IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

79 / 82
79.外国に行こう ③

 果して其れは、本当に必要なものなのか。

 理由もなく、生まれはしないだろう。意味もなく、在りはしないだろう。

 其れは果して淘汰されるために生まれ、その役目を最初から、願われ望まれ頼まれたのか。

 雑に扱う盲腸(アペンディクス)を、切り捨てるのか散らすのか。

 メスを持ち、薬を以ち、敵意をもって向き合った時。

 ――それが窮鼠と知った時。

 必要なものは手に残っているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今より約三十分前、所属不明機(アンノウン)による研究施設への急襲があった。研究対象は第三世代試作実験機、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 ラビットの推進器が空に波を立て、身体を上にと押し進める。

 短いドイツ旅行だったと哀愁を抱きつつ、研究施設に通いすぎかなぁ、とも思いながら、静穂は一人、夏空を縦に割っていった。

『米国は所属不明機の目的が福音の強奪にある事はほぼ確定であると判断、IS学園に緊急回線にて救援を要請し、学園は要請を承諾』

 ――IS運用協定に則った正式なプロセスでの救援要請。だが事態をそう単純に受け取る程、ヒトというものは甘くない。

 国家間での貸し一つは、異常なまでに重く、大きい。他国の代表候補生に救われたとあっては、如何に米国といえど影響は計り知れないだろう。

 福音戦の経験者の内、一夏、箒、静穂の三名。しかし前者二名は以前の懸念がつきまとい、且つそれだけではないのだろうなぁ、と静穂は思う。

 一夏は唯一人の男性搭乗者で、一人で征かせては拉致の危険がある。

 箒はその点については問題ない。現状唯一の手を出そうものなら天災が何をしでかすか判らない。

 更には仮に福音が強奪・運用された状況を考慮し、対抗手段として有効たる防御性能を持つのは、静穂が駆るグレイ・ラビット以外にはない。

 要は消去法、都合の良い人材扱いである。一応の表向きだが静穂は国家と密接ではない事になっている。要人保護プログラムも使いようであり、返せば静穂自身を守る防壁(ファイアーウォール)として機能する。

 結果として事態が極秘・秘匿を至上とする場合、汀 静穂という個人は最適の人材なのだ。本人がそれを良しとせずとも。

 ……に、しても、だ、

『事態の緊急性を考慮した結果、グレイ・ラビットは弾道飛行にて米国領空、該当施設に対し垂直落下にて突入(エントリー)を行なう』

「これ本当に許可とか大丈夫ですか? 後で怒られるの嫌ですよ?」

『国際航空連盟と宇宙条約か? 学園の特記事項二十一を忘れたか』

 学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

『心配なのは貴様とグレイ・ラビットの強度くらいのものだ。高度は?』

「(頑丈さだけは取り柄だと思いたい)もうすぐ予定域」

『了解した。通信終了。気張れよ』

 それだけ? と言う暇もなく織斑先生からの通信は簡単に切断され、静穂はセンサーの高度計を見た。そこに示されるのは静穂とラビットが弾道飛行の為に描く弧の、その頂点に到達した数字。

 

 

(カーマン・ライン……)

 

 

 地球と宇宙、その境界線。その撫でられそうな僅か下を、静穂は推進器を噴かしている。

 眼前より先は地球ではない。インフィニット・ストラトス。その名についた領域を超えた、その先に手が届く位置にいる。

 星は、意外と見えない。現地につけば沢山のそれが見えるのだろうか。

 地上よりも近いのに、星は見えない。

(どっちもどっち、って事かな)

 どちらにせよ手を伸ばしたところで掴めはしないのだ。高々百キロメートル程度で騒ぐなと。

 推進器を噴かす。前に進む。

 それだけ判っていれば良いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ジェットコースターとかもう楽しめないんだろうなぁ。乗った事ないけれども)

 何せ自分から百キロメートル程度の高さを重力落下しなくてはならないのに、恐怖の類いを全く覚えなかった。

 PICによる重心位置の均一化、要するに落ちているという感覚をなくしてしまえばこうも恐怖心を打ち消す事ができるのかと。

 突入時の摩擦熱も一切感じない。落下中に静穂がやる事は、高度計を見ながら丁度良いところで推進器を翻す以外はない。垂れ耳型推進器の装甲板とEMドライブの起こすマイクロ波が、静穂の纏う流体装甲に僅かな熱も伝えなかった。

 

 

――グレイ・ラビット、完全展開形態――

 

 

 普段は予備としてしか使わない垂れ耳型推進器を全て接続。両脚部を含め総勢十基のEMドライブは到底学園のアリーナでは使い切れない推力を誇り、危うく頸椎の心配をする事態になりかけた。実際はたんこぶ程度で済みはしたが、それはそれで気味悪がられた程の事故を起こした、搭乗者自身が扱いきれない形態である。

 と、壁のある場所では絶対に用いる事のできないこの形態。相談に乗った織斑先生はこれ幸いと今回の移動手段に採用してきた訳で。

(織斑先生に相談しなきゃよかったかなぁ)

 後悔先に立たずである。

(最初の福音の時に使いこなせていたらなぁ)

 それも今更である。

 ――ハイパーセンサーの計器類を見て、指定された緯度経度の上空に到達を確認。

 頭部を基点とする円錐状に窄めていた推進器をそれこそ翼のように拡げ、揚力による減速を開始……したところで、

 

『止まるな! 突っ込め!』

「!?」

 

 通信で突撃を要請された。女性の声だ。

『今狼煙を上げる! そこにその速度で突っ込んでこい!!』

「狼煙!? っていうか施設ってどこ!?」

 眼下をいくら探しても施設らしき建物は見当たらない。

『――ここだよっっっ!!』

 すると突如、何もない筈の小高い山の岩肌が爆発した。丁度静穂の真正面。

『来い!!』

「了解!!」

 推進器を翼状から再度円錐状に。全推力を以て爆炎の中へ進路をとり、

 

 

――激突した――

 

 

「ぐ――――!?」

「何!? (轢いちゃった!?)」

 幾度となくレーゲンの主砲に耐え抜いた推進器の装甲、それに赤いシミができたのかと思いきや、

「何だ貴様、この!」

 押し返そうと力を込めてくる。元気そうで何よりだ、いや違うそうじゃない。

 押し返してくる。勝負してくる。

「――負けらんないなぁっっ!!」

 なりふり構わず推進器を噴かした。負ける訳にはいかなかった。

 いつしか静穂にも一丁前に負けん気がついていた。それがラビットの性能である。

 防御力と推進力。これだけは粒ぞろいの専用機達の中にいて、負けたくないと常々思っていたものだ。

 柄にもなく矜持(プライド)を以て、僅かな均衡もなく押し返す。

「なんだと!?」

「墜ちろこのぉっ!」

 重機の搬入路なのか中々の広さと距離があるトンネルの中を斜め下方に突き進み、途中で昇降機に激突した。

 双方が昇降機の床で跳ねる。所属不明機はPICで姿勢制御、静穂は昇降機の縁に手をかけ落下を免れた。

 なんとか胸まで身体を持ち上げ、両手で昇降機にしがみつく。その先には怒り心頭であろう所属不明機。

「へ!? なんで!?」

 銃口がこちらに向く。まずい、体勢が悪すぎる。推進器は制御しきれないと判断し全て収納してしまった。

 

 

「でかしたあっ!!」

 

 

 静穂の下方から背後を抜けて、一機が所属不明機に飛びかかった。

 その巨腕を力任せに()ち込み所属不明機を防御機構ごと壁面に押し込む。

「下に行け!」その声は聞き覚えがある。突入を指示してきた人物の声だ。「もう一機いる! そっちやれ!」

「はい!」

「急げよ!!」

「はい!!」

 必死にしがみついていた昇降機の床を撥ねのけ、更なる下方へ落ちていく。

 非常灯の明かりのみに照らされて、静穂は二機分の戦場を譲っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――所属不明機が巨腕を押し返す。自慢の拳を返されたファング・クエイク搭乗者、イーリス・コーリングはさして残念でもないかのように距離を取り、自然、上を取る。

「逃げるってのは、ないんじゃねえか?」

「…………」

「第二ラウンドだ。ブッ倒れるまで付き合ってくれよ!」

 所属不明機の搭乗者が舌打ちをする中、イーリスは気にもとめず踏み込んでいく。

 瞬時加速。様子見の左ストレート。

 対して所属不明機は防御機構を使わず回避機動で躱してきた。

 続けて本命の右。防御機構の遠隔操作兵装で受け止められた。

 続けていく、繋いでいく。コンビネーションで絶えず追い込んでいく。

 戦闘の基本の一つ。自分がやりたいことをやり、対して相手にはそれをさせない。

 それでは楽しくないのだが、と、イーリス・コーリングは務めて冷静に、職務を全うする。

 事態は火急。しかし彼女は獰猛に笑っていた。




 皆様どうぞ良いお年を。
 新年も宜しくお願い申し上げます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。