咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
「……………………さて、ここはどこだろう?」
まさかというべきか、案の定というべきか。
咲は絶賛迷子中だった。
現在咲がいるのは東京。それは間違いない。間違いないはずである。なぜなら東京までは父と一緒に来ていたから。
でも現在は迷子。高校生になって初迷子である。
一刻前に「これなら余裕で昼前に目的地に着けるなー」とか油断してた結果がこれ。
自身の落ち度でもあったが、それ以上に東京の魔窟ぶりを恨む咲。それと同時にこう思わずにはいられなかった。
「どうしてこうなった…………?」
時間は数時間前まで遡る。
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「それにしても、咲がいきなり照に会いたいなんて言うとは思ってなかったよ」
朝早くから咲は父と一緒に家を出て、東京へと向かっていた。
咲たちが住んでいるのは長野県なので、それなりに長い道程を電車で乗り継ぐ必要があり、今は直通で東京へと行く新幹線に乗っているところだ。
「前から会いたいとは思ってたんだよ? あのままなんて嫌だったから。でも今までずっと嫌われてると思ってたから決心がつかなくてね」
窓の外を流れる風景が緩やかに変わっていく。
最初は緑が多く家屋をポツポツとしかなかったのに、関東圏に入り都会と言われるようなところまで来ると、見渡す限りに人工物が広がり、見上げるような高層ビルも多々見えるようになっていた。
心なしか空気が窮屈に感じられ、散見する人々にも余裕がないような気がする。俗にいう田舎に住んでいる咲にとって、この空気を創り出している都会は肌に合わなそうだ。
「咲、行く場所は白糸台高校でいいんだよな?」
「だって家に行ってもいないんでしょ?」
「あぁ、昨日お母さんに電話して聞いたら今日もずっと部活らしいからな」
父は昨日咲が知らないうちに、あらかじめ母と連絡を取り合っていたらしい。ちょっとしたサプライズの予定で照には内緒で話しを進めたため、今日咲が東京に来ることを照は知らない。
そして母曰く、本日も部活で照が家にいないことが分かり、いないのなら高校の方に赴こうということになったのだ。そのため咲は清澄高校の制服姿である。
「さて、そろそろ東京だ。荷物を忘れないように気を付けるんだぞ」
「うん」
姉に会うというのも楽しみではあったが、東京というのも初めてである。
The 田舎民の咲だ。東京のイメージを簡潔に述べると「都会は凄い!」で片がつく。見当違いな理想もあったりして、期待に胸を膨らませていたりもした。
(いざ、東京へ!)
この後訪れる悲劇も知らずに、咲は東京へと足を踏み入れるのだった。
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「……満員電車、恐ろし過ぎだよ」
東京に着いた後、白糸台高校の最寄り駅まで電車を乗り継ぐ際に、咲は生まれて初めて満員電車というものに遭遇した。
ドラマや小説などでも出てくるため、その存在自体はもちろん知っていた。ギュウギュウ詰めにされた人という人が、コンパクトな車両にこれでもかと押し込まれている光景。それが咲の満員電車のイメージだっだ。
だが、どうせ過剰な表現なんでしょ? などとたかをくくっていたのだ。言うほどきつくないんだろうと。
(まさかあそこまで身動きを封じられるなんて、思いもしていなかったよ……)
実際乗ってみた感想はこれに尽きる。
まず、容量に対して乗っている人の数がおかしい。きっと人口密度が半端ないものになっていただろう。
あと、隣との人の距離は0cmなんてものじゃないくらい密着していた。密着どころか押しつぶされるまである。そのおかげである意味で体制が安定するのは新たな発見だったが、その状態で睡眠をとる猛者を見たときは目を見開いて驚いてしまった。絶対ああはなりたくない。この満員電車に慣れたくない。
その後、乗り降りの人の波に見事に飲まれ、逆行することなど叶わずあれよあれよという間に父とはぐれた。無念であった。
(あれ、私とかならともかく和ちゃんが乗ったら一発で犯罪じゃない?)
益もなく、更に自身にもダメージが帰ってくることをグチりながら父を探す咲。
一応駅構内にはいるのだが、この駅が意味不明なほど広く、かつ複雑で咲には迷路にしか思えない。咲は携帯を持っていないため父と連絡を取り合うことも出来ないし、そもそも携帯番号を知らない。詰んでいた。
迷子センターとかないかなー、と諦め半分で流浪する。
目に入るのはほとんどが飲食店。偶に衣服を売っているお店も見受けられたが、ファッション並びにブランドに疎い咲にはそれらが有名なのか判断出来ない。どっちにしろ、父が居そうな場所ではないため通り過ぎる。
一応同じところをグルグル回っているつもりだが、自身の方向音痴スキルはAランク相当だと理解しているため、今どこに居るのかは全く分かっていない。間違いなく詰んでいた。
ぶらぶらと歩き続けて約10分。本格的に焦りが募り始めた頃、とあるお店が目に留まった。
(麻雀喫茶?)
看板にそう書かれているのでそうなのであろう。その名前通り、ティータイムを楽しみながら麻雀が出来るそうだ。もちろんノーレート。
このご時世ならではらしく、意外と需要もありそれなりに繁盛しているらしい。まだお昼前なので混雑しているわけではないが、さすがに女子高生の姿は見受けられない。しかし年齢制限があるわけではなさそうだ。
(……こんなところに女子高生がいたら、目立って噂とか流れるかも?)
それで運が良ければ父が見つけてくれるかもしれない。自身で探すことを諦めた咲だが、あの優しい父はきっと今も必死で咲を探しているはず。
少し罪悪感もあったが、無闇矢鱈に動き回るよりは堅実だろう。そう思った咲はその麻雀喫茶に入ることにした。
「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
「はい。もしかして4人でないとダメですか?」
「そんなことはありませんよ。こちらではお一人様でしたら随時空いている席にご案内して、4人揃ったらご自由に打ってもらうということになっております」
「そうですか。ならそれでお願いします」
「かしこまりました。ではこちらに」
店員に案内された卓にはすでに3人が座っていた。咲のように若い客はいなく、中年のおじさんや年配の方たちだった。正直、女子高生にこの席を案内する店員はどうかと思わなくもなかったが、こんな喫茶店で良識もマナーもない客などいないだろう。咲も特に文句はなかった。
「おっ? こんな若いお嬢ちゃんが来るなんて珍しいな」
「実は色々あって、父とはぐれてしまったんです。それでここにいれば父が見つけてくれるかもしれないと思いまして」
「それは災難だったな。まぁ確かにお嬢ちゃんみたいな子がこんなところにいたら噂になるかもな。きっとお父さんも見つけてくれるさ」
「心配していただきありがとうございます」
「別に礼なんていらないさ。まぁ気に病んでてもしょうがない。人数も揃ったことだし早速打ちますか?」
「はい」
「そうですね」
「では、よろしくお願いします」
(和ちゃんがいるわけでもなし。悪目立ちもあれだし、いつものでいいでしょ)
レッツ接待麻雀。
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半荘二回プラマイゼロで打ち終えて、咲はこんなことを思ってしまった。
(もしかして私、雀荘に通うだけで暮らしていけるんじゃ……?)
今対局している人たちが、一般的に見てどの程度かは参考になる比較対象がいないため咲には詳しくは分からない。恐らくでは、決して弱いわけではないだろう。それこそ、普通のベテランという感じだ。
正直に言ってしまえば、この程度の人たち相手なら百回やって百回勝てると咲は思っている。そして、一般的な雀荘に通う人たちはこのぐらいの実力だろう。
何より咲には点数調整が出来る。最初はプラマイゼロ、もしくは少し負けて相手を気分に乗せる。そして賭け金を吊り上げて気分を上げて色々上げて最後に堕とす。なんてえげつないことをすれば、ある程度のお金なんて一瞬で手にはいるはずだ。
さすがにこんなことを繰り返していたら出禁間違いなしだが、そこらへんの加減が出来るのが咲。
まぁ裏レートで「御無礼、ロンです」とかなるとシャレにならないが。
だが普通に暮らしていくぶんには咲の実力なら簡単だろう。コンスタントに一日一万くらいなら稼げるはずである。これを一ヶ月したとすると月30万。年なら360万。サラリーマンの初年給より普通に高い。さすがに毎日はしないはずだし、ここまで上手くいくこともないかもしれないが、あり得なくはない。
更に挑戦するなら、雀荘を巡りながら日本一周なども可能なのでは?
日雇いならぬ日麻雀で、それこそ流浪人として全国を旅出来るのでは?
(……いや、やめよう。これ以上考えるのは。人生生きていくのがバカバカしくなりそうだ)
そんな咲を見たら、いくら温厚な父でも怒るだろう。最悪、自分の育て方が悪かったんだと泣かれるかもしれない。それは見たくない咲は一旦思考を止める。
(このルートは封印……いや、最終手段にしよう、うん)
まぁ最終手段に残すあたり咲もアレだった。
「咲!」
「あっ! お父さん!」
もう半荘しようかとしてた時、遂に咲は父と合流できた。これでやっと本来の目的が叶いそうだ。
「お嬢ちゃんの父親さんかい?」
「はい、おかげで合流出来ました」
「いや、おじさんたちは何もしてないよ。良かったな合流できて」
「はい、それで申し訳ないですが抜けても構いませんか?」
「もちろん構わないよ。キリもいいしこれでお開きでいいですかね?」
「そうですね」
「私も構わないよ」
「だってさ」
「助かります。今日はありがとうございました」
咲は一礼してその店を後にする。
父も「娘がお世話になりました」と挨拶して出てきた。
「全く一時はどうなることかと思ったぞ」
「うぅ〜、ごめんなさい」
本気では怒ってないようだけど、心配をかけたことに変わりないので謝るしかない。咲も好きではぐれたかったわけではないのだが、この恨みは全て東京に向けると決めた。
「まぁ、見つかって良かった。それじゃあ、ちょうどお昼時だしどこかで食べてから行くか」
「うん、そうしようか」
****
その後は再び迷子になるなどというミスもなく、無事白糸台高校に辿り着いた。
「ここにお姉ちゃんが……?」
「あぁ」
父も訪れるのは初めてなのか少し緊張しているようだ。母と連絡を取り合ってはいるようだが、父も照と会うのは別居以来らしい。
「だけどどうしよう? アポとってないから勝手には入れないよ?」
「うーんそうだな……。校門のところにいる警備員さんに事情を話せば大丈夫なんじゃないか?」
「それしかなさそうだね。それじゃあ行ってみようか」
(これでやっとお姉ちゃんと会える。……でも、この後の展開はお姉ちゃん次第かな?)
正直どうなるかは予想できないが、ここまで来て後戻りなどありえない。
でもきっとなんとかなると思っている。照は自身でも言っているように不器用な面も多いが、優しいということだけは知っている。ここまで会いに来た妹を無碍にはしないだろう。
(なんとかなるさー!)
心の中で無理やりテンションを上げ、咲は照に会うための最後の一歩を踏み出した。
なんもかんも東京が悪い
………………違いますね、私が悪いですね
ごめんなさいm(_ _)m
次回は本当に突撃します!
照がお姉ちゃんする予定です!