IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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78.振り回されるにも種類がある ②

 防諜や建ぺい率等の都合から重要施設を地下におくという形式は、何処の国でもそう変わらないらしい。イギリスにしてもドイツにしても、搬入の利便性を無視したように施設は下に伸びていた。

 違いは勿論、当然にある。イギリスは機体(ハード)で、ドイツは搭乗者(ソフト)の。これらの違いを静穂が邪推するに、二国間ではISに求めるものの方向性が違っていて、ドイツはそれ故に地下にISの演習場を置けなかったのだろう。

 両者の顔と呼べる機体の差異。イギリスがブルー・ティアーズで、ドイツがシュヴァルツェア・レーゲン。要は機動性と火力。自然、地下空間で爆発物など誰もが嫌がる。無理はない。

 地下に演習場を置けない以上、では何を代わりに収納するかと言えば、次点たり得るものを入れる外はなく。こうしてこの施設はISの為の敷地確保に押され、これでもかと建物内に物を押し込み、それでも足りないとばかりに下方向への拡張が続いているらしい。

 閑話休題。そのような事情からか地下三階にその空間は存在した。似た箱物に例えるならば、大学によくある広めの講義室。その階段状に並べられた席の代わりに人が入って余ある大きさの黒い卵が横倒しで均等に並べられていた。

 ベッド内蔵の生命維持装置一体型VRマシン。その中で訓練生達は日夜を仮想空間内で全世界の猛者達を相手に研鑽(ゲームでたいせん)を続けているのだと告げられ、静穂も言われるがままに装置の中へ入り、

 

 

「…………」

 無理だった。

 

 

(そりゃあまぁ、ねぇ?)

 このVRマシンそのものがこの施設の訓練生達の為に調整された代物である。となると当然、使用者側に要求されるスペックも違ってくる訳で。

 “神の目(ヴォーダン・オージェ)”前提のマシンに静穂は適応できなかったのだ。いや()()()()はどういう訳か代用できたのだが、生身のままの右目が演算処理に耐えきれないらしく、今回は大人しく見学となった。

 ……その時のシュヴァルツェ・ハーゼの、彼女達の顔が忘れられない。

(人が絶望に墜ちる瞬間を、久々に見た……)

 何故に絶望したかは知らないが。

 手渡された目薬を右目に。ともかくこうして人知れず、ただ最上段から卵の外見と中の様子が映し出される壁一面のモニターを眺めるだけで時間を潰している。部隊(ハーゼ)の面々が世界相手に縦横無尽、八面六臂の大立ち回りをしているのを見ているだけでも、まあ十分以上に面白くはある。何をそんなに必死なのかはさておき。

(……、暇だね)

 手すりに体重を預け、あくびを一つ。

 正直、手持ち無沙汰というか、持て余されている気がする。少なくともドイツに来てからはそうだった。イギリスの時は初日以降、ひたすら囲い込もうという圧が強く、セシリアのそばを離れる際はそれを顕著に感じていたのだが、

(ここではあれがない。なんで?)

 自意識過剰かもしれないが、静穂のグレイ・ラビットは現状いずれの国にも属していない、個人所有の機体の一つである。喉から手が出る程欲しがられて当然の筈だ。

 なのに、だ。なのにドイツに来てからは、イギリスであった()()がない。精々が“なんだコイツ”というような、値踏みのような、信じられないものを見るような目線を向けられる程度。それに対してはもう慣れている。

 持て余されて、圧が来ない。特に嫌という訳ではないが、事ある度に身構えている自分が馬鹿みたいで、気疲れしている節がある。

 ……だからだろうか。

「暇そうだな」

 不意に声を掛けられて、つい過敏に反応してしまった。ここに来てからは機会のなかった月下乱斧(ワン・オフ・アビリティー)を使用。最大半径で声の主から距離を取る。

「ほう、」

 軽い手品を見たような反応をされ、後から後悔がやってくる。別に危害を加えられる訳ではないのに跳んで逃げてしまった。

 それでも訓練用の迷彩服を着た男性、紹介を受けた時は(若い所長さんだ)との感想を覚えた相手は、超常現象で距離を取った静穂に対し臆す素振りも見せず、「暇なら手伝ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前の重機めいた物体と左手に取っ手を掴む米俵サイズの発電機の唸り声に挟まれ、右手には電源ケーブルの束。

 発電機は重機めいた物体に繋がれ、静穂はケーブルが引っかからないようにそれを捌いて追従する。

 (エクスハンデッド)(オペレーション)(シーカー)。絶対数が限りなく制限されるISの現状に対応して、兵器はその有り様を目まぐるしく変化させている。

 その局地としてISコアを用いないISを目標とし、その為に従来の戦闘機と全く異なる外観、言ってしまえばISを不格好にも模倣しようと努力しているこの装備なのだが、理想と現実の差は顕著だった。

 飛べない。脆い。バリアがない。稼働時間は二十分。

 そんなデッドコピーにもなれない現実(EOS)の後を、理想(IS)が追従していく。

 稼働時間二十分を延長する為の発電機は、とても人が一人では持ち上がらない重量で、そういう点でこの采配は適材適所と言えた。

 訓練用の塹壕作りである。静穂と年端の変わらぬ、もしくは体格も育ちきっていない少女達に、この作業はやはり酷と見える。EOSはかなり使い込まれ、幾度とこの塹壕を整備してきた痕が見えた。

 グレイ・ラビットの素体部分は掘り進んでいく眼前のEOSと比べると、とても小さい。ラビットで掘り進むには普通の人間サイズの道具でなければ逆効果だろう。効率的な土木作業にはある程度の重量が必要となる。その点では被固定部位(アンロック・ユニット)もなく自前のパワーアシストのみでISに勝るとも劣らぬ体積を二十分は最大稼働させられるEOSに、このように専用アタッチメントと発電機を装着させ、作業させた方が良いのだろう。

 そういえば汀組の面々でEOSを作ろうとか話題に上がったっけなぁ、と思い返していると、

『……ここの生活は退屈だろう』

 と、プライベート・チャネルが飛んできた。前方、EOSを駆る所長の男から。

『いいえ、そんな事はないです。はい』

 急ぎチャネルで返す。その言葉に嘘はない。柄にもなくバカンスのような気すらしている。何故かと言えば、

『織斑教官の鍛錬はこの程度ではないからな』

『…………』

 同感を覚えると共に驚愕した。この人もあのシゴキをご存じだとは。

(……へ? 男性で? ()()を受けた!?)

『失礼ですが、実の実は女性だったり?』

『男だよ。恥を捨てて姪っ子と同年代の女子と並んで教官から少しでも学ぼうと必死になった。同期からは笑われ、軽蔑され、妻もこれ幸いと出て行った。……妻はまあ、以前からタイミングを見計らっていた節があったが』

 ひょっとして地雷だっただろうか。織斑先生はドイツでもトラウマを製造していたのか。

『だが私が女だったら今ここにはいられないという自信がある。今頃は最前線で専用機の袖に腕を通し、昼夜問わず経験を積んでいるだろうね』

 眼前のEOSから聞こえてくる声には、確かな自信があった。

『ちなみにこの作業だが、君の部隊に対する罰則の肩代わりだ』

『肩代わり?』何故そんな事を。

『彼女達はシュヴァルツェア・ツヴァイク、ハルフォーフ大尉の専用機を掛けのチップにしていたのだ』

 静穂は絶句し、呆れはしないが(ぶっ飛んでるなぁ)という感想を抱いた。まさか専用機を賭け事に使うとは。織斑先生が聞いたら眉根に手を当てて出席簿を落とすだろう。

『売り言葉に買い言葉だったのだろう。事実、訓練を受ける全体のモチベーションを上げるには極上だったのだが、大尉の許可を得ていなかったのはいただけなかった。大尉に「よく許可したなあんな事」と聞いてみたら怒髪天を衝いた』

『バラしたの!?』

『バラした。ここだけの話、大尉の課す罰はどれも先読みが出来てしまっていけない。よってこれは彼女達に対する罪滅ぼしであり、年長者からの優しさと言える』

『えぇ……』言えるだろうか。静穂は訝しんだ。

 それは更なる懲罰が用意されるという事ではないだろうか。

 するとEOSから掘削音が止み、その巨体が静穂に向き直ろうとし、静穂は急ぎケーブルを捌いた。

『休憩しよう。バッテリーが保たない』

 そう提案する所長の目は、金色に輝いていた。

 

 

 ――機体から降り、熱を持ちすぎたバッテリーを休めながら、所長はこれまで駆っていたEOSを見上げるように眺めつつ、

「やはり課題は稼働時間だな」

「あの、その目」

 互いに目を見た。所長の目は金色に、静穂の左目はキトンブルーに双方輝いて見せる。

「ボーデヴィッヒ少佐と同じ世代の物だ。この施術を受けてから、周囲の目の色が別物に変わりだした」

 こんな風に、と所長は目の色を金青金青と変えてみせた。ブラックどころの騒ぎじゃない。

「便利なのだが同期は誰も施術を受けようとしない。便利なのだが」

「いや普通そこまで割り切れませんから」

「君は違うのか? その目は」

「これは偶々だと思いますよ?」

 丁度足りなくなったところに丁度良く収まったというか。

 所長は目線を切り、EOSの、更に向こうに焦点を向けた。

「――男にISは動かせない。なのに何故IS用インターフェイスの施術を受けたのか」

「……生き残るため? とか?」

 その回答に、所長は満足げな顔をした。

「正解だ。私は軍という枠内では落ちこぼれの分類だった。IS導入当初のボーデヴィッヒ少佐と同じようにね。だからこそ新しい物に飛びつく賭けに出て、それが功を奏した。この国でただ一人、世界最強(ブリュンヒルデ)の指導を賜った男性トレーナーとして、頭一つ抜けた出世頭となった。知っているか? 人の中には悔しい時、本当にハンカチを噛む輩がいるんだ。男でだぞ? しかも」

「えぇ……」日本の創作内でだけではないのかと驚愕する。

「ちなみに出世頭として台頭しだした時に元妻が復縁を迫ってきた。当然断ってやったのだがしつこくてな。今はやり過ぎで刑務所にいる。君はそうならないでくれ」

 そう付け加える所長の目は嘘をついてはいなかった。何を聞いているのだろう、自分は。

「それで、本題だが、」

(本題!?)

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………」目を見開いた。「あー、……」

 呼びつけたのはそっち(ドイツ)だろうにと、考えはしたがそうではなく。

 完全に、完璧に。これは彼自身の言葉なのだろうなと。

 ――静穂がイギリスに行く運びとなり、周囲の代表候補生達の母国が当人達と関係なく、ラビット目当てに騒ぎ出した。

 悪い訳でも咎められる訳でもない。学園生へのスカウトはそれこそ一年生の時点で目を光らせるというのが常である。ただ静穂が要人保護プログラムの対象者で、あろう事かISを個人所有するまでに至ったというだけで。

 自分たちが手塩にかけて育てている果実に群がる蠅程度の存在が突然に宝石と化そうものならば、手のひらを返す事それ事態は、却って当然の帰結というもので。

 要するに静穂をドイツへ呼んだのは国の意向であって、現場の人間からすれば迷惑この上ない、という事だろうか。

「邪魔ですか」

「そうでは絶対にない。貴官の能力は第一線(ハーゼ)に名を連ねるには充分だ。これはあくまで私個人の意見だ、君の将来を思えばこその」

 能力は充分、手土産もある。――では、

 

 

ここの訓練生達(かのじょら)は試験管ベビーだ」

 

 

 ――一瞬、どんな顔をすれば良いか判らなかった。

「純ドイツ人の優秀な人物、その中から更に過去六親等にわたって他民族の血が混入していない血統から生み出された、この国の先端を征くとされる人材達だ」

「いやあの、ちょ、っと待って、下さい。へ?」

「どうした」

「それ、わたしに言っちゃって平気なんですか」

「なんだ。少佐当人から聞いていなかったのか」

「それはつまりラウ(ねぇ)もそうだって事ですよね!?」

 この男は何をさらっと言ってくれるのだろうか。姉と呼ぶ事を強制してくる程度には親しい友人の秘密を、何をさらっと。

「この程度は問題にならないだろう。貴官は身内だ。今もこれからも」

 そんな括りで大丈夫だろうか。静穂の背に冷や汗が落ちる。

 日本に帰ってラウラとどんな顔をして会えば良いのだろうか。いや自分ならそれまでに取り繕える筈だ。今こそ自分の演技力を信じろ。

「事態は深刻だ」

「…………」

「全ては世界的な経済不況によって難民が流入してきた事が原因なのだろう。私は政治について講釈を垂れる程明るくはないのだが、難民汚染、遺伝子汚染などという言葉も生まれた程に、不況に伴う出生率の低下は、生粋、いや、一部国民の言う純粋なドイツ人の減少となり、決して少なくない一部の過激派に危機感を呼び込んだ。ケルンを始めとする心苦しい事件も相まって、難民による侵略行為だとして極端な選民思想に拍車をかけ、いつしか彼女達は文字通り、本当に文字通りに造り上げられた」

「――ドイツってそんなに差別強かったですっけ?」

 静穂が持つドイツ観は、中学時代に世界史の先生がよく言っていた『ドイツ人は仲良くなると“また世界大戦があったらまた同盟を組もう”と言い出す』と言っていた程度なのだが、

「その教師はなにを言っているんだ?」

 斬り捨てられた。

「この国はかつて、こんな有様ではなかったと誰かが思った。誇りがあって、名誉があったと。東西の較差を今も尚引き摺ってこそいるが、そこだけは決して譲れなかった」

 それをただ、ただ一つの括りがぶち壊した、と。

 一度汚れた河川を清流に戻すのは難しい。それを承知でこの国は、清流に戻すのではなく、清水そのものを造りだそうとしているのか。

「君は純粋な日本人か? 私も生粋のドイツ人であるという自覚と自負と誇りがある。だが、それはそう作られたからと言ったら?」

「それは()()なんじゃないですか?」

()()()。軍人となると自身で選択したその時から、その人間は軍人だ」所長は視線を、静穂から施設へ。「だが彼女達はそうではない」

 生まれる前からそうなるように望まれ、手を加えられる。

 望むまでは、普通の親でも当然の行為だろう。だがそれ以上の禁忌が、この国では行われているのかもしれない。

 親を知らず、ただ軍人と成るためだけに、冷たいであろう試験管の中から。

「国家の最先端たる人物は、遺伝子レベルで潔白でなければならない。逆説的には遺伝子さえ純粋ならば立身出世が保障される。それが今のドイツだ」

「それを織斑先生は」

「ご存知だ。下らん、と一蹴して下さった。安心したよ」

 確かに織斑先生なら鼻で笑いもせずそうするだろう。静穂も自信をもってそう思えた。

「少佐はかつて“ISをファッションの延長とする風潮”と報告に記載してきた事がある。もしかすると類似しているのかもしれない。この国が試験管ベビーを選択した事は」

 移民など関係なくドイツは高潔であると、内外へ向けたアピールの手段。

「教官の指導時も内外から圧があった。そんな現状が続いていくであろう中、貴官がこの国に来たとして、果してパイロットとしてだけの目的で迎え入れる事ができるのかどうか。万全の立場を、約束できるのかどうか」

 静穂はそこまで聞いて、疑問が湧いた。

 ……聞いて良いか悩んで、

「……ちなみに落伍(ドロップアウト)した人達っています?」

「いる」

「どうなりました?」

 対して男は懐かしむように笑った。

「毎年、芋が送られてくる。写真も。泥に塗れた満面の笑顔で」

 静穂の安堵が感じられたのか、所長も息を吐いた。

「年長として、同じドイツ軍人、ドイツ国民として、どうにかしたいと思った。全てのベビーを救える訳ではないし、止められる筈もない。だが私が行う前から、幸運と言うべきか当然と言うべきか、国は彼女達にも選択肢を、“やり直す”形ではなく“明示された”選択肢を用意してくれていた」

 そこだけはせめてもの救いだよ、と所長は断りを入れた。

 静穂はもしもを想像してみた。オーバーオールを着たラウラがえっさほいさと芋を掘っている。

(かわいい)

「――ちなみにだが、全ての過去は、無駄にはならない。無駄とするのは自分自身でだ」

 件の写真を胸ポケットから静穂に見せてくる。側で屹立するそれと似た、使い込まれた機体の前で並ぶ少女達の姿があった。

「飛べないくらいが丁度良いらしい」

EOS(これ)も兵器の分類ですよね」

「使い様だ、道具も過去も。自分の中で消化して、全て糧にしてしまえば良い」

 写真の彼女達の中に、笑っていない輩は一人もいなかった。に、してもだ。

 ――ひょっとしてこれまでは全て前置きで、織斑先生から何か言われているのではなかろうか。どうにも説教というか、慣れないお節介を賜っている気がしてきた。実際に所長も内心では“任務完了”とでも思っていそうな、肩の荷が下りたような表情をしている。

(怖いからねぇ、織斑先生)

 あの訓練を受けた過去が、絶対的な上下関係を築いているのだ……と、

 EOSから通信が回ってきたとビープ音が鳴った。

「私だ」所長が回線を開き、「教、か、!!」

(?)

 駐機されたEOSの上で所長が直立の姿勢をとる。

「繋げ。――教官! お疲れ様であります! 特別少尉でありますか? はい、いいえ。直ちに」

 手招きされて静穂もEOSに張り付く。ラビットとEOSを接触回線で同期させると、聞き慣れた声が海を越えて届いてきた。

『汀』

「織斑先生?」何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今すぐ飛べ。()()()()()()()()()()()


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