咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
今回はちょっとご都合主義っぽくなってるかもしれません。気に入らないと思う方もいるかもですが、そこはスルーしてくれると助かります。
あと冒頭である有名な文を入れてます。著作権については調べて大丈夫だと思っているのですが、もしヤバイよとか多分駄目だよ、というのなら速やかに感想で連絡いただけると幸いです。
それではとりあえずどうぞー
「えーでは、宮永さん。『平家物語』の冒頭部分を暗唱してみて下さい」
「……はい」
立ち上がる。
周囲から微かにあったざわめきがやみ、ペンが走る音すらも聞こえなくなった。ただ椅子を引く音だけが教室に響き渡る。
その様子はまるで、どんな些細な物音すら立ててはいけない、そんな雰囲気に満たされていた。
「
祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。
」
「ちなみに口語訳は分かりますか?」
「はい」
「では、それもお願いします」
「
祇園精舎の鐘の音には、諸行無常、すなわちこの世に存在するありとあらゆるものは絶えず変化していくものだという響きがある。
釈迦入滅時に白色へ変化したとされる沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。
権勢を誇っている人も永遠には続かず、それはまるで春の夜の夢のようである。
勇猛な者も最後には滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである
」
「完璧です。席に着いて結構ですよ」
「分かりました」
席に着き、授業が再開されたことでようやく、教室に満たされていた緊張感がなくなる。
少ししたら小さなざわめきも起き始めた。
(……まさかこのタイミングでこれを私に詠ませるとは。先生は意外と大物なのかな?)
指名された少女──宮永咲は、窓の外に映る景色を眺めながらそんなくだらないことを思っていた。
現在は全国高校生麻雀大会の団体戦、個人戦の県予選が終わった直後。
咲が在籍するここ、清澄高校は初出場にして見事団体戦で全国大会出場という快挙を成し遂げていた。
そのニュースに初めは全校生徒皆で喜びに浸っていた。それと同時に咲の大暴れっぷりも全校生徒に明らかになり、それは生徒の意識に深く刻み込まれたらしい。
それからの咲の周りはまるで、小学校、中学校生活の再現のようになった。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
端的に言うと、クラスメートを含めた清澄高校の殆どの生徒が咲を畏怖するようになったのだ。
元々の話だが、咲は人付き合いが苦手で、親しい友人は麻雀部のメンバーくらいしかいない。尤も、今回の件でそういう存在が清澄で出来る可能性が無に等しくなっただろう。
もちろん学校ではオーラなど発さないし、威圧感も出していない。だが、あの結果を見られた時点でもうダメだったらしい。咲がそれを強く理解し、後悔したのは廊下を歩いてだった。
咲が進む先には道が出来る。
(しくじったなー。団体戦はともかくとしても、個人戦ではあそこまでやるつもりなかったのに)
ため息一つこぼして目を閉じる。蘇るのは先日色々とやらかした日の光景。
予選段階の一日目から分かっていたことだが、個人戦は一位になるとインタビューがある。
前以て言われていたし、東場オンリーの一日目では同じ麻雀部の片岡優希が大爆発し、自信満々にインタビューに応えていたのを良く覚えている。
咲個人はマスコミ関係などは苦手なので、全くもって関わりたくなどないと思っていた。
だから咲は一日目はかなり適当に打って二十位くらいになり、二日目の本戦でも、ギリギリ三位くらいに滑り込もうかと考えていたのだ。
実際に一日目は上手くいったのだが、本戦ではそうはいかなかった。
なぜならそれは、咲にとっては予想外で、しかし歓迎すべき出来事が起こってしまったからだ。
(楽しかったな〜♫ 龍門渕透華さん)
龍門渕透華。
普段はただのデジタルの打ち手。
だが、咲には分かっていた。初めて会った時に能力者だと。どの程度かはさすがに測りきれていなかったが、その実力は想像以上のものだった。
発揮されたその力は、リミッターを解除していなかったとはいえ、咲の全力に伍するものであり、間違いなく咲や照と同じフィールドに立つ者の力だったのだ。
(あまりにも楽しかったから、対局を長引かせることだけ意識してたんだよねー。まぁそのせいで最終的には負けちゃったんだけど)
あのような愉快な打ち手とは滅多に打てない。それなのに一瞬で終わってしまったらつまらないではないか、との理由で点数調整に全力を注いでいた。
おかげでオーラスまで対局を引き延ばすことには成功したが、勝利まではもぎとれなかった。
(どんな能力なのかはヒントが少な過ぎて分からなかったのが残念。まぁ、対局終わった後に倒れちゃったのには驚いたけど)
残されている映像からはそんな内心は毛ほども見出せないが、咲も人間だ。目の前で人が倒れたら、それなりには驚く。それが外から伺えるかは話が別になるのだが。
この出来事が咲の畏怖の度合いを高めたと云えるだろう。
まず咲と対局した相手が倒れたという事実。更に、人が倒れたというのに表情一つ動かなかった咲の姿。
この段階で咲の恐ろしさが浮き彫りに。
しかし、これで終わっていれば、まだ救いがあったのかもしれない。だが、そうはならなかった。
この話には続きがあるのだ。
(“癒”のオーラで回復したのは良かったけど、問題はあの後だよ……)
透華との対局の後、咲はほぼ無双状態になっていた。
この時の咲は冷静ではなく、昂ぶったこの気持ちを鎮めるためなら周りが少しくらい、ほんの少しくらい壊れちゃったとしてもいいかな? いいよね? などという恐ろしいことを考えていたのだ。
実際にあの時の咲に、配慮など皆無。
そして、落ち着いたころには全てが終わっていた。
個人戦は終了しており、ブッチギリの一位通過。
しかも後から判明した事実だったが、実の姉である高校生チャンピオン、照さえも超えるという始末。
これはもう、完璧に咲のミスだった。
(インタビューなんて凄い誤魔化し方したし)
最初は個人戦と団体戦出場おめでとうというありきたりな内容だったが、頃合いを見計らって当然の如くこの質問がやってきた。
『宮永照さんとは親戚か何かですか?』
一瞬だが、咲は固まった。
これに対して明言してしまえば、咲の安寧はなくなる。照に合わせてこの先、営業スマイル全開なのを余儀無くされるだろう。
だが、否定するにも気が引ける。そもそも仲直りするのが目的だったのだ。そんなことをしては本末転倒というもの。
結局、悩んだ末に出した結論は有耶無耶することだった。
『宮永照さんとは親戚か何かですか?』
『……………………グスン』
『み、宮永さん?』
『ご……ごめんなさい。その、あの……グスン』
『咲さん? 大丈夫ですか?』
『の、和ちゃん!!』
『咲さん……申し訳ありませんが、今日のところはこれでお引き取り下さい。咲さんの調子がよくないそうなので』
『で、ですが……』
『お願いします』
『……分かりました。改めて宮永さん、優勝おめでとうございます』
『グスン……ありがとうございます』
(和ちゃんマジ天使!)
上手く誤魔化せた気は全くしないが、咲は嘘泣きまで自由自在だったのだ。
****
本日の授業も終わり帰りのHRの後、咲は部室に向かうため立ち上がった。それだけでも周りのざわつきが少し止んだのが分かる。流石にため息を吐きそうになった。
(小、中で慣れてるとはいえ、ここまでとは……ちょっとキツイなぁ)
不機嫌な気持ちを表情に出したりなどはしないが、言うまでもなく良い気分にはならない。
悪事を働いたなどの事実があるならまだしも、咲は悪いことはしていない。むしろ咲がしたのは、手放しに出来るわけではないかもしれないが、称賛される行為だ。
(まぁ、いいや。人の噂も七十五日って言うし、そのうちなくなるでしょ)
憂鬱な気分を吹き飛ばし、気を取り直して教室から出て行く。
もし咲が気の短い人間だったら、教室内は悲惨なことになっていただろう。
冗談ではなく人が倒れる。
ついでに電化製品が壊れる。
玄関まで降り、靴を履き替えている途中で声を掛けられた。
「咲さん」
「あっ、和ちゃん」
そこにいたのは、麻雀部員の一員で、咲が麻雀部に入ったきっかけでもある少女で天使──原村和だった。
これは麻雀部員全員に云えることだが、和は咲を全く恐れない。……いや、時と場合によるという冠詞が付くかもしれないが。そもそもとして恐れることが前提で話が進んでいるのが非常に残念なことだが、咲にとってはそれが普通なのが悲しいところだ。
和は咲に対して極自然に接してくれる。もしかしたらこの言い方すら間違っているかもしれない。
なぜなら和には咲を恐れる理由など何もないのだから。
実際問題としては、確かに和も咲の本気のオーラをぶち当てられると何ともいえない恐怖を覚えるのだが、そんなことになる機会は殆どないといってもいい。
今では和にとって咲は、仲間であり友達だ。
そして、咲にとっても、和は正真正銘の友達だ。
「部室ですよね?」
「うん」
「同行してもいいでしょうか?」
「当たり前だよ。それじゃあ、一緒に行こ?」
「はい」
微笑ましい会話を交わしながら、二人は部室へと向かう。
「今日は朝から疲れました」
「何かあったの?」
「はい。朝からクラスメートの皆さんが祝ってくれたのですが、ちょっと大袈裟というかなんというか。咲さんは大丈夫でしたか?」
「……うん、大丈夫だったよー(棒)」
(……ごめんね和ちゃん。その点でいうと私は全く疲れてないし、むしろ前より話す回数が激減したよ)
「しかも行く先々で声を掛けられたので、挨拶で疲れました」
「ホントだよねー(棒)」
(……ごめんね和ちゃん。私の場合、声を掛けられるどころかむしろ私の行く先々で道が出来たよ。とても大きな道がね)
会話から一瞬にして微笑ましさがなくなった。
****
麻雀部は現在咲たちがいる新校舎にはなく、少し離れた旧校舎にあるため移動する必要がある。意外にも遠いというのが難点なのだが、咲としては静かな方が気が休まるので、都合が良いと思っていた。
しかし、今回はそれが仇となったようだ。
「……あれ? あそこにいる人たちって……」
「おそらくですが、マスコミ関係の方ですね」
「げっ、それってもしかして…………」
「団体戦出場校としてのインタビューならその日に終わってますし、私目当てということもなくはないと思いますが、このタイミングではまず間違いなく咲さんが目的かと」
「やっぱり?」
「私はそう思います」
咲はがっくしと肩を落とす。
折角一応誤魔化したというのに、こんなことが続いたらバレるのは時間の問題だ。
余談だが、咲と照のことに関しては箝口令が敷かれている。これは清澄だけでなく、白糸台でもだ。
理由としては咲のため、これ一つだった。
元々照も、咲のプライバシーを守るために明言していなかったし、咲も咲で、いつかは公になるとは理解していても、なるべくなら隠したいと思っていた。
そのためこの措置は、咲のためだけに実施されていた。
「どうしましょうか?」
「……逃げてもいいかな?」
「これから毎日となるとあれですが、今日のところはそうしましょうか。部長には私が言っておきます」
「ホント和ちゃんマジ天使!」
「さ、咲さん⁉ 一体何を⁉」
いきなりの抱きつきと天使発言に和も驚いていた。顔も真っ赤に染め上がり、やや過剰なほど恥ずかしがっているが、咲としては本心だったので今の発言にあまり後悔していない。
後悔していなかったのだが、和が大きな声を出してしまったので、マスコミ関係だと思われる人がこっちに気付いてしまったようだ。
「ヤバッ⁉ じゃ、じゃあ和ちゃん、後はお願い!」
「えっ⁉ 咲さん⁉」
そう言い残して咲は脱兎の如く駆け出した。
大会中もそんなことを繰り返していたからか、咲は文化部とは思えないほどのスタートダッシュを切り、瞬く間に遠くまで行ってしまう。
咲の方を見て暫しの間呆然としていた和だったが、更に後ろから駆けてくる音に気付き振り向いた。
「あぁ、原村さん。こんにちは。突然であれだけど、宮永さんどこに行ったか分かる?」
「あぁ、その……急用が出来たから帰ると言っていました」
「そうなの、ありがとう。ほら行くわよ」
「えっ? でも急用って……」
「とりあえず追うのよ。少しぐらいなら取材出来るかもしれないでしょ?」
「……分かりましたよ」
そんな会話を残して、いつも和を取材している二人組も咲を追いかけて行った。
残された和は再び呆然とした後、一息ついて部室へと向かうのだった。
「ハァ、ハァ……意外としつこいな」
和と別れた後の咲は鬼ごっこの真っ最中であった。
もしやとは思っていたが、案の定マスコミ関係の人は咲を追ってきていたのだ。それも存外速い。相手もその道でプロなのだから、人並み以上の体力があっても不思議ではないが、これは少し予想外。
逃げ切ることも出来なくはないだろうが、一番最悪な結果として自宅がバレる可能性がある。
そんなことになってしまえば最早逃げ場がなくなる。
どうやって撒こうかと考えていた咲だったが、これまた予想外なことが起きた。
「いましたわね。清澄の宮永咲!」
「……えっ?」
意識の外側からの声に振り向くと、個人戦で唯一咲に勝利した少女、龍門渕透華がそこにいた。
****
(…………気まずい)
咲は今、龍門渕家に仕えるハギヨシという執事が運転する、一目で高価だと分かる黒塗りのリムジンに透華と一緒に乗っていた。
このような事態になったのには訳があった。
出会った後、いきなり透華から家に来て欲しいと言われたのだ。
もちろん、最初はそのお誘いを遠回しに断ろうとした。お誘いされる意味が分からないし、あったとしても良い理由とはとても思えなかったからである。なぜならそれは、咲は龍門渕高校の皆さんに対して絶対良い印象ではないと確信があったからだ。
それもそうだろう。団体戦では大将を完膚無きまで叩き潰し、個人戦では咲が勝った訳ではないけど、透華を気絶まで追い込んでいる。これで好印象になるだろうか、いやならない(反語)。
だが、その時は咲にも問題があった。
その時咲は現在進行形でマスコミに追われている最中だったのだ。
そして、透華に捕まったその時点でかなりの時間のロスになり、見つからずに逃げ切るのがまず不可能に。
つまりどちらかには確実に捕まる状況に陥っていたのだ。
前門の虎、後門の狼。
逃げ場がないことを悟った咲は仕方なく、苦渋の選択で前門の虎、というより龍と同行することを決めたのだった。
そんな理由で一般庶民の咲は、見たことも乗ったこともない高級車に揺られているわけだが、さっきから会話がない。
透華は優雅に紅茶を嗜んでいる。咲にも用意はされていたが、全く口につける気にならない。
(というよりそろそろ理由を聞かせてほしいなー……)
もう引き返す道はないのだ。
こうなったらとことん前進あるのみである。例え進む道が地獄であろうとも。
しかし理由は知りたかった。
そんな咲の思いが通じたのか、透華はカップを備え付けられたテーブルに置いた後、おもむろに口を開いた。
「まず、このような強引なお誘い、申し訳ありませんでしたわ」
「い、いえ。私も困っていたことには違いないので、助かったと思っています」
(このあとの展開次第では全く助からないけど)
「それは良かったですわ。それであなたをこうしてお誘いした理由ですけど……」
「はい……」
咲は密かに覚悟を決めた。
何が出てきても大丈夫なように。
「衣と会って欲しいのですわ」
「……はい?」
想定外な内容が飛び出てきた。
「どうしましたの?」
「い、いえ……その、想定外だったので驚いていました。てっきり、なんか怒られるのかと」
「なぜそのような結論に至ったのかは分かりませんが、私、もとい私たちは怒ってはいませんわ」
「そうなんですか?」
「えぇ。……あぁ、でも個人戦の時は私も少しは怒っていたのかもしれませんわ。あの時は正気ではありませんでしたので」
「…………とりあえずごめんなさい」
やはりあの状態は普通ではなかったらしい。
咲のように瞳孔が開ききっていたわけではなかったが、あの時の透華の瞳は人間というより爬虫類のような目だった。あれは誰が見たって異常だろう。
「だから、今は大丈夫だと言ったでしょう? むしろ私たちはあなたに感謝するべきだったのですわ」
「……はい?」
益々意味が分からない。
「……そうですね。少し昔話でもしましょうか」
さて、どこから話しましょうか……と透華は過去を振り返る。
不思議そうに見つめる咲を一旦無視して、透華が思い出しているのは初めて衣と会ったその日からであった。
****
透華が衣と初めて会ったのは、今から六年前のことだった。
黒の喪服を着た人しか周りにはいない。『忌中』という看板も見受けられ、物悲しい雰囲気がその場を包んでいる。
その日は事故で亡くなった衣の両親の葬式の日だったのだ。
「初めまして」
縁側に座っていた衣に声を掛ける。
物憂げな表情で下を向いていた衣は、透華のその声に反応して顔を上げた。その顔は寂しそうに沈んでいた。
「私、あなたの従姉妹の透華と言います」
「……龍門渕の娘か」
そう言って衣はまた顔を俯けた。透華には興味も関心もない、そんな様子だ。
それでも透華はその態度には気を止めず話し続ける。
「あなたは、私のお父様が引き取るそうです。私とあなたはこれから同じ家に住まうのですよ」
「……トカゲがいない。カエルも出てこない」
「……はぁ?」
突拍子もないその言葉は意味が分からない。
今のこの場面で、どうして爬虫類と両生類が出てくるのか。
「
「……そんな生き物が出てくる季節ではないでしょう?」
「父上と母上がいなくなった時だからこそ、出てきて欲しいのだ。こんな時に出てこないとは、友達甲斐のない奴らだ……」
「……っ」
あまりにも悲しい。
遊び相手だという話は本当なのだろう。
別に、そのような生き物が遊び相手だということ自体は特に問題ない。ちょっと感性が人と違うのだな、くらいで納得出来る。
確かにこのような状況で同級生の友達など、いたとしても呼べるわけないのは分かる。
でも、衣のその発言は悲しすぎた。寂しすぎるではないか。
少し涙ぐんでしまった透華だが、ここで泣くわけにはいかない。
一番悲しいのは透華ではない。衣だ。
その衣が泣いていないのだ。
なぜそこまで達観した態度なのか、透華には分からなかったが、それでもここで泣くのはダメだと透華は思った。
だから、気持ちをぐっと堪える。そして、少し無理矢理だが笑顔を浮かべ、衣の隣まで歩み寄り、同じく腰掛けた。
「今日から、透華お姉さんと呼んでもいいんですのよ?」
なるべく明るい声で話し掛けた。透華はこれ以上、目の前の少女に悲しい想いをさせたくなかった。生来の性格からか、自分がなんとかしてやろう、とまで思っていたかもしれない。
近くに来たことで、やっと目を合わせてくれた衣だったが、
「……お前より衣の方が誕生日が早い」
「えっ⁉」
この掴みは失敗だったようだ。
龍門渕に引き取られた衣だったが、衣の不運はこれでは終わらなかった。
何をするにも衣は優秀過ぎた。優秀なのもあるが、それ以上に豪運の持ち主だった。
学業でもその年齢に合わない卓越した知能と知識を有していたし、運の要素が強い遊戯、ポーカーや麻雀などなら、正しく神がかっていた。
それははたから見ると恐怖を抱いてしまうほどに。
実際に、衣の底知れない恐ろしさに怯えた龍門渕当主である透華の父親は、衣を別宅に住まわせ実質軟禁状態に。
透華の父親と同じように、衣の学校の生徒もどこか皆と違う衣に恐怖を抱いたため、衣には友達も録に出来なかった。
『天江の子に近づくな』
『あれは理解の遥か外にいる』
──衣はずっと、一人だった。
その事実を知った透華は、衣のためにと全国を飛び回った。
衣と対等に友達になれる人材を探し、父親が理事長を務める龍門渕高校へと招待していた。
その後、高校生となった彼女たちは既存の麻雀部員を追い出し、衣を含めた五人で新たに麻雀部を創設したのだ。
目的は唯一つ。
県、全国、そして世界。衣と楽しく遊べる相手を探すため。
絶対に仲間がいる。そう信じて。
……それでも、高校生になって一年が経っても、衣と楽しく遊べる相手は現れなかった。
****
「そこで現れたのがあなた、ですわ」
「…………」
咲には色々と思うことはあった。
予想を遥かに超えるヘビーな話だとか、あんなことをした私と衣は楽しく過ごせるのか? とか、とにかく色々あったが、一番に思うことはこれであった。
(他人の家庭事情って、聞く立場だとこんなにキツいものだったんだね。……出会って数時間で似たような話をして、ホントごめんね、和ちゃん……)
心の底から和に謝ることにした。
「あなたの存在をもっと早く知れていたらと思いましたが、まぁ過ぎてしまったことは仕方ありませんわ」
ここまで来たら、何が目的なのか咲にも分かった。
透華は咲に、衣と遊び相手に、友達になって欲しいのだ。
「改めてお願いしますわ。衣と会ってくださいませんか?」
真摯に頭を下げる透華。それを見つめる咲は少し考える。
咲としても断る理由はない。
それにこれは咲にとっても悪い話ではなかった。
個人戦のときの透華もそうだが、衣も確実に咲や照と同じフィールドに立てる者だ。
咲と衣の大きな差は一つだけ。敗北の経験の有無だけだ。
ただ勝つだけでは、人は成長出来ない。負けるという経験を経てこそ、人は変われるのだ。
そして、咲に負けたことで衣は進化出来るはずだ。
咲にとっても実力が拮抗した存在は、喉から手が出るほどに欲しいと思えるもの。遊び相手になって欲しいのは咲も同じ。
咲にとってこれはチャンスでもあった。
「私としては全然構いません。ですが、天江さんは私と会ってくれるのでしょうか?」
「というと?」
「いえ。団体戦であんなことをしてしまったんです。私と会ってくれるとは……」
「その点なら問題ないですわ」
透華は自信満々にそう言う。
「そもそも、あなたに会いたいと申したのは衣ですわ」
「えっ?」
「確かに、あなたに負けた後は呆然と固まっていましたし、涙も流していましたし、屋敷に戻った後も引きこもっています。現在進行形で」
(全然大丈夫に聞こえないんだけど……)
聞いてる限りでは問題しか見当たらない。
まさか相手を引きこもらせるまで追い込んでいたなんて。咲は今更過ぎる罪悪感に苛まれる。
「もちろん最初は落ち込んでいるのだと思いましたわ。ですが、様子が変だったのですわ」
「それはどういう風にですか?」
「えぇ、備え付けられている監視カメラから様子を伺ったのですが……」
(……今凄い単語が混ざってたけど、気にしない方がいいのかな?)
自然と会話に織り込まれていたので反応が遅れたが、やっぱりおかしい。
だが、気にしたら負けなのだろう。金持ちの考えは一般庶民とは違うのだと納得させた。
透華もそれについて言及することなく、話し続ける。
「ずっと麻雀を打っているようなのですわ。一人で黙々と」
透華は不思議な表情をしている。
衣を心配しているのは分かるが、それと同時に今まで見られなかった衣の変化に喜んでいる、そんな感じだ。
この微かな変化が、衣に良い影響をもたらしてくれると信じているのだ。
「それで、何度目かの呼びかけの際、やっと反応を返してくれた。それが……」
「……私と会いたいと?」
「その通りですわ」
「……分かりました。それなら私としても断る理由はありません。天江さんと話しをさせて下さい」
「よろしく頼みますわ。丁度時間ですわね、ハギヨシ」
「はっ」
「えっ⁉」
今の今まで運転席にいたはずのハギヨシが、いつの間にか外から扉を開けていた。咲にはいつ車が止まったかも分からなかった。
「さぁ、行きましょう。衣の住んでいる屋敷まで案内致しますわ」
****
山の奥深く、茨が目立つ森の中ににその屋敷はあった。
切り立った崖のような場所の上に建てられているそれは、まるでドラマや小説などでしかお目にかかれない、咲にはそう思えるほどに現実離れしていた。
自身の身長の二倍はあるのではないかと思われる大きな扉を開け中に入る。
左右をいくつものランタンで照らされた、薄暗い長い長い廊下を歩き続けて透華は立ち止まる。目的地に着いたようだ。
「さぁ、この中ですわ」
透華は振り向き咲を見る。ここから先は咲だけで入るようだ。
意を決して、咲はノックをして中に問いかけた。
「清澄の宮永咲です。龍門渕さんにお誘いされ、参上した次第です。天江さん、入れてくれませんか?」
返答はなかったが、その代わりに固く閉ざされていた扉がゆっくりと開かれる。
灯りが一切ついていないその部屋の内部はよく見通せない。それでも部屋の真ん中に麻雀卓と思われる影が見える。きっとそこにいるのだろう。
咲は透華とアイコンタクトを交わした後、ゆっくりと歩みを進め部屋の中へと入って行く。咲が完全に入ったと同時に、後ろの扉が閉ざされた。
咲はそのまま、影の見えるその場所に向かって歩き出し、ようやく何かがはっきり見えそうなところで灯りが灯った。
「──久しいな、清澄の嶺上使い」
麻雀卓の側で件の少女──天江衣は座っていた。
落ち込んでいるとか、怯えているとか、そういう負の感情は見られない。
団体戦では若干やり過ぎちゃったかな? と咲は思っていなくもなかったので、この様子には安心した。
「そうですね。天江さんは個人戦には出ていらっしゃらなかったから、団体戦以来ですね」
咲も無難に挨拶を返す。
挨拶を交わしながら、咲は内部をちらりと見回した。
はっきり言って何もない。
あるのは麻雀卓とそれらの椅子に置かれているぬいぐるみくらいだ。しかもそのぬいぐるみが『不思議の国のアリス』に出てくる帽子屋に三月ウサギにチェシャ猫、そして何故かハンプティ・ダンプティ。
(これは麻雀ではなくてお茶会だね、うん。アリスたちが麻雀してたら流石に嫌だなー。あぁ、不思議の国の夢が壊れる)
全くもってどうでもいい感想だった。
「それで、天江さん。私を呼んだ理由は何なのでしょう?」
「……聞きたいことがあるんだ」
衣は真っ直ぐと咲の目を見て問う。
「それほどの強さがあって、どうしてお前は麻雀を楽しめるんだ? どうしてお前は麻雀を続けられるのだ? どうして……どうしてお前は一人ではないんだ?」
抽象的な問。
それでも咲にはなんとなくだが、衣が聞きたいことが理解出来た。
これで通じるとは思えないが、咲は衣に答えた。
「それはもちろん、強くなりたいから、勝ちたいからだよ」
「……異な事を。お前程の力があれば、勝つことなど造作もなかろう」
「ううん。それは違うよ。私、つい一ヶ月前に麻雀で負けたんだよ」
「……それは本当か?」
「うん。……そうだね、私のことを話そうか」
咲は透華から聞いたため衣のことを知っている。でも衣は咲のことを何も知らない。これはフェアではないだろう。
それに、咲は少なからず衣に共感を抱いていた。
「実はね、龍門渕さんから天江さんのことを色々聞いたんだ。だから天江さんが今までどんな思いをしていたか、なんとなく分かる。私も似たような体験があるから」
「そうなのか?」
「うん。まぁ、天江さんよりは全然大したことないかもしれないけどね」
咲は衣同様に腰を下ろして、衣と目線を合わせる。
そうして、咲は自分のことを話し始めた。
幼い頃から家族で麻雀していたこと。
その家族麻雀でちょっとした賭け事をしていたこと。
そのせいで、家族が崩壊してしまったこと。
母と姉と離れ離れになったこと。
最後の家族麻雀で覚醒したせいで、オーラの制御が上手くいかず、学校で友達がろくに出来なかったこと。
つい最近まで麻雀をやっていなかったこと。
高校でのある出会いを境に、また麻雀を始めたこと。
その出会いをきっかけに、長年会っていなかった姉と仲直り出来たこと。
久しぶりの麻雀で姉に負けたこと。
そして、全国大会で再会しようと約束したこと。
「こんな感じかな?」
「……そうか。お前は衣と似てるんだな。でも……」
衣はそこで俯いた。
「でも衣は、今でも独りぼっちだ」
「……それは違うよ、天江さん」
「えっ?」
「天江さんは独りぼっちなんかじゃないよ」
衣は顔を上げる。
そこには、優しく微笑む咲の姿があった。
「天江さんには、私と同じように仲間が、友達がいるじゃないですか」
「──その通りでごさいますわ!」
扉の開放の大きな音と共に、その声は部屋に響き渡る。
現れたのは、咲が県予選一日目に見かけた四人。
銀髪長身の先鋒を勤めていた井上純。
眼鏡をかけた黒髪ロングの次鋒を勤めていた沢村智紀。
頬に星のタトゥーシールを付けている中堅を勤めていた国広一。
最後に咲をここまで招待した龍門渕透華。
透華を中心に、龍門渕高校麻雀部の全員がそこにいた。
「お前たち……」
「というより、少しショックだよな。俺たちは友達じゃないのかよ?」
純はおどけるようにそう言う。
「お前たちは、透華が衣のために集めた友達じゃないのか?」
そのことを当然だと思っているのか、衣は不思議そうな顔で聞く。衣はきっと、透華に言われているから衣と仲良くしてくれる、そうとまで思っているのだ。
そんな衣のある意味での純真さに、皆咲と同じような優しい表情をしていた。
「きっかけは関係ない」
「始まりはそうでも、俺たちはお前のことを友達で家族だと思ってるよ」
「僕と智紀が衣のお姉さん。透華がお母さんで純がお父さん。そんな感じかな」
「ちょっと待て! 俺は女だっつーの!」
皆笑顔で、楽しそうに会話している。
「ほらね。天江さんは独りじゃない。もう独りぼっちじゃないんだよ」
衣は近寄って来る皆を見つめる。
随分と長い時間が経ってしまったが、ようやく衣にも正真正銘の友達が出来た。
そのことにやっと気づいた衣は、嬉し涙を流しながら、輝くような笑顔を浮かべるのだった。
「私の言葉は正しかったでしょう?」
「透華」
衣は泣き止んだ後、今は透華の側にいた。
「麻雀をしていれば、楽しい遊び相手に出会えると言ったでしょう?」
「あぁ……透華は正しかった」
衣は咲を見つめる。
「嶺上使いは衣と友達になってくれるかな?」
「衣。そういうのは『善は急げ』、ですわ」
「……そうだな」
意を決したように、衣は咲に近づいた。
「清澄の嶺上使い!」
「ん? 何、天江さん?」
咲は椅子に置いてあるぬいぐるみをツンツンと突ついていたが、衣に呼ばれて振り返る。
「あの、その……」
恥ずかしがっているのか、衣は中々続きが出てこなかった。
それでも衣は、勇気を振り絞って咲に言った。
「衣と友達になってくれないか?」
「……もちろんだよ!」
面と向かって言われるとは思ってなかったのか、咲は少し驚いたように目を見開いていたが、直ぐにそう返した。
これで咲にも、友達が増えた。
「じゃあ、改めて自己紹介だね。私の名前は咲、宮永咲。咲って呼んでくれると嬉しいです」
「衣は天江衣だ。衣も衣でいい!」
「よろしくね、衣ちゃん!」
「……ちゃん?」
自身の方が年上のはずなのだが、あまりにも自然なちゃん付けに文句を言えなかった。
咲も団体戦の際は心の中でもちゃん付けだったので、これが一番しっくりくる。
両者「……ん?」と首を傾げていたが、細かいことは気にしない方向で決まったようだ。
「衣ちゃん。衣ちゃんは仲間を探していたんだよね?」
「そうだぞ。咲がその一番目だ!」
「龍門渕さんもそうだと思うけど……まぁ、いいか。衣ちゃん、全国にも私たちと同じような仲間がいるの、私知ってるよ」
「それは本当か⁉」
「うん」
咲はその候補に一人、いや二人を思い付く。
「私が知っているのは二人。白糸台の宮永照と、同じく白糸台の大星淡。この二人は私たちと同じフィールドに立ってる、もしくは立つ資格がある人たちだよ」
「一人は衣でも知ってるぞ。インターハイチャンピオンだ!」
「……あら? 今思えば、あなた宮永ですよね。もしかして……」
「妹です。出来れば、このことは他言無用でお願いします」
「オイオイ、マジかよ……」
龍門渕勢には衝撃の事実であった。
そうではないだろうかと思っていたメンバーもいただろうが、これで確定した次第である。
「だから衣ちゃん。まだまだ遊び相手は増えるよ」
「それは僥倖だ!」
「でも、お姉ちゃんは私より強いから、今の衣ちゃんじゃ勝てないかもしれない。だから、私と一緒に強くなろう!」
「うん! 早速遊ぼう!」
テンション高めの衣がせっせと麻雀の支度している。そんな様子を、最初は微笑ましく見守っていた純、智紀、一だったが、ふと気づいた。
今からするのは麻雀。
卓に入るメンバーはとりあえず咲と衣。
麻雀は四人でするもの。
──じゃあ、あと二人は?
「おい! このままじゃあの二人と麻雀することになるぞ!」
「……僕、お腹が痛くなってきたから帰るね」
さりげなく退散しようとした一だったが、両肩を純と智紀に掴まれる。
「敵前逃亡は重罪」
「そうだぜ、国広くん。覚悟を決めろ」
「……分かったよ」
三人が三人とも諦めが付いたようだ。
「何してますの? 早くいらっしゃい」
衣の元気な姿を見たおかげで、ご機嫌な透華に呼ばれる。
これから起きることに思うこともあったが、衣の心からの笑顔を見て、三人は笑いあう。
そして、咲と衣と透華が集まる場所へと、歩んで行くのであった。
感想待ってます。
もし冒頭がダメそうなら、ホント申し訳ないですが一回消して、編集し直したものを載せることになります。
よろしくお願いします。