咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
〜大将戦〜
龍門渕 101200 東:親
清澄 114900 南
鶴賀 102600 西
風越 81300 北
大将戦までの経過だけで判断すると、中堅戦からトップを維持している清澄が場を有利に進めていると思うだろう。しかし、本当に清澄が勝つと思っている人はきっと少ないはずだ。
理由は二つある。一つは単純に、清澄大将である咲の実力を正しく理解している人が殆どいないことだ。また、副将の和が世間的に有名すぎて、彼女の出番が終わった後の清澄に見所を見出せないという裏事情も存在するが。
そして二つ目。此方の理由が大本命である。
兎の耳を模した赤い髪飾りを揺らす少女──龍門渕の天江衣が大人しく負けるなどありえない。これは長野に住む雀士だけでなく、全国にいる全ての雀士がそう思っていることだろう。
(──まぁ、そんなの関係ないけどね)
「カン」
いつも通りに、小手調として。
嶺上牌を静かに手に取って、咲はそのまま手牌を倒した。
「ツモ、嶺上開花、1600、3200です」
(まずは肩慣らしかな)
肩慣らしと評して嶺上開花を和了る咲は、自身の異常さに気づいていない。咲にとっては当たり前なので仕方ないが、他の面子にとってこれは不自然過ぎた。
(……えっ⁉)
(嶺上開花⁉)
風越大将の池田華菜と鶴賀大将の加治木ゆみは、目を見開いている。嶺上開花とはそれほどまでに珍しい役なのだ。それこそ、人生で一度か二度和了れる程度の。
そもそも麻雀では普通、槓すること自体が難しい。そして出来たとしても普通はしない。
理由は簡単で、明らかにデメリットの方が大きいからだ。
確かに槓することで、通常引けない嶺上牌を引けたり、ドラを増やすことが出来るが、その嶺上牌で和了れる確率など無いに等しいし、他のプレイヤーにとってもドラは増える。また、自身の手牌が少なくなる、相手に必要以上の情報を与える、暗槓以外ではリーチが出来なくなるなど、損得で考えると損の方が上回る。だから普通は槓しないものだ。
だが、咲にその常識は通用しない。
(そういえば、コイツの牌譜……)
華菜は一・二回戦の咲の牌譜を思い出す。
三校同時飛ばしの印象が強過ぎたせいで少し霞んでいたが、一・二回戦でも咲は嶺上開花を和了っている。
華菜は珍しいとは思っていても、偶然だろうと深くは考えていなかった。これは当然と言えるだろう。『槓したら嶺上開花で確実に和了れる』など思い付くはずがない。確率論で考えるならまずあり得ないからだ。
しかし、次の局でこれを考え直さなければならなくなった。
「リーチ」
(ついでにもう一つ面白いものを見せよっかな?)
咲の待ちは地獄単騎。これは俗に云う『悪待ち』というものだ。
これは咲の知り合いの十八番であり、そして控室で聞いた話によると、今日も披露しているとのこと。
だからこそ見せる価値がある。
「カン」
嶺上牌を手に取る咲。
そして咲は、その牌を盲牌すらせずに親指で上空へと弾き飛ばした。
「ツモ」
まだ牌が落ちていないにも関わらず倒牌する。そのあと、最高点から落下してきた牌を思いっきり卓上へと叩きつけた。
「嶺上開花」
(なっ……⁉)
(馬鹿なっ⁉)
嶺上の花びらが舞い散る。
これはもう偶然では済まされない。
****
『二連続嶺上開花! とんでもないことが起きてしまったー!』
「部長! 今のは⁉」
控室で咲の対局を見ていた和は、驚き過ぎて立ち上がっていた。
今咲が見せたのは紛れもない、今日も中堅戦で見せた部長の──久の十八番にそっくりだったからだ。
「……いえ、あれは私の地獄単騎とか悪待ちとかとは違うものだわ。それに咲も言ってたでしょ、『コピー出来るのはお姉ちゃんくらいだ』って」
「でも、あれは明らかに部長そっくりだったじぇ」
「……そっくりなのは外見だけじゃ。本質的には全くの別ものじゃ」
「えっ? それってどういう意味なんですか?」
一年生三人、和と優希と京太郎はよく分かっていなかったようだが、先輩二人、久とまこには大体のことが理解出来ているようだ。
「うーんと……今更だけど咲の特性というか得意技というか、要するに能力的なものってなんだと思ってる?」
「それはやっぱり……」
「槓からの嶺上開花ではないでしょうか?」
「あとは点数調整とかですかね?」
「そうね。それもあるけど、やっぱり一番は嶺上開花だと、私も思っているわ」
オカルトを信じていない和でも、咲のそれは印象が強過ぎるため、強いて上げるとすればそれしか思い浮かばなかった。京太郎が言った点数調整もそうだが、一番目立つのはやはり嶺上開花だろう。
「それでなんだけど、誰でも槓すれば嶺上開花できるわけではないわよね?」
「そんなの当たり前です。そもそも普通は槓自体滅多に出来ません」
「そう、それよ」
「「「……はっ?」」」
何が『それ』なのかよく分からない三人は、声を揃えて頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
そんな三人を見てまこは苦笑を浮かべた。
「つまりじゃな、普通は槓出来ない。でも咲は出来る。そして、普通は槓しても嶺上開花で和了れない。でも咲は和了れるっちゅうことじゃ」
「……あの、それがなんなんですか?」
既に普通じゃない意味不明な会話になっているが、そこに突っ込む和は悲しいことに数週間前に消えて、いや、死んでいた。今後和の口から「そんなオカルトありえません!」が聞けるのはいつの日になるのだろうか……。
「言い方が悪かったかのぅ。要するに咲は確かに嶺上開花で和了るが、そのためにも数々の要因が存在するってことじゃ」
「具体的に言うなら『槓材が必ず手牌に来る』というのと『嶺上牌が確実に分かる』もしくは『嶺上牌を含めた王牌が大体分かる』というところかしらね」
「そして、それを応用したのが今の地獄単騎じゃ」
久とまこの説明を聞いても、三人はすぐには完璧に理解出来なかったらしい。頭を悩ませながら首を捻っている。
「……つまり、先ほど咲さんが見せたのは地獄単騎ではなく、ただ槓出来る待ちを選んだ」
「……和了り牌が嶺上牌と分かっている咲ちゃんにとってそれは普通のことで」
「……そしてそれが偶々地獄単騎の形になった、ということですか」
「おそらく大正解よ」
点と点を繋ぎ合わせて導き出した答えは、理解は出来たが納得はし辛いものだった。加えて、それだともう一つ疑問が残る。
「でもなんで、咲は部長の真似をしたんですかね?」
「ただのパフォーマンスということも考えられるけど、このことを知らない相手からすると、咲は私と同じことが出来ると思わない?」
「……多分思うじぇ」
「そうすると、危険のない場面でも気をつかったり、警戒しないといけない。咲としては見せるだけでも十分武器になるわ」
なんてえげつないことを考えるのだろうか……。捻くれているなどという安直な表現では済まない、咲は恐ろしく性格が悪い。
改めて咲がとんでもないことを思い知らされた面々であった。
「……それでも、このまま天江衣が何もしないとは思えないけどね」
****
衣の周囲の空間が歪み出す。
表情は愉悦に満ちた、三日月に似た笑みを浮かべいた。
「清澄の大将は厄介だと聞いてうきうきしていたが、成る程、真に面白いな。衣もそろそろ──」
今まで大した動きがなかった衣だが、ついに動き出した。
「──御戸開きといこうか」
放たれるのは圧倒的な威圧感。その見た目からは想像も出来ない、恐ろしいオーラが発せられていた。
(おぉ、これは中々! 少なくとも昔のお姉ちゃん以上だよ!)
それに対し咲は臆するどころか、嬉々とした様子で目を輝かしている。白糸台で対局した照以来の強敵の出現に、咲のボルテージも上がっていた。
(さて、お手並み拝見だよ、天江衣!)
魔物二人が同時に存在するこの対局は、まだ、始まったばかりだ。
かじゅと池田はかなり影薄くなると思うので悪しからず。
あとステルスモモを期待していた皆さん、申し訳ありません。あの子まで拾うとちょっとゴチャゴチャで。
あくまで咲さんが主人公なので