IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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46.グレー・スケール・チルドレン ④

 薄暗い医務室。怪我人を起こさないよう最低限の卓上ライトのみが二人を照らしている。

 ――まさか今年の1年生にもメスを握る事態になろうとは、と保健教諭は手術着から普段の白衣に袖を通して思った。

 通常ならば学校の敷地内に医科棟が存在する事が、というか手術器具が常備されている事からおかしいのだが、それなら看護師の担当も増やしてほしかった。都合よくも其処のベッドを勝手に占領して眠る生徒会長と、そのISが水分操作能力を有していなければ厄介だった。

 と、そこまで考えて思い出す。彼は男子でその素性を隠していた。いくら人手が居たとして今回には使えず、寧ろ何故自分達を使わないのかと不信感を煽り状況を悪化させていただろう。生徒会長を騙して使えただけ僥倖か。

「お疲れ様です」と織斑先生がココアを差し出してくれる。

 礼を言って受け取り、一口。

(…………足りない)

 普段ならばこの甘さで十分物足りるのだが今の彼女には糖分とカロリーが欠落していた。

「どうですか、汀は」

 んー? と保健教諭は定位置である自分の椅子に座り机に置いた瓶から飴を取り出しつつ、

「暫くは絶対安静、面会謝絶ですね」

 と、包み紙を急ぎ破り捨てて口に放り込んだ。

「予断を許さない、という事ですか」

 手早く三つの飴を噛み砕き、保健教諭は、何ともいえない、と回答した。

「というか予測がつかないんです」その答え以外で今の彼に当てはまる言葉はない。「私は最善を尽くし、結果、山は越えたとしか言えません」

 と言って保健教諭はココアを一気に飲み干した。自画自賛で匙を投げるような言い草だが他に言い様はない。

「……ゴーレムのISコアは見つかりましたか?」

「精査を掛けましたが判別はできませんでした」

 判別できない? と織斑先生が鸚鵡返し。

「以前に見られたノイズも、ISコア同士のネットワーク構築プログラムへの反応も見られない。触診した限りでは完全に人体と一体化しています」

 人体と無機物(ISコア)の融合。彼とゴーレムのISコアは完全に一次移行を完了させたのだろう。織斑 千冬と篠ノ之 束の会話を知らない彼女には判別しかねるが。

 ……保健教諭は彼を見る度に、彼の置かれている事態と医者としての自身の無力さに嘆いた。

「――17回」

「…………」

「私も試合は見ていました。汀さんは偽織斑先生の剣を回避も防御もできず、17回斬りつけられている」

 あの程度で済んだのは(ひとえ)にVTシステムの欠陥と、グレイ・ラビットの形状によるものだとつくづく思う。

 VTシステムの刀は液状化したシュヴェルツェア・レーゲンの装甲だ。正しく鍛え上げられたそれらとは比べるまでもなく脆い。織斑 千冬という礎、型が在ってこそあれ程の打撃力、脅威となったのだ。

 VTシステムの刀は脆かった。脆い刀は刃毀れも多い。

 更に汀のISスーツは形状こそそれだがその実はISそのものであり装甲だ。布とは遥かに硬度が違う。

 堅いISの装甲とぶつかり、刃毀れを起こしつつも肉を切り裂き剥離した刀身は汀の体内に蓄積され、システムが機能停止したと同時にその形状を変化させた。……元の液状化した装甲に。

 人体にとって金属がそのまま体内に入り込む事は毒以外の何物でもない。さらに血液と同じ形状となれば血流と混ざり循環、その中に毒を撒き散らす。

 輸血パックをそれこそ湯水のように用い、生徒会長に絶えず循環させて洗い流したとは思うがそれでも不安は拭えない。

 抉られてぽっかりと開いた左目から血と眼球だった液体が溢れる度に、胸の何かが締め付けられた。

 脳こそそれこそ門外漢。自分には理解できないが、傷ついていたら後遺症は不可避だ。

 どれ程苦しかっただろう、辛かっただろう、痛かっただろう。

 ISの生命維持機能は脳内麻薬の分泌促進や果ては痛覚遮断まで行うと聞くが、それにも限界はあるだろう。

 何も言えない。命を繋ぐ事に成功したとしか。

「織斑先生?」今度はこちらから聞く順番となった。

「何でしょう」

「どうかしましたか?」

 織斑先生にしては心ここに在らず、といった表情をしていた。

 指摘すると織斑先生は一層に気を引き締めて、

「少し疲れたようです」と言って礼をし、汀を頼みますと言って医務室を後にした。

 ……起きているのは自分一人となって、保健教諭は並ぶベッドに目をやった。

 重症患者は別室で眠っているからこの後見に行くとして、この場を去る前に患者達の様子を見ておくのも勤めと思ったのだ。

 更識姉妹、姉の方は疲れて泥のように眠り、妹の方はゆっくりと寝息を立てている。目の辺りが少し赤いのは彼を心配しての事だろうか。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは軽傷で早くに出て行った。織斑先生となにやら話していたようだが敢えて聞くような真似はしない。

 そして最後に篠ノ之 箒――

「――篠ノ之さん?」

 更識 簪に比べ軽傷だった彼女が居ない。主の居ないベッドは整然と整えられ、シーツまで剥いで畳んである。流石に洗濯や交換まではできなかったようだ。

 思わず笑みが浮かんでくる。年頃の少年少女にはよくある事だ。自分の状態を過信して、礼を言うのが気恥ずかしい。

 仕方ないなあとベッドを離れ、保健教諭は医務室に点く全ての明かりを消した。

 

 

 

――理由は分かるが手段が分からない。解決策もだ――

 

 亜毛の言葉を思い出しつつ、千冬は廊下を進む。

 実の弟と、親友の妹。

 二人に悪意の手が及んでいる事実は、流石の織斑 千冬という人間にも動揺の色を落としこんでいた。

(そんな素振りは全くなかった)

 千冬は人を見る目はあるつもりだった。人の機微ではなく立居振舞による違和感などだ。

 だが汀は当然としても、箒も、一夏ですらも見抜けなかった。洗脳というのはそういうものだと頭ごなしに押さえつけられる気分だ。

(たった1年でか)

 1年間、ドイツへ行った。その後IS学園に勤め、出来る限り家には帰っていたつもりだ。

 たった1年、その場を離れただけで、こうも簡単に全て崩れ去るのかと。

 これまでの弟を思い返す。――何も変わらない。唯一無二、たった一人の弟だ。

 ……思考を切り、千冬は歩を進める。

 今日で何度舌を食いそうになったか思い出せなくなった頃。

 今最も話がしたい相手からの電話が掛かってきた。

「!」直ぐに通話のボタンを押し、名前を呼んだ。「束」

『やあやあちーちゃん! 昼間振りだね!』

「……束、お前は」

『知ってるよ』

 息を呑んだ。そして聞く。

「――、お前ならどうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しい玩具(オモチャ)は遊ばないと意味がない。自分で作ったならば尚の事、誰かに教えたくなるものだ。

 もしも封すら開けずにショーケースに仕舞うようならその輩はナルシストか鬱病のどちらかだ。

 その点に於いて篠ノ之 束は正しくも子供で、天災だった。

 

――ゴーレムⅡ――

 

 彼女が意のままに操る機体は、轟々と揺らめく炎に照らされていた。

 その様を眺めつつ束は携帯電話越しの親友からの質問にこう答えた。

「対策はあの石ころが示してくれたよ! 正確には不器用なグレイ・ラビットがね!」

 汀が? という親友の言葉に、そうかあの石ころは汀というのか、と新しい玩具の存在に目を輝かせる。

『汀の洗脳は解けたのか』

「正確には対策というより折衷案かな? いずれにせよあの子達にしか使えない手だから何か考えないといけないけどね」

 愛する妹と親友の弟、そして愛する子供(IS)達に、この手はあまり使いたくない。

 友人を守れず自問自答をくり返した者にしか出す事の出来ない、自己犠牲による打開策。

 それを見守り続けた束だからこそ知っている。この方法はグレイ・ラビットと汀 某を結びつけた絆の結果だと。

「それで、どうする?」束は切り出した。「ちーちゃんが良ければ束さんの方で何とかしてみるけど?」

 親友の弟も当人が知らずの内に酷い目に遭っている。親友の手ではどうしようもない筈だ。

 だが、

『いや、いい』束の提案を親友は突っぱねた。『お前一人に任せるのは癪だ。此方でも何か考える』

(――そう! そうだよ!)

 そうでなくては織斑 千冬、束の親友ではない。束は期待通りの答えに歓喜する。

 決して自分を異物扱いしないその態度。特別扱いをしない特別。だからこそ束は千冬の事が面白い。

 そしてその弟の一夏も。実妹も今は反抗期なだけだ。

 ――と、その意を態度で示そうとすると、この世で最も愛すべき人物から電話が入る。

 即座に通話を切り替えた。

「もすもす終日(ひねもす)~!? ハーイ貴女のお姉ちゃん篠ノ之 束だよー!!」

『…………』

「……あり?」

 不発はいつもの事、だが普段の妹ならばその場で電話を切ろうとする。

 今回に於いてそれがない。

「箒ちゃん?」

『――姉さん』

 ――泣いていた、愛する妹が。恐らく誰も居ない場所で。

 苦しめたのは誰だ。傷つけたのは誰だ。

 この子をこんなに苦しめる連中を許すことは絶対にない。一人残らず探し出し、一生を掛けて後悔させる。

 ――不の感情を押し殺し、努めて明るく、諭すように、

「大丈夫!」

 辛く、苦しい心の内をほぐすように、

 そう言った。妹だけでなく自分にも言い聞かせて。

(大丈夫。悔しいんだね、悲しいんだね)

 大丈夫。彼女の事は、自分が良く分かっている。

「そんな箒ちゃんに赤を上げよう! 何者にも負けない赤。白に並び立つ赤を!」

 

 

 ……妹との大切な時間を過ごし、終わるまで待っていた親友の小言をなあなあで聞き流して、

 千冬はゴーレムⅡのカメラを空に向けた。

 妹が泣き出すまでそこには影があった。今はもう空に溶け込み消えている。

「でね? 新しく作ったゴーレムでドイツの不細工研究所を吹っ飛ばそうとしたんだけど」

 待たされて侘びもなく次の用件に入られた親友は『……それで?』

 

「私がやるよりも先に吹っ飛んでたよ」

 

『何だと!?』

「だから私はやってない! それじゃ」

 おい待て! と聞こえた気がする携帯電話をその辺に放り投げた。

 ゴーレムⅡのカメラを今度は手元に向けさせる。

 シリーズ特有の大きな腕部、それが篝火程度に燃える破壊の痕で照らされる中、

 その中に一人、少女がいた。

(どこかで見た顔だ)とつい瓦礫の下から取り上げさせてしまったのだ。

 まだ息がある事に、束は(どうしようか)とつい思ってしまう。

 篠ノ之 束にとって人間とは愛する妹と親友とその可愛い弟で、それ以外は石ころとなんら変わらない。

 だが変わらないとはいえ、例えその石ころ共が自分の制作物を改悪したとしても、その成果を()()()()()()を出す事なく成果のみを無に帰すだけで済ませるくらいには人格者のつもりだ。

 つまり態々拾い上げた命を瓦礫と火の中にもう一度戻す事ができる程の悪人ではない。

「…………まあいいよね!」

 束は自分が大人であるという事を盾にした。生き物の世話くらい自分一人でもできる。

 ゴーレムⅡにはそのまま帰還させて、束は自分のものでない寝床の用意に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煌々と照らしていた車の火は消え、元の静寂を取り戻した地下駐車場。

 これまでとは違い、静穂は燃え尽きた車のボンネットに腰掛けている。

 たった一人、何に目を向けるでもなく、

 ただ其処に座り続ける。

 そんな彼に、客人が一人。

 エプロンドレスだろうか、以前にどこかで見たような衣装を身にまとう女性だった。

「キミはいつまで寝てるのかな?」

 歌声に通じる耳通りで、彼女は静穂に投げかけた。

「……いつまでですかね?」

 質問に疑問で静穂は返す。

 正直、静穂にも分からない。どうして自分はここにいるのか。

 燃え尽きた車達は静穂が激昂した証だ。そして静穂が解き放たれた証でもある。

 解き放たれた筈だ、洗脳から。名も知らぬ大人達の悪意から。

 だがそれが静穂の足を鈍らせていた。

 ――今、静穂は気付いた。

「……怖いんだと、思います」

 燃え尽きた地下駐車場から出る事が、静穂は怖い。

 そこから出るには、今の静穂は弱すぎる気がして。

 これまでは命令を聞くだけでよかった。考える余地などなく、ただ命令の通りに動けばそれで許された。

 失敗しても命令されたと言えばそれで良かった、許されたのだ。

 洗脳は後ろ盾だった。これからは、それがない。

「それで」エプロンドレスの彼女は尋ねた。「それで、この世界、楽しい?」

「……ここを出たら、楽しくなります?」

 質問を疑問で返す。彼女は答えない。

「――だったら、出てもいいかな」

 その答えは、正解だったようだ。

 

 

 ――目が覚めると、指一本がまるで横倒しになった物置のように重い。

 自分以外は誰もいない、だが夢とは違う状況で、静穂は一人、天井を眺めていた。

 ……網膜に直接映る計器群の中に、ふと便箋の形を見つけた。

 目線で操作、便箋を開く。

 

――今日からキミは、しーぴょんだ!

                  束――

 

「…………どちらの束様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒然となった。

「居たか!?」

「いいえ! 射撃場には来ていないそうです!」

「あの傷で遠くには行けない筈だ。居るとしたら学園の中だよ」

「アンタ達! シズ居た!?」

「鈴! そっちはどうだった!?」

「屋上は封鎖されてた! シズならまず行かないわ!」

 ――汀 静穂が病室から消えた。保健委員の一人が当番で彼女の様子を見に行くと、そこに眠っている筈の、包帯で半分マミーと化した眠り姫は居なかったのだ。

 抜け出したか、攫われたか。IS学園のセキュリティで誘拐事件はありえない。

 ならば前者なのだがその理由と居場所がまるで分からなかった。

 彼女が一番に行きそうなのは食堂か射撃場。一番彼女を知っている1組の面々は空腹で食堂に居ると踏んでいたものだからさあ大変、本当に一体何処へ消えたのか。

「もう一回行くぞ! すれ違いになってるかもしれない!」

 一夏の号令を受けて、その場にいた面々が散っていく。

 その中で一人。

(屋上は封鎖されていた)

 シャルル・デュノアだけが出遅れていた。

「静穂なら行かない……?」

 

 

 普段から屋上に通じる踊り場には用具入れがあり、その中にはカラーコーンとコーンバーが収納されている。

 プラスチック製のそれらはとても軽かった。それこそ重傷患者でも気合を入れたらその場を封鎖する用意ができそうな程に。

 バーを乗り越え扉のノブに手を掛ける。初夏の風が彼女の編まれた髪を揺らす。

 普段は生徒達の憩いの場となる場所を、今はたった一人が独り占めしていた。

 ベンチに身を預け、彼女と同じく風に髪を揺らしている。

「……静穂」

 シャルロットはそのまま彼に近づいていく。

 散々たる姿だ。病衣の上に制服の上着を引っ掛けるだけの彼は、顔の右目と口元以外、全身を包帯に覆っている。右腕など肩口からギブスで固定され指先まですっぽりと包まれていた。左腕には点滴スタンドから伸びる管が繋がっている。スタンドを杖にここまで来たのだろうか。

「座ったら?」

 突然喋りだした静穂にシャルロットは肩を震わせた。

 おずおずと静穂の隣に座る。静穂が口を開いた。

「やあ、シャルルくん」

「静穂」

「起きたらこんなにぐるぐる巻きで驚いたよ。テレビを点けたら特撮番組が来週やる筈の回をやってるし」

 まるで浦島太郎だ、と静穂はくすくすと笑った。

「……どうして入り口を封鎖してたの?」

 シャルロットの問いかけに静穂は、

「実験」と答えた。

「何の?」

「私が居なくなったら何人くらいが慌ててくれるかなぁ、って」

 シャルロットは絶句した。そんな興味本位で自分たちを心配させたのかと。

 いい加減にしろ、と怒鳴ろうとして、はっとする。

(これまでの静穂は、こんな悪戯はしなかった)

 悪戯という年ではないが、それをやるなら同じクラスの岸原 理子などがやりそうではあるが静穂はそれらに当てはまらない。

「本当に、静穂なの……?」

 ありえない問いかけをしてしまった。目の前にいるのは確かに彼の筈なのに。

 慌てて取消そうとするも、

「どうだろう、自分でもわからない」

 まさかの答えが返ってきた。

「だからまずは知りたかったのだと思う。わたしが叫んで、暴れて、泣いたりしないでも、誰かを動かす事ができるのかどうか」

 なにが静穂を静穂たらしめるのか。

 思春期ならば誰もが通りそうな道を、静穂は漸く歩き始めていた。

 それまでは抑圧されていたのかとシャルロットは思う。何かの型に押し込められて、汀 静穂である事を強制させられたとしたら。

 まるで自分と同じに見えた。シャルル・デュノアとして、男子としてこの場に居ざるを得ない状況。静穂も同じなのではないか。もしも出会う前から汀 静穂として操られていたのであれば、

 今の彼は何者なのか。

 そう考えて、ふと思い出した。

「静穂、覚えてる?」

「?」

「静穂、最後にぼくを押し出したでしょ」

 静穂が目を泳がせる。操られていた時の記憶は曖昧なのか。

 静穂に灰色の鱗殻(グレー・スケール)のアッパーカットを決め抱き寄せた時、静穂はずっとシャルロットに攻撃の素振りを見せていた。

 そしてVTシステムが再起動した瞬間、静穂の素振りは実体を伴い、結果シャルロットはラファールによりほぼ無傷で生還している。

 その時の静穂の表情が、脳裏から離れなかった。

 

――慈しむ、まるで母親のような表情の彼――

 

「あの時の静穂が、本物の静穂なの?」

「…………」

 静穂はシャルロットの目を見て、眩しそうに右目を細める。

「それは別の人だね」

「別の人?」

 多重人格を騙るまでに精神年齢が下がっているのだろうか。

「私を助けてくれた人の、……そう、真似が出たんだと思う」

 羨ましい、わたしはもう見られないから、と静穂は目を閉じる。

 目の下を走る包帯に、僅かな大きさの透明な染みができた。

 きっと大切な人なのだろう。こちらを安心させる為に、つい表情が出てきてしまう程に。

 

 

 シャルルが駆け足でトーナメント結果などを説明していく中、シャルルは伝言を思い出した。

「そう言えば、静穂が起きたら、って織斑先生から伝言があるよ」

 

――無効試合なので保留とする――

 

「だって。何の意味?」

「――内緒」

「……そういうところは変わらないよね」

 そう言えば静穂がどうして学園にいるのか、世界で二人目の男子としてではなく女装をしてまで隠しているのか、シャルロットは知らない。

 逆に静穂はシャルロットの秘密を知っている。

「不公平だ」

 不満を漏らすと静穂が痛い所に食いついた。

「そういえばシャルルくん」

「誤魔化されないよ」

「シャルルくんはシャルルくんのままなんだね」

 うっ、とシャルロットは言葉に詰まった。

 確かにシャルロットはシャルル・デュノアのまま男子の制服に袖を通していた。

「その、打ち明けるタイミングを逃しちゃって」

 うわぁ、と静穂が口を開ける。

 静穂にはまだ話せていないがラウラと一夏の関係で一悶着あったのだ。

 そのままずるずると一週間。何度山田先生に打ち明けようと思った事か。結果としてできはしなかった訳だが。

「……なんとかしたい?」と静穂が聞いてくる。

 当然だ。もう包み隠さず真に1組の仲間になりたいとシャルロットは心の底から思っている。別に胸を隠すのが辛くなってきた訳ではない。

 迷う事なく肯定した。

「――ならこっちの頼みも聞いてくれる?」

 そう聞いてくる静穂の表情は、その大部分が包帯に隠されていても、今までの彼に見た事がないと判別できる程に蠱惑的で、それでいて中性的、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

 思わず息を呑む。右目一つに吸い込まれる。

 本当に別人かと思い始めたその時、

 

――見つけたぁあっ!!――

 

「あ、師匠にお鈴だ」

「オルコットさんに鳳さん!?」

 爽やかだった風が一瞬にして暴風へと変わる。

 青と赤、2機のISが推進器を吹かし滞空していた。

「こぉらシズッ! アンタいたなら返事しなさいよ!」

「ごめん、疲れて寝てた」

「そんな身体で抜け出して! どれだけ心配したと思ってますの!?」

「うん、ありがとう――わぷっ」

 素早くISを解除したセシリアが静穂に抱きついて頭を撫で始める。まるで姉妹のようだ。片方は男なのに。

 おぼつかない左手でタップする静穂は撫でられたまま、

「シャルルくん、頼みを聞いてくれたらその時に話すよ」

「アンタ何の話よ」

「二人に遮られた話の続き」

 むう、と鈴がむくれると勢いよく扉が開いた。

「いたぞ嫁よ」

「静穂! 皆もいるなら呼んでくれよ!」

 ラウラと一夏だ。二人の姿が見えるや否や、

 

――鈴が青龍刀を呼び出しセシリアがBTライフルを構えた――

 

「わたくしは絶対に認めませんわよ!!」

「今日こそアンタの間違った日本観を叩き直してやるわ!!」

「へ!? へ!?」

「あー、まだ言ってなかったね」

 丁度いい意趣返しなので黙っておこうと心に決めたシャルロットだった。

 するとラウラが、

「待て。私は汀 静穂に用がある」

 ずかずかと、警戒する二人を余所に近づいて来る。

 セシリアの抱き寄せる力が強くなる。傷口が開きそうだ。

 遂にラウラが静穂の前に来た。

「息災か」

「へ? あ、どうだろう」

 どう見ても息災ではない。

「起きているではないか」

「えと、眠れなくてね、うん」

 どこか焼き増しを髣髴とさせる会話。

 ……暫し、沈黙。切り出したのはラウラから。

「貴様には感謝の意を伝えたい。援護と救助、助かった」

「あ、どうも」

 深々と90度の角度で頭を下げるラウラに静穂もつられて頭が下がる。

「そこで本国の意向に沿い、私も賛同した」

 

――貴様を我が部隊に招き入れる事とする――

 

『…………へ?』

「わが国のIS配備特殊部隊、シュヴァルツェ・ハーゼ。本日只今を以って貴様は当部隊へと特別に配属、私の部下となる」

『え、なにそれ』

 全員で説明を希望する。するもラウラは止まる事なく、自らの眼帯を包帯の上から静穂の左目部分に宛がい、

「副官曰く日本には、傍に同姓を置く場合、自らが着用する物品をその者に装着させる習慣があるそうだ」

『待って、何かがおかしい』

 手を回して紐を結び終えると、ラウラは満足そうに頷き、

 

「今日より貴様を私の義妹(いもうと)とする!!」

『ど、ど……、』

 

――どうしてそうなる!?――




 これにて原作二巻分を終了とさせていただきます。
 一巻分終了時と同じく活動報告を書く予定です。
 これからも拙作を宜しくお願い申し上げます。
 では三巻で。

 ……これから戦闘回は減らしたいなぁ。

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