咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
淡と咲、二度目の対局。
昂ぶる感情に身を任せ、能力を惜しみなく披露する淡。
(ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつくッ‼)
「リーチッ‼」
東一局からダブリーを仕掛ける。
今の淡に手加減や様子見と言った優しさは存在しない。咲を倒すためだけに、全力で注いでいた。
(この私が負けるなんてあり得ない! 点数調整だかなんだか知らないけど、私に勝とうなんて100年早いことを思い知らせてやる!)
照と対局してる時ですらこんな淡は見たことがない。
奇しくもこれが淡の今までの人生のなかで、絶対に勝つという強い気持ちを持って挑んだ対局であった。
(今回は角まで九巡で着く。絶対安全圏ではないけど十分勝負可能)
……だが、淡はまだ知らなかった。
自分が今、どんな相手と対局してるのかを。
驕り侮り、努力という努力をしてこなかった淡では、天地が逆転しなければ勝利することができない相手がいることを。
(これで角。そしたらサキに直撃させてやる‼)
「カンッ‼」
嶺上牌を手に取り捨てる。
これで和了確定条件はクリアされた。あと数巡以内に和了れる。その油断で、淡は警戒心が若干緩んでいた。
それは麻雀において自身が最強という、余りにも傲慢な想いが産んだ慢心。
そこを見逃す咲ではなかった。
「能力を過信し過ぎだよ、淡ちゃん」
「えっ……?」
「ロン」
咲の手牌が開かれる。
それを見て淡は驚愕した。
「なっ……⁉」
開かれたその役の本来の言葉の意味は、『天下に並ぶ者が居ないほど大変に優れた者』というもの。
麻雀においては、四暗刻や大三元と並び三大役満など呼ばれているもの。
「国士無双、32000で飛びだね」
宣言通り、一瞬で対局が終了した瞬間だった。
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(し、信じられん……⁉︎ 本気の淡がこうも一方的に、しかも一撃で沈められるなんて)
菫は目の前の出来事に対し固まっていた。
周りの部員も同じ心境なのか、誰一人として声を発する者はいなかった。
淡は俯いているため表情が伺えない。
照だけは、いつもの無表情で我関せずの態度だったが。
「淡ちゃんの敗因は三つ」
皆が唖然とする中、咲は語り始めた。
「一つは私に対して能力を披露して、今回でもそれを使ったこと。さっきの対局で淡ちゃんの能力は大体分かった。一つ目は配牌時、対局相手が五向聴以下になるやつ。二つ目はダブリーだね。三つ目はすぐには分からなかったけど、多分最後の山に入る直前で槓すると数巡以内に和了れて、しかも槓した牌に槓裏ドラが乗るって感じかな? 合ってるお姉ちゃん?」
「うん、さすがだね咲」
一回の対局で全てが筒抜けになっていた。
これは淡が能力を多用したこともそうだが、咲の並外れた観察眼があってこそのもの。
ここで一つ、疑問が残る。
「咲ちゃんは照と同じことが出来るのか?」
「いえ、私はお姉ちゃんみたいに一局で全て分かるわけではありません。まぁ時間と手間は掛かりますが、精度で言ったらそこまで変わりはないですね。……あっ、でもクセとかを見抜くのだったら私の方が得意ですよ?」
「……そうか。それで、どうしてそれが敗因の一つなんだ?」
「はい、淡ちゃんの能力は確かに便利で強力ですけど、それでも完璧ではないからです。五向聴以下は四巡は安全ですが、最後の山にいくまではどうしてもそれ以上掛かります。それに、そこまでいかないと和了れないということは、裏を返せばそこまでいくまでは振り込むことはないってことです」
「確かにそうだな……」
「淡ちゃんの支配自体は今の私じゃ破れそうになかったので、今回はこの能力を逆手にとりました。五向聴なら国士無双でも問題ないはずなので、少し淡ちゃんの支配に干渉しました」
そんなこと出来るのか、とはもう聞かない。
菫のこの柔軟さは、照に関わるようになって育てられたのだ。人外と接するコツは、諦めることである。
「ダブリーにも欠点があります。先に話した通り、和了るまではそれなりに時間が掛かり、出和了りもない。それまではツモった牌をただ捨てるだけ。こんなの私にしてみれば、ただの振り込みマシーンと大差ありません」
この台詞に淡がピクッと反応を示したが、ここまで見事に敗北を喫したため言い返すことが出来ないのだろう。さっきから両手を握りこんで、身体が震わせているのが菫には見えていた。
「一つ目はこんなところですね。二つ目は私の能力に対しての警戒心が薄すぎましたね」
「咲ちゃんの能力というとあれか? さっきの対局で最後に見せた嶺上開花か?」
「その通りです。私は槓が武器の一つなので。そして私相手に嶺上牌をそのまま捨てるなんて、私にとってはカモ同然です」
淡は俯いたまま動かない。
「そしてこれが最後にして最大の理由ですが──」
一呼吸入れて、咲は淡を見下しながら告げる。
「調子乗り過ぎ」
──この一言は白糸台麻雀部に衝撃をもたらした。
少なくない部員が言いたかった一言であり、事実今まで好き勝手やってきた淡に対しては効果が抜群のはず。
「喧嘩を売る相手を間違えたね」
トドメとばかりに畳み込む咲。
咲も咲で、あそこまで敵意を向けられたのを微妙に根に持っていたのだ。別に弱いものいじめが趣味というわけではない。断じて違う。
(あぁ、スッキリした。とりあえずはこんなところかな。あとは淡ちゃんがどう動くか)
言いたいことを全て言い終え、菫に頼まれたことも達成出来た咲は様子見に徹することした。この場から離れても良かったのだが、確実に迷子になる自信があったのでなるべく姉の側から離れない方がいいだろうとの判断である。
咲はてっきり、淡が癇癪を起こすとばかり思っていた。
理不尽に怒るだろう淡を完全論破してやろうと、意気込んでいたため、この後の展開は咲にとって想定外のものだった。
「ぅ、ぇ……ぐすっ、ひっく……っ、ぇ……っ」
(……………………………………………………………あれ?)
「うえっ、……ぐす、っ……ひっく……うぅ……っ、ぇっ…く……っ」
(………………ヤバイ、マジ泣きだ)
本気泣きだった。言語機能が忘却されたのか、聞こえてくるのは言葉にならない悲しみの声だけ。
この展開はその場にいる誰もが予想できなかったためか、咲が国士無双で淡を飛ばした以上の沈黙が場を包んでいた。菫ですら動くことが出来ていなかった。
静かな空間のなかで、ただただ、淡の嗚咽と洟をすする音だけがいやに大きく響いていた。
流石の咲にも、積み重なるように罪悪感が募っていく。
……やばい、どうしよう。と内心狼狽えていたその時、
「淡」
助け舟を出したのは照だった。
この状況で照が動くこともまた予想外で、周りはもう思考を放棄し、成り行きだけを見守ることに。
「淡、泣くほど悔しいなら強くなりなさい」
「ひっく……ぅ、ぇぅ…ぐすっ……っ。……んっ」
まともな返事はしていなかったが、それでも淡は頷いていた。稀に見る素直さで、相当の効果があったと思われる。
それを見届けた照は更に続ける。
「それと、これは淡のためではなくて、むしろただ私のためになるんだけど。淡の仇は私がとってあげる」
(………………んっ……? それ……どういう意味?)
思考放棄してた組の咲だったが、照の聞き捨てならない台詞のおかげで、再び表舞台へと舞い戻ってきた。正確には照に引きずりこまれたのだが。
「咲、今度は私と打とう」
「……お、お姉ちゃん? この空気の中で麻雀を打つのはちょっと……あの、その、アレじゃない?」
一応の抵抗を試みた咲の抵抗虚しく、
「咲、お願い」
返答は、有無を言わさぬ静謐な声だった。
照の瞳は本気も本気。極黒にオーラが揺らめく。
(それはお願いとは言わないよ、お姉ちゃん……)
まるで今までがお遊びだというような威圧感が、照から撒き散らされる。咲が知っている子どもの頃の照とは、格が一段階も二段階も違う。
(……散々だ……。こうなったら原因の一人である菫さんだけは巻き込んでやる)
「分かったよ。でもメンバーはどうするの? 菫さんは決定だとして、あと一人は?」
咲の視界の先で菫が肩を落としているのが見えたが、かばう気など皆無。責任は取るとの言質もとっているため、菫には罪悪感を感じていない。道連れ万歳。
「それなら、私がやりましょうか?」
「監督さんですか?」
「えぇ、これでも一応元プロだったのよ。力不足かしら?」
「いえ、そんなことありません。お願いします」
淡の代わりは監督がすることになり、これで対局メンバーが決まった。
淡は誠子と尭深に慰められながら一時退散し、練習場の外へと出て行く。
「じゃあ、始めましょうか」
「あっ、ちょっと待ってて。ええとそこにいる五人ちょっと来て」
監督は少し用事があるらしく、手の空いている部員を呼んで何かをしていた。
菫はこれから行う対局、元プロ一人に魔物二人という状況に若干顔が強張っていたが、ため息一つ吐いて覚悟を決めた様子だ。
咲と照は何年か越しの姉妹麻雀で気持ちを昂らせていたが、咲には一つ気になることがあった。
「あっ、お姉ちゃん。今回私はどうすればいいの? プラマイゼロ目指すの? 勝ちにいけばいいの?」
「どちらでもいいよ。そのうえで私が勝って、プラマイゼロもさせないから」
「……へぇ。じゃあ今度は勝ちにいこうかな」
各人準備が整った。
今回は特別ルールとして、最初の持ち点を100000点として始めることになった。これは菫と監督のお願いで、二人とも25000点じゃすぐに飛んでしまうと理解していたから。
二人とも勝つ気も勝てる気もさらさらないのである。
咲の本日三回目の対局は、念願? の姉妹対決とあいなった。
はーい、ごめんなさいm(_ _)m
淡ちゃんを泣かせてしまいました。
まぁ原作でも咲さんは和とか衣を泣かせているので、意外とデフォルトなのかと。
魔王になった咲さんですが人並みに罪悪感は感じているので。決して人でなしというわけではないですので。