IS 灰色兎は高く飛ぶ   作:グラタンサイダー

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34.嵐の中で何を見出すのか

 タッグトーナメントではいろいろなものが飛んでいく。

 IS、実弾、爆弾、レーザー、歓声、怒号、悲鳴、食券、資金、()()、所により銃。

「って銃ぅ!?」

 少女の視界では一丁のアサルトライフルが無回転状態でこちらに向かって来ていた。

 急ぎ跳ね除けると正面に捕らえていた筈の相手がいない。

「更識さんは――」

「ここ」

 聞くが速いか答えるが速いか、更識は既に少女の腕を取り、

「――――っ」遠心力をつけて放り投げた。「静穂!」

 少女の投げられた先にはパートナーともう一方の対戦相手。

 その対戦相手が得物を閃かせてキャッチ。

「ナイスパス!」

 テンペスタの鎌に首根っこを引っ掛けられて、

 振り回された。その先にはパートナー。

『きゃあ!』

 揃って可愛い悲鳴を上げ衝突する。団子になって飛ぶ少女達に汀は無情にも銃口を向けた。

「――よし、勝った」

 軽機関銃のけたたましい連射音。的確に指切りをされ命中精度を損なわなかった銃撃は損傷の激しい2機のシールドをしっかりと削りきった。

 

 

 ピットに着いて一息を吐く。

(今回は、)

 危なかった。ブロックの半数以上を消化したこの回戦までくれば相手に対策を練られるだけの情報を相手に渡す事となる。今回は完全に裏を掻かれた形だ。

 機体を預けて簪を見る。打鉄弐式の損傷は極めて少ない。彼女の技量がそうさせていた。

(本当の弐式とは違うのになぁ)

 弐式をツギハギにした張本人が言えたものではないが、よくもまああれだけ動かせるものだと静穂は思う。

 簪個人の実力か代表候補生の全てがこの水準なのか。トーナメントに勝ち残った面々を見るに後者だろう。

 今回不参加のセシリア・鈴を除き全ての候補生が頂点へと向かい勝ち上がっている。

 セシリアの弟子という立ち位置は中途半端なものだ。一般生徒よりも強いのか、代表候補生よりも弱いのか。

(…………)

 否、どちらでもない。

 この場に織斑先生は居ないが、先生ならこう言う筈だ。

 

――1年共にそんな差などあるものか――

 

 代表候補生と言った所で英才教育などそうそう受けてはいないのだ。ISの発表から10年と経っていない現状で、ただ適性の高い女子を見つけては基本知識、基礎体力を向上させた程度が関の山。生まれてより生来の専門教育を受けている人間は存在しない。

 今回のトーナメントに於いて強い生徒というのは、知識でも技術でもなく対応力のある人間。敵への対応、乗機への対応、仲間への対応、柔軟な対応。

 簪の機体への親和性は極めて高いと言う事だ。

(もうわたし要らないんじゃない?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……急ぎ制服を着て観客席へ。通路の最後列で立ち見なのだが静穂がその場に着くと観客が場所を空けていく。

(へ、えぇ……?)

 すっぽりと空いた場所をおずおずと進む。手すりの場所まで進めば試合は十分に視界に入る。

 試合では修羅が躍っていた。

(箒ちゃん)

 

 

 ワンサイドゲーム。観客としては一方的な展開は一回で十分だった。ボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアの試合は全て相手を圧倒するものだ。同じブロックに入った事が不運と思うより他にない。

 ラウラ・ボーデヴィッヒの専用機はさして移動せず近づけばワイヤーブレードで斬るなり掴んで投げるなり、遠ざかれば肩の大型レールカノンで叩き伏せる。

 篠ノ之 箒は専用機でこそないが一貫して打鉄を使い、近接戦で相手を圧倒する。彼女と鍔迫り合いにまで持ち込んだ人間を少なくとも静穂は数える程しか見ていない。

 そして今も彼女が相手の剣を半ばから斬る場面を目撃した。

(まるで織斑先生だね……)

 正に怒涛。葵で葵を切断する芸当に観客は沸き返し、対戦相手は逃げ出した。それを追って回り込み、相対してから袈裟に斬った。

 斬って、斬って、斬って。

(うわ、うわ)

 兜を幾ら割っても余りあるような剣舞を以て一機が落ち、残りの一機は轟音に崩れ落ちる。

 間違いなくBブロックは彼女らが上がってくる。予想を確信に変える代わり映えのない展開だった。

 

 

 見るものは見た。それを踏まえて眼前の問題に注視する。次の対戦相手を踏まえて武装を考えて、静穂の場合は機体も考える。

 これまではそうして手の内を固定せず相手を騙くらかす事で勝ってきたのだが。

(完璧に読まれちゃったんだよなぁ)

 今回は裏目に出てしまった。

 思い返してみれば数戦は前から対応されつつあったような気もする。今になって漸く、とも思うが気づく事のなかった自分の方が悪い。

 今度の相手も何か手を打ってくる。試合も半数以上を消化し浮いた機体も十分にある。静穂が最初からその手を使っていただけで今後はペア丸々が機体ごと作戦を変えてくる可能性も出てきた。専用機持ちの利点はその機体性能の高さにあるが、武装の多くが固定される。モノによっては対策が取られやすい。

 専用機ニアイコール実験機なのかもしれない。セシリア曰くブルー・ティアーズは光学兵装の運用試験も兼ねた機体だというし、鈴の甲龍も第3世代兵装の衝撃砲は最新技術の一点もの。その二人を封殺したシュヴァルツェア・レーゲンのAICも多分に洩れず試作品だろう。手を翳すだけで近くの相手を拘束できる兵装が量産されているのならイグニッション・プランはレーゲンで話が決まっている筈だ。

 対策は練りやすいが性能で圧倒される専用機持ち、性能こそ平均と並ぶが武器と戦術が多岐に亘りすぎる訓練機搭乗者。

 静穂としてはそれぞれが混ざっているペアが怖い。それも両方が代表候補生ならば尚怖い。自分と簪が前者のそれだと静穂は気づいていないのだが。

(箒ちゃんもボーデヴィッヒさんも次の相手の人達も。どう勝てっていうの……)

 最後列の手すりにもたれ掛かり、頭を寄せる。最近は溜息が多くなっている気がする。それだけ頭を悩ませているのだ。

 幸せが減るのは自業自得が故なのかもしれない。

 次の試合を見るのもいいが、相手の打つ対策の、裏の裏を掻かなければ勝てない。

 それに先程から自分に掛かる目線が怖かった。

(わたし、何かしたっけ?)

 好奇の目線を引き切るように、静穂は観客席を後にする。

「みぎーはっけ~ん!」

「突撃ぃ!」

 廊下に出るや否や本音と夜竹に飛びつかれた。後から鷹月が追ってくる。制服が多少着崩れている辺り、試合直後なのか。

「ちょっと二人とも!? 汀さん大丈夫!?」

「――うん、大丈夫」

 二人掛りを返り討ち。両脇に抱えられた二人はじたばたともがいている。

「ちょ、ええ!?」

「おぉ~みぎーは力持ちだ~!」

「何か用?」

 無視か!? と叫ぶ声は無視して鷹月に聞く。

「うん、汀さん午後に試合でしょ? 早いけど良ければご飯でも一緒にどう?」

「私の奢りだよ!」

「奢りだよ~!」

「……奢りはともかく、そのくらいなら」

 二人を下ろすと三人でハイタッチ。昼食くらいで何が嬉しいのか。一夏を誘っている訳でもないのに。

 簪にメール。上級生にも整備のお願いを送っておく。特に上級生達には事細かに。

 食事が終わる頃には打開策が閃いていればいいが。

 ……先に行く本音と夜竹を、並ぶ鷹月と追う。

 すると後ろから静穂の腰を抱く影が。

「四十院さん?」

「お二人が失敗していたので捕まえてみました」

 いつの間にやって来て何をしているのかこのお嬢様は。

「汀さんは大きいですね」

 確かに彼女の鼻先は静穂の背中だ。

(…………)

 クラスメイト達は満足に悩ませてもくれないようだ。

「みぎーが捕まってる~!」

「私達ももう一度だ! 突撃ぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汀さんとこうして食べながら話すのって久しぶりかも」

「そう?」

「随分と前に、本音と織斑君と篠ノ之さんと一緒に食べたとき以来かも。ほら4WDがどうって」

 そんな事を言っただろうか。話している鷹月は随分と懐かしそうだ。

 横では本音が夜竹の手から食券を選んでいるのだが、

「多いね!?」

 扇子状に広げられないばかりか折れて存在を膨らませ、両手で膨れ上がって山のようだ。

「みぎーのおかげで大儲けしたんだって~」

 この食券の山になぜ自分が関係するのか。

「まあその話は後! とにかく選んじゃって!」

 言われるがままに食券を抜き取る。きつねうどんだった。

 

 

 女子に囲まれる状況は何度経験しても慣れない。いつかのように本音と夜竹が逃げ道を塞ぐように静穂を挟んでいる。逃げたくても逃げられない。

「では汀さんの勝利を願って!」

『乾杯!』

 ジュースやお茶を掲げる。何故乾杯なのか。

「知らなかった? もう代表候補生以外で残ってる1組の人間は汀さんと篠ノ之さんだけなのよ?」

「正確には専用機持ち以外の方が、ですが」

 鷹月と四十院の説明。

「鷹月さんも?」

「さっき負けちゃった」言うと鷹月は天を仰ぐ。「汀さんとは随分と差をつけられちゃったなあ」

 差、とは何の事だろうか。うどんを啜りながら静穂は疑問に思う。

「だって、ねえ?」

 鷹月が同意を求め周囲は応じる。「はっきり言って汀さん、強すぎるから」

 強すぎる?

 夜竹と本音がこちらに身を乗り出してくる。「1試合毎に全く違う機体と武器を選んで」

「かんちゃんとの連携もすごいよ~」

「おかげで私は稼がせてもらいました!」

 そう、その話は静穂も気になっていた。

 その話題になると鷹月は少し眉根を寄せる。

「そうそう、さゆかってば汀さんで賭け事やってたのよ。少し怒ってもいいと思うわ」

「いいじゃない! こうして奢って還元してるんだから!」

 賭け事? その疑問には四十院が答えてくれた。

「はい。実は一日目以降、汀さんの機体構成を予想する賭場が開かれています。学内では食券が数枚移動する程度で済んでいるので先生方も黙認されているようですが、場所によってはブックメーカーも立ち金銭が発生しているという噂もある程で」

「へぁ!? とば、賭博!? わたしでぇ!?」

 自分を予想して何が楽しいのか。

「お祭り騒ぎ故の熱狂、でしょうか。代表候補生が相手となるとどうしても一方的な試合運びとなってしまいますが、汀さんと更識さんのペアにはそれがないものですから」

「いつもワクワクするよね~」

 代表候補生の簪も居て他の組にはあるそれがないというのは問題がありそうだ。それだけ静穂が簪の足を引っ張っている証左ではないか。

 ……どんなに頑張っても他人からは滑稽に写る。静穂がどれだけ策を練ったところで他人からすれば酔狂なのだろう。

 今度は静穂が天を仰ぎたかった。この場に居ない誰かに笑われている気分だ。観客席の視線もそういう意味か。

(……まあ、うん)

 夜竹の懐が暖かくなる手助けが出来ただけ上出来か。友達は大事だ。こうして一食も浮いた。

「それで」静穂は夜竹に聞いてみる。「わたしは次に何を使うって予想されてるの?」

「それ! 実はその予想、対戦相手も見てるみたい!」

(……成程)

 つまり対戦相手はバックに大勢が付いて喧々諤々と静穂の対策を練っているようなものか。

 勝てるわけが無い。一人で敵う数ではない。

「汀さん? どうかしましたか?」

「やっぱりさゆかが賭け事なんてするから……」

「だからこうして奢ってるし対策もしようとしてるじゃない!」

「みぎー、大丈夫?」

「うん、大丈夫。皆ありがとう」

 夜竹さん、と声を掛ける、静穂の表情から何か察したのか面持ちが変わる。

「次、大穴を狙って」

「汀さん!?」鷹月が身を乗り出す。「いいの!? このままじゃ不利なのよ!?」

「確かに」四十院が話を合わせる。「手の内が予想されるのは好ましくありません」

「……タネが分かれば簡単だよ。夜竹さんも賭けには乗り続けて欲しい」

「え、いいの?」

「その代わり勝ち続けてほしいな。奢ってもらうのは美味しかったから」

 本音にすんなりと退いてもらい席を立つ。食事はもう済んでいた。

「汀さん。こう言うのは無責任かもしれないけど――」

 鷹月の声を途中で遮る。

「うん、任せて」

 

 

 ……食堂を出て電話を何本か掛ける。自動販売機で買った栄養剤に口をつけて、壁に寄りかかり物思いに耽る。

 やるからには勝ちたいのは当然だ。鷹月もそれは同じ筈。なんとなくだが言おうとしていた内容はわかるものだ。

 

――1組を真に代表してほしい――

 

 代表候補生でもなく、専用機を持っているわけでもない。セシリアを師事しているとはいえそこに大した影響はない。静穂は一般人の枠内だと大衆は認識する。

 ただの一般人が手を尽くして勝利を勝ち取ろうと足掻く様は何も知らなければ滑稽で、内情を知れば応援に変わる。

 彼女達は勿論応援のつもりだろう。負けた自分達の思いを背負って戦って、勝って欲しいと言いたいのだろう。

 大分、重い。足を沈める程ではないが。

 それでも静穂を進ませる燃料になるのだから性質が悪い。

 小瓶の残りを、一気に飲み干した。

(変に悩まずさっさと行動。結果が良ければなんとかなる。……だったかな)

 今は亡き、未だ愛する義姉の言葉。忘れてはいない筈なのに、思い返すは容易ではなく。

 何とか出来るのだろうか。静穂に義姉程の実力はあるのだろうか。

 ……結果として勝てばいいのなら。

(やり様がいくらでもあるのは、いい事なのかな……?)

 自動販売機の隣、ゴミ箱に瓶を放り込む。

 制服の皺を伸ばして歩き出した。

(まずはブックメーカーのサイトを調べて……)

 相手の予想が手に取るように分かるのならば、

(うん、大丈夫)

 まだ十分に勝てそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀を振るでもなく、ただ脇に置き息を落ち着ける。

 精神統一。箒はこれで勝ってきた。

 それを邪魔する者は仮初のパートナーしか存在しない。

「汀 静穂が勝利した」

 目を開ける。銀の髪が揺れていた。

「それは私に関係があるのか」

「私と貴様、双方に関係がある」

 ……分からない。何故ボーデヴィッヒは奴を一夏と同じように気に掛けるのか。

 一夏と同じように、憎んでいる訳ではない。

 何故、

「何故、奴を気にする」

「汀 静穂は我々の壁となる。織斑 一夏へと辿り着くには準決勝で奴を倒す必要がある」

「…………」

 まだ試合はブロック毎の半数以上を消化したとはいえ、まだ勝者は決まっていない。

 それでもボーデヴィッヒは汀が勝ち上がると信じて疑わないようだ。

 ふと、その確信を揺らしてみたくなった。

「静穂は強いのか」

「強い」

「何故そう言える」

「汀 静穂は機体も武装も全て変えて試合に臨んでいる。ISを貸し与えられるという権利に目もくれずただ勝利だけに喰らい付いている」

 今回のようにな、と彼女は締めくくる。

 奴は一体何をしたのか。

「自爆した」

「自爆?」

「対戦相手は2機両方共がクアッド・ファランクスを持ち出した」

 思わず1組のお家芸をやらかしそうになった。

 大型ガトリングが計8門。勝てる訳が無い。

 ……とにかく二人揃って弾幕を張り、策も何もない段階に持ち込みたかったようだが、静穂はどうやって打開したのか。

「連中は並んで一斉射を行い近づけまいとした。汀 静穂は防盾を構えて強引に肉薄。至近で拡張領域から爆薬を撒き、自分ごと撃たせた」

 静穂が起こした大爆発はクアッド・ファランクスの弾倉に誘爆。無傷の更識 簪を残しトーナメント最短の試合時間を記録したそうだ。

 そうか、としか言えなかった。呆れて物が言えない試合内容だ。

(奴は何を考えている)

 誰かが彼の機体構成で賭けをしているという噂は耳に入っている。それに対して彼も興が乗ったという事だろうか。

 お調子者ではないと思っていたが、違うのか。

(……いや、いい)

 彼の事柄など、何一つ分かっていないのだ。

 今更気にして何になる。

 あの時、彼の意見も聞かず、ただこうして自分の事だけを考えている。

 それが今の自分だ。

 それでいいと、思考を捨てる。

「――そろそろ我々の試合だな」

 言うが早いかボーデヴィッヒがISを展開する。箒も打鉄に四肢を通していく。

「汀 静穂を倒し、織斑 一夏を倒す。後は篠ノ之 箒、貴様の好きにしろ」

 それまで邪魔をするな、と。

「……分かっている」

 打鉄を立ち上げ、ピットを出て行く。

「ボーデヴィッヒ。一機寄越せ」

「損じるなよ」

「ああ」

 試合に臨む。この時だけはこのパートナーと息が合う。

 求める結果は違えどその目標は同じ相手というのも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボーデヴィッヒの予想通り、静穂と簪はAブロックを翻弄し勝ち上がり、ボーデヴィッヒと箒も自分達のブロックを蹂躙した。

 その後一夏とデュノアのペアも自身のブロックを収め、ベスト4の内3つが1組という結果を見せ付ける事となる。


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