咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
清澄高校麻雀部部室で、一人の女子生徒が電話していた。
「あっ、ヤスコ? 久しぶり。んっ? あぁ、そうそう。うちも遂に五人集まってね。今年は出場するわよ。それでなんだけどね、今度まこの喫茶店に行かせる予定だから、ヤスコに凹ませてほしい子がいるのよ。……えぇ、構わないわ。全力でやって頂戴。それでね、凹ませてほしいのは一応二人なんだけど、一人はあの中学生チャンピオンの……そうそう、和ね。それで、もう一人はまぁ……その……出来たらでいいわ。……こっちの子はちょっと規格外でね。多分だけどあの天江衣と大差ないわ。下手したらそれ以上だから。うん、まぁその辺は任せるわ、頼めるかしら? ……そう、ありがとう。それじゃこの日に。……うん、りょーかい。それじゃよろしく頼むわ」
秘密の会合が終わり、通話は切られた。
計画を練っていた彼女は、楽しそうに窓に映る景色を眺めている。
「さて、どうなるかな?」
県予選を10日後に控えたその日に、この計画が吉と出るか凶と出るか、今はまだ彼女にも分からない。
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「……くそっ、嵌められた。部長、後で潰す。具体的には殺気混ぜたオーラ全開でぶち当ててやる」
「咲さん? いくらなんでもそれはちょっと……」
咲のその物騒な発言に、思わず和が待ったを掛けようとする。
オーラなどといったものに超鈍感であり、またオカルトを信じていない和だが、咲の本気は何か怖いと感じられるのだ。若干引き気味になるのも無理はなかった。
咲のそれは例えるなら、人間が光一つない暗闇を恐怖するのと同じ。つまり、原始的恐怖であり、根源的な不安に対する恐怖と同義なのだ。
しかもそれに意図的に殺気を混ぜるとなると、碌な未来予想図は出てこない。和としても、そんなものは御免被るし、出来ればお目にもかかりたくない。
だが、この様子だと止めることはもう不可能だろう。人を射殺せそうな瞳で凄絶な笑みを浮かべている咲を見て、嫌でもそう思えてしまった。誤って咲という魔物の逆鱗に触れた久が悪い。
和は心の中で久にご愁傷さまです、と言うことにした。もちろん庇う気などない。
下手に援護すると飛び移るのは火の粉ではすまない。多分火炎弾だろう、あれは。
現在咲と和がいるのは、とある喫茶店。そこで二人はヘルプの給仕として働いていた。
別にそれだけだったら、咲もここまでご立腹にはならないだろう。そこまで咲は短気でもないし、理不尽でもない。
麻雀においては常に理不尽ではないか? というのは今は関係ないので割愛する。
では、なぜここまでご機嫌斜めかというと、その最たる理由は現在の咲たちが着ている服装にあった。
「メイド服とか……どんな羞恥プレイだよ、ホント。部長絶対知ってたよ、これ」
「……まぁ、それは多分知ってたと思います」
時は一時間くらい前まで遡る。
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「はーい、ちゅうもーく! 全員集まれー」
部室に備え付けてあるホワイトボードに何かしらを書きなぐった後、久は部員を招集した。
いつになくやる気に満ちたその声は、先ほどまで寝ていた和を起こすのには十分なものだったらしい。彼女は眠気まなこをこすりながらも、律儀に部長の呼び掛けに反応し、フラフラと立ち上がっていた。思い思いに過ごしていた他のメンバーも同様である。
言われた通り集まった一同は、部長の横にあるホワイトボードに目を向ける。そこには、『目指せ全国高校生麻雀大会、県予選突破‼』の文字が、意外と達筆で書かれていた。
「というわけで、10日後の来月頭に県予選があります。予選には団体戦と個人戦があります。今年からうちの麻雀部も県予選に参加することにしました」
(今年からってことは去年まで参加してなかったんだ……。中々にしょっぱいなぁ)
その手の事情に全く関心がなかったが、自分が通っている高校が意外と切羽詰まってることを、咲は今初めて知った。
対する久は、相当のやる気に満ち溢れている様子だ。気炎万丈の闘志を燃やしている。
まぁそれも当然だろう。
今の話しからすると、久にとってこれは高校最初で最後の大会なのだから。熱が入らない方がおかしい。
「目標はもちろん、県予選突破です!」
県予選突破。つまり初出場にして全国へ行くとの宣言だ。
目標は大きく、とは言うがそこは正しく言うが易しというもの。険しい道のりには違いない。
咲としても照と雌雄を決するために、全国に行くというのは半ば使命みたいなものがあるのでそれには大賛成である。
そのために必要なことはまず情報。その辺りは久が用意していたようだ。
「あっ、そっちのは県内の主な強豪校の牌譜ね。それからこっちは予選のルール。パソコンにも入ってるから各自目を通しておくように」
と言いながら、久はメンバーに紙を配っていく。
「パソコン使うじぇー」
優希は紙を一瞥もせずに牌譜をチェックすることにしたらしい。本能でプレイしている彼女にとって、細かなルールを頭に叩き込むという堅苦しい作業はもろに苦手分野なのだ。
他のメンバーは、まずはということで紙を熟読する。
配布された紙には団体戦と個人戦のルールが記載されていた。
団体戦は先鋒、次鋒、中堅、副将、そして大将の五人で、一人二回の半荘で与えられた点数を奪い合うというもの。例え一人の収支が良くても負ける可能性があるという、団体戦ならではのルールである。
個人戦はそれといって特殊なことはない。参加選手をランダムに振り分け対局する。それを何度も繰り返し、最終的な総合収支を争うというものだった。
(団体戦は100000点持ちで、五人リレーみたいなものか。最終的に多くの得点を持っていた高校が勝者。うん、わかりやすくていいね。個人戦は25000点持ちで大した特別ルールはない。要するに全員蹴散らせば事足りると)
咲のこの思考に自信過剰と笑う者もいるかもしれないが、それを実現出来る実力を彼女は持ち合わせている。咲は個人戦は心配無用だと結論付けた。
問題は団体戦である。
こちらは一人ではなく五人。個人プレーで引っ張っていけなくもないが、それは些か辛いものがあるだろう。そして自分が先鋒でないとき、最悪の場合は自分の番になる前に勝敗が決してしまう可能性がある。それはもう、咲にはどうしようもない。
それに、咲たち清澄高校が所属するここ長野には、全国レベルの強豪校もいるらしい。加えて、チャンピオンである照がわざわざ言ってた高校も気になる。
(確か名前は──)
「えーと、去年の県予選団体戦の優勝は……龍門渕?」
(そう、龍門渕)
優希の呟きで思いだした。
その優希は、丁度パソコンで龍門渕の牌譜を見ているところだった。咲もそれを後ろから覗き込む。
「じぇ⁉ 訳わかんないですけどこの人⁉」
「あぁ、龍門渕高校の天江衣か」
(確かそんな名前も言ってたなぁ)
パソコンに表示されている牌譜を見る咲。
それは件の天江衣の牌譜だった。
「咲ちゃん並に変だじょ」
優希の素直な感想に少し顔をしかめる咲。正面きって変と言われたのだ。どんな人でもあまり良い気分にはならないだろう。
(変とは失礼だな……まぁ確かに普通の打ち手ではないかな。十中八九能力者。でも、これだけだと見た感じ、只の高火力プレイヤーにしか見えないなぁー)
咲の感想としてはそんなものだった。これだったらまず負けることはないだろう、くらいの気持ちである。
だが、警告してきたのはあの照だ。油断するつもりはない。
「そうねぇ、それまで六年連続県代表だった風越女子が去年は決勝でその天江衣を擁する龍門渕に惨敗したのよ」
後ろから久の解説が入る。
咲としては、風越ってどこ? くらいの興味しかなかった。咲には強豪校とか、誰が強いとか、その類の情報が圧倒的に不足しているのだ。久もそれが分かっているから口に出して説明しているのだろう。
久の解説はまだ続いた。
「龍門渕の選手は天江を筆頭として全員が当時の新一年生だったけど、その五人にあの風越が手も足も出なかったの」
「一年生……」
「ということは今年も全員……」
「五人とも二年生で出てくるってことね」
全員一年生で、しかも名門の強豪校を破って県予選突破とは普通に考えて偉業である。更に今年もそのメンバーが出てくるとなると、警戒して当たり前。事実和と京太郎は少しだけ腰が引けていた。
だがそのような状況下でも、優希の良く言えばポジティブ、悪く言えば楽観的な感じは変わらなかった。
「だーが! 今年はのどちゃんを擁するうちの一年がそいつらを倒す!」
「咲もいるしな」
優希の発言に同意を示す京太郎。いつの間にそこまでの信頼を向けてくれるようになったのか知らないが、無条件のそれは危ういものである。
「油断大敵だよ」
「歴史は繰り返すんだじぇー!」
「おぉー!」
一応苦言を呈する咲であったが、優希と京太郎は全く聞いていなかった。
まぁ咲としても負けるつもりなど毛頭ないので、全員倒すというのに変わりはない。
「あれ? そういえば染谷先輩は今日は来ないんですか?」
「おぉー、忘れてた」
(あっ、ホントにそう思えばいない)
久は若干演技がかっていたが、咲は素で忘れていた。
入部したばっかりでまだ日が浅いから、という理由ではない。
悲しいことに、まこはこの濃いメンバーの中では若干埋れ気味になってしまう。口調に関してだけは優希を上回る個性を持っているのだが。
日本語における個性とは、本当に便利な言葉である。
閑話休題。
「まこの家は喫茶店をやっているんだけどね、書き入れ時のうえに今日はバイトの子が病欠で人手が足りないらしいのよ」
「じゃあ、染谷先輩もウェイトレスを?」
(……似合うのかなぁ? いや、見た目は普通に美人なんだけど、口調がなぁ)
咲は大分失礼なことを考えていたが、もちろん口には出さない。
表面上は大人しい文学少女で今まで通してきたのだ。実は腹黒いなんて、バレるわけにはいかなかった。
「というわけでね、咲と和、二人でまこの家を手伝いに行ってきてくれる?」
「「……えっ?」」
狙っていたわけでもないのに、咲と和はハモってしまった。急展開だったために、さすがに久のその提案は予想できていなかったのだ。
それに、少なからず疑問点もある。
何故わざわざ県予選突破を説明したこのタイミングで、店などを手伝わせるのか。
そして、もう一つ。
「って、部長は行かないんですか?」
京太郎が聞いた通り、何故咲と和だけなのか。
こういうときは、部員みんなで行くものではないのかということだ。指名するなど、普通に怪しい。
問われた久も若干慌てていた。
「えっ? えーー……ほら私、年だから。それに学生議会の仕事もあって……」
「年って、まだ17歳なんじゃ」
「と・に・か・く。社会勉強だって麻雀に強くなるために必要よ。これも県予選に向けての特訓の一環ってことで」
「「はぁー……」」
見事に建前を並び立てて強引に押し切られた。
悲惨な未来になるとはつゆ知らず、咲と和はその提案を安請け合いしてしまったのだ。
****
「それで、お店に来てみればまさかのメイド喫茶。というより、メイドデーってなに? しかも私たちのだけ染谷先輩が着てるのと違って特別製……そうか、染谷先輩も敵だったのか」
「咲さん、染谷先輩は仲間です。それにその格好も似合ってますよ。可愛くて素敵です」
「……ありがとう、和ちゃん」
(私としては胸囲の格差が酷すぎて、無駄に凹むんだけどなぁー。出来れば隣に立たないでほしい。訴訟も辞さないレベル)
このようにして現在に至っていた。
何か企んでると思っていたが、まさかこんなこととは。
久は三回は潰すと心に決めた咲。そういう風にストレス発散でもしなければやってられなかった。
「というより染谷先輩、なんでメイド喫茶なんですか?」
「最近は漫画喫茶だのなんだのと、ライバルが増えとるけぇ。うちじゃこうでもせんと客とれんけんねぇ」
「世知辛い……」
経営など咲には専門外もいいとこ。お店に関わるまこだからこその発言だった。
そのおかげか、見る限り店は繁盛してる様子だ。こんな片田舎の喫茶店にしては、十分混雑してると言っていいだろう。
大半は男性客で、和には下卑た視線を向ける輩も多いのだが。確かにあのプロポーションでは仕方がない。目の保養には最適である。
「それで、どんなぁその制服?」
「どう見たって恥ずかしいですよ。こんな羞恥プレイは生まれて始めてです」
メイド服など二度と着ない。咲は心に固く誓った。
「注文です」
「おおぅ、お疲れー」
「あの……あれは何ですか?」
すっかり店員として順応している和だったが、先ほどから気になっていたのか、まこに疑問を投げかける。
その視線の先には、どう見ても麻雀卓と思わしきものが鎮座していた。
「見て分からんか? 麻雀卓じゃ」
「いえ、それは分かりますが……何故喫茶店に麻雀卓が?」
「そりぁあ、麻雀打つために決まっとるじゃろう」
キラリの眼鏡を光らせてまこは答えた。その表情は明らかに何か企んでますよ、という笑みを浮かべている。
咲としてもこの光景には見覚えがあった。ついこの前のことなので忘れるには早過ぎる。
(まさか、こっちでも出会うことになるとは……麻雀喫茶)
よくよく麻雀喫茶に縁があるようだ。
咲が東京で訪れた麻雀喫茶は、テーブルの全てが麻雀卓だったが、ここではある一角一つに卓が置かれている。打ちたい客がいたら自由に打てる方式らしい。
その後も色々と話しをしていたが、『チリリリーン』という店のドアに備え付けてある鈴の音と共に、新たに客が二人来店してきた。
「「お帰りなさいませ、ご主人さま」」
やっと板についてきたメイド定番の挨拶をする咲と和。まさかこの台詞を自分で言うことになろうとはと、咲は悲嘆に暮れる。
「おっ、卓空いてるじゃん。打てる?」
「はーい、お二人さま麻雀卓にごあんなーい」
来店した客は二人。
麻雀打つには四人必要。
……ということは?
「私たちが打つんですか?」
「その通りじゃ」
(部長の狙いはこっちか。なーにが社会勉強だ)
恐らく、同じ相手ばかりではなく様々な相手と経験を積ませる、くらいの理由だろう。
だが咲と和では大抵の人には勝ててしまう。それではあまりにも意味がない。きっとまだ何かあるのだろう。
とりあえず咲が今分かっていることはただ一つ。
「これはつまり、私の十八番である超接待麻雀のプラマイゼロを打ちまくれ、ということですね?」
「いや、それは違うじゃろう……」
「そうですよ、咲さん。手加減なんて私が許しません」
「えぇ〜」
即座に二人に否定されてしまった。
だが何故か咲も諦めない。
ここでそれを披露しなければ、いつ披露するのか。今でしょ!
「だって、いいんですか? ここで私が無双したら、お客様が寄り付かなくなってしまいますよ? それじゃ染谷先輩、商売あがったりですよ?」
「うっ……それは確かに勘弁してもらいたいのぉ」
「ならやっぱりプラマイゼロしかないと思います!」
まこはこれで折れるだろう。あとは和だけだ。
続けて和におねだりを開始する咲。ストレスが溜まっている咲はその発散のためならと、全力だった。
「ね、いいでしょ和ちゃん?」
「いいえ、ダメです。というか私が気に食わないです」
まだ折れない和。彼女は意外にも頑固な一面があるので、咲もこの程度であれば予想通りである。
そして、そんな和を打ち崩す策が、咲にはあるのだ。
「和ちゃん。私にとってプラマイゼロは手加減でも何でもない。むしろ本気だよ? ……あとそれにーー」
ここで咲は人の悪い笑みを浮かべる。
「そんなに言うなら和ちゃんが止めればいいでしょ? まぁ止められればの話だけどね」
これには和もカチンときたようだ。
和は頑固である。加えて単純でもあった。全中覇者だったから、というわけではないが元々のプライドが高く、このような屈辱は基本耐えられない。
咲の見立てではまず間違いなく、この挑発に乗って来る。
「……いいでしょう、分かりました。今日こそそんなオカルトがありえないことを証明してみせます」
「クスクス。そうこなくっちゃ」
咲の笑い方や仕草、台詞に至るまで完璧に悪役のそれだが、付け焼き刃のメイドより何百倍も様になっているのが残念なところであった。むしろ自然に見えるまである。
(わしが思っとった展開とは大分違うもんじゃが、まぁ結果オーライってとこかの。和もやる気になってるようじゃし)
まこが苦笑いで見守る中、お客様用のスマイルを貼り付けた咲と、妙にやる気になっている和は、先ほど訪れた客二人を携えて麻雀卓に向かっていった。
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「ツモ、300、500です」
「これで終わりだね。今度もこっちのお嬢ちゃんの勝ちか。強いねお嬢ちゃん」
こっちのお嬢さんとは和のことである。三回の対局を終えて、戦績は和が全てトップだった。
そして、咲は三回連続でプラマイゼロを達成していた。
表面上は笑顔で。「ありがとうございます」と客に礼を言っているこっちのお嬢さんこと和であるが、今にも額に青筋が立つのではないか、というくらいには内心キレているのが咲には分かっていた。というより、偶にビキッという効果音と共に浮き上がっている。
(いやー、ストレス発散にはなったけど、さすがにやり過ぎたかなー。和ちゃんの気迫が怖くなってきた。あれだ、マジでブチ切れる5秒前ってやつだ、うん)
咲は結構余裕であった。
「そんじゃ、キリのいいところで俺は終わりにするわ。またな」
「おおう」
「「ありがとうございました」」
客が一人帰ってしまった。
これでは人数不足で麻雀を打つことが出来ない。三麻であれば可能だが、さすがにやらないであろう。
さて、どうするんだろうと思っていたところで、咲は唐突に強いオーラを感じた。
「んっ?」
思わずそのオーラを感じた方向に目を向けると、丁度そのタイミングで一人の客が来店してきた。
現れたその客は闇色のショートカットの女性。黒のロングコートを羽織っており、その下はパンクなゴシック・ファッションという、かなり奇抜なスタイルであった。
(なんだこの超場違いな人は……。でも、オーラはこの人から感じる。それこそ、子どもの頃のお姉ちゃんくらいには)
「いらっしゃい」
投げ渡されたコートを受け取り、まこが挨拶を交わす。
その様子から、二人は知り合いなのだと判る。一連の流れが自然な点からもそう判断出来た。
「あら、今日のバイトは可愛らしいわね」
(……なるほど、コイツか)
咲はこの人物の登場によって、やっと久の本当の狙いが分かった。
明らかに只者ではないし、タイミングも絶妙過ぎる。この人と対局させるためにこの展開を仕組んだのだろう。
(咲さんが反応を示しているということは、この人は相当強い、ということでいいんでしょうか……)
和にはそういうのは分からないが、咲のことは少しは分かっているつもりだ。多分間違っていない。
その客は常連なのか、「いつもの」の一言で注文を終わらせ、こちらに向かって来た。
「よろしく」
「「よ、よろしくお願いします」」
「さぁ、始めようか」
少しの時間も空けることなく、謎の人物との対局が始まった。
****
「ロン、5200」
「はーい、終了でーす」
まこの掛け声で対局が終了した。
対局は計五回。結果は全て先ほど来店した謎の人物、藤田靖子のトップで終わっていた。
しかも全部の局、オーラスまでは和がトップだったにも関わらず、最後に捲ってトップ、という展開であった。
「結局、私が五連続トップね」
(……久の話だと、この宮永咲という少女は衣に匹敵すると聞いていたのだけど、特に目立ったところはなかったわね)
天江衣と大差ないと聞いていたから、どんなものかと期待していたのだが、靖子にはこの結果では咲の本質がよく理解出来てなかった。
だが、和とまこは気づいている。
やはり咲は異常だということに。
(咲さんは五連続プラマイゼロ。最初から合わせたら八回連続。理解不能です。それにこの人、一体何者? オーラスで決まって私を狙い打ち、しかも全部捲られた)
(この人相手でも、意味なかったのぅ)
一方の咲は、落胆の気持ちの方が大きかった。
(……結構期待してたのになー、このカツ丼さん。なんだ、結局こんなものか。部長がわざわざ仕組んでくれたからどんなものかと思ってたけど、これは拍子抜けだよ)
最初は照と同等の力があるのかと思っていたのだが、それは買い被りが過ぎたようだ。
ついこの前チャンピオンと対局した咲からしてみれば、別にどうってことはない相手だ。はっきり言えば、友達(笑)の淡の方がまだ歯ごたえがあった。
咲にとってプラマイゼロが出来る相手に、勝つことなど容易なのだ。今のところ例外とも言えるのは照くらいだろう。
ちなみにカツ丼さんというのは、『いつもの』の注文で出てきたのがカツ丼で、対局中ずっと食べていたから、このような仇名になっていた。
頃合いだろうと判断したらしい。まこは、ここでネタばらしすることにした。
「藤田さんはプロ雀士なんじゃ」
「「えっ⁉」」
(これ
(これ
前者が和で後者が咲。
一文字だけ感想が違うが、それだけで受ける印象が180度変わるのだから、日本語というのは不思議である。
和は純粋に驚いているのだが、咲はその驚きの種類が違う。信じられないという気持ちが大きいのが分かるだろう。
咲は未だに、自身がどれほど規格外の打ち手なのか理解していなかったのだ。
(ホントにプロなの? だって、プロってあれだよね? サッカーだったらワールドカップに、野球だったらメジャーに、テニスだったらウィンブルドンに、その他諸々だったらオリンピックに出場するような、あのプロだよね?)
こう言ってしまうと麻雀のプロが霞んでしまうのは仕方ないことだろう。いくらこの“麻雀時代”と呼ばれるような今でも、サッカーや野球には勝てないのだ。
だが、だからとしても咲にとって衝撃だったのは間違いない。それほどまでに咲にとって靖子は、『大したことのない』レベルだったのだ。
更に話しを聞くと、この他称プロは、プロアマの親善試合でも高校生相手に負けているらしい。
しかもその高校生というのが、照から警告された天江衣だと言うのだから面白い。咲としてはこちらの情報の方が重要だった。少なくともこれで、天江衣が靖子より強いことが分かったのだ。
(でも、あまり参考にならないなぁ。……使えないなこのカツ丼)
最終的に敬称までなくなったのであった。
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久の狙いであった『二人を凹ませる』というのは、和には効果があったようだが、咲には全く意味を成せずに終わってしまった。
そして後日、久は咲にボコボコに、ズタズタに、滅多打ちにされるのをまだ知らない。
今更ですけど、ここの咲さんは常にロングスカートです。
メイド服はアニメのイメージで。