっかく作ったんだし俺も披露したかったし。
音痴なのは許してお願い!
「うう、リョウ君……がんばったね。がんばったね……」
うわぁあああああいハグキターーーーー!
なんだかわかんないけどヤッターーーー!
ユノちゃんの薄い服おっぱいの感触ヤッターーーー!
極東じゃハグが流行ってるんだよねヤッターーーー!
「よしよし……リョウ君、がんばったね。よしよし……」
やっぱり極東サイコー!
よく考えたら欧州とかイイコト一個もなかった!
「何を考えてるのかわからない」とか「本心を隠してる」とか色々言われてたし!
なんか避けられてたし!
何だかんだでこっちは友達もいるし!
俺もう一生極東にいるぜうひょおおおおおう!
俺を極東に戻してくれた榊さんは超サイコー!
陰謀とかないナイ!
極東はクリーンな職場です!
ありがとう榊さん!
「リョウ君の体……傷だらけ……こんなに、いっぱい」
――――――いやあ、体の傷はさ、ほら俺、ゴッドイーターだから。すぐ治っちゃうんだ。
「でも、痛かったでしょう?」
――――――でも、もう痛くないよ。痛くない。痛くないんだ。
「リョウ君……!」
「まったく、なんでこんな人がゴッドイーターなんかになっちゃったんでしょうねー……似合わないでしょ、ゴッドイーターなんて。ふん」
密着ヤッター!
「あーあー、子供たちまで……お団子になっちゃってもう。お気楽なことで」
私も僕もと子供たちまで!
ぎゅうぎゅうにくっついてユノとの密着度がさらにドン!
女神の森は……楽園はここにあったんや!
「ほーんと、能天気に笑っちゃってるんだから、もう……」
どこの世界でも、国でも、きっと子供たちは純粋だと思う。
子供たちが笑っていられるなら、それが全部だと思う。
世界はまだ、きっと、大丈夫。
子供が笑って暮らせるような、幸せに溢れてる。
だから俺は、それを守るよ。
ゴッドイーターなんかになっちゃったけど、本当は戦いたくなんかないけど、でもやるよ。
俺はやるよ。
こうやって、お兄ちゃんお兄ちゃんって、慕ってくれる子供たちを守るよ。
世界の守護者とは名乗れないけれど、子供の味方には、なりたいなって思ってる。
みんなで歌をうたって、手を叩いて、踊って……そんなちっぽけな幸せを守るためなら、俺は血を流してもいいって、そう思える。
戦うよ。
俺は、戦い続ける。
この小さな幸せを守るために。
幸せなんかすぐ壊れて消えるって、知ってるのにね。
詰め込み回でした。
公式漫画、小説、その他もろもろを、GE1主を軸に繋げてみた結果こんな感じに。
アメリカ支部の活躍を描いた漫画もちょっと避けていたんですが、この機会にと購入。
結果……ぐぬぬ、お、面白いじゃないか!
でもなんで山のようにでかくても、アイアンメイデンに正面から近付いていくんだろう。
1主なら……1主ならきっと瞬殺してくれる……!
こんな風に思いながら読んでました。
以下今回のまとめです。
Q.なんで欧州から主人公だけが戻ってきてるん?
A.ゴルゴm……榊さんのしわざだ!!
色々と調べてみたところ、榊さんがガチの天才だったでござる。
ゴッドイーターとかアラガミ防壁とか、人類の最終防衛線はこの人の頭で保たれてるようなものだった。
人の絶滅防いだ本物の英雄は榊さんで間違いないと思います。
しかも理論尽くの頭でっかちかと思いきや、本人は勘頼りのえらいファジーな柔軟脳でしたし。
こんなこともあろうかと!を実際やってくるとか手に負えないなこの人!
同じ支部内で自由奔放なシオを匿うとか、プレイヤー目線でみるとシュールですが、榊さんは普通にやれちゃうんだなあと。
アラガミ化して戻ったリンドウさんが、極東最高戦力と一緒にフェンリル本社のある欧州に遠征行かされてるって、これも絶対なにかあるはず……。
本部のお膝元とかインボウされ放題でしょうし、リンドウさんの一件は隠しようがないから確実にマークもされてるかと。
うーん、榊さんの決定なわけだから、色々裏があるんじゃって考えちゃうなあ。
悪い意味の裏じゃないから安心だけどね!
ただシックザール夫妻の事件やシオ脱走、漫画版での失態など、裏目に出るという意味での裏の可能性は大いにあるわけで。
しかし人類の叡智の結晶、誰も追いつけない領域にいるくらいの神域に足つっこんだ頭脳を持ってる榊さんが支部長してるとか、逆に考えると極東怖い。
榊さんがいないと極東はもたないってことだから……。
知と武の両方で世界最高レベルの者がいないと崩壊する職場、それが極東ですねわかります怖い。
本部に連れ戻されて然りのはずなのに、たぶん黒い腹芸とか一杯して極東にしがみ付いてるんだろうなあ。
同じアラガミであっても、地域によって中身は段違いだそうなので。
その他地域<欧州<<<<極東
(下位<上位<<<<G級 ※モンハン的尺度)
なんでしょうねきっと。
ベテランゴッドイーターの死亡率とかぶっとんでるんだろうなあ。
しかも赤い雨じゃんじゃん降ってるし、極東って関東だから多雨地域じゃん。
あれっ、もしかしなくても普通に暮らそうとするだけで難易度エクストリーム?
極東は本当に地獄だぜフゥハハー!
※なんかもうロミオがショックすぎて立ち直れないので、当SS主人公をいっぱい酷い目にあわせていじめます。
試練があってもいいよね?
※2
おおっと・・・なんだか反響が大きかった・・・・・・!
それだけ愛していただける方がいるのだと嬉しい半分、気をつけて書いていかなければとプレッシャー半分。
上記の※1は本文シリアスだった分の場を和ませたい作者ジョークだったのですが、皆様にとって「シャレになってねえんだよ!」だったようで・・・・・・ごめんなさい
上のものは消さずにおいておきます。
なぜなら。
どんなに傷付いても、苦しんでも、不幸や理不尽が襲い掛かってきたとしても。
それでも立ち上がり、歯を食いしばって
誰かを恨むのでもなく、憎むのでもなく
敵を倒すために戦うのでもなく、生き残るために戦うのでもなうく
人は、自分は、負けてはいないのだと
大丈夫だ、と何でもない風に笑って言ってしまえる
それがGE1主であると、私は信じているから。
意味なく酷い目にあう。
それは理不尽というものです。
人の汚さと世界の厳しさが渦巻くGE世界では、当然のように理不尽が闊歩しているのでしょう。
そして理不尽を与えるのは、私となります。
作品や主人公ではなく、『私』にヘイトが集まったこと、とても嬉しく思います。
当SSを書いていて、また後書も正直狙った部分がありますが、私を憎んで頂きたかったからです。
なぜならこれは勘違い系SSだからです。
真に勘違させられていたのは皆様、ということです。
そして私を憎んでいただけたら、そこがスタートであると。
なぜなら、きっと今、皆様はGE世界に生きる人々と同じ気持ちとなっているはずだからです。
あの世界に生きるゴッドイーター達の気持ちと。
理不尽を、それを与える存在に、負けてなるものか、という。
きっと彼なら、残酷な運命になど負けはしない
どんな理不尽が立ち塞がったとしても。悲劇に塗れたとしても。
そう想って頂けたら、これ以上のものはありません。
きっとまた、立ち上がれる力は残っているのだから。
皆様も同じ想いを抱いているのだと、そう信じています