IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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58.それぞれの空の下でものを思う ②

 木々の合間を抜け山の頂まで来たが、山頂とはいえ開けている訳ではなかった。そこかしこに生える針葉樹はIS二機を隠して余りある高さと密度を保っており、道中とは違い大人しくなった楯無を虚はその場に下ろした。

 再度折りたたまれた待機状態の対殻狙撃砲(バリアバスター)をまた引き延ばし、拡張領域からボストンバッグ程度の外部発電装置を砲とは反対の腰部に装着する。これで射撃体勢をとれば準備は完了だ。

「汀さん聞こえる? 位置についた」

『撃ってください』

「簡単に言わないで、エネルギー式なんだから」

『充填までは?』

「発電機を動かしているからそれ程はかからないと思う。援護は必要?」

『むしろ邪魔ですね。気にしないでもらえるとやり易いかと』

「そう、気をつけて」

 言ってくれる、という感想で通信を切る。

 これで後は待つだけとなり、自分の内側へと意識をやる余裕ができる。

「ふう…………」

 深呼吸を一つ、随分と緊張している。それもそうだ、自分が両の腰に展開している装備が今作戦の要だと自覚しているし、しかしその装備の威力の程、反動の程が分からないし、空に浮かぶ非現実に通じるかどうかも分からない。

 更に普段ならばこういった役目は更職家の仕事だ。布仏はそのサポート、支援でしかない。

 不確定要素が多い。やれるのか。成功させられるのか。

 先程から極端に静かな我が主を見る。意気消沈という訳ではない、否、消沈はしているのだ、ただ落ち込む事の優先順位が下にあって、今は身体を休める事に重点を置いているだけで。

 ……自然と口が開いた。

「ご無礼をお許し下さい」

「……なに、虚ちゃん」

「なぜ、布仏からだったのでしょう」

 それは場つなぎの話題としては不適当だったかもしれない。だが虚はこれが最善と判断した。

 更職と布仏の現状としても、自分と主の現状改善としても。

「今回の件に当たり私は御本家(さらしき)、布仏両家に情報収集と接触を求めました。

 ですが御本家からは昨夜以降何の連絡も無く、情報を持って接触できたのはこれもまた布仏の人間だけでした」

「…………」

「情報自体は御本家も関わっておられたか不明ですが、だとしたら彼、汀 静穂についての情報が布仏の手から渡されるという事態、何かあったとしか思えません」

 対暗部用暗部に於いて要人保護プログラム対象者の情報は守って然るべき重要なものだろう。だのにその開示を手ずからでなく分家、布仏に任せるような真似を、これまで更職は執っていない。

「何があったのですか、御本家、更職に。そしてそれは御頭首様付の私にも言えない事なのですか」

「……公正ではないと」

 え、と目を見開いた。

「欺瞞と虚飾に(まみ)れた志民党政権とは違い、新政権に於いては公明正大、深謀遠慮の精神を持ち、各国、隣国との連携を密に深めていく以上、対暗部用暗部などという他国の信頼を不義、内通、破壊に通ずる存在はこれ以上の必要、信頼を得る事はない。

 ――現政権と接触した際の返答の一部よ」

「それは、まさか、」

 そう、と楯無は首肯する。

「仕分けられたのよ、更職は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の立ち上がりは静かなものだった。さながら時計の秒針が左回転、(さか)しまに時を刻むような状態から。

 秒針と軸は静穂である。一度の接敵、交差の後に自然とこうなっていた。

 死角だ。所属不明機は静穂の潰れた視界、包帯に覆われた静穂の左側へとその身を隠そうとしている。

(反応、あからさまに遅れたからなぁ)

 一度目の接触時に静穂はラビットの調整が入った自分の身体を御しきれなかったのだ。大きくたたらを踏み得物(バット)は手から離れないまでも大きく弾かれた。

 不明機を調子に乗せてしまった。こうなると静穂の短い経験則では対応がしにくくなる。

(思い出せ、思い出せ……)

 あの日々を。操られ辛いと思う暇も無かったあの5年間(ひび)を。IS学園に入るより、汀 静穂になるより以前、それが当然として受け入れて、現在に連なるあの日々を。

 

 

――訓練に明け暮れたあの日々を――

 

 

(!)

 何時しか完全に不明機が消える。左の死角に入り込まれた。

 足音もなく呼吸も聞こえない。完全な隠密状態。

 隻眼の不利点。当然、見えない方は完全な死角。

 ――瞬間、僅かな風切り音。

 静穂が左腕を残し身体を左に捻る。身体に巻いたような状態の左手に力を入れて外側へ押し出してやると、

 

 

――不明機の鉤爪を金属バットが弾いて見せた――

 

 

(速攻)

 一歩前進してスナップを効かせバットを僅かに上段へ、直後振り下ろし頭蓋(フルフェイス)を叩く。

 終わらない。下段まで振り抜いたバットを裏拳の要領でスナップ、先程の衝撃で俯いた不明機の頭蓋を跳ね上げる。

 まだ終わらない二歩前進。バットのグリップを身体に引き寄せて正拳中段突き――を構えた所で不明機が反応、彼我の距離を半身離し右の鉤爪を貫手で繰り出してくる。

 その貫手を静穂は廻し受ける。身体の内側から左手を廻し貫手を巻き込むと、

 鉤爪の手を小脇に抱え肘を極めた。バットを持ったまま。

 そのまま右方向に力を込める、振り回す。

 不明機が回る。一週目で躓き、二週目で爪先が浮き、三週目で天に弧を描く。

 変形アームホイップ。半身を切らされた状態で回転軸が90度上に曲がり、天頂に届くや否や思いきり叩きつけられる。

 腕の拘束がすっぽ抜け、金属の激突する音が響き、屋上のコンクリートタイルに罅が入る。脇腹から叩きつけられた不明機が衝撃で跳ね上がり、否応なしに距離を取る。

 手首でバットを回す、半身を切る。静穂の方から死角に入れる。

 無駄だと。何度死角に入り込もうと迎撃してみせるとの示威行動。

(もう少し過敏に)

 ハイパーセンサーを調整。今度は足音がよく聞こえる。同時に右目の視界が引き延ばされ魚眼レンズのように全天周の物へ。それでも左の死角が視界の隅にチラついているが仕方ないと諦める。

 左の貫手をバットの芯で、右の鉤爪を手放した裏拳で打ち払う。

 バットが床で跳ねる。小気味良い金属音が響く。その先から不明機が掴みに掛かる。

 静穂が迎え撃つ。拡げられた両手の中に自分から踏み込んでいく。

 激突音。不明機の顔面(フルフェイス)と静穂の頭蓋がぶつかり合い、

 押し勝ったのは静穂だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつからですか」

「いつからと言うなら最初から、現政権樹立の直後からよ。

 樹立直後に祝いの文面と共に関係継続の書状を出した。その返答が今話した通りよ。仕分けと言うより梯子を外されたというのが心境としては近かったわ」

 これまで政権とは志民党のものだけであり、更職との関係は引き継がれてきた。これにより更職は変わる事無く裏よりこの国の国防の一部を担う存在であり続けられた。ある種の一体感、信頼関係を更職はこれまでの政権と半ば一方的に持っていたのだ。それが突如として頭が挿げ変えられると、こうも簡単に裏切られるとは当時の楯無も思ってはいなかっただろう。それだけ現政権に常識が通じないというべきか否かは、今の楯無にも何とも言えないが。

()()()()として会いにも行った。アポを取ったはずなのに門前払いされたけれどね。他の暗部が統廃合を繰り返してやっとその存在意義を保ってきた中、私達も例外じゃなく更職は対暗部用暗部、たった一芸に特化してようやくここまで国に仕える事が出来た」

 盛者必衰、という訳ではない。暗部にとって自分達が栄えるなどあってはならないし、暗部が栄える時など仕える国家の有事に他ならないのだから。望んだ事は無いには無いが、もしもそうなら暗部の仲間達は統廃合などせず主君を変えるし、それこそ有事を引き起こす側にも回るだろう。

 そうしなかったのは(ひとえ)にこれまでの主君が自分達を、暗部を少なからず重用して貰えていたからで、一度(ひとたび)それが絶えるとどうなるか、分からない政権ではないと誰もが思っていた。

 実際に裏切られるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちたバットを拾い上げる。上段から降り掛かる鉤爪をその根元、手首の辺りにグリップを握った拳を打ち当てて止める。

 数秒の力比べもなく鉤爪が斜め下に受け流され、バットの石突(グリップエンド)が鳩尾に突き込まれ、くの字に折れた不明機の頭蓋にフルスイング。

 不明機の身体が宙を浮いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が未熟だったのかしら。だから必要ないと断じられたのかしら」

「……お嬢様がロシア国籍を取得したのも」

 楯無は首肯する。

「迷ったわ。何日も何日も。表立った口座を凍結されてようやく決心がついた」

 国か家族か、どちらかしか護れないというのは自分をその中に含めようとしているから。自分がその外側に出てしまえばその両方を自分の手の届く範囲に留めておける、護っていられる。

 たとえその外側の自分がどうなろうとも。

「いざという時の為に専用機が欲しかった、というのもあるわ。代表になるのは難しくなかったし」

 国家代表になって見せるという最高の自己存在証明。それでも現政権が更職に振り向く事は無かった。

「ですがそれではお嬢様が」

「いいのよ私は。楯無(とうしゅ)だから。でもそのいざという時が来てしまって、こうも足手まといになっちゃうなんてね」

「……お嬢様」

「現政権によって今、更職はその機能を失っている。でも連中は更職だけを潰せたとしていい気になっている。他が居る事に気付きはしない」

 護れたのだ、()()は。

「更職は本当に潰れるでしょうね、でも布仏は、布仏が残っていてくれれば。

 布仏さえ無事ならこの国の有事には対処する事が出来る。こうしてね」

 裏の中にも表がある。今こそその時だと。裏の中で裏返る時が今なのだと。

「さあ見せて虚ちゃん。その大砲で、あのむかつく連中をぶっ飛ばして頂戴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不明機があからさまに距離を取り始めた。漸くと言ってもいい。静穂も休憩が欲しい、酸素が足りず体力の底が見えている。

 だが走る。揺さぶりが掛かる。

 時代劇のように並走。屋上の縁に足をかけ幅2メートル先の屋上に飛び移り、その先で接触。

 剣戟の如く打撃戦が続く。これまで何合打ち合わせてきたか定かでない。鉤爪と金属バット。火花が散り、静穂は肩で息をして、擦り剥いた額の包帯に血が滲む。

 だからか不明機の攻め手が()まない。右腕一本の大振りを繰り返す。隙が大きいが速い。受け流すので精一杯。

 弾ききれずに受け止めると同時、制服のロングスカートが裂けた。

 胸に膝がつく程の前蹴り。徹底した頭部狙い。

 静穂の(ラビット)が的確に不明機の顎を叩き上げ、それでも不明機が鉤爪を横に振るう。

 静穂の上半身が消失するように下へ。腰まで伸びた髪の毛先数センチを切るに留まり、手痛い反撃が不明機に襲い掛かる。即ちフルスイング。

 静穂がたたらを踏んで後退する。静穂はもう肩でする息を隠せず、対して不明機は即座に立ち上がろうとして、

 

 

 ――崩れ落ちた。立ち上がろうと床に突き立てた鉤爪が震えている。

 それを見て思わず声に出てしまった。

「……やっと、っ、効いてきた、かぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事はありません」

「虚ちゃん?」

「貴女が諦めようと、その役目を託そうとしても、布仏は布仏です。更職にはなれません」

 虚は断言できる。布仏は更職にはなれないと。

 彼女の選択を、決意を、その全てを否定するつもりはない。布仏の家としての能力だけを見れば十分更職のお役目を担う事は可能だろう。しかし当の虚は頭首御付で学園の3年主席ではあれど、楯無のように国家代表でもないし、専用機も持っていない。いやそもそもがそういう話ではないのだ。

 

 

 ――なりたくない、ありえない――

 

 

 代わりが勤まる勤まらないの話ではない。お役目の、存在の否定などでもない。これは主義の問題だ。

 先刻の汀 静穂にも言った事だ、更識のサポートをするのが布仏。それ以上になれたとしても、それをしてはもう布仏ではない。更職に似た何かだ。

 それを楯無は虚に対し、更職を捨て、布仏だけで生きろと、現政権にその存在を隠し、来るべき時まで生きながらえよと言うのだ、今の主君を捨ててでも。たかが主君が代替わりして見捨てられたというだけで。

 楯無の苦労は誰よりも身近に感じていたし、今こうしてその内情も知り得て尚、楯無一人に追い詰めさせた自分を恥じるのは後だ、虚はその忠義、主義を確かにし、そして歴代の党首御付もそう言うだろうという言葉を、この際だ、この心が揺らいでいる可愛らしい主の励ましに使ってしまおうと決心する。

「布仏は更職の代わりになろうなどと考えた事は、たった一度としてありません。更職即ち布仏。更職が滅ぶというのなら布仏も共に滅びましょう」

「――――」あっけに取られた表情の楯無が、「で、でも、それじゃあこの国は?」

「私達が滅んだからこの国が滅んだ、というならそれまでだったという事です。

 寧ろ丁度いいではありませんか。お嬢様の下準備に甘えて、皆でロシアに行きましょう。ロシアの甘味が私、いずれ食べてみたいと常々思っておりました」

 意外とあちらで再就職となるかもしれませんし、と虚は年不相応な大人の微笑を浮かべてみせる。

「……虚ちゃん」

「それに私一人ではここまで来れませんでした。汀 静穂という要人保護プログラム対象者、国の守人たる我々が守るべき相手を今もこうして危険に曝して漸くここに立っています。お嬢様と似たようなものです、同じですね。

 更に言えば私、一人ではこの大砲を撃てません」

「撃てないの!?」

「充填が遅いのです。もう一機、ISコアがもう一つ充填に加わってくれないといつまで経っても撃てませんし、実際にあの艦を落とせるかどうかも不明です」

 だから、と。

「今までお一人で抱えさせてしまいまして申し訳ありません。どんなに苦しかったか図りきれません。ですがどうか、今ばかりはお力添えを、()()()

 更職の頭首ではなく、自らの仕えるたった一人の少女の力でいいのだと。

 対して楯無の返答は、虚を満足させるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな聞こえる!? いまから虚ちゃんが大砲をぶっ放すわ! 対ショック姿勢用意!』

『生徒会長!? でも充填にはまだ時間掛かるんじゃ』

『コア自体はピンピンしてたから二機同時に充填すればこの通りよ! ――静穂()()聞こえる!?』

「……、はい、っ」

『上は任せて生き残りなさい! すぐ助けに行くから! いいわね!?』

「…………はい、大丈夫です」

 貴女を助けに来たのですが、とは酸欠で言えなかった。助けてほしいとも言えなかった。妙に吹っ切れたような声色に水を差すような真似は出来なかったし、自分で支援を断った建前、今更頼みこむなど出来はしない。こんな姿格好だが自分は男だったと、全く妙なところでそれを自覚する。それにしても“くん呼び”はやめてほしい。バレるから、バレたらまずいから、いろいろと。

 それに最初に軽く指示を出しただけで皆はその通りに動いてくれているし、いや第一にこちらはもう勝てるのだ、支援など要らないところまで上り詰めている。

 後は自分の体力と機体(ラビット)の耐久力が何処まで保つか。

(っと)

 立ち上がった不明機がよたよたとこちらに向かってくる。対して静穂はバットの大上段で迎え撃つ。

 振り下ろす。なんと難なく受け止められる。

 拡張領域の発光、不明機が左手にも装甲を展開。鉤爪が曇天の下で黒曜石の如く艶かしい光沢を魅せ、

 

 

――鉤爪が静穂の胸を薙いだ――

 

 

 傷は無い、三角巾をやられたのみ。黒曜石の光沢を引き剥がすようにバットを振るう。不明機は大きくスウェーバック。

 不明機の手の中にある()()を見て戦慄する。

(しまっ――)

 急ぎ追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()ぇ――――っ!!」

 楯無の大喝一声に応じ、山頂から対殻狙撃砲(バリアバスター)はその長大な砲身から火を吹いた。

 専用のアイゼンをして尚後方へ引き摺り出す反動を持ち、その弾道は目で追うよりも速く大空に浮かぶ四隻の内、端の一隻の下腹部に命中。一泊置いて爆発を引き起こす。その爆煙たるや地上からでは着弾した艦の容貌を覆い隠す程であった。

 楯無が通信を入れる。「上空、どう!?」

『シュトロ班ルイス。煙が晴れてきた、――!?』

「どうしたの!?」

『健在! 目標は依然飛行中! 高度も下がっていない!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭上では戦艦の脇腹が火を噴いている。

 あの注射器の中身は麻酔だったのだと、そう()()が気付くにはしばしの時間が掛かった。

 力が入らない。いや入っているのだがその焦点が合わず結果に結びつかない。ふらつく足は地に着く度に足首を捻りそうになる。

 最初の接触時首元に激痛が走った。その時首元に残った無針注射器。その中身が自分に注入された時点で早急に事を運ぶべきだったのだ。

 酷く不愉快だった。何に? 肩で息するこの半死人と、それにまんまと踊らされ這い蹲らされる自分にだ。

 最初はまるで自分が不死身になったかのような全能感を覚えていた。何しろ半死人の打撃に自分はまるで痛みを感じなかったからだ。どれだけ受けても、どれだけ被っても、まるで対岸の火事、視界を滅茶苦茶にされるだけで意味がないように取れた。

 ISの恩恵だと誤認していたのだ。半死人(ヤツ)は人間で、自分はISに乗っている。IS由来の攻撃でなければISが傷つく事はない。この場限り、この相手に限り自分は全能なのだと。

 それが段々と焦りが出てきた。半死人(ヤツ)にこちらの手が届かない。受け、弾き、逸らし、避ける。苛立ちで次第に大振りとなり、尚更当たらなくなる。

 何故当たらないのか、這い蹲らされ意識が朦朧とした状態で漸く気付く。

 

 

 ――麻酔の麻痺による大振りの誘発、徹底した頭部、三半規管狙い――

 

 

 不愉快だ、実に不愉快だ。もう何に対して不愉快なのか定かに出来ないほど不愉快だ。

 なぜ自分がここに居るのかも、何をしなくてはならないのかも。

 いやもう不愉快という感情ではないのかもしれない。だとすれば憤怒だろう。

 怒り狂っていると同時、しかして()()は安堵する。

 もう面倒だ、相手にしたくない。これ以上踊らされるのはまっぴらだ。

 現にこうして目的は果した。上では仲間連中が危機に陥っているがどうでも良い。今はとにかく半死人(ヤツ)から離れたい。近づきたくない。

 幾度か屋上を飛び移り、片側2車線4本と一際離れたビルへの跳躍。ISの無い半死人(ヤツ)に飛び越せる筈がない。

 後はこの円筒形の()()を抱えて合流地点まで逃げ切れば――

 

 

 ――円筒形? と。

 

 

 跳躍の最中、手元を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おしるこ。

 

 

「――それも渡せないなぁ」

 戦慄し身を捻り後方を見る。

 今まさに金属バットが振り下ろされようとしていた。

 


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