咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
「ただいまー」
「おかえり、お父さん。もうすぐご飯できるから着替えて待ってて」
「そうか、分かった」
台所でテキパキと動きながら夕飯の支度を進めていた頃、父が仕事から帰ってきた。
母と姉が出て行ってから、家事は咲の仕事になっていた。最初のうちは父も手伝っていたのだが、生憎そっちのセンスがなかったようで。また、咲としてもこうなった原因に対する罪悪感が強く、せめてこれくらいはということで自然とこの形に落ち着いた次第である。
そのおかげと言ってはなんだが、咲の女子力はここ数年で急激に上がったと言えるだろう。
「お父さん、出来たよー」
「おぉ、いつも悪いな咲」
「もぉ、それは言わない約束でしょ。ほら、冷めないうちに食べちゃおう?」
「そうだな」
夕飯が配膳されたテーブルにつき、「いただきます」と言って料理を口に運ぶ。
適当なバラエティーを見ながら、他愛ない会話をして食べ進めていたが、ふと父が「何か良いことでもあったのか?」と聞いてきた。
「えっ? なんで?」
「なんというか、咲がいつもより機嫌が良い感じがしたからかな?」
咲としては、いつも通りだと思っていたが、自分では気づかないくらいには上機嫌だったらしい。単に上機嫌な咲というのが珍しい、ということもあったのだが。
こういうことには意外と鋭い父のことだ。きっとそうなのだろう。
「うーん、あったと言えばあったのかなー? 自分でもよく分からないや」
「ふーん……。まぁ、咲が楽しそうならお父さんも嬉しいからな」
「そういうものなの?」
「あぁ、娘を気に掛けない父親なんていないよ」
きっとそれは、姉の照のことも含めてだろう。咲はあの日から一度も連絡をとっていないが、父は何かしら照についても知っているはずだ。
(そう思えば、お母さんとは連絡とりあってるのかなー?)
正直なところ、咲は今両親の関係性がどうなっているのか知らない。咲の件で気まずくなったのは事実のはずだが、その後は全く分かっていない。
もしあれがきっかけで離婚、なんてことになったら目も当てられない。そこだけは切に願う咲であった。
(でもこっちからは聞けないからなー。……なんか急に気になってきたよ)
「ごちそうさま。咲、お風呂はどうする?」
「えっ……あっ、じゃあ私が先に入るよ」
「分かった。皿洗いはお父さんがやっとくから」
「そう? ありがとうお父さん」
考え事をしてたためか反応が変になってしまった。誤魔化すように食器を片付けて、咲は着替えを取りに自室へと戻る。
(さすがにそんなことにはならないと思うけど……)
新たに出来た将来の大きな不安を抱えて、咲は重い足どりでお風呂へと向かうのだった。
****
風呂上がり、咲は家の物置きと化している部屋に足を運んでいた。そこには、もう何年も使われていない雀卓が鎮座していた。掃除が行き届いているためにホコリなどは被ってないが、物寂しい雰囲気をまとっている。
(今日は本当に、久しぶりなことばかりだ)
久しぶりに母と姉のことを思い、久しぶりに麻雀をし、そして、久しぶりに家で雀卓と向き合っている。
(もうやらないと思っていたのに。世の中何が起こるか分からないものだね)
強い決心があったわけではない。
だけど自ら望んで触れることはなかっただろう。
咲にとって麻雀とは、それくらいには嫌な思い出が詰まっていたのだ。
(最初は楽しくて楽しくて、毎日でもしたいと思っていたはずなんだけどね……)
「咲?」
「あっ、お父さん」
「珍しいじゃないか、咲が雀卓なんか触ってるなんて」
「う、うん。……実は今日ね、学校で麻雀したんだ」
「咲がか?」
「うん、成り行きでね」
父は少し驚いていた。あの日から咲は一度たりとも、麻雀の話しをしなかったから当然だろう。
気持ちの整理も付いていないのに、気付けば咲は、父に自身の中で燻る想いを口に出していた。
「それでね、久しぶりにやった麻雀だったんだけど、嫌じゃなくて。むしろ楽しんでる自分がいたんだ。変だよね、あんなことがあったのに」
「……いや、変じゃないさ」
そう言う父は、少し晴れやかな顔になっていた。まるで、咲がこうなるのを待っていたかのようだった。
「ちょっと待ってろ」
「?」
しばらく待っていると、一冊の雑誌を持って帰ってきた。
「57ページ」
父に言われたページをめくると、今まで見たことないような満面の笑みで写る、照の写真が載っていた。
「お、お姉ちゃんッ⁉」
咲の驚きようは見ていて気持ちいいものだっただろう。
咲としては、「こんな姉見たことない!」というのもあったが、それ以上に自身の知人、しかも実の姉がこんなものに載っているという事実の方が驚きだった。咲は基本的には小市民なのだ。
記事のタイトルは『“高校生1万人の頂点”宮永照さん独占インタビュー!』と銘打ってある。
「照は前年度インターハイ個人戦、そして、今年の春季大会の2冠優勝者なんだよ」
「全然知らなかった…」
このご時世だから特集記事を組むのに、たかが高校生といった区別はないのだろう。それに今では高校生も立派な雀士の卵。世間の注目を一身に浴びている。
咲は知らないが、日本の麻雀協会なるものは世界一の称号を目指しているのだ。
そのため、将来有望な照のような選手は、そろって持ち上げられている。
「……あと一つ気になったんだけど、なんでお姉ちゃんこんな笑顔なの? 私見たことないよ……」
「あぁ、それは母さん曰く営業スマイルらしい」
「へぇ……ん?」
スルーしそうになったが、今、ものすごく大事なことが聞いた気がした。
「えっ⁉ お父さん、お母さんと連絡とってるの⁉」
「んっ? まぁたまにな」
「……よかったぁ」
思わず安堵する咲。父の様子を見るからに、仲が険悪という雰囲気もない。これなら離婚の心配はないだろう。
「というより、営業スマイルって……。お姉ちゃん、そんな器用なこと出来たんだ」
「それについてはお父さんも驚いた。まぁ重要なのは記事の内容だから」
そう言って父は寝室に戻っていった。あとは自由に読め、ということなのだろう。
他にしなくてはいけないこともない咲は自室に戻り、その特集記事を読み進めることにした。
****
『みなさん、こんにちは! 福与恒子です。本日インタビューする方はこの人、宮永照さんです!』
『こんにちは、宮永照です』
『わざわざこんな企画に出演してもらえるなんて、本当にありがとうございます』
『いえ、これも応援してくださる麻雀ファンの方々への感謝の気持ちです』
『……なんて出来た人なんでしょう。私とは大違いですね! 私なんていつも上司やら友人やらにうるさいうるさいと怒られてばかりですよ!』
『あはは……』
『この前なんてですね…………』
『……すいません。話しが脱線しました。早速本題に入りましょう! ズバリ! 宮永さんの強さの秘訣とは?』
『秘訣と言われても、特に変わったことをしているわけではありません。確かに私には他の人にはない才能があるのかもしれません。でも一番大事なのは努力すること、だと思います』
『では宮永さんの特徴である連続和了。あれが宮永さんの才能というわけなのでしょうか?』
『はい、そうだと思います。あれは別に自分に制限を加えている、というわけではありません。ただあれが一番自分に合ってる、そう思っています』
『うーん、私などではよく分かりませんね。私にも一人親しいプロ雀士がいるのですか、その人も鬼強くて。すこやん……失礼。小鍛冶プロはご存知ですか?』
『もちろんです。むしろ麻雀に携わる人で小鍛冶プロを知らない人などいないですよ。10年前のインターハイで優勝、史上最年少のプロ8冠、国内戦無敗など、上げれば切りがないです。小鍛冶プロはまさに天上の人です』
『すこやんってそんなに凄かったんだ……ちなみに宮永さんが対局したらどうなるのでしょう?』
『おそらく手も足も出ないと思います。でも対局してみたいですね』
『では、宮永さんもいずれはプロに?』
『まだ決めていませんが、そのつもりです』
『では、当面の目標は史上初の三連覇ということでしょうか?』
『……』
『宮永さん?』
『……もちろんそれもあります。ですが、他にもあるんです』
『それはお聴きしても?』
『大丈夫です。実は、仲直りしたい子がいるんです』
『仲直りですか?』
『はい。詳しくは相手のプライバシーもあるので言えませんが、私がまだ小学生の頃、ずっと仲良くしてた子がいるんです。その子も麻雀が大好きで、そして、私以上に強い子でした』
『宮永さんより強かったんですか?』
『そうです。それで、最初のうちはその子も含めて楽しく麻雀を打っていたのですが、色々あって、気が付けば息苦しい麻雀をするようになっていました』
『……それは、勝てないのが嫌になってきた、とかですかね?』
『概ねその通りです。私も幼く、その子に八つ当たりみたいな真似をしたこともありました。』
『……それで結局どうなったのですか?』
『その子は気をつかってわざと負けることなどもしたのですが、それはそれで嫌で……。最終的には喧嘩別れみたいになってしまいました』
『そうですか……。そんなことが』
『はい。それでどうにか仲直りしたいのですが、私はその手のことに不器用で。取り柄といったら麻雀くらいしかなくて』
『でも、その子は麻雀を嫌いになっているんじゃ……』
『そうかもしれません。でもそこは大丈夫だと思うんです。その子は本当に麻雀が大好きでしたから。だから仲直り出来るなら麻雀しかないかなって思ってるんです』
『麻雀で仲直りですか……。ますます私には分からない世界ですね……。それでその子と麻雀できる機会はあるんですか?』
『それはなんとも言えないですね。でも、近い将来できる気がするんです』
『……本人ができるって言うなら私が口をだすのは野暮ってものですね。おっと気が付けばそろそろ時間のようです。では宮永さん、最後に一言お願いします』
『応援してくださる麻雀ファンの方々、一生懸命頑張りますのでこれからも変わらぬ応援、よろしくお願いします』
『ありがとうございました! 以上でインタビューを終わります』
「……お姉ちゃん、そんなこと思ってくれてたんだ」
インタビュー中に出てきた“仲直りしたい子”とは、間違いなく咲のことだろう。
咲としては内容は気恥ずかしくもあったが、それ以上に嬉しさが勝っていた。
(てっきり、嫌われてるかと思ってたよ)
咲も照もどっちもどっちだったが、麻雀に対する熱意が強かったのは照だ。嫌われていても文句は言えない。
この事実は不幸中の幸いだった。
「さぁてとっ」
勢い良く立ち上がり、鞄に入れっぱなしの読みかけの本を取り出す。
「これ読んだら寝よ」
照の言う近い将来、そしてこれから始まるかもしれない新しい日常に想いを馳せながら、咲は日課である読書をするのであった。