咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
全国高校生麻雀大会、長野県予選決勝。
咲たち清澄高校は一・二回戦を無事に勝ち進み決勝戦へ出場していた。
但し『無事』という表現は間違っているかもしれない。
昨日行われた2試合は清澄高校の圧勝だったからだ。
大将戦に回る時でさえ既に大量リードをしていたにも関わらず、その後の大将戦はまさに圧巻の一言だった。
大将戦では清澄高校の大将である咲が、三校同時飛ばしという離れ業を二回連続で披露してみせたのだから。
これは余談だが、二回戦を終えて咲が清澄高校麻雀部の部長である竹井久に言われた一言は「咲、ああいうのなんて言うか知ってる? オーバーキルって言うらしいわよ?」だった。
対する咲の一言は「テンション上がってしまって」だった。
このことで、元々全中覇者の原村和を擁するチームということで注目されていたが、更にその度合いが跳ね上がっていた。
加えて、ある噂も拡散されていく。
清澄の大将『宮永』咲は、若しかしたら『宮永』照と何かしらの関係があるのではないかと。異常過ぎるその闘牌から、そう推測されるのに時間は掛からなかった。
今迄そのような情報は流れていない。これは咲が公の舞台で姿を現したことが皆無だったためであり、また、世間は知りもしないが、宮永家の複雑な家庭事情も理由の一つに挙げられた。
今後、咲は窮屈な生活を送る羽目になるだろう。実際その被害はもう既に出ているのだが。
以上のような経緯から、高校生雀士達の長野県予選決勝戦の関心度は尋常でなく昂まっていた。巻き起こる熱狂は留まるところを知らず、全国まで拡がりを見せている。
何しろ、決勝戦で咲が対峙するであろう人物が、あの『牌に愛された子』である天江衣なのだ。否応無く目に止まるだろう。
去年彗星の如く現れ、全国で名を轟かせた天江衣に勝てるのか。予想は五分五分、少し衣よりの意見も多いと言ったところか。
だが、同時に期待もされていた。
宮永咲の実力はどれほどのものなのかと。
絶対王者である宮永照と同等の力を誇っているのかと。
対局の刻は、もう僅かに迫っていた。
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決勝戦当日。
時間は既に昼過ぎで、おそらく中堅戦が始まったくらいだろう。
そんな時間帯に咲はというと。
「……すぅ……すぅ……」
夢の世界へと旅立っていた。
県予選会場に用意された仮眠室。そこで咲は一人布団に包まりスヤスヤと寝ていたのだ。
負ければ終わりのトーナメント戦の決勝前にも関わらず、その表情に不安は緊張は絶無。剛胆なメンタルは評価に値するが、随分と良いご身分であった。
なぜこのようなことになっているのかというのは、数時間前まで遡る。
****
「さぁ、今日は決勝戦よ。気合い入れて頑張るわよー!」
「「「おぉー!」」」
久の掛け声に合わせて気合いを入れる一同。
一・二回戦を勝ち進み、初出場にして決勝進出という高成績を残している清澄高校ではあるが目標はあくまで県予選突破。これからが本番なのだ。
そのため各人気合い充分だと思われたが、注目の的である二人、咲と和は昨日ほどの勢いがない。
「どうしたの?二人とも?」
「「……眠いです」」
「あぁ、そういうこと」
元々有名だった和と、立役者である咲は疲れていた。
和は数多くの取材の対応で、咲も概ね同様の理由なのだが此方は少し毛色が違う。
咲はその手の類いが元々苦手な体質のため、取材関係は全力でお断りだった。しかし、相手側に咲の事情を慮るという殊勝な心掛けは存在しない。出会えば最後、問答無用で捕まる未来しか想像出来なかった。
咲は考えた。マスゴミの対処方法を。
そして閃いた。
──捕まる前に全力疾走で逃走しよう!
方針を決めた後は早かった。
取材陣を見かけたり気配を感じた瞬間、まるで和を身代わりにするような態度で、「あとはよろしく、和ちゃん」の一言で脱兎の如くその場から退散してたのだ。
和を守るという考えは最初からない。むしろ嬉々として生贄扱いであった。
先日からこの行動の連続。
流石の二人も疲労が溜まり、今朝から疲れきっていた。
この展開は久も想定にもなかったのか、顎に手を当て一考していた。
正直、このような不可抗力での支障の所為で咲と和の戦力ダウンなど論外である。団体戦の要を担う副将と大将なのだから、完璧なコンディションで対局に臨んでほしかった。
「二人とも出番までまだ時間もあるし、仮眠室で寝てきたら?」
「「えっ?」」
飛び出た提案に咲と和は目を丸くする。
事実、咲は内心かなり驚いていた。
(そんなのあるんだ……)
どうやら咲が思ってた以上に、
会場に仮眠室が取り付けられているなんて、普通の文化部の大会にはあり得ないことだろう。麻雀が文化部なのかは定かではないが。
だが、あるとしても流石に寝に行こうとは思えない。
「そんな、ゆーきと先輩たちの応援もせずに寝るなんて、とても出来ませんよ」
和の言う通り、一年生の咲たちが先輩の応援もせずに寝るなんて心情的にも無理というものだ。
でもそこは一般校というところか。強豪校にある厳しいルールなどは存在しなかった。
「応援がないことより、眠くてぬるい麻雀打たれる方が嫌だわ」
「そうじゃ、そうじゃ」
(……なんて良い先輩たち。今更だけど私恵まれてるなー)
咲は心優しい先輩たちに心の底から感謝していた。
ここまでお膳立てされては断る方が野暮というものである。
「それでは、お言葉に甘えさせてもらいます。行こっ、和ちゃん」
「……そうですね、分かりました。ゆーき、頑張って下さいね」
「任せるじぇー! 咲ちゃんも大船に乗ったつもりでいるといいじぇ!」
「うん、頑張ってね優希ちゃん」
先鋒として出場する同じ一年生の片岡優希にエールを送り、咲と和は控室をでて仮眠室に向かうことにした。
「中堅戦くらいには起きればいいかな?」
「そうですね」
「そうすれば、和ちゃんの応援も出来るしね」
「咲さん……約束ですよ?」
「うん、もちろんだよ!」
咲の一言に和の顔が明るくなる。
自分の試合を咲に見てもらえると分かっただけでこの反応。和は本当に咲のことが好きなのだろう。
一方の咲はというと、
(和ちゃんマジちょろいな。どうしたらこんな純真無垢に育つんだろう? ……色々と)
出会ってから何度目か分からない自虐を心の中で思いながら、二人は仲良く歩いて行った。
****
「…………んんっ、……っと」
長い昼寝から、咲はようやく目覚めた。
まだ完全覚醒には至っていないのか、ぼーっと周りを見渡している。
一人二人程度では収まらない程広い和室。襖も多くあり、中には何人分もの布団が用意されていた。その他に特筆すべきものはなく、唯一あるのは時計くらいか。
目に映る景色を俯瞰していた咲だったが、一つある異変に気付いた。
(…………あれ? 和ちゃんがいない)
徐々に頭が冴え渡り、その事実をよくよく考えた結果、咲の脳内は一気に覚醒した。
「副将戦は⁉」
直ぐさま仮眠室に取り付けられている時計を確認する。
示されていた時刻は副将戦予定時間の五分オーバー。つまり、順当に対局が進んでいれば既に始まっている。
「やっばっ!」
きっと和は咲を起こさずに出て行ってしまったのだろう。
やる気にさせるための方便だったとしても、約束した身としてはそれは守らなければ罪悪感がある。約束は破るためにあるとか、あんなのは只の言い訳だ。はっきり言って人として最低な発言だろう。
勢いで跳ね起きる。
寝るのに邪魔で外していたスカーフを素早く取り付け、やっつけ仕事のように布団を畳んでそれを押入れに放り込む。
一応何か忘れ物がないかを確認してから、咲はそこから駆け出した。
****
(咲さん結局起きなかったんですね、約束したのに)
試合前だというのに、和の気持ちは少し落ち込んでいた。
『絶対に全国に行こうね!』
和にとって咲との約束は直前にしたものではなく、こちらの方が大切だった。
和には咲たちにはまだ言っていない重大なことがあった。
それは父親との約束。
もし今年の大会で全国優勝出来なければ、東京の進学校へ行くとの約束を和は父親と交わしているのだ。
いくら全中覇者とはいえ、いきなり高校生大会の個人戦で優勝出来るとは和は思っていなかった。そのため、和が全国優勝するには団体戦しか可能性がない。
和のこの大会に懸ける想いは人一倍であった。
最初の出会いこそあれだったが、今では和にとって咲はかけがえのない心強い仲間だ。そんな咲だからこそ、自分の対局を見守ってほしいという気持ちが大きかった。
(落ち込んでいても仕方ありませんか……)
とは思っていても、急に元気にはなれない。
零れ落ちそうになる溜め息をグッと堪えるが、落胆はしていた。メンタルが崩れることはないが、完全な集中状態には持ち込めない。
だけど、そういう時にこそ仲間が来てくれるものだ。
「和ちゃん!」
試合会場の扉が大きな音をたてて開け放たれる。
そこには、息を切らした咲の姿があった。
「咲さん!」
和は咲の様子を見て確信した。自分のためにここまで走って来てくれたのだと。ちゃんと直前の約束を果たしに来てくれたのだと。
乱れた息を整えた咲は、両手を身体の前で握りしめる。
「和ちゃん! 頑張って! そして一緒に、全国に行こう!」
戸惑いはなくなった。
今の咲の一言で、和の気合いは充分以上に補充された。
和は手を高く上げ、心の中で咲に答える。
(絶対、勝ちますよ!)
間も無く、副将戦が始まる。
短いですが最後青春スポーツみたいにしてみました(笑)
あっ、ちなみに完結した漫画というのはケンイチではないですよ