IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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80.兎に火蜥蜴 ①

 ――対IS戦闘における歩兵の役割とは如何なるものか。

 結論・結果としては所詮、最大限の譲歩を以て、足止めとしか表現できない。

 音を置き去りもかくやとばかりの飛行能力に加え、たとえ屋内に引きずり込めたとて、現行火器をさも対岸の火事のように無効化するシールドバリアと、戦車の砲身をねじ曲げかねないパワーアシストが、歴戦の猛者たる男達を児戯に等しく蹴散らしていく。

 米軍特殊部隊、名も無き兵達(アンネイムド)。アメリカの世界最強たる所以(ゆえん)のその更に上澄みたる面々が、赤子の手にすら届かない。

 そんな彼らが抱く感情が忸怩たるものか、それとも敵愾心に連なるものか、部外者の静穂には判りかねた。

 ただ、これだけは。静穂が舞台となる通路に降り立ち、未確認敵機の蹂躙を押し止めた時の、

 

――後頭部に撃ち込まれた事(ヘッドショット)には、怒って良いと思う――

 

 

 

『何で撃った!? ねぇ何で撃った!?』

『悪かった! 悪かったって!』

『ISならどうせ平気だろうが!?』

『助けに来たのに撃たれるって何!?』

『前向け前! 敵はあっちだ!』

『味方に痛い思いさせられてんだよなぁ!?』

 通信の先が騒がしくなってきた。うまく合流できたらしい。

 予想よりもずっと早いのは奴の()()が原因だろう。実に便利な事だ。

「あっちは賑やかだなぁ――よっと!」右の大振りを浮遊する防楯に防がれながら、コーリングは笑みを蓄えた。「こっちも少しは騒いでみっか? なあ!?」

「――――」

 軽く挑発をしてみるが、蝶を模した未確認敵機は僅かに舌打ちをするのみで返してくる。可愛げのない奴だ、面白くない。

 面白くない時はどうするか。さっさと終わらせてしまうに限る。

 ――推進器、四基全てにシールドエネルギーを。あからさまに見せつけるように。

 するとやっと反応が来た。

「!? この閉鎖空間でだと!?」

「へぇ、知ってんのか」

 

――個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)――

 

 コーリングの乗機に搭載された四基の推進器、それらが個々別々に瞬時加速を行い、段階的・瞬間的に瞬時加速の平均最高速度を上回る、中~高難易度技術の一つ。

 本来ならば苛ついている今のような時に使える程は安定していない技なのだが、コーリングはそれすらも忘れていた。

 苛つくなら楽しめば良い。面白くないならそうすれば良い。

 独り善がりで、それで良い。自分のスタイルは、それだけで周囲を沸き立たせるのだと。

 確信めいた自信があり、自信が実力を伴わせる。

 ISに於けるアメリカの頂、その一としての、清らかな傲慢さが炸裂する。

「このままじゃ締まらないだろ!? なぁ!?」

 

 

「らァ――!」

「――――!」

 もう一方で、赤い未確認敵機と静穂が回転する。片や両腕の火炎放射、片や脚部送波推進器の推力で左回転。

 双方の右中段回し蹴りが激突する。炎の破片と空間の飛沫がぶつかり、舞い散り、脚力と推進力と全身の、すべてを用いてせめぎ合う。

 敵機の様相は妙な機体、という訳ではない。赤を基調としたカラーリングに対し、明らかに外付け、塗装のない増設推進器。顔は仮面で全面を覆い、両の手甲、腕部下部に備え付けられた火炎放射器がノズルを変え、静穂の脚部推進器と渡り合わせる推力を引き出している。

(推進力が主目的? 火炎放射は副次効果?)

 あまり見ない設置箇所にまで推進器を携えている事から、逃げ足担当なのだろう。推進力に全てを振った機体。だが何だ? 敵機に対して既視感がある。

(どこかで見た? 意匠が似て?)

「情報にモねェ米国人(メリケン)でもネェ! てめえ一体何(モン)ダ!?」

「――悪党に名乗る名前はないなぁ!」

 情報隠蔽の為だろう電子音声に対し、静穂は思慮も均衡もあっさりと崩した。

「! てめ、」

 言葉の応酬もぶった切り、ぶつけ合っていた右脚の推進器を拡張領域に収納。勢いはそのままにもう一回転、再度推進器を呼び出して瞬時加速。今度は上段、無防備な首へ。

 つんのめり回っていた背後から叩き込み、敵機をPICによる無重力体験に招待する。

(追撃)

 ここで終わらず月下乱斧。いち早く床面に着地し、頭上でもんどり打つ敵機目がけ拳を突き上げた。

 ほぼ天頂への正拳突き。肝臓側の脇腹に突き立てて、敵機を横から『く』の字に曲げる。

(まだまだ)

 止められないし止めたくない。ここでダメージを稼がなければ、後でどうなるか判らない。

 敵が怖い。だから仕留める。

 グレイ・ラビットを完全展開。元々の表面積が小さいラビットの事、普通に完全展開している敵機が動ける程の通路なら、それ以上の機動は容易だった。

 全推進器を以て瞬時加速、幾度目かの大回転、股を大きく開き軸を縦九十度に曲げたボレーシュート。

 近くの扉を突き破り、敵機を一室にゴールさせた。

「――よっ、とと」

 推進器を全て収納し着地。残心の姿勢をとる。

 敵機は動かない。部屋の中は明かりが点いておらず、中を覗くにはハイパーセンサーを暗視仕様にする必要があった。

(夜目の時に火を吹かれると、大惨事だよねぇ)

 などと思料していて、ふと気がつくと、通路の角で呆然とする特殊部隊の方々がいた事に気付く。

「「…………」」

 無言で視線を突き合わせた。

 どうしよう。何か話すべきだろうか。勢いそのままに敵らしきISを蹴り飛ばしてしまった訳だが、いけなかっただろうか。もしかして敵ではなかったとか、あるいはあの後から彼らの大逆転劇が……あったのか?

(えぇと、)気の利いた台詞など咄嗟に出てくる筈もなく、とにかく何か言おうとして、「…………」

 何も言えず、さしあたって部屋の中を指さした。我に返った方々が銃器を構え直し、

「……。……!」

 ハンドサイン。“援護する。行け”

 これを受けて静穂は(ですよねぇ……)と諦観を僅かに覚えながら部屋に近づいていき、

 

――壁を突き破り出て来た敵機に打ち付けられた――

 

 反対側の壁に押し付けられ、側面からの援護射撃が敵機のシールドを叩く。

 一人に対して過剰過ぎる弾幕も横殴りの雨程度の足止めにすらなっていない。弾幕の最中も敵機からの怒気と殺意が、静穂に対して向けられる。

「やってくレたなガキィ……!」

「…………!」

 首を掴まれている。まずい。首はいけない。

 人体の急所というのもあるが、静穂にとってそこは最大の弱点で、逆鱗である。

「首はやめてってぇ――のっ!」

 両足を畳み壁を蹴る。圧力に対し上に逃げた。

 伸身宙返りの要領で自身の首を掴む腕を掴み返し、背中合わせの一本背負い。敵機の肩を砕きにかかる。

 だがそこはIS同士、天地どころか重力もない。敵機がバック転で翻り難を逃れ、静穂に目がけ拡張領域の発光を振るう。

(近接武器!)横薙ぎに対しダッキング。屈んで蓄えた身体のバネを解放し後退、続く袈裟斬りを回避する。

 その後に鳴り響く原動機の始動音。刃渡り2メートル弱のチェーンソー大剣。

「……土木工事用?」

「対人用ダよぉっ!!」

 嘘だ! 静穂は逃げ出した。

 ――火花が散る。高速で回転する大剣の刃が壁から床から斬線を刻む。

 相応に硬いであろう地下基地の通路を刻んでチェーンソー大剣が、静穂を毟りに飛びかかる。

 それに対して踏み込んでいくのは、端から見れば狂気としか。

 剣道三倍段という言葉があるように、そこで機会を望む特殊部隊員だとしても、自分は素手の状況で武器を持つ相手の対処には苦労させられるのが普通だ。

 だから戸惑う。テンポがズレる。

 

――面白いように不意打ちが決まる――

 

 それまで遮二無二に走り回り、壁どころか天井まで使い渦巻き状に駆け回り、逃げに徹していた静穂が視界から消え去った。

 角を曲がり視界を切った直後に月下乱斧。敵機の後頭部に跳躍(テレポート)、天井に手をつきドロップキック。

 敵機を背中からどつき倒した。

「――! てめぇどっカラ――」

「門外不出だよぉっ!!」

 着地。直後に跳ねる。三角飛びからの浴びせ蹴り。

「っ!」

「舐めんな!!」

 腕部装甲で受け止められ、掴まれ、振り回される。

 ISのマニピュレーターで装甲を極限まで廃した静穂の足首を掴むのは容易だった。何せ直径が常人とさほど大差がない。

 静穂を叩きつけられた壁面に亀裂が入る。返す刀で対面側へも。

「サンザ遊んで下さってよぉ!」

(――さんざ?)

 当たり散らすように振り回される。だが静穂は叩きつけられつつも意外と余裕があった。

 それはラビットの装甲に起因する。

 ――グレイ・ラビットの装甲、両足と頭部の推進器には普通に防盾が備え付けられているが、その主たるは全身を常に覆う流体装甲である。これはダイラタンシー流体の要領で適宜硬質化・流動化する事により、静穂の身を守っている。暑さとか寒さとか、不意のボディタッチとかからも守っている。特に対ボディタッチが重要だった。この流体装甲、常にひんやりと温度を保っている為か、度々クラスメイトから抱き着かれ涼を取られるのである。

 

――要するにこの振り回し、見た目に反して効いていない――

 

 激突に際しボディスーツ状に常時展開している流体装甲が、衝撃を緩和、無効化している。

 そうとは知らず敵機が思い切り力を入れ、最後とばかりに静穂を床面に叩きつけた。打ちっぱなしのコンクリートが砕け、手が離れた。

 敵機が満足気に肩で息を吐き、チェーンソー大剣の刃を回転させる。

「これで終わったよな? なァ!?」

 そこで言ってやった。「あ、終わった?」

 ――ア? 素っ頓狂な声が漏れた敵機、その手に握られた大剣の側面を蹴り上げる。

 敵機が大剣の遠心力に振り回されつつも炎を放つ。だが遅い。静穂が速い。

 一帯が炎で覆いつくされるよりも早く、静穂は既にその場から消えていた。

 

 

「――ドコニ行きやがったァぁぁあッ!!」

「何処だろうねぇ、っと」

『…………』

 ――特殊部隊の面々は戸惑っていた。この状況をどうすれば良いのだろうかと。

 先程まで眼前でやりあっていた一方が、さも簡単に逃げてきているのだ。あろう事か役立たずとなり果てた自分らの処まで。

 どうやって逃げてきたのかとか、逃げてきて大丈夫なのかとか、溜らず一人が話しかけた。

「なぁ。いいのか、あれ」

 対して()()は事も無げに返してきた。

「んぅ。いいのかわるいのか、どうだろうか」

 あ、手助けに来ました、と少女が一人に手を出してくる。

 一人がその握手を返しつつ、「頼むぜ。あれ(IS)相手には手も足も出ない」

「それはこっちも同じなんだけどなぁ」とんでもない事を言い出した。「何か火器は借りられません? 手数はともかく火力が足りない」

 火力、と聞いて別の一人が口を出した。

対戦車ロケット(R P G)ならすぐ取ってこれる。でも効くのか?」

「その辺はこっちでなんとかできます。あと援護をまたお願いします。ないと本当にきついので」

 では行ってきます、と少女が消えた。もうISなら何でもありかと。

 ほんの数舜あっけにとられ、怒号と炎の明かりが特殊部隊を我に返させる。

 

 

 ――部隊が動く。先刻までとは違う、確かな何かがそこにはあった。




 久しぶりに戻ってこられました。ご無沙汰しております。
 
 久しぶりついでにあらすじを新調しました。以前とどちらがより多くの人に読んでもらえそうか、悩みどころです。

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