「異形の者よ、お前も冥闘士《スペクター》の一員と判断し試武を申し込む。
如何なる形態《フォルム》か知らぬが、尋常ならざる小宇宙《コスモ》の持主。
推察するに冥闘士の中でも1、2を争う実力者と見た。
先ずは相手の名を聞きたい所だが非礼に当たる故、私から名乗りを上げよう。
私は冥王ハーデスに憑依され偽教皇を演じ、女神の恩赦を受け帰参を許された反逆者。
双子座《ジェミニ》の聖闘士《セイント》、サガの挑戦を受けよ!」
三叉の刃槍と力の輪《リング》を掲げ、翼を拡げる不和女神エリスの彫像を戴く建造物。
冥界の最終地点に近い最後の砦、嘆きの壁を背負い聳え立つ冥王宮《ジュデッカ》。
沸騰する液状軟体生命《スライム》、とでも形容すべきであろうか。
パレイン星系の第2段階レンスマン、ナドレックの如き不定形の液体を思わせる異様な物体。
無数の気泡が次々に浮上し表面に達すると破裂、無限連鎖の如き胎動を繰返す闇色の怪物。
宇宙に蔓延る種子の種族、神の種子《フモール》やもしれぬ存在が心話を発した。
(御尊名は存じておりますよ、聖域《サンクチュアリ》最強を誇る黄金《ゴールド》聖闘士殿。
丁寧なる口上に御礼を申し上げる次第です、私はパピヨンのミューと名乗る地妖星の冥闘士。
双子座サガは神の化身と噂に聞くが、私の異名は進化する魔物《デーモン》でね。
大変見苦しい姿を御目に掛け誠に申し訳も無いが、現在只今の私は第1形態の卵に過ぎない。
私は第2形態の幼虫、第3形態の繭《サナギ》、最終形態の蝶へと進化を重ねる魔物なのですよ。
高名なる神の化身サガ殿に御相手を願えるとは真に光栄至極だが、進化には時間が必要だな)
眼前の異様な物体とは対照的に精緻な心話、明瞭な擬似音声が小宇宙《コスモ》に響き渡る。
トパーズ色に輝く双子座の聖衣《クロス》が煌き、第3段階の聖闘士が頷いた。
「最終形態《ファイナル・モード》へ進化し全力を以て闘う心意気、丁寧な説明に感謝する。
進化に必要な時間を寄越せ、と申し出る公明正大なる態度も気に入った。
貴公の希望を飲み最終形への変貌、形態変化《トランスフォーム》を遂げるまで待つとしよう。
進化に必要な時間は如何程か教えてくれぬか、その間は決して手出しせぬと誓うぞ」
人間形に非ざる為か思念波の周波数、波長が微妙に異なり同調《シンクロ》は困難。
催眠暗示波《ヒュプノ・ウェーブ》の精神攻撃、と誤解される懸念を覚え精神感応は断念。
面倒ではあるが思考元素《エレメント》を言葉へ変換、口頭で意思を伝える神の化身。
聴覚器官を備えていおらぬかと思いきや、即座に反応が生じ気泡の発生頻度が急激に上昇。
先刻の双子座サガと同様、全力攻撃の予備動作《モーション》と受け取られる懸念を覚えたか。
進化する魔物から強度と正確さを増した心話が閃き、第3段階の小宇宙に明瞭な音声が響いた。
(進化を数分で完了する為、通常以上の速度で細胞変化を促進した影響が出てしまっている様だ。
通常の形態変化では此処まで激しくならぬが取り急ぎ、進化を完了させてしまいたいのでね。
私も進化を完了するまで手出しはせぬ、と言いたい所だが他の同志達は既に闘いを始めている。
最終形態へ進化を遂げた暁には全力で御相手する、双子座サガ殿に感謝し名誉に懸け誓約する。
貴方に通用するとは思えぬが小手調べだ、第1形態でも使える力と技で御相手をさせて頂く。
誠に申し訳も無いが御理解と御容赦を賜りたい、アグリィ・イラプション!)
苦渋を感知させる思念波が引き潮の如く退き、代わって強大な念動力の集束波が襲来。
小宇宙に同調する双子座の聖衣、泰然と腕を組み瞑目する神の化身を金縛り状態に陥れる。
続いて大地を鳴動する不気味な咆哮が轟き、異形の表面に噴火口が生じ多数の溶岩弾を発射。
熱線砲《ブラスター》の青白い火球を思わせる浸蝕弾、異様な液体の詰まった火炎弾が疾走。
謎の弾幕が微動もせず腕組みを解かぬ双子座サガ、トパーズ色に輝く聖衣を直撃する寸前。
最も神に近い男と同様、小宇宙を蓄積していた神の化身が瞳を開き裂帛の気合を迸らせた。
「良く言った、地妖星の冥闘士パピヨンのミュー!
挑戦を受ける、アナザー・ディメンション!!」
金縛り状態を一瞬で脱した神の化身は、時空を超越する異次元空間への次元回廊を創造。
瞬速《マイクロセコンド》の早業を披露、無数の浸蝕弾が次元間の潮流へ流され虚空へ消えた。
更に位相の異なる亜空間へ次元回廊を繋げ、金縛り状態を生起する念動力の網を捲き込み反転。
反物質へ変換された浸蝕弾の嵐が術者へ逆流し、沸騰する異形の物体を直撃し爆発させた。
(礼を言うぞ、双子座サガ殿!
我が獄炎弾は伝説の黒龍波と同様、術者の力《パワー》を爆発的に高める触媒!!
地獄《インフェルノ》の炎を成分とする獄炎の浸蝕弾は、最上の栄養剤《エサ》に他ならぬ!
不壊の防御装甲を紡ぎ出す第2形態、幼虫《シュレックヴルム》への進化が完了したぞ!!)
液状化現象を生起した噴火口とも思える異様な物体が割れ、異星の寄生生物の如き影が跳躍。
黒光りする甲殻を纏う揚羽蝶の幼虫に見えなくも無い、不可解な物体が着地し床の上を蠢く。
(貴方の御厚意に拠り、最終的進化に至る為に必要とされるエネルギーは充分に蓄積された!
数十秒もあれば第3形態の繭《サナギ》を脱し、最終形態の蝶へ昇華する事が可能だ!!
繭を形成する為に必要な儀式となる故、御了承を願う次第!
対等に闘う為に最強の状態へ進化させて頂くぞ、シルキィ・スレード!!)
第2形態の幼虫は、大口《ビッグ・マウス》から絹《シルク》の糸《スレード》を大量に投射。
殊勝にも敵の攻撃を封じる為の拘束技、神の化身を疑う無謀な試みは控え己の体を完璧に被覆。
銀河系全域を恐怖の渦に捲き込んだブルー族の切札、シュレックヴルムが創造する最強の物質。
次元重層式の格子状防御力場を内蔵し、宇宙戦艦の全力砲撃も無効化する強靭な装甲が現出。
興味深い表情で眺める双子座サガの眼前で、異様な繭状物質に包まれた魔物は更に進化を加速。
生後2ヵ月で少年の形態へ成長を遂げた神の種子と同様、急速に小宇宙を燃焼し膨張させ成長。
最終形態へ進化を遂げる間は手出しせぬ、との誓約を信じ僅かの間ではあるが深い眠りに就く。
絹糸の繭を破られ致命傷を被る危険を冒し、黄金聖闘士の眼前で無防備な深層睡眠状態に陥る。
神の化身は実力主義《ストロング・スタイル》を貫き、燃える闘魂の如く相手が立つまで待機。
冥王軍最強の鎧に皹が入り表面に無数の亀裂が走り、内側から爆発的な力を受け不気味に軋む。
絶対魔法防御にも匹敵するやも知れぬ絹糸の繭、モルケックス装甲が鳴動し遂に大爆発を生起。
第3形態の繭が木っ端微塵に砕け散り粉砕された破片、絹糸の砕片が花吹雪と化し周囲に散乱。
無数の絹糸が死の砂漠を吹き渡る砂嵐、光輝く砂塵を大量に含む雨霰となり一帯に降り注ぐ。
燦爛たる美華と光輝を発する花吹雪の嵐を掻き分け、最終形態へ進化を遂げた魔物が名乗った。
「大変お待たせした、双子座サガ殿。
最終的進化を遂げるまで猶予を頂戴した厚意に応え、全力を以て御相手をさせて頂く。
断っておくが私はハーデス様に忠誠を捧げる冥闘士だ、貴方に勝利を譲る気は無い。
口幅ったいが私1人で黄金聖闘士を一掃する覚悟だ、手加減は御無用に願いたい。
貴方は神の化身と尊称される最強の黄金聖闘士だ、相手に取って不足は無い。
双子座サガを倒せば逆転の可能性も見えて来るであろう、フェアリー・スロンギング!」
黒輝りする冥衣を纏い斑模様の羽根を拡げ、美しい蝶の化身へ進化した魔物パピヨンのミュー。
地妖星の冥闘士背中に生えた光り輝く4枚の羽根を翻し、優雅に翔き空中を浮揚する。
死界の蝶《フェアリー》を従える魔物、最終形態《ファイナル・モード》の蝶《バタフライ》。
オーストリア出身の超能力者《サイキック》は心を凝らし、念動力《サイコキネシス》を発動。
小宇宙の物質化現象が励起され、宇宙の不死者が象徴《シンボル》とする蝶の大群を創造。
全身全霊を込めた最初の攻撃《ファースト・ストライク》、起死回生の一撃を叩き付ける。
「其の意気や良し、神々の長兄ハーデスに忠誠を誓う騎士《ナイト》と認め一撃で勝敗を決する!
敬意を込め我が我が全力を以て迎撃する、ギャラクシアン・エクスプロージョン!!」
相手を勇者と認める宣告と共に小宇宙が爆発、同調するトパーズ色の聖衣が煌き閃光を発した。
性質の異なる異次元空間を正面衝突させる荒技、銀河も砕け散る双子座サガの代名詞が炸裂。
圧倒的な力《パワー》で念動力の網を破り、獲物を死界へ葬り去る蝶の大群を一網打尽とする。
神の化身が放った全力の一撃を受け地妖星の冥闘士、パピヨンのミューから意識が消えた。