そして、身勝手で申し訳ないのですが、これからも更新は不定期になりそうです。全てはきっと一月十七日と十八日にやってくる例のアレのせいです。ご了承下さい。
さて、今回は最多の文字数となってしまいました。まさかの一万超え。少々詰め込み過ぎたかな、と反省しております。あと今回あんまりごちうさっぽくない、かも……。
では長い前置きはこの程度にして、第十三話です。どうぞ。
今現在の僕の顔を鏡で確認したならば、きっとフルマラソンのゴール手前で足払いをかけられたような、そんな表情を拝見することが叶うだろう──五者五様の視線に囲まれながら、僕は心の内で深く嘆息した。
脱衣所でリゼと鉢合わせしてから数分後、意を決してチノちゃんの部屋に突入し、この有様となっている。
──キラキラと目を輝かせているココアちゃん。
──誰にでも解る程に動揺しているチノちゃん。
──無表情で此方を見詰めているリゼ。
──凄く楽しそうな笑みを湛えている千夜ちゃん。
──恥ずかし気に、チラチラと盗み見しているシャロちゃん。
針の筵もかくやという状態に、僕の心労は募っていくばかりである。誰も言葉を発さない辺り、尚タチが悪い。間違いない、視線は人を殺せる。
「──上白くん! それすごく似合ってるよっ!」
胃痛と激闘を繰り広げていると、全く微塵もこれっぽっちも嬉しくないお言葉を頂いた。
「本当、とっても可愛いわよ」
「違和感全くないです」
「上白さんが、女の子に……」
「……その、強く生きてくれ」
リゼの一言がひどく心に染みた。
「くそ、恥ずい…………それにしても、よく僕に合う服があったね」
「母のやつです」
「そうなの? 勝手に使っちゃって良かったのかな」
「構いませんよ。今は着る人が居ないので」
どうやらこの服装はチノちゃんお母さんのものらしい。勝手に着用していいのだろうか……まあタカヒロさんが用意してくれたのだから、問題はないと思うけど。
「落ち着きが無いとは思っていたが、まさか替えの服がないとはな」
「僕だって、いつも持ち歩いてるわけじゃないよ……」
前回泊まった時は、本当にたまたまリュックに詰め込んでいただけなのだ。もし着替えがなかったら、全力で拒否していたに違いない。
──ふと、視線を感じる。部屋を見回すと、千夜ちゃんが此方をじっと見詰めていた。
「……うん? どうしたの?」
「……ちょっといいかしら」
そう断りを入れると、千夜ちゃんが僕の方へにじり寄ってきた。
もしかして何かおかしい部分があるのだろうか? 女性服に疎い分、着付けに間違いがあったなら指摘してくれると助かるのだが……この思考に至っている時点で色々手遅れな気がする。
「…………」
じー、という効果音が聞こえてきそうなほど凝視している千夜ちゃん。その目線はスカートの部分へ向いている。
「──私よりも肌が綺麗だわ!」
「「!!」」
見てたのは中身の方だった。
「か、上白! よく見せてくれ!」
「そうなんですかっ? 何かお手入れされてるんですか!?」
「って、スカートを捲らないで! おいこら覗くなっ!! ──ああもう、皆も見てないで止めてよっ!」
……暴走を始めるリゼとシャロちゃんを宥めるのには相応の時間を要したことを、ここに明記しておく。
□□□□□□□□□□
「す、すまない。取り乱した」
「ごめんなさい……」
なんとか二人を落ち着かせることに成功。頭を垂れる両者を半目で睨みつけていた僕だが、にわかに瞑目して疲労感の篭った溜息を吐くと、肩を竦めて口を開いた。
「……まあ、今後はこういう事のないように」
というか、二度と同じシチュエーションが来ないことを祈るばかりである。見知らぬ土地に飛ばされてまで二度も辱めを受けるのは御免だ。
「ふふっ、なんだかいつもよりずっと賑やかになったね、チノちゃん」
「そうですね……悪くないです」
そんな僕らのやりとりをじっと眺めていたココアちゃんとチノちゃんが、ポツリとそんなことを呟いた。
……確かにこうして友人と仲良く(?)お泊りが出来るなんて、この街に飛ばされた時には全く想像できなかった。資産も人間関係も奪われ、ほぼこの身一つで投げ出された僕にとって、彼女たちの日常に関われることはなにより心暖まるものである。
可能ならば、この暖かい関係が末長く続きますように──たった一人の部外者たる僕には、そう乞い願わずにはいられなかった。
「そうね。こんな機会だから、みんなの心に秘めていることを聞いてみようかしら」
どこかしんみりとした雰囲気の中、千夜ちゃんが言った。
心に秘めていること──と問われると、僕としては少なからず動揺せざるを得ない。経歴、現状、家族、学業、そして変な力の詳細……ざっと挙げても、これだけの隠し事を抱えているのだ。
僕はきまりが悪くなって、目線を逸らし──。
「とびきりの怪談を教えて?」
──と、千夜ちゃんが物凄く蠱惑的な声音でそう言い放った。
「……なんで怪談?」
「お泊りで夜の会話となったら、もう怪談しかないじゃない! 暗闇の中で一人ずつ身の毛もよだつ怪談を語り合う……ああ、なんで魅力的なのかしら!」
そんな恋をしたような瞳で怪談を語られても反応に困る。
「怪談ですか? うちにもありますよ?」
「そうだったの!?」
チノちゃんのまさかの発言に、慄くココアちゃん。隣にいるリゼも、少し顔が強張っているようだ。
「ココアさん、リゼさん、上白さんはここで働いていますけど、心して聞いて下さい。──このラビットハウスには、夜になると……出るんです」
「な、何が……?」
ガタガタと震えるココアちゃんは、怖いのか隣のリゼに張り付いている。そのリゼも、よく見れば少し手先が震えている。
そんな二人を見据えながら、チノちゃんはたっぷり間をあけてついにその正体を語る──!!
「──白くてふわふわもこもことした物体が、店内を彷徨っているんです……!」
話を聞いていた二人の震えが止んだ。
「チノちゃん、もしかしてそれには耳とかついてない?」
「……!? ど、どうしてそれを!」
「あはは……じゃあ次の人どうぞ」
……どうやら彼女に怪談はまだ早かったようだ。真面目に怖がらせようと努力してた点は評価するが。可愛かったし。
「……では、次はリゼさんどうぞ」
「私か?」
納得いかない様子のチノちゃんだったが、ささっと手番を譲ってしまった。案外、あれ以上語ることが無かったりしたのかも知れない。
「そうだな……じゃあ、うちのメイドに聞いた話なんだが」
「「メイド!?」」
「──仕事を終えて帰ろうとしてた時に……」
こいつ、スルースキルが上がってる……!?
「近くの茂みの中から、這うような、ズルズルとした音と共に、何かが近寄って来るような気配を、その時感じた。気味が悪くなって直ぐに逃げ出したらしいが、背後からの這うような音は絶えず鳴り続けていたという」
どうやら、今度のはちゃんとした怪談のようだ。恐怖の煽り方といい、なかなか様になっている。
「──まあ、犯人は匍匐前進をしていた私だったんだが」
「バラしちゃだめじゃん!」
僕の賞賛を返せ。
「ふう……じゃあ、次は──シャロ、どうだ?」
「わ、わたしですか!? 申し訳ないですけど、そういうのはちょっと……」
「──じゃあ、私がいこうかしら」
声の主──千夜ちゃんは、そっと目を瞑ると、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……とっておきの話があるの。切り裂きラビットっていう実話なんだけど──」
そこまで語り終えたその瞬間、窓の外で大きく雷鳴が轟き、一瞬の輝きが部屋を埋め尽くした。
────そして、プツンという無機質な音が鳴るやいなや、視界が暗転した。
「──わっ!?」
「て、停電!!」
「バーの方大丈夫なのかな!?」
「落ち着いて下さい。こんな時の為に……」
各々悲鳴を上げる中、冷静なチノちゃんの声が響く。ガサゴソと何か探る音が聞こえたと思ったら、突然視界が仄かに明るくなった。
目に映ったのは、蝋燭に火を灯して、それを持ち上げているチノちゃん。どうやら非常電源を用意していたようだ。不幸中の幸い、といったところか。
「も、盛り上がってきちゃった……!」
──ダメだ、ある一名のやる気がメーターを振り切ってしまった。シャロちゃんとか、暗闇でも判別できるくらい顔が青ざめている。
「それじゃあ、続きを……いきましょうか」
こうして、真の恐怖劇は幕を開けたのだった────。
□□□□□□□□□□
「今日は、もう寝ましょう」
チノちゃんのその一言で、その場はお開きとなった。
……額の汗を拭う。迫力のある演説だった。もし元の日本でこの話が出来たなら、都市伝説の一端を担えるかもしれない──そう思える程には、怪談として完成されていた。
ちら、と暗順応で暗闇に慣れた目で見渡せば、まさに死屍累々と表現するに相応しい状況が広がっていた。千夜ちゃんだけは満足気な顔をしているが、それだけに彼女が戦犯であることは一目瞭然である。
「ぜ……絶対に取り憑かれる……」
「こ、怖いこと言わないでよっ!」
「……布団を持ってきます」
「ああ、楽しかったわ……!」
恐怖に震えるココアちゃん。それ以上に怯えているシャロちゃん。冷静を装いつつも、どこか動きがぎこちないチノちゃん。そして、ツヤツヤした笑顔を振りまく千夜ちゃん。
……大人しい人ほど実は怖いという話はよく聞くが、丁度今痛感しているところだ。
「な、なあ上白」
「うん? どうしたの、リゼ」
と、対面で同じように震えていたリゼが、唐突に僕へ声を掛けてきた。
「お前は……怖くなかったのか?」
「あー、その話? 別に怖くなかったさ」
「あら? もしかして、上白君も怪談を嗜んでいるのかしら? 是非一つお話を聞いてみたい──」
「そ、それはもうやめてくれ!」
千夜ちゃんの言葉を、大声で遮るリゼ。そこまで嫌か。
「あはは……でも、別に僕は怪談には詳しくないよ? 実際、怪談話なんて初めて聞いたようなものだし」
「え、そうなの?」
ココアちゃんが食いついてきた。僕は首肯して、話を続ける。
「だから、語れるような怪談は持ってないんだ。期待に添えなくてごめんね?」
「じゃ、じゃあ上白さんはどうして怖くなかったんですか……? もしかして、コツとかあったり?」
続いてシャロちゃんがそう問いかけてきた。そこまで切実か。
「いや、だってさっきの話──切り裂きラビットとか言ったっけ? あれは実話じゃないって直ぐに解ったから」
「ど、どうしてだ……?」
「だって、うさぎはそんなことしないもの」
「「「「……」」」」
「……あれ?」
なんで皆硬直してるの?
「いや、その……創作としての、もしもの話であってだな?」
「でもリゼは物語を読んで、その登場人物が生身で空を飛んでいたからって、別に現実でも空を飛べるとは思わないでしょ?」
「あ、はい」
「それと一緒だよ。さっきの話には現実味が無さ過ぎる。うさぎはそんなこと絶対にしないし、もし万が一、そんなことをするうさぎがいるのなら──」
僕は胸に手を当てて、言い放った。
「──この僕が止めてみせる。血と怨嗟に呑まれたうさぎなんて、この僕が救わなくて誰が救うっていうんだ」
もし、人に対して深い絶望と復讐心を持ったうさぎが居るのなら、それはきっと人間の業の深さが招いた結果なのだ。野生的な動物である彼等は、意図せず迷惑を掛けることはあっても身勝手に人を怨むことなどありはしない。いつだって彼等は可愛くて、正直で、こんな僕を頼ってくれて、ふわふわで、可愛くて、可愛くて、可愛くて可愛い。そう、つまり
「……まさか、ここまでとは。病的というか、なんというか」
「わ、私も少しは見習わないと……いつかうさぎ嫌いなの、相談してみようかしら」
「なんか、かっこよかったねー。意味はあんまりわからなかったけど」
──と、なにやらボソボソと小声で話し合っているリゼ、シャロちゃん、ココアちゃんの三人。内容は聞こえないが、なんだろうか?
「ねえ、上白君」
不意に、いつの間にか隣まで来ていた千夜ちゃんに声を掛けられた。
「どうしたの?」
「もし、さっきの話がうさぎじゃなくて人間だったら──どうかしら?」
「人間、だったら……?」
人間だったら──そんなもの、決まっている。
「ふ、ふふふ震えが止まらないっ……!」
「あらあら」
身体の震えは、チノちゃんが帰ってくるまで続いた。
□□□□□□□□□□
「──さて、布団も敷き終わったし、僕はそろそろお暇するよ。じゃあ、おやすみ」
敷いた布団は二組。ベッドが一つあるので正確には三組ある。数が足りないのでは、と尋ねたところ、二人ずつ入れば人数ピッタリだから大丈夫、とのことらしい。そこに寝るのは五人なのでピッタリではないのだが、単なるミスだろう。
「あれ、上白くんどこに行くの?」
部屋を出ようと、扉へと歩いていく──その途中で、ココアちゃんに呼び止められた。
「どこって、前に泊まった個室だけど……」
「……個室? 上白くんもここで一緒に寝るんじゃないの?」
ああ──これはギャグだ。僕の寝間着が女性ものであるが故の、ハードなギャグだ。僕は苦笑しながら言った。
「あはは。不本意でこんな姿になってるけど、僕は男だよ?」
「「「「「……え?」」」」」
「おい待て」
こいつらまさか、本当に僕が女だと思ってたのか……!?
「い、違和感がなかったよ……!」
「だって、こんなに可愛いのに上白君は女の子じゃないなんて……そんなのおかしいわ!」
「似合い過ぎてて、失念してました……」
「そ、その……どう見ても女の子だと思います」
「私の目を欺くとは、上白……お前実は女の子じゃないのか?」
「ちょっと君らそこに直れっ!」
少しばかり──いや、本格的に説教が必要かもしれない。主に僕のプライドの為に。
「ていうか、ココアちゃんと千夜ちゃん! 二人はちゃんと『上白君』って君付けで呼んでたじゃないか!」
「じゃあこれからは上白ちゃんね!」
「あ、それいいね千夜ちゃんっ」
「良くなあああああああいっ!!」
声を張り上げて否定する。まさかトラウマの一つがここで再現されるとは露にも思わなかった……!
「と、も、か、く! そういうわけだから、僕は別室で寝るから!」
「待って下さい」
「……今度は何?」
再度僕を呼び止めたのは、チノちゃん。困ったような目で此方を見つめている。
「あの部屋の布団、ここに持ってきたのでもうありません」
「…………え?」
「ココアさんの部屋のベッドから一つと、予備の客室から一つずつ布団を引っ張ってきたので、あの部屋にはもうベッドの木組み部分しかないですよ」
「……マジですか」
チノちゃんの言葉に、がっくりと項垂れる僕。思い返してみれば、確かにあのベッドは布団を上に敷く形のものであった。
「他にベッドや布団は、無いんだよね?」
「はい」
「じゃあ仕方ない……僕はソファか何かで寝るよ」
「あ! それはだめだよ上白くん!」
珍しく、怒ったようにココアちゃんが口を開いた。
「そうよ上白君。ちゃんと布団で寝ないと風邪引くわ」
「こればっかりはココアの言う通りだな」
「ソファはさっき片付けましたし、他に寝る場所ありませんよ」
「……(布団を買うお金を貯めるまでソファで寝てたなんて言えない……)」
「ぐっ……」
四人(何故かシャロちゃんは黙っていた)から反撃を受け、たじろぐ僕。なんとか説得しようと、いろいろ思考を巡らせる──。
「だ、大丈夫だって! いつもはベンチで寝てるんだか、ら…………あっ」
──そして、咄嗟に禁句を言ってしまった。
「……今の、なしでお願いします」
「もう手遅れだと思うがな」
「……」
リゼの非情な宣言に、僕は膝と手を床に突いて項垂れた。
「今の、本当なんですか?」
「……」
「おい上白、もう白状したらどうだ? どうせいつかはバレるんだし」
「…………そう、だね」
──もう、ここまで来たら隠し通すことは不可能だ。何より、隣のリゼが諦めてしまっている。僕が口を噤んでも、彼女が曝露してしまうだろう。それならいっそ、自分の口から
僕は心を決め、真剣な表情で四人の顔を見据えた。
「みんな、驚かないで聞いて欲しいんだけど────」
□□□□□□□□□□
「──というわけで、僕は今公園に住んでいるんだ」
一ヶ月以上前、公園でリゼに話したことをそっくりそのまま語り終えた僕は、戦々恐々とした面持ちで四人の表情を見回した。
「──うわぁ」
く、暗い! そして空気が重い!
リゼの方を見やるも、ジト目で「お前の自業自得だ」と返された。正論なので何も言い返すことは出来ない。
前回と同じく、借金で家を売り払われて辿り着いたのがこの街で、親と連絡はつかず現在ホームレスであることを言ったわけだが、まさかここまで暗い雰囲気にさせてしまうとは……虚構の真実であるが故に、物凄く心苦しい。なんか別の世界から来たっぽいです、なんて本当の真実を語って頭の病院を紹介されるよりはマシであるが。
兎も角、このままではいけない。なんとかしてフォローせねば、折角の楽しいお泊まりを台無しにしかねない!
「そ、そんなに気にすることないよ! ほ、ほら……うさぎが居るし! みんなとも会えたしっ!」
「……ごめんなさい、上白君」
真っ先に口を開いたのは、千夜ちゃんだった。
「実は私、あなたが公園に住んでいることは知っていたの」
「えっ?」
「でも、まさかこんなに大変な事情を抱えていたなんて……もっと早く気が付くべきだったわ、本当にごめんなさい」
「いや、千夜ちゃんの責任じゃないというか、寧ろお菓子とかいつも貰ったし……あ、もしかして、それでいつも試食とか持ってきてたのか」
僕の言葉に、千夜ちゃんはそっと首を縦に振った。
試食と称して僕にお菓子を分けてくれてたのは、僕の生活を知っていたからなのか。道理で毎回毎回持ってくるものだと思った。
「……あの、上白さん。上白さんのお気持ちも考えず、ごめんなさい」
「うん、なんで謝っているのかよくわからないんだけど……」
「だ、だって、上白さんには沢山相談したり話し相手になって貰ったりしてたのに……!」
相談というか、あれは勝手にシャロちゃんが語り出した自爆も同然なのだが……寧ろ相談に乗ってもらったのは僕の方である。
「それに、上白さんの事情も考えずに色々言ってしまって……」
「あー……」
シャロちゃんからは、今まで貧乏で大変な生活の愚痴とか、そういったものも含めて多くの会話をしていた。その愚痴を言った相手が、実は自分より相当恵まれない境遇下で暮らしていたとなれば、心が痛むのは必須か。
「気にしなくていいよ。僕にだって取れる選択肢はあったけど、自分であの公園暮らしを選んだんだ。後悔はしてないし、実は結構気に入ってるし」
「……はい」
落ち込みながらも、頷いてくれたシャロちゃん。続いて口を開いたのは、チノちゃんだった。
「上白さん。上白さんはどうして公園で暮らしているんですか?」
「ん? そりゃあ、もうずっとあそこに居たから愛着だって湧いてるし、他に住む場所は無いし。何より、うさぎが沢山いるし!」
「……なるほど」
得心したようにそれだけ言うと、チノちゃんは僕の目ををじーっと見据えていた。
「……どうしたの?」
「では、上白さん」
「何かな?」
チノちゃんは動揺することもなく、真剣な瞳で、世間話をしているかのような抑揚のない口調で──。
「──私がうさぎの代わりになるので、うちで暮らしませんか?」
とんでもない発言をかました。
「……………………うん? よく聞こえなかったから、もう一度いい?」
「私がうさぎの代わりになるので、うちで暮らしませんか?」
「…………」
「私がうさぎの」
「あ、もういいです」
僕は思わず頭を抱えた。聞き間違いでもなんでもなく、本当に文字通りの意味でそう言っているみたいだ。顔が真剣そのものである。
「……チノちゃん、そういう発言は要らぬ誤解を招きかねないからやめておこうね」
「今ならココアさんもついてきますよ」
「ココアうさぎもついてきますっ!」
「あーもう、この姉妹はっ!」
似た者同士というか、なんというか……! なんだかんだいって結局この二人は似ているなぁ、なんて考えていたが、天然な部分まで姉妹だとは思わなかった。
「とりあえず、どうしてそういう結論に至ったのか、参考までに聞いても?」
「ええっとですね……上白さんは公園で暮らしているのは、うさぎと暮らせるからなんですよね?」
「うんうん」
「でもうちは飲食店なので、うさぎを大量に住まわせることはできません。よくて精々二、三匹です」
「なるほどなるほど」
「そこで、私がうさぎの代わりになれば上白さんはうちに住んでも問題無──」
「はい、そこがおかしい」
何故チノちゃんがうさぎの真似事をする必要があるのか、全く理解できない。
「とにかく、それはダメだ。なんというか、僕の生活とかそういう問題以前の段階でダメだ」
「……そうですか」
何故そこで残念そうな顔つきになるのか、小一時間ほど問い正したいところではあるが──ぐっと我慢する。
「はぁ……というか、誰かの家に厄介になるとか、そういうのは心苦しいしナシの方向で──すいません」
……無言で全員に睨まれた。超怖い。
「……全く。前にも言っただろ? 問題があったら今度こそ覚悟しておけよ、と」
「あー、言ってたね……」
「じゃあ、上白くんが一回ずつみんなの家に泊まって、一番良かったところに決めてもらおうよ!」
「あ、それいいわ! 流石ココアちゃん!」
「ココアにしてはなかなか面白そうな提案じゃないか」
「負けませんよ」
「……あの、それ私もやるの?」
やらなくていいです。
「じゃあ、先ずは私の家に来てよ! おいしいパンが沢山あるよ〜」
「まさかの実家!? ココアは今下宿中だろ!」
「あ、そうだった」
「ではココアさんはラビットハウス側ということで」
「頑張ろうねチノちゃんっ。……あ、でもなんだかリゼちゃんとシャロちゃんの一騎打ちになりそう」
「二人ともお嬢様ですからね」
「うぐっ……!」
「でも、お家の広さで決まるわけじゃないわ。上白君が、狭い方が落ち着くって言うかも知れないじゃない! ね?」
「こ、こっちを見て言わないで!」
なんか、知らない間にシャロちゃんにダメージが……合掌。
さて、蚊帳の外である僕だが、そろそろ突っ込むべきだろう。この不毛な争いがこれ以上続くのは耐えられない。
「──みんな!!」
僕は声を張り上げる。夜なので多少は自重しているが、それでも議論を中断させて注目を集めるには十分な声量だ。
皆の意識が僕へ向いたのを確認し終えると、僕はあるモノを指差しながら──主張した。
「それは明日にして、もう寝よう!」
短針は丁度0時を指していた。
□□□□□□□□□□
さて、今の現状を解りやすく表現するならば、僕はきっとこう言うだろう。
──ここからが本当の地獄だ、と。
「じゃあ、二人三組に別れましょう」
「ちょっと待って千夜ちゃん。ソファがないなら床でもいいから、僕を勘定に入れないで」
「じゃあ、上白君はベッドじゃなくて敷布団で」
「そういう意味じゃないっ!」
……おかしい。絶対におかしい。付き合ってもいない男性に同衾を許すなんて、この街の子たちは警戒心とか羞恥心とか嫌悪感とか諸々をうさぎの餌にでもしてきたのだろうか。
「……ねえ。同じ部屋で寝るだけじゃないんだよ? 同じ布団に入ることになるんだ。もう一度よく考えて欲しい」
諭すように、出来るだけ柔らかい口調で五人の女の子へ問い掛ける。できれば、これで事の重大さに気が付いて欲しい──!
「うーん、私は昔お兄ちゃんとよく一緒に寝てたし平気だよ?」
「上白だしな。どうせ問題も何も起きないだろ」
「その、なんというか……実はお兄さんとか、憧れていたので……」
「シャロさんと似たような理由です」
「……ふふ」
「最後の微笑みはなに!?」
千夜ちゃんの事だから「面白そうだから」とか言われても、もう僕は驚愕しない。
……だがまあ、こうなったら腹を括るしかない。なに、目を閉じて数時間も経てば夜が明けるのだ。それまで目と鼻の先で寝ている女の子の隣で安らかな眠りを享受すれば──心臓に悪過ぎる。
「三組ですし、グー、チョキ、パーで別れましょう」
「……っ!」
「よし、私頑張るよ!」
「いや頑張る要素は特に無いが……」
「ふふ、それじゃあやりましょうか」
「……どっちでもいいけど、この人数で直ぐに決まるの?」
六者六様の反応を見せながら、ついに運命の時間がやって来る。合図に合わせて、好きな手を出すだけ。それだけで、今宵の全てが決まる──!
「「「「「「せーのっ!」」」」」」
掛け声と共に、一斉に手を振り下ろし、そして──────。
「結局いつもとあんまり変わらない……」
「まあいいじゃない、シャロちゃん。もし隣が上白君かリゼちゃんだったら、緊張してなかなか寝付けなかったでしょ?」
「……そうかも」
チョキで同じ布団の組みになったシャロちゃん、千夜ちゃんペア。
「上白くんにチノちゃんとられた〜!」
「ココア、最近なんかそればっかり言ってないか?」
グーで同じ布団に入っているリゼ、ココアちゃんペア。
「よろしくお願いします」
「……他意はないよね?」
「はい?」
──そして、パーで見事に合致した僕とチノちゃんのペア。
こう思うのは失礼かもしれないが、チノちゃんで良かった。うさぎっぽい(うさぎ談)彼女は、言わば
「えへへ、リゼちゃんと一緒にっていうのも、なんだか新鮮でいいね」
「こ、こらっ。あんまり引っ付くなっ」
「ちょっと千夜、こっち来すぎじゃない?」
「ふふ、久し振りに一緒のお布団に入るんだもの。もっとお話しましょう……怪談とかどう?」
「そ、それはもういいっ」
……うん。あっちの組になっていた可能性を思うと、本当にこれで良かった……!
「早く寝ないと、明日起きれませんよ」
「じゃあ、みんなおやすみっ」
ココアちゃんのソレを皮切りに、計六つの「おやすみ」が行き交うと、部屋はしんと静まり返った。
──暫く経つと、数名の寝息が聞こえ始める。僕はじっと天井を見詰めていた。
心の中では、色々な事が渦巻いている。露見してしまった僕の生活、境遇のこと。うさぎのこと。明日の朝に行われるであろう、頭痛のタネにでもなりそうな会議のこと。うさぎのこと。これからの家のこと。うさぎのこと。うさぎのこと──あれ、半分以上うさぎのことじゃん。
「起きてますか?」
小さな声が聞こえた。驚いて、反射的に顔を隣へ向けてしまう。チノちゃんが僅かに不安そうな表情で僕に視線を向けている。吐息が届きそうな距離感。あまりの距離の近さに、心臓の鼓動が少しだけ早くなった。
周りの睡眠の邪魔にならないよう、僕も同じように小声で尋ねた。
「どうしたの、チノちゃん?」
「あんまり、寝付けなくて……」
当然、だと思う。今彼女の隣に横になっているのは、たかだかバイトの従業員の一人に過ぎない。古くから付き合いのあるらしいリゼでも、姉妹同然で共に暮らしているココアちゃんでもなく、男性である僕なのだ。不安感を抱くのも無理はない。
「大丈夫だよ。なんなら、やっぱり僕は違う部屋に──」
「いいえ、そうではなく」
「……うん?」
「千夜さんの怪談が怖くて……」
「あ、そっちですか」
色々考えていた自分が非常に恥ずかしい……!
「と、ともかく、あれは作り話なんだから、気にしちゃだめだよ」
「それはわかっているんですけど……」
「まあ、そりゃそうだよねぇ」
作り話だから、で納得できるなら苦労しないだろう。
「……でも」
すると、チノちゃんが不安気な表情を消し、ほんの少しだけ笑顔を魅せて、僕に言った。
「上白さんが、きっと守ってくれますよね?」
「──」
その彼女の、僅かな、でも確かな笑顔が凄く綺麗で──純粋で。
気が付けば、僕の手はチノちゃんの頭の上に置かれていた。
「──チノちゃんは、本当にうさぎみたいだなぁ」
「……そうですか?」
照れたようにそっぽを向くチノちゃん。その仕草が可笑しくて、僕はつい彼女の頭を撫でてしまう。
それは、まるで本当の兄妹のようで──。
「大丈夫だよ──おやすみ」
「はい、おやすみなさい──お兄ちゃん」
窓を叩きつけていた雨風が、少しだけ弱まった気がした。
読了有難うございます。
まずは私から一言。
ど う し て こ う な っ た 。
痛烈なラブコメ臭(?)に、某進行形のシスコン生徒会長でなくとも砂糖を吐いてしまいそうです。
でも、よく考えると主人公君この回はずっと女装したままなんですよね……嗚呼、そう考えると凄くシュールな絵面に。
チノちゃんとは恋愛というより、兄妹という形で収まる方がスッキリしますね。年の差もありますし、妹力だって高いです。ココアちゃんの気持ちがよく理解できますね!
……はい?もし他の子とペアになっていたら?
それは各々脳内妄想で補って下さいませ。流石にこの流れをあと四回も繰り返すとなると、かなりキツイですw
さて、では今回はこの辺りで。最後までお付き合い頂き、誠に有難うございます。次回もお会いしましょう。それでは。