咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
西東京、白糸台高校
全国高校生麻雀大会において現在二連覇中であり、史上初の三連覇がかかっている超強豪校だ。
今年の県予選も難無く突破し、今は他地域の代表校決定の報せを待っている状況にある。
しかし束の間の休息などない。練習は滞りなく行われており、今日も部室では部員たちが卓を囲んでいる。これが強豪校としてあり続ける所以でもあるだろう。
部員の各々がしのぎを削っているその中で、部室に取り付けられたテレビの前に陣取り、真剣な顔で映された映像を見ている少女がいた。
その少女は金髪ロングヘアーを持ち、どこか日本人離れした風貌をしている。
彼女の名前は大星淡。一年生にして今年の白糸台高校代表チーム──“チーム虎姫”の大将を任された期待の新星である。
「淡ちゃん、またそれ見てるの?」
「ん? 尭深先輩」
声を掛けてきたのは“チーム虎姫”の中堅、二年生の渋谷尭深だった。同じチームであるためかなり親しくなり、気安く話せる先輩の一人である。
「暇さえあれば見てるよね?」
「うん」
先ほどから淡が真剣に見てた映像は、一ヶ月ほど前の対局の映像だ。
映っているメンバーは白糸台高校麻雀部の監督。白糸台高校エースにして“チーム虎姫”の先鋒、宮永照。白糸台高校麻雀部部長にして“チーム虎姫”の次鋒、弘世菫。
そして、宮永照の実の妹──宮永咲である。
その日は、淡にとってとても重要で、そして、変革の日だった。
はっきり言って、淡はその日までは傲慢が服を着飾って歩いているようなものだった。
態度は生意気。遅刻は当たり前。挙句の果てには対局で手を抜く始末。本気を出すのは照と対局するときだけといった、端的に言って途轍もない問題児だったのだ。
そんな淡は咲と出会って変わった。正確には咲に完膚無きまでに敗北したことで。
最初は咲をボコボコにしてやろうと考えていた淡だったが、結果は物の見事に返り討ち。加えて自身の未熟さをこれでもかというほど思い知らされた。
あまりの悔しさに涙を流したことは淡にとって黒歴史だったが、そのお陰でなのか友人や先輩と親しくなれたのだから淡は幸せ者だろう。
その後は、咲に勝つことだけに一心になった。態度は改め、麻雀にも真剣に取り組んできたのだ。淡のあまりの変わり様には、あの菫が感嘆のため息を漏らすほどであった。
「よく飽きないね」
「これ見ると嫌でもサキのことを思い出せるからね。認めるのは癪だけど、私はこれがモチベーションに繋がるんだよね」
「臥薪嘗胆ってやつだね」
「がし……何て言ったの?」
「あっ、ごめん。淡ちゃんはアホの子だったね」
「何それひどい⁉」
臥薪嘗胆。
リベンジのために辛苦を耐え忍ぶこと、もしくは、成功するために苦労や努力を重ねるという意味を持つ、中国の故事成語である。
淡にとって咲は苦い思い出そのものだから、それを見ることで自然とやる気が出るのだろう。リベンジというよりは若干の憎悪の混ざった復讐心と言った方が正しい気もするが。
「それにしても、いつ見ても咲ちゃんはすごいよね」
「──今度は私が勝つ」
「ふふっ、頑張ってね大将」
「そう思えば、サキは大将なのかな?」
「さぁ……? でも間違いなく先鋒か大将だと思うよ」
「先鋒だったらテルとサキか。それもまた見てみたい!」
「そんなことになったら他の二校が気の毒過ぎるけどね……」
具体例が目の前の映像だ。この時の監督と菫は本当にお気の毒だった。尭深は断固お断りである。
「尭深ー。次だぞー」
「はーい」
どうやら対局のローテーションが回ってきたらしい。
「じゃあ、淡ちゃん。また後でね」
「うん、頑張ってね」
そう言い残して尭深は去っていく。
淡のローテーションはまだだったので、そのまま映像を眺めていた。
それから数分後のこと。
練習場にいなかった菫が、多くの紙の束を持って現れた。
「みんな、全国の団体戦代表校と個人戦選手が出揃ったぞ」
菫のこの一言で、部の緊張度が少し上がった。ついに三連覇をかけた団体戦の相手校が決定したのだ。当然と言えるだろう。
淡もその一人。菫の言葉にガバッと反応を示し、椅子から立ち上がる。
「各自時間が出来た者から順次確認してくれ」
「長野は!? サキはどうなったの!?」
淡は映像もそのままに菫に駆け寄った。
「落ち着け。それは皆も気になってると思うから今ここで言う」
用意が良い菫は、予めまとめてあった資料を取り出していた。他の県と比べて随分と分厚いのは気のせいではないだろう。余程何かあったと思われる。
「まず、長野県代表は清澄高校。今年初出場の高校だな」
菫のこのセリフにより、ここにきて部員たちはあることに気付いた。
──そう思えば咲がどこの高校か知らない……。
個人のインパクトが強過ぎたのが原因だろう。仕方ないと言えばそうかもしれないが、強豪校の部員としてあるまじき失敗だった。
そのため、この時点で清澄 = 咲と繋がる者はおらず、むしろ「清澄ってどこ?」状態になっていた。
だが、このことは三つのことを意味している。
一つ目は、名門である風越女子ではないこと。
二つ目は、昨年強烈な印象を残した龍門渕高校でもないこと。
そして三つ目は、龍門渕高校ではないということは、あの《牌に愛された子》である天江衣が敗北したということだ。
そんな人間離れの所業が可能な候補は、生憎一人しか心当たりがない。
(となるとやっぱり……)
淡は菫の間近で続きを聞いた。
「各メンバーがこうだ。先鋒、一年、片岡優希」
(違う……)
「次鋒、二年、染谷まこ」
(違う……)
「中堅、三年、竹井久」
(違う……)
「副将、一年、原村和」
(違う……)
「そして大将、一年──宮永咲」
「…………フフフフ、来たねサキ」
全員の気持ちを代弁するかのように、淡は呟いた。宣言通りに全国出場するなど、並大抵のことではないのだが誰もその事実を疑ったりはしていない。
加えて、もう一つ分かったこともある。此方のお陰で淡のやる気のボルテージも急上昇している。
咲は大将。
つまり、淡との直接対決だ。
「…………喜んでばかりいられないぞ、淡」
「うん?」
「やっぱりと言うか、なんというか、咲ちゃんは恐ろしいことをしてくれたよ」
そう言う菫の表情には苦笑いも含まれているが、それ以上に恐怖に震えていた。申し訳程度に危機感もあるようだが。
「淡、お前天江衣の記録は前以て見てあるよな?」
「うん。サキの相手になる可能性があったし、テルも強いって言ってたからちゃんと見たよ」
「そうか。実際どう感じた?」
淡は昨年の天江衣のデータを思い出す。
淡から見ても、衣の強さは尋常でないものだった。流石の淡も三校同時飛ばしには驚いたものだ。自分に出来るかと言われると大分怪しい。噂通りの化け物であることは理解した。
能力持ちなのはなんとなく分かったが、詳しくは見当もついていない。
また、もしもの場合の検討もしていた。
それは、自身と直接対決したとしたらどうなるかの未来予測である。
「……正直、前の私だったら負けてたかもしれない。そのくらい天江衣は強いと思った。今なら絶対ではないけど勝つことも出来ると思う」
「そうか。そんな風に言えるようになれたのもお前の成長だな」
以前の淡、咲と出会う前の淡ならこんなことは死んでも言わなかっただろう。
物事を客観的に見て、自身の負けを認めることの出来る人間と出来ない人間では大きな差が生まれる。淡はその点を弁えることが出来るようになったのだ。相当の成長だと言えるだろう。
「まぁ、今重要なのは去年の天江衣
菫の言い方には含みがある。
まるでまだ上が存在するかのような、そんな言い方だ。
「とりあえず、これから見てみろ」
手渡された資料は、長野県予選団体戦決勝の大将前半戦の記録だった。その結果に静かに目を通していく淡。
「………………なんというか、カオス……」
前半戦はその一言に尽きた。
初っ端二回は咲が嶺上開花で和了っているのは最早ご愛嬌であるので、淡にとってはそこまで驚きはない。
だが、そのあとの天江衣。そこから天江衣は三回連続で海底撈月を和了っていた。しかも見る感じ完璧に能力なのだ。ラスト一巡でツモ切りリーチ、それ以前に衣以外のメンバーが一向聴から全く進んでいない。偶然にしては出来過ぎていた。
もっと酷いのはそのあとである。そこからはザックリ言って嶺上、海底、嶺上、海底、海底、海底、嶺上、みたいな感じだ。
──なんだこれ?
「あれ? ……でも天江衣って去年海底撈月なんて和了ってたっけ?」
「数回和了っている。去年までは偶然だと思っていたのだか、どうやら違ったらしい。これが天江衣の場の支配の本領なのだろう」
「それって、つまり……」
「あぁ、去年は全力ではなかったってことだな」
淡は素直に驚いている。
あれでまだ余力が存在していたとは。それだと淡では勝つこと自体が益々厳しくなってくる。
でも、咲はそんな衣に勝っているのだ。改めて自身との実力の違いを思い知らされた淡は悔しさに歯噛みする。
「しかもだな、咲ちゃんのプラスに注目してみろ」
「えーと、……サキは+5000点。……えっ? これもしかしてプラマイゼロ? ってことは何? サキはたぶん全力の天江衣に対して、点数まで調整してみせたってこと?」
「あぁ」
「……恐ろしすぎるでしょ」
「…………これで終わりじゃないんだよ」
「えっ?」
「流石の私も、これには目を疑ったよ」
見せられたのは最終的な結果。
一目で咲がトップだというのは分かったが、驚くべきポイントはそこではなかった。
「天江衣が飛ばされてるッ!!!???」
思わず大声を出してしまった淡を責められる者はいないだろう。それほどまでにこれは異常事態だ。
よもやあの天江衣が飛ぶなど、誰が予想出来ようか。
「な、何が起きたの⁉」
「……これが後半戦の記録だ」
引っ手繰るように資料を手に取る淡。真剣な眼差しから徐々に目を見開いていく。
「……なに、これ…………」
碌な言葉が出なかった。
後半戦は最初から異変が起きていた。
前半戦と同様に天江衣の場の支配で、他家は一向聴から進まない。海底一巡前のリーチ、ここまでは同じ展開だった。しかしその後、何故か天江衣は海底撈月で和了れない。
これが四回連続で起こっていた。
「この流局って、やっぱりサキがなんかしたんだよね?」
「十中八九そうだろうな。お前の支配にも咲ちゃんは干渉出来ていたし、私には全く分からないが要するに同じ要領なのだろう」
咲ならやりかねない。というよりやって当然とまで二人は思っている。
そして、次の対局で変化が訪れた。懲りずに同じことをした天江衣に咲が直撃を加えたのだ。しかも海底牌でだ。
これで状況が一変。
──天江衣が完璧に崩れた。
その後は場の支配もなくなり、昨年のインターハイや前半戦で見せていた闘牌の面影もない。まるで素人同然のミスを連発していた。
そのせいで咲だけでなく、他の二校にも複数回直撃をくらう始末。東場だけで後半戦始めにあった約13万点の内、約半分が削りとられていた。
止めとばかりに南場での咲の親。照のような連続和了で各校2万ほど削った後、天江衣が咲の役満に振り込んだ。それが決定打となり終局。しかも清一色、対々、三暗刻、三槓子、嶺上開花、ドラ5という、本来13翻で足りる数え役満をまさかの
「怖っ‼ サキ怖っ‼ 容赦無さすぎでしょ‼」
思わず両の手で身体を抱き締める淡。
「……まぁ、一応勝負事だしな。手を抜くのは失礼にも当たる。そのせいで、咲ちゃんと照は幼いころ喧嘩してしまったんだし、それもあるんじゃないか?」
「いやいや、それでもアレでしょ? というより前から思ってたけど、サキ性格悪くない? 特に今回で言うと、あえて他のにも天江衣を削らせてるのが嫌らし過ぎるでしょ? 多分……いや、ゼッタイ、ゼッタイわざとだよこれ……」
「……それは言うな。お前より前にこれを見た照が、かなり凹んでいたからな」
ちなみにその時照は「絶対に私のせいだ……昔は私の後ろをトテトテとついてくるような無邪気な子だったのに……」と、結構なダメージをくらったようだった。
「それに、擁護するわけではないが、私が知ってる咲ちゃんは意味もなくこんなことはしないさ」
「うっそだ〜。サキなら素でやりそうだけど。私の時のように」
「あぁ、あれは私が咲ちゃんに頼んだんだ。淡を懲らしめてくれって」
「…………えっ? 聞いてないんだけど?」
「言ってなかったからな」
淡にとって驚愕の事実が発覚した。
どうやら今まで味方だと思ってた人物が実は敵だったらしい。アンビリバボーな事実だった。
「……ちなみに、テルとか尭深先輩とか誠子先輩も知ってたの?」
「あぁ、主犯は私だけどな」
「お前らなんかキライだー!!」
「まぁまぁ落ち着け」
菫は全く悪びれてなかった。
「私としてもせめて淡に少しでも影響があればいいと思ってのことだったんだ。まぁ、まさかあそこまで咲ちゃんが強かったなんて予想外だったが」
きっとあの時のことを思い出しているのだろう。確かにあの時ですら咲の強さは絶大なものだった。傲慢な淡が自分とはレベルが違うと思うほどに。
「それにお前にとっても悪いことだけじゃなかっただろう? あの時のお陰でお前は強くなりたいと願い、そして麻雀の楽しさに改めて気づいた。違うか?」
「……まぁ、そうだけどさー」
「それにあのころのお前の態度は目に余る。何度私が注意しようと聞かんし、それに」
「分かりました! 私が悪かったです! 調子乗ってました!」
渋々だが納得したようだ。
その様子に菫が子供にするように頭を撫でようとしたが、淡は「フンッ!」の一言と共にそれを思いっきり払いのけ、威嚇するように「シャーッ!」と唸った。それなりにムカついたらしい。
「それで、サキがなんだって?」
「あぁ、恐らくだがあの状況であれは必要だったのだろう。場の支配というのに対抗するには真っ向から上回るか、干渉するかしかないらしいからな。そして、咲ちゃんは支配に干渉して天江衣の調子を崩し、動揺を誘った」
「ふーん。それで?」
「動揺はミスを生む。そしてそれが焦りに繋がる。多くのことに言えることだが、人はそういった負の感情に弱い。それがスポーツや麻雀のような競技では更に際立つ。咲ちゃんはそれで天江衣を無力化したんだろう。」
「……やっぱ性格悪いじゃん」
結局行き着くところはそこだった。菫も否定はしていない。
「まぁ、いいや。それで個人戦はどうなったの? どうせサキは代表でしょ?」
「個人戦はもっと凄いぞ……」
「まだ何かあるの……」
淡は呆れ気味だ。
それもそうだろう。これ以上何があるというのか。
「とりあえずこれが長野県個人戦の最終結果だ」
宮永咲 +568
福路美穂子 +216
原村和 +192
「ハァッ⁉ +568⁉」
淡、本日二度目の驚愕の叫びだった。
個人戦はどこの都道府県も二日に渡って行われる。
一日目は選考の段階だ。個人戦は参加人数が多いため、まともに全ての参加者と総当たり戦など時間的に不可能。そのため、一日目で選手を
二日目はいよいよ本番。選りすぐられた50名による対局を十回戦行い、総合収支トップ3が県代表として全国大会へと出場出来るのだ。
全十回戦。
それを考えると、確かに理論上は最高+900点近くはとれることになる。これはつまり、最初の対局から最後の対局まで全ての相手を飛ばすということ意味する。
だが、そんなことは普通に不可能だ。仮にも本戦に出場出来る選手は県トップ50、実力も申し分ないのは確かであり、もしそんなことが達成されたらイカサマを疑うだろう。
それを踏まえて咲の総合収支を見てみる。
+568
残念ながらこの成績も非常識なものだ。
先に述べたのは、あくまで理論上の話。不可能ではないが、普通の打ち手ならその半分も取れないのが現実である。
実際に二位、三位はどちらも凡そ+200。全国トップレベルでもこれぐらいが妥当であり、この二人も全国で十分に通用する実力を兼ね備えている。それが咲はまさかのダブルスコア超。
──意味が分からない。
「ちなみに淡、お前はいくつだった?」
「……+224」
本来であれば、淡ももう少し良い成績がとれたはずだった。だがそれは、能力を使用し、紛れもない全力で対局していればの話だ。
淡は咲と対局して学んだのだ。そう簡単に自分の底を見せてはいけないのだということを。あの時のように、もしも手の内を知られて対策を立てられたら、勝てる勝負も勝てなくなってしまう。
元々咲とは実力差があったことは否めないが、上手く立ち回れていればあそこまで無様に負けることもなかっただろう。
咲や照のような、能力を見られてもデメリットが少ない特殊なプレイヤーなら話は変わるが、どんな時でも全力を出すなんて三流プレイヤーのすること。対局相手と自身の実力を天秤にかけて、その上で勝負に臨む。これが真の一流だ。
「私は+212で三位。淡がそれで二位。そして一位の照ですら+554だったか? 照ですらおかしいと思っていたが、咲ちゃんはそれを超えるとは……まさしく人外と言えるだろう」
「……何がどうなったらこうなったの?」
「これだ」
本日何度目か分からない資料の受け渡しをする二人。淡の目が段々と虚ろになってきている気がするが、菫はあえてそれには触れない。
「とりあえず四回戦まではまだ許容範囲内なものだったよ」
菫に言われ、淡はそこまでの経過に目を通す。
その内容は過去に見たようなことがあるようなものであった。照の個人戦と似てるのだ。
咲は戦術は単純で、まぁとにかく和了る。状況は一対一対一対一ではなく一対三なのだが、御構い無しで和了りまくる。結局どの局もダントツトップでアベレージ+30くらいを稼いでいた。この時点で大体+130。菫の言う通り、まだそこまで不自然ではないように見える。
「確かにそこまでじゃないね。てか完璧手加減してるよねこれ。ということは……」
「五回戦でな……ある意味面白いことが起きたんだよ。……咲ちゃんにとって」
一体何が起きたというのか。
淡はそれを確かめる。記載されていた情報は淡にとっては信じられないものだった。
「嘘……サキが負けてる……」
そう、咲がトップをとれていなかったのだ。その対局で咲を抑えてトップになっていたのは、龍門渕高校二年、龍門渕透華という選手だった。
「サキが負けるなんてあり得ないでしょ⁉」
「私にも牌譜だけだとよく分からない。映像を見れば分かると思うんだが、まだ見てなくてな」
「それ、今あるの?」
「あぁ。後でチェックしようと思っていたんだが、この際今見てしまうか?」
「私としてはそれには大賛成だけど、練習はいいの?」
「今回はいい。いずれお前の相手になる相手の研究だ。それに私が一緒にいる分には問題ないだろう」
「さすがスミレ先輩! 地味に権力を振りかざしてるね!」
「使えるものは使わないと勿体無いだろう? まぁ、いい。それじゃ移動するぞ」
─────
『A卓、対局終了です』
フラッ……パタン
『おい! 透華! しっかりしろ透華!』
『やっぱり、なんとなくそうなる気がしおったわ……大丈夫かのぉ?』
『……とりあえず移動しましょう。そうしてくれれば私が──』
─────
「「……………………………」」
映像はそこで打ち切られていた。
菫と淡の二人はあまりにも壮絶だった内容に、すぐには口が開けない。特に最後がヤバイ。人が倒れてしまったいるのだから。
「……この後どうなってるの?」
「詳しくは分からない。が、龍門渕透華は六回戦からも普通に参加してるぞ。ただ……今の対局のような打ち筋ではないがな」
「あれからすぐ復帰出来たんだ。信じられない……ていうかその人、龍門渕透華! ちょー強いじゃん! なんであの人もっと有名じゃないの?」
「龍門渕高校は天江衣以外は特に目立つ選手はいなかった。彼女も完成度の高いデジタルの打ち手には違いないが、こんなのは初めて……」
と言おうとしたが、菫には一つだけ心当たりがあった。
「……いや、去年一回だけこんなのがあったな」
「ホント?」
「あぁ、確か準決勝にあった」
昨年のインターハイ団体戦。龍門渕高校は準決勝で敗退している。だがそれは天江衣が負けたというわけではなかった。
大将戦に渡る前に決着が着いたのだ。それは副将戦。そこで東東京地区代表である臨海女子に他校が飛ばされたため、三位敗退。
「その時の最後の最後で、龍門渕透華があんな感じになっていた気がする」
「……じゃああれは、いつでも使える能力というわけではないって感じ?」
「何とも言えないな。何せ情報が少ない。それに龍門渕透華は今年は全国に来ないようだから今はそこまで重要ではないな」
「……それもそうだね。にしてもまさかサキが負けるとは…………」
あの照でさえ咲を負かすのに殆ど本気を出さざるを得なかったというのに。それはつまり全国でも咲に勝てるのは照くらいしかいないというのと同義だ。
淡は驚きと、自身が倒したかったという悔しさと、あとほんの少しの「ザマァ!」というスッキリ感を感じていた。
しかし、菫は何やら考えこんでいる。どこか釈然としていない様子だ。
「……いや、少し違和感があると思わないか?」
「違和感?」
淡は改めて対局を思い出す。
どういう能力かは定かではないが、強力な場の支配を発揮して圧倒的な存在感を示していた透華。その影響か、咲は普段より槓の回数が激減。その状況下で基本的に透華の独壇場。それがオーラスまで続いて終局。
「…………あれ? あの対局、
「そう、それだ」
あの状況は分かりやすいように言えば、化け物二体が同時に暴れ回っている状況だ。その二体が起こす嵐に巻き込まれた他二人は、虫のように弄ばれることになるのは想像に難くない。
だが、実際にはそうではなかった。
「そう思えばさっきの対局、サキが何回か振り込んでたよね?」
「あぁ。てっきり場の支配に対抗出来てないからだと思っていたが、調整の一貫だったのかもしれないな」
「確かに偶に映ったサキの顔、スゴくイイ笑顔だったもんね……瞳孔とか開ききってたし」
「……怖いな、うん、怖い」
咲の本意は分からないが、それだけは確かだった。
「それであの後はサキ大暴れって感じだったね」
「二人飛ばしが基本だったな」
五回戦以降の咲はそれはもう酷いものだった。
それまでのような大人しめの対局は息を潜め、全てを蹂躙するかの勢いで和了りまくっていた。
この化け物になんとか生き残っていたのは、個人戦二位であり風越主将の福路美穂子、個人戦三位で清澄の副将である原村和、そして同じく清澄であり中堅の竹井久、三人だけであった。
この三人は生き残ることだけを考えて打っているように見えた。清澄の二人はきっと過去に経験があったからだと思われるが、美穂子に限って言えば初見で対応してみせたその手腕はさすが強豪校の主将といったところだ。
残りは無残にも吹き飛ばれていた。
「全国まで約一ヶ月半。淡、頑張れよ」
「もちろん!」
練習場へと戻りながら気合を入れ直す淡。
淡はあんなものを見せられた後にも関わらず、引いてはいたが、怯んではいない。元々咲を倒すことが目標なのだ。こんなことで一々凹んではいられない。
その後は黙々と歩き続け、そろそろ練習場へと着くというところで中から異変を感じた。あり得ないほどの緊張感が扉越しから伝わってくる。
菫と淡の顔が段々と引き攣り始めた。
「……そう思えば菫。さっき私が結果を見る前にテルが見た的なこと言ってなかった?」
「……あぁ、言ったな」
「……ってことは、多分手加減していたとはいえ、テルはサキに個人戦で稼ぎ負けたことも知ってるってことだよね?」
「……あぁ、そうだろうな」
「「……………………………はぁ」」
疲れたように息を漏らす淡と菫。
二人の受難はしばらく終わりそうになかった。
咲さんが何を思っていたのかはまた次回になるんですかねー……
楽しみに待って下さってるみなさまには申し訳ありませんが、今までのようにサクサクいけないと思います。時間的にもアイデア的にも……更新が遅くなるのはご勘弁下さい。
とりあえず原作に追いつくまでは頑張りたいと思います。
ps
本戦に出場してる人数が詳しく分からないため、アニメから確実分かる50位までとしています。感想で指摘して下さった相咲様、ご指摘ありがとうございました。