IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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 お待たせしました。


52.身を振る上での要注意事項 ①

 更識家は対暗部用暗部の家系。布仏の家は代々それに仕えてきた。

(でもその両家を以てしても彼の事は分からなかった)

 虚は自分の隣で歩を進めている彼を見やる。

 何者とも知れない彼は今、ギブスを吊る三角巾にギブスだけでなく缶ジュースを10本程押し込み携帯電話の画面を見て小首をかしげている。

 ……虚の主である楯無が単身で未確認機の調査へと赴く直前に聞いた話では、汀 静穂という少年は国の要人保護プログラムの対象者だというが、

(だとしても調べようがないなんてありえない)

 たとえ相手が要人だろうが首相だろうが更識と布仏に掛かればその全てを詳らかにする事もたやすい筈だ。

 だが彼に関してはそれが出来なかった。楯無は彼の事実を知って以降、両家にその能力を駆使して彼の情報を集めさせた。その際に彼が男と言う点は伏せて。楯無が信じられなかったというのが理由だが実際にその事実を見ていない虚にしてみれば並んで歩く今もその事実は信じられない。どう見ても女子だ。それもかなりレベルが高い。それこそ同姓が羨みかねない程の。

 そんな彼を対暗部用暗部がその諜報能力を以て調べ上げた結果、浮かび上がってきたものは汀 静穂という()()のものでしかなかった。

(ありえない)

 例え対象の重要事項が一つや二つ抜けていたとして、その程度のものは調べ上げていくうちに明らかになるのが普通だ。だが彼においてはそれがなく、彼が汀 静穂になる以前の全てが見つからない。

(何かがある? 更識にも見つけ出せない程の暗い位置に?)

 その推測に辿り着き、隣を進む人物に黒い影を見出しそうになったところで、

 

 

「――布仏先輩」

 

「っ、」

 その影の方から呼びかけられた。

 ……平静を装い対応する。

「何かしら?」

「ちょっと相談に乗ってもらえません?」

「相談?」

 更識でも調べきれない人物の悩みとは何だろうか。携帯電話と睨めっこしている事にも何か暗い意味があるような気がしてならない。疑心暗鬼に陥っている。

「さっきから携帯を確認しているんですが」

「繋がってるの?」

()()()()()()()、ですねぇ」言いながらも彼は操作を止めない。「まぁ相談は別の話なんですけど」

「――今の事態より重要な事?」

「喉に刺さった魚の骨が気になる、というか」

 解決しない事には本題に集中できないというようだ。

 彼が続ける。「昨日から臨海学校に行っているクラスメイト達がですね、メールを50件近く送ってきて」

(多いわね)

「今のところ確認したメールの全部に写真が添付されていて」

「写真?」

 そう聞くと彼は携帯電話を開いたままこちらに手渡してくる。

 見ていいのかと思いつつメールを開き、画像を呼び出す。

(これは、…………)

 その画像を占める色は肌色だった。女子ではなく、男子の。

 

――織斑 一夏とシャルル・デュノアの水着姿がアップで写し出されていた――

 

「…………」

「布仏先輩?」

 虚はつい、先程とは違う理由で取り繕う破目になった。

 ほぼ同級の異性、その水着姿。

 織斑 一夏は無難なハーフパンツ型、シャルル・デュノアはそれの上に橙色を基調とした半袖パーカーを羽織り、その中にも何かを着込んでいるのだろうか女子である輪郭を完璧に隠しきっている。

(デュノアさんは女子だと頭では分かっていたけれど、これは)

 更識家の諜報活動で予め()()の素性は理解していたが、1組の後輩達が彼に送ってきた写真では少年にしか見えない。

 織斑 一夏にしても適度に引き締まった上体を露わにしている。同年代ではない、二つは離れているにしろ異性の体を突如広げてしまうも、上擦りそうになる声を抑えて先を促す事が出来たのは、自分が更識家当主の御付であるという自負と、年長であるという見栄から来るものであった。

「――これがどうかしたの?」

 虚が返した携帯電話を受け取り彼は、

「パケ死攻撃なんですかねぇ」

「……、え?」

「写真を送ってくる意図が分からないんですよ。それもやけに一夏くんとシャルルくんのをばかり」

「それは……」

 ただ単にクラスメイト達からの善意ではないのだろうか。

 クラスメイト達は彼の本当の性別を知らず、未だ女子だと思い込んでいる。彼が自ら打ち明けでもしない限りそれがバレる事はないだろう。

 つまり彼の周囲は彼を女子だと認識していて、この二人の写真ばかりを送ってくる行為には、アイドルのブロマイドを収集するものと似た行動心理がある訳で。

「……貴方、何かを集めたりとかそういう趣味はないの?」

 なんですかいきなり、と彼は怪訝な顔をするも、

「そういう趣味はないですかね。いつでも逃げられるように荷物は少なく、貴重品は肌身離さず、って感じで」

 趣味的なものといえばタブレット端末くらいのものだと言う。自分の趣味と呼べるものは極力その中身に詰め込んで携帯しやすくしているのだと。

 そして、どうせなら、と彼は溜息をつく。「どうせ写真なら料理にしてくれたらとは思いますけどねぇ……」

 それを見て虚は思うのだ。

(……この場合も『色気より食い気』って言うのかしら)

 

 

 IS学園は学年毎に寮や食堂、風呂場も異なっている。

 1年生の寮の門扉を潜る時、虚は少しの懐かしさを感じていた。

 この学園への入学にはいずれ自分の主が入学するからという理由で、特に自分の意思もなかったのだが、両家の監視にも似た空気から逃れ、一時的にだが自分に課されたお役目からも開放された1年間は、我ながら適度に羽目を外して過ごした、妹にバレたら腹を抱えて笑いそうというか、そんな充実した日々だった事を覚えている。

 虚のクラスメイト達からすれば生徒会に入ってから変わったとよく言われるが、それもそうだろう。寧ろ今のほうが普通で、嘗ての頃の方が自分らしくなかった。

(少しはしゃぎ過ぎだったかもね、あの頃は)

 今は自分の主も、その妹君も、更には自分の妹までがこの学園に居る。そんな彼女らと近しい距離に居る静穂の前で、あの頃のような様は晒せない。彼女らに何を言われるか分かったものではないからだ。

 鬼の首を取ったようにからかってくるのは目に見えている。特に自分の妹の方は。

 虚は二重の意味で気を引き締めて彼の後を進む。

 普段ならば喧騒が絶える事のない寮の中も、その住人達のほぼ全員が臨海学校で出払っていては、静かな事この上ない。聞こえるのは自分とその先を行く彼の足跡だけだ。

 彼がチームの集合場所を1年寮の談話室にしたのはそれが理由だろうかと考える内に、二人はその場所に到着した。

 そうして迎えられた一声は驚愕を表すもので、

「虚? なんで?」

「――貴女達のリーダーから話してもらうわ」

 そう返すだけで納得というか、自分の姿を見て出てきた疑問を飲み込みソファから浮かせた腰をまた沈めてくれる辺り、このチームは信用に足ると判断した。

 上下関係ではないが指示系統がしっかりしている集団はそれだけで信用に足る。

 見渡せば十にも満たない人数が思い思いに談話室の椅子やソファに腰掛け、人によっては乾ききっていない互いの髪を乾かす姿からシャワー上がりという事が見て取れる。そういえば、と虚は思い出す。彼女達はアリーナ整備を担当していたと。それは土煙を被る事もあろうというもので。

「ジュース欲しい人、投げますよ?」

 静穂の呼びかけに全員が手を上げる。その手に向かい三角巾からジュースを取り出しては投げを繰り返し、全員に行き渡らせると、

 

「それ飲み終わったら皆で逃げましょうか」

 

『はぁ?』

「ちょっと!?」

 静穂の突拍子もない発言にチームの全員が首を傾げ、虚に至っては声を荒げて問いただした。

 そんな発言をしてくれた張本人は「駄目ですか、やっぱり」と諦め気味に虚に聞いてくるものだから、

「駄目、っていうか貴方から誘ってきたんでしょう!?」

 と言い返してしまう。事情を知らない面々からすれば自分達を置いて何の話をされているのか分からない。

 かと言って、現状を説明したところで普通の生徒である彼女達に、理解できるとも、解決できるとも考えにくい。自分も含めて。

 それを理解しているかのような面持ちで、彼が自分の分の缶ジュースを一度傾けると、

「状況を説明します」

(! 始まった)

 チーム汀組のブリーフィング、虚は眼鏡の内側で目を凝らし、この場は黙して見定めに掛かる。

 少しでも彼の内情を探りたかった。

 

 

「――現在、今も進行中ですがIS学園に対して攻撃行為が仕掛けられています。

 現在の被害はテレビや電話回線といった通信ケーブルの類いのみですが、いずれ携帯電話も中継基地から潰されるでしょう。

 並行して昨晩、詳細不明の機体が日本海側から上陸したそうです。更識生徒会長が()()()()()()()調()()()()()()、そのまま音信不通。消息不明となっています。

 これら二つの事案をわたしは無関係ではないと思い、後者の情報を開示して下さった布仏先輩の提案を受諾。このチームのみに情報を制限し、解決を模索したいと考えています」

 ……そう言い切って、彼は続ける。

「勿論、参加は自由。但し今聞いた事は職員室、用務員さんなど全ての大人、クラスメイトにも伝えないで下さい。不用意に不安を駆り立てて暴徒化する事態を防ぐ為です」

 質問を受け付けます、と彼が言うと早速複数の手が挙がった。

「どうぞ」と彼がまず促したのは永富だった、チーム内の立ち位置を知らない虚にはその選択理由が分からないが。

「攻撃行為と言ったけど、学園側のミス、エラー、ハッキングの可能性はないの?」

「どれも可能性はありません。わたしが職員室で実際に体験した限りではテレビ、電話共にいきなり切断されています。例えるなら使用料金の未払いでサービス会社側から供給を止められたようにです。学園の通信事情は分かりませんが、有線なら物理的に切断されてますね」

 質問を次の相手に。

「解決策の具体案はあるですか?」

「まずチームを二つに分けます。一方は学園に残り有事に備える。もう一方は私と布仏先輩とで学外に出て、ネットによる情報収集を行う」

 新しく手の挙がった相手に。

「有事に備える? 状態の回復ではなくて?」

「さっき言ったように、学園のネット環境は完全に封じられています。学園が独自に通信衛星を所持していて、尚且つどの国、機関にもその存在を隠していない限り復旧は無理でしょう。……次の方」

 

 

(……よくもまあ)

 よくもまあ此処まで口が回ると、虚は目の前の彼を見て思う。

 周囲を先輩達に囲まれて、矢継ぎ早に質問を繰り出され、それら全てを淀み無く返していく。

 一通り聞いていれば、彼の回答には確信めいた裏付けがあるように思える。

 

――その裏付けとは何なのか――

 

「……もうないですか?」

 彼がそう言ってチームの面々を見渡すと、最後とばかりに手が挙がる。

 最初と同じ相手からだ。

「……どうしてそう思うの?」

(来た)

「そう思うとは?」

「学園の通信障害と生徒会長の音信不通。この二つが関係しているという根拠は?」

「ちょ!」突如2年の少女が跳ね上がった。「先輩は反対なんすか!? 学園の危機ですよ!?」

「行かないとは言ってない!」立ち上がった少女に永富は一喝して押さえ込む。「貴女は学園に危機が迫っていると言う。それを私達だけでなんとかしようともしてる。それがどれだけ無茶か分かってる?」

「策を探すだけですよ?」

「一緒よ。それに貴女なら打開策をもう思いついていても私達はもう驚かない」

 うんうん、とチーム全員が頷いた。

「一体わたしを何だと思っているんですか」

「……この一か月私達は怪我も治りきっていない貴女に頼りっきりだった。勿論感謝はしてるし、だから大抵の頼み事なら聞いてあげたいとも思ってる。これはチームの総意よ」

 ……でも、と。

「こればっかりは危険すぎる。それこそ生徒会長のような専用機を持ってる人の出番だし、先生達に任せたほうが良いと私は思う」

(…………)

 

「それでも私達で解決したいのは何故? そこまでするに足る理由は?」

 

 ……その問い掛けに、彼は眉一つ動かさなかった。

 この場面を虚はただ眺めるでなく、(漸くなのね)と彼の次の言葉を心待ちにしていた。

 色々と思う所はあった。永富の問い掛けまで長く掛かったのも、チーム全員が彼に対して恩を感じ、恐らく初めてであろう彼の提案事を最後まで聞き、その内容を細部まで理解してからという意図もあったのだろうと虚はどこかで納得していた。

 だがそれも此処まで。漸く、漸く彼の真意に触れられる機会がやってきた。

 茶番だなどとは断じて思っていない。永富の問い掛けも尤もで、だが虚にしてはこのチームに動いてもらうより主の安否を確かめる術はないという確信さえ今は抱いている。それだけの結束力がこのチームにはある。

(さあ、聞かせて)

 

――汀 静穂の回答を――

 

 

 

「――随分と昔の話ですが」

「?」

「5年以上前になります。年末だったかな。

 わたしはテロに巻き込まれました。今回のやり口はその時の状況とほぼ同じです」

『…………え?』

「当時の私は雪国に住んでいて、」

「待って!」永富が腰を上げ制止する。「何の話!? 今と関係あるの!?」

「あるから聞いて下さい。……雪国の冬って言っても都会の方だったんですが、暖房を24時間焚いていないと家の中が凍りつくのは変わらなくて、その日の夜はどういう訳か電気が突然切れたんです。

 電気が切れると主な暖房器具は使えない。凍死するかもしれない、石油ストーブでは一酸化炭素中毒にもなりかねない。家の大人がいくらブレーカーを確かめても電気は復旧しないんです。しかもその前には電話が通じなかった。小さかったわたしは漸く気付いたんです。いくら積雪の重さで電話線が切れたとしても、携帯電話まで繋がらないなんてあるだろうか。停電なんてありえるだろうか。()()()()()()()()()()()

『…………』

「大人の指示で急いで避難しました。お隣さんで同級生の家もウチと同じ状況で、一緒になって表に出ると町一つが止まっていた。町中が混乱していて、人が沢山入り乱れていて、」

 

――同級生が撃たれました――

 

「わたしも撃たれました。死ななかったのは撃たれた同級生が私に縋りついてきて体勢が崩れたから」

「あの、」一人が手を挙げる。「それ、まさか日本で起きたとか言わないよね? 聞いた事ないんだけど」

「……、」彼が頭を振る。「まさかの日本です。テロ集団の目的はISコアの無条件譲渡か何かだったんでしょう」

 ISコアの貴重性、重要性を考えれば、政府も躍起になってマスコミを封じに掛かるのも当然と言える。

 ――通信手段を封じ、次にライフラインの切断、予め犯行声明を期限付きで出しておき、期限内に要求に応じなければ破壊活動を行う。

 中身の無くなった缶ジュースを握り締めつつ、その身を抱くようにして、彼は続ける。

「撃たれた箇所がとても熱くて、息が出来ない程苦しくて、でもそれ以上に怖くて、見ているしか出来なかった」

 縋りついてきた同級生の指が緩み、痛いとも、死にたくないとも言えず、

 目の前で同級生の呼吸が止まり、頬に降り付ける雪が溶けずに張り付き始めるのを、

 だた、自分が苦しいからという理由で、何もせずにただ見続けるしかなかった。

 …………でも、今は。

「今は違う。皆さんの協力があれば、何もかも上手くいく算段がわたしの頭の中で出来上がりつつある。

 皆さんは最高の人材です。あの時何も出来なかったわたしでも、皆さんが引っ張ってくれたら何だって出来る」

 だから、と。

「力を貸してください。今()()()()に足りないのは情報だけです」

 




 Q.どうして今回遅れたのか。

 A1.いわゆる「183」の状態に陥った。
 A2.新型ノロウイルスで死にかけていた。
 A3.病欠で仕事が溜まり死にかけている。

 上記全ての理由です。申し訳ありません。

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