咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
本当にありがとうございます!
これは連絡なんですが、活動報告にアンケートをやっています。興味ある方は是非ご参加下さい。
さて、今回ですが、完璧に繋ぎ回です。前回頑張り過ぎたためか、その、余り面白く出来てないかも……
言い訳無用ってね!はい、どうぞー!
いつかに言ったオマケもあるよ!
「こんなはずじゃ、なかったのに」
準決勝第一試合当日。
咲は宿泊先から会場に辿り着いた。
これだけ聞くと、特別おかしなところはないように思われるが驚くなかれ、咲は一人で会場まで来たのだ。
自分の脚で歩いて。
電車を用いて。
方向音痴なのに。方向音痴なのに!
無事、一人で会場に辿り着いたのだ。
だというのに、着いた先で問題が起きた。
「まさか、中継会場が分からなくて迷子になるとは……」
時間は少し遡る。
****
「おはようございます、部長、染谷先輩」
「おはよう、咲」
「おはようさん」
早朝、透華から授かった文明の利器である携帯電話で目覚ましをセットした咲は、既に制服に着替えている久とまこに挨拶を交わした。
普段から朝食を作っている咲は朝は結構早い方だと自負していたのだが、この二人はそれ以上に早い。因みに、同級生である和と優希はまだ夢の中である。
「私服に着替えてるけど、咲は出掛けるのかしら?」
「はい、会場でお姉ちゃんの試合を見ようかと」
「大丈夫なんか? ちゃんと着けるんか?」
まこの心配も当然だ。
咲には前科がある。それもかなりの複数回ありその度に骨を折ってきた先輩としては、被害が出る前に止めようとするのが当たり前だった。
そんなまこの心情は予想済みだったのだろう。咲はちょっとしたドヤ顔で答える。
「実はこの前一人で会場に行けたんですよ!」
「あぁ、そう思えば『散歩兼実験』なんて言って出掛けてたわね。会場に行っていたの?」
「はい」
「にしてもどうやって?」
「普通に電車とか使ってですよ?」
「いや、そりゃ無理じゃろ」
ばっさりと咲の言を叩っ斬るまこ。咲の方向音痴に対するある意味の絶大な信頼のためから、咄嗟に出た言葉でもあった。
苦笑いを浮かべる咲だったが、そこでネタばらしをする。
「実はですね、透華さんに仕えているハギヨシさんに『絶対に迷子にならない会場までの道筋』なるメモを作ってもらったんですよ」
「お前さんはあの執事さんに何やらせとるんじゃ……」
まこは呆れ気味に言う。
超スーパー万能執事ことハギヨシに、出来ないことなどないのだ。
「というわけで、行ってきますね」
「大丈夫だとは思うけど気を付けるのよ。あと携帯は絶対持って行きなさい」
「了解です」
そうして、会場へと向かったのだ。
****
そうして、咲は無事会場まで辿り着いた。
その事実に若干浮かれていたからか、もう余裕でしょと適当に歩き回り、あれよあれよと言う間に会場内で迷子になった。馬鹿丸出しであった。
「まさかの展開……」
全国一位と二位のぶつかり合い。恐らく会場の席がすぐ埋まることを見据えたため随分と余裕を持って来たのだが、このままでは座れない可能性もある。
「折角来たのに、これは帰った方がいいかな?」
わざわざ私服で来たのにも理由がある。
実験結果から、私服だと宮永咲とバレないということが判明したのだ。帽子を目深に被ることにより効果増大。元から見た目がまぁ地味だということもあって、ほぼ100%バレないのだ。
「まぁ、出口に着かないと帰れもしないんだけど」
一難去ってまた一難。
ぶっちゃけありえない。
そういうわけで、咲は絶賛迷子中で会場を彷徨い歩いていた。
時間的には、対局開始まで残り一時間くらいだろうか。半分以上諦めていた咲だったが、ここで転機がやって来た。
「あれ? あなたは……」
「えっ?」
咲はある知り合いに話し掛けられたのだ。
****
「一応確認だ、照。奥の手は解禁してもいい、だが、
「分かってる」
白糸台高校控え室。
準決勝開始直前、照と菫は最後の確認を行う打ち合わせを終えた。
王者白糸台、先鋒は絶対的エース宮永照である。
「えぇー、50000も削ったら私の番まで回って来ないじゃーん」
「安心しろ。お前まで回すために50000で抑えてるんだ。本来なら、
「まぁ、そうだけどさー」
菫は淡の文句を受け付けるつもりはないらしい。
その後も各自対局相手の確認を行っていたが、暫くして控え室の扉が開かれた。
「皆、もうすぐだけど大丈夫?」
「えぇ、問題ないと思います」
現れたのは白糸台高校麻雀部の監督である。強豪校の監督にしては威厳というものは余りなく、基本のほほんとした自由人だ。
今回もちょっとした暴走したようだ。
「では、そんなあなた達にもっとやる気が出るだろうことをしたいと思います」
「何それッ!」
この時点で菫には嫌な予感しかなかったのだが、淡は目を輝かせて意外と乗り気で食い付いた。きっと対局相手の研究に飽きてきていたのだろう。
「どうぞー」
「──おじゃましまーす」
監督は扉に話し掛ける。正確に言うと扉の外にいるある人物にだが。
現れたのは白糸台高校の制服を身に纏った一人の少女。ていうか、昨日の対局で前代未聞なあることをやらかした張本人、清澄高校大将──宮永咲その人だった。
「って、サキ⁉︎」
淡のリアクションに満足気な笑顔を浮かべる監督。
「お久しぶりです、皆さん。今日は監督さんにお招きされて来ちゃいました」
ぺっこりん、とお辞儀をする咲。
「久しぶりだね、咲」
「うん。そうだね、お姉ちゃん。まさかこんなところで会えるとは思ってなかったけど」
「それは私もだよ。その制服はどうしたの?」
「監督さんが部員の一人から借りたものだって。どう? 似合う?」
「うん、可愛いよ咲」
ほのぼのとした姉妹の会話。
「ちょっと待ってよ! なんでいきなりほのぼのしてんの⁉︎」
すっかりとツッコミが板に付いた淡。
一瞥をくれてやる咲だったがそのまま無視。その他のメンバーへの挨拶を優先させていた。
「菫さんも尭深さんも誠子さんもお久しぶりです」
「私を無視すんなああああぁ!!」
「もう! キャンキャンキャンキャン五月蝿い! どうしてちゃんと躾けないのお姉ちゃん!」
「ごめんね咲。普段はもう少し大人しいんだけど」
「うがーッ!!!」
犬扱いに淡はキレた。
咲に向かって手加減なしの右ストレートを放とうとするが、残念ながら誠子に羽交い締めにされて止められてしまう。
その後も咲は淡をおちょくりまくっていたのだが、それを見ている菫は段々胃が痛くなってくるのを感じていた。
「大丈夫なんですか監督?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ弘世さん。もしバレた時はどうにかして誤魔化すわ」
「どうなっても知りませんよ……」
菫の心労は溜まる一方だった。
****
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃーい、テルー」
「お姉ちゃん、期待してるよー」
対局開始30分前。
照は少し早めに控え室を出て行った。
対局前は対局室で読書をする。これが照の日課でもあり、リラックス方法でもあるらしいのだ。
「お姉ちゃんは奥の手使ってくれるかな?」
「使うってテルは言ってたよ」
「ホントですか菫さん?」
「恐らくな。私も許可してる」
「ここで私に確認しないあたり、ホントに腹立つよねサキは」
暴力行為に出ることはなくなった淡だが、咲が来てからその額に青筋が浮かんでいないときはない。現在進行形でビキビキいっている。
「……照の奥の手は相当なもの、とだけ言っておくよ」
「それは楽しみです」
「特に今回は相手が相手だからねー。前見た時よりも更にスゴイよきっと!」
「淡ちゃんは見たことあるの?」
「まぁね」
(淡ちゃんの言い回しは妙だな。まるで対局相手によって凄さが変わるように聞こえる)
咲は口に出すことなく淡の言動を分析する。まぁ、お披露目が決定しているのなら隠す必要もないのだろう。
奥の手の内容は直に分かること。
咲はそれよりも気になることが少しだけあった。
「相手が相手ねぇ。そう思えば、お姉ちゃんの対局相手はどんな打ち手なの?」
「サキ、知らないでここに来てたの?」
「うん、全く。興味なかったしね」
「その傲岸不遜な態度……流石サキだね」
「淡、その“傲岸不遜”の使い方は少し間違ってる。咲ちゃんは決して驕りたかぶって人を見下してるわけじゃない。ただただ性格が悪いだけだ」
「どんなフォローですか……」
菫のその言い分には、咲も少なからず自覚があるため苦笑いだ。
咲自身相手を見下してるわけではない。寧ろ目標達成に向けて全力で取り組んできた。ただその目標が非道であり、非情であり、無情であり、そして、えげつないだけなのだ。
「それで、相手はどんななの?」
「えぇー。教えてあげてもいいけどー、それなりの態度があるでしょー?」
「じゃあいいや。菫さん、相手はどんな打ち手なんですか?」
「少しは乗ってくれたっていいじゃんッ!」
漫才のように繰り広げられる会話。
お茶を飲みながら、その微笑ましい(笑)光景を見て尭深は、
(淡ちゃん可愛いなー)
そんなことを思っていた。
きっと淡は淡で、咲と仲良くなりたいと思っているのかもしれない。咲にその気があるかは大分怪しいが。
「私が教えてもいいが、丁度いい。淡がちゃんと研究してるかチェックするか」
「だって淡ちゃん。テストしてあげるから、早く教えて」
(くっそーコイツ。いつか絶対潰す)
表面上はニコニコしながら、淡は復讐に燃える。
何故咲はこんな上からなのか? とか、そもそも菫たちは咲に甘くない? とか、てか私の扱いが雑過ぎない? とか、淡には色々あるがこの場は我慢。いつか咲に勝利したあかつきには、ここぞとばかりにバカにしてやると心に決めてある。その思いをより深めることでストレス発散することにした。
「分かったよ、教えますよー」
少々ふて腐りながら、渋々了承する。
淡は一度頭の中の情報を整理し直してから話し始めた。
「まずは、全国2位の千里山女子だね。先鋒は三年生の園城寺怜。超強豪校の千里山で急に頭角を現した人。そのせいで公式戦データがあんまりないんだけど、今までの対局から推測すると十中八九能力者だね」
「淡ちゃん、推測とか出来るんだ」
「そこッ! 黙って聞くッ!」
「はーい。で、どんな能力持ちなの?」
「それがさー、信じられないんだけど、未来予知出来るっぽいんだよね」
「……は?」
余りにも突拍子もないことを言う淡に、咲は一瞬、頭沸いたかコイツ? とまで思ったが、菫たちの無反応具合を見る限りおかしなことは言っていないのだと分かる。
「未来予知って、反則過ぎない?」
「うん。まぁ反則だけど、直に対局すれば私たちには大した相手にならないと思うよ。場の支配でゴリ押し出来るはずだから」
「……? そういうのも予知出来るんじゃないの?」
「うーん、完璧には分からないんだけど、一巡先までしか見えないらしいよ」
「ふーん。なるほどねー。随分面白い人がいるんだね」
流石は全国2位の強豪校。化け物らしい能力者を備えているようだ。
「それで次は福岡の新道寺女子かな。先鋒は二年生の花田煌。通称すばらさん!」
「すばらさん?」
「スゴイ頻度で言うその人の口癖。麻雀には全く関係ないけど」
「ないんだ……。それで、その人は能力者なの?」
「牌譜だけだと全然能力者じゃないんだけど、テルが鏡で見たら能力者だったらしい」
「それは特殊な能力なの?」
「うん。正にテル専用みたいな能力だよ」
「お姉ちゃん専用?」
あの照専用の能力。それは咲からしてみても欲しい能力だ。ぶっちゃけとても興味がある。
「そう。なんとそのすばらさんは《絶対に自分は飛ばないし、他家も飛ばない》って能力らしいよ」
「……それはまた、ある意味で凄いね。確かにお姉ちゃん専用の能力だ」
照の一番恐ろしいのはなんといっても連続和了。和了る度に点数が上昇するその性質もタチが悪いし、親で連荘されると確実に点数を毟り取られる。
照は基本脳筋なため、咲のように器用に直撃をとるなどの芸当は出来ないが、それでも削れる相手は遠慮なく削っていく。でも、飛ぶ心配がないのなら少しは気楽になるだろう。
「でしょ〜? はっきり言って捨て駒扱いだよ」
「でも、私は好きだよ。勝つためには手段を選ばないそのスタンス」
「良いこというじゃんサキ!」
──どうしてこう、魔物の会話は怖いのだろう?
二人の会話を聞く上級生+監督はそんなことを思っていたが、魔物だから、という理由で納得していた。
「それで最後は阿知賀女子。先鋒は二年生の松実玄。この人も能力者で、能力は一目瞭然! ズバリ、ドラが超集まってくること」
「ドラ使いってことかな? 自分で言っててアレだけど、なんだこの日本語……。まぁ、使い方次第では凄く強いだろうね」
「それがそうでもなさそうなんだよ。見る限りデメリットとしてドラは捨てられないっぽいんだよね」
「何それカモじゃん」
「うん、カモ」
うんうんと頷きあう二人。失礼すぎる。
仮にも他校の、しかも上級生である相手を即座にカモ扱いするとは。この二人にとって対局相手は有象無象、カモ、面白い打ち手の三種類程度しか分類がないのかもしれない。
「とまぁこんな感じの能力者パラダイスな先鋒戦だよ」
「未来予知者に捨て駒にドラ使いに連続和了……うん、カオスだね」
淡の解説も一通り終わったところで、時間も頃合いになってきた。
備え付けられたテレビに映る対局室には、照を始めとした全対局メンバーが集まっている。
(楽しみにしてるよお姉ちゃん)
ここで頑張ってという類の言葉が浮かんでこないあたり、照という打ち手がどのようなものかを示していると言えるだろう。
だが、それも仕方ない。
照が負けるとこなど、咲はおろか、対局を観戦している全ての人が、思ってもいないことなのだから。
****
照は読んでいた本を閉じ、やって来た対局相手を確認する。
千里山女子──園城寺怜。
阿知賀女子──松実玄。
新道寺女子──花田煌。
「皆さんお揃いですね。すばらです!」
早速と言うのか、淡の言った通りの口癖を言って話し出したのは煌である。
照としてはテンションが高くて中々着いていきにくい相手なのだが、そもそも着いていく必要もないと気付き最初は無視を決め込んでいた。
「宮永さんには二回戦でボッコボコにやられたけど、何にせよ、今日の日は負けませんよ!」
煌の一番の長所はこの打たれ強さである。
メンタルの面だけでいうなら、この大会の参加者の中でも頂点に君臨出来るだろう。それが実力と繋がるかは話が別になるのだが。
そのまま場決めして、席に着こうとする照以外の三人だったが、ここで少し驚くことが起きた。
「花田煌さん、だよね?」
「は、はい! なんでしょうか宮永さん!」
照が煌に話し掛けたのだ。
寡黙で知られるあの宮永照が普通に会話する場面などは、公の場所では滅多に見られない。そのため、煌も予想外だったのか返事が上ずっていた。
「宮永さんだとややこしいから、私のことは照でいい」
「えっ?」
「だめ?」
「い、いえ! 全然! 寧ろ嬉しいくらいです! 私のことは是非煌と呼んで下さい!」
「分かった。よろしくね煌」
「よろしくお願いします、照さん!」
この二人のやり取りに唖然としていたのは怜と玄だ。ちょっと……いや、かなり驚いているのが見て分かる。
「二人は初めましてだね。知ってるかもしれないけど、私は白糸台の宮永照です」
「は、はい! あ、阿知賀女子のまままま松実玄です! きょきょ今日はよろしくお願いします! わわわ私のことは、松実でも玄でも好きなように呼んで下さい!」
玄はテンパり過ぎて大分おかしなことになっていた。
玄の中で照はチャンピオンとか、恐ろしい人とか、ヒトでない化け物とか、とにかくそういう分類だったので、いきなりの会話に戸惑いまくっていたのだ。
一方で怜は驚きはあったものの、そこは関西人のコミュ力の高さからか、調子を取り戻していた。
「なんや、聞いてた感じとえらい違うなー。まぁ、ええわ。私は千里山の園城寺怜や。ウチのことは怜でええで。ウチも照って呼んでええか?」
「うん、よろしく怜。玄もよろしくね」
「は、はい照さん!」
対局前の自己紹介という珍しいことが起きたが、これから対局する相手であることには変わりなく、照も馴れ合うために自己紹介したわけではない。
「最初に言っておくことがある」
「……それは一体なんでしょうか?」
代表して煌が聞く。
「この対局、序盤は三人にとって奇妙な展開になると思う。でも──」
物理的に質量を持ったかのような威圧感がその場を襲う。
「──決して、油断しないように」
『……』
それに対する返答はなく、沈黙が場を包んだ。
各人席に着き、僅かな時間、自分だけの世界に入って集中を高める。
そして、対局開始時間となり、ブザーの音が鳴り響く。
全国大会準決勝第一試合が始まった。
すばらの能力はオリジナルです。
また、照の奥の手についてもオリジナルを考えてあります。こちらは予想しやすい能力になっているかもですが、出来たら感想欄では予想などは書かないで頂けると助かります。というか、照の能力アレしかないでしょ?てな感じです。
さて、オマケですが、前に言ったクロスを書いちゃいました(笑)凄く楽しかったです(笑)
興味がある方だけ読んで下さい。
オマケ:咲-Saki- も異世界から来るそうですよ?
春の陽気漂う、四月頃だった。
小川のほとりにある木陰で一人、宮永咲は本を読んでいた。
「んん〜とっ」
キリが良いところまで読み終えたため、固まった身体を伸ばす。随分と長い間座ったままの姿勢でいたせいか、思いの外それは気持ち良く、身体のコリが解れていくのを感じる。
「ふぅ。さて、何しようかな?」
咲は暇を持て余していた。
特にやりたいこともないまま高校へ進学。今も一応制服で身を包んではいるが、高校に行ってもどうせ得られるものなど何もないのは分かっている。それでは行く気などさらさら起きないのは自明であり、最近は本を読むことしか楽しみがない。
とりあえず帰るかと思い、読んでいた本を閉じようとしたが、それと同時に横薙ぎの強風が吹く。
「……ん?」
そして、その風と共に舞った一枚の封書が、不自然な軌道を描き、咲の持っている本へと栞のように挟まれた。
「…………なんだろう?」
余りにも不可解な現象だったが、それ以上に封書の方に興味が湧いた咲はそれを手に取る。
封書にはこう書かれていた。『宮永咲殿へ』と。
それ以外には何も書かれていない。
差出人の名前すらない。
風に乗ってやって来たその封書は、退屈し過ぎていた咲にとってそれなりに魅力的なものに見えた。
「……。暇潰しにはなるかな?」
やることもやるべきこともやりたいこともなかった咲は、迷うこともなく封を切ることにした。
*
『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。
その
己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、
我らの“箱庭”に来られたし』
*
ーーそれは突然のことだった。
先ほどまで座っていた地面は瓦解するように消滅し、そして、咲の視界が一斉に開かれる。
「えっ⁉︎」
「はっ?」
「わっ」
「きゃ!」
手紙の文章を読み終わった、と思った次の瞬間には、咲は上空4000mほどの位置に投げ出されていたのだ。
しかし、それは咲だけではなかったらしい。同じように投げ出されたであろう人物が、他に三人いることを視界の隅で捉える。あと猫もいた。
急転直下している割には冷静な自分に、咲は苦笑いを浮かべるが、今そんなことは茶飯事なため気にしない。
より情報を集めるため周りを見渡す。
広がる風景は今まで見たことのない壮大なものだった。
この世界の中心だろう場所に聳え立つ、天をも貫く光の柱。
その柱から円心状に建てられているのは、縮尺を見間違うほどの、巨大な天幕で覆われた数多の都市。
遥か遠くに見える地平線は、世界の果てとでも言えるような断崖絶壁。
眼下には、緑豊かな森林に川や滝、湖などの大自然。
明らかに、咲が元いた世界とは別世界の、完全無欠な異世界であった。
(……………………ここ何処?)
下から叩きつけるように襲ってくる空気抵抗の中、咲は冷静ではあったが状況がよく分かっていない。
手紙を読んだらあら異世界。
タチの悪い冗談でも、もう少しマシなのではないだろうか。
なんて考えてもいたが、とりあえず自分を含めた四人(+a)がピンチだということは理解出来た。このまま自由落下していくと、眼下にある湖に直撃。はっきり言ってこの高さから落ちたら、いくら水面とはいえ身体がバラバラになるのは確実だろう。
実は落下地点である湖上空に、緩衝材らしき水膜が用意されていたのだが、咲はそんな事情は知らない。まぁ、知っていたとしても大人しく水濡れになる選択肢もあり得なかったのだが。
咲は素早く言霊を呟く。
「上空にいる私たち四人と猫の“距離”をプラマイゼロに」
「はっ?」
「わっ」
「えっ?」
すると、先ほどまでそれなりの距離、離れていた四人と一匹が一瞬で一ヶ所に集まっていた。
その理解不能な事態に戸惑う咲以外の面々だったが、詳しく説明する時間がない。
咲は素早く、三人が触れられるように手を出す。
「手を出して」
咲のその言葉にやや訝しんでいた三人だったが、このままだと水濡れの未来になるのも理解していたようだ。咲の言葉に従い、四人の手が触れ合う(因みに猫はショートカットの女の子の頭にしがみ付いていた)。
上空1000m。
咲は一度だけ眼下を伺う。湖はそれなりに大きいが、比較的近くに陸地も見えた。
咲は手が触れていることを確かめ、再び呟く。
「“運動エネルギー”をプラマイゼロに」
上空で咲たちの身体が、慣性の法則を無視したかのように、しかも身体に負荷を掛けることなくピタリと止まる。しかし、まだ上空。数瞬後にはまた落下し始めるだろう。
咲は続けて呟く。
「“陸地との距離”をプラマイゼロに」
そうして、咲たち四人は無事、地へと脚を踏みしめるのであった。
*
水落危機一髪だったが、咲のおかげで全員無事、濡れることもなく地上へ降り立てた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、何が起きたのかよく分かってはいないけれど、貴方のおかげで助かったわ。それにしても信じられないわ!まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」
「全くだ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
だが、それでも不満はタラタラだったようで、呼びつけただろう誰かさんへの罵詈雑言を吐き捨てていた。
「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前たちにも変な手紙が?」
「そうだけど、まずは“オマエ”って呼び方を訂正して。わたしは久遠飛鳥よ。以後は気をつけて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」
「…………春日部耀。以下同文」
「そう。よろしく春日部さん。それで私たちを助けてくれた貴方は?」
「私は咲、宮永咲です。とりあえずよろしくお願いします?」
「そこはとりあえずなのね。まぁ、いいわ。よろしくね宮永さん。それで最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」
「そう。取扱説明書をくれたら考えといてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
なんやかんやで、自己紹介が終わっていた。
そしたらもうやることがなく、手持ち無沙汰になってしまったのだが、暫く様子を伺っていても誰も出てこない。
「で、呼び出されたのはいいけど、なんで誰もいねぇんだよ」
「そうね、なんの説明もないままでは動きようがないもの」
「それじゃ、そこに隠れてる変なコスプレした人にでも聞く?」
咲のその台詞に、ギクッというリアクションが木の陰から聞こえた気がした。
「お前、気づいてたのか?というよりコスプレしてるって、お前、もしかして見えてるのか?」
「まぁ、ちょっとした手品みたいなものなのかな?」
そう言って咲は、顔の前に一瞬だけ手を翳し、それをどける。
そこには元のブラウンの瞳はなく、左右異色の、右の瞳が碧眼、左の瞳が灼眼へと変化した咲の姿があった。
「気にするほどのものでもないよ」
「……へぇ、面白いなお前」
十六夜は楽しそうに笑うが、目は笑っていない。好戦的な態度だ。
「えーと、逆廻くんも気付いてたんでしょ?」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?てか俺のことは十六夜でいい。そっちの二人も気づいてたんだろ?」
「当たり前じゃない」
「風上に立たれたら嫌でも分かる」
四人が四人とも、その人物が裏に隠れているだろう木を見つめる。やがて、何かを諦めたのだろう。超絶苦笑いを浮かべたヒトっぽい、ウサ耳を生やしたナニカが出て来た。
「や、やだなぁ御四人様。そんな狼みたいにーー」
「面白いこと考えた!」
「へっ?」
まさか、自身の台詞を遮られるとは思っていなかったのだろう。そのウサ耳の少女、黒ウサギは間抜けな声を発していた。
「なんだよ、宮永。面白いことって」
「うん、ちょっと皆耳貸して。あと私のことは咲でいいよ」
そう言って四人は内緒話をする。
黒ウサギに聞こえないように小声で話しているが、そのウサ耳は伊達ではない。聴力は人間を遥かに上回っているから、何を話しているか問題なく聞こえる。
「とりあえず囲もう。私に任せて」
(随分物騒なことを言いますね。あの御方、大人しそうに見えるのですが、とんだ問題児のようです。まぁ、他の方も大して変わりないでしょうが)
黒ウサギは冷静に判断を下す。
それに黒ウサギもそんな易々と捕まる気は毛頭ない。ここで主導権を握っておかないと、後々厄介なことになるのは間違いないからだ。
そのため、何が起きても対処出来るように、バレないくらいに身構えていたのだが、それは徒労となった。
「私たち四人と“あのウサギとの距離”をプラマイゼロに」
「……へっ⁉︎」
一瞬だった。
一瞬で黒ウサギは四方を囲まれていた。それも黒ウサギが四人の真ん中へと移動しているらしい。しかも何故か正座した状態で。
作戦が成功した四人だったが、その表情には喜びや嬉しさなどの正の感情は欠片もない。そこには理不尽な招集を諮った黒ウサギへの、殺気が籠もった冷ややかな視線しか存在しなかった。
「なんだコイツ?」
「ウサギ人間?」
「とりあえずこのウサギが犯人でしょ?」
さて、どうする?というアイコンタクトを交わす十六夜、飛鳥、咲の三人。その中でも耀だけは、黒ウサギに一歩近づきそして、
「えぃっ」
「フギャッ⁉︎」
そのウサ耳を鷲掴みした。
「ちょっ⁉︎いきなり黒ウサギの素敵耳を鷲掴みとは、一体どういう了見ですか⁉︎」
「好奇心の為せる技」
「えっ?これコスプレじゃなくて本物なの?」
「そうらしいな」
「……。じゃあ私も」
「それじゃあ俺も」
「ちょっ⁉︎お待ちを⁉︎」
「折角だから男子vs女子で綱引きならぬ耳引き勝負はどう?」
『乗った!』
「ちょっ!!??冗談でーー」
『せーのっ!』
声にならない黒ウサギの絶叫が、辺り一帯に木霊した。
アンケート参加含めて感想待ってます