IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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推薦文をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。


64.騎兵隊の推参 ②

 ――第二次世界大戦以後、近代化による戦争の形態変化傾向は一貫していたと言って良い。20世紀末、21世紀初頭にそれは完成されていたとされる程には。

 

 

――遠距離からの狙撃と機動性の向上――

 

 

 超遠距離からの一方的な攻撃と、それを真横に回避する為の旋回能力。弾道ミサイル、高速滑空弾頭、対してコブラやフックなどの空戦機動。

 如何にして敵よりも早くその位置を把握し、一撃必殺の先制攻撃を遠距離からたたき込む。それが費用のかさみ、利益よりも装備が膨れ、損失の方が大きく上回った近現代戦闘ではこれが常識となっていった。勿論、これらはISの出現より以前の事である。

 高い機動性と汎用性を兼ね備え、ハイパーセンサーは真昼の地上から星を眺める事を可能とさせ長大な射程の礎となる。女性以外に扱えないという()()()()()を補って余りある利点を備えた存在であるISだが、使う人間の意識が変わらない以上、戦争の写真こそ変われどその原則が変わる事はなかった。実際に国家間でISを用いた戦争が行われ、運用実績の蓄積がない限り、それが変わる事はないだろう。

 

 

 ――ではISのパッケージがその原則(ドクトリン)に対して反抗するかのように大艦巨砲主義、あるいはその特性を殺すようなものが存在し、今も開発され続けているのは何故か。

 

 

 いや大艦巨砲主義自体は問題ない。遠距離からの大火力という点のみは現代に即しているとも無理矢理に言える。時代はそれから空母へと移り変わろうとしているが、ISという新たな航空兵器のサイズを考えれば必要なのはカタパルトより防御力なのかもしれない。

 ――そもそもインフィニット・ストラトスという存在においてパッケージとは何か。

 所詮は後付装備(イコライザ)の発展、ゲームでいう組み合わせて効果を発揮させる装備であると言う者もいる。後付装備のような多岐に渡る組み合わせの選択肢をその容量で制限し、汎用性、異なる搭乗者に同じ結果・成果をもたらすものと唱える者もいる。

 ……あるいは拘束具とも。

 有名所ではラファール・リヴァイヴのクアッド・ファランクスだろうか。あれは一種の極致だ。支持脚を増やしてまで搭載した四門の25mm7連砲身ガトリング砲はISの特性をその火力を支える為だけに費やさせ、本来の特性である能力、つまり飛ぶ事を封じてまで一つの成果を追い求めた。その結果、一つの到達点があの姿である。

 異様、とは当時誰も言わなかった。発表時期が第二世代黎明期、パッケージという概念もまだ曖昧だった頃というのもあるが。

 誰もがISの様々な有用性を声高に主張しておきながら、誰もが従来よりの観念に縛られ、観念を捨てきれない者達が現行の、過去の、()()()にISを落とし込もうとしていた。

 それどころかIS発表のよりそれ以前、完成されたドクトリンより以前の、過去の成功例・ノウハウを流用・発展させISに落とし込んだパッケージもまた開発・実用化されている。それが許されているのは、要するにISに表だっての戦争経験がない事と、その思想を提唱しているのが男達、有史以前より闘争に身を投じ、その経験と原則を遺伝子に刻み続けてきた者達だからだろう。それを採用する側も又、同じ理由だろう。

 いつの時代になろうと、女尊男卑の風潮になろうと、要所において決定権を未だ持つ、膨大なノウハウを蓄積してきた男達。

 彼らが持つ過去の栄光と成功体験、そしてその思想は、第三世代機の開発が本格化した現在になっても、一部が姿を変えず色濃く残り、受け継がれていた。

 

 

――パンツァー・カノニーア――

 

 

 シュヴァルツェア・レーゲン系列機用専用機能特化パッケージ(オートクチュール)。かつてのティーガー戦車がもたらした畏怖と栄光を再度夢見たような巨砲(レールガン)が、福音と静穂を爆炎に追い込んだ。

「――、ふむ」ラウラは次弾を装填、即座に発射する。

『ふむ、じゃない!』通信で苦情が飛んでくる。『アンタ何やってんの!?』

「作戦通りだろう」着弾を確認。今度は福音に直撃した。

『そういう問題じゃないよ!』

『あの片方は静穂さんかもしれませんのよ!?』

「それがどうした」

『どうしたって、お前……!』

 

 

義妹(いもうと)があの程度で墜ちるか?」

 

 

『…………』全員が黙り込む。

「――そういう事だ」

 次弾を装填。再照準にかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーー!」

 撃たれた。二発も。炸裂弾頭でだ。

 吸い込んでしまった煙を吐きながら、静穂は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と両腕を掴み合ったまま爆煙から飛び出した。

(この装甲! 爆発に弱い!?)

 こんな状況で知りたくなかった。硬化しきれず爆風で千切れた装甲の一部が飛沫のように散り、大気中に霧散していく。

 計器のジャイロが野球の変化球がごとくのたうち回る。静穂は僅かに消費した装甲を補填しながら、ハイパーセンサーの望遠機能で自分を狙撃した正体を垣間見た。

「何あれぇ!?」驚愕した。いつも見ていたレーゲンとは異なり長大な、バリアバスターを超える長さの砲身が二門、その両肩に備え付けられ、装甲板が周囲を覆い、ここからではパッケージの中にレーゲンが埋まっているようにすら見える。

 レーゲンが瞬いた。

「またぁ!?」

 二門それぞれから砲弾が放たれる。音速の壁を優に突き破る二発の弾頭を、福音と掴み合ったままの静穂がどうして避けられるだろうか。

 舌を噛まないように歯を食いしばる。直後に直撃、弾頭が爆発する。

 脳が揺れる。右腕が放れ、福音が逃げようと推進器を噴かす。

『離すなシズッ!!』

「!?」

 突然の通信に静穂は反応した。残る左手に力を込め、空いた右手でも極めた福音の右腕を引っ掴む。

 海が爆発した。そこから飛び出したのは二つの赤。

 紅椿と甲龍。甲龍が紅椿の背を蹴って飛び出し、パッケージを起動した。

 

 

――崩山――

 

 

 通常二門の龍咆が四門に倍増、本来ならば不可視である筈の弾丸が炎を纏い、

「吹っ飛べ!」

「わたしもぉ!?」

 発射される。狙いは当然、静穂ごと。

 だがそれが彼女達の狙いなのだろうと、静穂はその役目に殉ずるかのごとくその腕を放さなかった。

 崩山の火球が拡散、カノニーアにも引けを取らない爆発を生み出し、静穂と福音を弾き飛ばす。

 流石に今度は耐えきれなかった。

「…………!」

 目の中で火花がチラつき極めていた腕を完全に手放した。PICもその瞬間は忘れ、慣性のままに投げ出される。

 静穂が放心するをよそに福音が復帰。その身を立て直した福音が無防備な静穂に向けて銀の鐘(シルバー・ベル)を振りかぶり――

「させないよ!」

「ですわね!」

 ――それが放たれる直前、福音の脳天を一条の光が射し込むように打ち据えた。

 セシリアである。上空からの突撃を敢行した彼女は、福音と静穂の間をすり抜けるように下へ飛んでいく。交差の風圧で静穂を弾き出した。

 ストライク・ガンナー・パッケージ。普段使いの子機(ティアーズ)を全て推進に回し、銃身2メートルの光学ライフルを構えて進む様は、通常時に扱っている第三世代兵装に悩まされない分格段に動きが良く、普段よりも優雅に見える。

 ――セシリアがすんでの所で押し止めた銀の鐘がタイミングを逃して発砲される。

「言ったよね、させないって」

「ちょっ――」

 その間隙に橙色が割り込んだ。シャルルは手足を投げ出した静穂を片腕に抱き寄せ、増設された追加防楯を起動する。

 その数は四。装甲板式2枚、エネルギー式2枚をラファールに追加するガーデン・カーテンが、光弾を悉く拒絶する。

「篠ノ之さん!」

「っああ!」

 防楯を構えたラファールの背後から紅椿が飛び出した。両の手に握られたのは当然、自己の為に鍛えられた二振りの刃。

 力任せではない。だが流麗とも言えない。

 これまでを振り切るようにその二刀が紅椿の背後に消え、直後唐竹に切り伏せた。シャルルの眼前で振り下ろされた二刀は福音を下方に追いやる。防御体勢だったのか迎撃の動作だったのか、頭部に備え付けられた二枚の翼、銀の鐘で斬撃を受けるに至った福音は紅椿から逃げるように距離を取る。

 箒の紅椿が後を追う。セシリアとブルー・ティアーズもそれに続く。

 シャルルが独りごちる。「これだけやって、まだ互角か……」

「……シャルルくん」

 え? とシャルルが首を傾げる。

「ちょっと近い」

「確かに近いわね」いつの間にか寄ってきた鈴がにやけた顔で言う。

「え? え?」

 言われてシャルルは気づく。……二人の顔が近い。

「うわっごめん!」

 そういって急ぎ放れようとするがそうはいかない。なにしろお姫様抱っこの形で腕の中に抱き留めているのはシャルル自身の方な訳で、更にはガーデン・カーテンが揺り籠の様に周囲を覆っている訳で。

 静穂の頭が防楯にぶつかった。

「痛いっ!」

「静穂!?」

「何やってんのよ……」

 鈴に呆れられてシャルルは赤面、静穂は頭を抱えるように押さえる。

「――にしてもねえ」

「?」

 鈴はカーテンを乗り越え静穂の頭を抱える腕、肘の辺りを押し開く様に顔を覗き込む。

「アンタ左目どうなってんのよ」

「? よく見えるよ?」

「そうじゃなくて」

「本当に静穂なんだね……」

 何を以てそう思ったのか。不愉快ではないが不可解ではある。というか抱き留めておいて敵だった(違った)らどうするつもりだったのか。

「この距離で崩山」

「ぐ、灰色の鱗殻(グレー・スケール)?」

「……月下乱斧で逃げてやる」

 シャルルはともかく鈴はやる。絶対にやる。受けたばかりの前科がある。

「で? それがアンタの機体?」鈴が溜息交じりに言い出す。「正直いつもの格好に推進器付けてはしゃいでるようにしかみえないんだけど」

「酷っ。これでも対弾性能は高いんだけど」

「武器は?」

「素手」

「欠陥機じゃない」

「銃の一丁もなし!?」とシャルル。

「シャルルくんハンドガン貸して」

拡張領域(バススロット)に入れてたかな……」

 シャルルがコンソールを呼び出し拡張領域の中を探り始める。

『いい加減に手伝え!』

『わたくし達だけに任せないで下さいな!?』

 何か言われたので見てみれば、生半には到底縋りつけもしないドッグファイトが繰り広げられていた。

『義妹よ』ラウラから通信。

「義妹じゃないから。何?」

『詳しい経緯は後で聞く。鈴音を連れてセシリアと箒に合流しろ。一撃はこちら達に任せ貴様は攪乱だ、ペースを奪え』

 運転手と車掌のようなものだろうか。機動と攻撃、それを聞いた鈴はもう既に静穂の傍で準備を進めている。

 まあこの話、拒否する事に意味はない。パワーアシスト込みとはいえ素手でしかない自分の打撃力などパッケージの武装と比べるまでもなく。

「わかった」

『ああ、それと』

「?」

『次からは避けていいぞ』

「…………」

 やはり自分ごと狙ったか。

「泣いて良い?」

「げ、元気出して?」顔を覆い出す静穂をシャルルがなだめ出す。「ほらハンドガンあったから! ね!?」

「赤ちゃんのガラガラ扱いなの?」自分で言いながらも気を取り直した静穂はハンドガンを手渡されるとしっかりと手順を踏みだした。

 弾倉を確認して銃把(グリップ)にもどし、遊底(スライド)を引いて安全装置を解除、念の為蹴出器(イジェクター)から銃身内部に異物が無いかを目視で確認すると、

 

 

――シャルルの首に腕を回した――

 

 

「ちょっと!?」

「おやおや」

 驚愕と揶揄も上の空に回した片腕で身体を開いた状態のまま保持。傍から見ると静穂が自分から抱かれに行ったようにも見えるが本人は思いもしてない。

「近い! 近い!」

 シャルルが耳元で叫んでいる。何がだろうか、距離かな? ならば問題は風向きだけだ。

 照準装置を手早く起動、これまでのような警告はなく、発砲した先の福音に吸い込まれるように当ててくれる。

 銃口が福音を追う。瞬く間に弾倉を使い切り、両腕と顔でシャルルの頭を挟んだところで()()の方に限界がきた。

「うわぁあ!」

 あろう事かシャルルは静穂を虚空に放り投げた。

「――結構外したなぁ」

 意にも介さず回転もせず、放り投げられるままに再装填を確認した静穂は空いた手の方で鈴の手を掴む。

「じゃあ行こうかお鈴」

「アンタ、たまに大胆よね」

「?」

 気心も本来の性別も知れている相手に何を今更。

「シャルルはあのままでいいの?」

 目線を彼女に向ければ赤面で湯気が立ちそうな程にのぼせ上がっている。

「痛かったんだよねぇ、頭」ちょっとした“お返し”である。ちょっと時間が経てば彼女も再起動するだろう。

「……ひょっとしてあたしにも?」

「何にしようかなぁ」

「やったら倍返しだから」

「すいません」

 何故自分が謝るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、シュヴァルツェア・レーゲン、紅椿まで」

「専用機持ち共が勢揃いという訳か。ボーデヴィッヒ」

 いやこの場には後二機が足りないのだがそれはともかく。

 司令室の千冬は溜息を吐いた。問題は当然、この連中に出撃許可を出していないという点だ。山田先生が機体の名を挙げていくのはそこに傷病者が居ない事を確認したいのだろう。一番の傷病者だった筈の輩が元気に飛び回っているのはともかくとして。

『教官。お叱りは後ほど』

「織斑先生、だ」

『失礼しました。織斑先生』

「――必要なものはあるか」

「織斑先生!?」

 山田先生が驚愕といった声を上げる。千冬はそれを宥めボーデヴィッヒに先を促した。

『義妹、いえ、汀 静穂の機体性能を』

「――詳しくはまだ把握していない。単一仕様能力は短距離空間転移。それ由来の機動性はあるが武装はない」

「そんな事はないよちーちゃん! ラビットパンチは30トン! ラビットキックは90トンむぐむぐ!!」

 束の口を鼻ごと塞ぐ。「だそうだ。馬力はあるらしい。巧く使え」

『交戦の許可をいただけるので?』

 どの口がそれを言うのか。

「覚悟はしておけ」

 一方的に通信を切らせる。司令室は静寂に包まれるという訳ではなく、機器の稼働音と他の教員の殺した息づかいが残っている。

「織斑先生……」

「――言わないで下さい、山田先生」

 山田先生の言いたい事は理解しているつもりだ。

 ……そう、子供達をあの場に出させてしまった時点で自分達の負けなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 華鬘草(ケマンソウ)、三重螺旋、曼珠沙華。

 紅と銀、そして青。更にはカノニーアの爆風も相まって三色が互いに絡み合うような軌道と線描を空に残しながら高速戦闘を展開していく。

(綺麗だなぁ)

 ここに灰色、自分が混ざって良いのかと悩む位には。

 だがそれではこの場にいる意味はない。ラビットを駆る資格もないだろう。資格なしと烙印を押されるのは困る、色々と。

 崩山を装備した甲龍に搭乗した鈴の腕を掴んで三色の戦いに身を投じようと接近する。

「ちょ、速っ!」

 鈴の腕を引いている。鈴が少し引いている。自分の今の重量を踏まえた上での言動だろうか。いつだったか練習機でしがみつかれた時よりも今の甲龍は重量がある。重さの話なので口には出さないが。また撃たれては面倒だ、避けていいとはいえ。

 この機体(ラビット)、武装はともかく馬力(トルク)はあるようで何よりだ。こうして腕を引くだけでもちょっとした意趣返しになるのだから。

「お鈴! どうして欲しい!?」

「ブン投げて!」

「どうなっても知らないよ!?」

「力一杯やんなさい! 微調整はこっちでやるわ!!」

「あぁもう!」

 言われた通りにすると決めた。静穂は鈴の腕を跳ね上げる。

「な――」

 鈴が息を呑む。不意に跳ね上げられ仰け反った鈴の両足を抱えるように掴み、静穂は自分を軸に横回転。

「よくもわたしごと撃ったなぁっ!!」

 ジャイアントスイング。怨嗟を込めて放り投げた。三機が絡み合うように戦闘をなす中をこじ開けて、PICで弾道を調整した鈴が福音に体当たりを直撃させる。

「つまんない事をイチイチ愚痴るんじゃないわよ!」

 ビリヤードのように激突する二機。鈴は体勢を立て直すよりも先に崩山を起動させ、無防備な福音の背中に衝撃弾を直撃させた。

「だから言っただろう根に持つと!」箒が空裂を数度振る。三日月状の光刃を飛翔させて福音を誘導。

「わたくしは反対しましたわ!」セシリアが間隙を狙い撃つ。回避機動を予測した光学ライフルの狙撃に当てるという意思はなく、「静穂さん!」

 光刃を跳躍、狙撃をスウェーで掻い潜り静穂が肉薄する。

「本当なんだか怪しいなぁ……!」

 右の拳を大きく引き絞る。

「ラビットパンチは30トン!」

 パワーアシスト込みの一撃が胸部装甲を叩く。打擲した箇所が僅かにへこみ、福音の動作が一時、完全に停止する。

 月下乱斧。福音の頭上へ。

 伸ばした右腕とは対極に左腕は引き手。既に用意は出来ていた。

「鉄槌ラビットパぁンチッ!!」

 下段突き。脳天に打ち下ろす。強かな音を立てて福音が少し沈む。

『避けろ』

「!」

 一応の警告はしてくれるらしい。月下乱斧を連続使用。合計30メートルを三度、三瞬の跳躍で放れた直後に福音が爆風に呑まれた。パンツァー・カノニーアの超遠距離狙撃。

『ふむ、通信の分だけ福音に逃げる時間を与えるか』

 爆風から銀の鐘を撒き散らし福音が飛び出してきた。飛行しつつの全方位射撃に専用機持ち達は千々に分かれ回避する。

『義妹よ、次からは何も言わん。避けて見せろ』

「義妹じゃないって何度言えば――、」迫り来る光弾を流体装甲で屈折、あらぬ方向に受け流しつつ静穂は叫んだ。「ボーデヴィッヒさんてそんな性格(キャラ)だっけ!?」

『他人行儀だな義妹よ。親しみを込めてラウ(ねえ)と呼んでも良いのだぞ?』

「ホントに何なのねぇ!?」

『今日の私は気分がいい』

「それだけの理由!?」

『呼ばなければ撃つ』

「譲れない一線ってあるよね!」

『それなら束さんの事は束姉(たばねぇ)って呼ぶといいよタバネだけに!』

「脈絡ぅ!」

『呼ばないと機能停止しちゃうぞ!?』

「撃たれるよりもタチが悪い!?」

『さあレッツコールミーうわあぁぁ!!』

「通信の裏側でやられた!? 束さぁん!?」

「真面目にやんなさいよ!!」赤二色の内の鈴からツッコまれる。「ラウラよりアンタのキャラがおかしくなってんじゃないの!」

「仕方ないんだよ色々と!」自分でも気分の高揚を自覚している。それでも今の自分を止められない。

 楽しいというより心地よい、まるで一体感と多幸感。今止めてしまったらこれはもう、二度と感じられなさそうで。

 それが少し怖かった。そろそろ止めた方がいい気もするが。

 申し訳とばかりにハンドガンを連射、遊底が引かれたまま戻らなくなる。「シャルルくん弾が切れた!」

「その弾はもうないよ!」シャルルが返す。彼女は鈴の楯になっていた。「他のならまだ!」

「じゃあ大丈夫!」弾切れのハンドガンを投げて返す。「飛んでちゃ撃っても当たらない!」

 ハンドガン以外での話だ。静穂は未だ、飛びながらの射撃が巧くいかない。

 このままシャルルの後付装備を借りたとして、セシリアのティアーズや鈴の龍咆のような決定力には及ばないだろう。所詮は付け焼き刃だ。

 やはり初期装備(プリセット)の存在は重要だ。ラビットにあるのは推進器の予備がいくつか、それだけしかない。後付装備としてバリアクラッカーが最も威力があるが、あれは永富に預けっぱなしだ。この際言ってしまえばパッケージのある皆が羨ましい。なんだあれは格好良い。おもちゃが出たら発売日に買って即座に部屋に飾る自信がある。

 ――さっさと切り替えていく。ない物はない。初期も後付も一切がなく、パワーアシストしかないのであれば、ラウラに言われた通り跳んで、殴って、掻き回す、それ以外にやりようはないのだ。

 決めてしまえばあとは早く、推進器にエネルギーを注ぎ込む。何とはなしに増速し、福音と併行する。

(赤くも青くも綺麗な色でもないけれども)

 暫しもう一度、自分に付き合って貰おう。

 併行し、時折に線が重なって、大きく弾き、放れ、また近づいていく。

 銀と灰色、双方の腕が、貫手と掌底・正拳が、互いの腕を弾き、逸らし、受け止められて引っこ抜く。

 流体装甲が僅かに散り、福音の肌で火花が閃いた。

(ラビットキックは90トン――!)

「せぇいっ!」

 不意に空いた隙間、至近距離にしては腕が届きにくい微妙な空間を、静穂は待ってましたとばかりに蹴り技で埋めた。

 右の中段回し蹴り。通常ならば大まかに脇腹から腰骨上部に掛けてのどこかを狙われる一撃は、静穂が膝まで履いた装甲故にその範囲六割をミシリと埋めた。だがその足を福音に抱えるように押さえ込まれる。

 身体を捩る、右回転で。極められた右足を捻って脱出、装甲を拡張領域に仕舞った左足で福音の首を狙い打つ、左の延髄蹴り。

 ――ロックオンアラート。二方向から。

「!?」

 月下乱斧で即座に逃げる。直後、崩山とカノニーアの爆発。

 足下からセシリアが静穂をかっ攫い、直後に鈴が崩山を発射した。

「師匠!」

「仕切り直します!」

 セシリアは福音の周囲を大きく迂回、その間に静穂は息を整える。

 疲れているがまだ行ける。セシリアはそれを見越しての行動だろう、こちらを見て微笑んでいる。戦闘に関して師に隠し事はあまりできないようだ。

 だがそれよりも。

「何でわたしを狙った二人して!?」

『ビーコン役だ。殴らせるだけは惜しい』

「直で狙っても当たんないのよ!」

「もう嫌だ! 助けて誰か!」

「これが専用機持ちの戦闘か……」

「箒ちゃん真に受けないで! 皆が酷いだけだから!」

 だが有効ではあるようで、爆煙から飛び出した福音には炸裂弾頭と衝撃弾を受けた様子が見て取れる。

 福音が銀の鐘を全方位に放つ。シャルルは箒を防楯で庇い、鈴とセシリアは静穂を盾にやり過ごす。

「撃たせ続けるのはまずい!」シャルルが叫んだ。「あんなの何度も避けきれないよ!」

『作戦は変わらん。義妹を前衛に据える。各機、義妹に照準を集中だ。飛び道具のキラーパスをくれてやれ』

「分かっちゃいたけどこんな役ぅ!?」

「今度酢豚作ったげる」

「確かチェルシーの作ったファッジがまだ残ってましたわね」

『ハリボー全種類』

「え、えと、トゥルト・フロマ-ジュなんてどうかな? お取り寄せだけど」

「酢豚はちゃんと二種類だからね!? パイナップルありなしで!」

「それでいいのかお前……」

 箒が呆れているが仕方ない。こうでもしないと乗り切れないのだ、やる気と重圧という意味で。

 押しつぶされないように必死なのだ。敵と切り結ぶのは自分のみ、味方の筈が援護射撃は自分に向かってくるという、味方由来の理不尽な恐怖から。

「……やってやる。そう簡単に死ねないよ」

 少しの涙目で呟くこれが本心である。それ以外はないったらない。

「行きますわよ!」

「――どうぞ!」

 腕同士で二人を繋ぐ。飛行の軸はそのままに螺子を回すように横回転、フィギュアスケートのペアが如くセシリアの空いた腕が静穂の腰に伸び、遠心力を付けて福音へ放った。師は弟子と違い投げ方も優雅だ。

 遠心力に瞬時加速を加えたレッグラリアートが福音を蹴り抜いた。

 まともに首元で受けた福音が逆上がりのように三回転。通り過ぎた静穂はシャルルと合流――否。

「返すよ静穂!」

「へぇっ!?」

 ラファールの物理防楯、二枚が静穂の脚部装甲を受け止め、

「こ――のぉっ!!」

 レシーブのように弾き返した。

「返すってこういう事ぉ!?」

 来た道を戻るように福音へ迫る。何か彼女に悪い事をしただろうか。身に覚えがまるでない。

「は、反転ラビットキック!?」

 身を縮め、即座に伸ばして飛び蹴りの体勢に。福音の背中に脚部を突き込んだ。

 ラビットの推進器が飛沫を上げる。悲鳴も上がる。

 それでもしっかりと役目を果たそうとするのは、(ひとえ)に静穂が故だろうか。

 静穂の右正拳から始まり福音が貫手を放ち、静穂はそれを肩で受ける。弾力を持った流体装甲が衝撃により半ばで硬質化。打撃を完全に無効化した。

 打撃戦、近接格闘。奇しくも同じ、頭部に翼を頂いた両機が位置を変え、攻守を換え、僚機を時に置き去りにして、互いが互いを御しに掛かる。

未確認機(アンノウン)よりもやりにくい!)

 地面がないだけでこうも勝手が違うのか。踏み込めない事が打撃力の低下と焦りを誘う。

 手が肘を掴み合いパワーアシストがせめぎ合う。超至近距離で福音が銀の鐘を指向発射。

 流体装甲の上を銀弾が奔る。さながら花火のように銀弾が散り、ラビットの表面に僅かな熱と圧力を残していく。

「っ!」

 掴んでいる腕を揺さぶり、引き寄せる。引き付けた水月に膝を突き込んだ。

「こぉ、ん、のぉ!」膝蹴りが続く。福音が嫌がり足を出してくる。どちらが足を踏むかといったような、不格好なダンスが始まった。

「静穂さん!」身を案じてかセシリアが呼んでくる。

「いつでも!」セシリアの位置を確認、そちらに対して福音を向けた。

 ブルー・ティアーズから狙撃が飛ぶ。福音の背中に受けさせた。

 ロックオンアラートに従い月下乱斧で二方向からの砲撃を逃げ、自分からその中に突入して福音を殴る。

 まだ晴れぬ爆煙の中に刀が突き込まれた。

(箒ちゃん!?)

 刀の打突がエネルギーを纏いその数を増やす。雨月による至近射撃。

 静穂が跳んで避け、福音が銀の鐘で相殺する。

 ラウラが叫んだ。『箒!』

「シールド残量はまだある! やらせてくれ!」

『そうじゃない! 事前に言え! 撃つぞ!』

「箒ちゃん足出して!」

 言われるがままに箒が足を伸ばしその装甲、靴底を静穂が蹴り飛ばした。

 紅椿を離脱させ静穂が火の中に消える。

「すまん!」

「大丈夫!」謝罪の返しもそこそこに、月下乱斧で一端距離を取った。

 シールド残量はまだ練習機の最大値を優に上回り、意気と共にまだ戦える状態ではある。

 とはいえこの消費具合では心許ないのも事実。零落白夜程ではないが月下乱斧にもシールドを消費する。比較対象が間違っている気もする較差だが、他にないのだから仕方ない。

 再度福音と接触。肝臓に強かな蹴りを見舞われる。

「ぎぃ……っ」

 動きが鈍る。被害が増える。集中が明らかに切れてきた。

 自身の身を案ずる声が届いてくる。うるさい。それより一発でも多く撃ってほしい。

「そうすりゃいいのよこういう時は!」

 警告音が鳴り響く。それは後方、甲龍から。

「耐えなさいよ!?」

「っ早く!」

 崩山が起動。四門の龍砲が衝撃弾に炎を纏わせて発射。福音ごと静穂を吹き飛ばした。

 二機が吹き飛ばされ、投げ出される。

「静穂!」

「――っ!」シャルルの声に静穂の心臓が跳ね起きる。「()()()()!」

 瞬時加速。()()()()()()()()()

 ラファールのガーデン・カーテンに直撃した。

 ラファールが力を溜める。シャルルが苦悶の声を漏らし、「――このぉっ!!」――跳ね上げた。

 再度の反転、ラビットキック。セシリアが足止めしてくれていた福音に激突、その攻勢を削ぎ落とす。

「箒ちゃん!」

「ああ!!」

 福音の放つ銀弾を流体装甲が弾くままに突き進み、上段回し蹴りで突破口を開く。

 その道を箒が辿り、一方で鈴が大きく振りかぶった。

 甲龍が得物をぶん投げた。双天牙月。連結された二振りが手裏剣の如く回転し福音に向けて飛来する。

 福音が箒を蹴って距離を取り、仰け反るように青竜刀を回避。

 

 

――その向こうには静穂がいた――

 

 

 鈴が拳を握りガッツポーズ。静穂が連結された双天牙月の基部を掴み頭上で回転させて月下乱斧。福音の上空からの――

「そのハネもらったぁあっっ!!」

「――――!!」

 

 

 ――箒とてお荷物の、お飾りの専用機ではない。

 罪があったと自分で責める。罰ではないが、使命なのだと自分に課した。

(この一太刀だけは――)

「私のぉ――――!」

 雨月を拡張領域へ、空裂を正眼から自分の背後へ。

 叫ぶ。檄だ。展開装甲の推進力で自身に迫る手刀を蹴り飛ばし、

「ーーーーーーーーーー!!」

 

 

――紅色が横から、灰色が頭から――

 

――銀の翼を切り落とした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。……」

 息が切れる。緊張の糸が緩む。

「残心だ。静穂」とは箒。彼女も肩が上下していた。

「……ちょっと無理かも」

 自分は箒ではない。常に武士(もののふ)とはいかない。

 時間がゆっくりと進むような感覚に見舞われていた。

 その手に持った双天牙月がひどく重く感じられる。

 やったか、とは言わない。そんなヘマはしたくない。

「――福音は?」

 見上げると福音が切断された銀の鐘と共に浮遊している。箒の切断面が滑らかなのに対し、静穂の方は押しつぶしたといった具合だった。得物の差か、技量の差か。今は考えたくない。

「――PIC?」

「みたいね」と鈴。「とりあえず中の人を出す。それでひとまず終わりにしましょ」

 警戒しつつも鈴が近づいていく。背後ではセシリアとシャルルがそれぞれの火器を向けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう、誰も油断してはいなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――こんな事があって良いのか」

 主戦場より少し彼方、半ば自走砲のようにその巨体を海風にさらしていたラウラが目を見開いて独りごちる。

 

 

「――()()()()()()!?」


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