ハバネロどころではなかった。
(からい! 頭が辛い!)
ギネス記録をも超えるキャロライナ・リーパー級。セシリアの講義は静穂の脳にカプサイシン過剰摂取以上の痛みを与え続けている。実際には幻肢痛のようなものだが、痛いものは痛い。浴びるように聞き流すことで英語を習得するCD教材があるが正にそれだった。
「今日はとにかく聞くことに専念してください。用語の意味、関連性、それらは一切無視していただいて構いません。わたくしはこれからすべてを繰り返し説明します」
それこそ何度でも、と。
その真剣な目に反論の余地はなく。
「ただこれだけは約束してください。決して目を逸らさない、と」
聞き流すことすら許されなかった。
これが数時間前である。
ハバネロ改めキャロライナ授業を終えて足が震えながらも宛がわれた自室に到着、簡単に荷解きを済ませると、静穂は机に向かった。
復習だ。今、静穂の頭はセシリアの授業が僅かにもこびり付いている状態にある。それを定着させ、脳への負荷をできる限り軽減する。偏頭痛は静穂がいかに普段の勉学を疎かにしていたかという証拠でもある訳だ。少しは机に向かっていればここまではならなかった、とはセシリア談。『やり過ぎ』は彼女の前では禁句だ。彼女自身が同じ様に知識を身に着けて、自身が可能だったからこそ静穂にも実践させようとしている訳で。向き不向きは関係ないらしい。やるかやらないかだそうだ。炎の妖精に弟子入りでもしているのか彼女は、と静穂は思っても口には出来ず。無駄口厳禁。
もちろん復習とは本来、自衛手段ではない。念の為。
趣味の為に机に向かった事はあっても勉強では殆どない静穂に、復習といっても何をどうすれば良いのかなど分かる筈もなく、借りてきた教本の束をとりあえずめくっていく。
するとどうだろうか。
(あ、意外と……)
なんとなく、ぼんやりと、文章の概観が見え隠れするようだった。
セシリア先生様々である。目線を逸らせば怒られ聞き逃せば怒られ質問しても「今はその時ではありませんわ」と怒られ、超辛マンツーマン指導は一日目にして芽を出しつつあった。激痛を代償に。
しかし頭痛には耐えられず、数分で静穂は突っ伏した。
それでも今やめるというのは明日が怖い。何せISの予約・抽選次第ではまた座学なのだから。「キチンと復習すればすぐ治りますわ」と彼女は言っていたが根拠はあるのか証拠を見せろ。
(……ひょっとしてオルコットさん自身かな?)
こめかみに両の拳を宛がい自分でウメボシをしながら復習に耐えていると、扉がノックされた。
「はーい今開けますよー」
と静穂が扉を開けて見れば美少女である。食パンを咥えていれば反対側を齧れそうな距離に女子の瞳が眼鏡越し。
「っ」
「おっと」
勢いが付き過ぎた。部屋から半身が出てしまっている。彼女の方も慌てて仰け反っていた。
「えっと……」
静穂は彼女の事など知らず、(どうしたのかな?)と考えていると、
「同室になる更識 簪です」
「ああ同室。汀 静穂です。よろしく」
(同室!?)
静穂の内心で警報が鳴る。
(え、どうするのバレるとまずいよ外見なんとかしても中身は男だよ寝てる間とか無防備だよどうするの寝るなとまさかそうなんですか拷問ですかこの子は関係ないけど今のわたしにはクラスター爆弾にしか見えないっ!)
平静を装って奥に案内する。女装の関係上静穂の荷物も少しは多い方かと思えば彼女――簪の方が多かった。
「流石に荷物多いね」
と、つい口走ってしまった。
「そう、かな」
(しまった!)
簪の表情が曇っている。
「(フォロー! リカバリー!)――やっぱりかわいい女の子ってのは見えない所で努力するものなんだねー」
「っ!?」
(ん? 違った!?)
……結果はともかく簪の気分は回復――してはいなかった。最初は紅潮した様子だったが静穂を見て消沈した。
(えー直接的にわたしが原因ですかー!?)
やはり第一印象は大切だったのか。確かに午前では箒に対し突込締めを極められ押さえ込み一本負けという結果だったが今回は何をしたか全く覚えがない。相手の気分を害する初対面勝負では有効を取った筈なのに何故こうも苦しいのか。
「大丈夫……?」
「……へ?」
そう言うと簪はコンパクトを取り出し鏡を差し出す。目が充血していた。白一つない真っ赤だ。
「これ、使って?」
次に簪が取り出したのは目薬だった。「私もよく真っ赤にするから」と微笑む。
静穂が受け取ったのを見て、簪は荷解きを始めた。あまり会話しないタイプのようだ。
受け取った目薬をじっと見て、
(これが、女子力……!)
目薬を点した。唸るほど痛かった。