IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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56.騎兵隊の推参 ①

 一体自分は何がしたいのか、考えながらもひた走る。

「(本当に、なにを)……うぷ」

 半ばマラソンのように走り続けた代償が、静穂の肺と足に顕れていた。静穂の数少ない健康な部分が悲鳴を上げ、それ以外の部分を庇い動かしてきた代償として静穂の足を躓かせ、杖代わり武器代わりの金属バットを突かせ、ついにはその場で止めさせた。

 勿論それだけではない。動かない右腕が、無くなった筈の左目が、鼓動に併せて脈打つ感覚。痛いのではない。麻酔は効いている。だがただひたすらに気持ち悪い。皮膚の内側に直接薄いビニール袋を挟み、それ越しに小刻みでそれでいて力強く膨張と収縮を繰り返すような、そんな不快感が静穂を襲っている。

(……本当に)

 何がしたくてこんな事をしているのか。それを行って意味はあるのか。

(馬鹿みたいだ)

 こんな自問をした所でただの中二病でしかないだろうに。

 それとも自分にそんな時期がなかったから今頃になって発症したのだろうか。

 あるいは今の自分には余裕があるというのか。確かに何処ぞからの洗脳も解け、最近なにかと世話を焼いてくる同級生も、チームの面々も今はいない。だとしたら随分とふざけている。

(……やめよう)

 汀 静穂を、ではまだない。考えるのを止める。今すべき事柄は決まっているのだ。それ以外に気をやる事こそ意味がない。

 くの字に折れ曲がっていた背筋を伸ばし顔を上げる。

 目の前の階段を1段飛ばしで登りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京から離れた地方都市とて、決して片田舎という訳ではない。地域住民が買い物に娯楽にと集う大手デパートもあれば、車の往来は決して少なくない。

 電磁パルスにより局地において都市機能が停止し、主砲の砲声によりその脅威をまざまざと見せつけられ、その巨体により影を落とされた街は、平和に慣れた無辜の住民を戦慄させ、叫喚させた。

 ――足元で住民が逃げ惑う。玉突き事故だろうか車のクラクションが鳴り止まない。

(逃げて。もっと速く、もっと遠く)

 心の内で半ば祈りのように叫びながら、楯無は槍を振るう。

 墜落と不時着。似ているようで実質は全く異なる墜ち方を二機のISはとっていた。

 楯無のミステリアス・レイディは不時着。そしてもう一方は……。

「んぅぁあぁぁあっ!」

 遮二無二に縦横無尽、雑居ビルの屋上で楯無はガトリングの死んだ槍を振り回す。十に二十、三十と振り回すうちに脇腹が悲鳴を上げ、横隔膜を突っぱねさせた。

「ふ、」思わず咳き込む。僅かに赤が大気に溶けた。「っう――!」

 苦痛を檄に変え一歩前に踏み込む。これまでとは異なる刺突にドローンの反応が遅れ、近づこうという勢いそのままに突き込まれる。

「っ!」

 即座に槍を振り抜く。その拍子に刺さったドローンが抜け、彼方で火薬由来の爆発が引き起こされる。自爆によるものだ。

 自爆ドローンはこれで後六機、六機が残り敵を取巻くように、そしてこちらをあざ笑うように上下動を、滞空を維持している。

 槍を振り、体勢を整える。何機落としたか定かでない。嫌な距離だ。攻める訳にはいかず、守るには少し彼我が近い。神経を逆撫でる。

 不気味な敵だ。こちらのレイディは著しく機能が低下しているというのに向こうはまるで攻めて来ない。初めて目の当りにした敵の姿は漆黒のボディスーツにこれまた漆黒のフルフェイス。かくや二輪のライダーとも思しき風貌の中身は一体何を思案しているというのか。ただ直立し、少し顎を下げたままという相手の思考が全く読めない。

(一度下がりたいけど)

 それは出来ないと半身を切った後ろ足、その向こうに少し注意をやる。

「気を確かに!」檄を飛ばす。「生きなさい、死んだら駄目!」

 檄を送った(パトロール)IS搭乗者からは荒く浅い息が聞こえてくる。強かと言うには強すぎる高さから打ち付けられた全身は満遍なく骨が折れ、ただの錘と化したISによって身動きも取れず、吐いた血は口元からコンクリートにまで流れ出し、内臓の損傷を証明付けている。PISの機能はレイディよりも酷く、機能はほぼ死んでいると診て間違いはない。弱々しくも辛うじて残る搭乗者保護機能が命を繋ぎとめている状態だ。

 どれだけの高さから落ちたのか。十メートルか、二十メートルか、ISがなければどうなっていたか。それでもせめてもとビル群の屋上に落ちたが、……楯無の手は間に合わなかった。

 レイディとPIS。機能の、耐性の差が命運を分けたに過ぎないだろう、あるいは互いの初動の差、着地の姿勢、今更挙げても意味はない。自分の心を落ち着ける為だけの外連(けれん)だ。それでも楯無の心に圧し掛かる。

 自由国籍権により今はロシア国籍、更に国家代表といえど更職 楯無は日本の対暗部用暗部の頭目である。その彼女の目の前で、守るべき国民が苦しんでいる。覚悟をしていなかった訳ではない。だが、

(こんなの想定できるはずがないじゃない!)

 ロシア国籍を取得したのは何の為だったのか。少なくとも艦隊に喧嘩を売る為では――

「い、や……」

「!?」

 思わず振り向く。PIS搭乗者が咳交じりに口を開く。

「こん、こんなの、嫌……」

「…………」

 ……判っている。当然だろう。たとえそれが、自業によるものだったとしても。

「そうよね、そうよ」

 自分は、一体何の為にレイディを手に入れたのか。

 何時もより幾分も重く感じられる槍を握り直す。敵本体ではなく子機(ドローン)が反応、浮遊のパターンに変動が生じる。

「さあ来なさい! 国家代表を嘗めるんじゃないわよ!!」

 挑発に応じたのかドローンの六機中二機が迫る。

 対して二機を迎え撃つべく穂先を向け――

 

――銃撃によって爆発した――

 

「!?」

 爆発から身を守る。自分ではない。ガトリング機構は未だ死んだままだ。

(じゃあ何処から誰が)

「――上!?」

 見上げれば、昼間だのに光点が七つ瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たった!? こんな距離今まで当てた事ないのに!」

「専用機化処理様々ですね! レダは!?」

『無理! 追いつける訳ないっすよー!』

「早く来なさいバ火力コンビ! あんた達が頼りなんだから!」

「予定通りよね!? これからも予定通りよね!?」

 めいめい自由に叫ぶ汀組に虚が叫ぶ。シールドに掛かる風圧からか、その必要もないのに自然と叫ばずには居られない。

「いい!? 事前の打ち合わせ(ブリーフィング)通り私以外で機体毎にコンビを組んで! テンペスタ班と私が生徒会長を! 打鉄班が避難誘導!」

 永富が叫ぶ。「流れ弾をたった二機で防ぎ切れっていうの!?」

「できなくてもやりなさい!! 残りは艦の頭を抑えて!」

『ラファール班レダ! 到着まで目算5分!』

「作戦目的は避難誘導・侵攻阻止!」

 行って! との号令で光点が三方に別れた。

 

 

 光点の一方、専用化テンペスタの二名と打鉄特殊装備の虚が雑居ビル郡に降り立つと同時、ドローンが襲い掛かる。

「あ、IS学園参上!」

「汀組なめんなです!」

 テンペスタ二機がサブマシンガンを斉射。弾幕を貼り三機を撃破。

 残る一機は所属不明機が盾にして爆発、爆風で視界を切る。

「お嬢様!」

「私はいいから彼女を!」

 言われて奥の重傷患者に目をやった。

 息を呑む。一体なにをすればここまで傷つけられるのか。

「上から落ちたのよ」

「!? PICは」

「EMP。レイディは半死、でもそっちは……」

 これではもう何処から手を付けたら良いのか分からない。

「布仏さん!」

「っ!」

 咄嗟に特殊装備を庇い葵を展開。重い激突の感触が腕に広がり、虚にたたらを踏ませる。

「虚ちゃん!」

 所属不明機が、といってもISと見做して良いのか不明だが、飛び蹴りを決め空中で身を捻り、返す踵で楯無へ――

「させない!」

 楯無の顔面に踵落としが決まる寸前、傍から伸びたテンペスタの十文字槍が受け止める。初期装備の大鎌が変化した物だ。

 テンペスタが体重の乗った柄を片手一本で跳ね上げた。不明機はそれをさして体勢を崩す事無く着地、もう一機のテンペスタが放つ銃撃から避けてのける。

「なんで当たんないですか!?」

 サブマシンガンの弾倉分が撃ち切られても着弾は無く、姿も無い。

「消えた!?」

「落ち着いて!」と虚。「無闇に撃っても当たらないわ!」

 それもあるが虚は流れ弾が怖い。もしも民衆に当たれば守るべき相手が一挙して敵に変わる。

 やはりその点は育ちの特異性かと虚は思う。虚と楯無などは家柄からその手の指南を受けているが、汀組の面々は、その頭目をおいて特異ではあるが彼女達は違う。いくらISに、銃器の扱いに慣れているとはいえ、彼女達はいわば運と努力でIS学園に残れていた普通の女子達だ。要するに張り詰めすぎている。なので虚はこれまでの道程を自らの打鉄に、スミス謹製の特殊装備で重量が増し速度の幾分か落ちる機体の最高速にわざと合わせて行軍してきた。IS学園外での飛行という非日常に慣れさせる為だが、その効果は薄いようだ。現にテンペスタの彼女達は穂先も銃口も僅かに震えている。

 虚は急ぎ名も知らぬ女性を仰向けにし、ISの再起動に掛かる。

「光学迷彩かしら?」

「分かりません。そもそもISですか」

「分からない。普段の私ならあれくらいはできそうなものだけど」

 言って楯無は身体を撫でる。擦り傷の新しい肌、内臓を痛めているのか小刻みに吐く息は浅く、目の焦点も僅かながら揺れている。

「休んでいて下さい。っ……!」

 医療の知識と一式はあれど手持ちのみでなんとかなるものではない。頼みの綱はISの搭乗者保護機能のみ。

(その機能も死んでいる!)

 再起動を掛けようにも機体は動作を受け付けない。打鉄からの診断は装甲板含めてダメージ進度E。人が乗った乗用車が高高度から落下したような状況だ。ISによって人型を保っていられたのだろう。

 PISの女性警官が咳き込む。「……嫌」

「!? 喋らないで!」

「私嫌、嫌なの、まだ何も……何もしてない」

「大丈夫。助かります。だから負けないで」

 葵の刃を握り彼女のISスーツを切り開く。内出血が裂けて尚黒く染まった肌を見て、虚は自己の表情が固まるのを感じた。

(もう、どうしようも……)

「そうよ、負けた、ない……」咳き込む。「おと、社会なんかに……」

「喋らないで下さい」

「聞いて、っ聞いて、ねえ、私、嫌なの、嫌な、見返すって、え、男に、ねえ、なんで、なんで私、飛べない、ねえ、なんで暗いの」

「喋らないで!!」

 苦痛と悲嘆で互いに顔が歪む。その最中テンペスタの少女が叫んだ。

「また来た!」

「っ! 銃じゃ駄目! 接近戦!」

 虚の指示に彼女達は即応。呼び出した十文字槍で不明機の撃退を狙う。

「ちょこまかと!」

「当たんないですよ!」

 それが遮二無二に槍を振り回す少女達から出た感想だった。虚と楯無が未だ敵をISと認定付けられない理由もそこにあった。小さいのだ。人としては平均的、女性で考えれば長身に当たるかもしれない身長を持ちながら、ISの特徴である高下駄のような身長とマニピュレーター由来の長いリーチが乏しいのだ。人間とIS、どちらかと言えば人間寄りのシルエットを持つ不明機は十文字槍二振りの連撃に対し徹底したスウェー、ジャンプ、ダッキングをくり返し、

「この! え!?」

 テンペスタの少女が振り回す十文字槍を超え、少女が前屈みなったところを狙い背へと駆け上った。

 目もくれる事なく跳躍。落下地点は数メートル先のPIS。

 今度の虚は反応した。

「(狙いはISコア!?)こ――の!」

 虚が両膝立ちから片膝に、背中に回した特殊装備を展開、畳んでいたその長物を引き延ばす。

 IS学園2年、スミス謹製対(シールドバリア)狙撃砲、バリアバスター。

 ――()()()()()

「ふっ!」

 空中で身動きが取れないであろう不明機に対し、小脇に抱えた3メートルを超える砲身のミート打ちが不明機の脇腹を叩く。

 体全体で振り抜き不明機をすっ飛ばす。さしもの身軽な不明機も今回ばかりは受身を取れず屋上を強かに背で跳ねた。

 また消えるかと思いきやその姿は変わらず、不明機の靴底が火花を散らし踏みとどまらせる。

 そして再度踏み込もうとしたその刹那、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――屋上口のドアが蹴破られ、金属バットのフルスイングが不明機の脳天を打ち抜いた――

 

 


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