IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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43.グレー・スケール・チルドレン ①

 織斑先生からの指示はこうだ。

I()S()()()()()()()()()()()()()。汀を操っている大元は首のそれだ』

 そこに灰色の鱗殻(グレー・スケール)盾殺し(シールド・ピアース)の一撃を人体の急所に叩き込めというのだ。

 この説明にシャルロットは合点がいかなかった。変哲もない友人をここまでの羅刹に変貌させる技術が、ISスーツと肌の間に収まるとは思えない。確かにISスーツには端末の類いが搭載されているのは事実だが、首元には電極以外が入り込む余地はないのだ。

 下手を打てば静穂は死ぬ。織斑先生は賭けに出ろと言うのだ。見殺しになどせずに、下手を打って殺すか、一縷の望みを掴み取り彼を救うか。

 他に救う手掛かりがないという事実がシャルロットを決断させた。先生が何かを隠していたとしても必要な事なのだと切り替える。

 了解の意を伝え、飛ぶ。その先では静穂が膝立ちにまで起き上がっていた。

(回復した!?)

 いや違うのだと即座に理解した。サブアームが四肢に張り付くように接続され、操り人形の糸を引くように外側から機体を動かしているのだ。

 操られている静穂が自分で自分を操る様にシャルロットは生理的嫌悪感を覚える。それで当然だとも思った。今の静穂を動かすのは悪意、それも他人のそれだ。他人に物理的に動かされる人間というのはこうもおぞましいものなのか。

 早急に救い出すべく近づくシャルロットを、その手を跳ね除けるように静穂が腕を振るう。

 拡張領域から取り出された普通のハンドガンがシャルロットの眉間を叩く。直線距離から逸れて回避運動を余儀なくされた。

 ふらつく腕で頻度こそ落ちたが的確に狙ってくる。目線は地に落ちたままハイパーセンサーで狙われていた。時折呟く彼は狂っているのか抗っているのか、シャルロットにはわからない。

『させるか!』

「!?」

 VTシステムがシャルロットの後方に迫り、一夏がそれに飛びついていた。「一夏!」

 白式の推進器が暴れまわる。回転に任せシャルロットから距離を取りVTシステムを振り回す。最後には放り投げ、一夏は雪片を輝かせる。

 単一仕様能力・零落白夜。

 瞬時加速にて突撃。受け止めるべく持ち上げられたVTシステムの刀身を半ばから叩き斬り、さらにその腕を肩口から切り落とした。

『シャルル! こっちは任せろ!』

「でも!」

『心配ない! もう負けない!』

 負けないって、というシャルロットの呟きを晴らすように、一夏もまた、飛ぶ。

 再生したVTシステムの刀身を、輝きを収めた雪片の上で滑らせた。

 火花と共に走る刀身が切っ先を越える。押し込められた一夏の力が開放され雪片を加速、大上段からの袈裟斬りを決めてみせた。

 まだ足りぬとばかりに横蹴り、再度の袈裟と叩き込みVTシステムとの鍔迫り合いに持ち込んだ。

『やっと分かった。こいつは千冬姉とそっくりだが外見と動きだけだってようやく分かったんだ』

 だから負ける事はない! と、一夏が刀を弾く。

『そっちは任せたぞ! シャルル!』

 

 

 ――シャルルを送り出して、再度の鍔迫り合いに持ち込んだ時。

(!?)

 一夏は聞いた。

 耳の内側から直接発せられたような、声を。

 ……私は、と。

(ラウラ!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるじゃないか、弟さん」

 亜毛の賛辞に千冬は眉一つ動かさず、

「あれを1回戦から出来ていれば及第点です。今頃出来るようになっても意味はありません」

 せめて試合の最初からやっていればここまでの状況にならずに済んだだろうと千冬は考える。

「……実の弟だから厳しく接しなければならない、か。本当に難しい立場だ」

 分かっているのなら口に出さないで頂きたい。そこで指を組み必死に祈る山田先生のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ラファール・リヴァイヴ・カスタムII。

 シャルロットの乗機は、言ってしまえば他の専用機と比べて見劣りしてしまう。

 第2世代機であるというのが大きい。第3世代兵装を持たず、数多の仕様変更と拡張領域の容量拡大でそれを誤魔化している。不可思議な武器で尖らせるよりも堅実に完成させたと言えば聞こえは良いだろうが、専用機は企業の看板ともとれる。IS開発企業として新技術に手を出せない現状は致命的だ。

 それでも一次移行を済ませ蓄積された稼働時間と基本能力の高さ、そしてそれらを効率よく稼動させるシャルロットの技量が、他の専用機とと比べて遜色の無いパフォーマンスを発揮させていた。

 ――それこそ観客が息を呑み、溜息を漏らす程に。

 アサルトライフル、ショットガン、近接ブレード、重機関銃。二人の手の上で銃器が舞い上がり、静穂を導くようにシャルロットが踊る。

 手負いの相手は止めを刺すには危険極まりなく、救おうとすればそれを拒む。

 静穂の射撃が止む事はなく、頑なにシャルロットを否定する。

 だがそこまでの脅威ではなかった。

 動かない腕を外部から遠まわしに動かす、そうでもしないと戦えない程の満身創痍。

 そんな射撃が簡単に当たる自分とラファールではない。

 誘導し、惹きつけ、高速切替(ラピッド・スイッチ)との併用を以て距離感を掴ませない。

 狙いをつければ其処には居らず、踏み込まれたならばその分だけの距離を取る。

 

――砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)――

 

 命の火を燃やす(しずほ)を、(シャルル)が徹底してリードするように。

 求める程に遠く、諦めるには近く、自らの銃火と金切り声を音楽に二人の刻む輪舞が見る者を魅了して、加速する。

 ……そして今、シャルロットが前に出た。

 左のショットガンを防盾で受けさせて、ブレードで押さえ込む。

 ショットガンを投げ捨てるように拡張領域に放り込み、鱗殻を起動。

 度重なる打撃にフレームから歪んだシールドを炸裂ボルトで強制排除。

 防盾の上から腕だけ乗り越えさせて、撃った。

 弾かれて距離を取る静穂にダメージを受けた様子はない。

(外した!)

 強引に当てに行ったのも、迷いもあったのだろう。だが何より静穂はPIC操作に長けている印象が強い。銃器の命中精度を確保する為だと言っていたが、緊急回避にも用いる程の習熟度となるとそれはもはや武器だ。操られているとはいえそれを行うのは静穂自身の技量だろう。ここまでの技量とは聞いていない。

 ……そう、聞いていないのだ。彼について、何もかも。

 

 

 果たして私は完璧と言えるだろうか。

 嘗ては胸を張って言えた。だが今は。

 ……物心つく時点でナイフを握った。使った先は実物大の人形。布一枚を切るのがやっとだったのが、次第にその硬い綿、フレームまで届き、突き立てて、切り裂いた。

 銃は弾丸の一つ一つまで学んだ。とても重く、簡単に人を傷つけられる代物だと恐怖したが、対人使用を禁止されている練習弾を使い切り、人形を何体もぼろ布にするまで1年と経たなかった。

 人を動かす授業には手を焼いた。駒を使う分には問題ないが、実際にとなると駒に様々な状態が付きまとう。それらを理解するのにかなりの時間が掛かった。

 これらを学ぶ事に迷いはなかった。寧ろこれらを学ぶ事は当たり前であって、何故周囲はこれらができないのかが疑問だった。

 ……ISが現れ、教官が現れるまでは。

 最初、ここまで扱えない兵装があってたまるかと毒づき、周囲がさも自分の手足のように宙を舞う姿に愕然とした。

 自分が呼吸と同じ様にできる動作がISでは酷く重くなる。これまでとまるで対極的、自分が負ける。落ちていく。

 ……これまでの行いは何だったのか。たった一つの兵器が扱えないというだけで、私の、これまでの行いは無駄になるのか。

 鏡を見て、左手を突く。鏡に映る、黄金色に変質した左の眼(ヴォーダン・オージェ)を覆い隠した。

 穢れた証だ。歪んだ証だ。あの兵器に否定された証だ。

 兵器が搭乗する人間を選ぶなど前代未聞だが、事実男は動かす事も叶わず、私のように、処置を施されても満足に動かせない女が存在する。

 誰にも言えず、廃棄されかかる理不尽に焦燥を覚えた頃に、彼女はやってきた。

 

――安心しろ。IS程度、何の苦でもないという事をその身に叩き込んでやる――

 

 純粋な日本人の教官に言われるがまま、私は1年を過ごした。

 ……違う理由で愕然とした。教官との訓練と較べたら今までのそれはなんと無駄だったのかと叫びたくなった。

 それだけ教官との日々は濃密だった。この日々の為に今までがあった気すらしていた。

 教官が去るその日までは――

 

 

「――ラウラ!」

 幾度となく切結んで一夏が叫ぶ。「だからなんだ! それと今のお前と何の関係がある!」

(……帰らないでほしかった。居なくならないでほしかった)

 耳の内側から響く声は無機質で、且つどこか悲痛を携えていて、

(捨てないでほしかった。私はまた今の地位を取り戻したが、教官にはまだ教わりたい事が沢山あった)

 だが彼女は帰国した。仕事を終えたのだから当然ではある。

 しかしラウラはそれを受け入れられなかった。

(教官に近づきたかった。教官に教えていただいた全てを証明したかった)

 そして許せなかった。ISをファッション程度にしか考えていない連中が、織斑 千冬の教鞭を受けるという現実を。

 ラウラは、

(私は、教官になりたかった)

「----------!!」

 一夏が斬り込む、避けもせずVTシステムは斬りつけられた。

「だったらそんなんじゃ駄目だろ! そんな真似事で満足かよ!?」

(私は、)

 

 

 ……まるで、とシャルロットは思う。

 まるであの時のようだ。母が死に、父には受け入れられ、本妻には否定された、あの時と。

 逃げるように父と本宅を飛び出して以降シャルロットはISの操縦に没頭した。そうしてさえいれば本妻の顔も見ずに済み、自分の居場所が保障されると父から言われたからだ。実際にその通りだったのもあり、シャルロットはISの訓練に没頭した。

 シャルロットにとってISとは何かと聞かれたら居場所を手に入れる為の手段と内心でそう答えるだろう。表には決して出さない。優等生にならざるを得なかった彼女は処世術にも長けていた。

 IS学園に男として入学しろと父に言われた時も、聞き返しこそしたがほぼ二つ返事で承知した。父の驚く顔は新鮮だった。

 やけっぱち、投げやり、その時のシャルロットはそんな心情だったのかもしれない。

 男子としての生活はやはり苦難の連続だった。トイレは遠いし何より視線が痛い。スパイ対象である同居人にも怪しまれないよう振舞う必要もあった。

 だがどうだ、目の前の彼は。

 聞けば何時の間にか代表候補生の懐に入り込み、クラスの輪に溶け込んでいる同い年の少女が実は男だった。しかもそれを微塵にも感じさせず堂々としているとはどういう事だ。

 衝撃だった。互いに秘密を明かしたタイミングは同時だったが心に受けたものは自分の方が大きいとシャルロットは思う。

 なぜなら彼の驚いた次に口にした言葉が「……とりあえず服を着てくれる?」だ。男子として編入しておいて言うのもおかしいが、少しは何か思わないのかと。自分を自分と認識したのも部分展開したISからだった。本当にISしか興味はないのかと。

 さらに彼はその理由も聞こうとしなかった。同じくバレた一夏が居た手前、自分は白状したが彼は、

 

――別にいいよ、聞かない。だってわたしが言えないから。

 フェアじゃあないよね。だから聞かないし、言わない――

 

 そうして今、彼は何も聞かず、何も言わず、

 シャルロットという名前すら知らず、誰かの悪意によってこの場に立っている。

 ……理不尽だと、シャルロットは思った。

 苛々する、と彼女は思った。

 どれだけ気を揉んだと思っている。どれだけ不安だったと思っている。

 いつどんな無理をするかと。いつどこで暴露されるかと。

 クラスメイトと応援し、一夏と一緒に身を案じ、

(どれだけ、)

「どれだけ人を振り回せば気が済むんだ! 静穂はッ!!」

 

 

「もう、」

「本当に、」

『いい加減にしろぉおおおっ!!』

 

 

(私は憎い! 私から教官を奪った全てが憎い!)

「――そうかよ!」

 ラウラの心情を発するVTの剣を強引に掃い肉薄。袈裟からの逆胴、そして、

 

 

 ラファールが瞬時加速。姿勢制御の暇は与えない。

 ハンドガンを向ける腕にブレードを叩きつけ、ハンドガンを彼方へ弾く。

 防盾の切っ先にはショットガン。その内側に数発撃ち込むとサブアームが折れ自重で防盾は落下、銃器が暴発した。

 両腕を弾かれて大の字に開いた静穂の胴体に、

 

――蹴りを一閃、吹き飛ばす。互いの相手同士を激突させた――

 

 

 

(私は何だ! 私を苛むこの感情は何だ!)

「知るか! 千冬姉に聞け!!」

 VTシステムの刀が走る。対する一夏は雪片を横に寝かせ自身に引き寄せる。

 袈裟に振り下ろされる刀身を掻い潜り一閃。雪片の刀身がVTの腹にめり込んだ。

 雪片弐型が機能を発揮。刀身が開き、光り輝く白刃を生み出しそれだけでVTシステムが切り刻まれる。

 姉も使った刀だ、だが今は一夏がそれを使う。

 単一仕様能力。その名は――

「零落白夜!!」

 ――迷うことなく振り抜いた。液状化したシュヴァルツェア・レーゲンの装甲が鮮血の如く散る中に、一夏は腕を突きこみ、掴んだ。

「今助けるぞ! ラウラ!」

 

 鱗殻を叩き込んだ。

 静穂の身体を衝撃が抜ける。もう一発! と思うが腕が戻らない。

 69口径の杭が横から握り締められている。震える腕で、血だらけの顔を蒼白に変えて。

 静穂の口から言葉が漏れる。

「かば、ぁ」

 ……静穂から漏れ出した言葉が何を指すか、自分は知らない。

 だが一つだけ返すとすれば。

「ぼくはそんな名前じゃない」

 鱗殻を発砲。掴んだ腕を吹き飛ばす。

 双方が反動で腕を振りかぶる。

「ぼくはシャルロット・デュノアだ」

 ――指の関節が数箇所欠けたマニピュレーターを薄皮一枚で避け、

 盾殺しの一撃を下から搗ち上げた。

 

 

「続きは今度、ゆっくりと聞いてやる」

「……目が覚めたらまた、何度でも言うよ」

 互いが互いの相手を抱き抱え、ゆっくりと下ろす。

 最後まで相手と目が合う事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傍目八目。関係のない傍観者こそ大局を見据える咎人なのだ。

「……まだ。まだ動く……」


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