IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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55.身を振る上での要注意事項 ④

 雲とは何か。普段は水蒸気のような状態で、時には氷として大気中、一定の高度で浮かんでいるものだが、要するに水である。

 そして水である以上は更職 楯無の乗機、ミステリアス・レイディに操れない訳も無いではない。

 

 

――イメージ・インターフェイス、第三世代兵装――

 

 

(自分は動けなくなるけどね)「――っと」

 レイディのアクア・クリスタルが僅かな燐光を放ち続ける。普段ならば水のヴェールを流麗に覆っている筈の機体は、その基部を全てあらわにしつつも元来の美しさをどこか彷彿とさせるラインを保っていた。

 どこかの天災と似通う状態、天地逆様で飛行艦隊の、恐らくは旗艦であろう船体の底、フジツボ避けの赤い塗料に楯無は着地している。

 脚部を片膝で固定。ガトリングガン内臓の槍を突き立て、楯無は精神を研ぎ澄まし、自己の範囲を広げていく。

 第三世代兵装についてはサイコキネシスのようなものだと楯無の同級生は言っていた。そう言い放った彼女はその後学園を去っていったが、楯無はその彼女の言をどこか言い得て妙だと思っていた。今回はその思想を利用させてもらう。

(レイディのナノマシン、そのリソースを全て使って雲と電磁波を掌握。そして――)

 雲の高度を下げる。日本の国土には人々が親しみを込めて登ったり、誰も名前も知らず立ち入る事すらない山々が幾つも存在する。中には山頂に霞が掛かる山もざらだ。雲が低く尾根を掠めようと、今さら誰も気にしない。楯無は艦隊を覆う範囲の雲にナノマシンを散布、人々の目から隠し続けている。

当然、手助けなどではない。

 

 

 ――乗り上げた。

 

 

 擱座、座礁、何でも良い。雲のおびき寄せに従い原付の法定速度ほどで進む5隻の、うち一隻の船底が木々を圧し折りだした。やがて山肌を崩し局地的な地震が引き起こされる。大きく音にも響かせ、遂にはその動きを止めた。

 内心で歓声を上げると共に、たった一隻しか引っかからなかった事に舌打ちをする。これらの船を造った連中は高度計でも持ち合わせているのか、単に山肌の都合か。旗艦が追突すれば自分も危ないのだが。それにGPSでは麓に中規模の町が存在する。出来れば全て足を止めさせてしまいたかった。

 だがこれではっきりと確信を得た事柄がある。

 

 

――この連中、飛ばすだけで精一杯だ――

 

 

 乗り上げた船体は浮こうともせず、空しくスクリューが揺れるだけ。浮かす為の馬力が弱いのだろう。元よりこんな大質量、飛ばそうと言う時点でどうかしているが、正しい使用方法ではないと分かった。一度地につけばどうにもならないとも。それだけでも収穫だ。何しろこの連中、犯行声明も出していなければ曇天を利用して楯無が隠してやらなければそのまま飛んで行こうとするのだ。船員すらも出てきて確認しようとする素振りすらない。逆に返せばかなり危険な状態で浮いていると言う事だが。

(目的はIS学園だろうけれど、自動操縦の囮? 意図は?)

 全く読めない。だがしかし、

(連中の意図なんて知らないけど、こんな物、高高度から落ちでもしたらどうなるか)

 ――と嫌な予想を巡らせていると、

(接近警報!? IS!?)

 レイディの計器が第三者の去来を告げる――去来?

(行ったり来たり……なんなの?)

 最初は敵が索敵にISを出してきたのかと思ったが、違う。その動きは学園の1年生にも劣っている。

『あー、あー』広域通信。『こちらは日本の警察、パトロールISです。そこの船舶! 止まりなさい!』

「この、バカ……!」

 自分のこれまでの苦労が水泡に帰された瞬間に、楯無は悪態を捻り出すしか出来なかった。

 ――最悪は続く。

『?』

「っ」

 警察のPISが何かに気づく。

(来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで……)

 

 

『そこのIS!』

 天を足元に天を仰いだ。

 

 

(最悪……)

 そんなに日頃の行いは良くなかっただろうか。虚の茶菓子は一回しかちょろまかしていないし、せいぜいが妹との折り合いが悪い程度……のはず。

 もしかしたらIS違いかもしれないという淡い期待を拭い去るようにPISが降りてくる。こちらに向かって。

『そこのIS! 今すぐに機体から降りなさい!』

 言うとPISは懐から拳銃を取り出す。昨今では考えられない程小口径の回転式拳銃を楯無に向けてくる。

『一度目は警告よ!』

「ふざけないで! 今何が起きてるか分かってるの!?」

『外患誘致! テロリストと取引はしない!』

「私はそれを止めに来たのよ! 現ロシア代表更職 楯無! 照合しなさい!」

『取引はしない!』

「だから話を、――っ!?」

 途端、バチバチ、という電気のショートに似た音と、何かが輪転するような音が聞こえて来た。

「----------!」

 楯無が引き摺り下ろしたEMP搭載艦が、その搭載兵器を稼動させ始めていた。電磁石が高速で回転、船体甲板にこれでもかと主張する発生器からは音を立ててプラズマが発生している。

 瞬間、楯無は跳ねるように飛び出した。方向はPIS、ひいては町の方角。

『っ待ちなさい!』PISも後を追う。

 制止も無視して町へ向かう、否、逃げる。

 電磁パルス艦から青い稲光が爆発した。一帯の雲とナノマシンが蒸発し、局地的な快晴を作り出す。パルスの効果範囲に入っていた街中の一部から電気が消え、自動車の玉突き事故を引き起こす。

 楯無らも逃げ切れずその脅威をじかに受けた。電磁パルスが力を、ISの権能を削ぎ落とす。

 パワーアシストが切れ、推進器が死に、PICが小刻みに機能を低下させていく。

『あっ、うそ、やっ、やだ、やだ、嫌、』

「っ――!」

 悲鳴の主が速く、次いで楯無のレイディが遅く、楯無が守ろうとした町の中へと、

 力なく、墜ちていく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墜ちていく2機を見て、それ、否()()は何の感情も抱かなかったわけではない。一体なにをしに来たのだろうという、億劫な感情が首をもたげていた。

 直後に酷く落胆した。一機は張り付いて近くにいて、もう一機はえっちらおっちら飛んできたと言う事は、一応は二つとも回収しなければならないと言う事ではないか。

 嗚呼苛立たしい、面倒くさい。この腹の立ち様を、一体誰が治めてくれるのか。

 幾つもの隔壁を開けて、熱と湿気が鬱陶しい外気に触れる。あれらを落としたのは自分だ。だったら自分が取りにいかないといけないのだろう。

 実際に旗艦は、次の段階とばかりに加速器に火を入れ始めた。いくら出力が違うとはいえ、海面のブレーキも無しに撃てるものなのだろうか。

 

 

 

 ――そんな()()の不安もよそに、旗艦は何とはなしに主砲を発射した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まじか。本当に戦艦が空飛んでIS学園(ここ)に押し入ろうってのか」

「布仏、この国の諜報機関が掴んだ確かな情報です。確度は保証します」

「俺は布仏と更職ってのがどんなのかよく判らねえ。俺にあるのはお前達に物を教えて、この学園を存続するための尺度しかねえ」

「これだけの数の資料を揃えても信じて頂けない、と」

「いや信じる。信じるしかねえ。信じなけりゃ次にあの()()が立つのは学園のど真ん中かもしれねえってイヤでも判る。つうか今わかった」

 ……職員室内、周囲を他の教員に囲まれて、虚はアルミケース片手に教頭先生と睨みあっていた。

 交通ルールを幾度か無視したのはこの際忘れ、虚と汀組の諜報班は学園までの復路を行きの倍近い速さで戻ってきた。運転手の女性には今度いろいろと言う事がある。何人か墜ちかけていたし。もはやどうでも良いが。

 職員室の窓からは太平洋が一望できる。その窓の向こうでは、十階建程もある水柱が堆積を沈めながらもまだ残っていた。

 飛行する戦艦からの一撃によるものだ。薙いだ風圧で校舎窓ガラスの一部が損壊、職員室には在校生が次々に報告に来ている。

「出撃に必要な書類も、すべてそろえてあります」

「大分文字が崩れてるがな」

「そこは大目に見て下さい、非常時ですので」

 自分の三半規管もやられているらしい。

「だが駄目だ」

「何故ですか」

「良いって言う訳ねえだろう!!」教頭が立ちあがり激昂する。「ISの学園敷地外での戦闘稼動! しかも複数! 更になんだ、この部分は何だ!!」

 教頭が書類の束を虚の鼻先に突きつける。

 

使()()()()()()()()()()()()()()()()()だと!? 気は確かか!?」

 

「――至って正気、真面目に言っています」

 書類束が机に叩きつけられる。「そんな事をしてどうなると思ってる。ISの私物化で使用者は極刑、機体は委員会に没収だ。二度と日の目を拝めなくなっても良いのか。いや仮にお前達が良くても学園のカリキュラムに影響どころか存在自体だってどうなるか。そんな事をして何の利点がある」

 一見して、何もない。残るのは独断の出撃という誇れはしない実績のみ。

「専用機化による戦力の拡大。本来の専用機持ちを防衛に割り振れます。打てる手は全て打つ。それだけでは」

「そういう問題じゃねえ! お前らは何だ! まだ学生だろうが!

 こういう時は大体はな、織斑先生に全部任せてる。今は先生がいねえから俺だ。いいか? 大人の仕事なんだよ!」

「――確かに教頭先生は大人ですが」虚は分かりきった事を言い放つ。「残念ですが男です」

 男にISは動かせない、その現実を突きつけられた教頭が力なく腰掛ける。「……なんでお前らなんだ」

「正確には汀組ですが、彼女達が一番擬似専用機の扱いに長けています。戦力増加の割合も一番大きい。教頭先生、適材適所です。覚悟なら出来ています」

「そういう事じゃねえ」

「ではどういう」

「汀1年だ」

 そう言って教頭は、背もたれに預けていた上体を揺り起こす。

「あいつの右手はもう使い物にならん。左の目は目蓋まで破れてズタズタだ。造ったスミス2年の責任じゃねえ。使い手がどうなるか判らねえ代物をスミス2年に作らせたのも、汀1年に使わせて、得体の知れない兵器と戦わせて、嫁入り前のあいつをキズモノにしちまったのも俺達だ」

 責任からの逃げではなく、むしろ逆、自分らが責任を取れる範囲で事を構えたいという意志。

「残っている女性の先生達じゃ駄目なのか」

「……連携に耐えうる経験値は彼女達のものしか蓄積がありません。それ以外の人間ではどうしても齟齬が出ます。先生方には防衛に専念していただきたく」

「武器はどうする、船を落とす程の火器なんざ」

 アルミケースを机に置いた。

「! お前、こりゃあ……!」

「艦内部の機関に火が入っていれば、計算上では自壊誘発が可能です」

「スミス2年には封印させた! なんで持ってる!」

「新しく作るな、とは厳命していなかったようですね。それに改良型です。威力も段違いだとか」

「ぐ……、反動は」

「彼女が欠点をそのままにしておくとは思えませんが」

「……なんでそこまで」

 その問いに、虚は少し詰まって、

「家が理由でもあります。生徒会長が心配というのも」

 だがそれだけではない。

「卒業間近に廃校なんて、見過ごす訳には行きませんから」

 最後を素直に言えなかったのは、見栄だ。

「…………」

 名を呼ぶ周囲に「うるせえ」と一喝。教頭は書類に判子を押していく。

 やがて全てに押し終わり、「責任は俺が取る。気にせずやんな」

「感謝します」

「但し機体はなにをしてでも元に戻せ。それとその中身は使うな、スミス2年にその後継を作らせてあるからそっちを使え。いいな」

「…………」

 

 

『あーあー。決まったかー?』

 

 

「!?」

 教頭が目を見開き、虚がアルミケースからの声に答える。「ええ、許可は出たわ。積んで頂戴」

『とはいってももう積んでるけどなー。あとは先輩だけなんだけどー』

 けど?

『早く来てくれないかー? ケイシーとかが重冨さんの餌食にだなー?』

 ……汀組の良心とされる重冨 要。彼女は緊張などで感極まると他人の髪を弄る癖がある。実家が床屋だからとの事だが、彼女が泣きながらとか過呼吸になりながら静穂の頭を天に聳えさせたり後光に変じさせていく光景をトーナメントでは頻繁に見受けられた。

 つまり何だろうか。昇天ぺガナントカが量産されているのだろうか。

「すぐに行くから三つ編みシニヨンを予約しておいて。それで誘導される筈だから」

『……もう遅いかもー』との言葉を最後に、スミスとの通話は途切れた。

「――まるでゾンビね」

「……おい、それ」

 ん? と教頭を見れば半ば放心状態で、

 ……ああ、と気付き、ケースを開く。

 中から通信機を取り出した。

「使ってしまいましたね、中身」

「----------!」

 教頭が項垂れる。()()を考案したのはスミスだ。何かの意趣返しだろうか、ここに至るまでの道程など知る由もないが。

「本来の中身は」

 当然の事実を教頭は聞いてくる。何を馬鹿な事を、とは思わない。彼ら教師陣にとって()はもはや瑕疵、弱点、泣き処に近い。

「先行しました。この中身を携えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねえさん、だいじょうぶ?」

「うん、大丈夫、だいじょうぶ。…………」

 コンクリートの粉末が制服に付く事もこの際考えずギブスの側の肩をつき、左の手のひらに握った杖代わりで体重を支える。急ぎスポーツ用品店で買ったものだ。普段風雨に晒されている壁は曇天で冷え、頭の熱を少しは抑えてくれそうだった。

「――ふぅ」

 息を整える。人々が静穂の視界から後方に急ぎ流れていく。逃げているのだ。熱量のない爆発が積乱雲を掻き消し、その外観を露にさせた、それらから逃げている。

 戦艦から逃げているのだが、目の前の年端もいかない少女は母親とはぐれたと言う。それもそうだろう、と静穂は思う。これだけの人が大挙して移動するのだ、綻びというかささくれというか、擦り合わせによる磨耗というか、そういった事案が起こらない方がおかしい。

 そしてそれを置いておかない人間も当然存在する。母親だ。娘を見つけ流れに逆らい走って近寄り少女を抱きかかえて静穂に礼を言ってくる。

 別に気にする事ではない。見るからに怪我人という静穂が、流れに逆らって走っているという光景を無視できる程に人々は珍しく混乱している。少し疲れていたところをその子の方が見つけてきたというだけ。寧ろ静穂を見つけてしまったから少女が母親から離れてしまった可能性すらある。

「じゃあね」

 女の子と手を振って別れる。見送る。

「………………」

(わたしにも母親がいたら)

 あのように心配させたら抱きしめてくれたのだろうか。

 かつての義姉と同じように――

(――どうでもいいか)

 今はそれどころでもないし、と切り替えていく。

 杖代わりを手に走り出した。


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