IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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77.振り回されるにも種類がある ①

 ドイツ初日にクラリッサが言った“最前線”なるものを静穂が二日程経験して抱いた感想はというと、人間、いざとなると思考の停止と順応との区別はつけられないという色々と方々を嘗めたものだった。

(だって、ねぇ?)

 こうして自分が投げた手榴弾に向かって全力疾走、有効爆発半径ギリギリで伏せる訓練を続けていればそうもなろうというのが、静穂の確立させた持論である。

 投げて、走って、伏せて、爆発。投げて、走って、伏せて、爆発。

 火薬の量を減らし調整されているとはいえ爆発物である。訓練用の緩やかな丘陵を、回数をこなし続けられたお陰でそれこそスコップを突き刺しにくくする程度には圧し固められた坂を駆け上がり、何度目かの手榴弾を投げる。

 

 

「あぇ。」

――跳ね返ってきた――

 

 

 それもそうかロクに(なら)しもされずただぽいぽいと爆発に曝されていればでこぼこだらけのイレギュラーだらけも当然でいやいやそんな場合じゃない。

 慌てて喚かず寧ろ駆け寄りラグビーボールの要領で蹴り飛ばす。

 球筋も見ず急ぎ伏せる。直後の爆風が装備の肌を乱暴に撫でつけ、有効範囲ギリギリのところまで飛んで行ったのだと余計にも教えてくる。

 身に着けた防爆装備が頼りない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 普段からシュヴァルツェア・レーゲンの主砲やら甲龍の衝撃砲やら何やらを、それこそ浴びるように受け続けて慣れたかと思えば――否、思っていたからこそ、今感じている恐怖に驚いている。

(これはまた、凄いなぁ)

 こんな訓練で毎日しこたま叩き込まれていれば、それこそラウラのような実力者もポンポンと湧いて出てくる訳で。

 自分もその辺りの水準を求められているのだろうなと、ヘルメットに降りかかる砂粒もそこそこに起き上がり、立ち上がり、思いっきりにぶん投げる。

 爆発半径ギリギリを狙い滑り込み、喉の渇きからかラテに見えてきた爆発痕の煙を投擲で突き刺した。

 煙の向こうで手榴弾が、硬い物同士がぶつかる音をさせた後に爆発。目的の標的物を粉砕したという結果だけを露わにして、どこからかブザーが鳴った。

(終了、で、良いのかな?)

 爆破した標的物の位置まで油断なく走り込み、息を整えつつ次の手榴弾の安全ピンに指をかける。

 耳のインカムから通信。『()()! 戻ってこい!』

「――Jawohl(はい)!」

 少尉と呼ばれ、念を入れ丁寧に返し、駆け足で歪な丘を下る。ピンを抜きかけた手榴弾には細心の注意を込めて。

 自分が今居る場所は、それこそ周囲は自分と同じかそれに近い年齢の少女達とはいえ、軍隊である。一時的にもその一員ならば、それ相応のきびきびとした一挙手一投足を言われずとも求められているもので。

 説明なしの前提とされる事柄が多すぎる。そんな愚痴を飲み込んで丘を下り終えると、クラリッサを始めとする眼帯の面々の顔がおかしい。

「…………えぇ、っと?」

 この目はあれだ、嘗て1組の面々が時たま自分に向けてきていた視線と一緒だ。自分が何かやらかした時によく見た覚えがある。何をやったか当人の身に覚えが一つもないのだが。

 ひょっとしてあれか。自分が今着用している防爆仕様の陸戦装備、それを着崩れでもしているのだろうか。

 そう考えて急ぎ手当たり次第に土埃を払い、ヘルメットを被り直す。

 そうしてビシッと決めて見せた静穂に対して、わなわなと震えたクラリッサが、

 

 

「本っーーーーッ当にやるヤツがあるか馬鹿者ぁあああっっ!!」

「えぇえいやいやえぇぇぇえええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――訓練所の所長室。静穂が駆け上った緩やかな丘が一望できる部屋に、二人はいた。

 それまで響いていた爆音は文字通りに鳴りを潜め、日が僅かに傾きだした頃。今日全ての訓練課程を終えた少女たちは、今頃この訓練所の自慢の一つ、食事の美味さに疲労を忘れかぶりついている事だろう。

「それで、特別少尉(かのじょ)の健康状態は」

Ja(はい)」当訓練所の所長、当然ながら上の階級である男性士官に対し、クラリッサは背筋を伸ばし回答する。「軽度の興奮状態ではあったものの目立つ外傷はなく、訓練の続行は可能との診察結果が出ております」

「……()()をまた、か」

「当人の意気は未だ軒昂です。興奮状態であった事を加味しても、再度の投入は可能かと」

「…………」

 所長はそれを聞くと所長室の自分の席に落ち着いて腰掛ける。

 そして目元を僅かに揉んで、

「なんだ。日本人には()()()()()しかいないのか」

「いえ、織斑教官の薫陶を受けていればさもありなんかと」

「担任だったか」

「教官の訓練内容は更に圧縮され研ぎ澄まされていると、隊長の定期報告書には」

「あの時以上か」

「の、ようです」

 所長は天を仰いだ。それもそうかと考える自分は、随分と彼女に染められているというべきなのだろうか。

「……教官殿は変わらんな」

 嘗て年端のいかぬ少女達と恥も外聞もなく共に並び、その訓練課程をその身に叩き込んだ、苛め抜かれた筈の自分の身が竦んでいる。否、怖いどころの騒ぎではない。自分を揶揄しにやってきた上官や同期の連中が「もういい! 分かったから!」と却って心配してくる程の、未だ思い出すたびに震えが止まらないアレが、IS学園ではバージョンアップされているとは。

「大尉。寒くならないか」

「強く同感であります」

 互いに自分の肩を摩る。よくもまあ全員無事に生き残れたものだ。アレのおかげで自分もハルフォーフ大尉も今の地位にいる訳だが、もう一度という人間は、現地のボーデヴィッヒ少佐以外にはいないだろう。

 ……それにしても手榴弾はやりすぎでは?

「日本の学術書(マンガ)を参考にいたしました。本当に実行し、完遂するとは思いませんでしたが」

 と眼前の大尉はさもしてやったりと胸を張る。そうか、ならば間違いはないなと所長は頷いた。やはり日本がどこかおかしいのだ、そんな発想が民間の書物からポンポンと探せば出てくるという時点で。

 それともISを使わず爆発に近寄れという、思考能力を試す命令を額面通りに受け取り、即座に手許のそれを投げた特別少尉が特別なのだろうか。学術書はフェイクとして。

 ――閑話休題、閑話休題。

「大尉。それでだ」所長は話を本題に。「このまま進めても問題はないか」

「寧ろ進めなければならないかと」

「ひょっとしてアレが原因か」

「はい。他ならぬ」

「としか思えない。思いたくもないが」

 背筋に氷が走ったように、互いに同時に身を震わせた。同じ釜の飯を食っただけの事はある。思い、というか思考の行きつく結論は一つ。

「教官は、手加減などはなされないだろうな」

「少佐からは、更に苛烈に研ぎ澄まされていると」

 これは必要だ。軌道修正というか何というか、色々と早めに伝えておく必要がありそうだ。本人が気づいてから教わってでとは印象がまるで違うものが、この国にはとても多い。

 何より不憫でならなかった。旧式とはいえ同じ地獄を味わった者同士故の共感(シンパシー)が、彼女に光をと訴えてくる。

「大尉。前倒すぞ」

「寧ろ、で、ありますか」

「ああ。アメとムチではないが、ドイツが地獄以上教官未満で更には爆発物に子供達を突っ込ませる中途半端な国と思われるだけならまだマシだが、無為に探られ知られたままで帰られてはならない」

 立ち上がる。互いの意思を共有する。

「――()()。正々堂々、誠実にだ」

「――ああ。任された」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――狂信者(カミカゼ・ヤーパン)。自分はそう呼ばれているらしい。

「仕方はないんじゃない?」

「うへぇ」

 眼前に山盛りで積まれたポテトとソーセージその他諸々の野菜達を一部隊、シュヴァルツェ・ハーゼ総出で崩しにかかりながら、体験入隊中の汀 静穂特別少尉は呻いて見せた。

 軍隊という生き物は文字通り肉体労働の極致であり、それ故に消費される食糧も多量となり兵站と補給部隊が何よりも重要視される訳だが、近年に世界の軍隊事情では消費量が寧ろ減少傾向にあるという倒錯具合を見せている。

 理由としては軍備が全面的に縮小傾向にある事と、男女比、要するに女性がその割合を増やしてきた事にある。

 女性の食事量がその内情なのだが、男性に比べて自主的・意識的に量を減らしている傾向があった。軍隊に籍を置いておきながら何を呑気な、とは口が裂けても言ってはいけない。彼女達にとって体重とは切実なものである。それは今を生きる軍人であれば尚の事だった。

 

 

――ISに乗るには体重が軽い方が良い――

 

 

 ……勿論、学術的な確証は得られていない風説である。念の為。

 だがそんな都市伝説レベルのそれに世の中の半分近くが未だ踊らされているのが現状である。確かに戦闘機に至るまで飛行機を駆る者に体重制限が課されているというのはさも当然の話であり、ISも人が搭乗し飛行するという性質上、飛行機と同じその手の制限が適用されたとしても何らおかしくはない。女性と体重は切っては切れず世界的な女尊男卑の流行りもそれを加速させていた。

 病的なウエストを手に入れる為に躍起になって、その文字通りに身を崩す。そんなニュースが珍しさを失った昨今だが、要するに何を言いたいかと言えば。

 

 

 ……この部隊、そんなもの気にせずにまあ食べる食べる。

 

 

 外見こそ女子だがその実は男子の静穂をおいて、全く引けを取らないジャガイモの摂取量だった。

 要するに食べた分だけ運動すれば良いのだ。それを体現し証明しているのが彼女達シュヴァルツェ・ハーゼ、ドイツのIS事情における最前線に位置する面々である。

 全員がトレードマークの眼帯を装着している中、周囲は皆ゲルマン系の中に、同じ眼帯をしているとは言っても一人、日系人が混ざっていればそれは目立つというものだが、それ以上に部隊全員の食べっぷりがその違和感を埋めていた。最早眼帯集団の周りだけがジ○リの食事風景である。

「そりゅあね、あーまえ、あんまいめ、」

「しゃへれてなふぁえええぁ」

『いや少尉も喋れてない』

 そうツッコミつつ静穂も少女も他の面々も、目の前の山を取り分ける手を止めない。互いの空腹具合を理解しているからこそ、手と口だけは止められない。

 座学でこれでもかと知識を詰め込み、演習場で地獄を垣間見る程駆けずり回った。

 全員が同じ訓練を受けている訳で、空腹具合も全員が同じな筈で。

 眼前の山が全員分とすると、それでも満たされない可能性があれば、自ずと階級やら年功序列やらの上下関係なしに食べるしかない。肉体労働を課された年頃の子供達は、空腹で枕を濡らすわけにはいかないのだ。

 それでも何とか間隙を見つけ、「少尉はあれは、危ないよ」

「ISがあれば平気でしょ」

「じゃああの時は使ってた? 少尉は?」

「…………」そう言われ静穂は極太のソーセージを齧りながら、「え、大尉は使うなって言ってたよね?」

『あっぶな! あっぶな!!』

 向かいの女子が身を乗り出してくる。「それは狂信者(カミカゼ・ヤーパン)も致し方なしですよ! 何考えてんですか全く!」

 言いながらもこちら側の大きめなソーセージを突き刺して持っていくあたり、彼女もしたたかというか、ちゃっかりしている。

「何がいい?」

「いや違いますから」自分の取り皿にこれでもかと温野菜を盛る彼女は何故か懐かし気に、「隊長とは違う振り回しっぷりね……」

 何気に失礼な事を言われている。自分は初対面の相手に平手打ちはしない。

 そう言いたいがそれも一緒に飲み込んで、静穂はポテトとソーセージの山を切り崩す。

「ねえ。負けてんじゃない?」

「いやホント無理勝てないって。ペース早いホント無理」

 空腹の絶頂期にいる彼女達でも、静穂の腹具合にはまだ勝てないらしい。

「にしてもねぇ」

「少尉?」

「レーションじゃないのだねぇ」

「まだ言ってる」

 初日の食事がその手の戦闘糧食でない事をつい口にしてしまい周囲に笑われて以降というもの、静穂は食事の度、中一回くらいを挟んでは自分からそれをぶり返している。

 一度の恥も繰り返せばネタになり、更に続ければ鬱陶しくなる。

 そろそろやめ時だろうと、静穂はこれで最後にすればいい塩梅だろうと考える。当人は優越感よりもまだ空腹感に苛まれている。各国軍隊の食事情、味の良し悪しを静穂は細部まで知る訳ではないが、こうしてポテトの調理だけでも数種類が山で盛られるというのは、やはり他所ではないのだろう。

「そんなに期待してたんですか? 言っときますけどここより美味しい処ないですよ? どの訓練所もレーションも」

「期待ってさ、いい意味で裏切られてもがっかりするものなんだよ」

「どんな経験してんですか、少尉は」

 遠いというかさめざめというか、何か言おうとして呑み込んだような目線を取り皿に向ける静穂に、隣だけでなくテーブルを囲む眼帯少女達はただポテトやソーセージを頬張るしかなかった。

 ――そんな中、少女達の内一人、温野菜を一手に引き受けていた少女が口を挟む。「とにかく食べきりましょう。明日からシミュレーターだし、気合を入れ直さないと」

「ああ、うん……」

「ホントにね……」

 一斉に頭を抱えだした。「?」何も知らない静穂だけが黙々と、周囲の手が止まり落ちだした消費のペースを一人で維持し続けた。

 


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