そういえば、大多数の方がお気づきかと思いますけれど小説のサブタイトル、ココアちゃんが来た第六話から元ネタがあります。どこから引っ張ってきているのか、探してみるのも一興やも知れませんね。
さて、今回は二部構成になっています。というのも、折角のおいしいイベントを原作通り消化するだけでは勿体無いかなーと思ったからです。後編は特に色々詰め込んでみたいなーとか考えております。
では、第十一話。どうぞ。
「今日は雨であんまりお客さん来ないね」
曇天模様の空を窓越しに眺めながら、ココアちゃんは呟いた。
昼間にも関わらず、店内は電気を点けていないと薄暗い。じめじめとした空気が肌に纏わり付き、少々の不快感を齎している。
「昼過ぎまでは晴れてたんだけどね」
「天気予報は晴れでした」
「この調子だと、止みそうにないぞ」
ココアちゃん、僕、チノちゃん、リゼの四名は現在手持ち無沙汰の状態だ。急な雨のせいで客足は途絶え、今やある二人を除いて、お客さんが全くのゼロの状態だ。
そして、そのある二人というのは──。
「二人とも、こんな天気なのに遊びに来てくれてありがとうね!」
「ちょうどバイトの予定が空いただけよ」
「ふふ、どういたしまして」
照れ臭そうにそっぽを向くシャロちゃんと、にこやかな表情でココアちゃんに手を振る千夜ちゃん。
──そう、シャロちゃんと千夜ちゃんの二人は、天気が崩れる前にラビットハウスへ寄ってくれていたのである。雨が降ってからは雨宿り中のようだ。
「……それにしても、私たちが来た頃はまだ晴れてたのに」
憂を帯びた表情で外を見つめる千夜ちゃん。心なしか、声音に普段の元気さが感じられない。
それに続けて口を開いたのは、シャロちゃんだった。
「誰かの、普段の行いのせいかもね」
皮肉げな口調だ。その目線の先にはココアちゃん。明らかに彼女を意識した発言だろう。
その言葉に対し、ココアちゃんはほんわかとした顔を崩さずに──言った。
「シャロちゃんがうちに来るなんて珍しい事があったから、かな?」
「私のせい!?」
驚愕を顕にするシャロちゃん。皮肉がスルーされるどころか、思わぬ形でしっぺ返しを喰らったようだ……強く生きて欲しい。
「ほら落ち着け。コーヒーでもどうだ?」
気を利かせたのか、リゼがコーヒーを淹れて持ってきた。
だが、テーブルの上に置かれたそれを見たシャロちゃんは、少しだけ眉を顰めた。
「あ、すまない。シャロはコーヒー苦手だったな。これは私が飲むよ」
「い、いえっ! 少しなら大丈夫ですから!」
申し訳なさそうにリゼが言うと、シャロちゃんは慌ててコーヒーを口に含んだ。
「シャロちゃん。そんないきなり飲み込んだら火傷す──「熱っ!?」……言わんこっちゃない」
どうやら僕の忠言は一足遅かったようだ。僕は苦笑しながら、カップに水を注いでシャロちゃんの目の前に置いた。
「す、すいません……」
涙声で礼を言うと、シャロちゃんは水を一気に飲み干す。
「シャロちゃん、以外とそそっかしいね!」
「……ココアさんにそれを言う資格はないと思います」
「そ、そんなことないよー? ね?」
チノちゃんの冷静な突っ込みが、ココアちゃんの胸を抉る。
……同意を求めるココアちゃんに視線を合わせる者は、誰一人居なかったのは言うまでもない。
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──ソレは、唐突に訪れた。
「みんなー! 今日は私と遊んでくれてありがとーっ!」
どこかのアイドルの様な掛け声が、ラビットハウスに響き渡る。僕、チノちゃん、リゼの三人は、その光景を瞠目して見つめていた。千夜ちゃんだけは何故かニコニコしている。
「またいつでも遊びに来てねー」
「いいのー? 行く行く!」
前者はココアちゃんの発言だ。それは理解できる。間延びした、ふわふわとした声で喋っている。何時もの事だ。
……だが、それ以上にふわふわで、笑顔でココアちゃんと会話しているのは────シャロちゃんだった。
「千夜さん……これは?」
恐る恐る、チノちゃんが千夜ちゃんに尋ねる。聞かれた千夜ちゃんは、笑顔を崩すことなく答えた。
「前に言ってなかったかしら? コーヒーを飲むと、シャロちゃん毎回ああなっちゃうのよ」
「……まるでココアが二人になったみたいだ」
動揺を隠せない、といった表情のままリゼが呟く。ココアちゃんが二人……言い得て妙である。
「あっ、チノちゃんだー!」
「はい?」
新しい標的を見つけたのか、さながらココアちゃんの如くチノちゃんに抱き着くシャロちゃん。
「チノちゃん、ふわふわー!」
抱き寄せ、頭を撫で、頬擦りするシャロちゃん。チノちゃんは、されるがままの状態だった。
「……助けて下さい」
小さな声で、そう呟くチノちゃん。その視線は僕とリゼの方を向いている。
「リゼ、君の後輩だろ? 行ってきなよ」
「……仕方ないな」
不承不承、といったていではあるが、どうやら動いてくれるようだ。流石は軍人の娘、責任感がある。
今だにチノちゃんへ構っているシャロちゃんへ近付くリゼ。それに気付いたシャロちゃんが動きを停止させ、リゼの顔を見上げる。
交錯する視線。リゼが、ゆっくりと、慎重に、口を開いた──。
「シャロ、もうその辺で──」
「あ、リゼ先輩っ! 今日もかわいいー!」
「──か、かわっ!!?」
そしてあっさりと轟沈した。
「あ、真っ赤になった! リゼ先輩やっぱりかわいいー!乙女ー!」
「撤退だ!」
脱兎の如くシャロちゃんから逃げ出したリゼは、僕の背後に回り込んだ。
……まさかこんな方法でリゼを撃退するとは、シャロちゃん恐るべし。
「……」
「な、何かな……?」
リゼが逃げ込んだのは僕の背後。なら、それを目で追っていたシャロちゃんの視線は、必然的に僕の方へ回ってくるわけだ。
チノちゃんを撫で回すその手を止め、僕をじーっと注視し続けるシャロちゃん。その間にチノちゃんは逃げ出したようだ。
──さあ、どう来るっ……!?
張り詰める空気。嫌な汗が頬を伝う。一挙一動を見逃すまいと、僕はシャロちゃんから決して目を離さない。
そして、ついにシャロちゃんがその口を開いた──。
「お兄ちゃんっ! 遊んでー!」
「ええっ!?」
流石に予想外だった。
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「「「はぁー………」」」
三つのため息が重なる。僕、リゼ、チノちゃんの分だ。主に酔った(?)シャロちゃんのせいで様々な被害を受けた三人である。
結局あの後、疲れたらそのうち眠る、という千夜ちゃんの助言に従って、シャロちゃんにとことん付き合った。
ココアちゃんがするように撫で回されるチノちゃん。可愛い可愛いと連呼され赤くなるリゼ。そして、何故か兄と呼ばれシャロちゃんに甘えられる僕。そこにココアちゃんが介入してきて、とうとう始末に負えなくなる。
……その光景を、一歩離れたところで千夜ちゃんが微笑みながら見ていた。見てないで助けて欲しかった。
そして時は現在。疲れ切って気持ち良さそうに眠るシャロちゃんと、死屍累々といった様子で椅子にもたれ掛かる被害者三人組。そして、そのすぐ横でココアちゃんと千夜ちゃんが談笑している。理不尽だと思ったのは決して間違いではないと思う。
「雨、強くなってきたねー」
ふと、そんな呟きを漏らすココアちゃん。目線を窓の外に移すと、確かに先程より雨風の勢いが増しているのが見て取れた。
「シャロは眠ったままか……迎えを呼ぶから家まで送ってやるよ」
リゼの提案に、千夜ちゃんは狼狽えながら答えた。
「い、いえっ! 私が連れて帰るわ!」
珍しく焦燥した様子の千夜ちゃん。その真意を理解しているのは、この中では僕だけだ。
……要するに、シャロちゃんの家が貧乏なのをバラしたくないのだろう。幼馴染なだけあって、そういう部分に気を配れるのは純粋に凄い。
凄い、のだが──。
「千夜ちゃん、この雨の中どうやってシャロちゃんを背負って帰るつもり?」
そう、今の天気は最悪。風雨吹き荒れる中、女の子が人を一人担いで行くのは無理がある。
しかし強情なのか幼馴染思いなのか、千夜ちゃんは「大丈夫」と言いながらシャロちゃんを背負った……脚が震えているのは気のせいではあるまい。
「お、おい……」
心配そうにリゼが声を掛けるも、それに構わず千夜ちゃんはそのまま出口へと歩いて行く。
「じゃあまたね」
震えた声でそれだけ言うと、傘も差さずに本当に外へ出てしまった。
「行っちゃった……」
「あの調子で辿り着けるのか?」
「心配です」
「私、見てくるよっ」
積もった懸念が限界に達したのか、ココアちゃんが出口へと駆けて行く。僕もその後ろに続いた。
ココアちゃんが扉を開く。その先に広がっていたのは──。
──ずぶ濡れで倒れている、千夜ちゃんとシャロちゃん。
「千夜ちゃーーーん!?」
ココアちゃんの叫びが夜の街に轟いた。
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「ごめんなさい、達成できなかったわ……」
「なんで私、こんなにびしょ濡れなわけ……?」
……結局、二人ともラビットハウスに逆戻りすることに。雨に打たれたのが原因か、シャロちゃんの酔いはすっかり覚めているようだ。本当に良かった。
髪と衣服から水滴が滴り落ちている。このままでは二人とも風邪を引いてしまうだろう。
「今日は泊まっていって下さい。服は貸しますから」
チノちゃんも同じ思考に至ったようで、二人に宿泊を勧めた。確かに、この時間なら泊まった方がいいかもしれない。幸いにして、明日は休日で学校の心配をする必要も無い。
「お先にお風呂に入って下さい」
「風呂沸かしてるの?」
「こんな事もあろうかと、沸かしておいたのさ」
「──うわぁっ、タカヒロさんいつの間にっ!?」
僕の問いに答えたのは、チノちゃんではなくその父のタカヒロさん。さっきまで影も形もなかったのに、どうやって現れたのだろうか……神出鬼没である。
「……ということですので」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうわね」
「うう、寒い……」
チノちゃんに促され、風呂場へと向かって行く千夜ちゃんとシャロちゃん。後者はまだ状況が掴めていないらしく、ずっと疑問符を浮かべたままだった。
それを見送り終えると、今度はリゼに向かってチノちゃんが声を掛けた。
「リゼさんも泊まったらどうですか?」
「わ、私まで泊まっていいのか?」
「構いませんよ。三人でも四人でも同じです」
どうやら、リゼも泊まる流れになりそうだ。若干──いや、かなり顔が綻んでいる。そんなに泊まりたかったのか。
しかし、緩んだ表情は直ぐに消え、今度は緊張を含んだ顔付きに。それに気が付いたのか、ココアちゃんが笑みを見せながら言った。
「もしかして、リゼちゃん緊張してる?」
「いや……」
問われたリゼは顎に手を添え、神妙な面持ちで答えた。
「親父の部下に誘われたワイルドなキャンプなら参加したことあるんだが……」
「ワイルド?」
「女の子が使う言葉じゃないね」
「な──なにっ!?」
愕然とするリゼ。僕の発言にショックを受けたようだ。
わなわなと震えるリゼを見据えていると、横でチノちゃんが口を開いた──今度は僕に向かって。
「上白さんも、泊まりませんか?」
「あ、あはは……気持ちは有難いけど、女の子五人の中に混ざるのはちょっと……」
「……そうですか」
遠慮する旨を伝えると、途端に落ち込む様子を見せるチノちゃん……その姿は、凄く僕の罪悪感を刺激する。非常に胸が痛い。
「上白くん、帰っちゃうの?」
「あー、うん。流石に、ね」
女の子五人と(保護者同伴といえども)一つ屋根の下で寝泊まりするのは、幾ら僕だって気後れしてしまう。寧ろ、それに抵抗を抱かない彼女たちの方がおかしいくらいだ。僕だったら多分居心地悪くて死んでしまう。
それに、年頃の女の子が集まっている中に一人だけ男が紛れ込むのは、単純に申し訳ない。女の子だけで泊まった方が楽しめる筈だ。
そんな配慮を察してか、リゼが言った。
「なら、私が迎えを呼ぶよ。どっちにしろ傘は持ってないだろ?」
「……ありがとう、リゼ」
どうやら、迎えを寄越してくれるらしい。感謝の意を表す為、僕はリゼに頭を下げた。
それを受け、苦笑しながら携帯電話を取り出すリゼ。家に電話を掛けるのだろう。
リゼが折りたたみ式のそれを操作しようと指を置いたところで────急に動きを止めた。
「………………上白」
「なに? リゼ」
「お前の家って……」
「────あっ」
……僕の家、公園じゃん。
雨の音に混じって、遠くで雷鳴が轟いた。
「上白」
「……嫌だ」
「泊まれ」
「嫌だ」
「いいから泊まれ」
「嫌だ」
「いや、泊まるしか……ないだろ?」
「嫌だ絶対嫌だーーっ!!」
「──駄々っ子かっ!」
逃げようと暴れる僕の首根っこをリゼが掴んだ。
リゼはそのまま僕の耳元まで顔を寄せ──囁く。
「……家の事、知られたくなかったら大人しくしていろ」
「ぐっ……」
痛いところを突かれ、沈黙する僕。
一方で、リゼはチノちゃんへ向かって言い放った。
「と、いうわけで上白も追加だ。チノ、大丈夫か?」
「……まあ、元々そのつもりだったので構いませんが」
──こうして、僕は再びチノちゃんの家へ泊まる事が決定したのだった。
お泊まりイベント。主人公君最大のピンチ。どうなる!?
読了有難うございます。主人公君がなんでこんなに嫌がっているのか、その理由は次回で解ると思います……多分。
後編が終わると、一度オリジナルストーリーに入ろうかなーと予定しております。誰がメインの話になるのかは、乞うご期待、ということで。
さあ主人公君、後編で見事ティッピーの心を手に入れることが出来るのか。お楽しみに。(?)