IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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39.そこまでして何を求めるのか ②

「――あの盾は攻撃を防ぐ為だけじゃなかった。汀選手は複数の銃を一遍にマウントするウェポンベイにできる場所、盾の裏側の広い面積が欲しかったのよ」

「まさかあの大きな盾が全部、全部が射撃武器を備えているって事でしょうか!?」

「それも盾の単位でだけど何丁も同時に発射できる。全く呆れるわ、普段から何を食べてたらあんなの思いつくの?」

『呆然』の二文字を扇子に記し楯無は解説を続ける。

「あの子が徹底して飛ばないのも当然ね。盾4枚に銃が推測でも10丁以上を抱えてなんて、重すぎて飛べないわよ。どう見ても推進器も搭載してないし」

 その言葉に実況の薫子が反論する。

「ですが専用機ではない汀選手の拡張領域ではそんなに大量の銃は登録できないのでは?」

「…………」

 呆れた顔で薫子を見る。

 それを態々こちらの口から言わせるのか? 整備科2年のエースが?

 ……楯無は扇子を閉じ、また開く。『演出』の二文字を彼女に見せると薫子はウインクで肯定した。

 そうして納得する。(成程、知らない観客に向けてなのね)と。

 ――確かに全ての銃を登録すれば無駄に拡張領域を圧迫するだけだが、

「あの子が拡張領域に入れているのは弾薬だけよ」

 眼前では汀 静穂が織斑 一夏を翻弄している。右腕の防盾の切っ先から発砲音が重なり一人で厚い弾幕を張っていた。

「弾薬だけを拡張領域に入れるのならその量はかなりのものになるわね。大量の銃火器を使いこなすのはデュノア君の高速切替(ラピッド・スイッチ)くらいやらなきゃ使い分けるのは難しいけど」

 それを強引に解決する例が無茶苦茶な時間稼ぎをしている。

 推進器の代わりに背部に装備された複腕型サブアームで其々の防盾を操作、射撃時は防盾のウェポンベイに搭載された銃火器の引金部分、それら全てを統一し連動する操縦桿を掴みその動作を行う。束ねた火器を一斉に放つ反動はサブアームだけでは押さえきれないらしく、防盾全てに操縦桿とハードポイント端子が備え付けられているのはIS本体のパワーアシストも必要なのだろう。

「ISがダメージを受ける、回りくどく言うとシールドが外的要因で消耗するのはその事象がIS由来のものだと機体が認識した場合に限られる。普通なら後付装備(イコライザ)も登録して認識させるのだけど、あの子みたいに拡張領域による携行性を無視して且つ銃の切り替えを解決できるなら弾薬だけの登録で事足りるわね」

 ……だけど、と楯無は扇子に『珍妙』の二文字を記し、

「あそこまでやるなら高速切替を習得した方が早いでしょ」

 シャルル・デュノアと銃撃戦で張り合うつもりなら準決勝のやり方でもいいのではと楯無は推測する。

 さらにこれまでの試合の多彩ぶりを見るに汀 静穂は高速切替を習得できるだけの技量と器用さはある筈だ。

 更に言えばあれは当人の持ち味すら殺している。

(何か別の意味があるのかしら)

 

 

 汀 静穂が何をしたのか、その瞬間の一夏は理解できなかっただろう。

 ラウラに引かれるまま奴は一夏に激突。そのまま地面を転がり自然と距離が離れた途端、

 ――ただ自分の直感を信じて瞬時加速を使用し、その直後に銃弾が襲った。

 汀は右手に鋼線を握り、左腕に防盾を、その切っ先を一夏に向け、撃ったのだ。

 一夏は盾の内側を見て背筋が凍った。

 ショットガンが5丁、その銃口が並んで自分に向いていた。

『……なら早くしてね』

 膝立ちだった汀が立ち上がる。鋼線を手放し、背中のサブアームが右腕にも防盾の操縦桿を掴ませる。

 右腕の防盾にも、他の防盾にも銃が搭載されていると想像するのは難しくなかった。

『余裕はないから加減もできないよ』

 ……そして今、一夏は近づく事すら容易でない。

「あの、織斑先生……」

「?」身を乗り出していた山田先生がこちらを向いていた。「どうかしましたか、山田先生」

「別に大したことではないのかもしれませんけど、けど、」

 どうにも歯切れが悪い。見ていて何か思うところでもあったのか。

「汀さん、どこかおかしくありませんか?」

 ……相も変わらず彼女は優しすぎた。教師なら一人の生徒に注目すべきではないのだが、それが彼女の良い部分の顕れなのだろう。観察眼も流石は元代表候補と言うべきだ。

「……別にいつも通りでしょう」

 奴はこれまで通りに小賢しく、無駄に無謀にも無理をしているだけだ。

「…………」

 脚部を地に着けて踏ん張りを利かせ、サブアーム本来の馬力と本体のパワーアシストを併用してまで束ねた火力を行使する。右の防盾には重機関銃が3丁。一夏には銃の種類など分からないだろうがとにかく射程も長ければ威力も高い。まだ被弾していないのは単に白式と汀のお陰でしかない。白式の機動性と汀の旋回速度がそうさせていた。

 汀の機体はとにかく重い。防御を固め大量の銃火器を拡張領域の登録もなしに振り回す。それだけを挙げれば強く聞こえるかもしれない。

 だが重い。それは素人同士のIS戦闘では絶対の不利となる。

 汀が弾丸をばら撒きつつ射線を向けるより速く一夏はその位置から逃げ出している。回り込もうとする一夏の機動にサブアーム、パワーアシスト、当人の膂力全てを動員しても追いつかない。

(この状況が予見できていなかったとは言わせんぞ)

 アルミケースの中身もまだ披露していない。ラビットを使う素振りも見せない。

 あくまで全能力を行使しない、間違っている正々堂々。

 ……それとも、と、一夏に蹴倒され必死になって起き上がる汀を見て千冬は思う。

(私との約束を警戒しているのか?)

 だとしたら随分と信用を失ったものだ。……だが実際問題として、()()を使いこなして貰わないと困るのが事実。

(でなければ、)

 

――この試合、死者が出る事になる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近づく事すら容易でない。

 だがそれは。

(絶対に近づけないって訳じゃない!)

 静穂を真似て歯を食いしばり瞬時加速を強引に曲げる。回り込むのはショットガンを束ねた左側。

 ショットガンを向けられるより先に防盾を蹴り飛ばした。

 重量と慣性、蹴られた左腕に静穂が吊られ前のめりに体勢を崩す。卑怯とも思わず背に雪片を叩き付けた。

「っ!」

 別の防盾で防がれた。却って距離を離す手助けとなる。

 静穂は態と倒れこんだ。サブアームの馬力で無限軌道のように地を転がり腕に接続した1枚で跳ね起きて射撃体勢を取ろうとする。

「させるか!」

 再度の瞬時加速で肉薄、雪片を振りかぶる。

 右腕で防がせると共に左のショットガン防盾を足で押さえ込んだ。白式の推進器と静穂のパワーアシストが拮抗する。

 ここまでして、漸く相手の顔が見えた。

(静穂、お前)

 脂汗を浮かべている。目を充血させて何かを呟き続けている。声は小さく歯を噛み合わせたまま唇を動かしているので時折り言語になっていない。

 雪片を握る手に力が入った。

「っ静穂ぉっ!」

「っ――」

 雪片を押し防盾を踏む足に力を込める。静穂の頭上に飛び上がりくるりと回転、その頭上から斬りつけて、

「!?」弾かれたように距離を取った。「静穂!」

 思わず叫ぶ。「何をやってんだ!? こんな!」

「……ありがとう」

 僅かに開いていた隙間から覗く眼差しを隠すように、再び固められる防御の中から声が聞こえてくる。

「お陰で頭が冴えてきた」

 一夏は息を呑んだ。

 自分の右手に握られた、その切っ先数ミリが赤く。

 

 

 実況席でも薫子が同じく驚愕を露にしていた。

「織斑選手のブレードが僅かだが鮮血で染まった!? シールド消滅効果でしょうか!?」

「普通のブレード状態のようね。切れ味は練習機のそれよりも良さそうだけど」

 だが普通の実体剣で汀 静穂は負傷した。織斑 一夏にシールドごと操縦者を傷つけられる程の技が無いのであれば、

「汀選手はシールドバリアへのリソースを極端に搾っているのか、それともあの瞬間だけバリア機能を切ったのか」

「何それ!? そんなの下手したら大怪我じゃすまない!」

 薫子を宥め、視界に汀を収めたまま楯無は語る。

「絶対防御までは切れないから大した怪我ではないのだろうけど、打鉄の大きい盾に頼りすぎた結果ね。防ぎきれる自信と覚悟があるのならシールドエネルギーのリソースを他の部分に振り分けられる」

 サブアームの動力を確保しパワーアシストの出力を上げてPICで姿勢制御。切り詰めるとしたらバリアしかない。

 楯無は扇子を閉じる。

「――ああいうふうに痛い目を見る結果になったけど、それすらもあの子は気にかけていないんでしょうね」

『不明』の二文字を扇子と眉根に。

 マイクに乗らない程度の声量で、楯無は呟いた。

「何のためにそこまでやるのかしら? 簪ちゃんのためなら、おねーさんちょっと複雑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シールドが無い!?」

『避けてくれて助かった! それでも額を少し斬っちまったけど!』

「静穂は何考えてるの!?」

「勝利だ!」

「!?」

 ボーデヴィッヒは静穂の行動に一々反応させてくれなかった。自身に迫る鋼線をシャルロットは寸での所で回避する。

「プライベート・チャネルとは余裕だな。それとも作戦会議か?」

「っ!」再度の鋼線をアサルトライフルの掃射で打ち落とす。「ボーデヴィッヒさん試合を止めて! このままじゃいつ静穂が大怪我するか分からない!」

「汀 静穂は承知の上だ!」

「え!?」

 プラズマ手刀をブレードで受け止める。

「知っててあの構成で出させたの!?」

「絶対防御はある。問題はない」

「そんなの慰めにもならないよ!」

 ISが搭乗者の身に危険を感じたら絶対に発動するから絶対防御という名称なのだ、絶対に搭乗者の身を守るからではない。

 あざ笑うようにボーデヴィッヒは返す。

「どうしても止めたいのなら倒せばいい。貴様らのギブアップでも構わんぞ?」

 それ程の賢明さが織斑 一夏にあるとは思えんがな! ――と。

「!」ボーデヴィッヒのその高慢と取れる発言にシャルロットは、「…………だってさ!?」

 

「誰が賢明じゃないって!?」

 

「織斑!?」

「一夏!」

 シャルロットがラウラの腹に蹴りを入れた。身を引いた直後、入れ替わるように一夏が切り込んでいく。

 ボーデヴィッヒを袈裟懸けに切り裂いて一夏が叫んだ。「馬鹿にするなよラウラぁ!!」

「っ! 貴様! 奴はどうした!?」

「タッグマッチって忘れたか!? 蹴倒して置いて来た!」

「何!?」

 一同が見れば静穂は遥か彼方でひっくり返った亀のようにもがいていた。

 そしてラウラは気づく。「こちらを分断したのか!?」

「その通り――うおっ!」

 一夏の頭部を狙う銃弾が静穂の防盾から放たれる。3枚目には狙撃銃が並んでいるようだが距離もある為か一夏は避けてみせた。

「――確かに静穂の機体はいろんな意味で危険極まりない!」距離を取ろうとする彼女に二人は格闘戦を挑んでいく。「けどこの距離ならもう怖くない! そのAICだって!」

 これまでの試合を見るに集中しなければボーデヴィッヒはAICを制御しきれない。二人が間断なく責め続けるこの状況下では使用できない筈だ。

 一夏が大上段からボーデヴィッヒに迫る。その陰でシャルロットは虎の子を大気と光の下に晒した。

 腕部のシールドを固定していた爪が開放され専用アームでスライド。火花を散らしてシャルロットは一夏と位置を入れ替わる。

 

――灰色の鱗殻(グレー・スケール)――

 

 振りかぶり、叩き込む。虎の子の69口径パイルバンカーが吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう、当たらなければ怖くない。静穂も一夏に避けられて納得し、シャルルに言われて再確認した。

 当人ですら当然だと思う。まともな撃ち方をしていないのだから遠距離の敵など当たる訳もなく。

 セシリアが褒めてくれた射撃技術はサバイバルゲームの賜物だ。言ってしまえばそれ以外の撃ち方、しっかりと構え、照準器を覗き、身体で反動を受け止める、それ以外の撃ち方を静穂は知らず、また使えない。

 故に、いくらISに火器管制があろうと自動照準補正があろうと、それら全てが静穂には邪魔でしかなかった。

 本来ならば静穂はこの機体を第1試合から搭乗し習熟し命中精度を高める筈だった。ISでの戦い方を今回のトーナメントで慣れる事を目的とし、適度な所で負ける予定とされていた。それがどうしてこのざまだ。

 優勝を目標と言われ勝ち続ける事を余儀なくされ、その為に発注したこの機体の前身は壊され、昨日になってまた持ち込まれ使わざるを得なくなった。散々だ。

 眉の少し上を拭う……目線の先でボーデヴィッヒがやられつつあった。

 サブアームで起き上がる。静穂も拡張領域から虎の子を呼び出し、立ち上げた。

 金切り声に似た音を上げて充填が開始される。

 勝てと言われ戦えと言われ負けろとも言われた。何処かで死ねとも言われている。

 これを渡してきた相手は静穂に勝つ事を要求した。これで救う対象を倒してみせろと。

 言われたならやる。それが汀 静穂だ。

 だが一つ、静穂には分からない事がある。

 試合に集中できず、一夏に頭を割られかけるまで考え続けていた事。

 

――誰に優勝しろと言われたのか――

 

「――誰だか知ってる?」

 ねぇ一夏くん、と。答えを求めるでなく呟いた。

 充填音で一夏が釣れた。刀を構え向かってくる彼に、静穂はハンドガンで迎え撃つ。

 被弾面積を狭めた一夏にはハンドガン程度では足止めにもならない。

 静穂が虎の子を構え一夏が振りかぶり、

 

『待て汀!!』

 

「織斑先生!?」一夏の太刀筋を防盾で受け止め織斑先生からの通信に驚く。「何ですか一体!?」

「千冬姉か!?」防盾の向こうから一夏が盗み聞いていた。「勝負の邪魔するなよ!」

『織斑じゃない!』

「じゃない!?」

 

 

「ボーデヴィッヒだ! 奴を狙え!」

『何でラウラなんだ! 静穂とは味方同士だろ!?』

 どうして貴様が返事をするのかこの莫迦は。

「織斑先生! デュノアさんが!」

「!?」

 顔を向けると直後デュノアが吹き飛ばされた。

『シャルル!?』

『先生! あれ昨日の!?』

 千冬が思わず舌打ちをする。ラウラの機体がその形を崩し始めていた。

 いよいよもって進退惟極まってきた。

「織斑! 汀! 奴の()()を止めろ!」

『何なんだあれ!? 千冬姉!』

「…………」

 コンソールを叩き壊したくなる自分を抑えつける。場内の三人に任せるしかないのだから。

(本当に、歯痒い)

「あれは私だ」

 

――嘗てのモンド・グロッソ優勝者。嘗ての私だ――


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